トーチだけを摘む徒、“屍拾い”ラミーに端を発する『弔詞の詠み手』との激戦にも一先ずの落着を迎え、坂井悠二ら異能者は日常へと帰って行く。
「んじゃなー」
「おつかれー」
「また一緒に遊ぼうねー!」
暖かな夕陽が差し込む中、大戸ファンシーパークからのシャトルバスで御崎に機関した少年少女は、今日という日の真実を知らぬまま、ただ楽しさの余韻を噛み締めながら帰途に着く。
「っと、僕はここまでだな」
「あ、その……私もです」
家の方向の関係で、田中、佐藤、緒方とはすぐに別れ、暫く歩くと池や吉田とも分岐点に差し掛かった。
「吉田さん、送って行こうか?」
「大丈夫です、池君も居ますから。今日はありがとうございました」
気を遣う悠二に行儀良く頭を下げて、吉田も池と共に去って行く。
そうして非日常に関わる者だけになった段になった所で、それまで出来なかった会話が始まる。
「お前、少し様子が変じゃなかった?」
真っ先に口を開いたのは、シャナ。しかも、悠二に対して。
「ああ、やっぱり解るもんなんだ。実は……戦ってる最中、急に敵の気配が掴めなくなってさ」
シャナが訊いたのは“戦闘後”の事だったのだが、悠二は戦闘中の異変の事と受け取った。
話題がズレたと知りつつ、返された内容の方が重要とシャナは判断する。
「今はもう治ったけど、原因が解ってないのが不気味なんだよな。戦ってる最中にまたあんな事になったら、今度こそ致命的な隙になるかも知れないし」
「原因って言うなら、そもそも感覚が鋭い理由の方だって解ってないんでしょ。ワケも解らず与えられてるモノなんかに縋ってるから、いざって時に動けないのよ」
その、二人が話す様子に……
「(……ん?)」
口を挟まず耳を傾けていた平井は、気付くものがあった。
「『弔詞の詠み手』に何かされたとかじゃないの?」
「……多分違うと思う。僕があっさり殴り倒された時、意外そうな反応してただろ」
話題自体は戦闘に関する味気ないものだが、普通に会話が成立している。少し前……と言うか半日前なら考えられない情景である。
軽いジャブとして、平井は口を挟む。
「シャナは今晩どうするの? さっきのバトルで全力出し切ったって聞いたけど」
「行く。存在の力は坂井悠二のを使うから問題ない」
打てば響くように、スムーズに応えが返って来る。その事に、内心で平井は大いに驚いた。内容そのものにではなく、『シャナ』という呼び名を彼女が否定しなかったという事に。……いや、そもそも悠二に『お前』以外の呼び方をした事自体初めてなのではないだろうか。
「……坂井君、何かフラグ立てた?」
「は? ふらぐ?」
そんな他愛ない会話に入らず、ジッと沈黙を守る少女が一人。
「………………」
平井の身体でゲットした景品・大きなネコのぬいぐるみを、周りの厚意も聞かず、自分が持つと主張して譲らないヘカテーである。
その脳裏には、一つの光景が延々と回り続けていた。
「(あれが………)」
それは、暴走する『弔詞の詠み手』の炎から悠二が掬い上げた記憶の残滓。
「(あれが……“銀”)」
瓦礫と黒煙に煤けた何処か、這いつくばって見上げる視界の先に立つ、狂気の姿。
隙間から無数に虫の脚を蠢かせる、歪んだ西洋鎧。銀に燃えるまびさしの下から覗くのは……全てを嘲笑うような目、目、目、目。
「(あれは……一体なに?)」
徒もフレイムヘイズも正体を知らない謎に包まれた化け物。だが……その見える一つにだけ、ヘカテーは心当たりがある。
「(『大命詩篇』で、一体何を……)」
それは銀の炎。そして、その源泉たる『大命詩篇』の存在である。
あれの正体までは解らないが、“悠二と同じく”『大命詩篇』を刻まれている事だけは間違いない。……本来なら、ヘカテー以外に扱う事の出来ない結晶を。
「(……おじ様の馬鹿)」
単純な消去法で、その犯人も特定出来る。……いや、犯人自体はとっくに判っていたのだが、あの怖気を誘う光景を目の当たりにして……その目的が気になって仕方なくなっている。
「………はぁ」
とは言え、あの『教授』の思考を読む事など何人にも出来はしない。
今のヘカテーに出来る事と言えば、これまで通り『零時迷子』を餌に教授の到来を待ち、フレイムヘイズより素早く『大命詩篇』を回収、或いは破壊する事くらいだ。
「(『大命詩篇』……『零時迷子』……そして、“銀”……)」
解の出ないと判っている思考の迷路に、それでも少女は迷い込む。
銀に燃える狂気の姿が、そうせずにはいられなくさせていた。
「ごめんね、吉田さん」
悠二らと別れて程なくして、吉田と二人で歩く池速人はまず、謝った。
「え?」
「ちゃんとフォローするつもりだったのに、全然うまくいかなかったからさ」
今日という日は本来、悠二と吉田のデートのやり直し、である筈だった。
ヘカテーによる妨害を阻止しようと池が参加を表明した事を切っ掛けに、次々と他の皆も参加を決めたというのが今回の経緯だ。
だと言うのに、結果的に池が出来たのは、吉田と悠二を少しの間 観覧車に押し込んだ事だけ。不甲斐ない事この上ない。……と、スーパーヒーロー・メガネマンは自責の念に密かに沈んでいた。
「そんなっ、池君が謝る事じゃないよ。今回は、その……たまたま運が悪かっただけで……」
しかし当然、吉田はそんな事で池を責めたりはしない。
そして、「私がしっかりしてなかったから」という風にも考えない。今回ばかりは、吉田も自分なりに勇気を振り絞った結果だった。何だかんだで二人で観覧車にも乗れたし、それなりに満足もしている。
そんな控え目な吉田を見て、池は誰が悪いのか、考える。
「(坂井が悪い)」
そして、一秒と待たず確信へと辿り着く。
どんな理由があるにせよ、毎日お弁当を作って来てくれる可愛い女の子を遊園地に一人放っぽり出していいわけが無い。……と、何も知らない池は独り善がりな義憤に駆られる。
そう……独り善がりだと解っていた。
「(池君は……)」
それと同様の感想を、別の言葉で、吉田も思っていた。
「(池君は何でも……私の事まで、し過ぎるよ)」
自分の事は何もかも完璧にこなせて、その上で他人の助力にも手を抜かず、その不足すら自責を感じてしまう。
そんな池の姿は、自分の事も満足に出来ない吉田にとって、感謝の念を越えて……微かな嫉妬すら抱くものだった。
「(頑張らなくちゃ)」
吉田はそんな風に、池速人という少年を過大評価していた。
家の方角の都合でいち早く皆と別れた佐藤、田中、緒方の三人は……
「参ったなぁ……。卒業してから結構経つし、もう大丈夫だと思ってたのに」
市街地を抜け切るのを待つでもなく、久方ぶりの緊張感に包まれていた。
「よりによってオガちゃん居る時に目ぇ付けられるとか、ツイてねーよなぁ」
歩く三人の後方20メートル辺りを、いかにも自己主張の激しい外見の五人組が歩いている。そのあからさまな視線は、確実に佐藤ら三人……いや、二人に向けられていた。
「あんた達、まさかまだ中学の頃みたいな事してるんじゃないでしょうね」
この状況にあっても、緒方に動揺する様子は無い。傍らの男共に呆れた半眼を向けるのみである。平たく言えば、慣れていた。
「いや違うってホント。たぶん中学の時にやっちゃった奴らだと思うんだけど……」
「解ってるわよ、冗談だって」
慌てる田中の言い訳を遮るも、それを笑い飛ばす程の余裕は無い。このまま進むと、そろそろ人通りの少ない住宅地に入ってしまう。
「オガちゃん、一人で逃げられるか?」
「大丈夫。中学の時よりずっと体力ついてるから」
「じゃ、また学校でな」
短い確認の言葉を交わして、三人は一直線に走りだした。但し、緒方は自宅のある住宅地に、佐藤と田中はより人気の無い路地裏に。
「!?」
「おい、逃がすなよ!」
案の定、焦った声が後ろから追い掛けて来た。やはり狙いは、佐藤と田中の二人らしい。
「どうする?」
「とーぜん逃げる。あいつらはともかく、オガちゃんの雷が怖い」
「へへっ、言えてる」
狭く、足場の悪い路地裏を、かつての杵柄で苦もなく走り抜け、少し開けた場所を右折して金網を……
「げ……」
越えようとして、二人は止まった。金網の向こうに、金属バットを担いだ男が二人、待ち構えていたからだ。
他に二つある道にも同様に、ガラの悪そうな不良がニヤケ面で立っている。
「へへっ、芸がねぇなあ、佐藤、田中」
そして……二人を追い掛けていた五人も、すぐにその場に追い付く。まさに、文字通りの四面楚歌だった。
「テメェら、前もこの道使って逃げたろ? ワンパターンなんだよ」
お前の顔なんて憶えてねーよ、と佐藤は思ったが、それをわざわざ口にして相手を刺激したりはしない。
八人……流石に少し、キツい数だった。
(ごめんなさいで許して貰える雰囲気じゃねーな)
(しゃーないな。適当にやられてこれっきりにして貰おう)
小声で“負ける前提”の会話を交わした二人は、それでも一矢報いんと拳を固める。
不良共もまた、中学時代に暴れ回った“狂犬”を今こそ仕留めんと意気込む。
その、表の喧騒から隔離された殺伐とした空間に………
「………邪魔よ」
綺麗な、しかし鬱陶しそうな声が、響いた。
思わず目を向けると、道の一つを塞いでいた不良を押し退けて、一人の女が歩いて来ていた。
「………あ?」
「外人……?」
それは、純白のドレスに身を包んだ、栗色の髪の美女。右の肩には画板ほどもある本を提げ、包帯に巻かれた左腕は……二の腕の半ばから無い。そこに滲む血が、腕を失って間もない事を告げていた。
だが、不良連中にそんな事は関係が無い。
「おいコラ、状況見てわかんねーか? 邪魔なのはどっちだと………」
男の一人が、美女の細腕を乱暴に掴もうとして………
「おーい、やめとけー」
逆に、その手首を掴まれた。特段力を込めたようにも、合気道のような技を使ったようにも見えない、本当に“ただ掴んだだけ”という風に。
途端―――
(ボギッ!!)
“折れた”と、聞いてすぐ理解出来てしまう鈍い音が鳴り、
「……い、痛ッッ痛ぇええーーー!!」
手首を掴まれた男が、耳障りな悲鳴を上げて地面を転がった。
「……あ〜、やっぱダメね。加減が利かない」
その男をうるさそうに見下ろす美女は、不機嫌そのものといった仕草で髪をいい加減に掻き毟った。
そうしてから、この場にいる全員を面倒臭そうに睨み付ける。
「あんた達、悪いこと言わないから消えなさい。死にたくなかったらね」
「脅しじゃねーぞ」
美女の言葉を、出所の解らない声が捕捉する。
「う………」
女は別に、凄んでいるわけでも、怒気を放っているわけでも無い。それどころか、何処か虚ろで、気だるい風情ですらある。
だと言うのに、
『うわぁあああーーー!!』
得も言われぬ予感。近付けば虫を払うように消されてしまうという、理屈抜きの危機感に呑まれて、不良共はまるで蜘蛛の子を散らすように逃げ去って行った。
ただ、二人………
「………ん?」
佐藤と田中のみを残して。
女に怪訝な目を向けられて漸く、自失していた二人は再起動を果たす。
「あの、スゲーかっこよかったです……!」
「馬鹿、んな事言ってる場合か! 腕から血……えっと、救急車とか呼んだ方がいいのか!?」
女にとっては、非常に鬱陶しい方向に。
「散れって言ってんでしょうが。病院も救急車も要らないから」
「でも血が……」
「もう塞がってる。面倒な事になるから余計な真似しなくていいわよ」
女は、粋がるガキを震え上がらせるには十分な程度には威嚇したつもりだったが、それが逆にいけなかったらしい。
この少年二人の眼に輝いているのは、ヒーローに助けられた子供にも似た憧憬の光である。
「どうしてもって言うなら、ここらで一番高いホテルの場所でも教えなさい。……出来れば、良い酒もあるトコ」
鬱陶しく思いつつも、使えるものならば使う。知らないなら知らないで良い、そんなつもりで女は訊ねる。
果たして、二人の少年は顔を見合わせて動きを止めた。待つこと数秒、
「人目につかなくて酒のある寝床が必要、って事ですよね?」
何やら意味深に、佐藤はまず確認する。「病院は面倒だ」としか言っていないのだが、とりあえず女は頷く。
「丁度良いトコがあるんですけど」
「余計な前置きは要らないわ。どこよ?」
「俺ん家です」
その、やや意表を突く提案に半眼になりつつ―――
「……酒、あるんでしょうね」
女……マージョリー・ドーは、そう言った。
苛烈な戦いを終えた夜も……否、終えた直後だからこそ尚更に、日々の鍛練は変わらず行われていた。
「はあっ!」
左手でリボンの端を掴むシャナの右掌から、紅蓮の炎が湧き上がる。
そのリボンのもう一方の端は、悠二の左手と繋がっていた。ヴィルヘルミナの伸ばしたこの白条を通じて、シャナは悠二の存在の力を使っている。
「う~ん……結構面倒くさいな、これ」
一方で悠二は、やっと使い方が解ったばかりの『文法(グランマティカ)』の鱗片を延々と弄っている。
その傍らで、ヘカテーと平井もそれを眺めていた。
「…………うん」
シャナも、戦闘中では浮かべる余裕の無かった喜色を、今ばかりは隠さずに表す。
そんな少女の成長を、ヴィルヘルミナは少女にしか解らない微笑みで見守っていた。
「変な形だな~って思ってたけど、これ鱗だったんだね」
いつになく、
「自在式を掛け合わせる自在法……習熟すれば、限りなく戦術の幅が広がります」
和やかで、
「お見事。しかし、慢心は禁物であります。炎を出す事が出来たなら、次はそれを己が自在法にまで昇華する。フレイムヘイズの自在法とは、内なる王の力と討ち手自身の強さのイメージの融合なのでありますから」
楽しい空気で、
「解ってる。大丈夫、すぐ追い付いて見せるから」
続く鍛練は、唐突に、一度の中断を余儀なくされる。
「精が出るな。まさか、これを毎日やっているのか?」
まるで予期せぬ来訪者の、そよ風の如く静かな到来によって。
『………………』
誰もが、即座に反応出来なかった。
悠二の傍ら、ヘカテーらに混じるように手元を見下ろす、清げな老紳士の姿に。
「……えっと、ラミー……だよな」
最初に見た中年の姿でも、封絶で見た鳩の姿でもない。また新しい姿ではあるものの、纏う雰囲気で解る。
悠二らに庇護を求め、また陰ながら悠二に助言を与えた徒、“屍拾い”ラミーだ。
「昼間は世話になった。おかげで私は、あの戦闘狂の目を気にせずトーチを摘む事が出来ている」
礼のつもりか挨拶のつもりか、ラミーは帽子の鍔を押さえて小さく頭を下げる。
徒とはいえ この礼儀正しい人格者を、悠二は好きになれそうだった。同じ人を喰わない徒でも、どこぞの骸骨剣士とは大違いである。
「まだこの近くにいるとは思わなかった」
「聞いていないか? 私は、とある望みを叶える為に力を集めている。トーチしか摘まぬ私にとって、この街はどんな宝具にも勝る宝の山だ。『弔詞の詠み手』が倒れた今という時に、慌てて逃げ出すのは余りに惜しい」
聞いてみれば、納得のいく理由ではあった。わざわざ気配の大きいヘカテーやシャナに会いに来たのも、トーチを摘まずに逃げの一手を選びたくないからだったのかも知れない。
ただ……気になった。
「その望みって……何なんだ?」
無害である為にトーチだけを喰らい、それでも時にフレイムヘイズに追われ、そうまでして叶えようとしている願いが。
「未練だ」
ラミーとしては隠す理由もない。この期に及んで無用な警戒を抱かせない為にも、あっさりと答える。
「かつて一人の人間が、私の為に一つの物を造ってくれた。しかしそれは私が見る前に、永久に失われてしまった」
毅然と保たれた表情に、切なさと悔恨に満ちた瞳を浮かべて。
「私は彼が贈ろうとしてくれた物を、この目で見たい、この手で触れたい、確かめたいのだ」
“事情を知っている”アラストールやヴィルヘルミナは、敢えて口を挟まずラミーの語るに任せる。
ヘカテー、平井、シャナの三人娘もまた、合いの手を悠二に任せて傾聴に徹する。
「……それで、大量の力を集めてるのか。フレイムヘイズを刺激しないようにトーチだけを、長い年月を懸けて」
既に消滅してしまった物を復元させる。
如何に“自在”法とは言え、それがどれだけ無茶な事か、曲がりなりにも自在法を扱う悠二には解った。ちょっとやそっとの力では到底不可能だ、という程度には。
「うむ。ここまで話せば、私が今ここにいる理由にも察しがつくだろう。坂井悠二……『零時迷子』のミステスよ」
含むような笑みを浮かべて、ラミーは何気なく、そう言った。
悠二は……“自分の宝具を教えた憶えなど無い”のに。
「もちろん、『零時迷子』を欲しがっているわけではない。零時になれば回復する君の力を、ほんの僅かでも分けて欲しいのだ」
ヘカテーの気配が微かに膨らむのを感じてか、ラミーは即座に警戒を解きに掛かる。
言われて見れば確かに、悠二の力は並のトーチなどとは比較にならない。常ならば消えかけのトーチしか摘まないラミーにとって、『零時迷子』を宿した悠二は御崎市を遥かに超える稼ぎ口だ。
「……最初から、街ではなく悠二が狙いでしたか」
一歩踏み出して、ヘカテーが半眼でラミーを見る。
「それは違う。彼が『零時迷子』のミステスだと気付いたのは、この街に目を付けた後だったからな」
ラミーも即座に、否定する。
知己という割りに、あまり親しげな風には見えない二人を、悠二が交互に見ていたらば……
「一つ、条件があります」
何故か悠二ではなくヘカテーが、ラミーに条件を突き付けた。そして……
「力を渡す零時の前に、悠二に自在法の指南をする事、です」
予想の斜め上を行く提案をした。
「良いだろう。これで交渉成立だ」
しかも悠二が何事か口にするより早く、ラミーがあっさりと了承する。
「先程の話を聞けば、少しは見当もつくでありましょう」
「残念男」
ワケが解らず困惑する悠二に、二人で一人の『万条の仕手』が醒めた声を放る。
二人の、特にティアマトーの一言にむっと来た悠二は、思わず振り返り……その隣に立つ、シャナの顔に気付く。
あまり彼女らしくない、僅かに怖れさえ含んだような表情をしていたのだ。
怪訝な視線をどう受け取ったのか、今度はアラストールが口を開く。
「『トーチを拾う者』という語義で解ろう。真名とは我らが紅世に於ける呼び名、しかしトーチはこの世にしか存在せぬ。つまり、“屍拾い”という真名も、ラミーという通称も、この世を彷徨う為の仮の冠に過ぎぬのだ」
脈絡の無い、しかし興味深い話題に、完全に置いてきぼりを食らっている悠二と平井が顔を見合わせた。
シャナも同じく、続く言葉を心して聞くべく身構える。
そして、言い出しっぺのヘカテーが締めた。
「“彼女”は“螺旋の風琴”リャナンシー、紅世の徒 最高の自在師です」
数瞬の静寂の後、
「「ええええぇぇーーー!?」」
二人の絶叫が、陽炎の空に響き渡った。