③
通された部屋は、思わず目を見張るほどの立派なものだった。
上質なカーペット、キングサイズのベッド、高級そうな絵画や陶器……などなど。一流ホテルのスイートルームと比べても全く遜色のない調度品の数々。
もちろん部屋の広さもそれ相応。ヒデオの住むアパートも決して悪い物件ではないのだが、さすがにこれは格が違いすぎる。
「明日は朝食の準備が出来次第、お呼び致します。それではお休みなさいませ」
丁寧に一礼して、フォルゴーレが部屋を出ていった。
「あら、いい部屋じゃない。見てヒデオ。あのベッド天蓋付きよ、天蓋付き」
と同時に現れたノアレが、備え付けのお菓子を手に取りながら言う。
確かにいい部屋だ。この分だと食事も相当豪華なものだろう。
転移の原因を見つける手伝いもしてくれるようだし、勝負を受けて正解だったかもしれない。
何よりエルシアの時と違って目を抉られる心配がない。素晴らしい。
「既に一回殺されかけたけどね。冗談とか言ってたけど、本心はどうなんだか」
「…………。」
首に当てられたナイフの感触を思い出し、ヒデオの全身から大量の冷や汗が溢れ出てきた。
「忘れていたわね」
その後のやり取りのインパクトが強すぎて完全に忘れていた。
今から謝れば許して貰えるだろうか。いや、いっそ逃げてしまえば……。
「どっちも厳しいんじゃない? 何だか随分ヒデオにご執心みたいだし。でなきゃ一国のお姫様が自分を賭けるなんて言い出さないでしょ」
……確かにノアレの言う通りかもしれない。
自分に、というよりは自分の肩書きにこだわっていた様子ではあったが。
……まあ。最悪、闇本体を喚び出せばどうとでもなる問題。さすがに彼女たちも認めざるを……。
「あ、それ無理」
…………!?
それは、「面白そうだからイヤ」とかそういった話ですか。そうやってまた契約をないがしろにするのですか……!
「違うから。違うから落ち着いてヒデオ。目が怖い」
「では、なぜ」
「ん~……ネタバラシはあんまりしたくないんだけど。ま、どうせすぐにわかることだし」
そう言ってノアレがどこからともなく取り出したのは、一枚の地図。
「……地図なんていつの間に」
「ついさっき、お姉様の執務室を出る時に。ちょうどいい場所に置いてあったから借りてきちゃった」
果たしてそれは借りたと言っていいのだろうか。
必要なものには違いないので、ありがたいはありがたいが……後で返しておこう。
さておき。
「ノアレとの契約と、この地図に。何か関係が?」
「まずは見てみなさいな。きっと口で説明するより早いから」
促され、手元の地図に目を落とすと。
「これ、は……」
真っ先に目に入ってきたのは、地図の右端に描かれた特徴的な形の島。間違いなく、日本列島。
そして中央にはユーラシアの一部とおぼしき大陸の姿。
……あまりにもちぐはぐな雰囲気から、てっきりここは噂に聞く異界の類かと思っていたが。日本が存在する以上、その線はほぼ消えてしまった。
ではここは元の世界かと問われると、それはそれで違和感が残る。まずグランマーセナルなどという国は聞いたことがないし、そもそも帝国など現代に存在しない。大会の時のような隔離空間である可能性は考えられるが……。
「隔離空間じゃないわよ。そうだったら本体を喚べないはずがないわ」
と、闇がおっしゃるならきっと違うのだろう。
異界でも現代でもないとすると候補はかなり限られてくる。
一つは過去の世界。普通に考えればタイムトラベルなんて空想世界の話だ。されどあの大会以降に自分が経験した事を振り返ると、ありえないと言い切れないのが恐ろしい。
案外いい線をついているような気はするが、しかし。もし過去なら自分の名を知られているわけがないので、やはり違う。
ならばここは。この場所は。
「……未来の、世界」
「ご名答。幻覚でも見てるんじゃなければまず間違いないでしょうね」
文明が一度崩壊した後の世界……昔そんな映画があったことを思い出す。
言った自分さえ半信半疑だったものの、ノアレのお墨付き。ということは本当にそうなのだろう。
……なるほど。未来の世界であれば、人間の自分はとっくに死んでいる。つまりその時点で契約切れ。
「そうね、私もさすがに天界まで憑いていくわけにはいかないもの」
(…………)
天界じゃなければ死んだ後も憑いてくるつもりなのだろうか。
……ともかく。何とも複雑な話だが、死んだはずの自分が契約者としてロソ・ノアレを喚び出すというのはさすがに無理があるらしい。
「そういうこと。だから今の私はただの精霊ってわけ。どうにかして本体を召喚すれば、もう一度契約できるかもしれないけどね」
「…………。君が、本体を喚んでみるとか」
「無理に決まってるじゃない。それが出来たらエルシアお姉様に捕まった時にやってるわよ」
それもそうだ。
……まあ、闇本体を召喚できないと言っても、元々なかったものが使えなくなったというだけの話。
少々不安ではあるにせよ、嘆くほどではない。つい最近までそんな力は持っていなかったのだから。
それよりも問題なのは。
「どうやって……帰れば……」
「ふふっ、さあねぇ? 私にもわかんないわぁ」
その言葉が真実か否か。
ひどく楽しそうに笑いながらノアレが言い、ヒデオは頭を抱えるのであった。
◆
明くる日。
ユリカは帝国将軍である長谷部沙耶香に命令を下すべく、彼女の私室に赴こうとしていた。
(……姉上も酷。沙耶香にこんな任務を与えるなんて)
メイドも伴わず宮殿の廊下をひた歩く。
やがてたどり着いた将官用の一室。ノックをして、扉を開けた。
「はい、何か……って姫様? お一人でどうされたのですか」
面食らった様子の沙耶香を置いて、ひとまず部屋に入れてもらう。
他に誰もいないことを確認し、ユリカが一言。
「……極秘任務を伝えにきた」
「ごっ、極秘……!? それは、どのような……?」
ただならぬ言葉に居ずまいを正す沙耶香。目つきが豪剣のそれに変化する。
ユリカはゆっくりと息を吐き……言った。
「昨日、ある男がここロッテンハイム宮に来た。姉上が言うには、とても重要な人物。沙耶香にはその男を……誘惑して欲しい」
沙耶香の真剣な表情が一瞬にして崩れ去った。
「ゆっ、ゆゆっ、誘惑!? なぜ私にそんな任務を!? 無理! 無理ですッ!!」
「これは、軍令本部長からの命令。拒否は許されない」
「な、何も私じゃなくとも! そのようなことならば、適任はもっと他にいるでしょう! ノアールローゼンにでも任せてくださいッ!」
……やはりこうなるか。
しかしこれは予想の範囲内。ユリカはシャルロッテに授けられた言葉を、そのまま沙耶香に伝える。
「これは沙耶香にしか出来ないこと。強く、可憐で、誰よりも素敵な沙耶香でなければ…………と姉上が言っていた」
「え、あの……シャルロッテ様が……?」
「そう」
「いや、その、何でしょう……わ、私など別に、可憐などということは……」
…………。
帝国三剣の一人がこんなに扱いやすくて大丈夫か、とは思ったが。
「それに誘惑といっても、めろめろの骨抜きにしろというわけじゃない。良き友人として普通に仲良くしてくれればそれでいい。同じ極東出身同士、きっとウマも合うはず」
「はぁ……そのくらいならば私にも出来そうですが」
「では任せる。頑張って欲しい、清楚可憐で美しい長谷部将軍」
「も、もったいなきお言葉! 姫様がそこまで言うのなら不肖この私、任務をやり遂げてみせましょう!!」
もういっそ可哀想になってきた。
姉上も姉上だ。あの男を軍に留め置きたいとしても、ここまでする必要はないだろうに。まったく、何を考えているのやら……。
「相手はもうすぐ来る。それまで待機」
「はっ! かしこまりましたっ!」
◆
ヒデオは見知らぬメイドに連れられて、広い廊下を歩いていく。
朝食が終わった後、何やら呼び出されたのだが……どんな用かとメイドに聞こうにも、目すら合わせてくれないのでどうしようもない。
ちなみに服装は昨日着ていた私服ではなく、仕事の時のような黒いスーツ。ただ、自分の持っているような安物ではなく、一目でそれとわかる上等なもの。無論借りた物である。
「こちらにございます。……では私はこれで」
逃げるような早足でメイドが去っていった。
ヒデオは少し切ない気分でそれを見送り……気を取り直して扉に向き直る。ここに入れということなのだろう。
ノックすると、立派な部屋にそぐわぬ若い女の子の声が返ってきた。
「は、入っていいぞっ!」
扉を開け、部屋に入る。
部屋の中には二人の女性。一人は昨日も見た、アメジスト色の長い髪と赤い瞳が特徴的な魔導師風の美人。確かユリカという名前だったか。
もう一人は初めて見る顔だ。長い黒髪をポニーテールにまとめ、その整った顔は少し緊張気味。
そして何より目を惹くのは千早に緋袴の巫女姿。何というか……一言で表すと、睡蓮っぽい。
「あの……用、とは」
「そんなに緊張しなくていい。ちょっとした顔合わせというか、親睦会みたいなもの。とりあえずそこに座る」
そういうことなら、まあ。特に断る理由もないのだが。
「沙耶香。自己紹介」
「は、長谷部沙耶香だ。よろしく頼む」
「これは、どうも。川村ヒデオと言います」
…………。
……ん? 長谷部?
…………長谷部家!?
「長谷部、とは……勇者の家系の?」
「おお、なんだ、そんな古い話を知っているのか。普通ではない目つきと思っていたが、なかなか見どころのあるやつではないか」
緊張した様子から一転、沙耶香は機嫌良さげに微笑む。どうやら長谷部家というだけあって、翔希や翔香のように真っ直ぐでサッパリとした性格らしい。
しかし、いきなり知り合いの子孫を見つけてしまうとは。運が向いてきたかもしれない。
「二人とも同郷同士。仲良くするといい」
彼女と仲良くなって損はないはずだ。もちろんそうしたい。
……が、しかし。
「…………」
「…………」
「…………」
そこで会話が止まってしまう。
ヒデオと沙耶香は初対面。お互いがどんな人間かも知らないので、仕方のない話ではある。
ましてやヒデオは下手なことを言えない立場。一歩間違えてこの宮殿を追い出されてしまっては行く場所がなくなる。
そして何より致命的なのは、三人とも元々口数が多くないということ。ここにきて部屋は完全に沈黙で満たされてしまった。
「…………」
「…………」
「……沙耶香。ちょっとこっちに」
ユリカが静かに立ち上がり、沙耶香を伴って部屋の隅へ。小声で話し始めた。
「沙耶香。親睦会なんだからもっと喋る」
「でも、その……こういう風に男と会話する機会があまりないもので、何を話せばいいのやら……」
「何でもいい。話すことがないのなら、お近づきのしるしと言って適当な物をプレゼントするとか」
「は、はぁ……ではやってみます」
小声といっても、同じ部屋。
会話がヒデオにも聞こえていた。適当な物をプレゼントされてしまうのだろうか。
……まあ、歓迎しようという気持ちだけは伝わってくるので何も言うまい。
「ヒ、ヒデオだったか。お前にこれをやろう。お近づきのしるしというやつだっ」
(…………)
近づいてきた沙耶香が懐から古式ゆかしいガマグチを取り出して。
得意気な顔で、言った。
「ほら、金だ! これでうまい物でも食うといい!」
「…………」
「…………」
助けを求めてユリカの方を見ると、彼女は頭痛を抑えるように手を額に当てていた。
「ど、どうした……? いらんのか……?」
「…………沙耶香、ちょっと来る」
またもやユリカが沙耶香を伴って部屋の隅へ。
「沙耶香。違う。それは違う。親戚のおじさんじゃないんだから」
「い、いやしかし、やはり男は金が一番だと侍従隊の連中が言って……」
「…………。とにかく。次はもっと女の子らしく」
「女の子らしく、ですか……」
「わからなければ身近な人を参考にしていいから。とりあえず、お金はない」
当然のように会話は丸聞こえ。
内心、いっそ応援するような気持ちでヒデオは次の言葉を待つ。
せめてもう少しリアクションが可能な行動を期待したい。
「ヒデオ。さっきは沙耶香が失礼なことをした」
「いえ、それは。その……気にせず」
戻ってきたユリカに謝られ、ヒデオは首を横に振る。
慣れていないのならこういうこともあるだろう……などと思っていると、沙耶香が再度こちらへ。
座る……と思いきや、突如ヒデオの胸倉を掴み。
顔を赤くしながら、言い放った。
「いっ、いいかこのウジ虫野郎! こ、この沙耶香様とお話出来るってんだから泣いて喜んで這いつくばりなッ! 言われなきゃそんな簡単なこともできない、ふぁ……ふぁきん? 野郎は、いっぺん死んでから出直してくるべきだねッ!!」
「……………………」
「……………………」
再び助けを求めるべくユリカの方を見ると、彼女は頭を抱えてうずくまっていた。
「あ、あれ……? 喜ばんのか……?」
なんだ彼女は。魔王か。
「…………」
「ど、どうしたのですか姫様……」
やつれた表情のユリカは無言で沙耶香を引っ張り、部屋の隅へ。
「沙耶香。誰を参考にした」
「は……はぁ、キャスティですが。あれが男と話す時はだいたいこんな感じで……」
「違う。何かもう根本的に違う。それで喜ぶのは特殊な嗜好の男だけ」
「た、確かに喜んでいる男はあまり見たことがないような……」
「…………」
そしてアドバイスも尽きたのか、無言で帰ってくる二人。
「…………」
「…………」
「…………」
もはや喋ろうとする気配すら消え失せたこの室内。
自然と視線は会の主催者であるユリカに集まる。
「え、ええとっ。そろそろ二人の仲も深まってきた頃だと思う」
仲どころか溝が深まってますが。
……などとは、相手が姫であるからして、おいそれと言えず。
二人とも黙したままユリカの言葉を聞く。
「だ、だから、その。解散。今日は解散。続きはまた後日」
またやるつもりか……とげんなりした二人を置いて、ユリカは足早に部屋を去っていった。というか逃げた。
「…………。」
「…………。」
――――親睦会、終了。
④
翌日。帝都シューペリアにて。
「すまんな。待ったか?」
「…………いえ」
何やら沙耶香に呼び出され、広場の噴水前で待機していたヒデオは力なく首を横に振った。
シチュエーション的にはともかく、気分的にはカツアゲされる寸前のそれに近い。先日のトラウマが脳裏をよぎる。
もしや親睦会の続きが開催されてしまうのか……と怯えるヒデオに、沙耶香は頬を掻きながら言った。
「その、なんだ……昨日は悪いことをしたな」
「……え? それは、あの……」
「後で冷静になって考えてみたら、あれはなかった。よりによってキャスティの真似なんて我ながらどうかしてたと思う。申し訳ない、許してくれ」
まさか素直に謝られるとは思っておらず、どう反応していいものかと口ごもってしまう。
そんなヒデオの心情を汲んだように、沙耶香はくすりと笑った。
「姫様にも散々説教されてな……。で、その、聞けば帝都には着いたばかりらしいじゃないか。謝罪がてら案内でもどうかと思って……ダメか?」
これも長谷部の血の為せる業か、サッパリとした人好きのする笑顔で誘われてしまっては断れるはずもなく。
「いえ、いえ。ああいうのは初めてじゃないので、気になさらず」
少なくとも初対面で人を殴っておいて悪びれもしないようなどこかの巫女よりは全然マシだ。
プライバシーのため、誰とは言わないが。
「そ、そうなのか……? お前も苦労してるんだな」
「ええ、それはもう。そちらこそ、その若さで皇宮勤めとは。色々と苦労も多いのでは」
「わかるか? 実はそうなんだ……ああ、もっと楽に喋ってくれて構わんぞ。同郷のよしみだ、遠慮することはない」
「はい……あ、いや、わかった」
妙な方向に意気投合した二人は、広場を離れて店の多い通りへ。
あの店の料理が美味しい、あの鍛冶屋は腕が悪い、などといかにも彼女らしい案内を時折交えつつ、にぎやかな人の波を縫って歩く。
現代ではあまり見られない、活気と笑顔に溢れた街だった。
「どうだ? いい街だろう」
「ああ。本当に」
「陛下や姫様たち、それに私が守る大陸一の都だからな」
冗談めかしたような言葉だったが、そう言えるだけの自負があるのだろう。こんな風に自分が守る国を素直に誇れるのは、きっといいことに違いない。
あんなに恐ろしかった彼女が今は輝いて見えるようだ。
“あらぁ、ヒデオってばもしかして巫女フェチなの? 今度私も巫女服着てあげよっか”
……なぜそうなる。
別に好きとかそういう話ではなく。同じ国家に仕える者として感銘を受けただけの話であり。
“でも巫女服は好きなんでしょ?”
…………。
まあ、さておき。当初の印象と違って、彼女がいい人でよかった。
“否定しないあたり素直よね”
何か言っているノアレは無視することにして。
ヒデオは沙耶香の言葉に耳を傾ける。
「そういえばヒデオ。少し気になっていたんだが」
「……なんだろうか」
「名前からオオヤシマ出身だということはわかるんだが、帝国に来る前はどこに居たんだ? 姫様と直接会うくらいだ、きっとそれなりの経歴があるのだろう」
「…………」
まさか未来からやってきましたと言うわけにもいかない。どこのネコ型ロボかという話。
「それは、あの、なんというか……」
「何やら見たこともないような旧文明の遺産を持っているらしいし、元冒険者か? となると、やはりオオヤシマあたり……いや、それほどの冒険者がいれば噂になるはず。それがないということは……まさか、西域か……!?」
もちろん違う。そもそも西域がどんな場所かもよく知らない。
が、下手に否定することで余計に追求されてしまうのも出来れば避けておきたいところ。
わざわざ向こうから聞いてくるくらいだ。そういう流れかと、とりあえず頷いておく。
「……まあ、一応」
「なるほど……あんな場所で暮らせばそのような目つきになるのも仕方ないだろうな……。こちらの国に慣れていないのも、そういった理由があったのだな」
途端に同情的な目でこちらを見る沙耶香。あたかも捨てられた子犬を見るかのような。
“ヒデオみたいになっても仕方ないって……相当よね、それ”
……同意したくはないが、かといって否定もできなかった。
西域とはどんなカオスな場所なのか。というか、もしかして自分はとんでもないことを言ってしまったのでは。
「…………。」
見えない場所に冷や汗を流すヒデオに、沙耶香が言った。
「その歳で西域暮らしとは不憫な……きっと生き地獄に等しい日々だったのだろう。……おお、そうだ。近くに日本料理を出してくれる店があるんだ。今から行ってみないか?」
「えっ」
「金の心配はしなくていいぞ。こう見えて私も帝国将軍だ。相応の給料は貰っているからな」
「いや……、その。違」
「なに、遠慮するな。少々値は張るがその分味もいい。久しぶりの故郷の味だろう?」
今さら嘘でしたとはとても言えない雰囲気。ヒデオの汗の量が倍増する。
“こんなに素直でいい子を騙してご飯を奢らせるなんて……ヒデオ……”
違う。違うのです。こんなことになるはずでは……!
「ほら、早く行こう。今日は好きな物を好きなだけ頼んでいいんだぞ」
聖母のような笑みを浮かべる沙耶香に対し、顔面蒼白となったヒデオは為すすべもなく引っ張られていくのであった。