いつもと変わらず、本を読みながら店番をしていたある日の朝。
ガラガラと扉が開かれる音に顔を上げた。
「わ、私を崇めなさい!!」
「…………」
来店してきたのは守矢神社の巫女……もとい、風祝の東風谷早苗だった。
……もっとも、早苗だと思われる人物の口から放たれた言葉は僕の彼女に対する人物像を根底から覆さんとするものであったので、目の前にいる早苗が僕の知る早苗であると言える根拠はもはやその外見だけである。
「…………」
「…………」
本来ならば店主である僕が「いらっしゃい。何かお探しでしょうか?」などと声をかけ、お客側が話しやすい雰囲気を作るべきなのだろうが、如何せん、向こうから「私を崇めなさい」ときたものだ。とりあえず彼女が客として来たのではないことだけは確定だろう。
無音が店内を支配する中、僕はまるで我が子がぐれてしまったかのような寂しさを覚えていた。
(こんな娘じゃなかったのに……)
とりあえず立ち上がって早苗の肩に手を置き、一言。
「幻想郷は、全てを受け入れるよ」
早苗は泣き崩れた。
「で、結局君は何をしに来たんだい?」
「えっと、ですね……ひっく」
「僕に用があって来たんだろう?」
「は、はい。そう、なんです、けど……ひっく」
「……話しにくいことなのかい?」
自分で言って、そりゃあそうだろうと思った。今日の早苗の第一声を考えれば話しにくい内容に決まっている。
だが、今の僕は早いとこ原因を解明して早苗に泣きやんでもらいたいのである。
こんなところを誰かに見られたら、もう僕が泣かせているようにしか見えない。
「ひっく。ま、まぁ、話しにくいといえば、確かに話しにくいかもです……くすん」
「話したくなかったらそれでもいいと言いたいが、あえて聞くよ。なぜあんなことを?」
「そ、それは……八坂様に、相談して……」
「……はぁ。あの神様か」
「私が八坂様に、その、り、霖之助さんの気を引……こ、コホン。霖之助さんからの、信仰を得るためにはどうしたらいいかと、相談したんです。そしたら『素っ気ない態度? ハハァ、分かったよ早苗。そいつは隠れMだ』という天啓を示してくれたんです。……ひぅ」
そんなありがたくない天啓を授ける神様は滅びればいいと、割と本気で思った。
「まあ、大方そんなことだろうと思っていたけどね」
「う、ううぅ……」
「ほら、鼻をかみなさい」
「は、はいぃ」
八坂の神様のあまりに勝手な意見に僕も多少の憤りを感じたものの、神様なんてのは気まぐれの代名詞みたいなものだと思い直し、未だにすすり泣く早苗の頭を撫でてやった。
「やりたくないって言ったんです。でも……」
「やってこいと言われたのか。……まあ、君の神様だしね。断ることもできないか」
「うぅ……忘れて下さい……」
「ああ、分かっているよ」
信仰する気は完全に失せたけれど。
そんな神様の下で暮らす早苗の将来が心配になった。
「一息つこうか。お茶でも飲んで、心を温めるといい」
鼻をかんでいる早苗を残し、僕は台所へと向かった。
「本当にご迷惑をおかけしました……」
「もう気にするなよ。そうだね、よく考えれば……いや、よく考えなくても、あのはた迷惑な神様のしわざに決まってるよな」
「は、はた迷惑って……」
「間違ってはいないだろう?」
「ぅ……そういう認識をされているという自覚はありますけど……」
守矢神社の面々が幻想郷に越してきて、挨拶もそこそこに博麗神社を謙譲しろという勧告をしたことは、もはや周知の事実である。
結局、霊夢と魔理沙が山まで出張って直接八坂の神様と話をつけたらしいが、異変とも言えないこの騒動が終わってみれば、残ったのは守矢神社に対する『幻想郷に引っ越してきていきなり騒ぎを起こしたはた迷惑な新人たち』という評価に他ならなかった。
実際僕もそう思ったし、今となっては本人たちも半ばそれを認めている。
これは悪い意味だけではないが、里の人間はこういった人外の者が起こす騒動を基本的に忌避するものである。
人外の者たちは皆往往にして、人間を超える力を持っている。
そういう連中が「暇だから」「面白そうだから」などという不謹慎な理由で異変を起こし、そのとばっちりを受けるのを避けたいからだ。
能力や力を持たない人間からしたら、当事者たちにとっては挨拶代わりのような軽い異変でも、自身の死に繋がりかねない。
例え絶対に自分には当たらないと分かっていても、弾幕ごっこの真ん中で平静でいられるような奇特な人間は少ない。
恐怖とはすなわち想像であり、恐怖を連想させる存在や出来事は少ないに越したことはないのだ。
今回は騒ぎの張本人が神様であることと、早苗の献身的かつ健全な布教活動がそれを和らげたにすぎない。
大なり小なりそういった評価を受けてなお守矢神社が存在しているのはなぜかと言われれば、単に幻想郷の最大とも言える特徴である『幻想郷は全てを受け入れる』という暗黙のルールがそれを許したからであろう。
そして何より、守矢神社の勢力がスペルカードルールに則った戦い方をしたのが大きかった。
これが力任せに事を為そうものであったなら、霊夢や魔理沙は全身全霊でこれを討伐しただろう。
だが、早苗も八坂の神様も、越してきて日が浅いのにも関わらずスペルカードでの決闘方法を遵守した。
もちろん幻想郷に浸透した方法で勝負に勝たなければ意味はないという考えもあったのだろうが、こう考えることが出来るということは、すなわち話が出来るということだ。
話ができれば折中案を提案することも論破(という名のスペルブレイク)することも可能である。
霊夢が博麗神社に不利になることを許すはずがないので、最終的には博麗神社に守矢神社の分社を置くということで話がついたという。
その後、早苗は地道に広報を兼ねた慈善活動で里の人間たちの信仰を集めようと画策しているが、これがなかなかに上手くいかないらしい。
「なかなか上手くいってないそうじゃないか」
「そうなんですよ……。やっぱり、場所が悪いんですよね」
「まあ、それが一つの大きな要因ではあるだろうね。わざわざ危険を顧みず守矢の神社まで行かなくても、博麗神社がそこにある。というのが里の人間の考えだろう。霊夢は愛想こそないが、仕事はきちんとこなすし」
「はぁ……。でも、博麗神社だってけっこう妖怪がいると思うんですけど」
「それでも参道には強力な結界が敷かれているからね。妖怪云々に関しては、博麗神社にお賽銭が集まらない最大の理由かな?」
「どうして霊夢は、もっと信仰……もうこの際お賽銭が目的でもいいですけど、それを集めるために努力をしないんでしょうか?」
「単に興味がないからだと思うよ、僕は」
「興味がない? あの霊夢がお金にですか?」
「そうだな……。お金は生きるためにある程度は必要だ。でも、必要以上のお金というのは、そのままの意味だが決して必要というわけではないだろう? だが、蓄えは持てるだけ欲しいと思うのが人間だ。にも関わらず霊夢は必要最低限で良しとする。つまり、物に執着がないんだ。これで分かるかな?」
自分で言って、逆にややこしいかと思った。
案の定、早苗は余計に混乱してしまったようだ。
霊夢の場合は物に限らず人や妖怪にまで執着や容赦が無いように見えるから、なかなか里の人間には理解されずらい。
少なくとも霊夢の“上辺だけ”を見たならば、そう見えるだろう。
しかもその在り方は博麗の巫女として全くの正解であるから尚更である。
この幻想郷において、『博麗』は人間でも妖怪でもなく、博麗という種族、という見方でさえあるのだ。
「え、えーっと……つまり、霊夢は質素な人間ということですか?」
「無理して理解する必要はないよ。それに今の話は単なる僕の推測だしね」
「はぁ。それが、私と霊夢の“差”なんでしょうか?」
「差、か。まあ、育ちが違えば考え方だって自ずと異なるものさ。気にすることはないよ」
つい先ほどまで恥ずかしさのあまり零れてしまっていた早苗の涙は大分乾いており、他愛もない雑談をできる程に彼女は持ち直していた。
『差』という言葉を使うあたり、早苗は自分が霊夢に巫女として(正確には早苗は巫女ではなく風祝だが)劣っていると思っているのだろう。
スペルカードルールに基づく決闘、俗に言う弾幕ごっこにおいて、霊夢はこの幻想郷で頂点に位置するといっても過言ではない。
それは数々の異変を解決してきたというその結果が何よりも物語っている。
そして早苗もその異変を起こした内の一人であり、霊夢に敗れた一人である。
(複雑だな、早苗も。これで霊夢が早苗の尊敬に足る性格や生活をしていたら、また違った結果だったんだろうが……。霊夢は他人から理解される努力を極端に怠るからなあ……)
本人が理解されようと思っていないのだから、仕方のないことではあるのだが。
それでもこの幻想郷には永い時を生きる妖怪が多いので、そういった機微に敏い妖怪もまた多い。
代表的なのはやはり賢者と呼ばれる八雲紫であろう。
紫は今代の博麗、つまり霊夢をいたく気に入っているようで、実践の稽古をつけることすらあるという。
霊夢はいかにも迷惑そうに愚痴っていたが、紫の教導を受けることができる、それがどれだけ恵まれたことなのか分かっていない。
もっとも、霊夢は紫の教導の価値を分かっていてなお嫌なのかもしれないが。
かく言う僕もその価値を分かってはいるが、紫の性格を考えるとやはり嫌である。
そして何より霊夢を支えているのは、戦友とも言える魔理沙の存在だろう。
人間でありながら霊夢と戦場を共にする彼女の存在に、霊夢がどれだけ助けられているのかはもはや言うまでもない。
当の魔理沙は自身の存在の大きさに気付いていないのだろうが、気付かない魔理沙だからこそ種族に関係なく多くの友人を持つのだろう。
「……はぁ……」
「……ふむ。お茶を入れ直してこよう」
「あ、お構いなく……」
「僕が飲みたいから、どのみち台所には行くのさ」
「あはは。じゃあ、お願いします」
早苗は良くやっているよ。そう言うのは簡単なのだろうが、これは彼女が解決すべき問題である。
実際、向こうの世界から異世界とも言えるこの幻想郷に二十歳にも満たない少女が引っ越してきたのだ。
家族はもちろん、友人知人との別れは幼い少女にどれだけ酷なことか、想像に難くない。
向こうに比べたこちらの文化レベルの低さに戸惑うこともあるだろう。
だが、それらは結局自身の受けとめ方次第でどうとでもできる問題なのだ。
これに気付くのもまた、本人でなくては意味がない。
僕はお茶を淹れなおし、ついでに先日里で買った饅頭も一緒に運ぶことにした。
「どうぞ」
「あ、お饅頭まで。ありがとうございます」
「うん」
「……あのー、この張り紙っていつから出してるんですか?」
早苗は店の壁に貼り付けられた一枚の紙を指さしてそう言った。
「『特注品、承ります』か。つい最近の話だよ。ちょうど先週辺りかな。アリスは知ってるかい? アリス・マーガトロイド」
「あ、はい。何度か顔を合わせた程度ですけど」
「アリスはよく人形関係でこの店に来てくれてね。ちょくちょく僕に裁縫のやり方を教えてくれていたんだが、この前彼女からオーダーメードを始めたらどうかっていう提案をされたんだよ。」
「……アリスさんは、そんなに頻繁にここに来るんですか?」
「改めてそう聞かれると、アリスは一番この店に来る客かもしれないな」
「そ、そんなにですか。……全然ノーマークでした」
「なにがだい?」
「い、いえ! なんでも! その、オーダーメードってことは、す、スリーサイズなんかも聞かれるのかなって思いまして!」
早苗は顔を真っ赤にさせてそう捲し立てた。
「まあ、より良い商品を提供しようとするなら普通は聞くだろうね」
「で、ですよね。は、ははは」
「興味があるのかい? ……そういえば、君の私服姿というのは見たことがないな。四六時中その巫女服を着てるわけでもないだろうし」
「私の私服はほとんど向こうの物なんですけど……あまり数は持ってきてないんです」
着る機会もそんなにありませんし、そう言いながら早苗の形の良い眉が一瞬、少し悲しげに下がった。
(……未練にならないように、か)
服に限らず、向こうの物は最低限しか持ってきていないのだろう。
物の数だけ思い出があり、それは未練の種となる。
(いつか笑って話せるようになればいいが……いや、これはこれで正解かもしれない)
生まれ故郷なのだ。
そこから出てこなければならなかった彼女は、それを未練に思って当然のことだろう。
こればっかりは今すぐどうこうできる類の問題ではないので、どうしようもない。
「そうなのか。良ければ、今度参考までに見せてもらえると助かるんだが」
「え? だ、ダメですよ! 見せられません!!」
「そ、そうかい? 残念だな。じゃあ折角だし、このオーダーメードをやっていったらどうだい。安くしとくよ」
「同じことじゃないですか!」
何が同じなのか全く分からなかった。
自分の着る服を僕に触られるのが嫌だということだろうか? だとしたら少し悲しい。
先ほどと同じく、まるで我が子がぐれてしまったかのような悲しさであった。
「気が向いたらでいいよ。これも今は試験的にやっているが、不評ならやめるつもりだしね」
「う……ちょ、ちょっと待っていて下さい。しばらくしたら頼みにきますから」
「しばらくって……ああ、お金に余裕がないのか。はは、わかったよ。しばらく待っていよう」
「そ、そうなんですよ。今はちょっと駄目で、でも霖之助さんに作ってもらいたいとは思っているので、少し待っていてくれると助かります」
「了解した。なら構想だけでも進めておこうか。服のイメージはあるかい?」
「そうですね……うーん、どうしようかな……霖之助さんはなにかありますか?」
「そうだな。まあ今すぐ決めなきゃいけないことでもないし、君が決められないと言うなら僕が一から考えてもいい。それだと君が気に入るかは保証できないけどね」
「頼めば、霖之助さんが全部考えてくれるんですか?」
「ああ。もっとも、それだとオーダーメードではなくなってしまうけれど」
「あははっ。それもそうですね。……じゃあ、一つ条件を出します」
「ほう。何か考えが浮かんだのか?」
「はい。条件は、霖之助さんの中の私のイメージを基盤とすること、です」
「僕の中の君のイメージ、かい?」
「ええ。霖之助さんの中にある私のイメージに似合う服を、作ってもらいたいです」
「それじゃあ完全に僕のオリジナル作品じゃないか。元々君から何も言われなければ僕はそうしようと思っていたんだし」
「いいえ、これは注文です。私から、霖之助さんへの」
「君がそう言うのなら僕は構わないが……」
「私は、それがいいんです」
「……ふう、わかったよ。確かに承った。無駄骨になるのは嫌だから、とりあえず一回絵にしてみてそれを君に見せるよ」
「わかりました。返事はもう決まってますけど」
「おいおい、随分と僕の腕を信じているんだな」
僕の中にある早苗のイメージ、か。
これは結構大変な仕事になるかもしれない。
だが。
「あはは。朗報を待ってますね」
幻想郷は全てを受け入れる。
こんなことで少しでも早苗が今の自分に幸せを感じてくれるのであれば、服なんて何着でも作ってやろうという気分だった。
もちろん、作った分の代金はちゃんと払ってもらうけれど。
「あの……お世話になりました……」
「いや、楽しかったよ。色んな意味で」
「も、もう! 忘れて下さいって言ったじゃないですか!」
「はは、そんなすぐには忘れられないよ」
「あぁ……だから嫌だったのに……」
お店に来た時のことを思い出して、またじわりと涙が溢れそうになる。
なにが隠れMだ。八坂様を恨むというより、八坂様に押し切られて結局やってしまった自分の性格に腹が立つ。
そんなことを思っていると、いきなり霖之助さんの顔が真剣なものへと変わり、距離を詰めてきた。
「早苗……聞いてくれ」
「は、はい。ななな、なんでしょう……?」
な、ななななんで、いきなり、そんな、か、顔ち、近い!!!
心の準備がー!!!!
「僕は……」
「ぼ、僕は……?」
僕は……僕は……なに!!
「僕はいたって、ノーマルだから」
「は、はぁ……? あ、いや、それはそれで嬉しいんですけど、でも、えぇ……?」
……いや、分かっていた。
突然のことで起きもしない出来事を勝手に妄想してしまったのは私だ。
霖之助さんは悪くない。悪くないのだけれど。
(なんか……納得できなーい!!)
実際はそう叫ぶこともできず、もやもやした気持ちを持て余している。
(今の私、不機嫌そうな顔してるんだろうな……)
一刻も早くお店を出たいと思いつつ、このまま別れるのは嫌でこの場に留まりたいと思う自分もいて。
盗み見る様に霖之助さんの顔を見た。
この短時間で私がどれほど混乱したかをまるで理解していない、いつも通りのその顔を。
(……こういう時は、霖之助さんが鈍感で助かるわ)
嬉しいような、悲しいような。
乙女心は複雑だから、きっとその両方なのだろうけど。
結局はいつもと同じ。
私の独り相撲だったわけだ。
でも、気付いてほしいとは思うのだが、今の関係の心地よさもまた理解している。
ボロが出てそれを壊してしまわないうちに今日は帰ろうと思い、扉の前で一度振り返った。
お店に来た理由、八坂様からのお使いを思い出したのだ。
「そうだ、霖之助さん。まだうちの神社に来たことはなかったですよね?」
「うん? ああ、そうだね。行ったことないよ」
「その、都合が良い時でいいですから……うちの神社に来てみてくれませんか?」
「守矢神社に? そうだな……確かに興味はあるけど」
少し考える霖之助さん。
今回に限っては、正直霖之助さんにウチの神社に来て欲しくなかった。
理由は単純。八坂様に彼を会わせたくないのだ。
八坂様のことだ、彼をダシに私をからかい倒すに決まっている。
今日のことだって、私が家で霖之助さんの話ばかりするから、八坂様と洩矢様が霖之助さんに興味を持ってしまったのが事の発端である。
洩矢様は純粋に興味からだろうけど、あの方は純粋だからこそ危険である。
早苗はこいつのこと好きなのー? とか、普通に聞かれそうだ。それも本人の前で。
それらは、何としても避けたい事態だった。
だった、はずなんだけどな。
「僕に急ぎの用でもあるのかい?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
「そうかい。……まあ、気が向いたらお邪魔させてもらうよ」
「そうですか! 私、待ってますから!」
……霖之助さんがウチの神社に来てくれる、そう思ったら嬉しくて、つい普通に喜んでしまった。
(もしかして私って、単純なのかな……)
悪い人に騙されるタイプの人間なのかも、と自分で思って少しへこむ。
実際、自分は他人を疑うことを躊躇う嫌いがある。
自分が相手に合わせてその場を収めることにも、正直あまり抵抗がない。
(で、でも大丈夫。霖之助さんは悪い人じゃないから!!)
不意に、私の奇跡で霖之助さんの気持ちをこちらに向けることはできるのだろうかと考えた。
そしてその考えが浮かんだのと同じくらいの速さで、それを却下した。
(……我ながら失礼ね。奇跡でも起きなきゃ、霖之助さんに好いてもらえないっていうの?)
きっかけなんてなかった。
幻想郷に来て、この男の人を好きになった。生まれて初めての感情だった。
ただ気付いたら、この人のことを考えてた。
私の周りには“好き”よりも“尊ぶ”や“敬う”といった感情の方が多かったから、正直言うと、本当に霖之助さんを男の人として好きなのか、霖之助さんに恋をしているのかはわからない。
向こうでは封印していた、恋がしたいと願う私の心が生み出した幻想なのかもしれない。
だって、この幻想郷では、私は特別でもなんでもない、ただの一人の女の子なのだ。
奇跡の起こし方は知っているけど、恋も、他人の愛し方も知らないただの一人の女の子。
それでも、私は思うのだ。
(この気持ちが恋じゃないなら、私は一生、恋をすることはないんだろうな……)
恋愛経験が皆無の私が言っても、説得力はゼロかもしれないけれど。
私は私のまま、霖之助さんを振り向かせたい。
この気持ちにだけは、きっと一欠片の偽りもないから。
だから私は、とびっきりの笑顔で霖之助さんに言ったのだった。
「きっと来て下さいね!!」
さて、帰ったらまず腹筋から始めよう。
恋する乙女は、毎日が戦争である。
それはもう、弾幕ごっこなんて目じゃないのである。