「一夏……少し、痛い」
「あ、悪い。じゃあ優しくするからな」
「っ、くぁ……! ば、ばか、そこは……!」
「女の子みたいな肌してんな。ツルッツルじゃねえかお前」
「そんなこと……」
「気持ちいいっつってみろ。ホント気持ちいいんだろ」
楽しそうな一夏に身を任せていると、部屋の扉が蹴破られた。
見れば、シャルロットが息を切らしておれたちを睨めつけている。
「なにしてるのっ!?」
「マッサージだよ。な?」
「ああ」
ベッドにうつ伏せになったおれの尻に座る一夏が、腰のツボを刺激しながら言った。
そのたびに変な声が出てしまう。一夏のマッサージは絶妙に上手い。
シャルロットは顔を朱色に染めてぷるぷると震えだした。
「紛らわしいことしないでよ!」
「? 何が紛らわしいんだ?」
「……」
もしかして、漏れていたのだろうか。おれの声が。いや、確実に漏れていたな。
というか、盗み聞きしていたな。ここ一夏の部屋なのに。
「って、うああッ!? なにしてるんだよシャルロット! 部屋のドアが壊れてるじゃないか!」
「直すよ! これくらい僕のポケットマネーで出すよ! だから一夏は榛名に変なことしないで!」
「変なことなんてしてないだろ。俺はただ、いつも疲れてる榛名を労ってマッサージをしてやってるだけだ」
「変だよ! 何でマッサージで榛名がパンツ一丁になる必要があるのッ!?」
昂然とシャルロットが一夏を糾弾した。
一夏のベッドに寝そべるおれは、シャルロットの指摘する通り、トランクス一枚だった。マッサージが進行するに連れて一夏に邪魔になるから脱ぐように言われたからだ。
おかげで一夏の指が直に触れる。生々しい感触が一夏の触れた全身に残っている。血流が活発になっているからか体も怠い。
シャルロットに反駁する気力もないおれに代わって一夏が答えた。
「あれ? シャルロットは知らないのか? 整体じゃ服が邪魔になるから服を脱ぐぞ」
「される側が脱ぐのはわかるけど、何で一夏まで上半身裸なのッ!?」
指をさして仰々しい眼差しで一夏を睨み据える。首を動かして腰の上に座る一夏を見上げると、本当に脱いでいた。
一夏は、あー、と思い出したような声を出し、平然とした面持ちのまま、
「マッサージって意外と重労働だろ? してると暑くなってきてさ。服が汗で濡れると嫌だから脱いだんだよ。ほら、ちゃんと畳んであるだろ?」
「畳んでるとか関係ないよ!」
ごうを煮やしたシャルロットは憤然と歩み寄ると一夏をおれの上から突き飛ばした。
「おわっ? 何するんだよシャルロット!」
「ナニしようとしてたのは一夏でしょ!」
「はぁ!?」
尻もちをついた一夏が抗議するが、シャルロットは取り合わなかった。トランクス一丁のおれの手を引き、外に連れ出す。トランクス一丁のおれを。
おれの服……
「まったく、一夏は頭がおかしいよ!」
「そうですね」
ぷりぷりと肩を怒らせたシャルロットが愚痴る。シャルロット、後ろ見てみなよ。きみ、パンツ一丁の男の手を引いてるんだよ?
痴女じゃん。
「デリカシーが無いし、鈍感だし、周りに興味ないし! 女の子から見たら一夏って本当に変だよ、もうっ!」
「そうですね」
男から見たシャルロットも変だけどね。あのね、シャルロット。僕、とっても寒いんだ。火照った体が空調で冷やされた冷気に当たって、とても寒いんだよ。
「あ、ところでさ、榛名。僕ね、さっきお料理作ってたんだけど、味見してくれな――って、うわぁぁああ! な、なんで裸なの榛名ッ!?」
「シャルロットが連れ出したのに」
一転して笑顔になり、振り向いた途端に今度は羞恥で真っ赤になって顔を覆うシャルロットのコロコロ変わる多彩な表情に、おれは無表情でそう答えるしかなかった。
お願いだから騒がないで。ほら、騒ぐのが大好きな学園の人たちが部屋から祭りの匂いを嗅ぎつけて出てきただろう?
おれ、パンツ一丁だろ? 変質者扱いされるだろ? 騒ぎを聞きつけて織斑先生が来るだろ?
おれ、社会的に死ぬだろ? そこまで考えてよ。指の隙間からチラチラ見てるシャルロットさん。
●
「まぁ、お前のことだから事情があるんだろう。詳しくは聞かん。夏休みだからと羽目をはずし過ぎるなよ」
「はい……」
織斑先生が野次馬を蹴散らして、パンツ一丁のおれを廊下で正座させながら、二言で説教を終わらせた。真夏なのにいつものスーツで、しかしその声音は優しく、表情も教師時の鬼軍曹の如き厳格な雰囲気はなかった。
心なしか拍子抜けし、肩の力が抜ける。信頼を得たというより、腫れ物扱いされているというか。どうも束さんがおれを拉致した当たりから織斑先生の態度が軟化した気がする。
おれが銀の福音の事件で死にかけてから皆が優しくなったり、誘拐されてから急に丁重に扱われている。辛い目にあったおれに気を使ってくれているのだろうか。
何となくでしかないが、違うとおれの冴えない勘が言っている。おかしい。
「織斑先生、質問してもよろしいですか?」
「なんだ」
「おれが束さんに拉致された日にみんなと何かありまし――」
「そうだ、金剛。山田先生が一人で買い物に出かけて口寂しさに大量のスイーツを買ってきてお裾分けしてきてな、とても私だけでは食べきれないから食べていかないか?」
「え、いや、一夏と食べれば、」
「食べていかないか? なあ?」
「はい」
有無を言わさない鬼軍曹の威圧に耐え切れず、おれは屈してしまった。結果的に服をとりに戻れるから結果オーライだよね!
「はい、たくさん食べてね、榛名」
「……」
胸焼けするくらいお菓子を食べさせられて部屋に戻ると会長は居らず、かわりに笑顔のシャルロットが出迎えてくれた。
料理部で練習したらしい唐揚げや肉じゃがなどの一般的な家庭料理がテーブルに並べられていて、甘ったるい生クリームの匂い漬けになっていたおれの鼻腔を醤油の香りがくすぐった。
でも、残念ながらおれの胃は甘味でいっぱいで、入る気がしない。時間を置いて……とも思ったが、せっかく用意してもらったのに手をつけないのもシャルロットに失礼だ。
おれは一抹の不安に苛まれながらも、箸を持った。重くもないのに唐揚げを摘んだ箸を持つ手が震える。食べる、噛む、飲み込む。
「どう?」
「美味しいよ。ちょっと驚いた」
料理はレシピ通りに作れば及第点の味が保証されているものだが、シャルロットには基礎の他にも微細なアクセントが加わっていて、素直に美味しいと言える出来だった。
おそらく料理部の方々に教わったであろう隠し味や調理法の妙があるのだろう。ぶっちゃけ、母さんの肉じゃがより美味しかった。
ごめんなさい、母さん。正直、母さんの料理より給食の方が好きだった。それでもあの薄い味噌汁や余計なものが入っているおかずが恋しくなるんだけど。
驚きに満腹を忘れ、箸が止まらないおれに、頬を緩ませて眺めていたシャルロットが唐突に言った。
「ねえ、一夏の料理とどっちが美味しい?」
「……」
手が止まる。冷や汗が吹き出た。ちらりとシャルロットを窺うと、表向きに表情は変わらずににこやかだ。腹の底でどういう思惑が渦巻いているかわからないが。
おれは、以前の束さん襲来事件のあとにみんなの手料理を食べる機会があった。セシリアさんのだけは物理的に食べられなかったけど、全員美味しかったよ。どれがシャルロットが作ったのか憶えてないけど。
だが、一夏の料理の味は、真っ先に一夏に薦められたので鮮明に憶えている。それを踏まえて、十分に吟味したシャルロットの料理と比較して、率直に答えた。
「い、一夏の方が、美味しかった……かな」
なぜか声が震えた。喉が硬直したかのように次の言葉が出せない。無言が怖い。
おれは恐る恐る、眼だけを動かしてシャルロットの様子を窺った。
笑ってた。
「そっかぁ。自信あったんだけどなー。次は一夏より美味しいって言ってもらえるように頑張るね!」
ポン、と手を叩いて話を区切る。清涼感さえ感じる言動が空恐ろしくあり、おれは黙っていればいいのに、つい訊いてしまった。
「あの……怒ってないの?」
「え、なにが?」
シャルロットは裏などないと思わせる、底抜けに不思議そうな声と表情でおれを見つめた。
「怒るわけないよ。僕はまだまだ日本料理のことを知らないし、一日の長がある一夏の方が上手に決まってるもん。だからいつか追い越せるように頑張るの。それだけ」
「……あ、うん。そっか」
申し訳ない気持ちとどこか腑に落ちない感情が燻ったが、そんなことを言われては頷くしかない。
本心なのだろうけど、核心には触れていない。歯痒い気分だ。でも、どうせ訊いてもはぐらかされるだろうし。
「今度は僕の得意料理を披露するから、お腹をすかせて待っててね」
そして皿を片付けて立ち去る。おれは一人、腕を組んで眉を寄せた。
ベッドに胡座をかいて、こう考えた。
――ひょっとしておれは、束さんに改造された人造人間なのではなかろうか。
荒唐無稽な話に何言ってんだこいつと思うかもしれないが、可能性としてはあり得る。
おれの娘のラウラが試験官で生まれたという嘘のような話を訊いてから、心の何処かで考えていた。
男のおれがISを使えるのはおかしい。では、なぜ使えるのか。それは、IS開発者の束さんがおれの遺伝子を改造してISに搭乗可能な個体に仕立てあげたからではないか。
そう考えると、諸々の疑問にも納得がいく。ISに乗れるのもそうだし、束さんに気に入られているのも唯一の成功個体だからとか、ラウラがおれを母と呼んだ理由とか、束さんが政府に提出するデータを消去して偽装した理由とか。
みんなが束さん襲来事件以降に優しくなったのも、織斑先生に真実――おれの出生が束さんに改造された人間だから、という悲しい過去を知ってしまったからに違いない。
そうだ、きっとそうだ。
「だよな……一夏じゃあるまいし、女の子が突発性難聴発症するわけないよな」
それとなく尋ねてみたことはあるんだ。だがそのたびに、「え、なんだってぇ?」、「そうだ、剣道の稽古をしなくては」、「あ、そうですわ。本国から美味しい紅茶が届きましたの。榛名さんもいかがですか?」とかしらばっくれられて、挙句の果てにシャルロットには、「榛名……」とか憐憫の眼差しを向けられた。
会長は会長で、「ゴメンね、榛名くん……わたし……」とかなぜか責任感じてて重たいし、織斑先生もあんな感じだし。
おれがこんな結論を出すのも仕方ないだろう。
「まさかおれが……悲しみを背負ったIS戦士だったなんて……」
やだ、もう何言ってるんだろう、おれ。おれは顔を覆った。戦士ってなんだよ。実戦経験一回しかないじゃん。
そんなときに部屋の扉が開いた。
「母一人か。奴はいないか……ところで、なぜ母は泣いているのだ?」
「ラウラ……安心して。おれはラウラと一緒だからね」
色んな意味で。ラウラはきょとんと小首を傾げた。
「それは嬉しいが……」
「ところで何の用?」
尋ねるとラウラは、「うむ」と頷いて、
「シャルロットが秘密会議を行うからしばらく出て行ってくれと頼んできてな。暇になったから母の部屋に遊びに来たのだ」
「――待って。その秘密会議? のメンバーは誰?」
「シャルロットに篠ノ之箒、凰鈴音、セシリア・オルコットだ」
面子の名前を聞いた瞬間、おれの頭の中で嫌な感情が湧き上がった。
まさか……まさか、みんなでラウラをハブっているのでは?
一年生女子の専用機持ちの女子でラウラだけを除け者にして、お菓子を食べながらお茶を飲み、ラウラの悪口を言い合って笑っているのではないか。
想像もしたくない場面が浮かび、振り払うように頭を振る。あの人たちがそんなことをしているなんて信じたくない。
だが、その面子の集会からラウラを抜く理由はなんだ? 思索すればするほどに腹が立ってきた。
「そうだよ……娘が虐められているとわかって平然としていられる親なんていない!」
おれは立ち上がり、自室を飛び出した。向かうはラウラ・シャルロットの部屋。足音を殺し、扉に背を密着させて立つ。
耳を澄ますと、談笑している気配が伝わってきた。そうか……楽しんでいるのか。ウチのラウラ抜きで。
「シャルロット……そういうことするコだったんだね……許せないよ」
「母、いったいどうした? 急に走りだして」
おれを追ってラウラもやってきた。「しっ」と静かにするよう合図を送る。ラウラが怪訝にしていたが、おれに習って扉に耳を当てて中の様子を窺う。
もしラウラの悪口を言っていたりしたら辛いだろうが、そんなことを話していたら玉砕覚悟で突貫しよう。
たぶん返り討ちに合うけど。
『――ま、世間話はここまでにして、本題に入りましょうよ』
鈴さんの弾んだ声がした。ひとしきり笑い終えたような息遣い。談笑を終えて、その秘密会議とやらを始めるらしい。
『そうですわね。首尾はどうでしたの、シャルロットさん』
『う、うん』
セシリアさんに促され、緊張したシャルロットが言う。緊張した様子が声で伝わってきた。
「ラウラを仲間はずれにしたことの結果報告か……?」
「事情が掴めない私にも母がおかしいことは何となくだが分かるぞ」
ラウラが心ない言葉に胸が痛んだが、無視を決め込み扉に耳を押し付けた。
『えっと、とりあえず、料理は美味しいって言ってもらえました!』
『おぉ~』
湧き立つ室内。料理ってさっきのあれか?
『箒と鈴の言う通り、日本の家庭料理で定番の肉じゃがと唐揚げにしておいてよかったよ』
『でしょー? 定番過ぎて新鮮味ないけど、たいていの男はこれが好きなのよ』
『胃袋を掴めば心も掴めるというしな。親元を離れた榛名は家庭の味が恋しいだろうし』
どうやらシャルロットの料理の話で間違いないらしい。唐突な差し入れは彼女たちの差金だったわけか。
『まあ、一夏の方が美味しいって言われたけどね……』
沈痛なシャルロットのひとことで室内に気まずい空気が満ちてゆくのが、扉越しにも伝播してくる。平然を装っていたけれど、実はショックを受けていたのか。
鈴さんが重い空気を割って切り出す。
『一夏は一人暮らしが長いから、男のくせに料理上手いのよね』
『あまり関係ありませんが、生徒会長も上手でしたわ』
『心配するな。デュノアも日本に来たばかりなのに目を見張る上達の早さだ。いずれ追い越せるさ』
『あはは……わかってはいたけど、一夏に勝てないって悔しいね』
慰め合ってる……おれは率直な意見を呈しただけなのだが、寂寥感を滲ませたシャルロットの声を聞くと申し訳なくなってきた。嘘でも一夏より美味しいと言えばよかった。
「私もおでんなら作れるぞ!」
「そうだね、次はアスパラガスだ」
得意げに胸を張るラウラを適当にいなし、おれは再び自分の体温であたたかくなった扉に身を寄せる。
『ていうかさぁ、シャルロットなら榛名くんくらい余裕で落とせそうじゃない? こう、しな作って色っぽい声出せば』
『それは会長が既にやってるよ』
『一夏さんではないのですから、並の男性なら狼になってもおかしくないですのにね』
扉の向こうでは、おれと一夏が盛大にディスられていた。そうか、鈴さんはおれなら簡単に虜にできると思っていたのか。
瞳が乾いてゆくのを自覚しながら、黙って耳に意識を集中させる。
『そもそも榛名が普通の男性というのも変ではないか? 世界で二人しかいないIS男性操縦者だぞ? そこらの凡人と一括りにして考えていいのか?』
箒さんの声だ。普通……いや、普通だったんだよ。IS学園に入学するまでは。
箒さんの疑問提起に中から、「うーん」と唸る声がした。
『あー……弾とか和馬に比べれば、彼女欲しい、エッチしたいってがっついてないかも』
『榛名は意外と自制心が強いよ。僕と相部屋だったとき、一度も着替えを覗いたりとか……へ、変なことしてなかったし』
『……まさかアンタ、わざと転けたりバスタオル忘れたりしてアピールしようとしてたんじゃないでしょうね』
『してないってば!』
やっぱりシャルロットは同性の目から見てもあざといのか。実際、あざといよな。狙ってないにしても、おれや一夏以外なら即、手を出してる筈だもの。
シャルロットあざとい疑惑がかけられている中、セシリアさんの神妙な声がした。
『……実は殿方が好きなのでは?』
『ないよ! そんなの絶対にありえないよ!』
『ですが……』
『同性愛なんてありえないよ! 何でそんなこと思いつくのッ!? 離婚したいからって理由でカトリックから分派した国教会信徒の発想にはびっくりだよ!』
『な、なんですってーッ!?』
何で宗教上の問題で対立してんだよ。いや、元々イギリスとフランスは仲悪いからわかるけど、争いの発端がおれがホモかどうかって。おれはIS学園の火薬庫かよ。
『まあまあ、落ち着きなさいよ』
鈴さんが二人を諌める。日本育ちらしいから無宗教だろうし、鈴さんと箒さんにはアホらしい争いに見えているのかな。
『まぁ? 世界一のメシマズ国家の人の味覚は、確かに理解しかねるけどねー』
『……鈴さん? あなたも私の祖国を馬鹿にしてますの?』
『えー? 馬鹿になんてしてないわよー? 事実言ってるだけだしー』
『あんな汚い油大量に使って料理してるからチャイニーズは油でテカテカなんですわ! それにイングランドのお菓子と紅茶は世界一! ですわよ!』
『はァ!? 誰が油ぎってるのよ! 中華料理は世界一美味しいっつーの!』
『落ち着きなよ二人とも』
『なに他人ヅラしてんのよ! そもそも発端はアンタでしょうがッ!』
『だって、料理の話なら……ね?』
得意げに勝ち誇るシャルロットのしたり顔が目に浮かぶ。こいつら祖国自慢で喧嘩し始めやがったぞ。
『はん、でもヨーロッパで一番評判いいのってフレンチじゃなくてイタリアンじゃない?』
『だいたい、フランス料理も元を辿ればイタリアからもたらされたものですし、各国の良い所だけを寄せ集めてできた格式だけは一人前の美食ぶりたい料理ではないですか』
『イギリスは土地が痩せてるからろくな作物が取れないもんね。大英帝国の属国だった国はどこも料理がまずいことで有名だし、中華だって今の味が確立されたのは十九世紀になってからじゃない。
それにフレンチは世界の正式な正餐に採用されてるし、それだけグローバルに認められてるってことだよね?』
『あーいえばこういう……フランス人は本当にひねくれ者で自惚れ屋ばかりですわね』
『アンタもそーでしょうが。二枚舌国家』
『世界一マナーの悪い中国人に言われたくないですわ』
『ハァァ!?』
『そうだよ、何回一夏を殺そうとしてるの?』
『それはセシリアも箒も同じでしょッ!?』
ダメだこいつら……遂に他国を貶し始めたぞ。あれ、元からそうだっけ。
この人たちには、いい加減に自分たちが専用機持ちの代表候補生だってことを自覚して欲しいな。今まさにIS展開して殺し合いしかねない雰囲気だし、国はIS適正以外に性格でも適性を測るべきではないのか。
「むぅ、これは私も参戦するべきか? ジャガイモと肉料理とビールくらいしか誇れる料理はないが」
「ラウラは行かなくていいんだよ……」
こんな恐ろしい空間に無垢なラウラが放り込まれていたらと思うと、ぞっとする。
前にシャルロットと敵対していたことから察するに、隣国のシャルロットと喧嘩していそうだ。あ、イギリスのセシリアさんがいるから場合によっては共闘するかもしれない。
室内では、ずっと黙っていた箒さんに矛先が向いたようだ。
『ていうか、箒はなに黙って静観してるのよ? なに? ヘルシーで健康的な日本人は争いを好みませんって言うわけ!?』
『え? いや、そういうわけではなくてな。ただ、話についていけなかっただけだ』
中から露骨なため息が聞こえた。
『日本人は個人の意見を尊重しないよね。集団心理で動いてるっていうか同調意識の塊っていうか』
『授業でも挙手をして貪欲に学ぼうとする姿勢が足りないですわ。謙虚というより、遠慮がちで引っ込み思案なだけな気がします』
『出る杭は叩く、異物は排除するお国柄だもんねえ』
『そ、そこまで言われるのか……?』
鈴さんは殆ど日本で育ったのに……いや、育ったからの意見なのかな? そう考えると、箒さんって典型的な日本人の思考してるんだな。
基本的に一夏以外に興味なくて、その一夏には奥手で何もできず、周りに馴染もうとしないもんな。
怒らず、言い返さない箒さんに味をしめたのか、三人はなおも攻勢を続けた。
『日本はきついことや苦労をするのが美徳みたいに思ってるわよね』
『真夏に高校生を連投させる甲子園や家庭を顧みない労働環境とか?』
『食事中も正座なんて苦行を強いる生活環境がいけないんですわ!』
日本が槍玉に挙げられ始めたぞ。てか、やっぱりセシリアさんは正座に恨みがあったのか。
『それに魚を生で食べる発想がおかしいですわ! 魚ですわよ!? 寄生虫が怖くないんですの!?』
『やたらと肉とか果物の品質に拘るよね』
『食べ物の品質管理とか病的なくらい徹底的に管理されてるよねー』
『当たり前だろうがッ!!!!!』
箒さんの怒鳴り声が聞こえて、危うく悲鳴をあげそうになった。
『いいか? 食というのは生活にもっとも密着していて、かつ不可欠な要素だ! 人は家がなくても服がなくても生きていけるが、食がなくては死んでしまう。
毎日必ず食べるものだ。それの安全が脅かされたり、不味かったり、自由がなく窮屈なものでは生の楽しみが欠如されてしまうだろう。だから私たちは鮮度や味、安全に拘るんだ! 日々の営みを彩り鮮やかなものにするために!』
『……』
図らず、感心させられてしまった。箒さんの言う通りだ。食事は楽しむものなんだよ。
だからより安全で美味しく、食べやすいものを求めるんだ。箒さん、流石だよ。あなたこそ日本人の誇りだ。
『箒さん……』
『ごめん、箒……』
『あたしたちが間違ってたわ……』
『いや、私こそ熱くなってすまない』
和解に傾きかける四人。このまま仲直りか。そう思ったが、
『うん、でもさ、やっぱり鯨を食べるのはおかしいわよね』
『そうですわね』『そうだね』
『お前らだってカタツムリとか犬とかイギリス料理食ってるだろうがッ!』
日本人って、食べ物に関してだけは妥協しないんですよね。忘れてました。
しばらく、中からは四人が醜く罵倒し合う声が響いていた。
よかった……ラウラがこの中にいなくて本当によかった……!
●
『もう……止めにしませんか?』
『そ、そうね……叫び疲れて喉が嗄れたぁ……』
『元はと言えば僕の所為だよね……ごめんみんな』
『いや……我を忘れて応戦した私たちも悪いんだ。気にするな』
暇になったおれとラウラがあっちむいてホイで遊んでいると、ようやく喧嘩が終わったようでほとぼりもさめた気配がした。
よくよく考えたら、イギリスとフランス、日本と中国って関係性が似てるもんね。そりゃ仲悪いよ。でも個人間で火種を抱えるのは止そうね。いや、本当に洒落にならないから。
『えーと、何でこんなことになったんだっけ?』
『榛名さんがゲイかもしれないとわたくしが言ったからです』
『……言いたくはないが、榛名よりも一夏の方がゲイ疑惑が濃いと思う』
違う。一夏は純粋すぎるだけだ。頼むから考えうる限り最悪な結末を想像させないでくれ。
『僕が怒っちゃったのはね、さっき、見ちゃったからなんだ。下着しか身につけてない榛名に、同じく半裸の一夏がマッサージしてるのを』
『……』
何やらきな臭い雰囲気になる。改めて想像するととんでもない絵ヅラだな。
『榛名くんのヘタレ受けか……』
『最近、クラスの方々の妙な単語が耳に残って仕方ないですわ……洗脳されてしまいそうです』
『や、やめにしないか、この話は。不毛だ、何も生まない』
まだ腐ってないらしく、皆乗り気でなかったから会話が打ち切られた。
「母と嫁がまぐわっているのか」
「嫁の不倫相手が姑って修羅場ってレベルじゃないよ、それ……」
旦那が不憫すぎる。ラウラのことだよ。
『榛名さんの人間性なら、わたくしは評価してますわ。アドバイスも的確ですし、努めて冷静でいようとする姿勢は素晴らしいと思います。個性が薄く埋没気味なのは否めませんが』
『良い人よねー。良い人なんだけど』
『いわゆる良い人止まりな人間なのだろうな』
またおれを評価する流れになる。やめろ、おれ泣くぞ。本気で泣くぞ。女の子の異性評価くらい嫌なものはないんだぞ。
『あ! でも、加点方式なら微妙でも減点方式なら満点じゃない、榛名くんって?』
『榛名さんの良いところ……』
『シャルロットは榛名のどこが好きなんだ?』
分かっているが、声に出されると胸が高鳴る。聞きたいような、聞きたくないような。
『それは……ナイショ。榛名の良い所は、僕だけが知っていたいから』
『うっわ、ムカつくわ』
『仕方ないですわね。わたくしたちで列挙してみましょうか』
「……」
「母よ、どうした。顔を覆って」
「あー……なんでもないです」
聞かなきゃよかった。かぶりを振って、また扉にかじりつく。好奇心だけは旺盛で困った。
『えーと、まずはIS操縦者なことよね』
『男性のステータスでは最高に希少だな』
『これだけでほぼ全ての男性より優位に立てますわ』
大統領より少ないからな。国会議員のように支持でなれるものでもないし。
『あとは……お金持ってるところ?』
『もう一生働かなくても生きていけるらしい』
『まあ、それはわたくしも同じですし、IS適正者というだけで食いっぱぐれることはないでしょう』
金の代わりに平穏と家族を失ったけどな。
『他には……』
『わたくしは一般男性をあまり知らないのですが、それと比べて榛名さんはどうですの?』
箱入り娘のセシリアさんの疑問に鈴さんも首を捻った。
『どうかしらねえ。苦労してる分、同年代の男と比べたら大人っぽいと思うけど』
『私たちの理不尽な八つ当たりにも怒ったりせずに対応してくれていたしな』
やっぱり八つ当たりだったのかよ。血の気が多すぎやしませんか。
『普段から邪険に扱っているわたくしの相談にも快く応じてくれましたし……』
『あ、あたしも相談に乗ってもらったわ』
『二人もか。私も榛名に相談したことがあるぞ』
一晩に三回も恋愛相談した日を思い出す。あの後も一夏が愚鈍なせいでおれが恨まれる羽目になったんだっけ。
……あれ、もしかしておれ、逆恨みされてるだけじゃないか……?
『やっぱり人柄は良いよね。榛名くんは』
『ええ、誠実で懐が深くて良い人ですわね』
『ああ、良い人だな』
良い人良い人連呼するのやめてくれません? 男として興味ないって言ってるようなものだから胸が痛むんですけど。
『改めて考えると、榛名さんは欠点らしい欠点が見当たらないですわ』
『あたしはクラスが違うからわからないけど、学年で二人しかいない男の子だし、モテるんじゃないの? そこのところどうなの?』
微細な程度でしかないが、流れが変わった。閉口していたシャルロットが戸惑いを含めた声で言う。
『え、どうだろ……ラウラは、少し違うし』
『あんなの関係がママゴトみたいなものだから除外よ』
「失敬な。私は母が好きだぞ!」
「うん、うん……」
頭を撫でて宥める。おれとラウラが和やかなムードでいる一方で、中は不穏な気配が漂っているようだ。
『クラスの女性では、のほほんさんや谷本さんと仲が良いようですが』
『そういえば、榛名はその二人の部屋に泊まったことがあるらしいな。しかも二日連続で』
『えっ、マジで!?』
鈴さんの驚愕の声を皮切りに議論は活性化し始めた。しなくていいのに。
『完全に脈アリじゃない、その二人!』
『そうですの?』
『当たり前でしょ! 女の子が好きでもない男を部屋に泊めるわけないじゃん!』
『ふむ、一理あるな』
会話に熱が帯びてきた。声の張りが尋常ではない。なぜ女の子は他人の恋バナでこれだけ盛り上げられるのだろう。
『榛名は何もないって言ってたけど……』
『アイツに何もなくても、あっちにはあるかもしれないじゃない。思い返すと、榛名が退院した日も、あの二人は真っ先に話しかけてきてたもんね。迂闊だったわ』
『他には……鷹月さんと話してるのをよく見かけますけど』
『気が合うから話してるだけだと思うが』
あーだこーだとおれの関わる人物の関係を推測しだす四人。詮索されるおれと女生徒の関係。記憶を掘り起こして邪推される女生徒の感情。
おいおい、とうとうおれが全く話したことない人にまで調査が及んだぞ。四十院さんって誰だよ。同じクラスにそんな人いたっけ?
『うーん……散々議論したけど、最初の二人以外に気のありそうなコはいなかったわね』
『いえ、最後に要注意人物が二人残っていますわ』
『一人は、生徒会長……だな』
最後の最後に、とんでもない人物の名詞を出してきた。会長は……とりあえず押せば引く人だとは判明してるけど。真面目に恋愛となると、これほど似合わない人もいないんじゃないか。
『現在同居中で裸エプロンで誘惑したり、はしたない格好で榛名くんに迫ったりしてるのよね』
『は、破廉恥ですわ!』
『話を聞くと気があるようにしか思えないが……』
会長がおれに気があるとしたら、それはそれで反応に困る。後味の悪いドッキリで思わず身を固めようと決心しかけたこともあるし、無敵状態のおれがからかったこともあるから。
『僕は、僕や榛名の反応を面白がってるだけだと思う』
『まあ、その可能性が一番高いな』
シャルロットもわかってるなら乗らないで大人の対応で相手にしなければいいのに。ああいう手合いは、対象がムキになればなるほど喜ぶんだから。
『でもさー、遊びのつもりが本気になっちゃうってことも、無きにしも非ずじゃない?』
『生徒会長の家は古くからの名家らしいですから、榛名さんの婚約者になる可能性も捨てきれませんからね』
『む……意外と障害が多いのだな。シャルロットは大変だな』
『一夏ほどじゃないけどね……』
「……」
「シャルロットは母が好きだったのか。ではシャルロットが私の父か」
そう簡単な問題じゃないんだが、ラウラの性別逆転に和む。このままおれの癒しになって欲しい。
『最後は……あの人か』
『篠ノ之束博士……かぁ』
その名前が出た瞬間、おれの背中に悪寒が走って背筋が伸びた。先日、拉致されて襲われかけた人だ。そこでその人の名前が出るのか。
『目下、最大の強敵ではないでしょうか』
『たぶん、榛名くんを狙う女としても、物理的な戦闘力でも最強の敵じゃない? 性格のおかしさも含めて最狂でしょ?』
『自分の姉ながら、本当に恥ずかしい』
自分の妹にもボロクソに言われている束さん。おれはそこまで嫌な印象ないんだが、同性から見たら奇人変人の類なのだろうか。
『それにさぁ、千冬さんから聞いた榛名くんと篠ノ之博士の関係……』
『酷かったね……』
『ですわね……』
「――ッ!?」
今まで誰に尋ねてもはぐらかされてきた話題に、目をぎらつかせて耳に神経を集中させる。
気になって仕方なかった。おれが記憶を無くしてるから知りようのない、束さんがおれに執着する理由が何なのか。
それについて知る機会が訪れたのだ。おれは聞き逃さすよう、扉に全身を密着させた。四人が暗い声で語りだす。
『まさか榛名さんが……』
『篠ノ之博士に性的虐待を受けてたなんてね……』
「え……」
受け入れがたい真実に、おれは絶句して目の前が真っ暗になった。なおも会話は続く。
『篠ノ之博士が中学生くらいの時だっけ? そのくらいから知り合って、幼い榛名くんに色々やらしいことしてたらしいわね』
『逆なら中学生の男子が五歳の女の子にいやらしいことをしていたんですものね……性犯罪ですわ』
『本当に申し訳ない……身内がこんなことをやらかすなんて……』
嘘だ……嘘だ……おれは身体の重心がふらつくのを感じた。
「母……? どうし――母ッ! 母ァーーーーーーッ!!」
金剛榛名一五歳、調教済み。夏休み半ばに知りたくない真実を知り、安らかに息を引き取った。
嘘です。気を失っただけです。でも、何か大切なものを喪った気がします。
IS学園一年生の夏。父さん、母さん。僕はえっちなこどもだったみたいです。
あとがき
あ・・・やっと・・・夏が終わったんやな・・・