「織斑と私が相部屋、お前は個室だ。いいな?」
「はい」
説教の終わる間際に、臨海学校の部屋割りを言い渡された。
なぜ男子生徒同士で相部屋にならないんだとも思ったが、怖いので抗議しない。
姉としては可愛い弟が男色かもしれないとあっては不安にもなるだろう。おれも色々と不安なんだが。
説教を終えるとおれたちは、無事買い物を済ませ帰路についた。
道中、ラウラが過剰に警戒して殺気立っていたり、シャルロットが半裸でおれを拉致した一夏に敵意を向けたり、一夏の隣の座席を巡ってのセシリアさんと鈴音さんの争いが、一夏がおれの隣に座ったことで終戦したりと波乱に満ちていたが、やっと長い一日が終わったのだ。
IS学園に帰り、みんなと別れて自室に戻る途中、おれはふと一夏を思った。
一夏と知り合ってから数ヵ月が経つが、未だにアイツのことは良くわからない。
超がつく鈍感で、お調子者だが熱血な一面もあり、普段は温和だが女尊男卑主義者には怒る。シスコンで幼馴染が二人いるが、なぜか眼中にない。ウェスターマーク効果でも働いているのだろうか。
では高校で知り合ったセシリアさんはどうかと言えば、これも微妙。
お尻のラインとか、小柄なのに凄い肉感的なスタイルをしているのに、一夏の反応はイマイチ。
篠ノ之さん、セシリアさん、鈴音さんが頭一つ抜けてるけど、他のクラスメートも美少女揃いなのに、スク水みたいなISスーツ姿を見てもピクリともしない。
アイツ、性欲がないのか?
おれは一夏との同居生活の中で、一夏が異性に興味を懐いているような素振りがなかったことを思い出した。
そういえば、篠ノ之さんの使用済みブラを手にしても無反応だった。あれメロン入りそうなくらいデカかったのに。
姉の下着を洗濯しているから慣れているのだろうか? いや、一夏の話では織斑先生は忙しくてあまり帰ってこなかった筈。
そう何度も触れる機会はなかったと思われる。やはり性欲自体がないのか。
……いやいや、この年頃の男が性欲ないなんて。あるワケない。いるかもしれないが、あんなに女の子に囲まれてるのに欲情しないなんて、そんなのインポかゲイくらい……
「――は!?」
不意に、背筋に電流が走った。脳裏に飛来する光景に戦慄する。
女性関係でしか怒らない一夏が、珍しく男にキレた事件。
『待てよシャルル。たまには一緒に着替えようぜ』
『当たり前だろ!? 男同士の親睦を深めるには裸の付き合いが一番じゃないか』
『というか、むしろどうしてシャルルは俺と一緒に着替えたがらないんだ?』
『慣れれば大丈夫。さあ、俺と一緒に着替えようぜ』
『安心しろ。俺はホモじゃない。ただ男同士の親睦を深めたいだけだ。
さあ、三人で一緒に着替えようぜ。慣れれば病みつきになるぞ』
あの時は寝不足で思考が覚束なかったけど、冷静に考えると、もう疑いようのないくらいホモじゃん。
何で男はみんな一夏と着替えたがると思ってるんだよ。おかしいだろ。
確かに脱ぐのは慣れれば抵抗なくなるけど、それでも病みつきになるって。
それは露出癖に目覚めただけだ。ただの変態じゃないか。
「……いや、でも、弾も肉体的接触は積極的だったし」
たぶん、一夏の中学では普通だったんだ。
男子はみんな裸になって着替えあって、親愛を体で表現しあってたんだろう。
体育会系だな、一夏は。
おれは無理やり納得させて自室のドアを開けた。
「やあやあ、遅かったね少年」
「すいません、間違いました」
入ると、青色の不思議な髪色のお姉さんが気さくに挨拶してきたので、おれは自然にドアを閉めた。
おかしいな。鍵は合ってるんだけど。部屋の名義もおれのなんだけど。
困惑して立ち竦んでいると、ドアが開き、お姉さんがひょっこりと顔を覗かせた。
「間違ってないよ。此処はキミの部屋」
「何でおれの部屋にいるんです?」
ていうか誰? 住居不法侵入じゃない? おれ脱ぎ捨てた下着をベッドに放り投げたまま出かけたよ?
お姉さんはおれの動揺を見透かしたように微笑んだ。端麗な容姿には多々邪気があった。
「私、これからここに住むの。よろしくね、旦那様」
「山田先生! 山田先生はどこですか!?」
おれは部屋割りを担当していた山田先生を求めて走り出した。
冗談じゃない……! こんなんどこをどう取ってもハニートラップじゃないか――!
おれは逃げ出した。が、首根っこを掴まれ、部屋に引きずり込まれた。
「い、嫌だ! 助けてくれ一夏、シャルロット、ラウラ……っ!」
「んふっ」
この華奢な身体のどこに男性を押さえつける力が秘められているのか。
おれは肉食動物に首を噛まれる草食動物のように、獣のねぐらに囚えられてしまった。
●
「なるほど、おれの護衛で」
「そ。理解が早くて助かるね」
暴れるおれを組み伏せ、おれの背中の上で女王のように座しながら事情を説明するお姉さん。
要約すると、学年別トーナメントで真っ先に攻撃をくらったおれの安全性の保障を政府から要求され、学園側も断りきれず、緊急処置として学校関係者を護衛をつけることにしたらしい。
それが一夏にとっての織斑先生で、おれにはこの人。おかしくない? 普通教員が担当するよね?
「拒否できないんですか?」
「無理。生徒会長権限」
「それって先生より強いんですか?」
「うん。強引にねじ込んでもらったよん」
何で生徒会長がそこまで強い権限持ってんの?
おれの知ってる学校とだいぶ違うんだけど。生徒会長って生徒の要望聞く程度で内申を高めたい真面目くんがやる役職じゃないの?
この人、獲物を前に舌なめずりする蛇と同じ目をしてるよ。
「まぁ、そんなに警戒しないで。私は学校でも数少ない専用機持ちだから、キミの特訓にも付き合えるし、色々と役得だと思うよ?」
「……いちおう聞きますけど、会長の所属は?」
「ロシアの代表だけど」
ロシアって敵国……未だに北方領土問題で争っているのに、日本とロシア代表を一緒にするって。
しかし学生なのに国家代表か。単純に感心してしまった。
「すごいですね」
「ありがと。でも、三十五億分の二のキミの方が、国家にひとりはいる代表より凄いよ」
完全に皮肉だったので、無言で返す。
IS学園どころか、世界中を見ても専用機持ちは希少で、女性の最大のステータスだ。
大国の軍でもエースしか乗れないIS、さらに専用機持ちとなると、如何に優れた存在か推し量れる。
専用機は操縦者にとっては最大の栄誉であり、国家の技術力と誇りの結晶だ。希望したから許されるものではない。
そもそもIS学園が専用機、打鉄、教員用のリヴァイブ含めて全ISの十分の一近く保有しているから、相対的に価値が高騰している。
国家代表でもなければ乗れない専用機。それを男子で、一般人だったおれが所有しているのに反感を持つ人は、頭が緩そうな女の子ばかりに見えるIS学園にもいるだろう。
まぁ、おれは男性搭乗時のISのデータ収集と護身が目的だからIS学園卒業と同時に剥奪される手筈で、一年の他の専用機持ちも似たような理由で専用機を渡されているから実力も糞もないのだが。
「おれ自身はたいしたことないですけどね。ところで、そろそろ退いてくれません? もう逃げませんから」
「あら、重かった?」
「いえ、羽毛のような心地でした。ただ、おれは脆弱なので会長を支える筋力がないんです」
「遠まわしに重いって言ってるじゃない。案外、良い性格してるわね」
扇子で頬を突きながら、目を細める会長。……会長?
「……あれ? そういや、まだ名前聞いてない……」
「ん? あぁ、ごめん、忘れてた。更識楯無だよ。たっちゃんって読んでね」
「呼びません」
DQNネームも真っ青な名前だなぁ、と思いました。
●
「どうしたんだ、榛名。背中が煤けてるぞ」
「……一夏。おれ、思うんだよ。例えば女の子と付き合って、将来、結婚を視野に入れたら同棲するだろ?
その時に、お互い見たくないものが見えて別れるケースって多いんだって。片付けができないとか料理が下手だとか、嫌な部分まで見えて魔法が解けるんだ。
恋愛感情を持ってる女の子にすらそうなるんだ。ろくに知りもしない女の子といきなり同居しろとか言われたら……困るよな?」
「? まぁ、たしかに。問答無用で一緒に住むなんてなったら戸惑うと思うが」
イマイチおれの言わんとすることが掴めない様子の一夏が茶を啜る。
食堂では、おれと一夏だけで夕食を取っていた。相変わらず聞き耳をたてられているようではあるが、もう慣れっこだ。
シャルロットを含む五人組は同じテーブルについて不穏な視線を送っている。こっちは素直に怖い。
おれは柔らかく煮込んだうどんを啜った。最近うどんしか食べていない。消化が早くて胃に優しいから。
あったかいし。
おれは首を捻る一夏に言った。
「例えばだけど、篠ノ之さんと同居してる自分を想像してみなよ」
「箒か……」
腕組みする一夏の眉根が寄り、汗が頬に伝った。
「どうだ?」
「木刀で殴られたり、真剣で斬りつけられてるところしか想像できん」
誰かの怒声が聞こえた。声の主は想像したくなかった。
「じゃあ、鈴音さんは?」
「鈴か……あまり気苦労しなそうだけど、何かあるたびにISで殺されかけるような気がする」
またどこかで怒号が飛び交ったが、真剣に考えている一夏には聞こえていないようなのでおれも無視した。
「ならセシリアさんは?」
「セシリアは……女子に聞いた話だと、ベッドが天蓋付きの高級ベッドらしいんだよ。他の私物も高価そうだし、遠慮しちゃいそうだな」
ヒステリックな悲鳴が響き渡ったが、瞑目してイマジネーションする一夏の耳に入っていないようなので、おれも振り向かなかった。
「最後に、ラウラは?」
「ラウラかぁ……何かふたつ想像つくな。滅茶苦茶規律に厳しいか、逆に何でもやってあげなきゃならないパターン。どっちも苦労しそうだぞ」
如何にもショックを受けていそうな声がおれの胸を打ったが、それでもおれは一夏から目を離さなかった。
一夏は考えるのを止めて、そうだ、と手を打つ。
「榛名はもう女の子と同居したよな? シャルロットと。どうだったんだ?」
「シャルロットか……」
息を呑む雰囲気を察したおれは、どう答えるかしばし逡巡した。
一夏が真面目に答えたので、おれも素直に答えることにした。
「シャルロットは言動が逐一、狙ってるじゃないかと疑るくらい一々男心を擽ってきてな。
着替え中に転けたり、シャワー浴びるのに着替え忘れたり、しっかりしてる癖にどこかうっかりしてるんだよ。
あれはもうわざとやってるんじゃないかと思ったな」
「何で此処で言うの!?」と耳慣れた声が上がった直後に、「あざとい、さすがシャルロットあざとい」、「シャルロットはあざといな~」と続いた。
一夏はおれの話に耳を傾けているので聞こえないようだった。
「はは、榛名も苦労してるんだな」
他人事のように言う。そうだよな、他人事だもんな。
家族と暮らしてるんだから、一夏も織斑先生も不満なんかあるわけないよな。
おれは席を立った。振り向くと、怖い人たちがISを展開していたので、一目散に逃げ出した。
たぶん、今回はおれが悪い。
●
何とか逃げおおせたおれは、自室のドアノブを回した。
会長はもう夕食は摂ったとのことで部屋に残ったので、本当に同居するのであれば、まだいる筈だ。
扉を開く。何だか未知の扉を開くみたいに緊張している。この先は本当におれの部屋なのだろうか。
「おかえりなさい、あなた。お風呂にします? ティータイムにします? そ・れ・と・も――」
おれは扉を閉めた。ここはおれの部屋じゃない。
裸エプロンの痴女なんかおれの部屋にはいない。
おれはかぶりを振り、再び扉を開いた。さっきのはどこでもドアの位置調整がミスっただけなんだよ。
ちゃんと気を引き締めて現実を見据えれば、ほら――
「こら、何で閉めるの?」
痴女がいた。決定だ。ハニートラップだ。
こんなことをする女性がそれ以外でいる筈がない。
「あ」
おれは再び扉を閉めて、全力で駆け出した。
ハニートラップなんかと一緒にいられるか! おれは別の部屋で寝るぞ!
「お~、こんこんだ! どうしたの血相変えて~」
「なにかあったの?」
食堂から部屋に戻る途中と見られるのほほんさんと谷本さんと出くわした。
ちょうどいい。おれは手を合わせて懇願した。
「お願い! 今日も泊めてください!」
「うん、いいよ~」
「あれぇ~? どうしたの金剛くん。ひょっとして、そんなに私たちの部屋が気に入っちゃった?」
手をあげて快諾するのほほんさんと意地悪く笑う谷本さん。おれはさらに頭を下げた。
「差し出がましいけど、今日だけと言わず、これからも毎日泊めてくれませんか!?」
「うん。もう二日も泊めてるし、私は構わないよ~」
「え? ど、どうしたの金剛くん。まさか……私たちのこと……」
おれが安堵した瞬間、背後から死神が、音もなく忍び寄ってきた。
「もうっ、おねーさんから逃げるなんて、イケないコだな、キミは。これはまだまだ躾が必要かな」
「うわ、痴女だ」
「失礼ね。生徒会長、もしくはたっちゃん先輩と呼びなさい一年生」
「あ~、こんばんはー会長~」
「うん、本音ちゃんは元気でよろしい」
率直な感想を漏らす谷本さんと、親しげに挨拶するのほほんさん。
いや、裸エプロンで廊下出る人なんて痴女以外の何者でもないから。
「……って、のほほんさん。もしかして、知り合い?」
「うん! だって私、生徒会所属だし」
マジかよ。全然見えない……は、流石に失礼か。意外だ。そういえば、前に聞いたような気がしないでもない。
「ちょっと、榛名くん。何で他の女の部屋に行こうとしてるの?」
「あ、おれは二人の部屋で寝るんで。これからもずっと。だから会長が使ってもいいですよ」
「却下。ね、本音ちゃん」
「そうだねー。たっちゃん会長が言うなら仕方ないや~」
「なんで!?」
「私は会長の家に仕えてるから、逆らえないんだ~」
まさかの裏切りに戦慄する。なに、仕えてるって。そんなに良い家の出身なの、この人。
「はい、帰りましょうねー。私たちの、愛の巣に」
「ちくしょう!」
「あっ」
おれは脱兎のごとく逃げ出した。絶対に嫌だ。誰もハーレムとか望んでないから。それ一番言われてるから。
おれは一夏の部屋を目指した。もう織斑先生が怖いとか言ってられない。さすがに会長でもブリュンヒルデに逆らうことはできまい。
火事場の馬鹿力か。あっという間に一夏の部屋の前に到着したおれは、ノックも忘れてドアノブに手を掛け、
「ンア……! い、一夏……そ、そこはダメだ……っ」
「なんでだよ。千冬ねえのココ、もっとして欲しくて仕方ないって求めてきてるぞ」
「ファ!? ~~~っ……! はあ……んん……!」
「ほら、千冬ねえも素直になりなよ。きちんと言えればもっとしてあげるからさ」
「くっ……弟に屈する姉などいない、バカも休み休み言え」
「しょうがねえな……なら、俺も……」
「ひゃあ!? な、なにを……!」
「千冬ねえは強情だからね、しょうがないね」
「あ、あああああ……!」
ドア越しに聞こえる悩ましい嬌声に凍りつく。
え、なにあいつら。マジか。マジなのか。姉弟なのに。マジかよ。マジですか?
「逃げちゃダメよー?」
背後から肩に置かれる。リストラされる窓際族の気分だった。
「いくらおねーさんが寛大って言っても、仏様の顔も三度までとも言うからね。次に逃げたらサンドバックにしちゃうわよ」
冗談に聞こえなかった。まず裸エプロンで追いかけてくる人が常人と同じ神経してるとは思えない。
この人なら本当にやりそうだ。おれは手を振り払って、再び逃げ出した。
こうなったら背に腹は変えられない。苦肉の策だが、シャルロットとラウラに頼るしかない……!
おれが会長と同居しているとか知られたら面倒だから、知らせたくなかったが、会長と比べたらシャルロットの方が百倍マシだ。
おれはシャルロットの部屋の扉を闇雲に叩いた。
「誰だ」
「おれだ、金剛榛名だ! 開けてくれラウラ!」
「なんだ、母か」
「え、榛名が来たの?」
制服姿のラウラが迎えてくれて、ジャージを着たシャルロットも出てきた。
「榛名、どうかしたの? 汗がすごいよ?」
「あ、ああ……」
「榛名くーん? おねーさん言ったよねー? 女神の顔もサンドバックって」
「うわああああああああ」
「え? なにこのひと痴女?」
「ふむ、これが痴女か。あたたかくなったからな」
「今年の一年生は礼儀がなってないね。ちゃんと水着履いてるよん。淑女の嗜みね」
「淑女舐めてますよね、あなた!?」
めくるな、来るな、寄るな!
おれは恥も外聞も捨ててラウラの背後に隠れた。
「ラウラ、助けてくれ!」
「うむ、察するに。母はこの痴女に襲われていたのだな。把握した。排除する」
「あら、血気盛んなこと」
ラウラが痴女に立ち向かう。ほんとに健気な良いコだ。おれは一夏争奪戦ではラウラを応援するぞ。
ラウラが撃退せんと徒手空拳を繰り出して――
「――む!?」
「甘い」
気づいたらラウラは投げられていた。動作のひとつひとつが洗練されていて、無駄も澱みもなかった。
なにこの痴女強い。
「あなたたちは知らなかったようね……この学園での生徒会長の称号は、最強の証だってことを」
会長は組み伏せたラウラの上に乗り、無駄にかっこいい台詞とともに手をワキワキさせた。
蜘蛛の巣にかかった獲物の元に向かう蜘蛛の足みたいな動きだった。
「な、なんだその手は。や、やめろ! 母よ、助けてくれ!」
「ふふふ……」
「ひゃああああああああ! ふははは、うわああああああ! 母、ひゃはああああああ! い、イヤだ! こんなの嫌だァ! 母よ助けいやあああああああああああああああ……っ!」
脇を擽られ、悶絶するラウラ。滂沱と涙を流しながら、おれに手を伸ばすラウラを見ていることしかできない。ごめん……ホントごめん……!
「あっ……あっ……」
「お仕置き完了」
数分間絶叫したラウラは、全身を痙攣させながら床に突っ伏していた。
会長の目がおれに向く。
おれは、これでも、少しは腕が立つ。修羅場もいくつか抜けてきた。そういうものだけに働く勘がある。その勘が言ってる。
おれは、ここで、死ぬ。
「さーて、次は榛名くんだね……」
「ひいっ」
「ま、待ってください! あなたはなんなんですか! なんで榛名を襲うんですか!?」
今度はシャルロットがおれの前に立ちはだかった。ラウラが肉弾戦で敗れたので、理論武装で立ち向かうようだ。
いや、女の子に守られるおれも情けないけど、ラウラが悶絶するのを見てシャルロットも悶えてたよね?
おれ見逃さなかったよ? 可愛いとか言ってたよね?
会長は毅然と質すシャルロットに威風堂々と答えた。裸エプロンで。
「あなたは前妻のシャルロットちゃんね。私は更識楯無。この学園の生徒会長で、榛名くんのルームメイトよ」
「え……」
シャルロットの暗い瞳がおれを射抜く。おれは悪くないから。本当に悪くないから。
「という訳で、ルームメートは返してもらうわよ。ほらほら、いらっしゃいな」
「ああああ……!」
「だ、ダメですっ! あなたみたいな破廉恥な人と同居なんて認めません!」
「痛い痛い痛い!」
腕を掴まれ、連行されるおれの逆の腕を掴み、シャルロットが引き止める。
外れる、肩が外れる! 暴力はいけない。シャルロットは得意の理論武装で会長を論破してくれよ!
なんで焦るとそうなるの!?
「あ、ごめんね榛名……」
「簡単に手放すなんて、あなたの彼への想いはその程度だったってことね。じゃ、榛名くんはもらっていくから」
「え!? こういうのって先に手を放した人が勝つって……あ、榛名! 榛名―!」
ずるずると引っ張られるおれ。脳内ではドナドナが絶え間なくリピートされていた。
明日から臨海学校なのに……今日は厄日だ。
おれは泣いた。おれを引きずる会長が楽しげに言う。
「これで私も夏に乗り遅れないわね」
絶望と疲れで霞んだおれの頭では、会長がなに言ってるのかわからなかった。
あとがき
何か原作で夏に乗り遅れたことに恨みを持っていたようなので早めに。
どうでもいいですが八巻読みました。それだけです。