いつもと時間帯が違うとは言え、勉強会でやる事など一つしか無い。集まるメンバーもいつも通り、皆で勉強するのもいつも通り、そして……悠二と吉田が隣り合って座るのもいつも通り。
その、ここ暫く続いている光景の中にあって……
「………………」
ヘカテー一人が、眼前に掲げた教科書の影に、氷像のような無表情を隠していた。顔を隠していても、その意識は隣席の二人を絶え間なく捉えている。
「(どうして……)」
避けていた自覚は、ある。
気まずいような、恥ずかしいような、むず痒いような、怖いような……とにかく不可思議な気持ちに振り回されたくなくて、悠二から距離を置いていた。
そして……そうして開いた場所に、今、吉田一美が座っている。
「(嫌だ)」
それが、物凄く気に喰わない。
少し前まで……いや、今も変わらず胸に在る感情と同じ、それは理由の解らない衝動だった。
理由が解らないから悠二に当たり散らす事も出来ず、解消の仕方も解らないまま、それは今日まで蓄積されてきた。……そして、これからも続くのだろう。
「(嫌だ)」
不愉快な気持ちは、既に不明瞭な躊躇いを越えている。だが、同時に湧き上がる薄ら寒い予感が、ヘカテーの身を竦ませていた。
「あっ、そろそろ私、準備して来ますね」
慌てた……と言うより焦った口調で、吉田一美が席を立つ。見れば時計は午後6時、そういえば、今日は彼女が夕食を作るという話だった。
「吉田さん一人じゃ大変じゃない? 平井さんも手伝ってあげたら?」
「冗談。せっかくの見せ場なのに“共同作業”なんて事にしたら一美に噛み付かれるもん」
「噛み付かないよ!」
悠二がさりげなく平井を促し、平井が両掌を上向けて肩を竦め、吉田が真っ赤になって逃げていく。
「(……見せ場?)」
一連の会話の流れが、ヘカテーにはサッパリ理解できない。夕食を作るという行為がどうして見せ場になり、平井が手伝いを自粛する理由になると言うのか。
「(そういえば………)」
不意に、学校の昼食時の出来事が脳裏に蘇る。吉田はいつも、家族でもないのに悠二に弁当を持って来ている。夕食を作るのが『見せ場』になるなら、あれも『見せ場』の一環なのではないだろうか。
今一つピンと来ないものの、『吉田が悠二に対して見せ場』という曖昧なキーワードが、どうにも不穏な予感を掻き立てる。
「あれ、ヘカテー?」
「………………」
とりあえず、料理に向かった吉田の椅子に、ヘカテーは無言で着席した。
「……良しっ」
なかなか満足のいく出来映えに、吉田は両手で小さくガッツポーズを作る。緊張して失敗してしまわないか不安だったが、まさしく集中力の勝利である。
「後は、ゆかりちゃんと緒方さんに手伝って貰って……」
流石にこれだけの料理を一人では運べない。一度部屋に戻って応援を呼ぼうと吉田は厨房の扉から廊下に……
「―――――――」
出ようとした所で、開いたドアの目の前に、一人の女性が立っていた。
「む、何者でありますか」
桜色の髪と瞳を持つ、ヘカテー以上と一目で判る無表情の……メイド、としか表現できない誰か。
「(シャナちゃんの家族……!? でも、外国人だし……)」
何の感情も読み取れない双眸が、吉田の瞳を覗き込む。その美貌が、姿が、表情が、存在感が、異様なまでに現実味なく思えてしまう。
「(古びた洋館の、メイドさん……?)」
唐突に、勉強会初日に緒方が言っていた一つの言葉を思い出す。
―――お化け屋敷。
「あ……えと、私、は……」
言葉が上手く出て来ない。オバケなんて居ない……という理性の囁きにも意味は無い。吉田一美は、作り物だと判り切っているアトラクションでさえ泣き叫ぶ少女なのだ。
「ご、ごめんなさい!」
後ろに下がれば逃げ場が無くなる。最後の勇気を振り絞って、吉田はメイドの横……扉のギリギリ端を猛然と走り抜けた。
「ああ、あの子のクラスメイトでありますか。そういえば玄関に靴が……」
そんな呟きも聞こえない。振り返る事などあり得ない。勘違いなら後で謝れば良い。今はただ、一刻も早く皆の所に戻りたかった。
「はあっ…はあっ………あれ?」
しかし、その焦燥が悪かった。一心不乱に広大な館を走り回った吉田は……
「ここ、どこ……?」
戻るべき部屋の場所を、完全に見失ってしまっていた。
右を見ても、左を見ても、見覚えのある廊下が見えない。……いや、どこも似たような造りにしか見えない。おまけに暗い。明らかに住人の数に見合わない屋敷、常に全ての電気が点けっぱなしになっているワケもない。
電気を点けようか、それとも移動しようか迷う吉田は………暗がりの中に、一筋の明かりを見つけた。
「(誰か……居るの?)」
開きっ放しの扉の中から、黄昏からなる赤い光が射し込んでいる。その奥から微かに鳴り響くのは、ヒュンヒュンと鋭く風を切る何かの音。
「………………」
見るな、止めろ。理性はそう告げているのに、吉田の足は引き寄せられるように扉に向かう。
そっと、そ~っと近寄って、開いた扉から顔を覗かせた。
「!!!?」
直後、やっぱり止めておけば良かったと後悔する。
血のような夕焼けに照らされた一室、その真ん中で鮮やかに剣を振るう銀髪の男。男の他には誰も居ない、それは己が心を鏡に写す剣舞のように見えた。
あまりの鮮やかさに、一瞬、“誰かが刃物を振り回している”という異常事態への認識が遅れる。
―――その一瞬が、さらなる後悔を招く。
「誰だ?」
最初から気付いていたかのように、男は振り返った。流れる銀髪の向こうから、まるで吸血鬼のような金の眼が光り―――
「っ―――――!!?」
別に殺意も怒気も込められていないその眼光を受けた吉田一美は、絵に描いたような綺麗な姿勢で卒倒した。
「吉田さんに何した!?」
「知るか、俺はただ声を掛けただけだ」
「そりゃ、いきなりこんなのに声かけられたら気絶するよね、一美なら」
「……どういう意味だ」
数分後、気絶した吉田は皆の居る部屋に運ばれていた。彼女が遭遇したのは言うまでもなく、ヴィルヘルミナとメリヒムだ。
メリヒムの身長は2メートルを越える。そんな大男が古びた屋敷でサーベルを振り回していれば、吉田でなくとも驚くだろう。
事実………
『…………………』
初対面の池、佐藤、田中、緒方は硬直して言葉を失っている。因みに吉田は現在、部屋の隅に備えられたソファーの上、平井の膝枕に頭を乗せて眠っている。
「彼への処罰は後ほど考えるとして、一先ず吉田一美嬢を起こすのが先決。せっかくの料理が冷めてしまうのは、彼女とて不本意でありましょう」
「……何かサラッと居るけど、まさか一緒に食べる気か?」
「人数分用意してあるように見えるのであります」
「シャナの食欲を考慮してるだけだろ!」
ヴィルヘルミナはと言えば、吉田が応援を頼もうとしていた料理を一人で危なげなく運び込み、そのまま居座っていた。
もちろん、池ら一般人は内心パニックである。吉田ほどではないが。
「お邪魔してます、僕たち準子さんのクラスメイトです。えっと……準子さんの御家族の方、でしょうか」
普段からは考えられないほど年上に対して態度が雑な悠二に戸惑いながら、それでも事態の収拾に務めんとする池。どう見ても家族には見えないが、とぼける方向性としては間違っていない。
「……ジュンコ?」
のだが、銀髪の青年は怪訝そうに眉を潜めた。さっきまでペラペラ日本語を話していたのに、どういうわけか伝わっていない。
「そうそう! こいつもカルメルさんもシャナの家族で、訳あってカルメルさんは平井さん家に居候してるけどシャナもメリヒムも生活能力0だから頻繁に掃除しに来てたりするけどカルメルさんも料理は全然できないからデカいキッチンが全く活用されてないという………!!」
しかも、悠二が慌てて間に入って来た挙げ句に訊いてもいない事を早口で捲くし立てる始末。なぜ今の話で坂井悠二が焦っているのか理解に苦しむが、
「(要は、触れられたくないって事か)」
それだけ解れば、とりあえずは充分だ。そもそも転校して来る前からシャナと知り合いな時点でおかしかった。内容は想像すら着かないものの、何か色々とあるのだろう。
などと勝手に察している内に、無表情なメイドに投げ飛ばされる坂井悠二。さっきの「料理できない」発言が原因と思われる。
「なぜ貴方がそんな事を知っているのでありますか」
「あ、それあたしがバラしました」
平井家の居候、という言葉が真実であるのも、そんなやり取りから察しつつ、日常に生きる少年少女は引きつった愛想笑いを浮かべるしかなかった。
ただ……
「…………………」
佐藤啓作だけが、複雑そうに坂井悠二を見つめていた。
「うん。いつものお弁当も美味しいけど、やっぱり作りたては違うね」
「はいっ、お弁当には入れられない物も作れますし、こ……ここ、今度また機会があったら……!」
とんだイレギュラー……に見えて、実は場所を考えれば今まで遭遇しなかった事が不思議だった二人とのアクシデントを跨いだものの、何とか当初の計画通りに持ち直した吉田である。
ヴィルヘルミナとメリヒムもちゃっかり同席しているが、席が離れているのでそれほどプレッシャーにならない(ヴィルヘルミナはメリヒムの隣席をちゃっかり確保している)。
唯一の不満はと言えば………
(モグモグ)
吉田が料理をしている間に、その席を我が物顔で占領していたヘカテーの存在である。
今まで大人しくしていたのが不思議なくらいだったのだから、この行動自体には驚かない。どうせ食後はお風呂に入るのだから、今は隣席に固執する必要も無い。池が気を利かせて悠二の向かいの席を譲ってくれた事もあり、むしろこっちの方が会話はし易い。
しかし、問題はそこではない。
「(ヘカテーちゃん、やっぱり……)」
明らかに不自然な形で、ヘカテーが悠二の隣席を奪った、という事実そのものにある。
吉田はヘカテーに「そこは私の席だからどいて」と言ったわけではない。それでも、不満めいた感情はどうしても瞳に浮いてしまった。
ヘカテーは、その視線に“気付いた上で”、断固として椅子から離れなかったのだ。何を考えているか解らなかった今までとは明らかに違う。あの眼は確かに『吉田一美』を見据えていた。
「(いや、ヘカテーちゃんがどうこうじゃない)」
本当の問題はその後。
知らぬ間に席を奪われた吉田は、助けを求めて悠二を見た。求められるまでもなく、悠二は吉田の不満に気付いていた。
その上で……困った風に視線を逸らした。
「(やっぱり、一緒に住んでるってズルい)」
坂井悠二は、吉田一美を理由に、ヘカテーを拒めない。あれはつまり、そういう事だ。
愛情なのか、友情なのか、それとも妹に向けるような感情なのかは解らないが、未だに優先順位で負けている。
「(ズルい)」
今まで胸の奥に燻っていた感情が、明確な形となって胸中で言葉になる。
いきなり現れて、良く解らない理由で一緒に住んでいて……当たり前のように、いつも隣に居る。
―――“何もしていないくせに”。
「(………それとも、何か、あるのかな)」
突発的に疼いた炎は、相反する臆病さに叩かれて脆く揺らぐ。
少女達の戦いは……まだ始まってすらいなかった。
勉強会の夜は耽る。
今夜ばかりは夜の鍛練も休止、明朝の鍛練も無しである。
「むにゃ……んふふぅ~♪」
いつもの部屋、いつものベッドで横たわるシャナに、同じベッドに潜り込んだ平井ゆかりが頬擦りする。
「今夜はオールでガールズトークだー!」とか騒いでいたクセに、自分がいの一番に熟睡していた。
「(……暑苦しい)」
フレイムヘイズだろうが暑いものは暑い。七月も半ばに差し掛かろうという時期に抱き枕になどされたくない。
……のだが、何となく叩き起こすのも憚られたので、されるがままになっている。
因みに部屋割りはシャナと平井、吉田と緒方、ヘカテーとヴィルヘルミナ、悠二と池、佐藤と田中だ。当たり前だが、メリヒムはいつもの自室に一人で寝ている。
もっとも、ついさっきまで皆で平井持参の人生ゲームに没頭していたので、これは本当に寝る為だけの部屋割りだった。修学旅行気分で二人一部屋にしたものの、一人部屋でも大差なかったかも知れない。
「(こいつは、何を考えてるのかな)」
今まで深く考えた事も無かったが……この平井ゆかりという少女はどう考えても異質だ。
御崎市に在る徒やフレイムヘイズは、それぞれに思惑や目的があって『零時迷子』の傍に居る。その渦中の坂井悠二にしろ、自身の境遇や未練が綱引きをして惰性のまま今の状況に流されているに過ぎない。
ならば、平井ゆかりは?
人間の身で積極的に関わり、ヘカテーの親友を名乗りながらフレイムヘイズの支援施設たる外界宿(アウトロー)に出入りし、“こんな風に”フレイムヘイズとも馴れ合おうとする。
何がしたいのかサッパリ解らない。だが……おちゃらけた態度の奥に形の見えない意志のようなものは感じていた。
「(私とは、違うな……)」
“元人間”として、ボンヤリと思う。
同じ人間でも、フレイムヘイズとなるべく育てられ、他の生き方を知らずに選んだ自分と……紅世の事などまるで知らずに育ち、数多の生き方を知った上で“外れようとしている”平井は、似ているようであまりに違う。
……後悔しているわけでもないし、それで結果が変わるとも思わないが、
「(こいつみたいに選べてたら……)」
―――こんな風に、モヤモヤした気持ちにはならなかったかも知れない。
沈みゆく微睡みの中で、ヒトならざる少女は不透明な呟きを胸の内に落とした。
期末試験対策、という本来の目的以外に、それぞれの胸にそれぞれの火種を残した勉強会も、いざ試験が始まれば瞬く間に過ぎていった。
「「ううおっしゃぁああーー!!」」
そうして数日後、全ての試験が返された。細かい点数を脇に置いて大まかに出来を分けると……
ヘカテー、シャナ、池が上の上。吉田が上の中。平井が上の下。悠二が中の上。緒方が中の下。佐藤と田中が下の上である。
因みに、この結果に歓喜の雄叫びを上げているのは一番不出来だった二人だったりする。
「マジか、赤点が一つも無ぇ!」
「こんな清々しい気分で休みを迎えるの初めてじゃね?」
とまあ、そういう事情らしい。池や吉田は勿論だが、悠二も何だかんだで微妙に要領が良いので、追試だの補習だのとはこれまで無縁。あまり現実的な脅威として考えた事が無い。
緒方も元々成績が良い方ではないが、佐藤や田中ほどだらしなくもない。勉強会が無くても、恐らく自力で赤点だけは回避した事だろう。
「あんた達、池君に感謝しなさいよ。メガネマンが居なかったら、今ごろ絶対この世の終わりみたいな顔して机に突っ伏してただろうし」
彼女としては、高校に入ってから関係が薄くなりつつあった田中との距離を以前と同じ所まで戻せた事の方が大きな収穫だ。
以前よりも……とまで思い上がったりはしない。むしろここからが勝負。部活があるから中学時代ほど暇ではないが、取っ掛かりは出来た筈だ。
「(ライバルも居なさそうだしね)」
色恋沙汰に関心の薄い田中の性質が、今ばかりは有り難い。ここ最近の観察で解ったが、田中に好意を寄せる異性は勿論、田中が誰かに好意を表している様子も無かった。
そこに自分も含まれるのだから自惚れられる状況でもないが、焦って関係を壊す必要も無い。
「(そう考えると……一美ってスゴいよね。手作り料理とかお弁当とか、殆ど告白みたいなもんだし)」
不安が無い筈もないだろうに、それでも懸命に好意を表し続ける。今の緒方には、正直ハードルが高い試みである。
「それより皆! 明後日のミサゴ祭りは行くよね? 私、夕方からなら空いてるんだけど」
今はこれが精一杯。二人きりで出掛けるのは無理でも、皆で出掛けて二人の時間を作る事は出来る。
それに、建前などなくとも、ここにいる皆と一緒に遊ぶのは純粋に楽しい。
「もっちろん! 既にヘカテーとシャナに着せる浴衣とか隠し持ってるくらいだもん」
打てば響くように平井の親指が天を衝く。眩しいくらい満面の笑顔である。
「い、行きます。私も浴衣で……!」
横目にヘカテーを見ながら、吉田もいつもより強い口調で賛同する。
「僕は予備校があるから、後で合流って形になるかな。携帯で連絡するよ」
そんな吉田を一瞥した池も、条件付きで賛同する。
ヘカテーやシャナも……問題なさそうだ。平井が手を握ってノリノリで挙手させている。
このまま順調に事が運びそうだ……と思った直後、
「あー……すまん。俺達その日、ちょっと無理だ」
肝心要の田中栄太が、控え目にそう言った。
緒方の表情が、微妙な笑顔のまま固まる。その硬直の意味を悟られたくなくて、無理矢理に不満そうな顔を作る。
「何でよ。“達”って事は佐藤も一緒なんでしょ? 私達が居たら何か困るわけ?」
「えっと、まぁ色々あるんだよ。こっちも」
が、矛先を向けられた佐藤は何とも歯切れ悪く視線を逸らすのみ。
その時、光り輝く太陽。
「オガちゃんの言う通り! 一度しかない高1の夏を男二人で過ごそうなんて言語道断! 納得のいく理由を提示するか、おとなしく女子の浴衣に見惚れるか選ぶが良い!」
腰に左手を当て、右手人差し指をズビシッ! と伸ばす平井。鼻先に指を向けられた佐藤はジワジワと後退る。
「いや、ホント用事があるんだって。他の日なら大丈夫だから、ミサゴ祭りは勘弁してくれ!」
「む~……坂井君からも何とか言ってやっとくれ。このままだと男女比がエライ事になっちゃうよ?」
そして一筋縄ではいかぬと見るや、平井は触角を立てて悠二に水を向ける。
そう……誰もが密かに認めている事だが、この集団の中心はスーパーヒーロー・メガネマンでもなければ、最強少女たるヘカテーやシャナでもなく……この坂井悠二なのだ。何とも不思議な事に。
「……平井さん」
その悠二はと言えば、平井の質問に答えもせずに………いきなり一歩、近付いた。
「ひゃい!?」
紫の瞳を、近い距離からじーっと覗き込む。
突然の行動に、平井だけでなく他の面々も目を見開いていると……悠二は、その右手を平井の額にそっと当てた。
「………………」
「…えっ、と……」
そのまま目を閉じるせいで、見ようによってはキスする直前のようにも見えてしまう。
―――空気が、凍り付いた。
あまりにもあんまりな状況に、吉田も、ヘカテーも、金縛りにあったかのように動けない。
永遠とも思える数秒を越えて……
「……やっぱり」
悠二は、小さな納得と共に手を離した。
「平井さん、ホントは朝から解ってたんじゃない?」
「あ、あはは……」
平井の顔は、仄かに赤い。
これを見て「風邪でも引いてるのか?」などと言うのが少女マンガか何かの定番なのかも知れないが、流石の悠二もそこまで唐変木ではない。
「風邪、引いてるだろ」
紛れもない事実として―――平井ゆかりは体調を崩していた。