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No.34371の一覧
[0] 水色の星A(灼眼のシャナ)【完結】[水虫](2013/06/29 19:29)
[1] 1-1・『外れた世界』[水虫](2012/08/14 18:17)
[2] 1-2・『トーチ』[水虫](2015/05/23 20:18)
[3] 1-3・『紅世の徒』[水虫](2012/08/14 18:18)
[4] 1-4・『平井ゆかり』[水虫](2012/08/14 18:18)
[5] 1-5・『頂の座』[水虫](2012/08/14 18:19)
[6] 1-6・『白の狩人』[水虫](2012/08/14 18:20)
[7] 1-7・『紅世の王』[水虫](2012/08/14 18:20)
[8] 1-8・『坂井悠二』[水虫](2012/08/14 18:21)
[9] 1-☆・『零時迷子』[水虫](2012/08/14 18:23)
[10] 2-1・『二週間前の事』[水虫](2012/08/20 16:28)
[11] 2-2・『新しい日常』[水虫](2012/08/20 16:29)
[12] 2-3・『鍛練開始』[水虫](2012/08/22 13:16)
[13] 2-4・『愛染の兄妹』[水虫](2012/08/28 13:27)
[14] 2-5・『GW』[水虫](2012/09/01 16:27)
[15] 2-6・『人間の外へ』[水虫](2012/09/03 15:01)
[16] 2-7・『天道宮』[水虫](2012/09/10 15:29)
[17] 2-8・『霧中の異界』[水虫](2012/09/12 18:52)
[18] 2-9・『白骨』[水虫](2012/09/15 14:55)
[19] 2-10・『虹』[水虫](2012/09/28 17:39)
[20] 2-11・『溺愛の抱擁』[水虫](2012/09/18 13:37)
[21] 2-☆・『花散りし揺り籠で』[水虫](2012/09/20 12:30)
[22] 3-1・『炎の揺らぎ』[水虫](2012/09/28 17:41)
[23] 3-2・『メリヒム』[水虫](2012/09/28 17:50)
[24] 3-3・『避球』[水虫](2012/09/29 19:14)
[25] 3-4・『千々の行路』[水虫](2012/10/12 22:25)
[26] 3-5・『近衛史菜』[水虫](2012/10/17 06:12)
[27] 3-6・『巫女の託宣』[水虫](2012/10/18 10:30)
[28] 3-7・『嵐の前』[水虫](2012/10/20 20:18)
[29] 3-8・『万条の仕手』[水虫](2012/10/22 15:07)
[30] 3-9・『桜舞う妖狐』[水虫](2012/10/24 12:40)
[31] 3-10・『約束の二人』[水虫](2012/10/29 18:54)
[32] 3-11・『兆し』[水虫](2012/10/27 19:23)
[33] 3-☆・『少女の決意』[水虫](2012/10/29 18:47)
[34] 4-1・『名も無き紅蓮』[水虫](2012/11/03 11:29)
[35] 4-2・『デビュー』[水虫](2012/11/09 19:00)
[36] 4-3・『玻璃壇』[水虫](2012/11/20 13:25)
[37] 4-4・『リシャッフル』[水虫](2012/11/24 13:34)
[38] 4-5・『炎髪灼眼の討ち手』[水虫](2012/11/24 16:52)
[39] 4-6・『歩みは全て激突へ』[水虫](2012/11/29 16:29)
[40] 4-7・『銀と紅蓮』[水虫](2012/12/04 14:30)
[41] 4-8・『仮面の奥の』[水虫](2012/12/06 06:11)
[42] 4-☆・『転校生』[水虫](2012/12/07 14:31)
[43] 5-1・『校舎裏の宣戦布告』[水虫](2012/12/17 09:25)
[44] 5-2・『波紋』[水虫](2012/12/17 09:29)
[45] 5-3・『シャナ』[水虫](2012/12/19 05:56)
[46] 5-4・『心の距離』[水虫](2012/12/21 14:36)
[47] 5-5・『弔詞の詠み手』[水虫](2012/12/25 06:31)
[48] 5-6・『メロンパン』[水虫](2012/12/27 17:19)
[49] 5-7・『サッキーの魔手』[水虫](2013/01/04 07:42)
[50] 5-8・『鼓動の先』[水虫](2013/01/08 20:08)
[51] 5-9・『今日という日は戦い』[水虫](2013/01/09 21:36)
[52] 5-10・『屍拾い』[水虫](2013/01/15 14:55)
[53] 5-11・『蹂躙の爪牙』[水虫](2013/01/19 06:41)
[54] 5-12・『文法』[水虫](2013/01/22 11:53)
[55] 5-☆・『群青の狂狼』[水虫](2013/01/23 21:42)
[56] 6-1・『螺旋の風琴』[水虫](2013/02/17 14:39)
[57] 6-2・『いつか去る場所』[水虫](2013/04/13 14:56)
[58] 6-3・『ピット』[水虫](2013/04/13 14:55)
[59] 6-4・『勉強会』[水虫](2013/04/27 20:24)
[60] 6-5・『お化け屋敷』[水虫](2013/06/13 19:00)
[61] 6-6・『恋する資格』[水虫](2013/05/11 19:44)
[62] 6-7・『調律師』[水虫](2013/05/23 19:05)
[63] 6-8・『ミサゴ祭り』[水虫](2013/05/23 19:02)
[65] 6-9・『歪んだ花火』[水虫](2013/05/30 20:47)
[66] 6-10・『お助けドミノ』[水虫](2013/06/19 18:26)
[67] 6-11・『池速人』[水虫](2013/06/19 17:28)
[68] 6-12・『夜会の櫃』[水虫](2013/06/27 06:47)
[69] 6-13・『壊刃』[水虫](2013/06/29 19:28)
[70] 6-☆・『赤い涙』[水虫](2013/06/29 19:59)
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[34371] 6-6・『恋する資格』
Name: 水虫◆21adcc7c ID:9b74a337 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/05/11 19:44
 
「うぅ……元気だけが取り柄だったのに……」
 
 悠二は悔しそうに唸る平井をベッドに寝かせ、その額に濡れたタオルを乗せる。
 今日はヴィルヘルミナが御崎市に居ない。風邪を引いた平井をマンションに一人帰す気にもならず、悠二は彼女を背負って坂井家へと連れ帰った。
 平井は普段から何も無くても頻繁に泊まりに来る為、年頃の男女云々という問題も今更だ。
 
「無理し過ぎだよ。テスト期間中くらい休んでると思ってたのに」
 
 平井は現在、外界宿第八支部の末端構成員として様々な雑事をこなしている。
 朝は早く起きて悠二らの鍛練に付き添い、夜になればこれまた鍛練に付き添う。もちろん学校にも普通に通い続けているし、遊ぶ事にも余念が無い。
 そんな生活を送っている最中に始まった期末試験が、トドメになってしまったらしい。
 
「大体、体調が悪いなら何で隠すんだ。朝の段階でどれくらいだったか判らないし学校に来るなとは言わないけど、わざわざ強がる事ないだろ」
 
 無論、平井にもそうするだけの理由があった。だが、それを“本人”に直接告げるのは憚られる。
 
「……何も知らずに元の生活に帰れ、なんて言わないけど……やっぱり外界宿に関わるのは……」
 
「(ほら来た)」
 
 悠二は平井が自分たちの存在を受け入れてくれる事を喜ぶ反面、彼女が紅世に関わる事自体には否定的なのだ。
 外界宿の活動が平井の生活の妨げになっていると考えれば、こういう事を言い出すのは目に見えていた。
 だから、風邪を引いた事もバレないように振る舞っていたと言うのに……。
 
「……よく気付いたね。いつも通りにしてるつもりだったのに」
 
「ん……何か、本当は辛いのを隠す為に空元気だしてるように見えたんだ」
 
 あからさまに話題を逸らす平井に対して、悠二も深くは追及しない。もう何度となく繰り返して、その度に撥ね除けられている事だからだ。
 
「……あーもぅ」
 
 何故か消え入りそうな声を出して、平井は布団を目元まで引き上げた。熱で赤らんだ顔で、覗き込むように上目遣いで悠二を睨む。
 
「えっ、と……何?」
 
「何でもない。それより、ミサゴ祭りはゼッタイ行くからね」
 
 懲りない少女。そんな単語が悠二の脳裏に浮かぶ。
 
「……そこまで遊びたいのか」
 
「遊びたい」
 
 まさかの即答に、悠二は今度こそ露骨に呆れた。
 紅世に関わったり外界宿に出入りするのは平井なりの理念に沿った行動なのだろうが……今までも休む時間は作れた筈なのだ。それこそ、遊ぶ頻度を少しばかり減らせば。
 
「まったく……」
 
 そんな少女を嗜めるように、悠二は濡れタオルの上からそっと右手を置いた。
 
「そんなに慌てなくても、皆で遊ぶくらい いつでも出来るだろ?」
 
「………解んないよ。そんなの」
 
 何にか拗ねて、平井は目だけでそっぽを向く。額に乗せた手は、拒まれない。
 
「今の生活がいつまで続くかなんて、きっと誰にも解らない。だからあたしは、今の時間を、ちゃんと大切にしたい」
 
「………………」
 
 平井の言葉、その裏に隠された真意に気付いた悠二は……不思議と、衝撃と呼べるほどの動揺を覚えなかった。
 自分は人間ではない。
 いつまでこうして、人間のフリをした生活を続けられるか解らない。
 そんな残酷な現実を改めて突き付けられて……それを静かに受け止めた。
 平井が言葉を削った、その心理自体が、削られた言葉の意味より深く悠二の胸に響いた。
 
「……そっか」
 
 “自分一人の痛みではない”。
 ただそれだけの事実が、笑って痛みに耐えられるだけの強さになった。
 
「なら、ちゃんと風邪は治さないとね」
 
「んっ」
 
 何が嬉しいのか、平井は柔らかく目を細め、そのまま閉じた。
 穏やかな静寂の中で、小さな吐息の音だけが、静かに時を刻み続ける。
 
 
 
 
 平日の午前十時、夏休みだからこその時間帯、スーパーの一画で一人の少女が落ち着きなくうろついている。
 
「(ゆかりちゃん、苦手な物とかあるのかな)」
 
 半袖のブラウスに赤のプリーツスカートという出で立ちの吉田一美である。
 学生ながらに家事の一端を担い、普段から二人分の弁当を作っている家庭的な彼女だが、今回はそういった目的で買い物に来ているわけではない。
 
「(果物と、ゼリーと……あ、ニラとか? 私が料理しなくても、材料を渡すだけでも……)」
 
 風邪で寝込んでいる平井ゆかりの御見舞いだ。しかしながら、その胸の内は単純な友情一色とは言い難い。
 
「(……いいなぁ、ゆかりちゃん)」
 
 平井が悠二に気遣われた場面も、平井が悠二に背負われて帰った場面も吉田は見ているし、そのまま坂井家で看病されている事も知っている。
 寝込んでいる自分を心配してくれる想い人……はっきり言って、密かに憧れていたシチュエーションである。
 
「(でも、坂井君の家、なんだよね……)」
 
 と同時に、些か不純な緊張感も湧いて来る。
 吉田は今まで悠二の家に行った事がなく、自分からそれを言い出す勇気も無かった。……が、今回は平井の御見舞いという正当な理由がある。「迷惑かも」「押し付けがましいかな」「図々しいと思われたら」等の不安も感じず、堂々と訪れる事が出来る。
 
「(あぁぁ……私また……)」
 
 という思考の後に、自己嫌悪で悶える。
 平井は熱で寝込んでいるというのに、羨ましがったり好都合に思ってしまったり、これではまるで悪女ではないか。
 ……と、羨望、緊張、自己嫌悪が、昨日から吉田の頭の中をグルグルと回り続けている。
 
「(御見舞い、御見舞い。変なこと考えるのは不謹慎)」
 
 自分に言い聞かせながら買い物を済ませ、スーパーを出る。その瞬間に襲って来る、不快な湿気と夏の日射し。
 
「(……日傘でも差して来るんだったかな)」
 
 好きな人の前で汗だくの姿など見せたくない。……ブラウスならば尚更。
 考えても仕方ない事を考えながら、速いとは言えない足取りで道を歩く。歩きながらも、視線は一枚のメモ用紙に注がれている。
 それは昨日の帰り道……池速人が何も言わず、微笑を浮かべて手渡して来た物。平たく言えば、坂井家への手書きの地図だった。
 簡単に描いてはいるものの、目印になりそうな要点はきっちり押さえた解りやすい代物である。
 
「(……どうして池君は、ここまでしてくれるんだろう)」
 
 自分も少しは変われたつもりでいるが、それでも池の助力は大きい。
 勇気を出すべき『肝心の場面』。そこに至る過程に於いて、幾度となく池に助けられている。
 ―――いっそ、不自然なほどに。
 不自然と言えば、もう一つ………
 
『吉田さんが好きになったんだ。誰が好きになっても、不思議とは思わない』
 
 あの時の、あの言葉。
 結局あの後も池に変わった様子は見られなかったが、いくら何でもあれは過大評価に過ぎる。
 あれでは、『吉田一美に好かれる事』が物凄い事であるように聞こえてしまう。
 
「(自惚れる、わけじゃないけど……)」
 
 それだけ見込まれているからこそ、こんなに協力してくれるのかも知れない。
 坂井悠二の、親友として。
 
「(頑張ろう)」
 
 もはや口癖になりつつある決意をまた一つ重ねて、奮起するように顔を上げる。
 
「っ」
 
 そこに、こちらに歩いて来る一人の少女を見つけた。
 袖の無い薄緑色のワンピースに、麦わら帽子から覗く水色の髪。平井でなくとも、思わず抱き締めたくなるほど可愛らしい少女。
 
「ヘカテーちゃん」
 
 だからこそ、怖い。
 怖くても、逃げたくない、恋敵。
 
「おはよう」
 
 他でもない恋敵の大きさが、吉田の何かを衝き動かす。
 
 
 
 
「(風邪、熱、病……)」
 
 坂井家のもう一人の住人たるヘカテー。もちろん彼女も、平井の窮地に傍観などしていない。
 悠二の母・千草に頼まれ、病人に適した食料を調達するべくお使いに出ていた。
 
「(そんなに辛いものなのでしょうか)」
 
 徒であるヘカテーは、病気というものを知らない。いや、知識としては知っているが、それがどんな苦痛を伴うものなのか実感できない。
 しかし人間の歴史に於いて、幾度となく病魔が多くの死を齎らして来た事実を思うと………
 
「(………ゆかり)」
 
 かなり大袈裟な心配をしてしまうヘカテーだった。
 水分を良く摂って、温かくして、汗をかき、食欲が無くても頑張って食べる。千草に言われた対処法を頭の中で復唱しつつ、少しばかり歩幅を広げる。
 
「(……でも)」
 
 不意に、自分でも思いもよらない夢想が頭をもたげた。
 
「(もし私が、人間だったら)」
 
 そして、平井と同じく病に伏せったら。
 ―――あんな風に、悠二が傍らで見守ってくれるのだろうか。
 何となく……そう、何となく……悪くない夢想だった。
 もっとも、ヘカテーは風邪を引いたりしない。怪我にしたって、一日跨ぐような怪我はあり得ない。悠二と『器』を合わせさえすれば、どんな傷でも零時には全快するのだ。
 『巫女』として、守護される事には慣れている筈のヘカテーが、そこはかとなく今の平井の状態に憧れを抱いてみたりしていた。
 
「(早く、治れば良いのですが)」
 
 気を、取り直す。
 明日は平井が楽しみにしていたミサゴ祭り。内容はまだピンと来ないが、きっと楽しいものに違いない。
 
「(楽しい)」
 
 仮初めの生活を素直に認めて、軽くなった足取りで前に進む……と、その先から、見慣れた少女が歩いて来ていた。
 吉田一美。
 何故だか最近、ヘカテーの胸に不鮮明な影を落とす人間の少女。そういえば、悠二も平井も居ない状況で彼女と話した事はない。
 
「ヘカテーちゃん、おはよう」
 
「……おはようございます」
 
 以前なら話す相手が誰だろうと気にもしなかっただろうが、今はどうにも居心地が悪い。そんな感情を当たり前に感じているという変化には気付かず、代わりに吉田の提げているビニール袋に気付いた。
 袋の中身を余さず確認したわけではないが、今まさにヘカテーが買いに行こうとしているラインナップそのまんまに見える。
 
「それは、ゆかりにですか?」
 
「あ、うん。これから御見舞いに行こうと思って。ゆかりちゃん、大丈夫?」
 
「………ずっと寝ています」
 
 やはりそういう事らしい。勢い込んで買い物に出て来たのに、どうやら無駄になってしまったようだ。
 仕方ないので、踵を返す。
 
「あっ、もしかしてヘカテーちゃんも……」
 
「買い過ぎても、冷蔵庫に入りません」
 
 その背中を吉田も小走りで追い掛け、並び、連れ立って歩く。
 
「……………」
 
「……………」
 
 まだ二言三言しか話してないのに、会話が途切れた。これは二人が二人とも口数が多い方ではないから、というだけではない。
 ヘカテーは困惑から、吉田は畏縮から来る緊張を、歩く肌身に感じていた。
 ただ………
 
「(頑張ろうって、決めたじゃない)」
 
 不可解な気持ちに振り回されているヘカテーと違って、吉田には自覚がある。自覚があるから、心構えを持てる。
 
「………ねぇ、ヘカテーちゃん」
 
「?」
 
 これは様子見。これを聞いた時の反応次第で、ヘカテーの気持ちの度合いが判る。
 
「明日のミサゴ祭り、なんだけど……」
 
 今さら隠そうなどという気は、全く無い。
 
「私、坂井君と二人で回りたいの」
 
 小さな一石が波紋を呼ぶ。
 数千年の時を守り続けて来た巫女の心に、大きく激しい揺らぎを起こす。
 
 
 
 
「って言ったら、どう思う?」
 
 吉田はもちろん、本気ではなかった。
 悠二と二人で祭りを回りたい気持ちはあったが、それで他の友達らとの約束を台無しにするような自分本位な事は出来ない。
 ヘカテーの本心を確かめたい。
 その衝動に任せた、彼女らしくもない牽制行為。
 だから、こんなつもりではなかった。
 
「――――――――」
 
 ヘカテーは信じられないモノを見ているかのように凍り付き、目を見開いていた。普段の無表情からは考えられない、吉田でもハッキリと判る動揺の姿。
 続けた言葉が聞こえているかどうかも怪しい。
 
「…どうして、ですか……?」
 
 吉田がそう思った通り、ヘカテーには続けた言葉が聞こえていなかった。ほとんど物理的な衝撃を受けて、立ち直るのも待たず本能だけで口を開いていた。
 だからだろうか……零れ落ちた声は、まるで縋りつくように弱々しい。その弱さが、何故か猛烈に吉田の心を掻き乱す。
 
「(何で………)」
 
 ヘカテーの想いが決して軽いものではない事は一目で解った。ほんの数秒前にはその事実に戦慄さえ覚えた。だが……それを上回るほどの反発も、同時に湧き上がる。
 こんな時だけ弱者になるのは、卑怯だ。
 
「(私だって、坂井君が好き)」
 
 何もしてない癖に、当たり前の顔をして隣に居座っているだけの癖に、どうしてそんな顔をされなければならないのか。
 “自分の方がずっと”、その気持ちが、吉田の口を開かせる。
 
「私は………」
 
 思った事など一度もない。こんな気持ちを抱くなんて想像した事すら無かった。
 “こんな子になんて”負けたくないと。
 
「坂井君の事が、好きだから」
 
 一陣の風が、夏の大気を裂くほどに冷たく、二人の間を吹き抜けた。
 
 
 
 
「…好、き……?」
 
 沈黙すれば圧し潰される。強迫観念にも似た確信が、何とも情けないオウム返しへと繋がる。
 
「そう、私は坂井君が好き」
 
 『好き』という言葉に複数の意味がある事は知っている。だが今、吉田の言い放つ『好き』が、自分の根幹を脅かすものだとヘカテーは当然のように解った。
 いや……“思い知らされた”。
 
「ヘカテーちゃんは、どうなの?」
 
「わた、し……?」
 
 目の前の吉田を、見る。
 ヘカテーの知る吉田は、気弱で、控え目で、どちらかと言えば臆病と呼べる性格の少女だ。
 なのに、今の吉田はどうだろうか?
 決して下を向かず、相手の瞳を真っ直ぐに見据え、自分の気持ちを全く隠さず相手にぶつける。
 まるで別人。
 それも……今まで出会ったどんな“王”よりも恐ろしい『敵』だった。
 
「坂井君の事、好きなんでしょ」
 
「ッッ……!?」
 
 放たれた言葉が、重たい鎚となってヘカテーの防壁を叩く。
 この世の真実は何一つ変わっていない。吉田は何の力も無い人間で、ヘカテーは神の眷属にして強大な力を誇る紅世の王。
 にも関わらず……確かにヘカテーは吉田に圧倒されていた。
 
「(私が、悠二を…好き……?)」
 
 半ば以上に確信を持って告げられた言葉が、毒のようにヘカテーの思考を誘導する。
 ―――坂井悠二。
 陽炎の中で出会って、二人で死線を乗り越えて、怒って、泣いて、微笑んで………いつの間にか、一緒に居る事が当たり前になった少年。
 ―――このまま、いつまでも一緒に―――
 
「ッ―――ダメ!!!」
 
 想いが形となって流れ込む寸前、ヘカテーは拒絶の叫びを上げていた。“何かが壊れる”と、理性の片隅で自分の欠片が必死に心を守ろうとする。
 そんな痛々しいまでの叫びが、逆に吉田を憤らせる。
 
「何がダメなの」
 
「それ、は……」
 
 ヘカテーは言い返せない。さっきの叫びは自分自身に向けたモノだったが、吉田一美を止めたい気持ちは確かにあった。
 だが……それを明確な形には出来ない。正当な理由が見つからない。
 吉田が悠二を好きになろうと、悠二が吉田を好きになろうと、それをヘカテーに止める事は出来ない。
 “ヘカテーがいつまでも彼の隣に居る事など、絶対にあり得ないのだから”。
 
「(意気地なし)」
 
 言葉を失くしたヘカテーを見て、吉田は踵を返して歩き出す。
 想い人どころか、自分自身の気持ちにすら向き合えない臆病者。もう、張り合う意味すら無い。
 ヘカテーの前から去る。去って坂井悠二の許へ向かう。その吉田の、手を―――
 
「あ………」
 
 ヘカテーの小さな手が、掴んでいた。
 それに驚いたのは吉田だけではない。掴んだヘカテーの方こそが、勝手に動いた自分の手を凝視している。
 
「(どうして……)」
 
 自分は悠二の事が好きなわけではない。
 いつまでも一緒に居られはしない。他の誰が悠二を好きになっても止める権利は無い。
 “だから”自分は悠二の事など好きではない。
 ――――“でも”
 
「…………………」
 
 ヘカテーは喋らない。顔を上げない。目を合わさない。………そして、掴んだ手を離さない。
 
「(……ズルい)」
 
 とんでもない力で手首を掴まれても、吉田は決して悲鳴を上げない。くっきりと手形の痣が残るだろうが、そんな事はどうでもいい。
 何もしない癖に、自分の気持ちすら認められない癖に、顔も上げられないほど圧倒されている癖に……こうやって、邪魔をする。
 そんな彼女が許せない。
 
「……そんなに好きなのに、どうして認められないの」
 
 他でもない彼女にとって、そんな在り方は間違っている。
 
「そんなズルいヘカテーちゃんには、私、絶対に負けないから……!」
 
「あ……っ」
 
 叫ぶと同時、掴まれた手を払い、スーパーの袋をヘカテーに押し付け、吉田は来た道を引き返して去って行く。
 こんな顔で病人の御見舞いなど出来るワケがない。ヘカテーと一緒になど、絶対に考えられない。
 
「(私も、もうちょっとズルくなれたらな……)」
 
 結局、吉田は吉田だった。
 途中から、或いは最初から……吉田は、“ヘカテーの為に”怒っていた。
 あんなに彼を想っているのに、それを押し殺している彼女の為に怒っていた。
 
「(だって、そんなの間違ってる)」
 
 言いたい事は言った。あれでまだ押し殺せる程度の気持ちなら、最初から恋敵などではなかったという事だろう。
 
「(頑張れ、ヘカテーちゃん………)」
 
 対等な立場で戦いたい。
 恋敵である前に友達である少女に対して、吉田はそんな気持ちを抱いていた。
 
 
 
 
 ヘカテーと吉田が人知れず言い争っている頃、池速人は予備校に行くついでに坂井家に足を運んでいた。
 半分は平井の御見舞い、もう半分は吉田が気掛かりで。どうせ状況的に二人きりにはならないし、行っても邪魔になる事も無いだろうという判断だ。
 そうして向かい、ドアを開いた坂井悠二の部屋で………
 
「はふっ、いらっしゃい池君」
 
「あ、そっちの椅子に座ってくれ」
 
 『坂井悠二にお粥を食べさせて貰っている平井ゆかり』という光景を目の当たりにした。……とりあえず、何も言わずにドアを閉める。
 
「(………あーん、ってヤツか?)」
 
 とりあえず、とても吉田にはお見せ出来ない場面だ、などと思いながら再びドアを開ける。
 一回目もノックしたのだから当然ではあるが、二人の状態は何も変わっていなかった。
 
「池、さっきから何やってるんだよ」
 
「こっちのセリフだ。平井さん、お粥も食べられないほどキツいの?」
 
「うんにゃ。こんな機会めったに無いから、思いっきり甘やかして貰う事にしてるのだよ」
 
 楽しそうに言って、悠二のレンゲに食い付く平井。そんな平井……というより悠二を見て、池は片手を額に当てて溜め息を吐いた。
 
「坂井、お前もちょっとは躊躇えよ」
 
 悠二はと言えば、逆に呆れて返す。
 
「騙されるなよ。平井さん、こんなだけどまだ8度以上あるんだから」
 
 堂々と言い切る坂井悠二。当の平井を前に「これ以上甘やかすな」というのも違う気がして、池はそれ以上の追及を止めた。
 だが、どうしても不満は湧いて出る。
 
「(僕だから良かったけど、吉田さんだったらどうする気だったんだ)」
 
 そんな気持ちを眼鏡に込めて、次のお粥を平井の口元に運ぶ悠二を睨み付けてみる………と、意外にも悠二はその視線に気付いて、振り返った。
 池、平井、手元のお粥に順番に視線を巡らせてから、おもむろに立ち上がる。
 
「ちょっと冷蔵庫から果物とって来るから、池あと頼むな」
 
 返事も待たずお粥を池に押し付け、やや早足で部屋から出て階段を降りて行った。あまり彼に似合わない、せっかちな動きである。
 
「急にどうしたんだろね?」
 
 それを見送ってタップリ五秒後、首を傾げつつテッと池に上向けた掌を伸ばす平井。その意味を履き違えず、池はお粥をお椀ごと手渡した。
 
「……平井さん、もしかしてまだ話してないの?」
 
「何の話?」
 
 自分でお粥をパクつく平井に、池はわざとらしい仕草でうなだれる。これは、100%話していない。
 
「平井さんが坂井と仲良くなりだした切っ掛け、って言えば解る?」
 
「ん~……あっ、あたし池君が好きって話になってたっけ? それで坂井君に協力して~ってなったんだよね」
 
「あいつなりに気を利かせたつもりなんだと思うよ。今とか、ファンパーの時とか」
 
 どうでもいいが、「池君が好き」なんて単語を何の照れもなく言われてしまう自分はどうなんだろうか、と思い悩む池だった。
 
「(まぁ、今さら“吉田さんとくっつけるつもりで近付きました”ってのは、言いにくいか)」
 
 逆に言えば、『悠二に誤解されたままで構わない』と平井が思っているという事であり、それは池にとっても都合が良い。これ以上ライバルが増えるのは吉田が可哀想だ。
 と、そこまで考えてから、吉田の事を思い出す。
 
「そういえば今日、吉田さんも来ると思うよ。昨日この家の地図、渡しといたから」
 
「ほっほう? あたしが熱でダウンしてるのに託けて援護射撃ですか。池君も随分マメだよね」
 
 そして、一瞬でバレた。
 後ろめたさから慌てふためく池は、結局言い訳を並べる方が失礼だと思い直し、素直に頭を下げて「ごめん」と謝る。
 謝ってから……先ほどの言葉の一部を聞き逃したくなくて、言った。
 
「平井さんこそ、本当に吉田さんの応援してる?」
 
 元々平井は、吉田の恋を実らせる為に悠二と友達になった。事実その結果として吉田は悠二の友達になれたし、そこは池も否定しない。
 ただ、それ以降の平井は池のような吉田の援護を殆どしていない。その事が、池は前から引っ掛かっていた。
 
「ん~………」
 
 平井は自慢の触角を指先で遊ばせつつ、言葉を選ぶ。“真実は話せない”。
 
「何て言うか、無責任に応援できなくなっちゃった、のかなぁ……」
 
「それは……吉田さんが振られるって事?」
 
「そういう単純な話じゃないけど………ううん、」
 
 聞き捨てならない、と言わんばかりの池の方は見ずに、平井は空になったお椀をベッド脇の椅子に置いて、そのままシーツの海に沈んだ。
 
「……そういう事に、なるのかな」
 
 不透明な呟きは、だからこそ重く分厚い壁となって池の前に広がった。
 天井を見つめる少女が見据える先に何があるのか、池には想像すら出来なかった。
 
 
 
 
「………………」
 
 結局、それほど長居する事もなく池は坂井家を後にした。悠二には「予備校の夏期講習があるから」と言ったが、実際はまだ少し時間がある。
 
「(……あいつ、転校とかするのか?)」
 
 あの時の平井の口振りが気になって、まともに二人の顔を見られる自信が無くて、文字通り逃げて来た。
 そんな自分の行動に、池は微かな違和感を覚える。普段の池速人なら、内心の動揺くらい押さえ込んでいつも通りに振る舞えていたのではないだろうか。
 
「(もしそうなら、流石にどうしようもないけど……)」
 
 『悠二の気持ちを知っている』という事なら、あんな言い方はしないだろう。だとすれば、それは別の、彼自身の意思に関わらず恋愛を許されない事情という事になる。
 あの家の大黒柱が昔から海外とかを日常的に飛び回っているという事実も、悪い予感に拍車を掛けていた。
 
「(大体、何でそれを平井さんには言うのに、僕には言わないんだ)」
 
 水臭い、と思わずにはいられない。吉田の事を除いても、言葉にした事はなくても、池は悠二を親友だと思っている。
 だからこそ、こういう気の遣われ方は正直ショックだった。
 
「(いや、まだ引っ越しとか決まったわけじゃないんだけど)」
 
 自分に言い聞かせるように、嫌な推測を振り払う。
 ……だが、仮にそうだとしても、絶望的とまでは思わない。
 
「(平井さんは、ちょっと吉田さんを見縊り過ぎだよ)」
 
 住む場所が離れたところで、それで繋がりが消えるわけではない。吉田ならきっと、それくらいの事で諦めたりはしないだろう。
 “転校以上”を想像できない幸せな高校生は、そんな風に内心で平井に勝ち誇る。
 
「(……この話、吉田さんに言うべきかな)」
 
 いつしか繁華街に近付き、人通りも増えて来ていた。予備校の前に本屋にでも寄って行こうかと考える池……の、眺める先に、
 
「………?」
 
 布に包まれた、太くて長い何かが見えた。それを辿って視線を落とし、さらに驚く。
 その何かを担いでいたのは、ヘカテーより更に小柄な、小学生にしか見えない子供だった。
 真夏だと言うのに長袖のパーカーに太いスラックス。しかもパーカーのフードをすっぽり被っているという格好が異様な雰囲気を助長している。
 
「(あれ、発泡スチロールでも入ってるのか?)」
 
 巻き布越しに一見すれば鉄の柱みたいな形だが、あんな子供に持てるとは思えない。
 
「(ミサゴ祭りの準備とかだろうな)」
 
 異様な光景に目を奪われはしたが……まあそれだけ。他の通行人がそうしているように、池もすぐに視線を外して通り過ぎようとした。
 ………のに、その子供は、池速人の目の前で足を止めた。
 
「あなたは、知っているのですか?」
 
 フードの奥から褐色の瞳が覗いた。
 
 何かが変わる。
 変わっていた何かに気付く。
 それは善ではない。
 それは悪ではない。
 それはただ、少年の世界を壊す真実だった。
 
 
 


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