(ここは……?)
まどろむ意識を繋ぎとめながら男はゆっくりと目を覚ます。同時に体中から激痛が走り、うめき声を上げかけるも歯を食いしばりながら耐えるしかない。だがその痛みによってはっきりと覚醒を果たしながら辺りを見渡すもそこは瓦礫が支配した無残な都市だったものがあっただけ。夜にも関わらず辺りに電気の光があるのもその証。ソング大陸最大の都であるエクスペリメント。その名を思い出すとともに自らの役目を思い出さんとした瞬間
「おお! 目を覚ましたかい、ディープスノー!? よかったよ、このまま美しく眠ったままかと心配したよ!」
「ようやくお目覚めかよ。残念だったな、お前が寝てる間に全部終わっちまったぜ」
聞き覚えのある声によってようやくディープスノーは自分のすぐ近くに二人の男がいることに気づく。同時に自分の体に毛布がかけられていることも。だがそんなことよりもディープスノーにとっては目の前にいる二人の男の方が問題だった。
「ベリアル様に……ユリウス様? 何故あなた方がここに……?」
六祈将軍の内の二人であるべリアルとユリウス。DC最高幹部が二人、ディープスノーを含めれば三人が同じ場所に集結しているという事態にディープスノーは驚きを隠せない。
「様付けは必要ないよ、ディープスノー。君はもう僕らと同じ六祈将軍。ルシアに従う美しい騎士なんだから! そうだろう、べリアル?」
「フン。相変わらずべらべらとうるせえ奴だ。それにしても中々無茶なことするじゃねえか、ディープスノー。一人で鬼どもを足止めするなんてよ。てっきりもっと冷静な奴だと思ってたぜ。ま、そういう奴は嫌いじゃねえがな」
「全くだよ。ビルの倒壊に鬼達を巻き込むなんていくら君でも無茶が過ぎる。おかげで助け出すのに時間がかかってしまったけれど無事でよかったよ」
べリアルは不敵に笑い、ユリウスは舞台を演じている俳優のようにおおげさに騒ぎながらディープスノーの無事を確認し安堵する。そんな二人の言葉によってようやくディープスノーは自分の置かれている状況をはっきりと思い出す。
「……! お二人とも、鬼達はどうなったのですか!? シルバーレイを止めにルシア様が単独で向かわれているのは……」
突如としてエクスペリメントに現れたネクロマンシーと化した鬼神と銀術兵器シルバーレイ。それを単独で破壊しに向かったルシア。その間の鬼達の足止めを託されたこと。その最後の策であるビルの倒壊によって意識を失っていたもののどうやら二人によって救われたことを察しながらもまだディープスノーは安堵することはできない。シルバーレイ、そして何よりもネクロマンシーである鬼達はネクロマンサーであるドリューを倒さない限り消滅させることができないのだから。だが
「そのことならもう心配ない。シルバーレイもドリューもルシアが何とかしたみたいだよ。さっきレディから連絡があった。その証拠にもう鬼達は全部消えてしまったよ。流石は僕らの主であるルシアだ! 一体どこまで美しく強くなるのか……これでは僕も美のライバルとしてうかうかしていられないよ!」
「ケッ……気に入らねえがほんとにあの野郎は化け物じみてんな。ま、今に始まったことじゃねえけどな……今回は少しは暴れられたからいいとするか」
「ルシア様が……そうですか。ですが暴れたというのは一体……?」
「それについては僕が説明するよ。僕はドリューの声明を聞いて急いでここに向かって来たのさ。もっとも早く戦いに行きたいべリアルに連れられてだけどね」
「人聞きの悪いこと言うんじゃねえよ。また前みたいに置いて行かれたんじゃたまらねえからな。わざわざこっちから出向いてやったんだろうが」
やれやれと言った風なユリウスとは対照的にべリアルはどこか面白おかしげに笑いながら説明を続けて行く。ドリューの声明によってDCが再び戦いを開始することを察知したこと。以前BGとの戦争の際には置いて行かれてしまったため今回は自分から迅速に本部に向かったこと。本当なら直接サザンベルク大陸に向かいたいところだったのだが流石にルシアを無視して単独行動するほどの度胸はべリアルにもなかったための行動だった。
「ちょうど僕らが到着した時にはもう戦闘が始まっていたんだよ。大部分は君が行動不能にしていたけれど残った鬼達は僕たちが相手したんだ。流石に倒し切るのは難しかったんで僕のアマ・デトワールで動きを止めてベリアルのジ・アースで押しつぶす美しいコンビネーションによってね」
「まあザコばっかりだったのは気に入らねえが久しぶりに暴れられたぜ。本当なら幹部の奴らをやりたかったがもうお前が倒しちまったんだろ?」
「いえ……ですが助かりました。私一人では全員を足止めすることはできませんでしたから……」
ようやくおおよその状況を理解したディープスノーは偶然とは救援に駆けつけてくれた二人に感謝するしかない。確かに主要な鬼神の戦力は道連れにすることはできたが残存する部隊もまだ存在していたためもしユリウス達がいなければ被害が出ていたことは間違いない。また奇しくもその戦法もディープスノーと同じもの。鬼神を足止めし、物量によって身動きを取れなくするという戦法。もっとも効率の上ではユリウスとべリアルのコンビの方が何倍も上なのだが。
「謙遜することはないさ。君は鬼神とドリュー幽撃団のナンバー2を同時に倒したんだから! 本当なら昇進ものの戦果だよ!」
「オレ様一人で十分だったんだがな。ま、よくやったんじゃねえか? 少なくともシュダの野郎よりは何倍も役に立つぜ」
「……ありがとうございます。ところでルシア様は今どこに……? もうお戻りになっているのですか?」
べリアルの言葉に一瞬反応しかけるもディープスノーはすぐにいつもの冷静な姿に戻りながらルシアの所在を尋ねる。話によればドリューを倒したとのことなので今はサザンベルク大陸にいるのだろうかと察するもそれは
「いや、ルシアはしばらくDCを留守にするらしいよ。何でも魔界とかいう所に用事があるらしい」
「魔界ですか……? 確か亜人が住む世界のことでしたか……ですが何故ルシア様がそんなところに……」
「ガハハ! まああいつがいない方がオレらは動きやすいぜ! それにもしかしたらもう帰ってこれねえかもしれねえからな!」
「……? ベリアル様、何か御存じなのですか?」
「いや……だがほんとにルシアの奴が戻ってくるとしたらもうDCなんて組織はいらねえかもしれねえな。そうなりゃオレも国の一つや二つもらえるかもしれねえ」
「全く……もう少し美しい言葉を使ったらどうなんだい? それはともかくディープスノー、これを飲んでおくといい。すぐに次の仕事だからね」
一人で舞いあがっているべリアルにあきれながらもユリウスは一本の瓶をディープスノーに向かって差し出す。首をかしげながらもディープスノーはそれを受け取るしかない。だがそれを口にした瞬間、信じられないような事態が起こる。それはディープスノーの体にある先の戦いによって受けた無数の傷。それが一瞬で治癒してしまう。それどころか失われた体力すらも回復してしまう。俄かには信じられない効果。
「これは……」
「霊薬エリクシル。どんな傷も治してしまうと言われる薬さ。元々はルシアが持ってた物の一つなんだけどルシアが君に使うようにレディから伝言があったんだ。ああ、これが美しい主従の為せる技!」
「そうですか……助かりました。ですが先程仰っていた次の仕事とは……?」
「決まってんじゃねえか。オレ達に逆らう奴らなんて一つしか残ってねえ。それをぶっ潰すんだよ」
ディープスノーの疑問にどこか高揚した様子でベリアルは応じるだけ。だがその瞳はまるで獲物を前にした獣同然。それを前にして瞬時にディープスノーはその言葉の意味を悟る。
『BG』 『ドリュー幽撃団』 『鬼神』
かつて世界を三分していた闇の組織たち。だがその全ては壊滅した。他ならぬ新生DCの力によって。世界国家である『帝国』も既に消滅。もはや新生DCを阻むことができる勢力など残ってはない。
「レイヴマスター達の殲滅。それが僕ら六祈将軍に命じられた任務だよ。もちろん君も行くだろう、ディープスノー?」
『レイヴの騎士達』というただ一つの例外を除いて。
今、六祈将軍達は最後の戦いに向けて動き始めるのだった――――
サザンベルク大陸の近海にある小さな島。その海岸に二つの人影があった。一つは長い髪と煌びやかなドレスを纏った女性。もう一つが黒い短髪にピアスをした青年。一見すれば恋人同士にも見える二人組だがその間にあるのはそんな生易しい空気ではなかった。何故なら二人は敵同士。DCとレイヴの騎士という相反する存在なのだから。
「ほんとに行くつもりなのか、レイナ。お前さえよければオレ達と一緒に……」
「……ほんとに甘いのね。分かっているの? 私は六祈将軍。DCの最高幹部よ。一時的に共闘はしたけれど敵であることは変わらないわ」
ムジカの言葉を聞きながらどこか呆れ気味にレイナは釘を刺す。だがそこにはドリューとの戦いの時に見せたような厳しさは見られない。心底ムジカのお人よし加減に呆れかえっているだけ。周りには二人以外の人影は見られない。それはレイナがこの島から去って行くのをムジカだけが見送りに来ていたからこそ。
今、レイナは一時的であるが共闘したハル達と行動を共にしていた。それは先のドリューとの戦いで受けた傷を癒すため。ドリュー自身は既にジェロによって倒されてしまったものの宵の剣で受けた傷そのものが消えるわけではない。深夜に近づくことでその傷は悪化していく。レイナだけでなくハル達の傷もまたその峠を越えることができない程の重症だったのだがそれはある人物によって救われる。
蒼天四戦士の一人 『ダルメシアン』
シンフォニア王国の軍師であり、四戦士の中でも魔法に秀でルビーにとっては師匠に当たる者。現在は死後世界に留まるために動物であるトドの姿となっているもののその知識は健在。光の中であれば宵の剣の傷を治療することができることを知っている彼の力によってハル達は一命を取り留めた。本来なら敵であるレイナもそれによって救われ今に至っている。だが流石にこれ以上ムジカ達と共に留まることはできないとレイナは島を出発せんとしているのだった。
「でもおかげで助かったわ……あなたたちがいなければ間違いなく死んでいたはずだしね。お礼としてこの場では見逃してあげるわ」
「レイナ……」
どこか小悪魔のような笑みを見せながらレイナは告げる。この場では敵対することはない、見逃してやると。もっともこの場で戦闘になったとしてもレイナの勝機は薄い。共闘する中でレイナはムジカ達が六祈将軍に近い実力を身に着けていることを感じ取っていた。一対一ならともかくその三人を同時に相手できるほどレイナはうぬぼれてはいない。何よりも命を救ってもらった相手をすぐに裏切り戦うことは今のレイナにはできない。まるでムジカ達の甘さが自分にうつってしまったのではと思えるほど。
「……これからどうする気なんだ。シルバーレイは無くなっちまった。もうお前が戦う理由はなくなったはずだ」
「……そうね。でもそれで私のしてきたことがなくなったわけじゃない。私は悪魔の札に魂を売った女。今更許されるなんて思ってないわ……」
ムジカの言葉によってレイナはここではないどこかに想いを馳せるかのように儚げな表情と共に黙りこんでしまう。
父を殺した国王へと復讐と奪われたシルバーレイを取り戻す。
この二つの目的のためにレイナはDCに所属していた。前者については銀術とキングの協力によって難なく成し遂げることができた。後者であるシルバーレイについては既にエクスペリメントで破壊されたとの情報がダルメシアンを通じてもたらされている。恐らくはルシアの仕業だろうとレイナは察するもそこに怒りはなくあるのは安堵だけだった。本来なら見ず知らずの人間の命よりもシルバーレイを取り戻すことだけを考えてきたはず。だが今のレイナにそんな気持ちは一片もなかった。取り戻すことはできなかったがこれでレイナ自身の戦いは終わりを迎える。星の記憶に辿り着き、父の死をなかったことにする選択肢もあったがレイナにはもうそれを行う気もない。それはいわば全てをなかったことにする行為。今までの自分の否定。故にムジカの言う通りこれ以上DCに与する理由はレイナにはない。だがそれでも
「でもけじめだけは取るつもりよ……例えどんな結果になるとしてもね」
全てを投げ出してしまうことは許されない。そんなことはレイナにはできない。その瞳には既に光が戻っている。自分が為さねばならないことを為すまでは、責任を果たすまでは退くことはないと告げるように。
「そうか……ほんとに気が強い女だな、あんた。できればもう戦うことがないと願いたいもんだ……」
「褒め言葉だと受け取っておくわ。でも覚えておきなさい、他の六祈将軍は私のように甘くはないわ……ルシアは……」
「……? 何だ、ルシアがどうかしたのか?」
「いえ、何でもないわ……せいぜい死なない程度に頑張ることね、ムジカ」
出かかった言葉を飲みこみながらレイナは背中を向けたまま去って行く。そのあまりに優雅な姿にムジカは声をかけることすらできない。できるのは自らの首に掛けられている銀を握りしめることだけ。だがその銀はかつてとは形が異なっていた。銀のドクロに蛇の一部が混ざったかのような形。それはレイナも同じ。蛇の形をした銀の一部にドクロがまざっている。それこそ二人の絆の証。絆の銀という二人の銀術師の究極技を行うことによって起こった変化。その意味を知ることなくムジカもまた踵を返しながらハル達の元へと戻って行く。その間際にムジカは確かに見た。
船と共に二人の少女が走りながらレイナを出迎える光景を――――
「…………」
難しい顔をしながら銀髪の少年、ハルは自らが持つ剣と体を交互に見つめていた。身の丈ほどもあるのでは思えるような大剣、TCM。世界の剣でありシバの魂とでも言えるもの。三つのレイヴもまたそれに応えるように輝きを放っている。それとは対照的なのが自らの傷だらけの体。傷跡が残っているだけで既に治癒されているため命に別条はないがその多くが先のドリューとの戦いによって負った物。間違いなく自分が敗北してしまったことを意味する証だった。何度見てもそれ覆るわけでもないにも関わらずハルはずっと顔を伏せたまま。自分が負けることはまだいい。だがそれによってあと少しで仲間が、大切な女の子が命を落とすところだった。まだまだ強さが足りない。どうすれば今よりも強くなれるのか。そんな自問自答を繰り返すもそれは
「ねーねー見てハル! どうかなこれ!? 似合ってる!?」
目を輝かせはしゃいでいるエリーによって粉々に砕かれてしまう。エリーの後に続くようにプルー、グリフ、ルビーも着いてきながら騒ぎたてている。それによって圧倒されながらもハルもまた目を見開くしかない。何故ならエリーの首には今まで見たことのなかったネックレスが掛けられていたのだから。それだけならまだいい。問題は
「エリー……お前、それシンクレアじゃないか!?」
そのネックレスに二つのシンクレアがつけられていること。シンクレアをペンダント扱いするかのような行動にハルは呆気にとられるしかない。グリフ達もまた同じ理由でエリーを止めんと奮闘しているところだった。
「うん! どう、似合ってる? ママさんをイメージして作ってみたんだけどやっぱり二つとも着けるとバランスが悪いかな?」
「そ、そういう問題じゃねえだろ!? それシンクレアなんだぞ!」
「そうだよ。でもママさんにみたいには上手く行かないねー……全然しゃべってくれないし。ねえ、ちょっとお話しない? あたしあなた達と友達になりたいの。ママさんみたいに話ができるDBを出してくれれば助かるんだけど……」
「エリーさん……流石に石に話しかけるのはどうかと……」
「だ、大丈夫ポヨ……ボクはシンクレアなんて怖くなんてないポヨ……何かあってもボクがやっつけてやるポヨ!」
『プーン……』
エリーは何とか二つのシンクレアと意思疎通ができないものか模索するもシンクレアはうんとも寸とも言わない。そのネックレスもかつてアキがマザーを身に着けていた物を参考にして作ったもの。今、ハル達は成り行きから二つのシンクレアを手にしていた。
『ヴァンパイア』と『ラストフィジックス』
かつてドリューとオウガが所持していた母なる闇の使者の二つ。レイヴと対を為す存在。悪の根源とでも言える存在。それを破壊することができれば全てのシンクレアが揃うことなくなるためハルはTCM、プルーはその角で破壊を試みるも全て通用しなかった。シンクレアは完全なレイヴか魔導精霊力でなければ破壊できないのだから。もっともそれを見たエリーは憤慨し、自分がシンクレアを説得すると豪語しながら試行錯誤しているも結果はこのざま。何故かシンクレアをペンダント扱いし、ずっと話しかけるという電波少女が完成する有様。天然だけでも手に負えないのに電波まで加わった(ように見える)エリーに終始ハル達は振り回されっぱなしだった。
「と、とにかくもう話しかけるのはやめたらどうだ? ずっとやってるけど反応ないじゃねえか」
「そ、そんなことないもん! これはきっとハル達がこの子達を壊そうとしたから怖がってるんだよ! まだあたしが嘘を言ってると思ってるの!?」
「そ、そんなことはないけどさ……」
「ふーんだ。いいもんいいもん。この子達はあたしが面倒みるんだから。でもやっとハルもいつもの感じにもどってきたね。ここのところずっと難しい顔してるんだもん。もしかしてまだ負けちゃったこと気にしてるの?」
「あ、ああ……ごめんな……あの時助けてやれなくて……」
「またその話? 気にすることないよ、ちゃんとハルはあたしを助けてくれたんだもん! 色々あったけどみんな無事だったんだから!」
エリーはハルに向かって微笑みながらこれ以上きにすることはないと元気づけんとする。どうやらハルが自分を助けることができなかったと思い悩んでいることを感じ取ったエリーは何とか元気づけようと四苦八苦しているところ。もっとも元々はしゃぐのは半分以上いつも通りの行動なのだが。そんなハル達の光景を少し離れた所からレットとダルメシアンが見つめている。もっとも二人とも何かを思案するように黙りこんだまま。そんな中、
「まったく……急いで帰ってくれば何の騒ぎだこりゃ。おいハル、いつまでもイチャついてんじゃねえぞ、レットから大事な話があるんだろうが」
頭を掻きながら先程までレイナを見送るために出て行っていたムジカが戻ってくる。つい先ほどまではシリアスな空気だったはずにもかかわらずそれは霧散し無法地帯と化している現状にムジカは呆れるしかない。
「イ、 イチャついてなんかねえよ! これはエリーが……」
「あ! またあたしのせいにするのハル!? せっかくあたしがみんなを元気づけてあげようとしてるのにー!」
「そこまでにせい、二人とも……それよりもそろそろ話をさせてもらうぞ、構わんな?」
顔を真っ赤にしながらムジカに突ってかかっていくハルとそれを追いかけているエリーに頭を痛めながらも空気を変えながらレットは皆に向かって視線を送る。そこには既に戦いの空気がある。それにあてられたかのようにハル達もまた黙りこみ、息を飲む。それを見てとったレットは一度大きな深呼吸をしながら話し始める。
『四天魔王』と呼ばれる四人の魔王の正体を――――
「四天魔王……じゃああの冷たい女の人も四人の中の一人なの?」
「うむ……あの方、いやあやつは『絶望のジェロ』……他の三人の魔王とは違い眠っておったはずなのじゃが……どうやら目覚めてしまったようじゃな……」
「魔王ってことは……王様ってことだろ? そんな偉い奴がなんでこんなところにいたんだ?」
「……恐らくシンクレアを手に入れるためじゃろう……どういうわけか途中でそれをやめたようじゃが……」
「そ、それって……じゃあまたあのジェロって人が襲ってくるかもしれないってことですか!?」
グリフは体を震わせながら声を上げるしかない。レットの言葉通りなら再びジェロが自分達を襲ってくるかもしれないのだから。運よく見逃してもらえたものの次など無いことは誰もが分かっていた。だがそれすらも楽観的な見通しに過ぎない。何故なら
「それだけではない……ジェロ以外の三人の魔王も動き出すやもしれん。ジェロがルシアの下についていた以上、そう考えた方がいいじゃろう……」
相手は四天魔王。その名の通り四人の魔王なのだから。
「ふ、ふざけんじゃねえぞ!? あんな化け物がまだ三人もいるってのか!? どうしろってんだよ!?」
「ム、ムジカさん……」
「お、落ち着くポヨ……まだそうと決まったわけじゃないポヨ……もしかしたら戦わなくてもいい方法が……」
「それだけじゃねえ!! 従ってるってことはルシアはあのジェロって奴よりも強いってことだろうが!! しかもまだ六祈将軍も残ってる!! どうしようもねえじゃねえか!?」
ムジカは凄まじい形相で声を荒げるもそれは決して臆病風に吹かれたわけではない。それは先の戦いでハル達の中でもっとも近くでジェロを目にしたからこそ。その圧倒的な力の差を感じ取ったからこそ今の自分たちでは天地がひっくりかえってもどうしようもないことを冷静に見抜いていた。だがらこそムジカは激昂するしかない。その覆すことができない戦力差に。
「だ、大丈夫だよムジカ……アキなら話せばきっと分かってくれるよ! それにあたし達は新しいママさん達も持ってるんだし仲良くすれば……」
「……うむ。ルシアについてはワシは何とも言えんが少なくとも四天魔王については警戒しておくに越したことはない。決して戦ってはならん。今のワシらでは勝ち目はない」
「ああ……悪かった。ちょっと熱くなっちまった……」
ムジカは額に手を当て、たばこを吸いながら謝罪する。だがハル達はそれを咎めることはない。当たり前だ。自分たちが死力を尽くして敵わなかったドリューをジェロはこともなげに倒してしまったのだから。それが後三人。しかもルシアはそれを超える強さ。冷静さを保つことの方が難しいだろう。だが
「……案ずることはない。レイヴの騎士たちよ。レイヴがある限り、あきらめない心がある限り希望は残されておる」
それまで一言も発することなく成り行きを見守っていたダルメシアンがその手をかざしながらハル達に向かって告げる。同時にまばゆい光が辺りを照らし出す。その言葉通り世界の希望の光が生まれたかのように。
「それは……」
「未来のレイヴ。これを託すためにワシら蒼天四戦士は永い時を待ち続けた。かつてはシバを。そして今は主をじゃ……二代目レイヴマスター……」
『未来のレイヴ』
ハルにとっては四つ目のレイヴであり未来を司るもの。探し求めた聖石の姿にハルはもちろんその場の者達はその輝きに目を奪われる。だがダルメシアンはすぐにはそれをハルに託すことはない。その顔はどこか苦渋に満ちたものだった。
「済まぬな……本当ならワシらがすべきことを主らに背負わせねばらならん。全ては五十年前のワシらの罪……リーシャ様の意志を受け継ぎながらも平和を手にすることができなかった」
「ダルメシアン……」
ハルはダルメシアンが何を言わんとしているかを感じ取りただその場に立ち尽くすことしかできない。それはかつてハルがシバからTCMとレイヴを受け継いだ時と同じ。自らの五十年間の想いが今、自分に受け継がれようとしていることを意味する物。その光景にムジカ達もまた決意を新たにする。決して今の現状が変わったわけではない。それでも戦わなければならないことは変わらない。その先あるものを手にするためにはあきらめてはいけないのだと。
「主らに前にあるのは五十年前をはるかに超える困難な試練……だがそれでも託させてほしい。主らの想いと絆が必ずや世界を導く道標となることを」
ダルメシアンは万感の思いを込めながらその手にあるハルへと差し出す。レイヴには力がある。DBに対抗するために造られたに相応しい力が。だがそれはその一つに過ぎない。大切なのはその意志であり想い。かつての初代レイヴマスターがそうであったようにその力こそがレイヴの力の源であることをダルメシアンはハルへと伝える。
「……ああ! 任せてくれ、ダルメシア―――」
ハルが決意に満ちた表情でその想いを受け取らんとした瞬間、
「――――愚かなり。全ては我らの手にある。主らにあるのは絶望のみよ」
地に響くような老人の声とともにそれは妨げられる。
それは鮮血だった。夥しい鮮血が舞い、その中をダルメシアンが倒れて行く。その光景に誰一人声を上げることすらできない。できるのは突如現れた侵入者を見つめることだけ。その手はダルメシアンを貫いたことによって真っ赤に染まっている。だがそれだけではない。その手には未来のレイヴが握られている。ハル達は知らなかった。目の前の老人が何者であるかを。
「……さて、残りの二つのシンクレアも渡してもらうとしようか。レイヴの騎士たちよ」
大魔道であり六祈将軍最強の男。
『無限のハジャ』
今、金髪の悪魔が不在の中、レイヴとシンクレアを巡る争奪戦の火蓋が切って落とされようとしていた――――