地平の彼方まで見渡す限り荒れ果てた荒野。建物どころか草一つ残っていない死の大地。ただ吹き荒れる風の音が全てを支配している。だがそこはつい数日前までこの世界で最も安全だといわれていた場所。世界国家『帝国』の本部であった都。もはやその名残は全くない無の世界に一つの人影があった。青髪に白いコートを纏った男。男は誰もいない死の都の中を無言のままただ歩き続けている。だがいくら進めどあるのは荒れ果てた大地と乾いた風だけ。とうとう男はあきらめたかのように歩みを止め、その場に立ち尽くしてしまう。
(まさかここまでとは……一体何があった……?)
時の番人ジークハルト。それが彼の名前。だがその表情はいつもの冷静沈着さを感じさせるジークとは思えないような強張ったもの。だがそれは当然。これだけの惨状を見せられれば誰であれ畏怖することは避けられない。
(帝都が一夜にして崩壊したと聞いた時は耳を疑ったが……これは崩壊どころの話ではない……まるで……)
消滅。そんな言葉がジークの脳裏に浮かんでくる。ジークがこの場にやってきたのは数日前から世界を震撼させている情報、帝国が崩壊したという噂の真偽を確かめるため。シンフォニアでハル達と別れた後、ジークは自らの目的のために動いていたもののそれを中断しなければならない程の事態。闇の組織を除けば最大勢力であった帝国が崩壊したとなれば世界の混乱は避けられない。事実帝国が崩壊したことで闇の組織が一斉に動き出し、世界中で紛争が起き始めている。まさに暗黒時代の到来。かつてはDCがあったため身を潜めていた小さな組織たちも覇権を取らんと抗争を繰り返している。新生DCが表に出てきていないのも大きな理由。それはジーク個人でどうこうできるレベルの話ではない。ともかく帝国が崩壊した原因を突きとめることが時の番人としてジークが行うべき最優先事項。だがそれは目の前の光景によって白紙に戻ってしまう。
(この惨状は……まるでシンフォニアの大地……まさかルシアが既にシンクレアを五つ集めてしまったのか……?)
ジークは考え得る限りで最悪の事態を想像し汗を流す。
『大破壊』
かつてシンクレアによって引き起こされた世界の十分の一を破壊した大災害。その破壊の跡があったシンフォニアの大地とここ帝都の跡地は酷似している。破壊の規模はシンフォニアの比ではないがそれに近い威力の何かが起こったのは間違いない事実。五つのシンクレアを集めればそれを起こすのは容易い。だがジークはすぐにその可能性が低いであろうことを見抜く。もし本当に五つのシンクレアが集まったのならこれだけの被害ではすまない。世界が崩壊してもおかしくない規模の大破壊となるはず。そして何よりもシンフォニアでハル達が確認した世界地図ではシンクレアは三つの場所に分かれていた。ルシアが二つ、ドリューとオウガが一つずつ。最後の一つは不明だがそれがこの短時間で全て揃うとは考えづらい。DCとドリュー達の衝突があったのなら気づかないはずがない。不可解な状況にジークが思考の海に沈んでいこうとしたその時
「ほう……貴様でもそんな顔をするんだな、ジークハルト」
そんなあり得ない男の声が背後から響き渡った。
「…………何者だ。何故オレの名前を知っている」
ゆっくりと振り返りながらもジークの表情は既に魔導士のものに変わっている。一部の隙もない完璧な臨戦態勢。何故ならジークの後ろに立っている人物が只者ではないことを感じ取っていたからこそ。誰一人生きていない死者の都にいること、いくら考え事をしていたとはいえ自分の背後を取ったこと、何よりも自分の名前を知っていること。全てが目の前にいる黒いローブを纏っている男が危険人物であることを示している。だが大魔道であるジークの殺気を前にしてもローブの男は全く気圧されることはない。何故なら
「随分な言い草だな。これでも元同僚だったはずだぜ……時の番人」
ローブの男はジークハルトと同格の存在なのだから。
「……っ!? お前は……!」
ジークはローブを脱ぎ捨てながら目の前に姿を晒した男に目を奪われ言葉を失うしかない。ジークはその男を知っていた。だがその容姿はかつてとは大きく異なる。顔には大きな切傷があり片目は塞がってしまっている。何よりも目を引くのが右腕。鉄でできた義手がそこにはあった。だがそんな変わり果てた姿とは裏腹にその強さと存在感は変わらず、むしろ以前よりも増しているのではないかと思えるほど。
「……シュダ、生きていたのか……」
元六祈将軍の一人『爆炎のシュダ』
かつてハル達と戦い、死んだとされていた男が今ジークの前に姿を現していた。
「フフ……どうやら名前ぐらいは覚えていたらしいな……」
「……そんなことはいい、それよりもオレに何の用だ。わざわざ話しかけなければオレが気づくこともなかったはず……」
不敵な笑みを浮かべているシュダとは対照的に厳しい表情を崩すことなくジークは向かい合う。何故生きていたのかは分からないが相手はかつて六祈将軍の一人だった男。加えて敵か味方かも分からない。当然の選択だった。
「何の用……か。それを聞きたいのはむしろオレの方だ。半年前は魔導精霊力の女を殺そうとしながら今は護る側。お前は何者だ? 何の目的でハル・グローリー達の味方をしている?」
「…………オレは何も変わっていない。時を守るために、この星を救うためにはハルとエリーの力が必要だ。オレはそれを守る。それだけだ」
「時を守る……か。抽象的すぎて理解できない理由だな」
「それはお前も同じだろう、シュダ。お前の目的はなんだ。かつて負けたハルへの復讐か」
「フフ……復讐か、それも悪くないが残念ながら今は違う。オレは個人的にハル達に味方する借りがある。『時を守る』よりよっぽど分かりやすい理由だろ?」
全く動ずることなくシュダは自らの目的を吐露する。奇しくもジークと同じハル達を守るという目的。かつて敵となりながらも今はそれを守る側になった二人。シュダは目的を話している最中にまるで見せつけるかのように腰にある刀を差しだす。戦士の誓いにかけて偽りはないと示すかのように。だがジークは知らなかった。その刀こそがシュダの答えであることに。
『天空桜』
それがシュダが持つ新たな刀の名。鍛えた人物も年代も一切不明。かつて神々が使っていたとされる説もある伝説の武具の一つ。だがシュダにとってはそんなことはどうでもよかった。この刀を『ゲイル・グローリー』から託された。その事実がシュダの戦う意味。
『自分の家族を守ってほしい』
砂漠で孤独に暮らし続けてきた偉大な戦士の涙の咆哮。その誓いに報いることが今のシュダの行動理念だった。
「さて、無駄話はここまでだ。オレがここに来たのはお前にハル・グローリー達と闇の組織の動向を伝えるためだ」
茶番は終わりだといわんばかりにシュダは先程までの不敵な態度を改め、戦士のとしての顔になりながらジークに向かって話しかける。自らが集めた情報をジークに伝えることがシュダの目的。ジークが間違いなくここにやってくることをシュダは知っていた。その理由について興味はあるもののシュダはあえて口にすることはなく本題へと入る。
「それならばおおよそは知っている……今ハル達は四つ目のレイヴを手に入れるために南のサザンベルク大陸へ向かっている。闇の組織についてはDCは身を潜めたまま。ドリューとオウガはそれに対抗するために連合を組んだところだ」
「なるほど……どうやらまだ知らなかったみたいだな。確かに情報が混乱している上に布告があったのがついさっきだったからな……」
「……何の話だ」
「単刀直入に言う。この帝都を消滅させたのはドリューとオウガの連合の仕業だ。いや、正確には奴らが保有している兵器『シルバーレイ』の力だ」
「『シルバーレイ』……? 確か何年か前に街を消滅させたという兵器か。だがあれは何者かに盗まれ所在不明になっていたはず……」
ジークは驚きながらも記憶の中にあるシルバーレイの情報を引き出していく。かつてエルナディア国が所有していたとされる銀術兵器。その試運転として街が消滅させられた。だがそれは何者かに奪われ、制作者である銀術師も死亡。時を狂わせる可能性があるものの一つとしてジークはその情報を持っていたが魔導精霊力と金髪の悪魔の方が危険度が上であったために捜索を行っていなかった存在だった。
「知っているのか、流石に博識だな。なら話は早ェ。ドリューかオウガかは分からねえがともかくシルバーレイを盗んだのは奴らだった。それがここで使われたってわけだ」
「なるほど……だがどうしてそんなことを知っている。帝都にいた人間は全て殺されてしまったはずでは……」
「簡単な話だ。つい先ほどドリュー自身によって全世界に宣戦布告が行われたからだ」
「宣戦布告……?」
シュダは淡々と今の状況を伝えて行く。つい先ほど全世界に向けてドリューの声明が流されたこと。内容は帝国を崩壊させたのが自分たちであり、シルバーレイという超兵器の力であること。もし自分たちに逆らう勢力があればその全てをシルバーレイによって消滅させること。無条件降伏し、従うのなら命だけは保障すること。要約すれば以上のような内容をドリューは全世界に対して発信している。まさに世界に対する宣戦布告だった。
「これを受けて闇の組織だけでなく降伏を宣言する国も出始めている。帝国もなくなり、これだけの兵器を見せられれば仕方あるまい。だがドリュー達の本当の狙いはそこではないはずだ」
「…………DCを誘き出すためか」
ジークはシュダが言わんとしていることを瞬時に見抜き、口にする。世界への宣戦布告。世界征服を目的にしているであろうドリュー、オウガ連合からすればそれは当然の行動。だがその本当の目的がDCを挑発し、表に誘き出そうとしていることであることは明白。ルシアが最高司令官になってからDCは表に出ることなく潜伏したまま。その居場所は未だに掴まれていない。帝国を排除した以上ドリュー達の敵は実質DCのみ。わざわざ声明を出したのもルシアを挑発するためだとすれば納得がいく。もし出てこなくとも他の闇の組織、国を取り込むことができる。どちらに転んでもドリュー達にとっては勢力を拡大することができる策だった。
「そうだ。今のところDCに動きは見られないがいつ事態が動くかは分からん。いずれにしろ今のオレ達ではどうしようもできん」
「確かに……どちらの戦力も圧倒的すぎる」
ジークは苦渋に満ちた表情でシュダの言葉に頷くことしかできない。ドリューとオウガはそれぞれがシンクレアを持ち、かつてのキングと同格とされる者達。その配下達に加えシルバーレイという大量破壊兵器を保有している。DCはシンクレアを二つ持ち、先代キングを超える最高司令官であるルシアを筆頭にBGを壊滅させた六祈将軍を持ち、恐らく超魔導シャクマも取りこんでいる。今の自分たちではそのどちらにも対抗できない。両者のつぶし合いを期待することもできない。もしどちらが勝ったとしてもシンクレアが四つ揃うことを意味している。残る一つが揃えばその瞬間、世界は終わる。まさに四面楚歌の状況。だがさらなる絶望的な情報がシュダの口から告げられる。
「手遅れかもしれんな……事態は最悪と言ってもいい」
「……どういうことだ」
「先程のドリューの声明の中には奴らの拠点の位置も含まれていた。あえて晒すことでDCを誘い出すためだろう……」
シュダは明かす。自分たちにとって最悪に近い情報。ある意味DCとドリュー達が衝突するよりも避けなければならない事態。
「南、サザンベルク大陸……それがドリュー達の拠点だ」
そこはまさにハル達が四つ目のレイヴを手に入れんと向かっている場所。まるで運命のイタズラのような状況。ジークは目を見開きながらただ考え得る限りで最悪のシナリオを想定しその場に立ち尽くすことしかできなかった――――
広い滑走路に無数の飛行艇が飛び立つ瞬間を今か今かと待ちわびるかのように並んでいる。そこはDCの支部の一つ。だがいつもとは違い臨戦態勢に入っているために施設は緊張感に包まれている。そんな中、滑走路の傍で一人、立ち尽くしている女性がいた。黒いドレスにコート、風によって長い髪をはためかせている美女。
六祈将軍の一人、レイナ。それが彼女の名前。この支部も彼女が指揮を任されている場所だった。
「…………」
レイナは険しい表情のまま空を見上げている。まるでその先にある何かを見つめているかのように。普段の煌びやかな姿からは想像もできないような非情な戦士の姿。しかもそれはいつもの比ではない。死地に向かって行く兵士のような雰囲気がそこにはあった。そんな中
「あ、こんなところにいたんだレイナさん! みんな探してたよー!」
あまりにも場違いな少女の声がレイナの背中に向かってかけられる。レイナは先程までの空気を幾分か和らげながら振り返り、自分に向かって元気に走りながら近寄ってくる少女を迎える。
「そう、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてたの。もう準備はできたのかしら?」
「モチロン! みんなようやくアタシ達の出番だってはりきってたし、やる気マンマンだよー!」
満面の笑みを浮かべながらまるで女子高生のような制服とノリを見せながら少女、ランジュはレイナへとすり寄っていく。とてもこの場にいることが信じられないような子供。だが少女もDCの兵士の一人。正確にはレイナが指揮する女戦士部隊の一人であり『騒音のランジュ』の異名を持つ存在だった。
「そのぐらいにしておけ、ランジュ。今は戦闘待機中だぞ」
「いーじゃないソプラ。まだ敵地じゃないんだし、久しぶりにレイナさんと一緒に戦えるんだから!」
そんなランジュを嗜めるように新たな女性がその場に現れる。ランジュとは対照的な長身に加え、短髪のどこかボーイッシュな雰囲気を感じさせる女性。『沈黙のソプラ』ランジュとコンビを組んでいる人物であり、ある意味ランジュのお守をしている存在だった。
「確かにそうだが……いいのか、レイナさん。まだ上から出撃命令は出ていないようだが」
「え? そーなの?」
「ええ……これは私の独断よ。さっきの奴らの声明を聞いたでしょう。シルバーレイが見つかった以上じっとしているわけにはいかないわ」
レイナはどこか淡々とした口調でソプラの質問に応える。だがその内容はまさに命令違反を犯すと公言しているようなもの。いくら六祈将軍とはいえ最高司令官の指示もなく部隊を動かしたとなればどうなるか分からない。だがそれすらもいとわない覚悟がレイナの表情には現れていた。それを見てとったソプラはそれ以上追及することはない。
「そうか……あなたがそう決めたのなら私達は着いて行くだけだ。私達は女戦士部隊だからな」
「そーそー! それにアタシ達だけで手柄をあげたらきっとルシア様にも褒めてもらえるよー! くぷぷっ、楽しみだなー!」
「そう……そういえばあなたはルシアに会ったことはなかったのかしら?」
「うん、でも会えるのが楽しみだなーアタシ達の間では噂になってるんだよ。ルシア様は強くてカッコイイんだって!」
「ランジュ……ルシア様は最高司令官だぞ。分かってるのか」
「え? でもソプラも気にしてたじゃん。どんな人なんだろーって」
「そ、それはそうだが……」
「ねえねえ、レイナさんは何度も会ったことあるんでしょ? どんな人なの?」
まるで好きなアイドルの話をするかのように目を輝かせながら迫ってくるランジュの姿にレイナはまるでどこか毒気が抜かれたような感覚に陥る。同時に思い出す。自分に絶対の信頼を置いてくれている彼女たちがいたからこそ今の自分があるのだと。それはまた別としてレイナはランジュの質問の答えを探す。どうやらルシアはランジュ達の中で強くてカッコイイ人物ということになっているらしい。基本本部に引きこもったまま表に出てこないが故の弊害、みしろ恩恵と言えるかもしれない。もっともその内容は最高司令官としてはいかがなものかと思えるようなものだが。それを加味したうえで
「そうね……強くてカッコイイのは本当よ…………黙っていればね」
あえて最後の部分が聞きとれないように小声にしながら応える。嘘偽りないレイナ個人としての感想。子供の夢を壊さないための大人の回答だった。
「そっかーこれはますます頑張らないと! ね、ソプラ!」
「……私はいつもどおりにするだけだ」
「そう願うわ。ソプラはともかくランジュとは案外ルシアは気が合うかもしれないわね」
「ホント!? じゃああれかな、タマノコシがもらえるのかなー? みんなそれが欲しいって言ってたし!」
意味が分かっているのか定かでない言葉を連呼しながらランジュは騒ぎたて、ソプラは無言でそれを嗜めていく。騒音と沈黙のコンビここにありといった形。それに微笑みを浮かべながらもレイナは六祈将軍としての顔に戻りながらこれからのことを思考する。
ドリューとオウガがいると思われるサザンベルク大陸まで飛行艇で移動し、奇襲によってシルバーレイを奪取する。それがレイナの狙い。シルバーレイを取り戻すことはレイナにとっては悲願。今は亡き父の最後の作品を取り戻すためにレイナは悪魔に魂を売り、DCに所属していたのだから。その所在を探るためにルシアに協力をしてもらっていたがそれが実る前にシルバーレイの場所は判明した。帝都を壊滅させるという最悪に近い展開と共に。
(これ以上シルバーレイを……父の作品を殺人兵器にさせるわけにはいかない……!!)
唇を噛みながらレイナは瞳に凄まじい怒りの炎を灯す。父の作った作品を大量殺戮兵器に貶めたことへの、そして何より無実の罪で殺されてしまった父の汚名と無念を晴らすためレイナはルシアの指示を待つことなく独断専行することを決断した。シルバーレイを取り戻すことは自分が為すべきことだという自負がそこにはあった。だがそれだけではない。冷静な戦士としての、将軍としての狙いもそこにはあった。
(シルバーレイを奴らが使用してくる可能性がある以上、全軍で進軍するのはリスクが高すぎる……なら誰かが捨石になるしかない……)
シルバーレイは辺り一帯を消滅させる力を持つ兵器でありその射程と威力は最大であれば大陸すら消し飛ばすほど。それがある以上DCが総攻撃を仕掛ければ全滅をする恐れすらある。ならば少数の奇襲こそがベスト。だがそれでもリスクは変わらない。接近を感知されればその瞬間、シルバーレイによって消されかねない。だがそれはレイナにとっては敗北ではない。何故ならそうなればルシアに後を託すことができるから。シルバーレイはその特性上連続で使用することができない。一度使用すれば最短でも一日以上チャージするための時間が必要となる。なら自分が囮になることでそれを誘発し、ルシアによってシルバーレイを奪い返してもらうことができればいい。
だがこの作戦をルシアが承認しないであろうことをレイナは悟っていた。これまでの付き合いでルシアが戦う上での非情さに欠けていることを見抜いていたからこそ。故にレイナは先行することにした。ある意味ルシアが動かざるを得ないように発破をかけるために。初動が遅れれば、後手に回ればドリュー達がどう動くか予想できない以上電撃作戦しかない。ワープロードでの召喚にも応じない形。
だが囮として犠牲になるのは最後の手段。レイナはシルバーレイを奪い返すことが難しいことは心のどこかで悟っていた。ドリューとオウガはかつてのキングと同格と言われる相手。戦闘になったとすれば自分に勝ち目は薄い。彼らを倒すにはどうしてもルシアの力が必要になる。だが全てをルシアに委ねることをレイナはよしとはしなかった。故にレイナはシルバーレイの破壊を念頭に動き始めている。
これ以上シルバーレイが使われることは絶対に許せない。そうなるくらいならこの世界からそれを消すことがシルバーレイを作ったグレンの娘であるレイナの義務。何よりもレイナは恐れていた。自分では気づかない内に罪のない人間が死ぬことを。
「ランジュ、ソプラ……この戦いは私個人のもの。いつ命を落としてもおかしくないわ……それでもいいのね?」
レイナは一度大きく目を閉じた後、決意を決めた瞳と共に二人に問う。共に死ぬ覚悟があるのかと。それがないのなら付いてくる必要はないと。最後の分水嶺。引き返すことができない一方通行の分かれ道。それを理解した上で
「愚問だな……今更何を言っている。それがこれまでと何が違う」
「あはは! アタシ達が戦うのはレイナさんのためだもん、がんばったらルシア様だけじゃなくてレイナさんにも褒めてもらうんだからね!」
いつもと変わらぬ騒がしさと寡黙さで二人は応える。一切の恐れも迷いもない。それは女戦士部隊全員の総意だった。レイナはそれを感じ取りながらも最後の命令を下す。
「行くわよ……全てを取り戻すために」
レイナは迷いを振り切りながら出撃する。自分から全てを奪った者を倒すために、奪われた全てを取り戻すために。だがレイナは知らなかった。もう一人、自分と同じ因縁を持っている男もまた、自分と同じように動きだしていたことを。
『ハムリオ・ムジカ』というもう一人の銀術師の存在を。
今、レイヴの騎士達、ドリュー幽撃団、新生DC。世界の命運をかけた三つ巴の大戦の火蓋が切って落とされようとしていた――――