プルルルルルル……
「………」
プルルルルルル……
「………」
プルルルルルル……ブツッ……ツーツー
「………駄目か」
私は受話器を置いた。
今、私たちはユースタス・ポートのギルドにいる。
リインさんは手紙を見た後、頭を抱えて何かの仕事をこなさなければならなくなったらしく、そうなると邪魔をする訳にもいかない私たちは、森の関所を直ぐに離れる事となった。
ただそれでも、船のダイアルというものは決まっていて、何時かの様に強制的に足止めされているのが現状だ。
南東の大陸への船がここに来るにはまだ、三日ある。
旅費の関係もあるというのが実状でもあるのだが。
そして、今、私はギルドの備え付けの電話の前にいる。
かけていたのは、“育て屋”だ。
思った以上の長旅となってしまった私たちの“お使い”。
それは当然、“あいつ”と会っていない時間が長いという事だ。
スズキが、余計な心配かけない方がいいだろうから、という理由で“ボロ”が出そうな私たちからの連絡はしない方がいいと言っていた所為で、今まで連絡は控えてきたけど、今は相談したい事がある。
「……にも拘らず……」
出ない。
誰も出ない。
折角、労いの言葉とかを色々考えてあげていたっていうのに、今じゃ、カイが出たら怒鳴りつけてやろうかと思っている位に、出ない。
もう作業になりつつある、番号のプッシュをしようとして、止めた。
ひたすら立ち続けてコール音を聞き続ける作業は、本当に切ない。
もう直ぐお昼だ。
これだけかけても出ないという事は、無人なんだろう。
まさかまだ寝ている訳じゃないだろうし……
……一瞬、初めて“育て屋”に入った時の光景が浮かんだ。
いや、まさか……ね。
でもどっちにしろ、出ないことには変わらない。
相談事があるっていうのに……
「あ……」
「! コトリ」
振り返ると、その、“相談事”が立っていた。
別に病気でもないみたいなのに、コトリの顔は相変わらず優れない。
「えっと、カイさんは……?」
「ああ、やっぱりあいつに? 何かかけても誰も出ないのよね」
「そう……ですか」
コトリはあっさりと背を向けて、外に歩いて行く。
空気でも吸いにいきたいんだろう。
ただ、後ろから見ても、明らかに悩みがある様子だった。
こういう時、何をするべきなんだろう……?
最近一人でいることが多いコトリ。
何となく、私たちとの距離が離れている様な気がしていた。
「はあ……」
「人は誰しも……悩みを抱えている……」
「ひゃあっ!?」
私の溜め息に合わせる様に、真後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
「そして、人は癒しを求める。そう、母なる海を……ぶっ!?」
「スズキ、あんた何やってんのよ?」
「………」
スズキは蹲りながら、手の平を私に差し出し、待ったをかけている。
どうやら、喋っている途中で顎を打ち抜かれて舌を噛んだみたいだ。
「今、何で殴ったんだ?」
「少し苛々してたのよ」
「理由のようで理由じゃないからな、それ」
スズキは不満そうに頬をさすりながら起き上がると、電話を見た。
「出なかったのか?」
「ええ。音信不通になるなんて……あいつの所為じゃないにしろ、何となく許せないわ」
自分でも理不尽と分かるけど、今は何となくカイの“異常”が許せなかった。
「ま、そんな時は海だって。ほら、泳いでこいよ。限界を超えて」
「私じゃなくてコトリに言ってよ。大体、あんたここで時間潰すの反対してなかった?」
「ん? ああ、まあ、忘れてるならいいかと思って」
「……?」
「まあ、いいからいいから」
スズキは、はははと笑った。
こいつは何時もこんな調子だ。本当に。
「ラナは?」
「ん? 受付にいるだろ? さっきの依頼の報酬を貰いに。初めてのお使いだ」
視線を受付に移すと、確かに悪戦苦闘しているラナが見える。
何時もは私かスズキがやっているけど、あれもいい経験だ。
「ま、妹たちはとにかく、泳いで来いよ。今年のレイの目標はバタフライだ」
「嫌にハードル高いわね……って、だから私じゃなくて、コトリを海に連れ出してよ。この前の時は泳ぐの好きそうだったのに、今は殆ど部屋に篭りっぱなしじゃない」
「俺はレイに言ってんだぜ? 悩みを抱えているってな」
スズキは、呟く様に言いながら、受話器に手を伸ばした。
ボタンを一つずつ押していく。
「お前も難儀だよな。人の悩み事を、その人以上に悩んでんだから。そんなんじゃ、悩んでいる人にも負担になるかもしれないのに」
「……あんたは、悩み事無さそうでいいわよね」
「俺は長生きするだろうなぁ……」
返した皮肉を、スズキは鼻歌交じりに流した。
「で、コトリちゃんの悩み事聞けたのか?」
「あんたがそれを言う?」
スズキは知っているはずだ。
“その人が話してくれるまで待つ”というルールが私たちにはあるという事を。
「まあ、深入りしないのも人との付き合い方だけど、心配なら聞いてもいいと思うぜ? 案外簡単に解決するかもしれないじゃないか」
「……まあ、そうかもね」
あっさりとルールを破る事を勧めてきたスズキに、私はゆっくりと頷いた。
確かに、これ以上やきもきしているよりは、アクションを起した方がいいかもしれない。
ただ、当然、デメリットもある。
「でも、聞いても教えてくれなかったら……ね」
「ま、そうなったら、結構気まずかったりするよな……って、駄目だ。やっぱ出ない」
スズキは受話器を置いた。やっぱり“育て屋”にかけていたみたいだ。
「でも、教えてくれるかもしれないじゃないか。諦めんなって」
スズキは、ぼうっと、ラナの背中を眺めた。
ラナは未だ、受付の人と話している。
流石に手助けが必要になってきたのかもしれない。
ただ、私は……
「あんたがそれを言う?」
何となく、スズキの言葉に浮かんだ疑問を口に出していた。
「何が……?」
何気ない会話の様に、スズキは微笑んでいる。
何時もの……どこか自虐的な調子で。
「諦めるなって事。スズキが言っても信憑性無いわよ」
「ま、いいから聞いてみろって」
会話を切り、スズキは手をパタパタ振って歩いて行った。
後姿はコトリと違って、何も悩んでいない様に見える。
ただ、それは、さっきスズキが言っていた言葉と矛盾している。
“人は誰しも悩みを抱えている”。
もし、抱えていないとすれば、それは、悩む前に諦めている人間だ。
常に、何かを諦めている様なスズキ。
この世界では、特に。
やっぱり、あいつも“何か”を抱えているんじゃ……って……
「ああもう、今はコトリね」
私は頬をパンと叩いた。
確かにスズキの言う通り、私は人の悩みで悩んでいるみたいだ。
それでいいと思うけど、今は深刻な方を優先すべきだろう。
とにかく、コトリに……
「あ、レイさぁ~ん……」
「……はいはい」
優先順序変更。
私は、今最も深刻そうな困り顔の受付の人とラナの元へ歩いた。
~~~~
「あれ? コトリちゃん、こっちの方行かなかったっけ……?」
ギルドの外に出ると、潮風の中、人は疎らだった。
何となく目を離さない方がいいだろう、コトリちゃんを追っていたのに、どうも見当たらない。
まあ、様子がおかしいと言っても、病気とかじゃないみたいだから大丈夫だろう。
俺も外の空気を吸いたい気分に“なった”から一人で丁度いいかもしれない。
さっき、珍しくレイに図星を指された気がした。
俺が“諦めている”、と。
そう言われれば、確かに俺は“我”を持つ前に諦めている。
“役割”が決まっているのだから。
ただ、それを楽しんでいるんだから、問題はない。
その、筈だ。
そう結論付けて、俺は町を歩く。
やっぱり、規模が小さい上に人口が少ない。
そして、相変わらずの自然の景色は確かに“癒し”って感じだった。
前に、俺たちが休んだ時のままの安らぎがある。
それが、少し気になった。
ここは、前に“霧”が包んだはずだ。
つまりは、ペルセちゃんが訪れた筈。
それなのに、前と同じ様に人が過ごしている。
どうも、プレシャス・ビリングの光景がトラウマになっているみたいだ。
まあ、あれも、レジギガスが暴れた所為で、フェイルという男が齎した被害はそれ程でもなかったのかもしれないけど……
「“無駄な殺しは趣味じゃない”……か」
ようやくたどり着いた岸辺で、俺は呟いた。
海の向こうに、小さな島が幾つか見える。
“渦”で守られた島もその一つだ。
彼女の目的は、あそこの“伝説”を調べる事だったんだろう。
もしくは、捕獲。
まあ、いずれにせよ、目的さえ達成出来れば無駄に人は殺さないというのは本当みたいだ。
ただ……
一つ、気になる。
チーム・パイオニアの存在。
チームの行動が“伝説”を狙うという点では共通しているにしろ、その“仮定”が、バラバラの様な気がする。
話に聞いた、ドラクという男と、マイムという子。
ドラクという男は、アーサルさんを殺し、レイとコトリちゃんを逃げさせなくしてまで、殺そうとした。
そして、マイムという子は、態々人を集めて殺そうとした。
その反対に、ペルセちゃんはそのマイムという子に予告状を出すと人が集まると嘘を吐いてまで、“殺し”を避けさせた。
そして、聞いた話じゃフェイルという男も、カイたちと戦った時、圧倒的な強さを持っていたにも拘らず、瞬殺を避け、殆ど脅す様な事をしただけで、帰っていったみたいだ。
他のメンバーはどうかは知らないが、殺す事に、積極的な奴と、非積極的な奴がいるのは間違いない。
個性と言ってしまえばそれまでだけど、同じチームなのに、何故そんな意思の疎通が出来ていないのか。
一体どういう風に集まったチームなんだ……?
「あ、君もあの島に興味が……?」
「え?」
後ろから、何所か渋めの声が聞こえた。
俺は、大声を上げ、ついでに殴りかかっていく様な事は当然せず、ゆっくり振り返った。
いきなり後ろから声をかけられたとは言え、これが自然な対応だろう。
分かったか? レイ。
「あの島、確かに謎が多くてね」
「はあ……」
聞いてもいないのに、話し続けるその人は、日焼けた人相のいい、初老のおじさんだった。
きっと、この海を見張っている人だろう。
そういえば、何度か見かけた様な気がする。
「昔の話だけど、あそこには“神様”が祭られていたって話だよ。今じゃ信じる人も殆どいないけど……」
「いや、俺は信じますよ。その“伝説”」
「おお、ありがとう」
おじさんは話好きなんだろう。
何所か嬉しそうに話を続ける。
「でも、実際、奇妙な鳥の様な声を聞いたって人もいるんだ。まあ、近付いた漁師さんたちの話だけど、神様の声を聞いたのかな」
やっぱり、“あれ”か。
俺は、適当に相槌を打った。
「そうそう、ちょっと前なんか、あそこで奇妙な“霧”が発生した、何て言っていた奴らもいたな。一時期騒ぎになったよ」
「ああ、その話なら俺も聞きましたよ。それって、この町も、だったらしいですけど」
「ん? 確かにそう言った奴らもいたが……覚えてないな」
どうやら、町の中にいた人たちは彼女の“霧”を察知出来なかったみたいだ。
確かに何時も、彼女は何時の間にか“霧”を発生させていたな……。
「まあ、結局誰も調べていないが……。依頼しようにも、報酬が払えない。ちょっと様子を見に行ってくれるだけでもいいんだけど……」
何となくおじさんが暗に、俺に行け、と言っている様な気がしてきた。
ちらりと、腰のボールを見られた気がしたし……。
あの島に行く為には、“空を飛ぶ”か、“波乗り”と“渦潮”が使えないといけない。
そのレベルのトレーナーへの依頼となると、ランクも上がる。払える報酬が無いんだろう。
もしかしたら、おじさんは、この辺りをうろつくトレーナーを捕まえてそんな話をしているんじゃないだろうか。
“霧”が発生してからずっとあの島が気になっているのかもしれない。
ただ、生憎俺は、“自由”の適合者でも“精度”の適合者でもない。
ウチのチームにはいるにはいるけど、そもそも今、“彼女”に係わらせたくは……
………?
待てよ。
何か嫌な予感がしてきた。
「あの、おじさん」
「?」
「もしかして、今日、俺以外にその話をしましたか?」
さっき、おじさんは、君“も”、と言っていた。
という事は……まさか……
「ああ、さっきこれ位の子に……」
おじさんが手を出して表す背の高さ。
それは明らかに、俺の中の予想とピッタリ同じだった。
そして……
「レイさん、スズキ君がいた」
「あっ、スズキ、コトリ見なかった? 何か何所にもいなくて……」
二人が息を切らして到着した時、俺は癒しを求めて海を見た。
「駄目だ。癒されない」
~~~~
「最っ悪……」
「俺の所為じゃないけど……まあ、急いだ方がいいだろうな」
私は、今、必死にギャラドスに掴まりながら、絶対に下を見ない様にしていた。
下には高速で流れていく、水面(当然、私じゃない)。
落ちたら、私にとってはジ・エンドだ。
どんどん近付いてくる、あの島……というよりその“渦”。
コトリが行ったかもしれないという、場所だ。
あの後、一応しばらくコトリが帰ってくるのを待っていたのだが、一向に戻って来ず、結局捜しに行く事となった。
コトリが帰って来た時の為にラナを残して、私は今、ギャラドスで“波乗り”をしている。
一緒に乗っているスズキが少し危機感を持っているのが、更に不安になって……とにかく、コトリを捜さないと……!
「やっぱり、ちゃんと話をしとけばよかった……」
「まあ、仕方ないって……」
「それで済まなかったらどうするの!?」
私は、無駄だと分かっていながら、目を凝らしてコトリを捜した。
やっぱり見えるのは、島の中央にそびえる高い山、そして、少しだけ傾いた太陽だけだ。
スズキの話だと、あの島にあるであろう地下に、“とんでもないもの”がいるかもしれないとの事だ。
もし、それが本当で、コトリがそんな場所に行ったら……ああもう、何でコトリはそんな所に……!
あのおじさんに、担がれたんだろうか……?
ただでさえ、様子がおかしかったのに……!
「なあ、レイ」
「何よ?」
近付いているのに、未だ着かない島への苛立ちが、そのまま声に出た。
「前から気になっていたんだけど……お前、妹に何があったんだ?」
「………!」
この、場を繋ぐ為の言葉。
スズキには珍しい言葉だ。
スズキは、私に“聞いてきている”。
「なんていうか、必死さが……」
「悪いけど………エピソードなんて無いわよ」
「……?」
私の口からは、思ったより自然に答が出てきた。
「カイみたいに原因不明の火事で天涯孤独になった訳でも、ラナみたいに目の前で両親を惨殺された訳じゃない。“あの子”はね、ふっといなくなったの。“日常”からカードを引くみたいに、すっと……ね」
たった、それだけ。
特別な事なんて何も無い。
ただ、日常の中に潜む事故が、あの子を突然に、当たり前の様に連れ去った。
誰かがいなくなるっていうのは、そういう事だ。
だから私は、“そういうもの”を大切にしたい。
特に、姉妹の繋がりを。
「……そっか」
スズキはそれだけを返してきた。
そこで、私は何かが楽になった。
もしかしたら、私は、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
そして、スズキももしかしたら、“そう”言いたかったのかもしれない。
「スズキ」
「ん?」
「私、コトリに聞くわ。何を悩んでいるのか」
「うっし、じゃあ、見つけっか」
スズキがそう言ったところで、私たちはようやく“渦”の前に到着した。
想像以上に大きい渦。でも、いける。
「さ、頼むぜ、レイ」
「こっちは、とっくに出来る様になってるのよ……! カメール、エンペルト!!」
2体を“渦”の手前に繰り出す。
そして、海の流れを良く見る。
狙う場所にズレは許されない。
何せ、“海”に逆らうんだ。
“波乗り”みたいに波を味方につけて、最小の力で泳ぎ続けられる様に、力を正しく送りさえすれば、例え海という巨大な大自然が相手でも、ある程度は抗える……!
「渦潮!!」
力ずく、といった様子じゃない。
ただ、それが自然現象である様に、弱まっていく渦。
「くっ……」
思った以上に神経を使うこの大渦。
でも……
「なあ、そろそろ……」
「ええ……。波……乗り」
私たちは一気に弱まった渦の上に乗った。
渦潮の効果を消さない様に、場所を選んで慎重に波に乗る。
徐々に島が近付く。
後、少しで……
「あっ……もう限界」
「わっ、あぶっ……」
最後は飛び込むように、スピードを上げたギャラドスの後ろでは再び大渦が発生していた。
同じく飛び込む様に来た2匹も、少しだけ疲れて見える。
少しでもずれていたら、渦に巻き込まれる事になっていたかもしれない。
「おいおい、何か、『“渦潮”は余裕』的なこと言ってなかったか?」
「結果オーライでしょ?」
私は疲労感を吐き出すように溜め息を吐いて、島に向かう。
もう、障害は無い。
さあ、早速探さなきゃ。
大事になる前に……。
「ま、久しぶりだな」
「何がよ?」
スズキが、ギャラドスから飛び降り辺りを見渡す。
「?ランクミッション・“小鳥はいずこ?”。始めようか」
「……ま、確かにね」
その?がSにならなきゃいいけど……
私も島に降り立った。
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後書き
読んでいただいてありがとうございます。
投稿は、予定通り(?)遅れてしまいました……。
やはり年末になってくると、滞ってきます。
実際、恐らく次回も遅れてしまいます……。
読んでいただいている方には本当に感謝です。
また、ご感想ご指摘お待ちしています。
では…