時を刻む街『ミルディアン』
時を守る使命を持つ千人の魔導士達が住む都で一つの争いが巻き起こった。大魔道でありこの街の出身者であるジークハルトを相手にした時の裁きの名の元に始められた粛清。魔導士千人が一人の魔導士に襲いかかるという圧倒的な蹂躙。だがそれは時の民達にとって信じられない結果に終わる。
「す、凄い……本当に一人で千人を倒しちゃった……」
ジークハルト一人によって時の民が全員敗北するという逆の結末に。
「だ、大丈夫ジーク!? 怪我はしてないの!?」
「いや、大丈夫だ……ニーベル、お前こそ怪我はないか」
「うん……でもほんとに凄いよジーク! 街の全員だけじゃなくてミルツ様まで倒しちゃうなんて……」
戦闘が始まってから離れた場所に退避していたニーベルは慌ててジークの元に駆け寄って行くもジークには傷一つ見られない。それどころか魔力も体力もほとんど消費していないかのような姿。しかしニーベルは確かに先程まで凄まじい規模の魔法戦が行われていたのを目にしていた。千人に及ぶ圧倒的な物量と魔力。だがその全てを無力化し、凌駕することによってジークは時の民達に勝利した。大魔法と呼ばれる宇宙魔法をも駆使した乱戦。そんな戦いを繰り広げたにもかかわらずジークは全く疲労を見せていない。それは
「オレだけの力ではない……この杖があったからだ。もしこれがなければ苦戦は免れなかっただろう……」
ジークがその手にしている一本の杖。覆面の男によってもたらされた切り札。特別な魔法が込められているわけではなかったが杖には圧倒的な魔力が込められていた。その量はミルディアンの民全てと戦っても余りあるほどのもの。大魔道のジークにそれが渡ることは千人以上の人数差を容易に覆してしまうほどのアドバンテージを与えた。無限には及ばないものの限りなくそれに近い魔力を持つことの意味を知りジーク自身も驚きを隠せない。同時にこれだけの杖を簡単に渡してくる覆面の男の実力に戦慄するしかない。
(確かにあの男の正体は気になるが今は一刻も早くハル達の元に向かわなければ……今のオレならばハル達の力になれるはず……)
ジークは思考を切り替えながら次の己が為すべきことを確認する。それは一刻も早くハル達の救援に向かうこと。ミルツの言葉通りなら既にハジャがレイヴとシンクレアを手に入れるために動きだしていることになる。シュダが先に向かっているが流石にハジャが相手では分が悪い。剣士と魔導士という絶対的な差に加え無限の魔力を持つとされるハジャを相手にするにはどうしても魔導士の力が必要不可欠。今のジークならハジャに対抗することができるはず。加えてハル達の援護も受けられれば勝機はさらに上がる。後はこの場にいるニーベルをどうするか。だがそんな中
「ジ、ジーク……一体どういうつもりじゃ……何故ワシらに止めを刺ささん……? 今のお主なら簡単にできたはず……」
傷つき、今にも倒れそうになりながらも時の賢者であるミルツは立ち上がりながらジークに向かって問いかける。そこにはもはや戦いの気配はない。既に敗北したことをミルツは悟っている。どんなに足掻いたところでジークには敵わないことをミルツを含めた全ての時の民が認めざるを得なかった。故にあるのは単純な疑問。何故とどめを刺さないのか。命を奪わないのか。その証拠に時の民達は誰一人命を落としていない。あの魔法戦からはとても考えられないような事態。それはジーク自身の手加減によるもの。だがそれがなければジークはもっと容易に自分達を殲滅できたことをミルツは知っていた。
「……オレの使命は時を守ること。命を奪うことではありません」
「ま、まだそんな甘いことを言っておるのか!? 主の考えから見ればワシらは時を歪ます罪人……処刑されるべき者のはず……」
「いいえ、ミルツ様……あなた方も間違っていたわけではありません。星の記憶の時空操作でエンドレスを消し去ることは確かに一つの答えです。それがあったからこそ今のオレ達がいるのですから……」
ジークは自らが傷つけてしまったミルツ達の姿を目の当たりにし、苦渋に満ちた表情を見せながらも一言一言噛みしめるように言葉を紡いでいく。
時空操作によるエンドレスの消滅。
それこそがミルツの答え。そしてそれが間違っていないことをジークも知っていた。確かにそれは時間稼ぎに過ぎず新たなエンドレスを生み出してしまう行為。本質的な解決とは至らない。だがそれがあったからこそ今の自分たちが存在する。限られた時間とはいえエンドレスが世界を滅ぼすのを先延ばしにすることができたからこそ。それを否定することなど誰にもできない。しかしそれでも
「それでもミルツ様……命を軽んじることは許されないことです。時を守るためならどんな犠牲を払っても構わないとするならそれはDCと……エンドレスとなんら変わりません」
時を守るためにどんな犠牲も厭わない。命すらも軽んじるのであればそれはエンドレスと変わらない。かつてのジークであれば時を守るためになら育ての親であるミルツや時の民達を躊躇いなく殺していただろう。だが今のジークは違う。かつて命じられるがままにエリーを殺そうとした自分自身が犯した過ちと罪を心に刻んでいるからこそ。そして
「だからオレは可能性に賭けてみたいのです……魔導精霊力とレイヴ……いえ、エリーとハルの持つ信じる力の可能性に」
エリーとハル達が持つ、人間だからこそ持つことができる信じる力の可能性。犠牲などなくとも世界は救えるという別の答えを出して見せたハルと敵であってもそれを信じ続けるエリー。二人ならきっと世界を救うことができる。確信にも似た希望。それがミルディアンを出た時の番人ジークハルトの得た答えだった。
「ジーク……お主……」
一切の迷いないジークの答えにミルツはそれ以上声を出すことができない。一つはジークの答えが自分とは違えど間違いなく時を守るためのものだと理解したからこそ。もちろんそのことは初めてジークから耳にした時に分かっていた。だがそれでも認めるわけにはいかなかった。ジーク自身の誰かを信じるという可能性を差し引いても実際にエンドレスに対抗し得る魔導精霊力を持つ娘がこの時代にいることは千載一遇のチャンス。しかしそれでも絶対ではなく敗北してしまう可能性もある。もしそうなれば全てが終わってしまう。それだけはミルツは許すわけにはいかなかった。それは今まで犠牲になってきた全ての物に対する裏切りとなる。ミルツとて命を奪うことを是としてきたわけではない。だが時の賢者として、責任者として避けることができない中で知らず歪んできてしまった。先の犠牲を無駄にしないために後戻りすることはミルツには許されない。そうなってしまうのなら例え時間稼ぎだとしても、禁忌を破ることだとしても時空操作に手を染めるしかない。しかし今、ジークはそれとは違う答えを出した。ミルツでは出し得ない答え。その姿にミルツの心が揺れ動く。幼いころから見てきた息子といってもおかしくない男が新たな道へと踏み出そうとしている。自分の言うことに一度も逆らったことのない、小さいはずだった少年が。
「……申し訳ありませんが話はここまでです。ニーベル、オレはこれから旅立つ。お前はどうする?」
「え? ぼ、僕も一緒に行ってもいいの……?」
「ああ……お前にしかできないことがある。どっちにしろこのままここにはおいては行けないしな……」
「う、うん! 僕も連れて行って!」
「分かった……急ごう。ハル達が心配だ……」
慌てながらも笑みを浮かべながら走り寄ってくるニーベルに微笑みながらもジークはすぐにその手にある魔水晶に手をかける。空間転移を可能とするマジックアイテム。ここぞという時にしか使えない一度きりの切り札。だが今をおいてその時はない。エリーには座標となる魔水晶を渡している。その力によってジークがハル達の救援に向かわんとしたその時
「心配無用なり……主は今からここで死にゆく運命。レイヴマスター共に会うことはもはやない」
遥か上空からあり得ない老人の声が響き渡る。それだけではない。この場にいる全ての魔導士を凌駕するようなありない魔力が全てを支配していく。それだけの力がその老人にはある。
無限のハジャ。
大魔道の称号を持つもう一人の魔導士が今この地に現れた。
「―――っ! ハジャ……貴様が何故こんなところに……!」
自分の傍にいるニーベルを退かせながらジークは決死の表情によってハジャと向かい合う。そこには確かな戸惑いがある。先のミルツの言葉通りならハジャは今ハル達を襲撃していたはず。にも関わらずこの場に現れた。空間転移ならばそれは可能。だがそれはジークにとっては最悪に近いことを示唆する。つまりハジャが全てを終わらせてここミルディアンまで帰還してきたということ。ハル達の敗北を意味するものなのだから。
「フム……まさかとは思ったがやはりお主か、ジークハルト。時の民達を全員下すとは……」
だがそんなジークの内心を知ってか知らずかハジャはどこか状況を確認するかのように辺りを見渡しているだけ。まるでハジャ自身も状況が理解できていないかのように。そんな中、ハジャの視線がある一点に注がれ表情が強張って行く。
「その杖……成程。やはりお主とあの覆面の男は示し合わせていたということか……」
それはジークが手にしている一本の杖。間違いなく覆面の男が操っていた物と同じもの。しかもそれがジークの手に渡っていること、何よりも空間転移によってこの場まで送られたことが何よりも証。今、ハジャは覆面の男の術式によってここミルディアンにまで空間転移させられていた。何故こんな場所に送られたのか疑念に思いながらもハジャは思案する。これからどう動くべきか。すぐに覆面の男の元に戻ることも可能だが今のハジャでは勝てる可能性は全くない。古代禁呪を扱うことができる相手に勝つ手段を今のハジャは持たないのだから。あとはレイヴマスター達の元に再び襲撃をかけること。だが仕掛けたところで覆面の男に邪魔をされれば本末転倒。だがそんな中にミルディアンに送られるという事態。加えて計画に組み込んでいたジークハルトまで現れている。あまりにも出来すぎた状況だった。
「覆面の男……? 一体何の話をしている……?」
「あくまでも白を切るつもりか……まあよい。どうやらあの男はお主に我を倒させるつもりのようだが甘いな。すぐに後悔させてやろう……」
「……どうやらオレの知らないところで事態が動いているようだな。だが一つ聞かせろ。ハル達はどうした。貴様はレイヴとシンクレアを狙って動いていたはずだ」
「ほう……どうやらまたミルツが口を滑らせたようだな。よかろう。お主の言う通り我はレイヴとシンクレアを集めておる。今はまだ一つずつではあるがこれでレイヴマスターもルシアも全てを集めることはできん。星の記憶を手に入れて全てを手にするのは我一人ということだ……」
ハジャは困惑しているジークを前にしながらもその手にある二つの石をかざす。未来のレイヴとラストフィジックス。対極にありながらも同じく星の記憶への道を指し示すもの。それをハジャが手にしている限り誰も星の記憶へは辿り着くことはできない。
「……一つずつということは……どうやらまだハル達を倒したわけではないようだな」
「……フン、目ざとい奴だ。隠しても仕方あるまい。お主の言う通りまだレイヴマスター達はしぶとく逃げ回っている。だがそれも時間の問題。既に残る全ての六祈将軍が向かっておる。奴らに勝ち目は全くない。あきらめよ」
「……そうか。だがあまりハル達を舐めない方がいい。慢心は身を滅ぼすことになるぞ、ハジャ」
「かつての主のように……か? 残念ながらお主のような醜態を晒す気は毛頭ない」
ジークは突如現れたハジャに困惑しながらも確かにハル達が無事であることを確かめることに成功する。本当に全滅させられたなら全てのレイヴを奪われているはずなのだから。だが楽観ばかりはしていられない。一つとはいえレイヴを奪われてしまうほどの戦闘があったということ。シュダも向かっているが間に合うかは分からない。ならジークがすべきことはこの場からハジャを逃がすことなく倒すこと。奇しくもそのための力がジークの手にはある。
「ハ、ハジャ……ま、待つのじゃ……! 今ここで争ってはならん……街の者たちもおる! それにジークの話も無視すべきものではなかったのかもしれん……ここは話し合いを持とうではないか……!」
杖で体を支えながらもミルツは両者の間に割って入りながら仲裁せんとする。周囲にはっまだ傷ついた住人が大勢いる。もしこのままハジャがジークと戦えば被害は免れない。今度こそ多くの時の民が命を落とすことになる。それに加えジークの提案の可能性をミルツ自身も無視することができないでいた。もし魔導精霊力とレイヴのそこまでの可能性があるならハジャがそれを葬ってしまうのは早計過ぎる。だがそんなミルツの変化は
「愚かな……まさかジークハルト一人捕える事ができんとは。もうよい……貴様ら時の民は我がクロノスを手にした暁の最初の生贄にしてくれよう」
無慈悲な大魔道であるハジャの宣言によって遮られてしまう。クロノスという魔導士にとっては触れてはならない禁忌の名と共に。
「ク、クロノスじゃと……!? お主一体何を言っておる!? クロノスは禁呪! あれを封じることは我々時の民の使命じゃ! それはお主とて分かっておるはず……」
「フン……星の記憶に入ることを是としたお主に言われる筋合いはないがね。そもそも我が時の民となったのは全てクロノスを手に入れるため。主らなどそのための駒に過ぎん」
ハジャは滑稽だといわんばかりに驚愕し、体を震わせているミルツに真実を告げる。己が目的を。
『クロノス』
超魔法と呼ばれるこの世において唯一究極魔法魔導精霊力に近い力を持つという禁じられし魔法。時を限界まで歪ませあらゆるものの存在そのものを破壊する、古代の神々が封じられた禁忌。クロノスによって破壊された物は歴史上から姿を消し、誰の記憶にも残らないと言われるほど。
それは今、魔都の中心と呼ばれる地下に封印されている。それを守護することが時の民の使命の一つ。だがその封印を解く方法が存在する。それは
「大魔道の生贄……ジークハルト、お主を殺すことでクロノスは我が手に落ちる。そうなればルシアも、四天魔王も恐れるるに足らん。我こそが時の支配者となるのだ」
大魔道の生贄を捧げること。すなわちジークを殺すことで成し遂げられる。それこそがハジャが星の記憶を手に入れることと並行して進めていたもう一つの計画。そのためにミルツ達にジークを捕縛するように命を出していたものの失敗に終わった以上もはやミルディアンに利用価値はない。予定より早くなってしまったがもはやハジャには一刻の猶予もない。ルシアが戻ってくる前に、覆面の男が現れる前にクロノスを手にし、全てのレイヴとシンクレアを集める。無限の欲望の行きつく先。
その事実にミルツは、時の民の全ては絶望する。自分達の過ちが、罪が世界を崩壊に導かんとしている。もはや彼らにそれを止める術はない。だが
「……貴様の思い通りにはさせんぞ、ハジャ」
時の番人は恐れることなく無限の前に立ちふさがる。そこにはいくつもの想いが背負われていた。時を守るために。それは大きなくくりに過ぎない。その内にこそ守るべき者がある。欺かれ、利用された時の民を救うために。レイヴとシンクレアを取り戻すために。
「どうやらその杖を手に入れたことで我に勝てる気になっているようだが思い知らせてやろう……『無限』の前にはいかに力を増したところで『一』にも満たんということを……」
ハジャは告げる。自らの欲望を果たすために。魔導の深遠である究極の力に辿り着くために。
「見せてやる……無限にも超えられない物があることを」
今のジークにあるのは唯一つ。かつてシンフォニアで誓った誓い。共に強くなると、ルシアを止めると決めたあの日。そして
『命に代えてもエリーを守る』
たった一つの、確かな誓い。小さくともそれが世界を救う力になると今のジークには信じられる。
今ここに無限と時の番人の『時』を賭けた戦いの火蓋が切って落とされた――――
未開の地であり最後のレイヴがある東のイーマ大陸。その海岸に面する荒野で今、二つの勢力が相対していた。一つがレイヴの騎士達。レイヴを集めることによって星の記憶を守らんとする者達。もう一つが六祈将軍。DCの最高幹部でありシンクレアを集めることによって星の記憶を手に戦とする者達。だが今、そのどちらでもない人物が姿を現していた。それは
「お前……まさか、本当にシュダなのか……?」
元六祈将軍 『爆炎のシュダ』
かつてハルとの戦いに敗れ、死んだとされていた男が今再び表舞台へと姿をみせたのだった。
「久しぶりだな、ゲイルの血よ……相変わらず甘いところは変わっていないようだな」
不敵な笑みを浮かべながらもコートをはためかせながらシュダはゆっくりとハル達に向かって近づいて行く。それに向かってハルはまるで旧知の共に出会ったかのように喜びの声を上げながら出迎える。
「おいハル! 敵か味方かも分からねえ奴に不用意に近づくんじゃねえ!」
「そ、そうですよ! その人は六祈将軍だった人なんですよ!?」
「でも助かっちゃった、ありがとう! 何か今日は助けられてばっかりだね、プルー?」
『プーン……』
「だ、誰ポヨ!? あの怖い人は誰ポヨー!?」
ムジカとグリフが必死に声を上げるもそれはハルには届かずエリー達の騒ぎによって霧散してしまう。ムジカとて先の爆炎が目の前のシュダの仕業であることは分かっている。それがエリー達を救うための物であったことも。だがそれでもシュダが完全に味方であることにはならない。今はただでさえ三対二の状況。不確定要素である以上ムジカはどちらでも動けるようにするしかなかったのだが当のハルにはその気配は全くない。ハルにあるのは死んでしまったはずのシュダが生きていたことに対する喜びだけ。それがシュダが言う甘さの一つだった。
「なんだあ? 誰かと思えば死に損ないがやってきただけかよ。せっかく生き延びたくせにわざわざ出てくるなんて死にたがりの趣味でもあんのかねえ?」
「そんなことを言うものではないよ、ベルアル。それにしても驚いたよ、まさかまた君と会えるなんて! 流石は氷の僕と対となる資格がある炎の男!」
べリアルは見下すように、ユリウスは己に酔いながら乱入してきたシュダに話しかける。だがそこには全くシュダを気にする素振りはない。彼らにとってはシュダは六祈将軍でありながら唯一レイヴマスターに敗北したいわば負け犬。加えて六祈将軍の中でも後発であり実力不足、最弱の存在だったのだから。だがそんな扱いを受けながらもシュダはただ不敵な笑みを見せているだけ。ハル達ですらシュダの意図が掴めず呆然とするしかない。
「シュダ……どうしてお前がここに? もしかしてオレ達を助けに来てくれたのか?」
「……勘違いするな。オレはオレの目的があってここに来た。だがジークハルトには感謝しておくんだな。奴がいなければお前達の居場所も分からなかっただろう」
「ジークが!? ジークもここに来てるの!?」
「いや、あいつはまた時を守る使命とやらのために別行動だ。相変わらずよく分からん男だがその内ここにも来るだろう……だがその前にうるさいハエどもは黙らせておかねえとな……」
余計なおしゃべりだとばかりにシュダはそのままハル達を庇うように前に出る。六祈将軍三人を前にしても気圧されることがないほどの自信がそこにはある。それに後押しされるようにハルとムジカもまた再び武器を構える。
「おお、まさか僕達と本気で戦うつもりなのかい? 君なら僕達を相手にすることの意味を知ってるはずだろうに……いや、もしかして六祈将軍に戻りたいのかい?」
「フ……相変わらず冗談が歩いているような奴だな。こんな奴が元同僚だってんだから情けなくなってくるぜ……」
「その点だけはてめえに同意だがな……だが本気でオレ達とやるつもりか? お情けで六祈将軍になったような負け犬のくせによ」
「ああ、でも残念だったね。もう六祈将軍には新しい騎士が入ってしまっているんだよ。彼がそうさ」
ユリウスは髪をかきあげながら自らの隣にいるディープスノーを指さす。そこにはシュダが現れてから一言も発することなくシュダを睨み続けているディープスノーの姿がある。だがそんな視線を受けながらもシュダは意に介することはない。
「なるほど……オレの後任は随分ヤサ男なんだな。それとも新しくキングになったルシアの趣味ってわけか」
シュダは挑発的な言葉を口にしながらもその瞳は冷静そのもの。一挙一動すら見逃すまいとする鷹の目。その証拠にシュダは瞬時にディープスノーの実力の片鱗を感じ取っていた。間違いなく六祈将軍の名を継ぐに相応しい実力を。
「初めまして……ディープスノーと言います。まさかあなたの方から現れてくれるとは思ってもいませんでした……」
「ほう……てめえと会うのは初めてのはずだが?」
挑発を受けながらもそれ以上の殺気をみせながらディープスノーはシュダに向かい合う。その姿に隣にいるべリアルとユリウスも驚かされるほど。常に冷静沈着なディープスノーがこうも続けて好戦的態度を見せるなどあり得ない。だがその理由がディープスノーにはある。
「いずれ消す予定でした。私が六祈将軍にいる意味……あなたより強いという証明を手にしなければなりませんから……」
自分の前にいた六祈将軍であるシュダを葬ること。ルシアに新たに選ばれた自分こそが真の六祈将軍であることを証明すること。それがディープスノーの目的。図らずもそれが相手からやってきてくれた形。新旧の六祈将軍対決。それを悟ったべリアルとユリウスもまたシュダ以外の二人に狙いを定める。シュダにとってもディープスノーは自らの後任という因縁浅からぬ相手。だが
「ディープスノー……なるほど、てめえがそうなのか……」
「……? どうしたのですか。まさかこの期に及んで恐れを為したのですか」
その手にしかけた刀の柄を離し、シュダは独り言のように呟く。まるで何かを思い出したかのように。そんな予想外の反応にディープスノーですら困惑を隠せない。しかしそんなディープスノーを前にしながらもシュダはそのまま一歩下がり
「気が変わった……ハル、お前があいつの相手をしろ。オレはベリアルの相手をする」
ハルに向かってそんな理解できない言葉を言い放った。
「え? オ、オレが……? 何でいきなり……?」
「てめえさっきからどういうつもりだ? まさか最初からおちょくるためだけにやってきたわけじゃないだろうな」
突然ディープスノーの相手に指名されたハルは困惑し、ムジカは理解できない行動をしているシュダに声を上げるもシュダは既にその場から離れベリアルの元に向かっている。どうやら戦う気がある、少なくとも自分たちに害する気がないことにムジカは舌打ちしながらも納得するしかない。
「これはお前の役目だ……キングを倒した者としてのな」
「キングの……?」
「…………」
シュダはその言葉だけを残し。その場を後にする。まるで後を任せたかかのように。その言葉の意味を知らないハルは困惑する物の場を任された以上後は戦うのみ。ディープスノーもまた無言のまま去って行くシュダを睨みつけていたもののすぐさまその標的をハルへと切り替える。もはや戦いは避けられない。
「……ムジカ、もう一人の方を頼めるか」
「余裕。さっきからあのニヤケ野郎をぶちのめしたくて仕方なかったところだ。六祈将軍だか何だか知らねえがこれ以上好き勝手させねえから安心しな」
「ああ……気をつけてな」
「おう。お前も気をつけろよ」
まるで悪役のような台詞を吐き、指を鳴らしながらユリウスの元に向かって行くムジカに苦笑いしながらもハルはその手にあるTCMに力を込める。奇しくも状況は三対三。
それぞれの思惑が絡み合った乱戦が今ついに始まった――――
『魔都の中心』
クロノスが封印されし禁じられし領域。そこでいままさに二人の大魔道の戦いに決着がつかんとしていた。その激しさを物語るように巨大な地下空洞は今にも崩壊せんほどに荒れ果て、破壊された神殿が無残に砕け散っている。時間で言えば半日以上もの長き間に及ぶ魔法戦による影響。それが時の番人ジークハルトと無限のハジャの戦い。だがそこには覆すことができない絶対の壁があった。
「ハアッ……ハアッ……!!」
ジークは手にある杖で体を支えながら立ち上がるも満身創痍。服は破れ、意識も朦朧としかけている。いつ倒れてもおかしくない程の重傷。だがそんなジークとは対照的にハジャは全くの無傷。あまりにも対照的な光景。それこそが今のジークとハジャの間にある差。
「そろそろあきらめた方がよい……分かったであろう、我と主の間にある力の差を。我の魔力は無限。どんなに魔力を持ったとしても有限である限り主に勝ち目はない。何よりも大魔道としての器の違いがある以上主の魔法は我には届かぬ」
ハジャは上空からまるで虫を見下ろすかのようにジークに告げる。自らの絶対的な力と絶望を。その前にはジークだけでなくミルツを含めた時の民ですら無力。その証拠にミルツやニーベル、ヒルデもまたジークを救うべくこの場にやってきたもののその全てが通用しない。彼らにできるのはただ時間稼ぎのみ。だがついにそれも終わりを告げる。
(くそっ……! もう杖の魔力もあとわずか……オレのいかなる魔法も通じなかった……打つ手はない……まさかここまで差があるとは……)
ジークは歯を食いしばりながらハジャと対峙するももはや勝機は残されていない。ジークは自分の見通しが甘かったことを後悔するしかない。
『無限のハジャ』
その名の通り無限の魔力こそがハジャの脅威だとジークは考えていた。それは間違いではない。魔導士にとって力の源であり武器でもある魔力を無限に持つことができれば恐れる者はない。だがその条件であれば擬似的であれば杖を手にしたジークも同じ。有限ではあるが使いきれない程の魔力を手にした点では同様。その証拠に単純な魔力のぶつかり合いでは拮抗することができた。しかしそこでジークは思い知ることになる。大魔道という称号の意味を。
それは単純な魔導士としての力量の差。いくら魔力が拮抗しようとも扱える魔法の力には差が生まれてしまう。先程までの戦いは大魔法である宇宙魔法の応酬。だがその全てをハジャはジークを上回った。ジークの魔法は一度たりともそれを打ち破れない。同じ宇宙魔法であっても使い手が異なれば当然威力が異なる。加えてハジャはジークが知り得ない、扱えない高位の宇宙魔法まで有している。できるのはただ魔力に頼り相殺することだけ。だがそれもここまで。既に杖の魔力は限界に近づき、相殺することもままならない。
それが六祈将軍最強であり大魔道ハジャの力。
「どうやら万策尽きたようだな……魔力を持たない魔導士など何の価値もない。だが最後に讃えてやろう……無限に対してここまで戦えたのはお主が最初で最後。せめて一瞬でクロノスの生贄としてくれよう」
ハジャの宣言と共に最後の魔法が放たれんとする。触れた者の命を一瞬で絶つ暗黒魔法『最終絶命線』その死の光によって全てが終わる瞬間をニーベル達はただ待ちうけるしかない。だが
「―――ジークッ!?」
その光に向かってジークは残された魔力によって風を舞い、飛び上がって行く。反射に近い動き。避けることを考えない愚直な突進。だがその瞳には確かな希望がある。それは奇しくもハジャの言葉によってもたらされた勝機。
『魔力を持たない魔導士』
ハジャの言う通り何の価値もない存在。かつてのジークであれば同じように考えたはず。だが今は違う。ジークにとって今のハジャはかつての自分。魔法を絶対のものだと盲信し、それ以外を侮っていた存在。その慢心をジークは身を以て思い知らされた。
金髪の悪魔という少年によって。
「ああああああ――――!!」
ジークは咆哮と共に杖に残された最後の魔力でハジャの魔法を防ぐ。だがそこまで。防ぐことができてもジークの魔法ではハジャには通じない。既に杖に魔力はなく次はない。否、次などジークにはあり得ない。何故ならこの瞬間こそがジークの最後の勝機なのだから。
ジークはその手にある杖に力を込める。何の魔力も持たない杖。それこそがジークの切り札。
『魔導士は魔力なきものは防げない』
魔法という絶対の力を持つ者が陥る罠。かつてジークは金髪の悪魔によってそれを思い知った。何の力も持たない鉄の剣こそが魔導士にとっては天敵となりえる。あまりにも皮肉な、そして力を持つ者にとっての最後。その最後の一撃こそが無限のハジャを貫く――――はずだった。
「―――――」
それは誰の声だったのか、それとも悲鳴だったのか。それすらも分からない刹那、ジークは確かに見た。自らの最後の攻撃がハジャによって躱されてしまう光景を。魔法に絶対の自信を持っている無限のハジャではあり得ないようなこと。だが間違いなくハジャはその杖を避けていた。まるで最初からこうなることが分かり切っていたかのように。それは
「最初に言ったであろう……我は主のような醜態を晒す気はないとな」
初めからジークが辿り着くであろう答えを知っていたからこそ。ジークは失念していた。ハジャがDCの頭脳とまで呼ばれるほど知略に長けた者であることを。ハジャはその一環としてかつてのジークとルシアの戦いを監視していた。当然ながらその結末を。ジークの敗因。それは自分と同じようにハジャもまた変わる可能性があったことを見落としたこと。
「さらばだ……時の番人よ。番人などもはや必要ない……これからは我こそが時そのものなのだ!!」
死の宣告と共に死の光がジークを包み込み、全てを無に帰していく。
それが大魔道であるジークとハジャの戦いの終焉だった――――
「そ、そんな……嘘だ……ジークが負けるなんて……」
「ジークハルト様……」
自分達の希望であるジークが破れ去ったことでニーベル達は膝を突き、絶望に染まる。ミルツは悔しさと罪悪感によって唇を噛み、涙を流しながらも言葉すら出てこない。だが現実は変わらない。弱肉強食という自然の摂理。魔導士であっても、魔導士であるからこそ逃れることができない真理。それを示すように悠然と生き残ったハジャは地面へと下りたち、そのまま一歩一歩近づいて行く。そこには一つの奇跡がある。クロノスという名の禁断の果実が。
「光栄に思うがよい……貴様らは我が時の始まりを意味する生贄。すぐにジークハルトの元に送ってやろう……」
ハジャはこれ以上にない興奮と高揚感の中ゆっくりとその手をクロノスへとかざす。それは魔導士としてのいきつく場所。究極への探求。それが今まさに手に入らんとしている。だがそれは
「―――っ!? なっ何だこれは!? 何故クロノスが解放されない!? 確かに我は大魔道の生贄を捧げたはず……!?」
驚愕によって終わりを告げる。いくらその手をかざそうとも、手に入れようと魔力を込めてもクロノスは応えることはない。まるでその資格がハジャにはないと告げるかのように。そんなあり得ない状況にハジャですら困惑するしかない。いくら考えても理解できない。だがようやく刹那に近い時の中でハジャはその答えに辿り着く。あまりにも単純な、そしてあり得ない答え。それは
「……その手を放せ」
大魔道の生贄、ジークハルトがまだ生きているということだった。
「ジーク!!」
「ま、まさか……何故貴様が生きておる!? 我の魔法を確かにその身に受けたはず……いや、その前にお主にはもう魔力は残っていなかったではないか……!?」
ニーベル達は目の前に起きた奇跡に歓声を上げるもハジャはそれ以上に恐怖を感じていた。何故ならつい先ほど間違いなくジークはハジャの魔法によって死んだはずなのだから。回避することも防御することもできないタイミング。それどころか魔力すら残っていなかったにもかかわらず。ネクロマンシーかと疑うも間違いなくジークは生きている。時間を刻んでいる感覚がハジャには手に取るように分かる。別人でもない。その証拠にその満身創痍の体も服装もそのまま。既に死に体といってもおかしくない状態。ただ違うのは
ジークの持つ魔力の質が、量が全く別物になってしまっていたこと。
「―――――っ!?」
その意味に気づき、ハジャはこの場にやってきてから初めて恐怖する。目の前の魔導士であるジーク。彼が内に秘めている、開けてはいけない扉を自らが開けてしまったことに。その意味をミルツだけは知っていた。
(これは……間違いない! 超えたのじゃ!! 戦いの最中にハジャを超えてしまったのじゃ!!)
ジークがハジャとの戦いの中でそれを超えたのだと。戦いの中で自らの才能を覚醒させるという離れ業。奇跡にも等しいそれをジークは成し遂げた。だがそれはこれまでのジーク自身の鍛錬とその才覚があったからこそ。そしてそこには与り知らぬことではあるがそれを促すために魔力のみを込めた杖を覆面の男が送り、ジークの器を呼びこす手助けがあった。だがそんな事は些細な違いに過ぎない。あるのは唯一つの答え。
『世界最強の魔導士』
ジークハルトが大魔道を超えさらなる高み、世界最強の魔導士の称号である『超魔導』の領域に至ったことを意味していた。
(馬鹿な……こんな、こんなことが……!? 我が師以外に大魔道を超える魔導士が二人も存在するなど……)
ハジャはただ目の前のジークから放たれている魔力によって気圧されるしかない。魔導士としての本能。それに抗うことなどできない。だが同時にある人物がハジャの脳裏に生まれてくる。つい先ほどまで戦っていた覆面の男。その男がジークと被って見える。あり得ないような、気が触れたとしか思えないような思考。もはやハジャには戦う気力は残されていない。戦う前からそれが分かってしまうほどの力の差が今のジークとハジャの間にはある。あるのはいかにこの場を脱するかということだけ。だがそんな微かな望みは
「フム……どうやらこちらから先に足を運んで正解だったようだな」
そんな天からの声によって絶たれてしまう。ハジャだけでなくその場にいるすべての者が声に導かれるように天を仰ぎ見る。
そこには一人の老人がいた。見る者を恐怖させる形相と輝く金髪と髭を持つ魔導士。だが彼には一つの二つ名があった。それは
『超魔導シャクマ』
世界最強の魔導士。剣聖と対を為す称号を持つ王者。
今ここに、時を巡る魔導士たちの宴の最後の招待客がついにその姿を現した――――