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No.3547の一覧
[0] パストーレ中将一代記-ある俗人の生涯-(現実→銀河英雄伝説)[パエッタ](2009/02/13 06:38)
[1] 第2話 逃げろや、逃げろ [パエッタ](2008/07/25 19:54)
[2] 第3話 大逆転??アスターテ星域会戦の巻(上)[パエッタ](2008/07/25 19:51)
[3] 第4話 大逆転??アスターテ星域会戦の巻(中)[パエッタ](2008/07/25 19:53)
[4] 第5話 大逆転??アスターテ星域会戦の巻(下)[パエッタ](2008/07/25 19:50)
[5] 第6話 ハイネセン、痴情のもつれ経由(上)[パエッタ](2009/01/03 04:03)
[6] 第7話 ハイネセン、痴情のもつれ経由(下)[パエッタ](2009/01/06 01:38)
[7] 第8話 パストーレ、大地に立つ!(上)[パエッタ](2009/01/26 08:44)
[8] 第9話 パストーレ、大地に立つ!(下)[パエッタ](2009/02/13 05:48)
[9] 第10話 ヤン・ウェンリーとパストーレの迷惑な一日(上)[パエッタ](2009/02/13 05:51)
[10] 第11回 ヤン・ウェンリーとパストーレの迷惑な一日(下)[パエッタ](2009/02/19 14:37)
[11] 第12話 出撃準備!(CVは中尾彬)[パエッタ](2009/09/08 23:09)
[12] 第13話 大逆転??第七次イゼルローン攻防戦の巻(上)[パエッタ](2011/07/06 18:50)
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[3547] 第10話 ヤン・ウェンリーとパストーレの迷惑な一日(上)
Name: パエッタ◆eba9186e ID:654894c0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/02/13 05:51

私が自由にした人々が再び私に剣を向けることになるとしても、そのようなことには心をわずらわせたくない。
何にもまして私が自分自身に課しているのは、自らの考えに忠実に生きることである。
だから、他の人々も、そうあって当然と思っている。

                                        ――大昔の独裁者の言葉





1.狸と狐の論争

 トリューニヒトは有権者を神だと思っている。
 いながらにしてその目で見、その手で触れることのできぬあらゆる現実を知る。
 そして、トリューニヒトに利益や力を与えてくれる。
 ただし、自分では何一つしない神だ。
 だから、神がやらなければ人がやる。そう思っていた。
 要するに、第一に自分の欲望を、そして、その為に神々の利益をついでに実現する。
 それが、トリューニヒトの政治哲学だった。
 要するに、彼は人間でいたかったのだ。
 
 だから、糾弾者がウィンザー夫人であることを知ってトリューニヒトは驚いたが、一方では安心した。
 もし、これが彼にとっての神である、婚約者を亡くした若い女性だったら最悪だったからだ。
 ソリヴィジョンの前の神々がどういう審判を下すかわからないからだ。
 仮に、論理的にその若い女性に反論しよう。おそらく、論破するのは簡単だ。
 だが、論理的反論というものは、感情論の前では、言い訳臭くにしか聞こえない。
 だからといって、感情的に「正論君」や「諸君ちゃん」のノリで反発すれば、
 なんと冷たい男だろう、ということになってしまう。
 加えて、トリューニヒトは徴兵に応じたものの、前線には出ていないから、
 そうした意見を言い過ぎると不味いことになる。
 おそらく、取り乱してみせることで、ソリヴィジョンの前の神々を欺くしかなかっただろう。
 だから、ウィンザー夫人という同じ「人間」が批判してきたことで安心した。
 相手が同じ政治家なら、一定のルールで打算に基づくゲームが出来るからだ。

「委員長、あなたはどこにいます?戦死を賛美するあなたはどこにいますか?
 首脳部の作戦指揮の責任を糊塗するあなたはどこにいるのですか?」
 ウィンザー夫人は、哀切に満ちた表情で切々と訴えていた。
 よくやるよ、とトリューニヒトは難しい表情をしてみせる一方で思った。 
 とりあえず言い分とやらを聞いてみるか、そういう思いだった。
「私は息子を、第六艦隊補給分艦隊に所属していたダビット・ウィンザーを失いました。」
 まずいな、聴衆の雰囲気が変わってきた、トリューニヒトは聴衆の空気の変化を肌で感じた。
 いい加減、厭戦機運が高まってきているのだ。
 攻略できないイゼルローン要塞。
 そして、そこから有人惑星のある宙域にまで度々侵攻してくる帝国軍。
 加えて、ラインハルト登場以降、無駄に損害を増やし続ける同盟軍。
 同時に疲弊していく同盟社会。
 皆、口にしないが、戦争がジリ貧になっていると感じているのだ。
「しかし!国防委員長っ!あなたのご家族はどこにいるのですかっ!」
 秘書がそそくさとトリューニヒトにメモ書きを渡した。
 内容を見る。なるほどね、そう思った。
 ダビット・ウィンザー。19歳。
 母親の政治姿勢に反発し、反対を振り切って軍に入隊。
 母親のコーネリアがハイネセンでの配属を工作するも、ロボスに直訴し前線へ配置。
 それでも、コーネリアの手配りで第六艦隊の補給分艦隊という後方部隊に配属。
 そのお陰で史実では辛うじて助かったが、俗人が下手に歴史をいじくった結果、第六艦隊は史実以上に壊滅。
 というより、ほぼ全滅した。その為、ダビット・ウィンザーは死んでしまった。
 もっとも、そこまでの歴史の悪戯までは、秘書のメモには記されていなかったが。
「わたしの息子は祖国を守るために戦場に行き、現在はこの世のどこにもいません。
 あなたの演説はそれらしく聞こえるけどご自分はそれを実行しているのですか?
 この戦争を終わらせることが、政治家の務めではないのですか?」
 両手を広げ、涙さえ浮かべてみせるウィンザー夫人にトリューニヒトは思わず苦笑しそうになった。
 確かに、息子の死を悲しんでいるのだろう。
 だが、それだけであれば、普通は静かに悼むのが筋だろう。
 少なくとも昨日、今日でしゃしゃり出てくるのは不自然だ。
 奴も神ではなく人足らんとする政治的動物なのだな。
 トリューニヒトは、初めてウィンザー夫人に共感を覚えた。

「あなたにヒューマニズム云々を言われる筋はありませんな。
 全同盟市民が死に絶えても戦争継続を!と先日の議会で野党に訴えたのは貴方ではないですか。
 ご自分が被害を蒙ってから、そういうご発言をなさるのはエゴイズム以外の何者でもない。恥を知りなさい!
 今日お集まりの皆さんが自由と民主主義の維持の為に耐えてきた努力を否定するような言動は許せませんな。」
 トリューニヒトは激昂してみせた。
 ウィンザー夫人の攻勢限界点に達したところで、冷や水を浴びせた。そういう、つもりだった。
 夫人は、かすかに、にやっと笑うと、矛先を転じた。
 トリューニヒトの試みは、とりあえず成功したようだった。
「まぁ、奇麗事をおっしゃるのね。
 私が追求しているのは、貴方のようなシビリアンと同盟軍上層部の責任の問題ですよ。
 戦線の後方で、戦争を煽る事にのみ専念し、戦備の充実を怠った委員長のようなシビリアンたち。
 二倍の兵力で襲い掛かったにもかかわらず、敗北を喫しておいて大勝利とする無能で卑劣な軍上層部。
 私は、この戦争の正当性を認めます。
 貴方達、無能で卑劣な戦争指導者たちを認めないだけです。
 皆さん、皆さんのご家族が死んだ時、彼らは何をしていたのでしょうか?
 後方で戦意を煽っていたのではないでしょうか?
 私は一人の国家に息子を捧げた母親として、それを皆さんに問いかけたいのです。」
 オペラ歌手のように涙を浮かべ、ウィンザー夫人は歌い上げた。
 流石に、トリューニヒトと若手議員の雄としての立場を争うだけはある。
「演説は、それで終わりかね?
 この神聖な追悼集会を汚した罪は重いとは思わんかね?
 私の心は常に前線指揮官達と共にある。
 そして、同盟軍の改革を成し遂げ、必ずや明確な戦果を市民達に掲げるとしよう!」
 パストーレめ、高言したからには責任を取れよ、トリューニヒトはそう思った。
 それとなく、意のままにならない同盟軍制服組上層部の責任を認めながら。
「果たしてそうかしらね?ヤン・ウェンリー准将!貴方はどうかしら?」
 ウィンザー夫人は、一人だけ起立せずにいたヤンを指差して、そう言った。


2.迷惑な一日の始まり

「はぁ?」
 ヤンはおいおいと思った。
 狐と狸の化かし合いは面白いなぁ、と思ってはいたが、自分が突然引きずり出されるとは思わなかったからだ。
「そう!エルファシルの英雄!そして、アスターテの真の英雄であるヤン・ウェンリー。
 貴方ならわかるでしょう。かつてはリンチ少将。今度はムーア・パエッタ・パストーレ、そしてロボス。
 何度有効な手立てを貴方は主張して、無視されてきたか。幾度無駄な戦死を重ねてきたか。
 貴方は、その生き証人でしょう?」
 そうだ!そうだ!と叫ぶ声が聞こえた。
 アッテンボローだな、まったく……
 ヤンは頭を抱えたくなった。
 しかし、無視するわけにもいかない。
「……小官の責任を超える範囲の質問かと存じます。
 自分は軍人ですから。」
 そりゃ、ウィンザー夫人の言わんとすることはわかる。
 トリューニヒトよりは、賛成しなくもない。
 しかし、所詮は同類だ。野心が余りにも見え透いている。
 お近づきにはなりたくないね。
 そう婉曲に言ったつもりだった。
 しかし、ウィンザーは意図的に曲解した。
「なるほど!言えない、つまり否定はしないわけね!」
 そして、一気呵成に続ける。
「委員長、この続きはまたいたしましょう。
 私は今後も、貴方達がどこにいるのか、そして、なすべき事を如何になさなかったか。
 息子を国家に捧げた銃後の人間として問いつめたいと思います。」
 そして、ずんずんと階段を上っていき
「さぁ、ヤン提督。話があります」
 と、通路側にいたヤンの手をむんず、と掴むと勝手に退出して行った。
 ヤンは、虚を突かれたので、ちょっ!ちょっと!と言いながらも出口まで連れて行かれてしまった。
 ラップも、ジェシカも、俗人もあっけに取られ見送るだけだった。
 トリューニヒトが警備員を呼ぶ寸前だったから、それは見事と言えるかもしれない。
 
「か、可哀想に。これも戦争の悲劇です。
 しかし、今日お集まりの皆さんが耐えていることを耐えられないとは……
 同じ議員の職責にあるものとしてお詫びいたします。」
 トリューニヒトも呆気に取られたが、ウィンザーの今回の行動の目的を即座に理解した。
 第一は、息子の戦死によるものだろう。
 さぞかし、感情のやり場に困ったのだろう。出来の悪い子供ほどかわいいからな。
 第二は、今回の敗戦を逆に生かして権勢の拡大を図る自分への牽制だろう。
 P2P等に流されたパストーレの病院船での様子、今回の会戦での活躍が誇張されたこと、
 それによってパストーレの評価はヤンとともに鰻登りになっていた。
 そのパストーレがトリューニヒトと結託したことに危機感を覚えたのだろう。
 第三は、ジリ貧になりつつある戦争への忌避感を票として救い上げる為だろう。
 なんだかんだで、同盟市民だって無意味な戦争に従事したくはない。
 第四は、第二に関連して、ヤン・ウェンリーの囲い込みだろう。
 こちらがパストーレを利用したように、奴はヤンを利用するつもりなのだ。
 そして、ヤンの意図に関係なく、自分に取り込むように持っていった。
 あの光景を見れば、誤解する者は多いだろう。
 まったく、見事な役者だよ、ウィンザー君。
 トリューニヒトは、見事な笑顔で「いや、国防委員長の至誠に疑う余地なし!」「ウィンザーは敗北主義者だ!」
 「ヨブさま、ステキー!」「……痺れちゃう」という声に応じながら手を振るのだった。
 そして、国歌が流れ始めた。


「まったく、どういうおつもりですか!」
 ホールの外に連れ出されたヤンは手を振り解くと抗議した。
 彼は、本当に怒っていた。
 ただでさえ、軍人などという仕事は辞めたいのに、政治的に利用されたのだ。
 彼は観察者になりたかったのであって、政治の道具になるつもりはなかった。
 だから、自分を意図的に嵌めたウィンザーを責めた。
「それは謝るわ。ま、私の車に乗りながらでもどう?」
 ヤンは、しばし躊躇したが、結局は彼女の車に乗った。
 理由を確認したかったし、嫌味の一つでも言ってやりたかったからだ。


3.見つめるもの達

『ぶらぼー!ぶらぼー!国防委員長!』
 そう下品に叫ぶパストーレの姿が意図的にソリヴィジョンに大写しになっていた。
 トリューニヒトの側近が空気を読んで演出したのだろう。
 俗人は、いまいち空気を読めてなかったが。
 そうした映像をクリオ・ブラッドジョー中佐は宇宙艦隊司令部のオフィスで眺めていた。
 遠くの方で作戦参謀のフォーク准将が「なぜだぁああああああああああ!!!」と叫んでいた。
 要するに、今回のアスターテの敗北の責任を政治家たちや、前線指揮官が、
 宇宙艦隊司令部に押し付けようとしていたからだ。
 つまり、作戦立案者のフォークと承認者のロボスの責任にして逃げようとしていることが、
 追悼式典での様子から分かったのだ。だから、フォークは気が狂ったように叫んでいたのだった。
 その様子を無視するかのように、クリオ・ブラッドジョー中佐は、口をだらしなく半開きにしていた。
 そんな、中佐の口を閉じさせたのは、二人の訪問者だった。
「中佐、中佐!こっちの世界に、戻ってきてください。」
 訪問者の片割れである、フレデリカ・グリーンヒル中尉が肩をがしがし、と揺すった。
「……ン?フレデリカにイブリンか?」
 ブラッドジョーは、ようやく現世に戻ってきた。
 といっても、彼はボーとしていたのではない。
 この極めて冴えない風貌をした男は、同盟軍結成以来の秀才とされる男だった。
 彼は、一旦物事を考え始めると、物凄い集中力を発揮する人間だった。
 その為、先ほどまでのように口をだらしなく開いて、涎を零す人間になってしまうのだった。
 もっとも、史実の彼は、時代に冠絶する作戦立案能力を誇るヤン・ウェンリーの参謀に、
 この後なったので、特に目立つこともなかったが。
(実際、マニアである俗人でさえ、なんか捕虜交換のときに出てきたような、出てこなかったようなという始末だった。)
 もっとも、その人事は無理からぬことだった。
 ヤン・ウェンリーの才覚を本人の意思とは無関係に軍上層部は評価していたが、
 それを参謀としてではなく、艦隊指揮官としてのものと誤解していたからだ。
 勿論、ヤン・ウェンリーの本領は参謀としての能力にあるし、彼もそれを望んでいた。
 実際、エルファシル後の配置の殆どは参謀職である。
 しかし、軍上層部は、参謀として使い勝手の悪いヤンの処遇に悩んだ。
 確かに能力はある。しかし、ラップのような上官へのロイヤリティが根本的に欠けていた。
 だから、グリーンヒル大将を除いて、皆が皆ヤンを持て余してしまった。
 そこで、降って沸いたアスターテでのヤンの艦隊指揮官としての見事な活躍である。
 そして、軍上層部は、エルファシルを思い出し、そもそもヤンは艦隊指揮官向きだったのだと考えるようになった。
 結果、ヤンは分艦隊すら指揮したことがなかったにもかかわらず、
 突如として艦隊指揮官、前線指揮官としての道を歩むことになる。そして、勝利を重ねていった。
 だが、思い起こして欲しい。その後の数々の勝利は、艦隊指揮能力ではなく、
 彼の作戦立案能力とカリスマ性によってもたらされたものであったことを。
 だからこそ、史実において、艦隊指揮に傑出するフィッシャーが戦死した時点で、ヤンは戦闘の継続を断念したのだった。
 しかし、そうした事実にビュコックを除いて同盟軍首脳部は気が付かなかった。
 そして、ヤンを艦隊指揮官向きの人間としてこのときから扱うようになっていった。
 だから、ブラッドジョーのような秀才型参謀を史実では、補佐につけてしまったのだった。
 もっとも、ブラッドジョーの運命の今後が史実と同じようになるかは、まだわからないが……

 
 話を戻す。集中の泉から、フレデリカによって現世に引き戻されたブラッドジョー中佐は、早速抗議した
「ひどいじゃないか。僕が考え事しているときは放置しておけって言っているだろう?不詳の後輩よ」
「この時間に来るように行ったのは、先輩じゃないですか。」
 フレデリカは顔をわざとしかめて見せた。
 それによって、ブラッドジョーはようやく何かを思い出し、ひとつのディスクを差し出した。
 それはアスターテ会戦の戦闘詳報及び、それに彼なりの分析を加えたものだった。
「有難うございます。これが欲しかったんです。先輩の分析は勉強になりますから。」
「とかなんとかいっちゃって、本当はヤン提督の戦いが知りたいだけでしょ。
 フレデリカは、ヤン提督に御執心だものね。エルファシルから一途なもんよ、ホント」
 ドールトンが腕を組んで頷きながら茶化した。
 フレデリカは否定できずに、ちょっと、イブリン!と言うだけだった。
 それを見て、ブラッドジョーは、お前変わったな、とドールトンに言おうとして辞めた。
 口に出す必要のないことも存在するのだ。そう、彼女が明るくなったのは喜ぶべきことなのだ。
 ちょっと前までは、顔も出さずに、怠け者の顔をして、心の中で泣いていたのだから。
 だから、ブラッドジョーは別の言葉を言うことにした。
「そういうお前さんは、どうなんだ?
 この間のメールでパストーレ閣下を妙に褒めてたじゃないか。」
「あ、あんな奴を評価なんてしませんよ!
 何ですか、今だって、トリューニヒトに媚を売って。
 みっともないったらありゃしない。」 
 ドールトンは、そう言い切ると、ボソボソと折角感心したから、
 あの時の様子をP2Pに流してやったのに云々と続けた。
 ブラッドジョーには、彼女の独語は聞こえなかったが、なるほどな、と思った。
 あの俗物が、自分の後輩の心の枷を破壊したのだな。やはり、単なる俗物ではないか……感謝はしておこうか、と。
「分かりやすい奴だな、お前。」
 ブラッドジョーは、そういうと帰った、帰ったと言った。
 手元の端末連絡を見ると、どうやら、ロボス元帥が、急遽対策会議を行うようだった。
 最近、富に判断力の低下した彼のことだからグリーンヒル大将かフォーク准将の差し金らしい。
 ドールトンは湯沸かし器のように赤面しながら抗議しようとしたが、フォークが暴れているのを見て引き下がることにした。


「まったく、イブリンのお陰で先輩とあまり話せなかったじゃない。」
 宇宙艦隊司令部のオフィスを退出するなりフレデリカはそう言った。
「え?あちゃぁ、そうね。私が付いて行きたいって言ったものね。
 もう1年以上もブラッドジョー先輩に会っていなかったから、つい……
 ごめんなさい。」
 ドールトンは反省する様子を見せた。本当にうっかりしていたようだ。
 フレデリカは、この年上の友人を、しょうがないわね、と許してやることにした。

 二人が出会ったのは二年前だった。
 勿論、最初から親しい友人付き合いをしだしたわけではない。
 むしろ、最初は険悪だった。
 切っ掛けは、ドールトンの弟分の後輩が、彼女に泣きついたことからだった。
 そのフレデリカに懸想していた後輩は、フレデリカに振り回されたとドールトンに相談。
 ドールトンは、情けない奴ねぇ、そういうのは自分で何とかしなさいよ、
 と思いながらも基本的には彼女自身がある種の単純な善人だったし、後輩を可愛がっていたので、
 任官したばかりのフレデリカを問いつめてみた。
 しかし、問い詰め方が良くなかった。
「あんたが、グリーンヒル閣下の娘さんね。男の振り方にも流儀があるってもんよ。
 顔貸してもらえる?」
 肩肘張って、ニヤリと統合作戦本部情報分析課前で待ち構える姿はまさしく悪漢だったからだ。
 加えて、二つの要素がフレデリカの苛立ちを倍加させた。
 一つは父の名。当時の彼女は、父親の名前を出されることを非常に嫌がった。
 要するにグリーンヒル閣下の娘さん、という一言で自分を表現されたくなかったのだ。
 二つめは、男の振り方。
 フレデリカにすれば、ドールトンの弟分とは、普通の友人付き合いをしていただけだった。
 それなのに、向こうが一方的に付き合おうといってきたのだ。
 そりゃあ、その気持ちは嬉しかったが、だからといってヤン提督一直線の彼女が付き合う道理もない。
 そして怨まれる筋合いも攻められる筋合いも無いはずだ。
 だから、フレデリカは後年ユリアンに語った「猫を被ってた」モードを捨てることにした。
「お断りします。貴方には関係の無いことでしょう。では。」
「ちょっ、ちょっと!待ちなさいよ、あんた!」
 その後は酷かった。
 フレデリカの肩に右手で掴みかかるドールトン。それをひねり挙げようとするフレデリカ。
 すかさず左手の掌底でフレデリカが掴みにかかるのを外すドールトン
「……いい度胸してるじゃないの。」
 頬をぴくつかせるドールトン。
 それからは流石に顔は狙わなかったものの、取っ組み合いの掴みあい。
 他人がいなかったから良かったものの見つかったら確実に処分物だった。
 そして、30分もたった頃、ようやく戦いは終わった。フレデリカの辛勝だった。
「あ、あんた、やるじゃないの」
 もはやぐしゃぐしゃになったベレー帽を拾って被りなおしたドールトンは、そういう言い方で降参を認めた。
 とことん素直ではない人間だ。
「……中尉こそ。」
 肩で息をしながらフレデリカは応じた。
 そして、どうして、ここまで?と聞いた。
 ドールトンは、がっくりしながら説明を始めた。
 要するに、フレデリカはフレデリカで配慮が足りなかったのだと。
 彼女は彼女で無邪気に相手を期待させてしまう行動があった。
 例えば、悪気は無かったが、相手の部屋を訪問してしまったり、
 二人で食事に誘われたら応じてしまったりと。
 フレデリカは、まだ経験は足りなかったけれども聡明さでは、かなりのもだったから、
 ドールトンの指摘を理解し、納得もした。自分はヤン提督に夢中になる余りに配慮が足りなかったのだと。
「ま、わかりゃええのよ。私も昔そういうことやっちゃったからね。奴には私から言っておくから注意しなさいよ」
 ドールトンは苦笑しながら立ち上がり帰ろうとした。
 そんなドールトンを、フレデリカは慌てて呼び止めて、お詫びと御礼に食事をご馳走させて欲しいと言った。
 ドールトンは大食いだったから喜んで、と目を輝かして首をブンブン振った。
 こうして、彼女らは友誼を結んだのだった。
 フレデリカは、この褐色の聡明な美人なのだが、根が単純でどこか抜けている部分のあるドールトンに親しみを感じ。
 ドールトンは、聡明ながらも実はロマンチストなフレデリカを可愛く思った。
 以後、ドールトンとフレデリカの友情は続いている。(史実ではドールトン事件において彼女が自殺したことで終わったが)
 この日、二人がブラッドジョーを訪問したのは、マルティンの事件以降ふさぎこんでいたドールトンが、
 フレデリカに再会を持ちかけたのが切っ掛けだった。フレデリカがブラッドジョーに会うと聞いて同行したのだ。
 まぁ、本当に元気になってくれてよかった……。フレデリカは、機嫌良さ気に横を歩くドールトンを見ながら思うのだった。


「真の解放は全ての人のためにぃ~」
 その頃、国歌を謳い終えた俗人は、冷たい視線を浴びた。ジェシカからだった。
 どうやら彼女はウィンザー女史の訴えにいささか感じるところのあるようだった。
 気まずくなった俗人は、「じゃあ、これで。お先に失礼するよ」と帰宅することにした。
 ラップとジェシカは、この後、式場を探しに行くということもあり、邪魔するのもアレだったからでもあったが。 



4.呉越同舟

「あの子はね、決して軍人なんて向いてなかったのよ。」
 ヤンが乗り込むと、ウィンザーが最初に口にしたのはそれだった。
「母さんは、卑怯だ!戦争を煽っておいて自分は何もしない。こんな戦争はさっさと終わらせるべきだ……よくそう言っていたわ。」
 そのとうりだな、とヤンは思ったが声には出さなかった。
「だから、貴方の力が必要なの。私は、この戦争を終わらせるつもり。
 それが、あの子への罪滅ぼしになるはずだから。
 勿論、それは反戦市民連合による無条件即時和平でも、現行の自由共和党の解放の継続でもない。
 まぁ、こちらの軍事的な勝利による若干優位な講和ね。」
 ウィンザーは、そういい切って見せた。
 つまり、国内政策では是々非々で自由共和党と協力もするが、外交政策では袂を分かつという事だった。
 そして、それにより議会のキャスティングボードを握ったように見せかけることで、
 次期選挙において躍進するつもりだと、ウィンザーは付け加えた。
「素敵な未来図ですな。」
 政治家としてはまっとうな意見だな、と認めつつもヤンは感じた嫌悪感を半分程度出した。
「しかし、そう上手くいきますか?軍事的勝利と容易くおっしゃいますが、
 ここのところ我が軍は負け続けなんですよ。」
 ヤンは具体的にウィンザーに、ここのところの同盟軍のラインハルトへの負けっぷりを正確に伝えた。
 一応、ウィンザーが講和を目指していることもあったから、彼としては軍人としての三大役割のひとつである
 助言的機能を果たしたのだ。彼としては珍しく。
「……ふぅん。そういうものなのかしら。
 でも、一度帝国領に侵攻すれば、帝国の人民は諸手を挙げて私たちに協力してくれるはずよ。
 そこで帝国国内の混乱に乗じて講和に持ち込めそうなものだけど。
 というか、貴方に軍権を与えれば何とかなるでしょ?」
 戦えば必ず勝つ。我らは正義なのだから。
 一言で無理矢理要約すればそういう内容だった。
 だが、笑ってはいけない。
 イラク侵攻作戦策定中において、米国の国防総省の役人の中には「航空支援があれば一個師団でイラク軍の撃破は可能でしょ?」
 と軍人にのたまわった人間がいたくらいである。わが国だってそういう例には事欠かない。
 しかし、それは専門が違うから仕方が無いことなのだ。
 軍人は軍人で政治に対して、往々にして頓珍漢な発言をするように。
「そういうものではないですよ」
 ヤンは、懇切丁寧に説明してやった。
 勿論、何で、こんな息子の死を政治利用する女にしてやらなきゃいけないんだと心中でボヤきながら。
 その結果、ウィンザー夫人は、なんとなくだが、軍事的な常識を以前よりも身に着けた。
 それはそうだ。ウィンザー夫人は「さかしい女」だが馬鹿ではなかったし、ヤンはこの時代の最高峰の用兵家なのだ。
 ただ、ウィンザーが第六艦隊の壊滅理由について聞いた時に、第四艦隊がいささか不用意な行動にも責任があると指摘した時には、
 少し感情的に理解したようだが。
「……じゃあ、これはどう思うの。」
 ウィンザーが出したのは第七次イゼルローン攻略作戦<原案>と書かれた文書だった。
 立案者にはパストーレ、シトレ、トリューニヒトの名前が書かれていた。
 ヤンは目を丸くした。出所は?と聞くとウィンザーは首を傾けて誤魔化した。
 しかし、ヤンには見当が付いた。おそらく宇宙艦隊司令部の誰かが巻き返しの為に議員達に横流ししたのだろう、と。
 その推理は当たっていた。
 アンドリュー・フォークが、トリューニヒトとシトレがロボス潰しの為の作戦の決行を邪魔しようとサンフォードやウィンザー
 のトリューニヒトを警戒する人間達に蒔いていたのだ。
「参加兵力に私の名前がありますね。第13艦隊司令官?」
 ヤンは、校長め、謀ったなと苦笑した。
「そう、あなたは半個艦隊を率いて、パストーレ中将の艦隊とイゼルローンを半年後に攻略することになるのよ。
 成功する自信は?」
「この文書には攻略方法は書いてありませんが、私の方法なら可能かもしれませんね。邪道ですから失敗してもともとですが。」
 ヤンは、純粋に面白そうな顔をしたが、言い終わると若干後悔した顔になった。この羞恥心こそ彼の魅力だろう。
「……なら、この作戦予算には賛成しておくわ。貴方の勝利に期待しましょう。
 それにロボスも息子の戦死の責任者であるしね、かばう必要は無いわ。
 私の派閥が離党した後には、別の案件で反対することでアピールすることにするわ。今後とも宜しく」
 ウィンザーは、あごに手をやって少し考えた後に、そう決断を下した。
 ヤンの勝利は、自分の影響力増大なのだと言わんばかりに。
 だから、ヤンは流石に反論した。
「待ってください!今回は貴方に同情もしたし、言うことに一遍の真実があると思ったからです。
 それに貴方が与党から離脱するならお付き合いは断りたいのです。
 軍人の政治的中立をなんだと思っているんですか。
 大体、息子さんの死を弔いたいのですか、政治的に利用したいんですか?」
「それ以上は、軍人の口出しすることではないでしょう?私の今の夢は息子の願いを実現すること。
 それには、同盟そのものを手に入れる必要があるのよ。
 そして、そのためには金も要るし、議員や市民を動かす大義も要るのよ。」
「大義ですって?」
 ヤンは馬鹿馬鹿しい気持ちになった。もう我慢できない。
 自分が信じてもいないものを、他人には信じるように強制する、
 この手の道徳業者がヤンは大嫌いだったからだ。
 こんな奴がいるから報われない不幸が量産されるのだ、そう思った。
「無能な軍人と政治指導者が市民の、私の善良な人々をむざむざと死なせた。
 ゆえに私たちはをトリューニヒトやロボスを討つ。これが義ね。名目よ。」
 そんなヤンにウィンザーは、言い聞かせるように言った。自分に対してだったのかもしれないが。
「それは偽善ですよ」
 ヤンは、やや怒気を込めていった。
「いいえ、善よ。私は善きことをしているわ。違って?さ、着いたわ。行きましょう」
 しかし、そこはヤンの家だった。
 ウィンザー夫人はそそくさとヤンの家に入っていった。
 出迎えたユリアンを押しのけるように。
 ヤンは、勘弁してくれと泣きたくなった。
 やっと、ウィンザーから解放されたと思ったのに……
 


 その頃、俗人は家の近くまで来ていた。
「ダイターンスリ♪さようなら~♪」 
 誰にも分からない奇妙な替え歌を機嫌よく口ずさんでいた。
 それはそうだ。あの後、トリューニヒトから電話で、よくフォローしてくれたと褒められ、
 イゼルローン攻略作戦は、俗人の申し出た艦隊編成で進めるとの確約を保証されたからだ。
「これで攻略はヤンに任せて、俺は目的を遂行できるわけだ……と、あれ?」
 家の前に奇妙なものがとまっているのが見えた。
 黄色い救急車だった。
 なんだろう、と思い近づいたところで、ガシっ!と屈強な二人の男に腕を掴まれた
「ウィリアム・パストーレ閣下ですね。ハイネセン中央精神病院です。ご同行願えますか?」
 え?いやぁあああああ!!!
 俗人は、そのまま救急車に乗せられると連れてかれていってしまった。


 ヤン・ウェンリーとパストーレの迷惑な一日、それはようやく半分を終えたに過ぎない。


つづく



やっと10話まで来ました。
これも読者の皆様のお陰です。
前回は大量に感想をいただき有難うございました。
凄い励みになりました。
コメント返信は第一部か本編が終了するまでは、ネタバレになったり、言い訳がましくなるのでお待ちください。
ただ、全部は読んでいるので、本当に有難いです。良かった部分や間違った部分の指摘は特に有難うございます
(ただ、1点だけ。ここでの「史実では」、というのは「原作と」同じ意味です。原作を銀英伝の史書として捉え、その上での火葬戦記な感じです)
政治闘争はさっさと終わらしてさくさく進むようにします。
では、また余計なことはしゃべらず沈黙します。


予告


第11回
「しかしですねぇ、タナンチャイ参謀長も副官の方も証言しているんですよ。
 認めたくないかもしれませんが。ま、ゆっくり治しましょう。」
「そ、そんなぁ……」
 俗人は絶望した。

第12-13回
「ハウプトマン少佐、ワルキューレだ!ワルキューレ!!」
「閣下、レール・キャノンを発射させてください。敵に出遅れます。」
「少佐、私はワルキューレがいい!!」
「好き嫌いをいっている場合ですか!?この距離では殲滅されますよ!?」
「貴様!ミッターマイヤーのようなことをいいおってからに、私を誰だと思ってるんだ!わが伯爵家はかつて皇妃をだしたこともある名門中の名門だぞ!」


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