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No.3429の一覧
[0] 東方霖想譚(東方Project)[sayama](2009/10/17 18:26)
[1] 第1話 巫女と魔法使い[sayama](2008/07/04 06:52)
[2] 第2話 揺れる大図書館[sayama](2008/10/25 04:26)
[3] 第3話 不死鳥は赤面症[sayama](2008/10/25 04:28)
[4] 第4話 かぐや姫の初恋[sayama](2008/12/10 09:02)
[5] 幕間 ~十六夜咲夜 その1~[sayama](2008/09/03 17:09)
[6] 第5話 厄神様の検問所[sayama](2008/12/10 09:04)
[7] 幕間 ~東風谷早苗 その1~[sayama](2008/10/25 04:25)
[8] 第6話 人形遣いの秘密[sayama](2008/12/10 09:03)
[9] 幕間 ~パチュリー・ノーレッジ その1~[sayama](2009/08/05 09:09)
[10] 第7話 混迷する吸血鬼[sayama](2009/08/05 17:35)
[11] 第8話 貴方だけの花畑[sayama](2009/10/16 02:20)
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[3429] 幕間 ~パチュリー・ノーレッジ その1~
Name: sayama◆4e28060b ID:21e3a11e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/08/05 09:09




いつもと変わらず、本を読みながら店番をしていたある日の朝。
ガラガラと扉が開かれる音に顔を上げた。


「……お邪魔するわ」


いつも無表情な顔に多少の緊張が隠れて見えるのは、果たして僕の見間違いだろうか。
七耀の魔女。動かない大図書館。吸血鬼の盟友。
僕にとっては最近できた読書仲間。


パチュリー・ノーレッジのご来店である。




















/001



「ようこそ、香霖堂へ」

「ええ。今日は御招待どうもありがとう」

「君のとこと違って何もないけど、まあゆっくりしていってくれ」

「店主が自分の店に対して『何もない』って……どうなの、それ」


そう言われると、確かにその通りだと思った。


「そうだな。ならば言い直そう。君の図書館には絶対にない物ばかりだから、どうか存分に堪能していってくれ」

「……どうにも、極端ね」


そう言いながら苦笑するパチュリーにお茶を差し出す。


「私からも。初めての御招待に、さすがに手ぶらで来るわけにもいかないし」


そう言ってパチュリーは手提げのバスケットに手を伸ばす。
ネガティブに思考すれば嫌味ともとれるその言葉にパチュリーに顔を見れば、照れ隠しで言った……というわけではなく、本当にそう思っているから言った、という感じだった。
真意は分からないが、嫌いな相手なら土産を持ってくることも、ましてやわざわざ訪問してくることもないだろうと好意的に受け取っておく。
パチュリーとは最近知り合ったばかりなので、どうにも彼女の『人となり』とでも言おうか、そういうのが把握できていない。
それでも彼女が僕にとって今のところ唯一の読書仲間であり、仲良くなりたい相手であるのは間違いないので、しばらく手探り状態となるのは仕方がないといえるだろう。


「ありがたく頂こう」


パチュリーは取り出した何かの包みを台の上に置き、途端に甘い香りが漂ってきた。


「クッキーか」

「ええ。いい鼻してるわね」


その匂いから僕が中身を当てると、少し呆れたようにそう返された。


「それは君が?」

「ええ。私と、それに小悪魔が作ったのも入っているわ」

「小悪魔のもかい?」

「ええ。元々、今日はあの子と一緒に来るつもりだったのだけど……」


聞けば、小悪魔は最初、今回のパチュリーの香霖堂訪問に付いてきたがっていたらしい。
パチュリーも普段から自分に尽くしてくれる使い魔に休みをあげたいということで、自分が香霖堂に行く日には休暇を与えようと思っていた。
しかし、そうすると図書館が丸一日誰もいない状態になってしまう。
そのため、最近よく出没する蔵書泥棒(……名前はあえて聞かなかった)の対策も兼ねて咲夜を一日だけ貸してもらう約束をレミリアと交わしていたのだが、運悪く訪問の日の数日前にフランドールが地下室から脱走、つまりは家出をしてしまったのである。
その際に咲夜が駆り出され、これまた運悪く負傷。
幸い怪我自体は軽傷で済んだのだが、図書館にいるだけならともかく今回は用心棒の役目もあるので、当然咲夜の当ては外れることになる。
美鈴(とは言わなかったが、間違いなく美鈴のことであろうと推測した)は門番の仕事があるので当然却下(門番が侵入を防げばいいのではとも思ったが、これもあえて追及はしないことにした)。
妖精メイドなら余るほどいるが、咲夜でさえ手こずるであろう侵入者の撃退などできるはずもない。
結局、図書館の防衛においては無類の力を発揮する小悪魔が残ることになったのだ。
パチュリーが重度の出不精であるというのは幻想郷では有名な話なので、言うに及ばずその使い魔である小悪魔もあまり外出をすることがないのだろう。
色んな意味で可哀そうな小悪魔だった。
ちなみに、ある意味身内の恥とも言えるこのフランドールの家出騒動をパチュリーが特に隠そうとしなかったのは、紆余曲折を経て僕がそれに巻き込まれてしまっていたからである。


「……そうか。そういうことならしょうがないな」

「結局今回は休みをあげられなかったし、そのうち都合がつけばこちらにお邪魔するかもしれないわ」

「構わないよ。大したもてなしはできないけど、それでよければ」

「そういうのを求めるならこの店にはこないわよ」


実質会うのはこれが二回目。そしてこのバッサリと手厳しい一言。
これが魔理沙や霊夢だったら軽口だと聞き流せるのだが、言われた相手はパチュリーである。


「失礼な。お茶なら無料でだすよ」

「あの子は珈琲派だから、それだけならあまり魅力的ではないわね」

「へぇ……そうなのか。僕はてっきり小悪魔はどっちかというと紅茶が好きなんだと思っていたけど」

「飲めないことはないでしょうけど、ウチで飲む時はほとんど珈琲ね。……というか、なんでそう思ったの?」

「イメージ、かな? なんとなくそう思っていた」


これは本当で、全体的におっとりとした雰囲気を漂わせる小悪魔は紅茶派かな、などと僕は勝手に思っていたのだ。
それに言われてみれば、細身で眼鏡、それにロングのストレートという髪型をした小悪魔に珈琲というものなかなかにしっくりとくる組み合わせだった。


「……まあ、あながちはずれでもないわ。館の主が根っからの紅茶好きだから、館に住んでいるほとんどが紅茶を淹れられるしね。……自分では飲まないくせに、人に紅茶を淹れるのは好きなのよ、あの子」


そう言うパチュリーは表情にこそ出さないが、どこか小悪魔に対する愛情がにじみ出ているような、そんな気がした。


「君はどうなんだい?」

「紅茶派か珈琲派かってこと? ……どちらということもないわね。私の場合はその時読んでいる本に左右されたりもするし」

「純文学なら紅茶、哲学書なら珈琲とか?」

「ふふっ……まあ、そんなところよ」


とりあえず分かったこと。
パチュリーは、いわゆる『建前』といったものを省く。
もちろんいつでもというわけではないだろう。
交渉事やなんらかの取引をする時などは隠すカードもあるだろうが、普段の会話の中ではお世辞やおべっかはほとんど使わない。
魔法というのは、如何にそれを構成する術式を洗練できるかどうかが一つの鍵となる。
如何に無駄を省き、最も効率の良い形で効果を求められるか。
魔女とは言わばその作業のプロであり、無駄を省き、実を追及するスタイルが普段の姿勢にも影響を与えているのであろう。


「変化、か」

「……なに?」

「いや、魔理沙が言ってたんだよ。弾幕ごっこの時のパチュリーは普通に弱点を突いてくるからやりにくい、って」


ちなみに魔理沙はこの後「ほんと、いやらしい女だぜ」と付け足していたが、さすがにそれは言えなかった。


「ごっことは言え決闘だもの。相手の弱点を突くのは当然でしょう?」

「違うよ、そういうことじゃない」

「?」


パチュリーは訳が分からないといった風に怪訝な顔をした。


「相手の弱点を突くスペルカードがある、というのが問題なのさ」

「……ああ、そういうこと」


スペルカードというものは、その難度が高くなるにつれて複雑さを増す極めて知的な代物だ。
そして弾幕ごっこに強い連中のスペルカードは、得てして複雑怪奇な弾幕を描くもの。
各々が趣向を凝らし、練りに練った弾幕の構図。
これを踏まえれば、それに耐性を持ち且つ弱点を突くスペルカードを決闘の時点で既に持っているというパチュリーの異常性が分かる。
実際に目の当たりにすれば弱点が見えてもおかしくはないが、そこを突くスペルカードをその場で作ることなどはほとんど不可能に近い。
スペルカード自体は手軽に作れないこともないが、簡単に作ったスペルカードはやはりそれなりの威力しか発揮しないし、そんな即興のスペルでは弱点を突く前に押し切られてしまうだろう。
あらゆる弾幕のパターンを予想し、汎用性のあるスペルカードを返し技として用意する。
その知識と知恵こそが、パチュリーの一番怖いところだろう。


「作っている時は楽しかったけれど、分かったのは、やはりスペルカードはオリジナリティが物を言うってことね。受け身だと、少しでも予測が外れれば後手に回ったまま取り返せなくなる。その点魔理沙はいい感じにハマってくれて、こっちとしては楽しい限りよ。……まあ、偶に力技で押し切られる時があるって言うのが気に入らないけど」

「そ、そうか……」


僕の記憶が正しければ、魔理沙は逆に、パチュリーは頭を使いすぎて弾幕が追い付いてない、とか言っていたような。
……まあ、パチュリーの機嫌をわざわざ損ねるのもなんだし、うん、黙っておこう。


「そうそう。あなたに聞きたいことがあるのよ」

「聞きたいこと?」

「ええ。ウチの図書館。あなた、どう思った?」

「どうって、そりゃあ、アレだよ。……憶えてるだろう? 思い出すのも恥ずかしい、僕のはしゃぎようをさ」

「あれは初めて図書館に来たからでしょう? 私は今の落ち着いた状態で、あの図書館をどう思うかを聞きたいのよ」

「……僕の思い出し損だったか」


興奮状態であったあの時には見えなかったことが、今なら分かるのではないか。パチュリーはそう言っているらしい。
そういうことなら言いたいことはいくつか浮かんでくるが、まず思うのはコレだろう。


「どう考えても、人員が足りてないな」


思い出すのは、山のように積み重なった未整理の本の山。
小悪魔一匹でどうにかなるような量ではないだろう。
本好きならば分かるだろうが、本棚に本を積めていく作業というのは思いのほか楽しく、そしてままならないものである。
自身が読んだ本が棚に溜まっていく様子を見るのはとても楽しい。
同時に、本というのはなかなか綺麗に埋まってくれない。
また、著者ごとに、シリーズごとに、出版社ごとに、年代ごとに、と色んな並べ方をしたくなる。
紅魔館の大図書館レベルになれば、単に『整理する』というだけで、それこそ何か月、もしくは年単位での一大プロジェクトとなるだろう。
だというのに、あの図書館に司書は小悪魔だけである。


「……まあ、そう思うわよね」

「あれだけ広い図書館なのにに司書が小悪魔だけっていうのは、効率が悪いだろう」

「……確かに、普通に考えたら整理するには人員不足という考えは正しいわね」

「そういう言い方をするっていうことは、つまり?」

「いいえ、整理する気がないわけじゃないわ」

「なら……小悪魔は実は『本を整理する程度の能力』の持ち主だとでも言うのかい?」


僕には分からない紅魔館の内部事情があるのだろう。
分からないものは分からないので、僕の口からはそんな冗談がこぼれた。
僕はてっきりパチュリーに否定されるものと思っていたが、当の彼女はきょとんとした顔で僕を見てから、静かに笑った。


「言い得て妙ね。あなたが考えたの?」

「え? まさかとは思うが……」

「違うのよ、違うんだけど……ふふっ」

「……すまないが、説明してくれないか? 僕にはなにがなんだかさっぱりなんだ」

「ああ、ごめんなさい。でも、だって、あなたがあんまりにも上手いことを言うから……」


パチュリーはコホンと咳払いをした後、僕に説明を始めた。


「残念ながら、小悪魔は能力持ちではないわ」

「なんだ、じゃあ僕の推理はハズレなわけだ」

「それがそうとも言えなくて……そうね、強いて言えば、小悪魔は『本の整理の天才』なのよ」

「『本の整理の天才』?」


単純に言葉のまま、小悪魔に本の整理をさせたら幻想郷一だとか、そうことなのか。
それとも司書としての能力がズバ抜けていると、そういったことなのだろうか。


「よく分からないな」

「そうでしょうね。そもそも、人里やこの店での『本の整理』とは規模がまるで違うのだから」

「規模? ……ああ、なるほど」


つまり全ては規模の問題。
本の整理に天才もなにもあるかと、普通なら思うだろう。
それもそのはず、一般に本を整理すると言ったらせいぜい民家で本棚が一架あるかどうか、人里の本屋にしたって規模は小さく、せいぜいさほど大きくない部屋を見渡すくらいなのだから。


「ええ。本の整理に才能を求められるなんて、幻想郷だとウチくらいなものってこと」

「……まあ、そうだろうなあ」


しかし紅魔館の大図書館は違う。
大広間に余すところなく、見渡す限り書架が溢れている。
いや、というかまず見渡せない。
咲夜が空間をいじっているため、見渡すことすらできない規模になっている。
全ての本棚を見て回るだけでも一日二日じゃ終わらなそうな、それこそ遭難すらも在り得そうな大きな図書館なのだ。
よくよく考えたら、そこの司書をしている小悪魔が本の整理の天才というのも、当然と言えば当然なのかもしれない。


「私もね、最初は十匹くらいを考えていたのよ」

「……だが、最初の一匹が予想外の才能を持っていた、というわけか」

「私は説明したわ。いくらあなたに才能があったとしても、一匹は一匹。本を掴む手が増えることも、棚を回る体が増えることもないと。……でも」

「……でも?」

「小悪魔は言った。『私にお任せ下さい』って。実際あの子はそれだけの働きをしたし、私も使い魔を増やさないから負担が減ったわ」

「だが、実のところはどうなんだ? 小悪魔がそれだけの能力を持っているのなら、なおさら使い魔を増やして彼女に指揮させた方がいいだろう」

「その通りよ。でもね、面白いと思わない?」

「面白い?」

「あの広い図書館を取り仕切るのが、本当にただの一匹で足りるのか。事を急いているわけでもないからできる、まあ、一種の娯楽ね」

「期限は決めてるのかい?」

「いいえ、無期限よ。娯楽であり仕事ではあるけど、賭け事ではないから」

「むしろ賭け事にする方が娯楽だと思うが」

「駄目よ。そんなことしたら、あの子は休みなく働いてしまうもの」

「なるほど。それだと娯楽ではなくなってしまうか」


しかし、この話はなかなかに興味深い。
今度機会があれば、小悪魔の方からも話を聞いてみたいと思った。


「……で、他にはなにかある?」

「他には、ね……」


大図書館について、思うこと。


「一目惚れ、かな」

「一目惚れ……?」

「ああ。正直、あれが最初から僕の物であったなら、この店はやってなかったと思うよ」


そう。あれはまさしく一目惚れだった。
もちろん、だからといって何かしらの方法で大図書館を自分の物にしようだなんて思っていないし、その広さからどのみち僕だけでは管理しきれないことは明白だった。
そして何より、僕には既に香霖堂がある。


「……そう」

「まあ、これもきっと運命さ。僕は長くこの幻想郷に住んでいるから、歯車が一つ違えば今あの図書館に住んでいるのは僕だったかもしれない。でも、現実はそうはならなかった。僕は香霖堂を営んでいるし、君は大図書館の主だ。そしてそれにはなんの不満もない」

「……じゃあ、もしも」

「ん?」

「もしも、あの図書館を手に入れられるとしたら……あなたは、どうする?」

「え?」


予想外の質問だった。
あまりに予想外だったので、少しの間呆けてしまい、ようやく何かを言おうとしたところで、


「……いいえ、何でないわ。忘れてちょうだい」


と先に言われてしまい、結局僕はパチュリーが続けて「そろそろお暇するわ」と別れを切り出したのに黙ってうなずくだけだった。
気が付けば時刻は夕方。
外から入る赤い光が、僕らを照らしていた。




















/002



「しかし、本当にこんなことで良かったのか?」


別れ際、香霖堂の入口まで見送りにでた僕は、パチュリーにそう尋ねた。


「……なにが?」

「埋め合わせの話さ。その、前に初めて図書館に行った時、僕は君に借りを作っているだろう?」

「……咲夜からの伝言は聞いたし、あなたがあの件で私に負い目を感じていることも理解しているわ」

「なら、君へのお返しが『香霖堂に招待すること』で妥当だと、そういうことか?」

「ええ。あなたにとってどうだったかはわからないけど、私にとってはとても有意義な時間だった」

「……まあ、君がそう言うならいいんだが」

「それと、そのうちウチの小悪魔がお邪魔すると思うから、その時はよろしくしてやってちょうだいね」

「任せてくれ。ちなみに小悪魔は給料とかは貰っているのかな?」

「どこの世界に自分の使い魔に給料を払う主人がいるのよ」

「そうか、そうだよな……」

「……心配しなくてもお小遣いくらいはあげてるから、小悪魔が気に入る商品があったら買ってくれるかもね」

「それはよかった」

「全く……それじゃ、また来るわ」

「ああ。多分僕がそっちに行く方が早いと思うけど」

「そうね。その時はあなたを一日司書に任命してあげるわ」

「そ、遭難の危険があるんだが……」


パチュリーは少しだけ口元を綻ばせ、それから宙に浮いて僕に背を向けた。
僕はその背中に向かって言う。


「ああ、それとパチュリー」

「……なに?」


パチュリーは振り返り、僕を見た。


「今日君が来てくれたこの時間は、僕にとってもとても有意義な時間だった」

「なっ……い、いきなり何を言うのよ」

「言ったのは君だが?」

「全く……変なことを言わないでちょうだい」


半ば言い捨てるようにしてパチュリーは飛んで行き、僕はその背中が見えなくなるまでぼんやりと眺めていた。


(あ……そういえば)


途中から話に夢中になってしまい、持ってきてくれたクッキーをほとんど食べなかった。


(いささか失礼だったな……)


次にあの図書館へ行く時はしっかりと感想を言わなければ。
小悪魔と共同で作ったと言っていたので、恐らく彼女からも感想を聞かれるだろう。
しかし困ったことに、どのクッキーがパチュリーのでどれが小悪魔のか、僕は説明を受けていない。


(……さ、さて、倉庫から小悪魔の好きそうなものでも探してこようかな)


軽く現実逃避をしつつ、来る日の小悪魔の来店のために、僕は倉庫へと歩を進めるのであった。




















~003~



香霖堂からの帰り道。
私はいつもとは毛色の違った今日一日を振り返っていた。
初めは少し、ほんの少しだけ緊張していたが、しばらくしたら自然に喋れていた私のこととか。
クッキーの感想を聞き忘れてしまい、小悪魔に聞かれたらなんて言おうだとか。
結局あまり触れることの出来なかった香霖堂設立の所以だとか。
そしてなにより、自分がした不用意な発言のことを、私は考えていた。





『もしも、あの図書館を手に入れられるとしたら……あなたは、どうする?』





我がことながら、考えなしに発言したものだ。
でも、だからこそ、私の心からつい零れてしまった本音なのだろうかと、少し不安になる。
霖之助に投げかけた質問でありながら、自問自答でもあった。


(もしも私が図書館をあげると言ったら、霖之助は紅魔館に来てくれるのだろうか……?)


そう考えて、しかしそれはできないと却下する。
あの図書館はレミィの物であって、私の物ではない。
本の収集も含めた建物全体の管理が私に一任されているわけだが、所有権は間違いなくレミィにある。
もっとも、今は仕事のほとんどを小悪魔が回しているから、私自身はというと掃除はおろか本の整理すらしていない状態であるけれど。
それに、彼は「一目惚れだ」とも言っていたが、こうも言っていた。





『ああ。正直、あれが最初から僕の物であったなら、この店はやってなかったと思うよ』





それはつまり、今は香霖堂という彼の店があるから、それを捨ててまでどうこうするつもりはない、ということだ。


(……なんだ。考えるまでもなく、最初から答えはでてたのか)


それを理解してもそんなに悲しくならないのは、きっと実際に香霖堂を体験したからだと思う。
実に彼らしい店、とでも言おうか。
まるで本人がそのまま店になったような、そんな雰囲気であった。
あの店の中に彼という店主がいるということが、とても自然なことのように感じられるのだ。
つまりは、彼にとって天職ということなのだろう。





不意に。
ここまで考えて、この思考が、まるで物語に出てくる恋する少女のようだと、あくまで客観的に分析した。





「……へ?」


我ながら間抜けな声が出たと思う。
恋だの愛だの、そんなものにうつつを抜かしている暇があったら魔法理論の復習でもしていなさい。
そういう私と。
どうすればもっと彼に近づけるのかしら? 男の人って、どんなことをすれば喜ぶのかな?
そんなことを考える私。


(……あれ? ……なに、これ)


二つの私を、見つけた。
見つけて、しまった。


(……だれ、あなた)


たった一人の相手に対して、今私は、私の中に二つの私を見つけてしまった。
二面性? いや、違う。これは、全く別のーーー


(……これは、私? あなたも、私なの?)


彼を知りたいと願う私。
それは決して知識欲などの学術的なものではなく。
彼に好かれたいと願う私。
それは決して利害関係を目的とした交流ではなく。
彼に嫌われたくないと願う私。
それはいつかの、弱い私が救いを求めた感情などではなかった。



それは、パチュリー・ノーレッジ史上、最大の発見だったのかもしれない。
全く以て新鮮で斬新な『私』を、自身の心の内に見つけてしまった。
そして私は、苦笑と共に確信する。


「……あは、ははは。コレは、さすがに初めてだわ」


それは私、パチュリー・ノーレッジが、自身の初恋を認識した瞬間であった。


(熱い……)


ただ、ひたすらに。
夕日だ、夕日が熱いのだ。
その光が当たるから、私の顔がとても熱くなってしまっているではないか。


(やだ、なに、なんなの……!?)


認識してしまったからだろうか。
件の相手を前にしている時よりもずっと大きく、鼓動が跳ねる。
一度止まって、振り返る。
大分離れてしまったので、もう彼の姿もお店も見えない。
だと、いうのに。


「…………ッ!!」


カァァァァァ!!!
そんな音が聞こえそうなほど、一瞬にして私は沸騰した。


(コレはまずい……コレは、いけない……!!)


私はすぐに振り返って一直線で紅魔館を目指す。
理不尽な敗北感と初めての感情に弄ばれる私が中国に八つ当たりをする、ほんの少し前の出来事であった。


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