『巨大空中要塞アルバトロス』
空賊BGの拠点であり切り札。その名が現す通り巨大な要塞、城と言ってもおかしくないもの。百万の兵の中でもハードナーに認められた者しか乗ることが許されない船。これまで数多の組織を、街を破壊し略奪を繰り返した難攻不落の要塞。だがその神話が今、脅かされようとしている。しかも相手はたったの五人。とても正気の沙汰とは思えないような行動。しかしその五人はただの一般兵ではない。
一人は金髪の悪魔の異名を持つ少年。まだ知る者はほとんどいない新生DCの最高司令官。キングの血と力を受け継いだ新たな王。
そして残る四人。その名を知らぬ者は闇の世界においては存在しない。ある意味金髪の悪魔の異名よりも恐れられているであろう称号。
『六祈将軍』
DC最高幹部であり最高戦力。その力は一国に匹敵するといわれる怪物たち。その称号を持つ三人とそれに相応しい力を持つ一人が今、アルバトロスへと侵入していた。自らの王たるルシアの命を果たさんとするために。
『六つの盾』
BDの最高幹部であり切り札である集団。ハードナーによって選ばれし六人の戦士。一人が欠け今は五人となっているもののその全てが今、アルバトロスに集結している。そして同時に彼らも動き出す。自分たちの存在意義を果たすために。
今、六祈将軍と六つの盾。対極にある二つの集団の戦いが始まらんとしていた――――
アルバトロスの船内の一画。そこでまさに地獄絵図のような光景が繰り広げられていた。その壁には巨大な穴がある。信じられないような力で吹き飛ばされてしまったのでは無いかと思えるような無残な破壊の爪痕。とても人間の仕業とは思えないような惨状。だがそれは正しかった。何故ならそれを行っているのはまさしく人間ではなかったのだから。
「――――!?」
「うあああああっ!?」
「ひいいいいっ!?」
ある者は声にもならない悲鳴を上げ、ある者は手に持った銃器を放り投げながら逃走し、ある者はその恐怖によってその場に蹲り身動きすら取れなくなってしまう。BGの兵士達はその存在によって完全に戦意を失い逃げまどう。だがそれを責めることは誰にもできないだろう。彼らの目の前にいる、立ちふさがっている存在が何であるかを知っていれば。
黒龍。
それが今、BGの兵たちの前にいる侵入者。龍というおよそこの世の物とは思えないような存在。誰もが空想の中だけだと思い込んでいる生物。だが間違いなくそれは存在していた。しかも彼らの想像を超えた力をもって。
耳を劈くような咆哮と共に黒龍の口から炎の息吹が放たれる。無慈悲な炎が全てを薙ぎ払って行く。それに抗う術を兵たちは持たない。為すすべなく業火に焼かれていくだけ。それはまるでお伽噺のような光景。これは夢だと思ってしまいかねないような現実離れした惨状。だが彼らもただ指をくわえてそれを見ていたわけではない。銃器を、DBを持ちながら兵たちは黒龍に向かって挑んでいく。しかしその全てが通用しなかった。
人間とは比べ物にならない程の巨体。その鋼鉄とも思えるような皮膚に傷をつけることすらできない。炎だけではなくその巨大な爪、尾から繰り出される攻撃だけで何十人もの兵士が一瞬で戦闘不能になってゆく。そして最後には誰ひとり残っていなかった。
それが黒龍ジュリアの力。竜化してしまった竜人のなれの果て。だが自我を失ってしまってもなおその力は変わらない。かつてある国では一匹の竜を倒すために何百、何千の戦士が命を落としたという。それが最強種族である竜の力。
「よくやった、ジュリア」
そんなジュリアに向かってどこか満足気に近づいて行く一人の男がいた。その手にある巨大な黒い剣で生き残っていた兵をこともなげに斬り払いながら歩いている姿からは圧倒的な強者の風格が滲みでている。
『龍使いジェガン』
六祈将軍の一人でありその名の通り龍を操る戦士。自らもまた竜の力を持つ竜人である男。
ジェガンはその手でジュリアの頭を撫でながら辺りを見渡す。そこには焼き焦げ、切り裂かれ、押しつぶされた無残な兵たちの姿があった。誰一人息をしている者はいない無慈悲な光景。それを前にしてもジェガンはその表情を全く変えることはない。非情な、そして隙のない戦士としての姿。
今、ジェガンはアルバトロスに侵入した地点でBGの兵たちを迎え撃っていた。他の三人はそれぞれ好き勝手に違う方向に進んでいったもののジェガンはその場に留まることを選択した。それはジュリアのため。巨大な黒龍であるジュリアでは流石にアルバトロスとはいえ自由に動き回ることはできない。幸いにも突入した地点であるこの場は巨大な空間であったため問題は無いが先に進むには通路が狭すぎる。通路を力づくで破壊しながら進む手もあるもののやはり手間がかり、何よりもあまり無茶をしすぎればアルバトロスが墜落しかねない。そのためジェガンはあえてその場に留まることを選択した。だがそれは決して消極的な選択ではない。何故なら
「すごいね、ウン。ボク、ドラゴンなんて初めて見たよ、ウン」
ここで戦っていれば自ら動くまでもなく、獲物が勝手にやってくるのだから。
「でもボクの方がもっと強いんだよ、ウン。 六祈将軍よりも六つの盾の方が強いって証明してみせるよ、ウン!」
戦場に不釣り合いな楽しそうな声と共に新たな刺客がジェガン達の前に現れる。だがその姿は声のようにただの子供ではなかった。一言でいえば巨大な昆虫。虫型をした巨大なロボットが駆動音と足音を奏でながら悠然とその姿を晒す。ジュリアにも匹敵するのではないかと思えるような巨大な機械、ロボット。コクピットと思われる部分には小さな子供が乗っている。端から見れば乗り物に乗ってはしゃいでいる無邪気な子供。だがその子供はただの子供ではない。
『コアラ』 それが彼の名前。六つの盾の一人である戦士だった。
(さあ……今度こそボクの本気を見せてハードナー様に認めてもらうんだよ、ウン!)
コアラはその手に操縦幹を握りながらも内心で高揚感を隠しきれないでいた。何故なら今回の戦いはコアラにとっては汚名返上、名誉挽回のチャンスでもあったのだから。それは先のエリー捕獲の失敗によるもの。表面上は許しを得られたもののあの失態のせいで自分の評価が下がってしまったことは誰の目にも明らか。それはコアラにとっては許せない、そしてすぐにでも何とかしなければならない問題。そんなところにこの奇襲。しかも六祈将軍という信じられない大物たち。半年前に本部の壊滅と共に死んだとされてしまっていたはずの存在。何故六祈将軍が生きていたのか、これまで表に出てこなかったのかを疑問に思いながらもコアラはすぐにどうでもいいことだと切り捨てる。どんな理由があるにせよ今目の前にあの六祈将軍がいる。それが全て。それを倒すことができれば自分たちの存在意義を、その力を証明することができる。
「さあ、行くよ! これがボクのDBの力! そのドラゴンがどんなに強くても負けないよ、ウン!」
コアラは自らの持つDBの力を操りながらジェガン達に向かって近づいて行く。まるでSFの世界に存在するような機械の兵器。それがコアラのDB『マーシナリー』の力。機械を自由自在に操ることができる能力。ただの子供であるコアラが六つの盾の座を得ることができる程の力を持つのもそれが理由。コアラはマーシナリーにある銃口をジュリアとジェガンに向ける。先程のやられた兵士達とは比べ物にならない火力をもつそれを向けられたことで恐れおののくジェガンの姿を見るために。だが
「…………」
ジェガンはまるで無感情に、表情を変えることなくコアラを見つめているだけ。その肩に剣を乗せたまま。戦闘態勢を取ることもなくまるでどうでもよさげな空気を感じさせながら。その光景にコアラは怒りをあらわにする。自分など眼中にないといわんばかりに態度にコアラがその引き金を引こうとした瞬間
「やれ、ジュリア」
ぽつりと、呟くようなジェガンの言葉と共にジュリアの口から今までとは比べ物にならない規模の炎が放たれる。一瞬の出来事にコアラは動くこともできずにマーシナリーと共に炎の海に飲み込まれていってしまう。ジェガンはその光景をただ見つめているだけ。まるで自分が手を下すまでもないと告げるかのように。後にはただ燃え盛る炎だけ。いかな機械の兵器とはいえあれだけの炎に飲み込まれればひとたまりもない。ジェガンがそのまま踵を返しながらも次の獲物がやってくるのを待ち構えようとした時
「……びっくりしたよ、ウン。でも無駄だよ。このマーシナリーには炎なんて効かないんだよ、ウン!」
自信満々の声と共に炎の海の中から巨大な機影が姿を現す。そこには全く傷一つ負っていないコアラとマーシナリーの姿があった。コアラは自らの持つDBの力を見せびらかすかのように上機嫌になったまま。マーシナリーは機械を操る力があり、それを以てコアラはこの昆虫型の巨大な兵器を造り上げている。だがその兵器もただの兵器ではない。その特性は相手に合わせた能力を付与する、改良することができる点にある。コアラはこの場にやってくる前にジェガンとジュリアの戦闘を観察しそのデータを元にこのマーシナリーを作り上げていた。ジュリアの炎に対抗するための耐熱処理、そしてジェガンの剣の攻撃に対する物理装甲。その両方を併せ持つマーシナリーの力を誇るかのようにコアラはジェガン達を見下ろす。だが
「…………」
それを前にしてもジェガンは全く恐れも怯えも見せることは無い。自然体そのもの。その光景に優位に立っているはずのコアラの方が知らず圧倒されてしまう。初めて会った時からまだ一言も発することのない相手にコアラは息を飲む。まるで自分など眼中にないのだと、格下なのだといわんばかりの視線と態度。そんな侮辱にも等しいものによって今まで余裕を見せていたコアラも流石に怒りを抑えることができない。
「ウン……何だよ、ボクを馬鹿にしてるのか、ウン!? 決めたよ、お前はバラバラにしてやる! あのドラゴンは改造してボクのペットにしてやるよ、ウン!」
まるで無邪気な子供のような笑みを見せながらも想像もできないような残酷な言葉をコアラは告げる。だがそれは決して誇張ではない。子供のような容姿とは裏腹にコアラは六つの盾の中でも特に残酷な面が強い。虫を殺して楽しむ無邪気な子供のようにこれまでも何人もの人間をその手にかけ、身体を機械に改造するという非道を繰り返してきた。そんな中であってもまだドラゴンを改造したことがないコアラはどこか楽しげな表情を見せている。これだけの力を持っているドラゴンなら改造すればきっとすごい兵器ができると。邪魔なジェガンをバラバラにした後にドラゴンを改造してやろう。それよりもドラゴンを改造してやるのを見せつけた後にバラバラにしたやった方がいいかもしれない。コアラは自らに対する侮辱に対する報復を楽しそうに思案する。故に気づかなかった。
その言葉が文字通り、ジェガンの逆鱗に触れるものであることに。
「…………え?」
瞬間、コアラは自らの身に起こったことを理解できずにそんな声を上げることしかできなかった。まるで地震が起こったかのような振動がコクピットにいるコアラに伝わってくる。ほんの一瞬の出来事。だが何が起こっているのか考えるよりも早くコアラはその場を離れんと動き始める。それは本能。だがそれを以てしても今自らを襲っている事態から逃れることはできない。
「なっ!? 何がどうなってるの、ウン!?」
コアラは悲鳴にも似た声を上げながらその光景に戦慄する。そこには先程まで自分の視線の先にいた筈のジェガンの姿があった。だがその動きを捉え切ることができない。まるで瞬間移動でもしたのではないかと思ってしまうほどの動きでジェガンは一気にコアラ、マーシナリーとの距離を詰め剣を振るってくる。その一閃によって次々にマーシナリーの足が斬り飛ばされ、重さを支え切れなくなったマーシナリーはその場に跪くしかない。足をもがれた虫のように。
だがそれはあり得ない。コアラは混乱の極みにあった。何故ならマーシナリーには物理装甲がある。ジェガンの剣を計算に入れた完璧な防御。だがそんなものなど無いかのように凄まじい動きと気迫を以てジェガンは難なくマーシナリーを文字通り解体していく。それだけではない。自動防御によって銃器から無数の銃撃がジェガンを葬らんと降り注ぐもその一つもジェガンに届くことは無い。その動きを捉えることができず空を切るだけ。
ついに全ての足を失ったマーシナリーが床へと転がり落ちそのコクピットがあらわになると同時にジェガンが鬼神のごとき動きで迫る。
「ひっ――――!?」
その姿に思わずコアラは悲鳴を上げる。単純な恐怖という、そして絶対の感情。先程までと同一人物とは思えないような豹変とその力。その表情はまったく変わってない。無表情そのもの。だが違う所があった。それはその眼光。その瞳には先程までは無かった明確な殺意がある。目が合った者に死を連想させる程の圧倒的な視線とその力。データなど何の役にも立たない程の動き。
それが六祈将軍の一人、ジェガンの力。そしてその逆鱗であるジュリアに触れてしまったことがコアラの過ちだった。
だがジェガンの一刀がコアラをコクピットごとコアラを両断するよりも一瞬早く、コアラは脱出装置によって間一髪で上空へと退避する。ジェガンは予想外の動きによって虚を突かれるもののそのまますぐさま体勢を立て直しながら上空に留まっているコアラを見据える。そこには一切の油断も容赦もない。自らの物であるジュリアを侮辱されること。ましてやそれに手を出そうとする者は誰であれ生かしてはおかない。
ジェガンがその手を振るった瞬間、その腕にあるDBが輝きその力を放つ。同時に無数の花のつぼみがジェガンの周囲に生まれていく。鉄の船の中にあってもその自然の力は失われることは無いと示すかのように。
『種子砲』
それがジェガンが持つ六星DBユグドラシルの力の一つ。その種子砲に触れた者を大いなる樹の力によって葬り去る技。無数の花が咲き、種子が弾丸のように上空に逃げ去ったコアラに向かって放たれる。決して逃がさないと告げるように。弾幕にも似た攻撃にコアラには逃げ場は無い。だが
「ちょ、調子に乗るんじゃない、ウン――――!!」
まるで人が変わったように憤怒しながらコアラもまた自らが持つDBの力を以てそれに対抗する。瞬間、破壊されてしまった兵器の残骸がまるで生きているかのように動きコアラの元に集まって行く。そして種子砲が届くよりも早くコアラはその身を守るかのように新たな機械を身に纏う。まるで卵のような外見をした機械。防御を重視した形態。その鉄壁とも言える守りによって種子砲は全て弾かれ力を失ってしまう。だがコアラが押されてしまっているのは誰の目にも明らか。それはコアラ自身が理解していた。先の攻防で感じた恐怖。そのせいで今もまだ知らず身体が震えている。だがそれをコアラは認めることができない。否、認めるわけにはいかない。それは六つの盾としての誇り。
「もう許さないよ……お前は絶対にバラバラにして殺してやる! 見せてあげるよ、ボクの最終兵器を!!」
宣言と共にコアラはマーシナリーの力を解放する。それは今までの比ではない。瞬間、まるで地震が起きるかのようにジェガンの足場が揺れ始める。だがそれは地震ではなかった。空の上であるアルバトロスで地震など起こるはずがない。故にそれはアルバトロス全体に起こっていること。
力の中心であるコアラに向かってその場にある全てに機械が集まって行く。機械だけではない。その床も、壁も、その全てがまるで波のように波打ちながらコアラの元に集まって行く。それはまさに台風の目。それに巻き込まれないようジェガンとジュリアは一瞬でコアラから距離を取るもコアラの力は既に一帯全てを飲みこみつつある。機械の天変地異。あり得ないような天災、いや人災が起ころうとしている。
その中心には先程までとはまた大きく違う機械の指令室のようなポッドに乗りこんでいるコアラの姿がある。そのポッドからは無数の機械でできたコードが生えている。そのコードはその場一帯だけなく船全体を覆い尽くしている。
『マーシナリーアルバトロス』
それが今のコアラが持つ兵器の名。巨大空中要塞アルバトロスをマーシナリーによって完全に己が手足とするマーシナリーの奥義。アルバトロスの中にいる間だけ可能な反則技。その中にいる限り何者にも破ることはできない絶対兵器。
「もうおしまいだよ、ウン。お前達はこのまま押しつぶしてあげるよ、ウン!」
自らの勝利を確信し、勝ち誇りながらコアラは宣告する。それは決して逃れることができない絶望。戦いの場であるアルバトロスを完全にコントロールするコアラに負けなどあり得ない。その全ての重火器を操ることができるだけではない。アルバトロスを構成する壁や床、ありとあらゆるものがコアラの味方。区画ごと侵入者を圧殺することも、足場を奪い空に放り出すことも思いのまま。この限定下であれば神にも等しい力をコアラは持っている。それは正しい。だが
「…………」
それは目の前の男、ジェガンには通用しなかった。
「な、何だよ。怖くないのか!? この船全てがボクの味方なんだぞ、ウン!」
コアラは自分の力を見ながらも全く怯える様子を見せないジェガンに食ってかかるもジェガンはそのまま踵を返したままその場から立ち去らんとする。だがそれは逃亡ではない。まるでもう勝負がついたといわんばかりの雰囲気を纏いながら悠然と去っていく。ジュリアもまたその後に従うように付いて行くだけ。コアラはそんな二人の姿にしばらく呆気にとられるもののすぐに我に帰る。
「逃がすとでも思ってるのか、このまま押し潰してやるよ、ウン!」
コアラは怒りと共にマーシナリーの力を操り部屋ごとジェガンとジュリアを圧殺せんとする。どこに逃げようともアルバトロスの中にいる以上全てがコアラの手の中。それを証明するかのように全てがジェガン達を襲い跡形もなく押しつぶす――――はずだった。
「…………え?」
コアラは一体何が起こっているのか分からず呆然とするしかない。いや、正確には何も起こらないことに。間違いなくDBは力を放っている。アルバトロスは間違いなく今自分の支配下にある。だがコアラが与り知らなかったこと。それはジェガンの持つDBもまたコアラの持つDBと同等、そして対極に位置するものだったこと。
「こ、これは……樹!? な、何でこんなところに……!?」
その光景にコアラは驚愕するしかない。一帯の壁や床。その隙間から凄まじい勢いと力によって樹が生まれ出てくる。さながらアスファルトから花が咲くかのように。だがその規模は尋常ではない。既に一画の全てが樹木によって埋め尽くされんとしている。育ちゆく樹の力。それから逃れる術は無い。人工である機械を操るマーシナリー。その力はアルバトロスの中では無敵に近いもの。だがそれに拮抗し得る力が自然の力、大いなる樹の力を操る六星DBユグドラシルにはあった。
「く、くそ……! でもこのぐらいで……!」
そんな状況にあってもコアラはあきらめを見せることは無い。コアラはすぐに気づく。先程の種子による攻撃。それによってばらまかれた種こそがジェガンの真の狙いであったことに。見事それに一杯喰わされたもののまだ戦況の優位は揺るがない。確かに自分の機械と相手の樹の力は互角。だが地の利はこちらにある。このまま樹が成長しきる前にこの一帯を崩壊させてしまえばいいだけ。ここが地上であればどうしようもなかったかもしれないがアルバトロスの中である以上自分の優位は変わらない。そうコアラは判断しすぐさま一帯を斬り離さんとする。それは間違いではなかった。だがそれはあまりも遅すぎた。
「ウン……? あれ……な、何で動かないの、ウン……?」
コアラはどこか心ここに非ずと言った風に呟くしかない。自分がDBの力を使っているにもかかわらず何も起こらない。コアラは不思議な感覚に囚われながらもふと自分の足元に目を向ける。そこには
自分の身体と一体になりながら成長している樹の姿があった。
「え!? ど、どうしてこんなところに樹があるの、ウン!?」
コアラは驚き混乱するしかない。何故自分のいるコクピットの中で樹が育ちつつあるのか。自分は種子砲の攻撃も受けていない。防御は完璧だったはず。何も失敗はしていないはず。そんなことを何度も考えながらもコアラは足元から樹に浸食され飲み込まれていく。既に身体の半分以上が取り込まれている光景にコアラは恐怖し、戦慄することしかできない。
それは先の種子砲の攻撃によるもの。それをコアラは完璧に防いだ。だがジェガンにとってはそれすらも布石に過ぎなかった。真の狙いは種子をこの一帯にばらまき、そしてその種子を壊れていた兵器の中に忍ばせること。機械を操ることが相手のDBの能力だと見抜いたが故のもの。その狙い通りコアラはマーシナリーアルバトロスを構成する際に知らずその種子を巻き込んでしまっていた。それがコアラの敗因。最初から全力を出さなかった慢心と油断。そして一つでも異物が混じることで壊れてしまう機械の宿命。
「うわああああっ!! こ、怖いよおおお!! 助けてよおおお!! ウン!!」
涙を流し、嗚咽を漏らしながらコアラは必死に助けを乞う。自分の身体が植物へと変わって行ってしまうという恐怖。ある意味死よりもはるかに勝る恐怖。それによってコアラは泣き叫びながらジェガンに懇願する。助けてくれと。そこには六つの盾としての誇りも何もない。ただ助けを乞う小さな子供。だがそれに振り返ることなくジェガンはその場を去っていく。もはや用は無いと告げるように。
コアラは絶望しながらも大いなる樹の力によって滅びゆく。因果応報。今まで他人の身体を機械にしながら弄んできた報い。それが機械ではなく自然の力であったことも皮肉だったかもしれない。それが六つの盾の一人、コアラの最期。
「いくぞジュリア……お前は誰にも渡さん」
六つの盾一人を倒したにも関わらず全く喜びを見せることなくジェガンはジュリアを伴いながら進み始める。既に崩壊しかけているこの場に留まることは得策ではないと判断してのもの。加えてまだ六つの盾は四人残っている。それを全て殲滅することがルシアからの命。それを成し遂げることが六祈将軍としてのジェガンの務め。
それはある目的のため。ルシアに従っているのも、DCに属しているのも全てはジュリアのため。星の記憶へ辿り着くことでジュリアを元の姿に戻し、そして本当の意味でジュリアのを己の物とするために。それを可能にする力が星の記憶にはある。だがジェガンは気づくことは無い。それがジュリアのためではなく自分のためであることを。歪んだ愛を持つことしかできていない自分自身にまだ気づくことは無い。
その時が来るまでジェガンは進み続ける。自分と同じ願いを持ちながらも対極に位置するもう一人の竜人と再会するその時まで――――