「(やっぱり、違う)」
池が坂井家を後にして程なく、悠二は屋根から屋根へと忍者のように跳躍していた。
風邪の平井をほったらかしてこんな非常識な事をしている理由は一つ、非常識な事態の前兆を感じ取っているからである。
「(これは……フレイムヘイズか)」
この世ならざるモノの気配。それ自体なら最近では珍しくもないが、こんな気配は知らない。
強さや大きさなら今までの討ち手に比して規格外というわけではないが、受ける印象が全く違う。
いっそ不自然までに穏やかな……例えるなら、波の無い大海を彷彿とさせる存在感だった。
だからと言うわけではないが、彼は今、その気配に向かって直行しているわけではない。……と、丁度その目当ての姿が前方に見えた。
「シャナ」
名を呼ばれて、悠二と同じく屋根を跳ねて向かって来ていた少女は小さく頷き、悠二と同じ屋根に足を着くと同時に進行方向を変えて彼に並んだ。
「位置は掴めてる?」
「うん。そっちこそ、上手く説明できる?」
「やるだけの事はやる」
「……ま、期待はしないでおく」
互いに、口に出さずとも状況と要求を理解していた。
ミステスの悠二がフレイムヘイズと接触したところで、まともに話を聞いて貰えるか判らない。状況を説明する役として、同じフレイムヘイズの存在は不可欠だった。
そしてシャナも、フレイムヘイズとして存在を感知する能力は備えているが、相手の正確な場所までは掴めていない。
もし相手が問答無用で牙を剥いて来たとしても、彼(彼女)となら大抵の敵は撃退できる。……と、その程度には互いを認め合っていた。
こんな仮定を立てねばならない事自体が嘆かわしいが、悠二は今のところ出会ったフレイムヘイズと諍いを起こす確率100%である。
「(ったく、次から次に………)」
こんな頻度で徒やフレイムヘイズが現れるなら、とっくに人類は絶滅しているのではないか?
悠二は以前、鍛練の場でその疑問を口にした事がある。
それを受けた歴戦の猛者たちの解は、肯定。普通ならこんな事態は有り得ない。徒など、一生会わないくらいが普通。……つまり、今の御崎市は普通ではない。
“狩人”の残した歪み、秘宝『零時迷子』に“頂の座”ヘカテー。外れた存在を引き付けるに十分な理由を備えていながら、必然の影に“世界の意志”とでも呼ぶべき因果を手繰り寄せる何かを潜ませた場。
彼らはそれを―――『闘争の渦』と呼んだ。
「(冗談じゃない)」
もちろん、根拠は無い。考えられる原因を残らず除けば、二度と御崎市に異変など起こらないかも知れない。……だが同時に、そうではないと言い切る事も出来ないのが、『闘争の渦』の最も恐ろしいところなのだ。
「(今度の奴にも、ちゃんとした理由があるのかな)」
幸か不幸か、それは悠二が御崎市に留まり続けている理由の一つにもなっていた。
ヴィルヘルミナは『零時迷子』に謎の自在式を刻んだ“壊刃”や、その自在式を渡したという“探耽求究”を誘き出す餌として悠二を使おうと考えているし、それは“銀”を仇と狙うマージョリーも同じだろう。
いずれ来る、苛烈を極めると容易に想像できる戦いを予期していながら悠二を街に繋ぎ止めている“建前”こそが、『闘争の渦』なのだった。
悠二はあまり、この事を口にしない。御崎市に未練を残す自分がこれを言っても、言い訳にしか聞こえないからだ。
「……気配が動かない。僕らを待ってるみたいだ」
何はともあれ、今は目先の問題に対処するしかない。どんなフレイムヘイズか知らないが、勝手にヘカテーやメリヒムを狙われても困る。常なら必要以上に他のフレイムヘイズに接触しようとしないシャナが即座に動いたのもそれが理由だ。
「居た!」
見れば人気の無い公園に一人、小さな子供が立っている。その子供が見た目通りの存在ではないと確信しながら、悠二とシャナは少年の前に着地した。
すると、
「“不抜の尖嶺”に『儀装の駆り手』。なるほど、これだけの歪みを感じれば、自然と足が向くか」
真っ先に、シャナの胸元からアラストールが声を掛けた。
「ああ、お久しぶりです“天壌の劫火”」
「ふむ、その少女が新たな契約者か。なるほど、彼女が誇らしげに語るのも頷ける」
そして、少年もまた知己であると一言で判る言葉で返す。同じく応えた老人の声は、どうやら少年の手首に巻かれた飾り紐から出ているようだった。
フードの奥から覗く茶色の瞳が、スッと悠二に視線を移す。
「そして彼が、『零時迷子』のミステスですか」
「ふむ、サカイユウジ君と言ったかのぅ」
「……随分くわしいんだな」
敵意などまるで無い態度だが、悠二は逆に警戒心を微かに強めた。事情に詳し過ぎるという理屈の面からではなく、凡そ人間味を感じさせないほどの枯れた声音が、何故か胸の奥にわだかまるような不安を落とす。
「この街に来る前、外界宿(アウトロー)で『万条の仕手』に会いました。大まかな事情は、既に彼女から聞いています」
「心配せずとも、君達の問題に干渉するつもりは無いんじゃよ。思うところが無いでもないが、ここは『万条の仕手』に任せようと思っての」
厭に話が早いと思ったら、既に説得が済んだ後だったらしい。
落ち着いた物腰、穏便な態度、何一つ不安要素は無い筈なのに……何故か、浮き出た不安が拭えない。
「ああ、自己紹介が遅れました。私は『儀装の駆り手』カムシン。彼は“不抜の尖嶺”ベヘモット」
「ふむ、『調律師』と言って、解るかの?」
その、淡々と使命を語るフレイムヘイズの姿が……躊躇いもなく、ちっぽけな自分の日常を踏み砕くような、そんな予感があった。
紅世の徒が人を喰らえば、本来在る筈の存在の欠落によって世界が歪む。
その急激な消失による違和感を緩和させる為に代替物たるトーチがあるが……それは所詮緩衝材。欠落という根本的な問題を解決できるわけではない。
その欠落を埋める……正確には、在るべき姿と今ある姿の整合性を合わせて均す自在法を、調律と呼ぶ。
「世界のバランスを守るっていうフレイムヘイズの使命に最も忠実な自在法だけど、使い手はそう多くない。まぁ、徒への復讐心を切っ掛けにする契約のシステムを考えれば仕方ない事だけど」
「故に、調律師となる討ち手の多くは永い戦いを経て復讐心を擦り減らした者。当然、それだけの年月を戦い抜く実力も備えている」
カムシンと別れた帰り道、悠二は隣を歩く二人で一人の『炎髪灼眼の討ち手』から少しばかりの講釈を受けていた。
彼らの目的は調律、御崎市の歪みを修復する事。それを止める理由は無いし、元々ヘカテーやメリヒム、『零時迷子』に手を出すなと釘を刺しに来ただけなのだ。それだけ済めば、いつまでも彼らと一緒に居る意味も無い。
「何か拍子抜けだったな。何事もなく終わったのって、そういえば初めてだ」
「お前は感覚が麻痺してるのよ。私に言わせれば、この状況の御崎市に『儀装の駆り手』が来た時点で普通じゃない」
“頂の座”、『万条の仕手』、“虹の翼”、『炎髪灼眼の討ち手』、『弔詞の詠み手』、そして『零時迷子』。これだけの勇名が一つ所に集まっているだけで十分に異常事態だ。そこに新たな討ち手……それも、“最古のフレイムヘイズ”『儀装の駆り手』。
『闘争の渦』という雲を掴むような話に、また一つ信憑性を見るシャナだった。
「ふぅん、そんなもんか」
逆に、悠二にはピンと来ない。『儀装の駆り手』などと言われても初耳だし、それは今までの面々にしてもそうだった。字面的に「何かスゴそう」と思えたのも、『神の眷属』と『魔神の契約者』くらいだったりする。
つまりシャナが言う通り、外れた世界に於いても悠二の感覚はおかしいのだ。何せ、“普通の異能者”をただの一人も知らないのだから。
……まあ、異能者を指して普通と呼ぶのも妙な話ではあるのだが。
「そうだ。せっかくだし、このまま平井さんの御見舞いにでも来る?」
「……そうね、別に構わない」
自覚があろうと無かろうと、実体の見えない曖昧なモノである事に変わりはない。
新たな討ち手の到来を、当面の問題は無いと割り切って、坂井悠二は己の日常へと帰って行く。
―――調律という自在法が何を意味するのか、この時はまだ知る由もなく。
「………………」
予備校の夏期講習を終えた夜、風呂上がりの爽快感と一日の疲労感が合わさって心地好い睡魔に誘われるべきベッドの上で、しかし池速人は全く眠れずにいた。
「(結局あの子供、何だったんだ)」
予備校に行く前に出会った、外国人らしい一人の少年の存在が、頭から離れない。
『あなたは、知っているのですか?』
言葉の意味は解らない事が殆どだった。日本語は異様なほど流暢なのに、その言い回しは要領を得ない曖昧なものだった。
『気配の端が濃く匂ったのですが、協力者ではないのですか』
『ふむ、潜伏する者の近くで生活しておる影響、といったところか』
その場には子供が一人しか居ないのに、何故か老人の声まで会話に混ざっていた。
カムシンと名乗った子供は、池の困惑をはっきりと理解した上で、告げた。
『協力して欲しいのですよ。この作業には結局、その地で暮らす人間の手が必要になるものですから』
異様なまでの、目を離す事さえ許されないような存在感を見せつけられて、池は思わず首を縦に振っていた。
決して冗談などでもなければ、子供の戯れ言でもない。その“必要な事”をしなければ必ずとんでもない事態になると、無条件に思わされてしまった。
だが、協力を頼んだカムシンは幾つかの質問をしただけで「後は明日に」と姿を消してしまった。結局今日のところは、自分の住所と自分がこの街に生まれた頃から住んでいる事を答えただけに終わったのである。
「(大体、待ち合わせすら決めてないってのに)」
本人を前にせず、冷静になった今 思い返せば、何故あんな話に首を縦に振ってしまったのかとすら思う。
彼がふざけていたとは今でも思えないが、それにしたって自分である必然性は薄い気がした。
クラスではメガネマンなどと持ち上げられているが、池速人は一介の高校生に過ぎないのだ。『自分に出来て他の誰にも出来ない事』など、池には一つも思いつかない。
「まあ……それでも僕は断らないんだろうけど」
一つの予感。
既視感に似たモノ。
心の片隅に引っ掛かるそれに気付かぬまま、少年は明日という日を待つ。
その先で呆気なく、本当に呆気なく―――彼の世界は壊れた。
「やっぱり、ダメだったか……」
ミサゴ祭りを明日に控えた佐藤家、佐藤啓作の部屋で、田中栄太がうなだれる。最近では珍しくもない光景だが、それなりの勝算を持って臨んだだけに今日は一段と酷い。
「……姐さん、いつになったら元気出してくれるんだろうな」
現在、佐藤家には彼らの憧れるフレイムヘイズ、マージョリー・ドーが滞在している。……のだが、そのマージョリーが何をしているかと言えば、ひたすら怠惰な日々を送っていた。
酒を飲んでいるか、寝ているか、食べているか、といった具合だ。
二人は何度も「そんな生活ばかりでは身体に悪い」とマージョリーを連れ出そうとしたが、全て撃沈。
日本の祭りになら興味を持ってくれるのではと持ちかけたミサゴ祭りの話も、敢えなく玉砕。彼女の子分以前に、一御崎市民として軽く凹む。
「………って言うかさ、何でマージョリーさんは御崎市に来たんだと思う?」
だが、それは田中に限った話。佐藤は少し前から、そんなマージョリーの姿に落胆以外の感情を抱いていた。
「何でってそりゃ、フレイムヘイズなんだから紅世の徒をやっつけに……」
「じゃあ、何でまだ御崎市に残ってんだよ」
田中の言葉を遮って、佐藤は少し声を荒げた。まるでマージョリーが御崎市に居てはいけないとでも言うような言葉に田中はむっとするが、佐藤が言いたいのはそういう事ではない。
「怪我だって治ったんだし、いつまでもここに居る理由ないだろ。“徒を倒したんなら”」
「っ……」
語気を強めた最後の一言に、田中は思わず息を呑む。
確かに、そうだ。
マージョリーは自分がフレイムヘイズで、紅世の徒を倒す者だとは話してくれたが、この街での目的については何一つ語ってくれていない。
ふと、初めて会った時のマージョリーの様子を思い出す。左腕を失ったボロボロの姿。今までは何の根拠もなく『死に物狂いで徒を倒した後』だと思い込んでいたが、その想像が違っていたら? あれが“敗走したフレイムヘイズの姿”なのだとしたら………
「まさか、まだ徒が御崎市に居る……?」
「……考えたくないけどな」
マージョリーが全く戦う気を見せない事で、既に“終わった後”だと思い込んでいたし、今でもそう信じたい。
自分達の街に人喰いの化け物が居ると想像したくないのも勿論あるが、あのマージョリーがすぐ近くに居る徒から目を背けて酒に逃げているなんて考えたくもなかった。
「勉強会の時の外国人、覚えてるか?」
「勉強会って、シャナちゃん家のメイドさんと銀髪……って、お前まさか」
「だってお前、明らかに怪しいだろ」
凡そ一般人とは思えない、特徴的な二人。その二人に関して「詮索するな」と言わんばかりに慌てふためいていた……坂井悠二。
「……待て待て待てって! その理屈だと、坂井もシャナちゃんも事情知ってる事になるだろ!?」
「平井ちゃんもな……つーか言っちゃ悪いけど、どいつもこいつも怪しく見えてきた」
あの二人の家族だというシャナ、ヴィルヘルミナを居候させている平井、良く考えたらあの二人と同じく一般人に見えないヘカテー。よりにもよって、高校に入って仲良くなった面子の多くが、怪しい。
友達を疑いたくはないが、一度疑惑が湧いたらどうしても考えてしまう。
「……よし、姐さんに訊こうぜ。姐さんが『徒はもうぶっ倒した』って言ってくれたら一発だろ」
「……だな。勝ったってんなら、言い難いって事ないだろうし」
二人は急いで部屋を飛び出し、廊下を走る。
無邪気で暢気な憧れは今、日常を脅かす明確な恐怖に取って代わられていた。
明くる朝、本日はシャナの屋敷の庭で行われる鍛練の場で、
「完・全・復活ーー!!」
トレーニングウェアに身を包んだ平井ゆかりが、高々と右の拳を突き上げていた。
鍛練に直接参加するわけでもないのに、この場にいる誰よりも元気である。
「昨日まで散々チヤホヤさせてた癖に、祭りになった途端完治させるんだもんなぁ」
そんな平井の姿に苦笑して肩を竦める悠二。だが、その表情に不満は一切ない。これでこそ平井だ、という不思議な満足感のみがある。
因みに今朝の鍛練がいつもの河川敷ではないのは、今あそこはミサゴ祭りの飾り付けでかなりゴミゴミしているからだ。
「ところでさ、その調律師の人ってまだ御崎に居るの?」
「居るよ。良くは知らないけど、調律って結構めんどくさい自在法なんじゃない?」
調律とやらの下準備か何かの影響か、今朝は起きた時からモヤモヤとした変な違和感が立ち込めている。
もっとも、ヘカテー達の気配は普通に掴めるし、有事の際に支障があるという程でもないが。
「いつまでも喋ってないで始めるわよ。試験勉強で勘が鈍ってないか確かめてあげる」
そんな悠二と平井の前で、シャナが竹刀でバシッと地面を叩いた。
今朝はヘカテーが何故か付いて来ず、メリヒムは寝ている。ヴィルヘルミナは帰って来ているのだが、シャナの中では既に悠二との一対一が決定しているのだろう。今にも舌なめずりしそうな獰猛な笑みを浮かべている。
以前より多少なりとも険は取れ、命名も受け入れてくれはしたものの、宿敵染みた対抗心は依然として健在だった。
「うわ!? 急に襲って来るな!」
「攻撃はいつも急なもの!」
ところで、悠二は朝の鍛練があまり好きではない。理由は単純明快、痛いし、勝てないし、なかなか上達しないからだ。夜の鍛練と違って、自らの手で不思議を発現させた時の充実感も無い。
………いや、苦労の末に初勝利でも味わえれば別なのかも知れないが、今のところ悠二は漏れなく全敗である。
「闇雲に振り回さない! 感覚は鋭敏なんだから、“殺し”の瞬間は私より掴みやすいでしょ!」
一方、シャナもこの結果に納得していない。
鍛練で手傷を負って実戦で不覚を取る、なんてアホな事態を招かぬよう、彼女らは当然力をセーブしている(悠二は最近まで加減がなってなかったが)。
戦いの感覚を養う鍛練なのだから、込める力の大小はさほど問題にならないのだが……近接戦闘に於ける悠二の長所である怪力がスポイルされてしまうのだ。加えて、実戦ならまず使う『吸血鬼(ブルートザオガー)』も使わない。
こんな条件で勝ち続けても、シャナが満足するわけがなかった。
悠二としても、いつ「決闘よ」とか言い出すか判らないから気が気でない。
「体術の伸びはイマイチでありますな」
「愚鈍」
今日もまた、乾いた音と共に少年の悲鳴が木霊する。
変わる事を怖れて、変わらない事を願い……変わる日の為に力を磨く。それが少年の、矛盾した日常の姿だった。
目の前に映る光景への拒絶か、認めたくない現実からの逃避か……池速人は、手に持っていた“それ”を弾かれるように取り落としていた。
「今ッ…のは……!?」
軽い音を立てて路面を跳ねたそれは、優雅な模様を施された銀の縁取りを持つ片眼鏡(モノクル)。
だが、見たままの視力を補う為の道具ではない。その意味を、池はたった今、その身を以て体感した。
「(人が、消えた……!?)」
文字通り、消えた。
蝋燭の火が燃え尽きるように、呆気なく。
誰もその事実に気付かない。すぐ傍で人一人が消滅したのに、何の異変も感じていない。
それは池の左目も同じだった。片眼鏡を当てていた右目だけが、この世の真実を捉えていた。
「(これ、が……トーチ?)」
人を喰らう紅世の徒。それを狩るフレイムヘイズ。外れた者だけの戦場・封絶。そして……喰われた人間の代替物・トーチ。
話を聞かされても信じられなかった。理解など出来るワケがなかった。だが……今はその逆、もう誤魔化せない。もう逃げられない。
“これは本当の事なのだから”。
「貴方の平穏を乱した事については謝ります。ですが、これから貴方にしてもらう作業には、どうしても違和感を決定的に感じてもらう必要があるのです」
「ふむ、儂からも謝らせてもらおう。すまなかった。」
池速人の世界を壊した一人にして二人が、目を伏せて謝る。だがそれは、この先に続く“協力”を前提とした謝罪だった。
「……………その調律をすれば、もう徒は来ないんですよね」
いつしか、彼らへの言葉遣いは敬語になっていた。
「ああ、巨大な歪みは、それを感じ取れる者を区別なく惹き付けてしまう……暗闇に光る灯火に似た物です。逆に言えば、それさえ除けば徒などそう現れはしないでしょう」
縋るような池の問い掛けを受けたカムシンは、決して嘘ではない理屈を付けて池に答える。
実際のところ、カムシンはそこまで楽観はしていない。“頂の座”、“虹の翼”、『零時迷子』に『闘争の渦』、この街には歪みの他にも大きな火種が幾つも残っているが、カムシンはそれを池に伝える必要性を感じなかった。
「……やりますよ」
池速人は賢明だ。
だからこそ、真実を思い知らされる前から、解っていた。
もし真実ならば、それが何を意味するのかを。
「他人事じゃ、ないんだから」
少年はさらに一歩、自ら外れる。―――他でもない、自分の日常を守る為に。