「封絶」
少女の唇がその一言を唱え、紅蓮の結界が遊園地の一画を呑み込んだ。既に至近に迫りつつあったフレイムヘイズをも内に取り込んで。
これは必然、誰より大きく気配を撒き散らしていた悠二による、明確な必然だった。
「………よし」
余人を巻き込まない戦闘の舞台、という本来の用途はもちろんだが、この封絶にはもう一つの意図がある。即ち、封絶の外でヘカテーを捜す平井を敵の眼から隠すという狙いが。
「“友達想い”は良いけど、そろそろ自分の心配でもしたら?」
「……ああ、そうするさ」
傍ら、皮肉にしか聞こえないシャナの言葉を耳に、悠二も感じる。
「来るぞ」
群青色に燃える殺意の塊が、猛スピードで接近して来るのを。感じて、構えて、そして来た。
「「ッ……!!」」
空中で弾けて散る、群青の花火という形で。
「またハズレぇ? 何でこの辺はフレイムヘイズばっかゴロゴロしてんのよ」
炎の中から現れたのは、栗色の髪を後頭で高く束ねたスタイル抜群の美女。
「………つーか、この封絶の色……」
その足下で声を発するのは、画板を幾つも重ねたような巨大な本。
だが、何よりも目立つのは全身に漲る存在感。悠二どころかシャナでさえ感じた事が無いほどの、恐ろしく凶暴かつ獰猛な闘争心。
ヴィルヘルミナが説得を諦め、戦闘を選び、敗れた時点で解っていた事だが………いざ目の前にして改めて思う、「話の通じる相手ではない」と。
「お前と議論するつもりは無いわ。“教育してやる”つもりも無い」
シャナが断じて、一歩前に出る。
「さっさと選んで。“屍拾い”ラミーの討滅を諦めるか、それとも痛い目を見るか」
その髪が、瞳が、全てを焼き尽くす紅蓮へと染まる。マージョリーの眼が、驚嘆に見開かれた。
「へぇ、『炎髪灼眼』か。そういや、あの無愛想が珍しく自慢気に話してたっけ」
「同じ場所に二人居んのも偶然じゃあなかったってぇこったな。ヒヒッ」
マージョリーが面白そうに呟き、マルコシアスが耳障りなキンキン声で相槌を打つ。しかし勿論、そこに好意的な響きは無い。伊達眼鏡の奥の瞳は、完全に獲物を見る獣のそれである。
「……で、この私にそこまで言ったって事は、死ぬ覚悟は出来てんでしょうね」
「やれるものならね」
マージョリーの全身を炎が包み、ぬいぐるみ染みたずん胴の獣の姿になる。
対するシャナも、魔神の翼たる黒衣『夜笠』の内から大太刀『贄殿遮那』を抜いた。
「まったく、無意味に挑発するなよな」
僅かに遅れて、悠二も指先に挟んだタロットカードを大剣『吸血鬼(ブルートザオガー)』へと変えて進み出た。
「は……?」
そこで漸く、二人で一人の『弔詞の詠み手』は驚愕した。
「“ミステス”だとぉ?」
シャナの真横に居て、かつ静観を保っていた為に『封絶で止まったトーチ』としか見ていなかった、坂井悠二の存在に。
「ずいぶん変わった手駒を使ってんのね」
「手駒じゃない。むしろ敵よ」
「……シャナ、“敵”はないだろ」
「『贄殿遮那のフレイムヘイズ』!」
しつこい悠二に、わざわざ面倒臭い呼び名で訂正を要求するシャナ。奇妙なやり取りに意地になる二人組を訝しみつつ、わざわざ付き合うマージョリーではない。
「いつまでもベラベラ喋ってんじゃないわよ!」
「ブチッ殺すぜぇーーー!!」
―――巨大な口から、群青の炎が吐き出された。
「うおっ!?」
炎の濁流が路面を砕き、至近にあった緑野を一瞬で火の海に変える。高い跳躍で逃れた悠二は、そのままレストランの屋根へと着地した。
『夜笠』を幾重にも巻いて余波から身を守ったシャナは、
「はっ!!」
足裏に爆発を呼び、群青の炎を円形に吹き飛ばして跳躍した。空中で牙を剥き出しにする、不細工な着ぐるみ目がけて。
「こっっの!」
「ふっ!!」
刹那、巨腕と大太刀が交叉する。紅蓮と群青が擦れ違い………
「おぉっ!」
獣の腕が宙を舞った。思わず感嘆する悠二の視線の先で……“刎ねられた腕が獣になる”。
「うぁ!?」
背後のそれに気付けないシャナの背中を、組んだ両手が思い切り殴り飛ばした。軽々と飛ばされた先は、幸か不幸か悠二の立つレストラン。
「っと……!」
悠二は咄嗟に抱き止め、衝突によるダメージを殺す。しかし、それはマージョリーに誘発された行動だった。
「“ペニィ!”」
揃って体勢の崩れた二人を、
「“ペニィ! ペニィ!”」
獣の炎弾が次々に狙い撃ち、
「“ペニィ積もればお金持ち”っと!」
「ヒャーハーッ! ターマヤー!!」
トドメの巨大な火球が、レストランを跡形も無く爆砕した。
『弔詞の詠み手』が誇る脅威の自在法・『屠殺の即興詩』。
「あっけな」
「ちーっと大人気なかったかもなぁ、ヒャーハッハッ!」
黒煙を上げて轟然と燃え盛る炎を見下ろして、マージョリーはつまらなそうに鼻を鳴らし、マルコシアスは笑う。
その、肌を灼く炎の中から………
「な――――」
大剣を振るう少年が、何事もなかったかのように飛び出して来た。
油断から僅かに反応の遅れたマージョリーを、振り下ろされた刃が『トーガ』の腕を叩く。
その刀身に血色の波紋が揺らめき、
「(ヤバい……!?)」
マージョリーの持つ数百年の戦闘経験が警鐘を鳴らし、
「はぁあああああ!!」
刃から流れた存在の力が、炎の衣をズタズタに引き裂いた。盾も鎧も通り抜けて敵を斬り刻む魔剣には……しかし空虚な手応えしかない。
「くぅ……!」
悠二が斬ったのは物質化した炎だけ。マージョリーは着ぐるみを脱ぐようにトーガの背中から零れ落ちていた。
「(あっぶなぁ~~……ってうわ!!)」
内心で大いに冷や汗をかくマージョリーの眼前に、大太刀を振りかぶる紅蓮の少女。
至近に迫る斬撃に、マージョリーは並み外れた反射と練度で炎弾をぶつけ、紙一重で弾く。すかさず繰り出される二撃目を、後方に飛翔して躱した。
(タンッ!)
三人同時、未だ炎の燻る地面に着地する。悠二にも、シャナにも、先程の炎弾のダメージは全く見られない。
「(動きは悪くないわね。甘く見てたのは確かだけど……)」
「(……長期戦は、不利か)」
「(あの着ぐるみなら綺麗に決まると思ったんだけど……いきなり外しちゃったな)」
三者三様に、敵の力量を実感して気を引き締める。
特に、悠二に掛かるプレッシャーは大きい。短期決着を狙って初手から使った切り札が、ものの見事に躱されたのだから。
………だが、それを嘆いても始まらない。
「シャナ、同時に行くよ」
「その名前で呼ばないで!」
敵から視線を外さぬままに呼び掛けた悠二と、呼ばれ方を目聡く突っ張ねた悠二が同時に地を蹴った。
「ちいっ」
流石のマージョリーも、二人まとめて正面から迎撃しようなどとは考えない。
後ろに大きく跳び退き、そのまま“着地せず”滑るように地面スレスレを浮遊し、後退する。滑る中で炎を燃やし、再びトーガを纏った。
二人も当然、逃がさない。
「「はあっ!!」」
足に存在の力を集中し、一足跳びに間合いを詰める。シャナの振り下ろした刃と、悠二の薙ぎ払った刃が十文字の軌跡を描いて獣を四つに断った………が、
斬られ、燃え上がった獣は群青の炎となって膨らみ、踊り、十を越えるトーガの群れとなって二人を包囲する。
「“薔薇の花輪を作ろうよ はっ!”」
「“ポッケにゃ花がいっぱいさ っと!”」
響き渡る即興詩。
標的を見失ったシャナの足が止まる。その一瞬をこそ狙っていたマージョリーの笑みに同調して、トーガの円陣が一匹残らずU字に笑った。
と同時―――
「左だ!!」
悠二が叫ぶ。すぐさまシャナの大太刀が逆袈裟に振り上げられ、炎の衣を真っ二つに両断した。その中から、伊達眼鏡を斬りおとされたマージョリーが現れる。
「(何で―――)」
解った、という言葉を浮かべるのも待たず、マージョリーは狙っていた自在法を起動する。
残った獣の全てを爆炎へと変じ、内に在る二人へと収束させたのだ。溢れた炎は逃げ場の無い煉獄の顎門となって………獲物に牙を突き立てる寸前で、“消えた”。
「(炎が効かない……!?)」
想定外の現象に動揺するマージョリーは、それで棒立ちになるほど未熟ではない。お構い無しに繰り出されるシャナの白刃を二、三撃と空振りさせて、迷わず空へと逃げる。
「(ったく、めんどくさいわね……!)」
『こいつらは飛べない』と、ここまでの攻防で見抜いていたからだ。
案の定、間髪入れず追撃して来る紅蓮の少女は、足裏に爆発を起こして“跳んで”来た。
神速の斬撃がトーガの耳を斬り飛ばし、しかしそのまま擦れ違う。爆発の勢いで身体を飛ばしているから、一撃は疾くとも連撃に繋がらない……どころか、身動きの利かない空中は絶好の的。
そう確信して振り返るマージョリーの眼前……“至近距離にシャナは居た”。
「――――――」
マージョリーには見えていない。
黒衣を広げるシャナが“逆様に着地”した、半透明に光る菱形の切片が。
「ぇやあ!!」
振り下ろす大太刀の切っ先が、遂にマージョリーを捉えた。
白刃が閃き、鮮血が飛び散る……だが、
「(浅い!)」
大太刀を握るシャナの手には、決定的な手応えが無い。肩を斬られて派手に血が噴き出してはいるが、骨には届いていない。
「こんのッッ……クソガキがぁぁーーー!!」
―――刃は獲物を仕留める事叶わず、狼は気炎を巻いて怒りの咆哮を上げる。
【グォオオオーー!!】
両手を振り上げて襲い掛かって来る怪獣が、一筋の光を受けて砕け散る。消えた身体の霊魂のように“25P”という文字が浮いた。
「おーっ! スゴイスゴイスゴーイ!」
波の如く押し寄せる怪獣を次々と薙ぎ払う少女は平井ゆかり……の身体に入ったヘカテー。手に持つ剣はオモチャのビームサーベル、迫るモンスターは暗がりに映る立体映像。中継される大きな画像を見て興奮しているのは緒方真竹である。
「シュッ!」
光の糸が無数に駆け抜け、無駄に巨大なラスボスが何も出来ずに撃破された。
片手の指先で光の剣をクルクルと回すヘカテーの頭上で、スコアボードに10000Pと映る。文句なしのパーフェクトクリアだった。
【御崎市よりお越しの平井ゆかり様、御崎市よりお越しの平井ゆかり様、中央インフォメーションセンターでお姉様がお待ちです】
雑音の飛び交うゲームセンターに居るヘカテーは、アナウンスの呼び出しに気付かない。
「“キツネの嫁入り天気雨 はっ!”」
トーガの群れが一斉に跳躍、爆発して、
「“この三秒でお陀仏よ っと!”」
炎の豪雨となって降り注ぐ。その範囲からシャナは高速で逃れ、悠二は『アズュール』による火除けの結界で防いだ。
その背後で一塊の炎が再びトーガを形作り……
「ぐあっ!?」
悠二の背中を容赦なく殴り飛ばした。軽々と撥ね飛ばされ路面を転がる悠二の上を、トーガによる超重の両足蹴りが圧し潰す。
一方で、
「バハァアアアアーーー!!」
豪雨から逃れたシャナを、獣の吐き出す群青の奔流が呑み込まんとしていた。
避け切れないと瞬時に判断したシャナは、自らを黒衣で幾重にも包んで炎の波へと突進する。
「くぅ……!」
『夜笠』の鎧が一溜まりもなく剥がれ落ちていく。だが、シャナは最初からこの程度で防ぎ切れるとは考えていない。
「っだあ!!」
皮膚を焼かれるダメージ覚悟で、マージョリーの眼前に躍り出た。
神速で放たれる斬撃が、強力な防御力を誇る筈のトーガを易々と斬り裂いて……しかしマージョリーには届かない。
「そぉら!!」
「っ……!!」
逆に、後退の牽制に放たれた炎弾を食らって、人混みを無茶苦茶に倒しながら路面を転がった。
「(二対一でも、こんなに差があるのか)」
一太刀入れるまでの攻防は負けていなかった。いや、押していたと言って良い。だが、今はまるで歯が立たない。
これはある意味、当然の結果。悠二は短期決着を狙って初手から全力で挑んだが、多彩な自在法を操るマージョリーとはそもそも引き出しの数が違う。速攻に失敗して手札を晒せば、こうなる事は目に見えていた。
「(戦り難い)」
そして、シャナ。
一方的に自在法を使われる、という状況に慣れている彼女もまた、練達の自在師を前に攻めあぐねていた。
自在法の技巧は勿論だが、体捌きも並ではない。敵の攻撃を掻い潜って接近戦に持ち込んでも、斬撃が当たる前に距離を取られてしまう。それを出来るだけの技量がマージョリーにはあった。
「あんたホントに『炎髪灼眼の討ち手』? 刀振り回すしか能が無いわけ?」
「せっかくの炎が宝の持ち腐れだなぁカタブツ大魔神?」
マージョリーにも余裕という程のものは無い。ヴィルヘルミナ程ではないがシャナの剣技は凄まじく、悠二の宝具も厄介だ。
しかし、相手の手の内を知れば封じ方も見えて来る。要はどちらに対しても接近を避け、遠距離から嬲り殺しにしてやればいい。蓋を開けてみれば、実に簡単な相手だった。
「“バンベリーの街角に 馬に乗って見に行こう”」
獲物を蹂躙する愉悦を隠しもしない即興詩が、高らかに滑らかに歌われる。
「“白馬に跨る奥方を”」
「“指には指輪 足に鈴”」
それに喚ばれて人魂のような群青の火玉が無数に浮かび上がり、鋭利な炎の矢へと変じる。
「「“どこに行くにも伴奏付きよ!!”」」
それら全てが、『弔詞の詠み手』の結句を受けて、一斉に悠二へと放たれた。
「(何で――――)」
炎は効かない。そう解り切っている筈の自分に対する攻撃に悠二は不審を描いて、それでも反射的に『アズュール』の結界を張る。
「馬鹿!!」
その眼前に、怒声と共にシャナが舞い降りた。
神速の刃が絶え間なく閃き、飛び来る炎の矢を悉く弾く。
「痛っ……!?」
その内の一つがシャナの刃を抜けて、悠二の顔面に迫った。咄嗟に首を捻った悠二の唇を矢が擦る。――火除けの結界は、解かれていない。
「今のは存在の力を物質化した炎。その指輪じゃ防げない」
不甲斐ない宿敵な迂闊さを咎めるように、シャナは振り向かず静かに告げる。
徒やフレイムヘイズの戦う姿から、『炎を操る異能者』という印象を抱きがちだが、実際はそうではない。
異能者が存在の力を具現化する時、炎という姿で顕現されるだけなのである。もっとも、炎弾のように本来のものと同じ性質の炎もある。『アズュール』で防げるのは、そういった『本当の意味での炎』だけだ。
「う、うん。ありがとう」
「うるさいうるさいうるさい。いいからもう油断しないで」
『物質化した炎』という単語から、何となくというレベルで納得する悠二。シャナの肩越しに、空中から降りて来るマージョリーを睨みながら………
「…………えっ」
全く唐突に、自身の中の異変に気付いた。
それを思い知らせるようなタイミングで、死角からトーガの獣が迫り………
「ッ…か……!?」
熊よりも太い巨獣の腕で、悠二の背中に強烈な打撃を見舞った。
「ん? 急に反応が鈍ったわね」
「もうっ、言ったそばから……!」
攻撃を仕掛けたマージョリーが訝しみ、シャナが眉を吊り上げて怒鳴る。
無防備すぎる、そんな事は悠二本人が誰より良く解っていた。
「(気配が読めない!?)」
他でもない、自分自身の感覚として。今まで当たり前に感じていた存在感や違和感が、酷く曖昧にしか感じ取れなくなっている。
「(一体、何で―――)」
内心で大いに慌てながらも、必死に動揺を押し殺す。弱味を見せたら、付け込まれる。
「(いま分身とか撹乱とか使われたら、見破れない)」
感覚が鈍った原因は気になるが、今はそれを究明している場合ではない。悠二がどんな状態だろうと、敵はお構い無しに襲って来るのだから。
「っと!?」
案の定、先ほどのトーガが悠二に追撃を仕掛けて来た。その豪撃を悠二は左腕一体で受け止め、右の大剣で両断する。
その間にも、シャナはマージョリー本人に迫っている。
「まずは一匹!」
「これで終わりよ!」
だが、マージョリーは動じない。それどころか、何かを確信したように笑って両手を広げた。
同時、先に倍する炎の矢がが周囲に燃えて……一瞬と待たずに奔り出す。シャナと、悠二に向かって。
「(さっきと同じ自在法……!)」
加速していたシャナは、軸足を強く踏み、路面を抉って急停止する。そして、先ほどと同じように鋭い剣技と体捌きで完璧に往なす。
それと同様の攻撃が、悠二にも迫っている。
「(良し)」
まず最初に、自分の不調を悟られる類の攻撃ではない事に見当違いの安堵を抱いて、
「(『アズュール』の結界は効かない)」
先ほどの経験から自身を戒めて、
「(………あれ?)」
そこで、漸く気付いた。
悠二には、シャナの様な技巧は無い。飛び来る矢雨を剣で弾くなんて真似は出来ない。つまり……炎でないのなら防げない。
「(疾―――)」
避けられる数と速さでもない。知識不足など無くとも、無難に防ぐ術など無かったのだ。
思い返されるのは、ヴィルヘルミナとの戦い。容赦なく迫る万条の槍衾。
「(あの時は―――)」
思う間にも、群青の鏃が鼻先にまで迫っている。―――最早、何を考える余裕も無く―――
( ―――ドオッッッ!!!――― )
灼熱の炎が、爆火となって弾けた。燃える色は―――燦然と輝く、“銀”。
「………………」
両の碧眼が、取り憑かれたような虚ろな光を湛えて“それ”を見る。
「…………はっ」
見開かれた眼の瞳孔が開く。口の両端が吊り上がり、何かの先触れのように吐息が漏れた。
「は、ははっ、ははははははははははははは!!!」
次に起こったのは、笑声。憤怒、殺意、怨嗟、妄執、狂気、それら全てが凝縮したような歓喜の叫び。
「やっと、見つけた……」
夢を見ているような呟きが、零れる。
「私の……私の全て……!!」
限界まで歪んだ唇の奥で、食い縛った歯がギリギリと軋みを上げる。
「ブチ、殺す」
誓うように開いた口から、吐息が群青の炎となって吐き出される。
「殺す、殺す……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
その言葉を繰り返す度に、マージョリーの炎は力の充溢を増して行く。纏った衣は、これまでとは比較にならない存在感を湛えていた。
「グァオオオオォォーーーー!!!!」
―――殺戮の愉悦に満ちた狂狼の叫びが、陽炎の世界を震わせる。