五つ目のレイヴポイントである東のイーマ大陸。一刻も早くそこへ辿り着くべくハル達の乗る飛行船シルバーナイツ号は限界ぎりぎりの速度で空を翔ける。だが既に船は見るも無残な有様。壁には穴が空き、ところどころから煙まで出始めている。もういつ墜落してもおかしくない状況。先程まで船を襲って来たハジャは覆面の男の足止めによって食い止められたにも関わらず。何故ならハル達は今、新たな脅威によって追い詰められつつあったから。それは巨大なドラゴンの群れ。まるでハジャがいなくなったタイミングを見計らったかのように無数のドラゴンの群れがハル達に襲いかかってきた。
六祈将軍の一人 『龍使いジェガン』
その名の通り、龍を操ることができ、自身も竜人である男。ハジャの命によって待ち伏せしていたジェガンとドラゴンの群れの襲撃によってハル達は再び窮地に陥らんとしていた。
「オラァ!!」
その手にある銀のドクロを変幻自在に操り、鞭のように伸ばしながらムジカは次々にドラゴンを海へと叩き落としていく。空の上、船の上からでも戦うことができるムジカは今のハル達にとって貴重な戦力。だが一匹一匹がその名の通り凄まじい強さを誇るドラゴンではいくらムジカとはいえ簡単にはいかない。船を守りながら戦わなければならないという圧倒的不利な状況。
「封印の剣!!」
ハルもまたTCMによってドラゴンに立ち向かって行く。今は迎撃をムジカに任せ、自身は封印剣によってドラゴン達のブレスから船を守っているところ。しかし甲板の上でしか戦えない以上、全てのブレスを切り裂くことはできず船には着実に損傷が蓄積されている。泥沼に近い消耗戦へとハル達は追い込まれつつあった。
「ちくしょう……キリがねえっ!! このままじゃ船の方が先に落されちまう……!!」
「あたしももう弾があんまり残ってないよ……」
「ボ、ボクももう限界ポヨ……魔力がもう切れちゃいそうポヨ……」
戦い慣れしているムジカとは違い、どうしても体力面で劣るエリーやルビーは既に疲労によって動きが鈍りつつある。それほどまでに数と地形の不利は大きい。ムジカの言う通りこのままでは先に船の方が撃墜されてしまいかねない。だがそれでも彼らはあきらめるわけにはいかない。
「頑張れみんな!! きっとレットがやってくれる……オレ達もそれまで持ちこたえるんだ!!」
叫びと共に真空剣によってドラゴンを薙ぎ払いながらハルは仲間達を鼓舞する。その言葉通り、この場には仲間であるレットの姿はない。レットはドラゴンを操っているジェガンを倒すため、ハル達を行かせるために単身六祈将軍に挑んでいった。今この時も自分達を救うために戦ってくれている。ドラゴンの大群を相手にするよりも遥かに困難な相手にも関わらず。
「そ、そうです! きっとレットさんならやってくれます!」
「うん! 覆面の人も頑張ってくれてるんだもん……あたしたちも頑張らなきゃね!」
『プーン!』
「ム、ムジカさん! やっとイーマ大陸が見えてきました!」
「っ! よし、どこか着陸できる所を探せヘビ! そうすればもう少しマシに戦える!」
皆の士気が再び上がってきたと同時に光明となる情報が操縦しているヘビによってもたらされる。その言葉を証明するように船の行く先には巨大な大陸が垣間見える。そこに辿り着き着陸することができれば今よりも遥かに戦いやすくなる。これまでひらすらに追い詰められてきたハル達にとってはこれ以上にない勝機。後はレットがジェガンを倒してくれるのを信じるだけ。だがそんな中
「え……? ど、どうなってるんだ、これ……?」
ハルは突然の理解できない事態に呆然とするしかない。それは先程まで自分達を追い詰めていたドラゴンの群れが一斉に攻撃を止め、飛び去って行く光景。
「みんなどこかに行っちゃったよ……? もしかしてレットがあいつをやっつけたから?」
「き、きっとそうポヨ! 流石レットポヨ! ボク達も助かったポヨ!」
エリーとルビーは飛び去って行くドラゴン達を前にして喜びの声を上げる。ドラゴンの群れは一匹残らず同じ方向に戻って行く。ハル達からすればレットが勝利し、ドラゴン達が操られなくなったからだ受け止めるのは当然。だが
「……いや、何か妙だな。あいつらの動きは全然変わってねえ……」
「オレもそう思う……まるでここで引き返すことが決まってたみたいな感じだった……」
ムジカとハルは素直にそれを喜ぶことができないでいた。戦い慣れしている、戦士のとしての直感。加えてドラゴン達の動きは先程までと変わらない統制された物のまま。支配から解放されたとは思えないような動き。
「お、お二人とも何を言ってるんですか? とにかくもうこれでドラゴンが襲ってくることはなくなったんですからいいじゃないですか!」
「そうだよ! 無事にここまで来れたんだから! それよりもこれからどうするの? このまま最後のレイヴの場所まで行く? それとも近くでレット達が戻ってくるのを待つの?」
「……そうだな。どっちにしろ船を修理しなきゃこれ以上飛び続けるのは厳しいな。おいヘビ、どこか良さそうな場所は」
違和感は拭えないもののともかくこれからの行動を思案し、ムジカが動き出そうとしたその瞬間
凄まじい暴風がシルバーナイツ号に襲いかかった――――
「きゃあああっ!?」
「な、何だ一体っ!?」
「嵐ポヨー!! 嵐が来たポヨー!?」
「ちっ……! とにかく全員船の中に戻れ! このままじゃ空に投げ出されちまうぞ!?」
突如として襲いかかってきた暴風に吹き飛ばされそうになりながらも間一髪のところでハル達は甲板から船内へと退避する。だがその風の凄まじさは衰えることなく船を巻き込んでいく。まるでデスストームに突っ込んでしまったかのような有様。しかしいくら外を確認しても嵐どころか雲一つない。これだけの暴風が発生するとは思えないような不可思議な状況。
「何が起こってるんだ!? ヘビ、とにかく早くこの風から脱出しろ! このままじゃ墜落しちまう!!」
「ダ、ダメっす!! さっきから何度も試してるんスけどエンジンが動かないッス!? 補助の分も含めて全部なんてあり得ないのに……!?」
必死の形相を見せながらムジカが操縦席に飛び込むも状況は最悪。暴風によって船の自由が奪われているのに加え船の制御もままならない絶体絶命の危機。確かに戦闘の連続によって船は傷ついてはいるもののエンジンを含めて全ての計器が使用不能になるなど通常ではあり得ない事態。
「くそ……!! ヘビ、操縦を代われ! 手動で何とかする! お前ら、近くにある物を掴んでろ! このまま緊急着陸する!!」
弾けるようにムジカは操縦桿を握りながら船の制御を試みる。既に暴風によってこれ以上進路を進むこともできず、まともに飛行することすらままならない。残された選択肢は手動によって緊急着陸することだけ。ハル達は声にならない悲鳴を上げながらも着陸に備える。ムジカは残された全ての選択肢を以て船を地面へと胴体着陸させる。現役のパイロットもかくやという神技。衝突の衝撃と摩擦によって船は破損し、火花が上がる。いつ爆発してもおかしくないデッドコースター。だがそれをムジカ達は乗り越える。轟音から無音へ。傾いた船と煙が充満する中、ムジカは大きな溜息とともに安堵する。
(危なかった……着地寸前にエンジンが戻らなきゃどうなってたか……)
顔を抑えムジカはふらふらと席から立ち上がりながら偶然に感謝していた。それまで動かなかったエンジンや計器が着陸寸前に復活することがなければ最悪そのまま全滅していたのかもしれないのだから。
「おい、みんな大丈夫か!?」
「ああ……何ともない。エリー、怪我はねえか?」
「うん、あたしも大丈夫! ちょっとびっくりしちゃったけど……」
「ぐみゅー……し、死んじゃうかと思ったポヨ……」
「み、みなさん、とにかく早く船から一旦出ましょう! いつ爆発するか分かりませんよ!」
互いの無事を確認し、安堵しながらもハル達はグリフの言葉に従うように一斉に船から脱出する。いくら無事だったとはいえ胴体着陸した後の船の中のいつまでも留まっているのは危険すぎるため。しかしハル達は知らなかった。
「お、やっと出てきやがったか。あのままつまらない技で死んじまったらどうしようかと思ったぜ」
「まったく……僕とディープスノーの美しい氷と風のコンビネーションをもっと讃えてほしいものだよ。そうは思わないかい、ディープスノー?」
「いえ……私はユリウス様に合わせただけですから……」
ようやく終わったと思ったこの戦いの終着点がまさにこの場であったことを。
「お前ら……一体何モンだ。まさか通りすがりってわけじゃねえよな?」
「……下がっててくれ、みんな。思ったよりもヤバそうな連中みたいだ……」
まるで自分たちが出てくるのを待っていたかのように現れた三人組を警戒し、ハルは剣を、ムジカは銀を構えながら対峙する。その表情は既に臨戦態勢。ともすればドラゴンを相手にした時よりも追い詰められているかのような緊迫感。その証拠にハルとムジカは自分たち以外の仲間にここから下がっているように指示を出している。
「おや、そうだったね。僕らは六祈将軍。DC最高幹部でありルシアに忠誠を誓う美しい騎士。その中で最も美しい騎士がこの僕、ユリウス・レイフィールドさ」
だがそんな空気をぶち壊すかのようにその中の一人、ユリウスは髪をかきあげながら優雅に自己紹介を始める。そのあまりの場違いさにハル達は呆気にとられかねるも気を抜くわけにはいかなかった。どんなに気が抜けそうな相手であっても油断できない言葉をユリウスは口にしたのだから。
「六祈将軍……ってことはお前達もシンクレアとレイヴを狙って来たのか?」
『六祈将軍』という名の称号を。
「ガハハ! まあオレはそんなもんどうだっていいんだがな! でも驚いたぜ、ここまで来たってことはジジイとジェガンの奴から逃げてこられたってことだろ? ま、大方誰かを囮にしてきたってところだろうがな」
「っ! お前……!」
「落ち着けハル……相手は三人だぞ! 不用意に動くんじゃねえ!」
「くっ……わ、悪い……」
挑発的なベリアルの言葉によって激昂し突撃しかけたハルをムジカは何とか抑える。頭に血が上ると周りが見えなくなるハルであっても今の状況がどれだけまずいかは理解できていた。六祈将軍という先程のドラゴンが可愛く見えるような実力を持つ戦士が三人も目の前にいる。加えてまともに戦えるのはハルとムジカのみ。酷ではあるがエリー達では六祈将軍と戦うことはできない。それどころか足手まといになりかねない。最悪三対二の状況でエリー達を守りながら戦わなければならないのだから。
「しかし今日は六祈将軍って奴ばかりに会うな……いい加減うんざりしてきたぜ。他にやることねえのかよ、オレ達の熱狂的なファンってわけか?」
「それは悪かったね。でもこれは運命なのさ。レイヴの騎士である君達とDCである僕らは戦う定めにある。大人しくあきらめた方がいいよ。美しさだけでなく強さも君達では僕らには敵わないんだから……」
「……六祈将軍ってのはこんなイロモノばかりなのかね。どうせならレイナみたいな美人の集団なら大歓迎なんだがな……」
ムジカはわざと挑発的な言葉によって煽り、隙を生み出さんとするもユリウスには全くそれが通用しない。それどころか会話が成立しているかどうかも怪しい始末。だがそれでも会話をしている中でエリー達がこの場から遠ざかる時間を稼ぐしかない。
「お前も六祈将軍なのか……?」
「……ええ、お初にお目にかかります。ディープスノー……それが私の名です、レイヴマスター……」
ムジカの意図をくみ取ったハルもまた不慣れながらも会話によって時間を稼がんとする。相手は自分の目の前にいる白いコートに身を包んだ男、ディープスノー。だがその視線によって射抜かれたハルはおもわず圧倒されてしまう。端から見れば冷静沈着な男でありユリウスやベリアルに比べればいくらか話し合いができるかと思っていたハルだったが予想外の態度に困惑するしかない。それはまるで仇を見るかのような炎を宿した瞳。これまで経験したことがない視線だった。
「……お前の狙いもあのハジャって奴と同じように星の記憶を手に入れることなのか? どうしてそんなことを……」
「……いいえ。私が戦う理由はルシア様のためだけです。そのためにあなたにはここで死んでもらいます、レイヴマスター……」
「アキのために……?」
まるで想像していなかった答えにハルは困惑することしかできない。だがその戸惑いとは関係なく既にディープスノーはその指を振るわんとするも
「ちょっと待ちな、ディープスノー。お前何勝手に戦い始めようとしてやがる? レイヴマスターはオレの獲物だったはずだぜ?」
それはどこか不満げな表情をみせながら割って入ってくるベリアルによって阻まれる。見ようによっては仲間割れに見えかねない状況。だがそれによってまるで我に返ったかのようにディープスノーは指を下ろしていく。
「……申し訳ありません。少し冷静さを欠いていました……」
「そんなに気にすることはないよ、ディープスノー。でも珍しいね、君がそこまで熱くなるなんて……ああ、でもそんな君も美しいよ! 僕には及ばないけれど十分すぎるほどの」
「てめえの御託はどうでもいいんだよ。ま、とにかく悪いがここで死んでもらうぜ、レイヴマスター。ようやく本気で暴れられそうなんでな」
まるで獲物を前にした獣のような笑みを見せながらべリアルは悠然とハル達に向かって近づいて行く。それに続くようにユリウスとディープスノーも動き出す。ハルとムジカは覚悟を決めたかのように己が武器に力を込める。もはや迷いはない。例え三対二であっても逃げることは許されない正念場。だが幸いにもエリー達は自分たちからは離れた場所へ移動しつつある。後は自分たちが六祈将軍を倒すだけ。しかしそれは
「だがその前に余計なゴミは潰しとかねえとな……その方がお前らも気兼ねなく戦えるだろ?」
邪悪な笑みを浮かべながら自らの指を鳴らすベリアルによって終わりを告げる。その言葉が何を意味するか理解するよりも早くベリアルの胸にある六星DBジ・アースの力が解放される。その言葉通り、ハル達ではなくこの場から離れようとしている者たちに向かって。
「嘘っ!? なにこれ、地面がこっちに向かって来てる!?」
「そ、そんな!? このままじゃ潰されちゃいますよ!?」
「ど、どこに行けばいいポヨ!? 逃げ場がないポヨー!?」
それまで声を上げることなくハル達から離れようとしていたエリー達はその光景についに叫びを上げる。凄まじい地震のような揺れと音と共に地面が、大地が隆起しエリー達を飲みこまんと迫ってくる。まるで土の津波のような悪夢。逃れようがない圧倒的な質量の暴力。それに抗う術はエリー達にはない。
「っ!? 逃げろ、エリ――――!!」
「くそっ!! 間に合わねえ―――!?」
弾けるように動きだすももはやハルとムジカにはどうすることもできない。直接助けることも、ベリアルを止めようとしても間に合わない距離。その光景を楽しげにべリアルは眺めているだけ。エリー達が逃げ出そうとしているのを知っていながら放置していたのもこれを狙っていたからこそ。仲間を殺されたハル達の絶望の顔を見ること、そしてそれによって怒った彼らに無力さを思い知らせながら圧殺する。戦闘狂であり悪魔候伯と呼ばれるベリアルの残忍さ。それによって全てが飲み込まれようとしたその時
「…………相変わらず甘いな、ハル・グローリー」
地面の波は爆炎によって跡形もなく消え去った――――
「―――――」
その場にいる者は誰一人声を上げることすらできなかった。ただその光景に目を奪われるだけ。六祈将軍ですらその例外ではない。いや、六祈将軍だからこそ。
既にエリー達を襲おうとした大地は跡形もなく木っ端微塵にされている。あるのはまるで無数の爆弾がさく裂したかのような痕が残っているだけ。圧倒的な爆風と粉塵の中から一人の男が姿を現す。
その男をハル達は知っていた。だがその姿はかつてとは大きく異なる。片目は傷によって塞がれ、右腕は義手。黒いコートの狭間からは腰にある二本の刀が見え隠れしている。だが変わらないのは触れるだけで燃えてしまいそうな、以前よりもはるかに増した鋭い闘気だけ。
「さて……六祈将軍の集まりならオレも混ぜてもらわねえとな」
元六祈将軍の一人 『爆炎のシュダ』
今ここに全ての六祈将軍を巻き込んだ乱戦の火蓋が切って落とされた――――
果てしなく続く広大な海の上で縦横無尽に空を舞う二つの影がある。だがそれは鳥ではない。魔導士という名の称号を持つ二人の男が今、ぶつかっていた。
「…………」
一人は覆面とマントに身を包んだ男。一本の杖に乗りながら空を舞っている。その姿はまるで雪山を滑るサーファーのよう。全く危なげのない洗練された動き。見る者を魅了してしまうほどの美しさ。
「……フン」
対するは杖もなくその身一つで空を舞う老人、無限のハジャ。だがその速度は覆面の男に勝るとも劣らない高速飛行。その証拠にハジャは全く離されることなく自分から距離を取ろうとしている覆面の男に追い縋っている。魔導士同士による空を舞台にしたドックファイト。だがそれだけで終わることはない。ハジャは全く予備動作なく自信の周りに魔力を生み出し、その全てを魔力弾としながら覆面の男に向かって撃ち放つ。一発一発が致命傷に至りかねない程の攻撃。だがその全てを覆面の男は杖を乗りこなし回避していく。狙いを外れた魔法によって海には数えきれないほどの水柱が生まれ、飛び散った水は雨のように降り注ぐ。その全てがハジャの魔法によるもの。だがまるで避けられることを計算していたかのように外れた魔法が誘導され覆面の男の進行方向に先回りする。同時に挟撃するようにハジャもまた新たな魔法を放つ。回避できない全方位からの攻撃。だが覆面の男はそれを前にしても動揺は見られない。代わりにその背中にある杖の内の三本を操り瞬時に魔法陣を生み出す。それは
「三重魔法陣 『鏡水』」
相手の魔法を跳ね返す鏡の力を持つ魔法陣。その名の通り鏡のように魔法陣はハジャの魔法を反射し、無効化する。覆面の男を狙った魔法はそのまま目標を失い海へと落ちて行く。だがようやくそれを前にして覆面の男は動きを止め、その場に留まる。それを見ながらハジャもまた動きを止め互いに対峙する。これだけの高速戦を行いながらも両者に疲労は見られない。それどころか二人にとってはこの戦いは様子見の意味しか持たないやりとりだった。
「……どういうつもりだ。逃げてばかりでは我に勝つことはできんぞ……それとも本当に足止めだけが主の目的ということか?」
ハジャは全く油断なく覆面の男に問いかけるもそれに答えが返ってくることはない。ある意味予想通りの展開とはいえあまりにも不可解なこれまでの流れにハジャは疑念を抱いていた。
(こやつ……何故全く魔法を使ってこない? 間違いなく大魔道に匹敵する実力はあるはず……)
それは戦いが始まってから覆面の男が全くハジャに向かって魔法を使ってこないこと。戦闘が開始されてから覆面の男はただひたすらに杖に乗り、ハジャから逃げるように距離を取り続けるだけ。避けきれない魔法に関しては先のように防御魔法を展開するもののそれ以上の行動を起こすことがない。いかに足止めが目的だとしても一度も攻撃してこないなど普通はあり得ない。
(それにあの杖を使った魔法……確かに凄まじいが練度は低い。杖に込められておる魔力から考えればお粗末すぎる……)
加えて覆面の男が使用している魔法にはどこか粗が感じられる。まるで使い慣れていない魔法を無理やり使っているかのような違和感がハジャにははっきりと見て取れる。だが決して覆面の男が未熟だと考えることはできない。その身のこなし、杖に内包されている魔力は間違いなく大魔道のそれなのだから。それを見抜き、様子見を続けてきたハジャだったが流石にこれ以上は付き合う価値はないと判断する。
「……いいだろう。久しぶりの魔法戦ゆえ付き合ってやろうと持ったがここまでだ。我には時が限られておる。悪いがすぐに終わりにしてやろう……」
ハジャはすぐに己が為すべきことを思考する。ルシアが魔界に行っている間に全てのレイヴと残った一つのシンクレアを確保すること。もし四天魔王まで配下とされればもはや打つ手はない。予想外の妨害によってレイヴマスター達を逃がしてしまったものの退路は既に絶っている。レイナを除いた全ての六祈将軍を向かわせることによって。元々は保険としての物だったが策が功を為した形。レディによってルシアから待機命令が出ていたようだが副官であるハジャであれば命令を下すことが可能。元々行動が制限されていたことへの不満、レイヴマスターの殲滅という疑われることのない命令であることからハジャは六祈将軍全員を掌握することができた。例えレイヴマスター達が六祈将軍と同等の実力を持っていたとしても四人を相手にすればただでは済まない。もし逃げ延びたとしても倒すことは容易い。どう転んでもハジャの勝利は揺るがない。
ハジャは一度大きく息を整えながらも指を振り、詠唱を開始する。同時に巨大な魔法陣がハジャの前に姿を現し魔力が風を巻き起こす。宇宙魔法という大魔法。大魔道でしか扱うことができないもの。その無慈悲な力が今にも放たれんととするも
「……そろそろか」
それはどこか場違いな覆面の男の言葉によって止められてしまう。当たり前だ。今まで戦闘にはいってから一言もしゃべらなかった男が突然口を開いたのだから。しかもマントから懐中時計にも似た何かを取り出しながら。何かの魔道具かと疑うもそこには全く魔力がない。正真正銘ただの時計。ハジャは知らない。それがただ単純に今の時間を確認するための行為だったことを。
「貴様、一体何を……?」
「……お前には分からないことだ。だが先の言葉をそのまま返そう。お遊びはここで終わりだ」
ハジャの困惑を全く意に介することなく男はその両手を振るう。ハジャ同様魔法を発動させるための動き。だがその動きと詠唱によってハジャの表情が初めて驚愕に染まる。それは覆面の男がしゃべったからでも、自分に魔法を使おうとしているからでもない。
ただその魔法があり得ない物であったからこそ。魔導士としての本能だった。
「こ、これは……!? まさか……」
ハジャは動揺を隠すこともできないままただ空を見上げる。そこには既に先程まであった晴天の空はない。凄まじい魔力の渦とそれに呼応するように雷雲にも似た何かが空を覆い尽くしていく。余波によって海は荒れ、風は荒れ狂う。その全てが魔法が行われる前の前兆。しかしただの魔法ではこんなことはあり得ない。何よりもハジャは知っていた。その魔法が何であるかを。それは
『星座崩し』
古に失われたはずの隕石を操る禁じられし魔法。
古代禁呪と呼ばれる超魔導にしか扱うことができない奇跡。
(ば、馬鹿な……!? 何故あの男がこんな魔法を……!? この魔法は我が師しか扱えぬ古代禁呪のはず……!!)
ハジャはただ驚愕し、初めて恐怖する。古代禁呪。それは魔法の到達点であり奇跡。その名の通り古代に失われた魔法でありその名を知る者は多くとも実際にその術式を知るものはほとんどいない。その例外がハジャの師である超魔導シャクマ。世界最強の魔導士の称号を持つ男。しかし術式自体はその弟子であるハジャもまた知っている。だが知っていてもそれを扱うことはハジャにはできない。大魔道では超えることができない絶対の壁。それはつまり目の前の覆面の男が大魔道を超える超魔道の域にいることの証。
「くっ……!!」
ハジャは今にも自分に振りかかってこんとする星座崩しに恐怖しながらも宇宙魔法を中止し新たな魔法に切り替える。ハジャの持つ魔法では星崩しを防ぐことは不可能だからこそ。だが唯一の例外がある。
『空間転移』
ここから離れた場所に転移、瞬間移動することができる大魔法。それを用いれば星崩しを防げなくとも回避することは可能。元々撤退も視野に入れながら戦っていたハジャは苦もなく逃走へと行動を切り替える。策略家でありDCの頭脳とまで言われる所以。だがそれは
「――――っ!?」
覆面の男には通用しない。まるでハジャが空間転移の魔法を使うのを見計らっていたかのように四本の杖が瞬時にハジャを取り囲む。既に空間転移に入りつつあるハジャにそれを防ぐ手はない。あるのは絶望だけ。これこそが覆面の男の狙い。星座崩しを囮に使いその隙を狙うためのもの。古代禁呪を使いながらも他の魔法を併用できる出鱈目さ。しかしそれは正確には違っていた。ハジャは自らの敗北を覚悟するも杖から発せられる魔力の流れに混乱するだけ。
それは空間転移の行き先を変えるための術式。止めるならいざ知らず、わざわざそんなことをこの局面で行う意味が理解できずハジャは空間転移によってその場から消え去って行く。だがその刹那、確かにハジャは聞いた。
「……行くがいい、無限の欲望よ。お前に相応しい結末がそこにある」
未来の超魔道の死の宣告を。
瞬間、星座崩しの着弾によって海は抉られ、大きな津波が起こる。世界の終わりのような破壊の中、ここに一つの戦いに終わりが告げられる。後には何もない荒れ果てた海が残されただけ。
それが未来と現在、時の接合点だった――――