(はあ……今日はこんなもんかな……)
深い溜息と共にルシアは手に持っているネオ・デカログスを下ろしながらその場に座り込む。だがその姿は砂と汗にまみれた酷い有様。何故なら今、ルシアがいるのは巨大な砂漠。かつてゲイル・グローリーが大破壊に誰も巻き込まないために隠れ住んでいた場所であり、今はルシアの修行場となっているのだった。
『どうした、もう根を上げたのか主様よ。とっとと剣技でシバに勝てるようにならんのか、情けない』
ようやく一段落ついたばかりだというのに全く気にした風もなくマザーは不満げにルシアに向かって話しかけてくる。それは先程までルシアが行っていたシバの幻との修行に関する物。純粋な剣技のみで修行をしたものの結果はルシアの敗北。ある程度は食らいつけてはいけたもののやはり剣技という点ではルシアはシバに一歩も二歩も劣る。結局一太刀も浴びせることもできず敗北してしまったのだった。
「うるせえよ! 相手はシバだぞ!? そんなホイホイ超えれるほど剣聖は甘くないっつーの……大体それはてめえが一番よく分かってんじゃねえのかよ?」
『ど、どういう意味だ?』
『何誤魔化そうとしてやがる。五十年前に負けたくせに偉そうなこと言ってんじゃねえよ』
マザーの叱責に流石のルシアも我慢ならなかったのかいつも以上の剣幕で食ってかかって行く。相手は世界最強の剣士の称号、剣聖を持つ男シバ・ローゼス。しかも全盛期の状態。間違いなくキングやゲイルを大きく超えた実力の持ち主。いくらルシアが腕を上げたといっても易々と超えれる壁ではない。デカログス曰く剣技以外にもルシアには足りない物があるらしいのだが何にせよルシアは今、大きな壁にぶつかっていた。いわゆるスランプのような状態。今までにも何度か感じたことがある上の次元に上がるために超えなければならないもの。
『っ! そ、それは……前にも言ったであろう。あの時はまだ我らは完全ではなかったのだ! そうであれば後れを取ることは……』
「それはレイヴも同じだろうが。五つに分かれちまってたんだからな……そもそもこれ以上俺が強くなる意味ないんじゃねえか? 今の俺、四天魔王級なんだろ。十分強くなってる気がするんだが……」
ルシアはどこかやる気がなさげに愚痴を漏らす。これ以上強くなる必要があるのか、という根本的な問題。今までルシアが強くなろうとしてきたのは単純に自らの身の危険があったからこそ。金髪の悪魔である以上避けて通れない危険、シンクレアを持っているために同じシンクレア持ち達から狙われるという事態を何とかするために今までルシアは必死に強くなってきた。一言でいえば自衛のため。それ以外で言えばマザーを納得させるため。だが今のルシアはキング、シンクレア持ち達の実力を大きく超え四天魔王に近い実力になった。そしてその四天魔王には既に一年前に認められている。要するにルシアとしてはこれ以上修行する意味はほとんどない。
(大体これ以上強くなってもハル達を相手にする時に面倒になるだけだしな……まあ、ハルが俺よりも強くなってくれてれば何の問題もねえんだが……)
『ハルに負けること』
それがルシアの目的であり最終目標。正確にはそれに加えエンドレスをエリーに破壊してもらうこと。そのためにルシアはこれまで動いてきた。主にハル達に原作以上の危機が訪れないように暗躍し、できるかぎり原作に近い展開に持って行くために。BGを壊滅させたのは前者であり、DC最高司令官になり六祈将軍の動きをコントロールしているのが後者に当たる。無論それ以外にも数えきれないほどの配慮をしてきた。その甲斐もあり今のところは順調にハル達に関しては推移していると言っていい。だが原作では見られなかった状況も生まれつつある。
(あの覆面の男がどう動くか分からねえのが問題だな……ハル達には同行してねえみたいだが結局正体は分からずじまいだったし……)
一つがシンフォニアで突如乱入してきた覆面の男。シャクマの魔法を防ぐほどの力を持つ原作では登場することのなかった存在。それがどう動くか分からないことがルシアにとっては大きな不安要素。報告ではどうやらハル達には同行していないようだがこれからどう動いてくるかは未知数。だがルシアはそれほど覆面の男を危険視はしていなかった。何故なら覆面の男がハル達の味方であることは明らかだったから。ハル達に利する行動を取ってくれるのならルシアとしては願ったり叶ったりでもある。故に問題は
(問題はドリューやオウガのシンクレアの極みか……ハードナーのこともあったから油断はできねえな……)
シンクレアの極みという原作ではなかった要素。マザーであれば次元崩壊、アナスタシスであれば時間逆行というシンクレアの奥義とでも言える能力。間違いなくヴァンパイアとラストフィジックスにもそれはあるはず。実際それによってルシアはハードナーに苦戦せざるを得なかった。なら原作のままハル達がドリューとオウガの連合に挑めば最悪全滅してしまう可能性もある。だがDBだけではなく、レイヴにも大きな変化がある。
(だけどレイヴにも原作とは違う力があるみたいだしな……DBばかりに有利になってるわけじゃないようだし……)
それをシバとの修行でルシアは知っていた。正確にはシバのTCMの能力。まさにそれはルシアが持つネオ・デカログスの能力と互角の物だった。あまりの強さに最初ルシアはTCMの能力を下げてもらったまま修行していた程。初めルシアは使い手がシバだからこそネオ・デカログスと同等の力をTCMが持っているのだと考えていた。だがそれが間違いであることをマザーから聞かされることになる。それは単純なレイヴの数の違い。マザーの記憶の中のシバは五つのレイヴを持っていた。そして今のハルは三つしかレイヴを持っていない。つまりレイヴの数が増えればその分、レイヴマスターの力が増し、結果としてTCMの強さも変わってくるということ。またそれに加え対DBとでも言える能力も備わってくる。DBの能力を文字通り無効化するというDBに対抗するために造られたに相応しい特性が五つのレイヴを集めることでレイヴマスターには授けられることになる。五十年前シンクレアがシバに後れを取ったのはシバ自身に加え五つのレイヴの力があったからこそ。そして完全な一つのレイヴになればその力はさらに増すはず。
(とにかくハル達がレイヴを全て集めるまでだ……それまでシンクレアを集めないようにしねえと……)
ルシアよりも先にハル達にレイヴを全て集めてもらうこと。そうすればハルは自分を超える力を手に入れ、エリーは魔導精霊力の完全制御が可能になる。後はそれに自分が倒されるだけ。もちろん手を抜くことができればそれに越したことはないがマザーがいる以上それは難しい。バレればその瞬間、頭痛と言う名の汚染によって洗脳されてしまう可能性が高い。ルシアは身を持って理解していた。何だかんだ言いながらマザーが汚染をかなり抑えていることに。もし全力で汚染されれば恐らく一瞬でルシアは自我を失うことになる。いわば操り人形になるようなもの。主従など形式上の物に過ぎない。エンドレスにとってルシアはただの駒にすぎずそれに抗う術はルシアにはない。故にそうなってしまってもハルが自分に勝てるレベルにまで強くなってもらうしかない。例えルシアが倒されたとしてもハルが命を奪うことはあり得ない。結果的にはシンクレアを破壊し、エンドレスを消滅させさえすればルシアは助かる。並行世界の消滅も防ぐことができる。そう、マザーを破壊することが出来さえすればルシアはこの呪縛から解放されるのだから。
(シンクレアを壊す……か……)
ルシアはどこか心ここに非ずといった風に自らの胸元で言い争いをしている二つのシンクレアに目を向ける。同時に自らが持っている全てのDBにも。エンドレスを、シンクレアを壊すということはすなわち全てのDBの消滅を意味する。だがそれは分かり切っていたこと。ルシアに憑依した時から望んでいた結末。にもかかわらずルシアはまるで自分が悪いことをしているかのような感覚に囚われる。
(いやいやいや……何を考えてんだ俺!? しっかりしろ! エンドレスを倒さねえと俺は助からねえし、並行世界も消滅しちまうんだぞ! そうなっちまったら……)
ルシアは頭を振りながら必死に迷いを振り切るかのように思考を断ち切らんとする。だが一度それを意識してしまった以上すぐに忘れ去ることなどできない。客観的な視点で見ればエンドレスは悪ではない。その力も元に戻ろうとする自然の力であり、邪悪なものではない。だがこの並行世界の住人からすれば悪に他ならない。ルシアは共に現行世界に旅立つことができるが一人で行ったところでルシアにとってそれは死ぬこととそう大差はない。ならばやはりエンドレスを倒すしかない。
もちろん説得できるのならそれに越したことはないがそれがエンドレスに通じないことは既に分かり切っている。今まで何度かその存在を感じ取ったからこそルシアは悟っていた。エンドレスには言葉は通じないのだと。言わばあれはただの現象。人がどんなに願っても地震や台風を止められないように、同じ力でなければエンドレスは止めることはできない。
だがシンクレアはそうではない。彼女達には意志も感情もある。特にマザーについては自分に影響を受けたかのように出会った当初とは別人のように人格を得ている。ならもしかしたら、共にこの並行世界で――――と願えば――――
『……? どうした、そんな変な顔でずっと見つめおって。とうとうほんとに頭がおかしくなったのか、我が主様よ』
「っ!? な、何でもねえよ! だいたいてめえらこそ何の話をしてたんだよ」
『ふん、お主が黙りこんでしまったのでアナスタシスとこれからのことを話し合っていただけだ。ともかく先程の続きだがお主はシンクレアを統べる者、すなわち大魔王の器なのだぞ。それが四天魔王と互角でどうする。四天魔王を従えるくらいにはなってもらわなければな…………主にお主自身のために』
「っ!? おい、お前……今何か不吉なこと言わなかったか!?」
『さて、何のことやら。とにかく強くなっておくに越したことはないということだ。いつ何があるか分からんからの。身に覚えがないとは言わせんぞ、我が主様よ?』
『……そのくらいになさい、マザー。アキ様も体を洗ってきてはいかがですが。お怪我はないようですがそのままではお身体に障ります』
「あ、ああ……じゃあちょっと体を洗ってくる。お前らはそこでちょっと待ってろ……」
ある意味いつも通りのマザーの姿にうんざりしながらルシアは近くにあるオアシスで体を洗うために向かって行く。既に先程までの脳内シリアスも吹き飛んでしまっていた。もっともどんなに考えたところでその時が来れば避けては通れない道。とりあえずルシアは目の前のことに集中する。間もなく起こるであろうドリュー、オウガ連合とハル達の戦い。ルシアの役割はレイナの介入を許すことなくオウガを倒し、シルバーレイを破壊すること。そしてドリューとハル達の戦いに必要があれば介入すること。だがそれはルシアにとっては諸刃の剣。シンクレアを手に入れてしまうことを意味する行動。一つだけならまだしも場合によっては四つのシンクレアが揃ってしまうという最悪のシナリオになりかねないリスクを孕む戦い。だがそれでもルシアは動くしかない。自らと世界の命運がかかっているのだから。それが例え矛盾したものであったとしても――――
『まったく……いい加減あのヘタレはどうにかならんのか』
『あなたは……まあいいでしょう。それで、四天魔王との戦いのことをアキ様には本当にお伝えしなくていいのですか?』
『くくく……そんなことを言えば逃げ出すことは分かり切っておるからな。何よりもその方が面白いであろう?』
ルシアがその場からいなくなったことでマザーはどこか邪悪な光を漏らしながら自らの企みを口にする。四天魔王との戦いをルシアには黙っていること。それが恐らく遠くないことを知っていながらもマザーはルシアに教える気は毛頭なかった。それを知ればルシアが逃げようとすることを長い付き合いで知っているからこそ。何よりもルシアが右往左往する姿を見ることがマザーの至上の喜び。要するに半分以上マザーの趣味によるものだった。
『あなたは本当に自分の立場が分かっているのですか? いくらアキ様が許しているとはいえ度が過ぎるのでは』
『またその話か。余計な御世話だ。それにアキは実戦でこそ成長するタイプ。幻との修行での成長が打ち止めになった以上自分と同格以上の相手との実戦しか手段がないのだからな』
マザーはやれやれと言った風に自らの狙いを口にする。四天魔王という自らと同格以上の相手と命を賭けた実戦をさせること。それが本当のマザーの狙い。今までもルシアはそうやって壁を超えてきたのだから。もっとも今度の壁は今までの比ではない。四天魔王の誰が相手となるかはマザーも知らないものの誰であったとしてもこれまでで一番過酷な戦いになることは間違いない。五つ目のシンクレアであるバルドルを賭けた戦いなのだから。だがそれを超えることができた時、ルシアは大魔王の域に到達するはず。言わば強さの終着点。そして
『そうですか……ならもう言うことはありません。ですが最後に一つだけ。『その時』が近づいていることをアキ様にはお伝えしなくてもいいのですか』
自分たち、母なる闇の使者としての使命が終わる時が近づいていることを。彼女達は感じていた、いや知っていた。予感であり確信。五十年間果たされなかった自分たちの悲願が果たされる時がすぐそこまで迫っていることを。どんな結果になるにせよ避けては通れない運命。
『ふん、今更貴様に言われるまでもない。我は我がやりたいようにやる。それだけだ』
それを全て理解したうえでマザーは宣言する。自らが思うままに。今までと変わらない、これまでと同じようにあり続けると。
『……分かりました。ならそれを見届けさせてもらいます……どうか悔いがないように、マザー』
どこか慈愛を感じさせる言葉を以てアナスタシスは会話を締めくくる。これ以上はもう口にする必要はないと告げるかのように。マザーもまたそっぽを向くかのような雰囲気をも取ったまま黙り込んでしまう。ある意味気心が知れた友人のようなやり取り。もっとも両者ともそれは決して認めないだろうが。そして同時にけたたましい音が鳴り響く。それはルシアが修行や出かける際に持ち歩く無線機の役割を果たすDB。DC本部からの緊急事態を知らせるコール。つまり、ルシアがただちに本部に戻らなければならない程の事態が起こったという証。
ルシアは慌てながらもその場に舞い戻ってくる。その内容がまさに世界の命運を賭けた大戦の始まりであることを知らぬまま――――
空には月が、街には灯りによって夜の中で輝きを放つ真夜中。一人の男が一切の淀みのない動きで歩いていた。その姿は長い帽子にコートと言う季節のそぐわない物。だが白を身を纏った姿は見る者にこれ以上ない印象を残すだろう。彼の名はディープスノー。新生DCの新たな六祈将軍の一人に任命された男。ディープスノーはそのまま一直線にある建物の中へと入って行く。その途中何度も見張りである駐在兵と交差するも兵士はディープスノーを見ただけで背筋を伸ばし敬礼をするだけ。何故ならディープスノーには六祈将軍ではないもう一つの顔があったのだから。それは
「遅れて申し訳ありません。少し急用が入ったもので……もう会議は始まっていましたか?」
帝国軍の北の将軍。世界国家である帝国の軍における四人の将軍の一人。スパイであるディープスノーのもう一つの姿だった。
「いや、まだだ。まだ時間には少し早かったしな」
「オレも今来たところだ。まさかこんな真夜中の会議になるとは思っていなかったがな」
やってきたディープスノーに向かって二人の男が同じように挨拶を交わしていく。東の将軍ワダと南の将軍ブランク。二人とも将軍に相応しい貫録と肉体を持った男達。今日は将軍たちが毎月行っている会議が行われる日。普段はその将軍の名が示すように東西南北を統括することが将軍たちの役ではあるがこの時だけは帝国の本部である帝都に集まることになっていたのだった。
「そうですか……ですがまだジェイド将軍が来られていないようですが……?」
自らの席へと腰をおろしながらディープスノーはふと気づいたように疑問を口にする。それは西の将軍であるジェイドが姿を見せていないことに対するもの。将軍たちの中でも特に威厳がある者であり時間に遅れてくることなどあり得ないような人物であるためディープスノーは首を傾げるしかない。
「ジェイドなら今日は欠席だ。何でも自分で調べたいことがあるのだとか……」
「調べたいことですか……?」
「ああ、前話題にあがった二代目レイヴマスターの捜索だ。全く、ディープスノーが捜索して手掛かりすら掴めなかったというのに一体何をそこまでこだわっているのだ!」
「あいつは昔からオレ達とはどこか違った物の見方をする男だからな。何か理由があるのだろう。ともかく今日は三人で今の世界情勢と我々の動きについて話し合いたいと思う」
ブランクがどこか苛立った様子を見せているのを嗜めるようにワダは強引に今日の議題について話し始める。主に新生DCとそれに対抗するために連合を組んだドリュー幽撃団、鬼神に対する話し合いだった。
「DCについてはBGを壊滅させてからは全く動きを見せていない。不気味なほどにな。いくつかの支部は発見できたものの未だ本部は発見できていない。まるで以前のDCとは別物だ」
「オレのところも同じようなものだ。巷ではDCの復活は知られていないようだが本当に復活したかのどうか帝国内で疑問視する声も上がっているぞ」
「私の管轄でも似たようなものですね。足取りもまったく掴めていません」
「やはりそうか……捕縛したBG兵の供述、金髪の悪魔と六祈将軍と思われる目撃情報から間違いないはずだが以前と違い表に出てくる気配がないのはいささか不可解だな」
互いの持ち得る情報の不可解さに将軍たちは頭を傾げるしかない。あのDCが復活したという恐るべき事態。しかもBGという闇の首位組織を壊滅させるという信じられない力を見せたにもかかわらずDCはそれ以降全く動きを見せていない。まるで身を潜めているかのように。以前のDCとはまるで真逆の姿に帝国は動きを決めかねているのが現状だった。
「それよりも今は連合を組んだドリューとオウガの方が問題では? 私の得た情報では南、サザンベルク大陸に拠点を置いているようですが……」
「オレのところでも同じ情報を得ている。鬼とドリューの兵が共に行動している姿を目撃した兵もいる。連合を組んだのは間違いはずだ」
「ウム、恐らくDCに対抗するための連合だろう。このまま潰し合いをしてくれれば助かるのだが……」
「何を弱気なことを言っておる!? 今こそ帝国の力を示す時だろう! さもなくば以前のように残党狩りをしていると揶揄されることになるぞ!」
「確かに一理ありますね……現に私達は奴らの拠点の位置を把握している。先制して攻撃を仕掛けることも選択肢としては悪くないと思いますが」
「むう……だが相手は連合。しかも壊滅させることができたとしてもまだDCが残っている。うかつに動くわけには……」
「連合とは言っても所詮はその場しのぎの物。戦闘になれば連携も何もあったものではないでしょう。上手く行けば仲間割れを誘発することもできます。DCについてはBGとの戦いで消耗し身を隠しているとも考えられます。以前ほど勢力はないのですから焦る必要はないのでは?」
「その通りだ! まずは目に見えているドリュー達の方から叩くべきだ! そうなればDCとて我らの力に恐れを為し好き勝手はできはせん! 金髪の悪魔と六祈将軍がいたとしても所詮は数人、帝国全部隊で攻撃すれば恐れるに足らん!」
「落ち着くのだ、ブランク。確かにそうだが全部隊を動かすとなればジェイドの賛成と皇帝陛下の承認が必要となってくる。気持ちは分かるがもう少し現実的な案を……」
将軍たちは今の世界情勢を確認しながらも平行線の議論を続けるだけ。今のまま闇の組織を野放しにしておくのか、帝国の総力を以て立ち向かうのか。どちらにも大きなリスクが伴うがゆえに即断することができない。巨大な国家である帝国だからこその弊害。そんな不毛な議論がいつまでも続くかと思われた時
「も、申し訳ありません! 将軍方、緊急事態です!」
突如会議室のドアをまるで体当たりをするかのような激しさで開けながら兵士の一人が姿を現す。いきなりの事態に将軍たちは議論を中断するしかない。
「一体何事だ!? 今は会議中だぞ!」
「落ち着きなさい、ブランク。一体何があったというのですか?」
声を荒げるブランクに代わり冷静さを見せながらディープスノーは兵士に向かって先を促す。だがそれはその場にいる全ての将軍の想像を遥かに超えたもの。
「そ、それが……所属不明の船がこちらに向かっているとの情報がありまして……」
「船だと? この帝都の空域にか?」
「馬鹿な……どこのグル―プか知らんが気は確かか? 全て打ち落とされる自殺行為のようなものだぞ?」
「それで、敵の船は何隻なのですか?」
「……い、一隻です」
兵士の言葉に今度こそ本当に将軍たちは言葉を失う。帝国の主力とも言える部隊がいる帝都にたった一隻で乗り込んでくる。まさに狂気の沙汰としか思えないような事態。そして兵士は告げる。
「その船は……銀色だったと……」
知る者が聞けば背筋が凍る程の恐怖を味わうその言葉を。
月と星だけが明かりを灯している夜空に一隻の船が飛んでいた。巨大な要塞とでもいえるような船。リバーサリー。かつて鬼神達が自らの拠点としていたもの。だが今それは大きく姿を変えていた。
『シルバーレイ』
それがその船の真の姿であり名前。最高の銀術兵器足る力を持つ大量破壊兵器。今、禁じられし力が目覚めようとしていた。
「そ、総長! 待ってください、本当に出る気なんですか!? もう陽動隊なら出撃しています! わざわざ総長が出ていかなくても……」
その内部にある通路で小さな男が必死に声を上げながら騒いでいる。彼の名はゴブ。鬼神参謀長の地位を持つ鬼。その容姿とは裏腹に戦闘もこなすことができる存在。だがそんなゴブをして頭が上がらない存在があった。
「うるせえな……このままここでじっとしてるだけじゃつまんねえだろうが。それとも俺が負けるとでも思ってやがるのか、ゴブ?」
鬼神総長であり鬼の中の王であるオウガ。通路を塞ぎかねない巨体をもつ絶対の力を持つ鬼の王はゴブの制止を全く聞くことなく凄まじい足音と共にシルバーレイを出て行かんとする。その目的は唯一つ。破壊を楽しむこと。闘争本能に赴くままに暴れるという単純な欲求を満たすためのもの。
「で、でも総長……コレを使う以上どうしても危険があります! いくら総長でも巻き込まれれば……」
「何言ってやがる。だからこそ確かめに行くんじゃねえか」
ゴブの言葉が心底おかしいとばかりにオウガは狂気を秘めた瞳を見せながら告げる。
「今の俺は不死身だ。その力を試すのにこれ以上おあつらえ向きの機会はねえ。それにようやく大きな祭りが始まろうってんだ。眺めてるだけじゃもったいねえ。ここは任せたぜ、ゴブ」
もう伝えることはないとばかりにオウガはそのまま戦場へと身を投じる。自らの肉体で戦うことこそが鬼の誇りであり楽しみ。それを邪魔する者は誰であれ容赦はしない。
「さあ……どでかい花火を上げるとしようじゃねえか」
オウガは嗤う。今まで溜めこんできた全てを吐きだすかのように。
今、全世界を巻き込んだ『大戦』の火蓋が切って落とされようとしていた――――