『ジオン公国軍ソロモン要塞守備隊、コウスケ=フルカワ中尉であります。お会いできて光栄です、閣下。と通訳できるか、ミカサ?』
城壁の上でピクシス司令にジオン公国式の敬礼をしつつ挨拶をする。
ミカサとその仲間の兵士達との同士討ち騒動が治まった後、俺はピクシス司令に呼ばれ、ミカサ達と共に、城壁の上に招かれた。ちなみに呼ばれたのはミカサ、アルミン、エレンの3人だ。
俺がザクから降りる時も一悶着あった。コクピットから出た瞬間に砲弾を打ち込まれたり、斬りかかられたら堪らんから、ミカサを通じてピクシス司令に頼み、安全を確保してもらった。ついでにノーマルスーツから制服にも着替えた。死に装束のつもりで持ってきておいてよかった。制服ならそれなりに見られるからな。第一印象は大事だ。
コクピットを開けて、地上に降りる時は兵士全員が唖然としていた。2回目だったが人が一斉に唖然とする光景はなかなかに面白いな。
ピクシス司令が気を利かせてくれたのか、それとも警戒されたのか……どちらかといわなくても後者か。監視のために1個小隊30名もの兵士が配置された。ついでの城壁上の固定砲座が4門ばかり照準を合わせていたが、無事にザクに戻れるんだろうか。
ああ、城壁の上に登るときはなかなか面白い体験だった。本来は登るための階段もあるそうだが、時間短縮のために立体機動装置とかいう機械を使ったミカサに抱えられて登るはめになった。ザクの高速機動でかかるGと同じくらいのGがかかり、上への移動だけとはいえ、浮遊感を覚えた。かなり面白かった。ぜひとも事が落ち着いたら俺にも貸してもらいたいもんだ。ちなみにその立体機動装置を喪失していたエレンもアルミンに抱えられて城壁へ登った。
そして、今はこの巨人に占領された街、トロスト区とこの国の南側領土の最高責任者というドット=ピクシス司令の前にいるわけだ。
『大丈夫。少し訳せない言葉があるけど、通じると思う』
同席しているミカサが応じる。というかミカサがいないと会話にならないからな。
『まぁ、この際、概略が伝わればいいよ。ゆっくり話すから頼む』
『いや、それには及ばんよ、アッカーマン訓練兵』
『え?』
今、渋くてダンディーな日本語が聞こえたけど、ミカサの声ってこんなに低かったか?
『あー、久しぶりに話すんでの。言葉は通じているかな、フルカワ中尉』
はい、見た目通りの渋い声ですね、ピクシス司令。
『失礼しました、閣下。まさか閣下も日本語が話せるとは思っていなかったものですから』
『ほぉ、この言語は日本語と言う名前なのか。若い頃に考古学に凝っておってのぅ。大きな声では言えんが、禁書扱いの書籍もいくつか持っとった』
『では、独学で日本語を?』
『いやいや、さすがに発音まではの。昔の知り合いにこの言語を伝えている者がいてな。なんでも先祖が東洋という場所から逃げてきたらしい。彼女もこの言語の名前は伝えられていなかったが、親から教えられていたらしい』
『なるほど。ちなみにその日本語を教えてくれた彼女というのは、今?』
『わからん。結婚してシガンシナ区に移住したとは聞いたが、今となっては生死も不明だ』
またひとつこの世界のことが分かった。少なくともこの世界が地球の可能性がでてきた。異世界に転移したとかわけのわからない、いや、今の時点でもタイムスリップだから十分、わけがわからないが、まぁ、それでもまったく分からない世界ではないことが分かって一安心だ。なにが安心だが更にわからないけどな。
『ピクシス司令』
『ん、なにかね。アッカーマン訓練兵』
ミカサが口を挟んできた。なにか思うところでもあったのか?
『その日本語、を教えてくれた女性、でしょうか。その女性の名前を教えてもらえませんか?』
『ふむぅ……なんと言ったかな……すまん、ど忘れしてしまったようだ。彼女がどうしたのかね?』
『いえ、特に。ありがとうございます』
ミカサは思案顔で引き下がった。そういえばミカサの顔立ちと髪の色はどことなく東洋系、それも俺のもうひとつの祖国、日本人のような感じだ。もしかしたらその女性が関係者だったのかもしれない。
『それより中尉。言葉が問題なく通じているのならこれからの話をしよう』
『はい。それでは……』
俺が話し始めようとしたらピクシス司令に遮られた。
『時間がないとはいえ、まずは礼を言われてくれ、中尉』
ピクシス司令は俺に向かって頭を下げた。
『報告は受けている。将兵達を救ってくれたそうじゃな、援軍かたじけない』
『人として当然であります、閣下。少なくとも人間を喰うような連中とは相容れません』
『なるほどの。それにしても我々以外で人類に生き残りがいるとはな。城壁の外は巨人で埋め尽くされているとおもっとった。ジオン公国という国はどこにあるんだね? 他に仲間は?』
ピクシス司令は笑みを浮かべながら聞いてくるが、目は笑っていない。どうしようか。
『閣下、今は時間がないかと存じます。詳しい事情はこの事態が収拾してから説明したいと思いますが、自分にひとつ提案があります』
『ふむ、聞こう』
まずは戦果をあげて、俺の力を見せないことには信用が勝ち取れない。だとすれば、ミカサ達に提案したようにこの軍に協力するのが早い。
『正直に申しまして、自分は援軍ではありません。現在、軍の指揮系統を失っている状況であります』
『脱走兵、ということか?』
ピクシス司令の目が厳しくなる。どの軍隊でも脱走兵には相応の対応があるらしい。
『いえ、自分は不慮の事故でここにいます。そこで原隊に復帰するまで閣下の傭兵として自分を雇っていただきたい』
『傭兵……条件は?』
そう、即断で条件を聞いてくるとは、いいね。
『まずは身分と衣食住の保証。次に武器弾薬燃料等の補給物資の提供、こちらは調達できるものだけでも構いません』
正直、ここの文明レベルを見る限り、ザクに必要な補給物資が手に入るとは思えないが。
『ワシの権限で用意できるものはすべて用意しよう。して、その見返りは?』
俺の出した条件を当然の如く飲む決断力。恐らく部下からの報告でザクの威力を聞いているのだろうな。きっと喉から手が出るほど欲しい戦力に違いない。
条件を飲んでもらえるなら現状、俺に不満はない。あの巨人どもも気に入らないしな。
『この街を巨人どもから奪還して見せましょう』
『ほぅ、それは心強いの。しかし、奴ら相手にできるのかね?』
『自分が相手にしていた敵に比べたら余裕過ぎますな』
連邦のジムや下手をすれば61式より楽な相手かもしれない。今のところ、ザクに傷ひとつ付けられない連中だからな。
『……わかった。当てにしているよ、中尉。では次にこの子らの話も聞かんとならん。少し待っていてくれるか』
『はい、閣下』
ピクシス司令はミカサ達の方へ向かっていった。3人になにか話しかけているようだが、やはり言葉が分からない。こっちの言葉も早いうちに覚えないとな。まぁ、話せるのがミカサだけではないからきっとなんとかなるだろう。
『しかし……』
ピクシス司令にはああいったが実際のところどうするか。
巨人どもを殲滅することは簡単だ。ザクを使えば問題にすらならない。問題になるのは城門にあいた大穴をどうやって塞ぐかだ。トリモチはあと一発あるが、強度が足りない。瓦礫を掻き集めてバリケードでも作るか? いや、巨人どもの腕力だと木造建築の瓦礫で作ったバリケードなんてすぐに破壊されそうだな。
『ん~どうすっかなぁ。ここの工兵隊に穴を塞ぐ技術力なんてあんのかなぁ。いや、ないよなぁ……いっそ城壁の内側を崩してその石材で埋めちまうか』
とりあえず、巨人を殲滅してから考えるでいいか。幸いにもまだこっちの城門は突破されていないみたいだし。どうしても名案が思いつかなかったら城壁崩そう、ちょっとだけ。
『フルカワ』
『ん、なんだ? ミカサ。話は終わったのか? っていうかお前、俺のこと呼び捨てなのな。一応、年上だぞ』
『終わった。エレンが穴を塞ぐ。フルカワに協力して欲しいとピクシス司令が言ってる』
『もとよりそのつもりだよ。つーか呼び捨ての件は無視かよ?』
『作戦を立てるから参謀を呼ぶらしい。フルカワも来て』
『ミカサさーん?』
なんか納得いかねぇ。いかねぇけど、まずは仕事するかぁ!!