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No.3547の一覧
[0] パストーレ中将一代記-ある俗人の生涯-(現実→銀河英雄伝説)[パエッタ](2009/02/13 06:38)
[1] 第2話 逃げろや、逃げろ [パエッタ](2008/07/25 19:54)
[2] 第3話 大逆転??アスターテ星域会戦の巻(上)[パエッタ](2008/07/25 19:51)
[3] 第4話 大逆転??アスターテ星域会戦の巻(中)[パエッタ](2008/07/25 19:53)
[4] 第5話 大逆転??アスターテ星域会戦の巻(下)[パエッタ](2008/07/25 19:50)
[5] 第6話 ハイネセン、痴情のもつれ経由(上)[パエッタ](2009/01/03 04:03)
[6] 第7話 ハイネセン、痴情のもつれ経由(下)[パエッタ](2009/01/06 01:38)
[7] 第8話 パストーレ、大地に立つ!(上)[パエッタ](2009/01/26 08:44)
[8] 第9話 パストーレ、大地に立つ!(下)[パエッタ](2009/02/13 05:48)
[9] 第10話 ヤン・ウェンリーとパストーレの迷惑な一日(上)[パエッタ](2009/02/13 05:51)
[10] 第11回 ヤン・ウェンリーとパストーレの迷惑な一日(下)[パエッタ](2009/02/19 14:37)
[11] 第12話 出撃準備!(CVは中尾彬)[パエッタ](2009/09/08 23:09)
[12] 第13話 大逆転??第七次イゼルローン攻防戦の巻(上)[パエッタ](2011/07/06 18:50)
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[3547] 第12話 出撃準備!(CVは中尾彬)
Name: パエッタ◆eba9186e ID:b95683f4 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/09/08 23:09


「我々スペイン人は深く心を病んでいる。
 その恐ろしき病を癒す薬は黄金のみである」
                エルナン・コルテス(アステカの征服者)



1.二人の別れ

「どういうことだ!ホワン」
レベロは議会の控え室でそう詰った。
 彼は、その日の朝に発表されたホワンのトリューニヒト派の共同代表就任について問いただしていたのだ。
 正直、耳を疑った。だが、それは事実だった。
「どうもこうもないさ。トリューニヒトと組む。」
 ホワンはそう言った。
 言い訳をする気にはならなかった。自分がある種の裏切りを行ったのは事実だったから
「フン、清濁併せ呑む、大方そういうことだろうな。」
 レベロは窓に向かった。
 ハイネセンの巨像、そして、その向こうにはハイネセンポリスのビル群が見える。
 左手にはスタジアムを初めとする歓楽街、右手にはビジネス街が広がる。
 そして、それらの先には統合作戦本部ビルと宇宙港といった軍事施設があり、
 その周辺には農業プラントを含む工業地帯が広がっている。
 さらに辺境に行けば、高級食材用の天然農産物の沃野が無限の広がりを見せている。
 そして、建国の人々の名前を冠した山々。そして、ハイネセンポリスに注ぐ大河。
 かつて、グエン・キム・ホアが降り立ち、マヌエル・ジョアン・パトリシオ達が育成した民主政治の松明の清華。
 まさに、これこそが同盟の繁栄の象徴だった。
 しかし、中身はどうか。
 社会の基盤要員は軍にとられ、肥大化した利権はフェザーンとの複合的効果で膨れ上がり経済を大幅に阻害している。
 同盟の現状は、見た目は若々しいが内部は成人病の重危篤患者そのものだった。
 幾つかの煙が見える。それは交通システムの人為的ミスによって起きた事故による煙だった。
 それを睨み付けるようにしたレベロはホワンの方に振り返った。
「だが分かっているのか?お前のやろうとしていることは寄生虫を新しく増やすだけでしかないと。
 上手くいかなかったらどうする?
 下手をすれば巨大な利権をトリューニヒトが握るだけでなく、経済は完全に擬似的な統制経済になり破綻するんだぞ?」
 レベロの危惧は正しかった。
 だからこそ、ホワンは初めて弁明した。
「そうは言っても、このままでいけば同盟は近いうちに滅びる。お前さんだってわかっているだろう。」
 冷えてきた紅茶を舐めるように飲むことで一旦言葉を置く。
 これが僚友を説得する、いや理解を得る最大かつ最後のチャンスなのだ。
 結局、ホワンは、レベロを説得する誘惑に屈した。正確には友情に屈した。
「不滅の国家などはない。平和と民主主義に殉じた気高い、しかし愚かな文明として歴史に名を残すのか。
 それとも平和と民主主義を捻じ曲げた、しかし賢明な文明として歴史に名を残すのか。
 俺たちがどちらを選ばなければならないかは分かるだろう。」
 だが、そのホワンの言葉はむなしい結果しか生まなかった。
「・・・・・・御高説はそれで終わりか?
 俺はどちらも拒否したいね。左翼、右翼は常に根本を考え、俺たち自由主義者は目前の改良を考える。
 右翼は国家革新と高度国防国家に根本を置くし、左翼は奴隷の平和と極端な平等主義を根本に置く。
 しかし、俺たちが守るべき自由主義は目前に余りに多くのものを改良すべきものを見出すが故に自由主義なんだ。
 であるならば、既に存在するものを、出来るだけ利用すべきだ。
 何故ならば、既にあるものは存在する理由があり、これを利用することは最小の犠牲で済むからだ。
 俺にはお前たちもルドルフも、勝手に今という時代を変革期と決め付けて、極端な方法を好き好んで選んでいるようにしか思えん。」
 この時、レベロは「同盟最後の良心的政治家」としての本領を発揮していた。
 ホワンの現実主義的な賭けが、結局は過激主義による博打でしかないことを論破してみせたなのだ。
 レベロは良くも悪くもイギリスの議会政治以来の伝統を引き継ぐ政治家だったのだ。
 ホワンは、何も言えなかった。複雑な表情でレベロを見つめるだけだった。  
「話は終わりのようだな。君は君の道を行け。俺は苦難の道を行く。」
 レベロは、そういって立ち上がると部屋から出て行った。ホワンは、それを無言で見送ることしかできなかった。
 ふと、飲みかけの紅茶が目に入った。瞑目しつつ、再び舐めるように飲む。彼は猫舌なのだ。
 ・・・・・・この飲み方は、レベロに昔から下品だと注意されてきたが、ついに治らなかったな。
 そう、ホワンは思った。

この日、レベロ派は、ホワン派との共同勉強会の解消を宣言した。



2.俗人のある日の一日

「た、たのむ。眠らせてくれ。もう何日もまともに寝てないんだ。」
 俗人は追い詰められていた。過酷な尋問に精神は磨耗し衰弱していた。。
「ふひひひ、これが終わったら眠らせてやるさ。
 さぁ、自由惑星同盟に残された拠点と、その拠点ごとの兵力。出航時の集結手順を言ってみろ。」
「・・・・・・」
「電圧最大!吐くまで続けるぞ」
「ぎゃあああああああああ!!!」
 俗人は叫んだ。



















「・・・・・・父ちゃん、なにやってるの。」
 深夜二時。パジャマを着たチカが俗人、正確にはパストーレの部屋をドアから覗きながら言った。
 呆れ顔、というよりは半分は怪訝な顔だった。
 チカが見ていたのは、ボタンを押したまま硬直するドールトンと灰になっているパストーレだった。
 俗人が腕につけているのは「DENGEKI!君」であり、ドールトンがボタンを押しているのはコントローラーだった。
 「DENGEKI!君」とはコントローラーからの指示によって電気ショックを受けたという錯覚を、
 かのCIA職員とも噂される沈黙俳優の一撃のように鋭く、しかし人体に無害な形で与える装置だった。
 勿論、精神的には苦しいけど。
 ようやく、俗人は意識を戻す。
「こ、これはなドールトンのおば・・・・・・じゃなくて、お姉さんがな。勉強のために無理にやろうってな」
 ここ何日かのパブロフ的経験によって、あやうく更なる暴力を受けることを回避しつつ、俗人は釈明をした。
 この光景はあまりにも教育上よろしくない。
 というか、チカ⇒マルガレータ⇒ベンドリング⇒児童福祉施設の秋月さんのコンボで黄色い救急車に再び拉致されかねない。
 だから、動揺もするし、苦しい言い訳もする。
「ちょっと!この方式を頼んだのは閣下でしょう。
 艦隊指揮の為に、膨大な量を学習する必要があるけど、一向に進まないから何とかしようって言ったじゃないですか。
 手段は選ばなくていいって」
 コントローラーを床に投げつけると、ドールトンは両手を下に振り下ろして怒った。
「ああん?だからといって、大人の玩具の擬似的電気ショック装置はやりすぎだろっ!
 ていうか、この学習スケジュールはなんだ!
 これが首席副官のすることか!
 0430起床・風呂
0500ベンドリング氏とランニング
0630朝食準備
 0710朝食
 0810スクールバスに乗るチカの見送り
 0810戦略思想(講師ラップ)
 0940自宅でのタンクベット睡眠+睡眠学習による復習
 1020戦術論(講師ビューフォート)
 1150食事(弁当)
1220メール関連
 1250航法論(講師ドールトン)
 1420政治思想史(講師E. J. マッケンジー)
1550自宅でのタンクベット睡眠+睡眠学習による復習
 1620週刊プリティー・ウーマン編集長、ウィルマ・ヴァン・クロフトの取材。「今週のナイス・ガイ」
 1650艦隊運用概論(講師フィッシャー)
 1820夕食準備
 1930夕食

 ・
 ・
 ・
 0400自宅でのタンクベット睡眠
 0430起床・風呂
 ・・・・・・この三ヶ月、俺は一日三時間しか寝てないんだが。。。」
 俗人は一気に手帳を読み上げると床に叩きつけた。
「あら?タンクベット睡眠は合計三時間ですから45時間中24時間は睡眠している計算になりますけど・・・・・・」
 ドールトンは首をかしげながらそう言った。
 そこらへんの引きこもりと同じくらい快適なはずですが?そう笑顔で答えた。
「ば、ばっきゃろー!その半分は睡眠学習装置併用だから効果はないじゃないか!
 ていうか、タンクベッド睡眠って強制的に疲労回復させるだけで、全然寝た気にならないんですけど・・・
 本当に寝かしてください。床でいいので・・・・・・」
 俗人は、数字のトリックはやめんかい!とばかりに反論し、情けないことに哀願した。
 なお、この時代、タンクベッドは個人所有を禁じられている。だからこそ、この装置は艦艇にしか存在しない。
 では、なぜ禁じられた装置なのか。
 理由は簡単。この種の装置を「無茶をするのがサイクロプスだ!」「不可能を可能にし、巨大な悪を粉砕する」
 とばかりに勉強やら仕事を無限にするのに悪用して、「アンディー!」とばかりに頭がフットーしちゃうよぉ!な人間が増えたからだ。
 要するに働きすぎのサラリーマン、疲れて家事が出来ないマンモスらりピー、資格勉強する人間が覚醒剤に嵌って、
 臓器移植の母体になってしまうようなものだ。
 勿論、タンクベッドは疲労回復を八倍の効率で行うじゃないか、という向きがあるかもしれない。
 たしかに、それは短期間だったらばいい。
 しかし、俗人が言っているように強制的な疲労回復でしかないし、精神的な回復には限界がある。
 長期的には肉体へも疲労が蓄積する。
 であるからこそ、タンクベッドは軍事組織という個人を効率的かつ組織的に管理できる集団においてのみ所有を許可されたのである。
(消防、警察関係には限定的に配備されている。)
 ちなみに、俗人の家にあるのは、トリューニヒトに最近お願いして設置したものだ。
 むりやり同盟軍法を拡大解釈して、同時に俗人の官舎の登記簿をいじくって軍事施設扱いにすることで、設置しているのだ。
 おそらく、市民団体が訴えたら俗人は負けるだろうけども、そういうわけで同盟軍内部では問題の無い形で設置している。
「へぇ・・・・・・ああした負傷兵や戦死者、そしてこれからも生まれるそういった人間たちの為に顔向けぐらいは出来るように、
 そして、生き残るためにも死ぬ気で勉強したいんだって、頭下げたのはだれでしたっけ?
 そして、それにこんなおじさんの為に付き合って教えてあげてるのは誰なんでしょう??」
 ドールトンは手をコキコキと音を立てるように動かし始めた。
 そう、これこそが俗人が文句をブーたれながらも殺人的スケジュールで学習している理由だった。
 前回はなんとかなったものの、今後はそうは行かない。
 艦隊指揮官とは超エリートであるし、指揮能力、組織運営能力、リーダーシップだけでなく、政治的才覚さえ必要とされる。
 俗人は中小企業の社長だったから、組織運営能力、リーダーシップ(ただし、どちらも増強中隊指揮官レベル)、
 本能的な政治的才覚はあったけれども、足りないものが全てにおいて多すぎた。
 たまたま俗人のいた時代が時代だったから、俗人は戦略思想家としてはナポレオン時代に現れたモルトケのような
 オーパーツだったけれども、今の俗人は艦隊の出航すら指揮出来ない。
 出港には色々儀式を行わなければいけないし、通り道の各星系の政治指導者達に順番も配慮して挨拶もしておかねばならないからだ。
 これでは、早々に俗人は良くて退役、悪くて再入院かエコニアの捕虜収容所行きである。
 そこで、俗人はラップ、ドールトンと協議した結果、猛勉強を始めたのである。
 勿論、ほかの人間には今回の戦役で、改めて勉強しなおしたいということで誤魔化した。
 最初の一ヶ月は、ラップとドールトンのみを講師に勉強。
 最近は、ようやく基礎知識がついてきたので、フィッシャー達を呼び寄せている。
 勿論、新設される第一機動艦隊の幕僚の人選も兼ねて、幾人かの人間を講師として呼び寄せてもいる。
 と、まぁ、そんな設定オタクな過剰な説明はともかく、二人はわちゃわちゃ互いに罵りあいを続けるのだった。
「まったくお互い素直じゃないことで・・・・・・」
 あくびをしながらチカは部屋に戻っていった。
 明日は早起きする必要があるのだ。
 この変なところが大人な少女は、子供らしい無邪気な楽しみを抱えて寝ることにした


 それから8時間後、俗人は30分間のタンクベッド睡眠を挟んで再び再起動していた。
 チカと今日は花見に行くためである。ベンドリング、マルガレータも同行している。
 場所はハイネセンポリスを見下ろす小山である。
 ヤングブラッド山というのが正式名称だが、ハイネセン市民は、サクラヤマと呼んでいた。
 誰かが植えたのだろう。桜の木が咲いているからである。
 スケジュール管理をしているドールトンが、気を使って週に一回は子供と遊びなさいと俗人に仕向けたのだ。
 彼女は彼女で、俗人に懐き始めているチカと、どこか寂しがっている俗人を引き離していることに罪悪感を感じていたのだ。
 例え、それが第四艦隊、そして引いては同盟のためだとはいえ
「父ちゃーん!おいてくよー!」
「ベンドリングよ!遅い、遅いぞ!」
 二人の子供達は走っていく。
 マルガレータは同盟に来てから走ることが好きになっていた。
 それまでは、野放図に「走ること」「運動すること」というのは貴族社会では禁じられていた。
(そりゃ、フレーゲル君がミッターマイヤー氏に殴りかかっても、まともに狙うことすら出来ないわけですよ) 
 要するに形式的なある種の美意識と状況に沿った動きしか許されなかったのだ。
 だから、マルガレータは最初、同盟に亡命したころ、鬼ごっこをチカ達から勧められたが、うまく動けなかった。
 すぐ鬼になってしまって「何じゃ!卑怯じゃ!下品な動きをしおって」と目に涙を溜めて鬼であり続けた。
 その日、チカは付きっ切りでマルガレータの走り方を特訓した。
 最初は日本に来たばかりのフランス人に味噌汁をずっずっー!と飲めと言うようで難しかったが、
 だんだんぎこちなさが消え、日が暮れるころには泥だらけになって、チカと追いかけっこをするにいたった。
 マルガレータは、自由に走ること、そして、無邪気に友人と何の衒いもなく、
 気ままに動き回ることに楽しみを発見したのだ。
 どうでもいいが、初登校日に不安になって木蔭で見ていたベンドリングさんは、それを見て泣いたという。
 おまえは野球奴隷の姉ちゃんか、どこぞの平行世界の美人メイドさんかというツッコミは置いといて、
 彼の回顧録はかくかたる。
「マルガレータは、本当の人間性を回復するだけでなく、同時に生涯の友人を得た。
 帝国では見られない光景を見たことに私は感謝する。
 民主主義は友人を作る思想、その言葉に偽りがなかった」と。
 ベンドリングに関しては、同盟への感情移入が過ぎるという後世の歴史家の批判は当然といえるが、
 おそらく、マルガレータとベンドリングにとっては、これが正直な感想なのだろう。 
 そんなわけで以来、彼女はチカと並んで学校では俊足の持ち主となっている。
「ま、まって・・・・・・NOです、NOですわ・・・・・・」
 そんな二人に今朝方ランニングをこなしてきた上に、大量の弁当やらポットやらの荷物を抱えた
 ベンドリングと俗人が追いつきようもない。というか、追いついてはいけないのだ。
 二人の父親は、それを確認するかのようにお互いの目を交差させると目だけで笑った。
 しばらくして頂上に着く。
 そこには、遺伝子改良によって年がら年中咲いている、どこかの島のような桜が咲き誇っていた。
 他にも何人か家族連れが来ている。
 シートを広げ、俗人とベンドリングの作った料理が並び、四人で弁当を囲む。
 チカとマルガレータは、どちらの保護者の料理が、うまいかを競い合い始めた。
 そのじゃれあい、というより争いを眺めつつベンドリングは黒ビールを俗人に勧めた。
 黒で宜しいですか?という問いかけに俗人はそりゃもう!と拝み手で応じた。
「このフラワー・ウォッチングという奴はいいですな。」
 俗人が口を付けると、ベンドリングは人のよさそうな顔つきでそう言った。
 俗人は、このアンちゃん、統帥本部作戦課のエリートで、三男とはいえ男爵家の出身だったんだよなぁ、と慨嘆した。
 帝国のやり口に呆れたとはいえ、全てを捨ててマルガレータを守るために亡命する。自分には出来ない決断だな、と思った。
「旧世紀のヤーパンの習俗といいますが、まことに結構だと思いますよ、ええ」
 ベンドリングは、そういう俗人の考えをよそに太平楽にそう言った。
「それが亡命の理由かい?」
 軽口のひとつのつもりだった。
 だが、ベンドリングの反応は真面目だった。
「そうかもしれませんね。
 帝国では、こういう文化は失われた、というより抹殺されましたからね。
 文化的多様性は、共同体の崩壊と銀河の分裂を生み、引いては人類社会を衰退に追い込むとの
 ルドルフ大帝の勅許によって、ゲルマン系文化しか残りませんでしたからね。
 帝国の画像をみてごらんなさい。
 皆が同じ服で、娯楽は伝統文化に沿ったものしかなく、建物は皆同じで、どこの星も似たようなものじゃないですか。
 私は、こっち側に来て、そう思いましたよ。
 何より花を貴賎を問わず楽しむために来たなんて、素敵じゃないですか。」
 そう、ビール缶を呷ると、そういい切った。
「そうだね、そうかもしれない。でも、同盟の腐敗はどう思うんだい?
 今だって、ここからいくつか煙が見えるよね?ありゃ交通システムの人為的ミスによって起きた事故だよ。」
 俗人は心の中の疑念をそういう形で打ち明けた。
「同盟の腐敗ですって?帝国の腐敗はもっとひどいですよ。
 私は公然と権力が幼女を殺害しようとしたり、不正が批判されない社会より、衰退しつつある国家を選びますよ。
 なに、私かマルガレータが死ぬまで同盟が持てば、それでかまいませんよ」
 これはこれで正論だな。一般庶民からのひとつの政治の真理というわけだ。そう、俗人は思った。
 そして、ベンドリングは急に真面目な表情になって、こう付け加えた。
「最近のあなたは変わったようだから、言うんですがね。
 だからこそ、次の戦い、勝ってくださいね。あの子達が死ぬまで、この国を維持して下さい。私が言うのも変ですが。」
「そうだね」
 俗人はビールを口に含むと、言葉を続けた
「そうだな。勝たなきゃな」
 眼下には相変わらずの光景が広がっていた。



3.司令部会議

 次の日、新設される第一機動艦隊のオフィスに参謀達が集められていた。
 要するに第4艦隊と第13艦隊のメンバーである。
 その日のことを、ムライはこう回顧している。
「・・・・・・私は、第一機動艦隊の会議室に入った瞬間、驚きに包まれた。
 掴みどころのないヤン提督、
 ちゃんとスカーフを締められないパストーレ中将、
 サンドウィッチを溢しながらむしゃむしゃと頬張るチェン・ウー・チェン少将、
 過激な国家主義者のビラを耽溺しているバクダッシュ大佐、
 口を空けて涎をたらしているブラッドジョー中佐、
 なるほど!なるほど!としかヤン提督に応じないパトリチェフ大佐、
恋人から奪ったハンカチを握り締めてにやけているラップ大佐
 革命家気取りで、どこで使うか分からないアジ演説の草稿を書いているアッテンボロー准将、
 轟然と他人を見下ろしているビューフォート准将、
 危険思想と噂されるグエン・バン・ヒュー准将、
 そして、キスマークと情事の後のにおいを消そうともしないシェ-ンコップ・・・・・
 私の任務は、この連中の秩序を回復することにあると思い至るのに時間はかからなかった。」
 ムライが衝撃を受けていると最後の人間が現れた。
「・・・・・・遅くなりました」
 後方主任参謀のサンバーグ中佐である。
 彼はヴァンフリート会戦で兵站の権威であったセレブレッゼ中将の副官として
 ヴァンフリート4-2基地に赴任したものの、そのまま虜囚の憂き目に遭った。
 その後、捕虜収容所での経験から、普通の有能な士官から「後ろ向きな情熱家」「威勢の良い慎重論者」
 「ラーメン屋や立ち食いそば屋でしばしば見られる”暗い情熱家”」になってしまったと言われている。
 なお、後世の歴史家もとい作家たちは、こうしたパストーレの人材登用に因んで「余り者艦隊」「二軍艦隊」等と呼称したという。

 ・・・・・・そんな無意味な田中大先生以後の表現の剽窃はともかく、
「やぁ!お疲れさん!それじゃ始めようか。ラップ君よろしく。」
 俗人は横に座るヤン・ウェンリー少将に伺いを立てると、会議を始めた。
「それでは、今回第1機動艦隊の作戦参謀に就任させていただくことになった、
 私より説明を始めさせていただきたく思います。
 まず、今回は初顔合わせということで人員を説明させていただきます。
 今回、新しい試みとして統合艦隊司令部構想が実施され、
 第一機動艦隊が新設の第13艦隊と第4艦隊の上級司令部として新設されることになりました。」
 首席副官ドールトン大尉がキーボードを操作し、パワーポイントを表示する。
「この統合艦隊司令部構想は、近年、富に見られる複数艦隊による複数の戦域での会戦において、
 宇宙艦隊司令部が統合指揮できずに、確固撃破されてしまう事例の回避、母港の乱立や補給・航法組織の肥大化の効率的解消
 が目的であります。この構想が達成された暁には戦闘能力の倍加と2000万人の民需への転換が可能になるとされています。
 いわば、我々は、その試金石というわけです。」
 ラップが、そこで言葉を切ると、合いの手が飛んだ。
「・・・・・・なるほど?トリューニヒトとホワンが手を組んだのはそういうわけですか。
 軍需利権から民需利権へか。まことに、結構なことで。」
 第13艦隊第2分艦隊司令のダスティ・アッテンボロー准将だった。
 だが、ムライがさっそく咳払いによる威圧を行ったのでアッテンボローは押し黙った。
 ラップは後輩の上官の粗相に苦笑いすると説明を続けた。
「編成は次のようになります。第1機動艦隊兼第4艦隊司令官パストーレ中将、第13艦隊司令官ヤン・ウェンリー少将、
 第1機動艦隊副司令官フィッシャー准将、参謀長チェン・ウー・チェン少将、情報参謀バクダッシュ大佐、
 航空参謀ブラッドジョー中佐、後方主任参謀サンバーグ中佐、第4艦隊第1分艦隊司令グエン准将、
 同第2分艦隊司令ビューフォート准将、第13艦隊参謀長ムライ准将、副参謀長 パトリチェフ大佐、
同第1分艦隊モートン准将、同第2分艦隊司令ダスティ・アッテンボロー准将・・・・・・
 総数は第1機動艦隊司令部3000隻、第4艦隊6000隻、第13艦隊7000隻の計16000隻です。
ここからは参謀長のチェン・ウー・チェン少将にお願いいたします。」
 ツナサンドイッチを平らげ、今度は海老カツサンドイッチに取り掛かっていたチェンは
 ドレッシングの付いた指を舐め上げると、メモ帳を取り出した
「失礼。食事中な物で・・・・・・ん?ああ、いや、霧吹きをかけるとこうして、美味しくたべれるものでしてね」
 周囲の視線の意図を誤解したのか、チェンは、そういうと作戦についての解説を始めた。
 

 チェン・ウー・チェンの説明した作戦案は、パストーレとラップとヤンの原案を彼がブラッシュアップしたものだった。
 つまり、ヤンが構想した案をパストーレが原作知識で手を加え、ラップが俗人の改悪点を修正し、
 チェンが16000隻の艦隊が漏れなく実施できるように完成させたものだった。
 その内容は、ヤン艦隊が要塞駐留艦隊を牽引し、その隙に工作員を潜入させて、イゼルローン要塞を陥落させる部分までは、原作と同じだった。
 しかし、俗人は新たに駐留艦隊の撃滅を目的に入れた。
 占領後に、慌てて引き返してくる駐留艦隊をトールハンマーで布陣の両翼を削りつつ、”下方”からヤン艦隊が追撃。
 間隙を対空砲火で埋めつつ”上方”へ誘導。ここでヤン艦隊は占領要員抽出のために追撃を中止。
 あとは待ち構える俗人艦隊が包囲殲滅するという算段だった。
「待ってください。二重の作戦目的は危険です。そもそも、たった一個艦隊で、要塞と駐留艦隊を相手にするとは・・・・・・」
 ムライが真っ先に異を唱えた。
「だいたい・・・・・・」
 そこで、言葉を切り、斜め向かいに座る陸戦連隊長の大佐をムライは見やった。
 あからさまに不審な目で見ていた。そう、意図的に。
 一方で、ムライの眼光で射られた男は平然としていた。

 その男は、ワルター・フォン・シェーンコップ大佐。亡命子弟で構成される薔薇の騎士陸戦連隊長である。
 16歳で同盟軍士官学校に合格したが入学せず、かわって陸戦部門の「軍戦科学校」に入学。
 わざわざ伍長から始めた彼の経歴は、30歳にして大佐にまで上り詰める。
 実質的には、尉官、佐官任官時に1,2年程度の教育期間が挟まれる事を考えれば、
 29歳のヤン少将、27歳のアッテンボロー准将等より、よほど化け物じみた存在であるといえる。
 だが、それだけならばいい。
 彼は、その超特急の叩き上げ経歴と魅力から得た幅広い人脈と情報を生かして、階級以上の影響力を得ていた。
 特に複数の軍関係の女性と断続的な関係を築いていることが問題視されたていたのだ。
 事実、フレデリカ・グリーンヒル大尉は資料編纂室別室時代に、彼の分析レポートを依頼され、下記のように評している
「シェーンコップ氏の人脈に、上下分限問わず幅広い。そして、注目すべきことに彼は複数の花壇を保有している。
 休眠、活動とわずにである。おそらく彼の給湯室情報ネットワークは、間接直接問わずに同盟軍のあらゆる情報を
 収集分析し、寝物語の際に自然と彼に適宜報告されていると思われる。
 つまるところ、軍内部の醜聞、作戦動向、戦況は彼の灰色の頭脳に絶えず注ぎ込み続けているのである。
 事実、彼の異常とも言える戦果、絶対的状況からの生存、政治的陥穽の回避、度重なる昇進はこの事実を傍証している。
 特に、第6次イゼルローン攻防戦での事例は、そうでなければ説明が付かない。
 彼は、合計四万隻を超える艦隊決戦の最中に、命令系統をほぼ無視した挙句、強襲揚陸艦で帝国軍の艦船に複数回突入・制圧しては
 軍用通信で挑発することでリューネブルクを誘き出し、抹殺という完全な私戦を完璧に成し遂げた。
 しかも、処分が下ることはなく、幾つかの勲章が彼と彼の部隊に与えられたという。
 これこそ、シェーンコップ氏の給湯室情報ネットワークの存在を証明するに余りある事例である。」
 もっとも、彼女は結論部分で、
「・・・・・・しかしながら、彼の性向は享楽的騎士道的アナーキストとも言え、俗なことを言えば、卑怯とは無縁の不平屋に過ぎない。
 また、彼自身は基本的には王に従う人物である。・・・・・・意外かもしれないが、彼は自分を認めてくれる人物を求めている。
 確かに、彼は自立した、魅力的な男性である。しかし、彼が享楽的な女性関係を継続しているのは、満たされない認知欲求が
 どこかに存在するからである。おそらく、これは祖母との亡命時前後の体験や帝國で受けた騎士道教育の影響と思われる。
 これが表面的には、分かりにくいのは、彼を王として従えうる器を、持った人物が極度に少ないからである。
 かくして、彼は求められぬ主を求めて、不平屋として振舞うのである。
 結論として、彼が求める王が出現し、その希少な人物が叛乱を希求しない限り、薔薇の騎士連隊のクーデターは有得ない。
 何より、これまでの彼の行動は卑怯とは無縁であることが、それを補強する。
 彼は享楽的であり、不真面目に見るが、実は極めて信義と正道を大事にする男である。
 つまり、クーデターの可能性は極めて低い。せいぜいが、不平のたまった挙句の首都の一時的占拠でしかない。
 今後の情報動静としては、ドラインビングフォース(状況を動かす力)となりうる「彼が求める王」の出現に気を配れば十分といえる。」と述べている。
 これは、フレデリカがシェーンコップを、危険な能力の持ち主だが、その意図は危険なものではないので、
 とりあえずは安全だと結論付けたものである。
 しかし、この報告を受けた上層部は「心理」等というあやふやな変数を無視して、能力を危険視した。
 勿論、そこには自分の醜聞を握られているかもしれないという恐怖もあった。
 かくして、シェーンコップ大佐は、誰も手を出せないままに同盟軍各情報組織の注視の的となり、
 新たに帝国で民族浄化とまではいかないまでも比較的不利な地位にあるアフリカン、アラブ系で構成された
 対叛乱対応市街戦特化部隊、黒騎士連隊がジャワフ大佐を連隊長に編成されるなど、その対応は恐慌とも言えた。
 ちなみに、ビュコック中将は「最近、ハイネセンでは『可能性』と『蓋然性』をごっちゃにするのが流行らしいの、
 とその対応を副官のファイエル少佐等に皮肉ったという。)
 ともあれ、その結果、「とにかく危なそうだ」「クーデターを計画している」という噂が軍内部に広まり、
 シェーンコップはあらゆる意味で危険人物という批評で包まれていった。
 本人としては、刹那的関係構築のための新たなアクセサリーとしか考えていなかったが。
 それはさておき、ムライもまた、監察部にいた時代からシェーンコップのことは注目していた。
 ムライもまた、シェーンコップへの結論としてはフレデリカやビュコックと同じものを抱いていた。
 だが、一抹の不安は抱いていたし、なにより作戦参謀を不要とするヤン艦隊では、
 あえて常識的意見、反対意見を述べる「悪魔の代弁者」であろうと心得ていたので、そういう態度をとった。

「・・・・・・占拠時の作戦参加兵力に問題を感じます」
 そのムライの発言に、シェーンコップは、確かにと言った。
 場の空気が、やや停滞した。そしてシェーンコップは更に凍てつかせる発言をした。
「我が連隊が集団亡命でもしたら、困りますものな。
 この作戦案の基本原案はヤン少将と伺った。
 どうですかな?その場合はどういたしますかな」
 シェーンコップは、何かを期待するように言った。
 このエルファシルの英雄ならば、自分を満足させてくれる何かを出してくれるかもしれんな、
 ただし、、、在り来たりな応答ならば唯ではおかんぞ?
 そう思っていた。
 そして、彼の期待は報われた。
 ヤンは、息子を戦場に送りたくないがために永遠ならざる平和を求めての作戦参加であり、
 作戦の成否はシェーンコップを信じるしかないから、信じると答えたのだ。
 そして、失敗しようと成功しようと退役すると答えたのだ。それも寝て暮らすために。
 シェーンコップは、その意外性と内容の素晴らしさに魅入られた。
 思わず「失礼ながら、提督、あなたはよほどの正直者か、でなければルドルフ大帝以来の詭弁家ですな」と言ってしまった。
 彼流の最大限の賛辞である。もっともヤンは少し不服そうだったが。 
「とにかく期待以上の返答はいただいた。この上は私も微力をつくすとしましょう。 永遠ならざる平和のために」


4.再会劇

 作戦会議の出席者達は、誰もが口に出せなかった一番の問題が片付いて安堵していた。
 ヤンが提唱した奇策は旨くいきそうだったし、失敗すれば逃げ帰ればいいのである。
 作戦目的の二重性も、統合艦隊司令部構想を定着させたい国防委員長の命令だから、という理由が
 彼らの歪んだシビリアンコントロールの理解によって、すんなりと受け入れられとので幾つかの議論の後に終わった。
 というのは後世の小説家の理屈で、本当は、事実上ヤン艦隊(占領)と俗人艦隊(艦隊殲滅)で任務分担を行うということで、
 問題視されなかっただけだった。
 そもそも六個艦隊を動員して陥落しない要塞を攻略しようという時点でむちゃくちゃなのである。
 そんなわけで、会議は実質的な任務要項や実施要綱の作成確認に移り、幾つかの休憩を挟んで夕方には解散した。

 
 シェーンコップは、満足していた。
 ようやく自分を使いこなしてくれそうなヤンという上官に出会ったからである。
 そんな彼は、ブルームハルトとリンツ達と作戦の打ち合わせに入ろうと第一機動艦隊のオフィスを
 出ようとしたところで俗人とラップに捉まった。
 正直、パストーレについては、以前の印象からよい印象を抱いていなかったし、
 給湯室ネットワークから過労の余り、軽いノイローゼになっていると聞いていたから相手にしたくなかった。
 少なくとも今日は、である。
 しかし、不良中年は、俗人が「わたぁしぃは~ローザライン・フォン・クロイツェル♪ローザと呼んでね♪」
 と肩を掴んでいったので興味を持った。
 発狂した艦隊司令官というのは酒のツマミにはなるな、と思ったのと、その名前に何か覚えがあったからなのだが。
 勿論、これまで無能な上官に対して行ってきたように、彼の情報を使ってパストーレを更迭しようと思ったのは言うまでも無いが。
 どうやら、発狂した司令官を更迭させるのが、作戦の打ち合わせより急を要するな、と。


 悠々と、しかし、実際はテンパリながらシェーンコップを従えて歩く俗人の後ろでラップは頭を抱えていた。
 俗人は、大ファンの架空・伝説の人物と出会って舞い上がっていたのだ。
 考えても見るがいい。
 もし、ガンオタが、ギレン総帥と面会できたら?
 もし、婦女子が、BASARAの政宗と小十郎の今日は俺の腹が人取橋な様子に会えたら?
 もし、ダブルコンパイルなお兄さんに会えたら、
 舞い上がらないはずが無い。
 そして、俗人は、どうやら得てして、こういうミーハーな人間に多い、テンパルと奇妙な行動に出る人間だったようなのだ。
 今にして思えば、アスターテ会戦以後の奇矯な行動で分かっていたじゃないか!と後悔しきりであった。
 むろん、念のためラップは私が手引きしますとは提案した。
 だが、その提案は俗人の熱烈な要求によって変更させられた。
 中学生はユリアンを憎んでラインハルトと七元帥に憧れ、高校以後はヤンの民主主義理論をパクり、
 そして、青年・壮年期はシェーンコップや逸話製造機のビッテンに愛着を抱くものだ。
 青年と壮年の間にいた俗人は、シェーンコップ中毒、まさしく第三次中二病に感染中だったのである。
 そして、それに離婚が拍車をかけていた。ある種の性的な挫折感を味わっていた彼は、マッチョイズムを求めていたのだ。
 かくして、俗人はムハッー!、ムハッー!と妖怪漫画の登場人物のようにしながら、薄く笑うシェーンコップを招き入れたのだった。


 シェーンコップの薄笑い――彼が軽蔑すべき敵に相対したときの微笑は既に消えていた。
 赤く、燃えるような髪の少女。
 同盟軍予備幼年学校の合格通知を右手に抱えた少女を見たときに、なにかのデジャビュに襲われたからだった。
 パストーレが言っていたな、ローザラインと。何だ?
 何かが思い出せそうだが、思い出せない彼の思考は少女の発言によって打ち砕かれた
「私は貴方を父とは認めませんっ!」
 父?そうか、俺のことか。なるほどな、そういうことか。
 不良中年は、一瞬驚いたが、外には出さずに言葉をつむいだ。
「どうやら俺の娘らしいな。」
 美人なのが、その証拠だな。シェーンコップはフッと笑いながらそう言った。
「な、なにをしらじらしぃっ!」
 家を赤らめて起こる少女の後ろで、連れてきたらしいバグダッシュが苦笑いをしている。
 どうやら、予備飛行学校で合格通知を受けたところで、半分騙しながら連れてきたらしい。
 父に関して話があると聞いただけです!会うとは聞いてません!帰ります!とバグダッシュに今度は噛み付き始めた。
 それを面白そうに眺めているように見えるシェーンコップの後ろでラップが冷たくささやいた。
「カーテローゼ・フォン・クロイツェル。13歳。愛称はカリン。分かっていると思うが遺伝子的な父親は君だ。
 パストーレ閣下が、独自の情報に基づいてバクダッシュに捜索させた。」
 ラップにすれば俗人から知識は聞いていてもシェーンコップに対しては若干の不安が残っていた。
 それに憎まれ役をする必要もあった。ゆえにその不安が冷たい言い方にさせた。
「若いの。冗談でワルター・フォン・シェーンコップを脅迫してはならないと教わらなかったか?人質のつもりか?」
 一瞬シェーンコップの目が鋭くなった。
「俺に御落胤は一個中隊はいてもおかしくは無いんだ。そんな会った事も無い連中を、
 薔薇の騎士連隊3000名よりも優先するとでも?だとしたら俺も安く見られたものだな。」
 今度は苦笑しながらだった。それを小声で言ったのは、シェーンコップなりの少女への配慮だろう。
「違う!違うって!これは俺なりのお節介なんだよ。」
 慌てて小声で釈明する俗人に、シェーンコップは、
 ほう?閣下は、私に郷愁の念でも植えつけたがっているのかと思いましたが?
 残念なことに、私にはオーディン、ハイネセン、フェザーンと既に多くの故郷がありましてなぁ、
 間に合っておるのです、と面白そうに応じた。
 自分には人質は無意味であるし、つまらんことをするな、と婉曲に、しかし明確に言ったのだ。
 しかし、若干の今までとは違った興味も出てきていた。
 この上官の行動が人質で無いならばなんだ?恩を着せて貸しにするためか?
 ああ、確かにそういう上官もいたな。
 諸君と我々は一心同体であり、必ず生きて連れ帰るとか何とか、薄っぺらい寝言を言っていたから、
 PTSDにして、強制的に後方送りにしてやったものだが。
 さぁ、どう出てくるか・・・・・・
 シェーンコップは俗人に少しだけ、ほんの少しだけ興味を抱いていたのだ。
 もっとも、それは吹けば飛ぶようなものでしかなかったが。
 所詮、ヤン・ウェンリーと俗人では器で格が違うのだ。
「その・・・・・・君のサイン、もとい、なんでもないんだが・・・・・・」
 俗人は、そこで、一旦唾を飲み込んだ。
 そして、一気に大声で言い切った。
「ファ、ファミリーは一緒にいるべきだと思うんだ!」
 カリン、バクダッシュは呆気にとられた。シェーンコップは無言だった。
 そして、私に一個中隊分の託児所でも経営しろと?そう言った。
 続いて、彼女だって今更、遺伝子提供者に、父親面されたくないだろうさ
 それで?という表情だった。本当は色々な感情があったのかもしれない。
 ミッターマイヤーが見れば、ロイエンタールをもう少し大人にしたような奴だな、とでも言ったかもしれない。
 だが、この男の行動からそういった多面的な解釈を引き出すには、普通の人間、特に若い人間では無理だった。
 だから、カリンは表情を、さっと曇らせた。 
「違うって!そうじゃないよ。ちょっとだけ、ちょっとだけでいいんだ。」
 ほら、君には、この人に言わなくちゃいけない事があるんだろう?
 と俗人はカリンに振った。
 だが、カリンは泣きそうな、顔を赤くしながら、しかし、怒ったような表情で何も言えずにいた。
 甘え方を知らんが為だな。シェーンコップは、正確に評論した。
 とりあえず、今日は退散すべきだな、そう思い、踵を返した

「・・・・・あ」
 カリンは、焦った。このままでは、あの男は帰ってしまう。
 許せない。許せないが、本当は自分を認めて欲しい。しかし、認めて欲しかった思いが強かったからこそ、怒りもわく。
 なによりカリンは若かった。
 だから、今日はもう帰ろう!思いの半分の本音がのどまででかかった。
 しかしは、耐えた。
 そして、もう一人の家族を思い浮かべると叫んだ。
「待って!エリザベート・フォン・クロイツェルを憶えていますか?私の母です。」
 カリンは、ようやく、それだけを言い終えた。
 貴方の・・・・・とは言わなかったのは、彼女のわだかまり故だろう。
 カリンは、背を返して立ち止まったままのシェーンコップを見た。
 反応は無い。見る人が見れば僅かに肩が揺れてたかもしれない。
 ほうら、みなさい、カリン。
 やっぱり、私は行きずりの結果生まれた女なのよ。
 望まれて・・・・・・
「知っている。ローザと言ったな。薄く入れた紅茶のような髪で、よく苦い特製ドリンクを俺にくれたな・・・・・・
 俺は悲しみに満ちて健康的に生きるより、喜びと美女の涙に溢れて不健康に生きるほうがいいと言ったんだがなぁ。」
 そんな瞬間、シェーンコップは、そう独白した。
 そして、彼一流の洞察力で続けた。
「ローザに何かあったのか?」
「先月、入院したんです。もう後1年か2年だって。
 お願いです。会って、母に会って下さい。
 嘘でもいいから、愛していたって言ってあげてください。
 お願いします。お願い・・・・・です。」
 俯きながらカレンは泣いていた。腕を下にまっすぐ伸ばして、指を絡めながら。
 カレンは、情けなかった。
 もっと。
 もっと、時間があれば、違う形で母に孝行できたはずなのだ。
 非力な自分を悔いるとともに、母に何かをしたい。
 それが、シェーンコップだったのだ。
 だから、今日会うとは思わなかったが、バグダッシュの誘いにも応じたのだ。
 しかし、彼女が泣いていたのは、本当はそれだけではなかった。
 彼女が、エリザベート・フォン・クロイツェルとだけ言ったにもかかわらず、
 シェーンコップは、ローザと答えた。
 つまり、エリザベート・ローザライン・フォン・クロイツェルをシェーンコップは決して忘れて忘れていなかったのだ。
(とカリンは思い込んだ。実際は七巻の「私の母、エリザベート・フォン・クロイツェルを憶えていますか?」
 というカリンの問いかけなぞ、すっかり忘れて最終巻のシェーンコップの「そうだ、ローザだ(以下略」
 という台詞が印象に残っていた俗人が、シェーンコップに気まぐれで言ってみただけで、
 それでシェーンコップが咄嗟に思い出しただけだったのだが)
 だから、彼女は嬉しかったのだ。今はまだ自分でも認められないだろうが。
「・・・・・・そうか。そうだったのか。」
 シェーンコップは若き日の熱情を思い出すと、少し遠い目をした。
「わかった。明日行こう思うが、大丈夫か?」
 カリンは、一瞬戸惑った。
 自分の遺伝子上の父親が、初めて誠意ある顔をしていたからだ。
 だが、それは長くは続かなかった。彼女は、黙って頭を下げた。




 それから一時間後。ランドカーに俗人、ラップ、バクダッシュが乗り込んでいた。
「これで、一件落着。シェーンコップ閣下、じゃなくてワルター氏の士気も上がっただろうし、
 カリンちゃんのお母さんも再会できて何よりだね、ラップ君」
 俗人は基本的に俗物的な人のよさがあったから、自分の行いに満足していた。
 もっとも後に俗人はこうしたある意味で神を気取った行為の数々を激しく後悔することになるのだが。
「さて、バグダッシュ君」
 バクダッシュは、いやぁ、何でしょうと言った。
 今回の人探しには多少のコストもかかったから、何らかの褒美を欲していた。
 もっとも、彼は楽観していた。
 わざわざ第11艦隊からとリューニヒトの政治力を使って、自分を引き抜いたのだ。
 相当、パストーレ中将は自分を評価してくれているようだ。
 もしかしたら、偽のインテリジェンスを情報参謀として与え続ければ、我々の計画に引き込めるかも知れんな。
 バクダッシュは自分の描いた未来図にうっとりし、ニヤリと微笑した。
「声はやっぱり神谷さんなんだね」
 は?とバクダッシュは思った。しかし、その疑問は長く続かなかった。
 彼の美しい未来図を破壊する言葉を俗人が、ま、それはともかく、
 と前置きを置いて、放ったからだ。
「君達のクーデター計画について詳しく話してもらおうかね?」と。
 バクダッシュは思わず腰のブラスターに手を伸ばしかけたが無理だった。
 ラップが自分の脇腹にブラスターを突きつけていたからだった
「悪いけど、ちょっとつきあってもらうよ?
 あ!あと主要人員、拠点、資金源、同調者も教えてね。」


5.今度こそ出撃

 それから二ヵ月後。第一機動艦隊はハイネセン上空からイゼルローン回廊に向けて進発した。
 その間、フレデリカの「信じていますわ」発言やら、
 ヤンと俗人の「フィッシャーどん、全部任せるでごわす」の職務放棄があったりしたが、
 異才ヤン・ウェンリーは当然のこと、俗人も何とか艦隊をイゼルローンまで問題なく動かしていった。
「ヘディング7-0-7。予定偽装転進ポイント。針路変更行います。」
「よし、艦隊進路2-3-3。上昇角25。第一戦隊と第四戦隊の前方集団から針路変更開始。
 航海参謀、転進プログラム起動。適時、プログラムの修正を。」
 航海参謀ドールトンとフィッシャー提督のやり取りを俗人はペチャンコになったクッション、
 本人が座布団と主張するものに座って眺めていた。
 永住、というより選択の余地の無い永住をある程度受け入れた今となっても、緑茶と座布団はかかせなかった。
 座布団は、とりあえずハイネセンになかったので、チカが俗人の話から想像したり、アーカイブで調べて、
 家庭科の課題で作ったものだった。
 俗人は、ちょっと座り心地が悪かったけど、気にしないで座っていた。
 出発前に泣きながら、潰れたクッションのようなものを、死なないでと渡してきたからだ。
 チカを宥めた時のことを、座布団を摩りながら思い出した俗人は、いかんいかんと思った。
 ぼーっとしているのを階下のドールトンが笑顔で睨んできたからだ。
 さて、残った書類を片付けるか・・・・・・と思った時、横に人影を感じた。
 ヤン・ウェンリーだった。
 彼と彼の幕僚は、レオニダスに三時間前から最終打ち合わせのために、
一時的に乗艦している。
 ヤンは俗人に向き合い、敬礼すると言った。
「司令官閣下、お話があります。」
 珍しく真剣な表情だった。
 俗人は、手に持った書類を机上に戻すとヤンに、どうぞ、と問いかけようとした。
 だが、それは出来なかった。
 艦橋をどよめきが覆ったからだ。
「イゼルローンだ!」「あの要塞だ!」
 再編成の結果、新兵が著しく増加したことで、そのどよめきはちょっと大きかった。
 だが、ムライの一喝で、それは収まった
 そして、ムライは、こっそりブルックを肘でつついた。
 慌てて、ブルックはオペレーターに何かを小声で命じた。
「イゼルローン要塞を正面にレーザ解析にて捕捉!距離17万!
 光学情報に変換して表示します!」
 オペレーターの声が環境を包んだ。
 さぁ、第七次イゼルローン攻略戦の始まりだ。
 俗人もとい田中一郎だった男は、指揮用座布団に埋まって呟いた。
 人的資源・戦力・情報は揃えるだけ揃えた。
 これで勝てなかったら・・・・・・無能だな。
 凡人ではなく俗人なので、専門外では謙虚さのない俗人は、そう思った。
 
 かくして、一大決戦の幕が上がる。



次回、大逆転??第七次イゼルローン攻防戦(上)

「戦争は霧のようなものであり、不確実性に絶えず満ちている」
                      大昔プロイセンに住んでいた気難しい人
 

編成
 第1機動艦隊 司令官 パストーレ中将(2000隻) 
        副司令官 エドウィン・フィッシャー准将(3000隻) 
        参謀長 チェン・ウー・チェン少将
        作戦参謀 ラップ大佐
情報参謀 バクダッシュ大佐
        航空参謀 ブラッドジョー中佐
        後方主任参謀 サンバーグ中佐
        首席副官 ドールトン大尉
        次席副官 ブルック大尉

 第4艦隊編成 司令官 パストーレ中将(兼任)
第1分艦隊 グエン・バン・ヒュー准将(2000隻)
   第2分艦隊 ビューフォート准将(2000隻)

 第13艦隊編成 司令官 ヤン・ウェンリー少将(1000隻)
        参謀長 ムライ准将
        副参謀長 パトリチェフ大佐
        副官 フレデリカ・グリーンヒル中尉
第1分艦隊 ライオネル・モートン准将(3000隻) 
   第2分艦隊 ダスティ・アッテンボロー准将(3000隻)
   陸戦要員 ローゼンリッター連隊戦闘団(約3000人)


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