序
「あれは夏の終わりでしたな。とにかく、すごい数の艦でした。有名な映画『回廊決戦』の台詞で「艦が7分で星が3分」なんていうセリフがありますが、ありゃ嘘ですな。そんなもんじゃなかったです。
回廊を、まさに艦船が埋め尽くしていましたな。
いやぁ、その時の興奮といったら、なんとも。
昔日の一個集団にも満たない数で、敵の大軍を迎え撃ったわけですから。
あ?それは、どういう心理状態かって?
そりゃ、あんた最初から発狂していたんですよ。
・・・それで、閣下が手を振り下ろすと各艦、敵に砲撃を開始して、その後は・・・それは、一生忘れられない光景でしたなぁ・・」
―――ある老人の回想 宇宙暦846年、惑星ボヘミア
「さようなら、私の優しい日本人さん。」
彼女はそう言うと、パストーレを扉の向こうに押し込んだ。
迫りくる襲撃者から彼を逃すために。
―――ユリアン・ミンツ『銀河英雄伝説 第12巻』ハイネセン出版
1.プロローグ
田中太郎(37歳)は独身だった。
正確にはつい先ほど、独身に回帰したといってよい。
学生時代に知り合った結婚9年目の妻と離婚したのだ。
理由は、妻の浮気だった。
最初は、泣き喚く彼女を許した。相手が彼の経営する中小企業の部下だったが、何とか許した。勿論、部下は首にしたが。
しかし、二度目は許した自分も含めて許せなかった。
だから、彼はかわいそうだったから、という理由で、彼の元部下と密会する妻に離婚届を突きつけたのだった。
『女なんて、、、もう懲り懲りだな。仕事が忙しくなきゃ鬱病確実だ。』そう、突き出した帰りの車で独語する田中だった。
『ミヨちゃんはありゃ病気ですよ。まぁ、次の相手を探せばいいんじゃないですかね?それより、今日やりませんか?ツクダの銀英伝で。』
応じるのは運転を担当する山田次郎だった。彼は田中の大学時代の後輩だった。
『いいねぇ。なら第二次ティアマトだな。俺、同盟な』
そう生粋のウォーゲーマーたる田中自作のオリジナルシナリオを、田中は決めるけるように提案した。山田は、また同盟ですか?たまには帝国やって下さいよ、と苦笑すると室内灯を消した。そして、俺の家まで時間があります。仮眠してください。と付け加えた。
少しでも感情を癒させるために・・・
山田の忠告に従い、後部座席に横になった。
睡眠剤を飲んだせいか、簡単に眠りにつけた。。。
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2.眠りより・・・
『・・・閣下!閣下!』
田中は、肩を揺すられシートから身を起こした。
『・・・?』
見たことのない場所だった。
敢えて言うならば旅客機に似ていた。
しかし、彼はレクサスの後部座席にいたつもりだ。
窓を見てみる・・
『宇宙?』
星空が広がっていた。
『そうですよ、パストーレ中将。もうすぐパトロクロスに到着しますから準備してください。』
緑のベレー帽をした男がそういった。
まるで銀河英雄伝説の自由惑星同盟の軍服のような・・・
『嘘だろ?』
田中、もといパストーレの発言は辛うじて誤解されずに済んだ。
三時間後の作戦会議を約して、彼を起こしてくれたブルック・トゥーアン大尉は第二艦隊旗艦パトロクロスに宛がわれたパストーレの個室から退席した。名前と階級だけは自然と頭に浮かんできたので、なんとかなった。どうやら副官らしいが・・・
『これは夢だ。そうだ!そうに違いない!』
と最初の一時間、夢遊病患者のように連れてこられてからは、37歳の俗人らしく、パニックに陥り、現実否定を繰り返した。しかし、ブラスターを、その小心故に焼跡の目立たない場所に乱射し、頭を三回鏡にぶつけてから、ようやく彼は現実を受け入れた。割れた鏡に移る顔は、劇場版第二作を見たのは去年の暮れだったので、よく顔を覚えていないが、妙にリアルなウィリアム・パストーレ中将だったし、ひっくり返した鞄から出てきた作戦計画書、ワープ航法計画は妙に緻密だったからだ。俗人であっても、素粒子物理学を理解できるほど彼はうぬぼれてはいない。
落ち着け、クールに、そうクールになろうじゃないか田中太郎よ。
ていうか、何故パストーレなんだよぉ!
状況から見てアスターテ前だろ?
てことは、この一週間後に、ラインハルト率いる20000隻に、俺の指揮下12000隻ごと各個撃破の挙句、無能呼ばわりされて殺されるってことかよ!
いや・・・無能呼ばわりはいいが、宇宙空間で死ぬのはなぁ。
とりあえず、、、考えろ、考えるんだ。
伊達に俺は百戦錬磨のウォーゲーマーじゃないんだ!
三択恋愛の王者が合コンに望むときのように、よくわからない自信を奮い起こすと、田中もといパストーレは副官たるブルック大尉を呼び出し、恐る恐る質問をした。勿論、基本的、というより明らかに常識はずれな質問が多かったので、ブルック大尉は不審がった。
しかし、『本作戦に重大なミスを発見してね。命令系統や作戦実施要綱を確認したいんだよ』と言い訳することで何とか誤魔化したのだった。
そして、残りの時間を、今後の対策で苦悩した挙句、使い方が良くわからないシャワーで火傷しかける、マフラーがポプランのようにしか巻けない、といった困難を乗り越え、第二艦隊の士官の案内の元、各艦隊司令官、幕僚による会議に出向いたのだった。
田中、もといパストーレである俗人の第二の生涯はここから始まる。
銀凡伝、なにわの総統的な凡人頑張り物語が好きなので挑戦してみました。展開が似てしまっていますが、どうかお許し下さい。
面白い上で、オリジナリティを出せるように頑張ります。
080721連載開始