結界の都ラーバリア。地底にある都でありその名の通り結界によって守護されていた場所。だが今はもうその結界は存在していない。
『闘争のレイヴ』
それを守ることが結界の役目であり結界聖騎士団の使命だった。だがそれは既に終わりを告げていた。二代目レイヴマスターに闘争のレイヴが渡ったこと、そして役目を果たした蒼天四戦士の一人、クレア・マルチーズの消滅によって。ラーバリアは今はただの地底にあるという特殊さはあるものの平凡な都の一つとなっている。そんな都から少し離れた人気がない荒野。そこに二つの人影があった。
「ハアッ……ハアッ……」
一つは銀髪に身の丈ほどもあるのではないかという大剣を持った少年、ハル。二代目レイヴマスター。だがその体は既にボロボロ。その証拠に息は乱れ、肩で息をしている状態。だがその瞳にある光は全く曇ることはない。むしろ輝きが増しているのではないかと思ってしまうほど。ハルは一度大きく息を整えた後、改めて剣を構え直しながら目の前の相手を見据える。
そこにはもう一つの人影があった。だがそれは人ではない。人型をしているもののその正体は人間ではない。その証拠に身体には鱗のようなものがあり、何よりもその顔は人のものではない。
『竜人』
それがハルの前にいる人物、レットの正体。魔界の住人でありその名の通り竜の身体能力を持った種族の一人。かつてジンの塔での戦いでハルと敵対していた王宮守五神の一人。そしてレットもまたハルに合わせるように拳を構え迎え撃たんとする。その姿もハル同様満身創痍。既に両者ともに余力が残っていないことは明らか。故に次の攻防で決着がつくのは明白。
「ゆくぞ……これが最後じゃ!」
それを悟ったレットは大きく身体を沈みこませながらもその身体能力を発揮し天高く舞い上がる。その拳に残された全ての力を込めながら。
「奥義……天竜虎博!!」
レットは己の渾身を込めた一撃、奥義を放つ。その威力は受けた相手を一撃で戦闘不能にするほどの威力を秘めた物。まさに奥義に相応しいレットの切り札。その速度とタイミングからハルはそれを躱すことは叶わない。だがそれは大きな間違い。何故ならハルはレットの攻撃を躱す気など毛頭なかったのだから。
「――――っ!?」
その光景にレットの表情に驚きが浮かぶ。それはハルの行動によるもの。ハルが全く恐れることなく一直線に自分に向かって突進してくる。それだけならさして驚くことは無い。ハルが簡単にあきらめるような男でないことをレットは誰よりも知っているのだから。故にレットが驚愕しているのはハルが手にしている剣。
「爆…竜…連携……」
その形が大きく変化している。先程までの鉄の剣ではなく二刀剣。双竜の剣。レットはその存在を知っていた。当然だ。以前の戦いで敗北したのがその二刀剣での攻撃だったのだから。だがあの時とは大きく異なる点がある。それは
「二重の大爆破!!」
その剣の両方が爆発の剣であったこと。
瞬間、凄まじい爆発が辺りを支配する。ハルとレットの互いの渾身の一撃のぶつかり合いによる衝撃が辺りを包み込む。その激しさを物語るように粉塵が視界を完全に奪ってしまうもののその中から一つの人影が吹き飛ばされてしまう。
「うあああああっ!!」
叫びと共にハルは吹き飛ばされながら地面へと叩きつけられてしまう。幸いにも大きな怪我ないようだがすぐには起き上がれない程のダメージを負ってしまったことは誰の目にも明らか。ハルは何とか立ち上がろうとするも先の攻防で受けたダメージのせいで満足に動くことができない。それとは対照的に煙が晴れてきた中からレットが悠然と現れる。その身体も少なくないダメージを負ってはいるもののハルと比べればどちらが優勢かは火を見るよりも明らか。
「どうする……まだ続けるか?」
「いや……降参だ。やっぱレットは強いな」
ハルは大きな溜息と共に両手を上げ降参のポーズをとる。だがその姿は言葉とは裏腹にどこか楽しげでもある。無表情ながらもレットもまた座り込んでいるハルに向かって手を伸ばしながら立ち上がるのを手伝う。
それがハルとレットの修行。そしてこの一週間、日常となりつつある光景だった―――――
「くっそー、これで今日は負け越しかー……」
「何を言っておる。昨日はワシの負け越しだったじゃろうが……」
「それはそうだけどさ……」
「それに先程の攻撃……あれはなんじゃ? いつもの二刀剣とは違っておったようじゃが……」
「ああ、あれは双竜の剣と爆発の剣の連携技だよ。まだ未完成なんだけどな……」
「成程……道理で攻撃のタイミングがずれておったのか」
「やっぱり双竜の剣は使いこなすのが難しいな……オレ、両利きじゃないし……まだまだだな……」
ハルは身体の砂埃を払いながらもどこかがっくりした様子で愚痴をこぼす。今、ハルは自分の地力の底上げとTCMの連携技のバリエーションを増やすことを第一目標として動いている。それはジンの塔での戦いで扱える剣の数が増えたこと、そしてかつて連携技をアキが使っているのを目にしたことがあったこと。そして何よりも
「早くあの六つの盾って連中にも負けないように強くならなきゃいけないしな!」
一週間前の六つの盾の一人、シアンとの戦い。それがハルが修行を急いでいる最も大きな理由だった。
「うむ……それについてはワシも同じじゃ。情けないがワシもまだまだ精進が足らぬことを痛感したからの……」
「そんなことねえって! お前が助けてくれなかったらきっとオレ負けちまってただろうし」
「いや、武人として恥ずべきことじゃ。それとあれは主を助けるためではない。主を倒すのはワシの役目じゃったからじゃ。勘違いするでない」
「ははっ、分かってるって。それでもありがとな、レット!」
「フン……」
どうやら気に障ったのか黙りこんでしまったレットの姿を楽しそうに見つめながらもハルは思い返す。一週間前の戦いの顛末を。
六つの盾と呼ばれるBGの最高幹部との戦い。それをハルは強いられた。何よりもシアンはエリーの魔導精霊力を狙ってやってきたことが分かった以上絶対に退くことはできない戦い。だがそれはハルの想像を遥かに超えた苦戦を強いられることになった。一言でいえば全く歯が立たない。それはまるでかつてのレイナとの戦いを思い出させるもの。それに比べれば実力が上がっていることもあってマシと言えるものではあったのだがハルはシアンに対して劣勢に追い込まれてしまう。
それはシアンが持つDB『ダックスドルミール』によるもの。使用した相手を強制的に眠らせてしまうという厄介極まりない能力。
幸いにもシアンが最初にそれを騒ぎたてている住民たちに使ったことでハルはその力を看破することができ、封印の剣であれば無効化できるためすぐに戦闘不能にされることはなかったもののDBの攻撃と肉弾戦を同時に行ってくるシアンにハルは追いこまれてしまう。だがそこで思わぬ救援が現れる。
それがレット。偶然通りかかった(レット談)レットとの共闘によって情勢を覆すことにハルは成功する。もっとも二対一という状況であるため誇ることはできない戦い。しかも自らを眠らせるというシアンの奥義『夢遊拳』によって後一歩までハル達は追い詰められるもののレットの決死の時間稼ぎとハルの持つレイヴの力によるDBの破壊によってハル達は何とか勝利をすることができたのだった。
「でもほんとに強かったな……まだあんな奴らが五人もいるのか?」
「そうじゃ。だがそれだけではない。リーダーであるハードナーはキングに匹敵する強さと聞く。今のワシらでは到底敵わんじゃろう……」
「キングに匹敵か……」
ハルはそのまま剣を握ったまま黙り込んでしまう。それはかつてのジンの塔での戦いを思い出したから。自分達はDCに勝つことができたもののそれは父であるゲイルがいたことと六祈将軍の不在という二つがもたらした奇跡に等しいもの。だが同じような幸運が続くとは限らない。何よりもハルは強くならなければならない。アキを止めるために。だがその背中はまだ果てしなく遠い。ジーク曰くアキの実力もまたキングに匹敵しかねないものなのだから。
(しかしまさかここまで力の差があるとは……まだワシはジェガンには及ばんということか……)
レットもまた目を伏しながら自らの未熟さを恥じる。ジンの塔で戦いから半年、腕を磨き力をつけたつもりだったもののその自信は無残にも砕け散った。二対一と言う恥ずべき状況であったにも関わらず綱渡りにも等しいぎりぎりの勝利。一対一では全く歯が立たなかった事実。六祈将軍と同等の力を持つといわれる六つの盾。それはつまり自分とジェガンの間にはそれほど大きな力の差があるということ。もうこの世にはいないとはいえジェガンを超えることはレットにとっては大きな目的でもあった。
「それで……これから主たちはどうするつもりじゃ。このままずっとここで身を潜めておるのか?」
レットは自らの思考を一旦切り替えながらハルに問う。これからどうするのかと。今、ハルはエリーとムジカを連れてここラーバリアに身を潜めていた。言うまでもなくBGたちからの追撃から逃れるために。それはソラシド達からの提案。結界は既にないものの地底にあるラーバリアなら簡単に見つかることは無いだろうという狙い。その厚意にハル達は甘える形でお世話になっている。それはBGの強さもそうだがそれ以上にムジカの容体を考慮した結果。退院まで一カ月を切ったとはいえ病人であるムジカに無理をさせるわけにはいかなかった(もっとも当人はいつもと変わらず)そんなこんなでハル達はラーバリアに留まっている。レットもまた修行と言う名目でここに留まっている。ハルにとってもそれは喜ばしいことであり、レットも自らの腕を磨くことができるためある種の利害が一致した結果だった。
「いや、ムジカが動けるようになったらシンフォニアに向かって出発するつもりなんだ!」
「シンフォニアへ……それはもしや」
「ああ! レイヴが生まれた所だからな! 何かレイヴの手掛かりがあるかもしれない。BGが追ってくるかもしれないから逃げながらになるかもしれないけどこのままここにいたら街の人達に迷惑かけちゃうだろうし……」
「なるほど……確かにその通りじゃの……」
レットはハルの計画にどこか納得したように頷く。いかに地底の街とはいえいずれはここにいることもBGには知られてしまうはず。戦い撃退することができれば問題ないが現状ではそれが難しいことをハルは身をもって経験した。ならばリスクはあるがずっとここに留まるよりはBGを振り切る意味でも移動した方がいいという判断。どちらにせよレイヴを探すという目的がある以上ハルはずっとここに留まる気は無かった。レイヴを手に入れることはレイヴマスターとしての力を高めること、つまり強くなることも意味する。そして星の記憶に辿り着くことはエリーとムジカの目的にも合致する。それらを考慮した結果が今のハルの計画だった。そしてもう一つ
「なあレット、お前もよかったら一緒にこないか? お前物知りだし一緒に来てくれたら心強いしさ!」
自分を救ってくれたもう一人の仲間を誘うこと。それが新たに加わったハルの目的。ハルは笑みを見せながらレットに向かって手を差し出す。共に旅をしないかという誘い。そこには一切の迷いもない。ただ純粋な子供のような姿。
「……よかろう。だが勘違いするでないぞ。主と共にいれば戦に事欠くことがなさそうじゃからじゃ。よいな」
「ああ! これからもよろしく頼む、レット!」
「あ! またここにいたのハル、ワニさん! ご飯の用意ができたから早く帰ってきてってソラシド達が探してたよ!」
確かな握手を交わしているハルとレットに向かっていつもどおりの慌ただしさと共にエリーが走ってやって来る。その声に導かれるままハルたちは街へと戻って行く。新たな旅立ちへの準備を整えながら。だがハル達はまだ知らなかった。
それよりも遥かに早く自分たちを狙う空賊が動き出していることに―――――
ラーバリアがあるルカ大陸に面した海上。その空を進んでいる巨大な船があった。巨大要塞アルバトロス。空賊BGの拠点でありその翼。進路は間違いなくラーバリアに向けられている。その目的であるエリーの捕獲、そしてその仲間であるレイヴマスター達殲滅のために。そしてそのための戦力が今、その場に集結していた。
一人は王であるハードナー。巨体を玉座に預け、足を組みながら葉巻を吸っているその姿は見た者全てを屈服させかねないような威風がある。その瞳には確かな狂気が宿っている。全てを奪わんとする望みとそれ故に全てを消さんとする矛盾した野望を持つ処刑人。ハードナーはただその光景を眺めながらも一言も発することは無い。もはや言葉は必要ないのだと告げるかのように。
その代弁者がハードナーの隣に控えている少女、ルナール。副船長であり、その娘であるルナールはその手に戦斧を握りながらも知らず身体が震えていた。それはこれから始まらんとしている戦いを前にした武者震い。百戦錬磨の彼女であってもなおそうならざるを得ない程の空気が今船内を支配している。そして二人の前には跪き、首を垂れている五人の戦士がいた。
『ルカン』 『ジラフ』 『レオパール』 『リエーヴル』 『コアラ』
それが彼らの名。それぞれがハードナーが持つシンクレア、『アナスタシス』から生まれたDBを持つ戦士。それぞれが六星DB、そして六祈将軍に匹敵する力を持つといわれる選ばれし者達。
『六つの盾』
BGの最高幹部でありその切り札。今は一人が欠けているものの全てが揃えば戦争すら可能な戦力。それが今、アルバトロスに集結していた。
「よく集まってくれた。これから全戦力による作戦が開始される。概要は既に知らされているな?」
「はい。魔導精霊力を持つエリーという娘の捕獲とそれを邪魔する者の排除でしたか……」
ルナールの言葉に面を上げながら鮫のようなフードを被った一人の男が答える。だがその纏っている空気はルナールにも決して引けを取らない程の者。他の四人の六つの盾とは明らかに一線を画す実力を感じさせる存在感。それがリーダーであるルカン。六つの盾を束ねる将の姿だった。
「オレもそう聞いてるぜ。でも小娘一人攫うのに仰々しすぎる気がするな」
「うん、アタシとジラフだけでも十分だと思う」
そんなルカンの言葉に続くように二人組が面を上げる。
一人はリーゼントをしたどこかキザな男。だがその男もまたルカンほどではないが明らかな強者の風格を纏っている。ジラフ。それが男の名。六つの盾の中でナンバー2の実力を持つ存在。
そしてもう一人が豹のような雰囲気を纏い、その両手に鉤爪のような武器を身に着けている女性、レオパール。六つの盾の紅一点でありジラフと行動を共にしている存在。
「オラもそう思うぜ。女一人攫うぐらい朝飯前よ。それにそのエリーって奴かなりのボインちゃんなんだろ? ならオラ一人に任せてくれよ」
鼻の下を伸ばしながら兎の被りものをした大男が興奮した様子で進言する。男の名はリエーヴル。実力は確かなのだがその女好きがよく問題となる男。今回のエリーの捕獲についてはそういった事情から特にやる気をみせている。
だがジラフたちの疑問ももっともなもの。六つの盾はBGの最高幹部であり切り札。それを一人や二人ではなく全員招集するなど前代未聞。しかも相手はドリュー幽撃団でも鬼神でもない。疑問を抱くのは当然だった。
「お前達の言うことも分かる。だがこれはハードナー様直々のご命令だ。それに今回の相手は決して侮れるものではない。特にレイヴマスターについては私と同等の力を持っていると見ていい」
「……本当ですか? そのレイヴマスターという子供がルナール様に匹敵するような実力を持っていると?」
俄かには信じられないと言った風にルカンが改めてルナールに問いかける。だがそれは無理のないこと。ルナールの実力は六つの盾を大きく上回るものでありルカン達もまたそれを認めている。ハードナーが副船長に任命しているのが何よりの証。そんなルナールが自らと互角だと認めている程の相手。知らず六つの盾の間に緊張が走る。だがそれを振り払うかのようにルナールは続ける。
「余計なことを考える必要は無い。レイヴマスターの相手は私がする。お前達は他の連中の排除を行ってくれ」
「え!? でもそれじゃあルナール様も危ないじゃ……前戦った時は引き分けだったんだよね、それなら僕らの誰かがサポートについた方が……ウン」
「心配ない。いざとなればアレを使う。お前達は巻き添えにならないようにだけ注意していろ。それに奴が相手ではお前達がいたところで足手まといになるだけだ」
「足手まといか……こりゃまいったね」
ジラフはからかうような言葉を告げながらもその表情は既に真剣そのもの。ルナールの言葉によって今回の任務の重要性を認識したからこそ。そしていらないことを言ってしまったといわんばかりにコアラは汗を流しながらもルナールの言葉に従うことにする。既に一度レイヴマスターを侮ってしまい痛い目を見ているコアラは特にそれを危惧していた。
「つまるところオレ達の任務はエリーとレイヴマスター以外を皆殺しにすること……でいいんだな?」
それまでの話を総括するようにルカンがそう呟く。だがその言葉によって場の空気が張り詰めて行く。それだけの力が、凄味がルカンの宣言には込められている。これから始まる戦いを前にした昂ぶりにも似た空気がそこにはあった。
「なるほど……、ま、分かりやすくていいじゃねえか?」
「アタシも。アタシ、難しいこと苦手だから。簡単な方がいい」
「ぼ、ボクも頑張るよ、ウン! もう前みたいな失敗はしない!」
「フォフォフォ! 待ってろよ、ボインちゃーん!」
「リエーヴル、近づかないで……息、臭い」
それぞれがそれぞれの思惑を持ちながらも目的が合致したことで六つの盾は動きださんとする。ただあるのは欲しいものをどんな手を使っても手に入れるという船長であるハードナーの教え。そしてハードナーの命令。それが全て。
「よし。もう間もなく目的地であるラーバリアに到着する。各自それまでに戦闘準備をしたまま待機を……」
六つの盾との作戦会議も終了したことでルナールが戦闘開始まで各自待機するよう伝えようとしたその時
「……その必要はねえ。どうやらどこかの馬鹿が向こうからやってきてくれたようだ」
心底おかしいといわんばかりに笑い声を上げながら今まで一言も発することがなかったハードナーが告げる。だがその言葉の意味を理解することができないルナール達は困惑するしかない。
「ハードナー様……? 一体どうされたのですか……?」
「くくく……どうやらレイヴマスターの前にもっと大物がやってきたようだな。わざわざ向こうからやってくるなんてな。よっぽど自信があるらしい」
「大物……敵襲ということですか? しかしレーダーには何の反応も……」
「で、でも敵襲も侵入者もありえないよ!? 僕のDBの力で確認してるから間違いないよ、ウン!」
ルナールに続くようにコアラは狼狽しながらも何度も自らの持つDBによって確認する。『マシーンナリー』それがコアラが持つDB。機械を操る能力を持つもの。それによってコアラはこの巨大要塞アルバトロスすらも己の手足のように操ることができる。その策敵も同様。だが何度確認してもこの空域には敵影らしきものはおろか鳥一匹すら見当たらない。だがそんなコアラの疑問などどうでもいいとばかりにハードナーは狂気を感じさせるほどの笑みを見せている。それに呼応するようにその胸にあるアナスタシスが輝きを放っている。まるで待ちわびた瞬間が訪れたことを示すかのように。
「さて……それじゃあお客様をもてなすとしようじゃねえか……」
ハードナーの言葉の意味を理解できぬまま、それでもルナール達は動き出す。BGの全戦力を以て迎え撃つに相応しい戦いが始まろうとしていることに気づかないまま―――――
巨大要塞アルバトロスを視認できるほどの距離。そこに一人の少年の姿があった。だがそこは普通の人間が踏み入れるような場所ではない。何故ならそこは空中。空の上。人間では足を着くことができない領域。しかしそこに少年、ルシア・レアグローブは立っていた。
(ふう……どうやら間に合ったみてえだな……)
ルシアは視線の先にあるアルバトロスを見ながらもとりあえず安堵の息を吐く。それはBGがまだハル達に接触をはかる前に追いつくことができたから。タイミング的にはギリギリだったようだがとりあえずハル達を巻き込んだ乱戦になるという最悪の状況だけは回避できたことにルシアは安堵するしかない。もっとも本題はこれから。問題は山積みなのだが。
『ほう……あれがBGの拠点か。大したものだな。どこかのビルとは大違いだ。なあ主様よ?』
『うるせえぞ……文句があるならここから海にダイヴしてみるか?』
『う……ほ、本気にするでない。ちょっとした冗談だ……それはさておき、これからどうする気だ。いつまでも飛んでおればこの龍も持つまい』
『ああ……言われなくても分かってるっつーの……』
心なしか本気で怯えているかのようなマザーの言葉にげんなりしながらもルシアは自分の足元、自分を乗せてくれている龍に目を向ける。
それこそが空を移動し、ここまでやってこれた理由。言うまでもなくそれはジェガンから譲られた龍。ルシアがDCに入ったばかりの頃にも話はあったものの世話をすることが難しいため一度は断った話ではあったのだが最高司令官になったことでルシアは改めてジェガンから一匹、龍を譲り受けていた。それはルシア個人としての興味もあったが一番は空の移動手段が欲しかったのがその理由。ルシアは移動に関してはワープロードがあるため特別困っているわけではないのだがワープロードは一度行ったことがある場所にしか移動できないこと、そして実際に空を移動する手段が必要になる可能性を考えルシアはこの龍、イグニールを仲間としていた。そしてそれが今、日の目を見ることになっている。
(とりあえずは予定通りアルバトロスに侵入して先に六つの盾たちを倒すか……)
ルシアは当初の予定どおり動こうと決断する。今、ルシアはイリュージョンとハイドの力によって身を隠している。流石に正面切って戦うほどうぬぼれてはいない。このまま気づかれることなく船に潜入し六つの盾たちを先に倒すことがベスト。いかにDBの破壊があるとはいえハードナーと戦いながら全員を相手にするのは危険すぎる。ならば先に六つの盾を殲滅し、ハードナーと一対一の状況を作り出すのが最もリスクが少ない策。残る問題は
『よし……このまま一気に船に進入する。マザー、どのくらいの距離なら六つの盾のDBを破壊できるんだ?』
マザーの力がどの程度の距離まで通用するかということ。その距離にいかんによっては行動も変わってくる。あまりに近寄らなければならないなら戦闘直前に、ある程度距離があるならあらかじめ破壊し、混乱している隙を狙う。それがルシアの作戦。だがそれは
『……? 何を言っておる。我にはそんなことはできんぞ』
『…………え?』
マザーのこいつ一体何言ってるんだといわんばかりの発言によって木っ端微塵になってしまう。まるで時間が止まってしまったかのように間抜け面を晒したままルシアは自らの胸元にあるマザーに向かって視線を向けている。だがマザーも一体ルシアが何を言っているのか分からず呆気にとられている。それがいつまで続いたのか
『ふ、ふざけんなああああっ!? 前にお前言ってたじゃねえか!? DBは自分には逆らえないって! 』
ルシアは鬼気迫る表情を見せながらマザーに向かって食ってかかって行く。その表情は焦りによってめちゃくちゃだった。当たり前だ。自分の行動の、作戦の肝とも言える部分が崩壊してしまったようなものなのだから。
『喚くな、騒々しい……全く、珍しく強気になっておると思ったらそんなことを考えておったのか……情けない』
『やかましいっ! それよりどういうことだよ!? 前ちゃんと六星DBたちは止めてたじゃねえか!? 俺を困らせるためにわざと言ってんじゃねえのかよ!?』
『ふむ……それはそれで面白そうだが残念ながら事実だ。そもそもお主は分かっておるのか? これから戦う相手は今までの相手とは違う。我と同じシンクレアなのだぞ』
『え……?』
マザーの言葉によって怒り狂っていたルシアはまるで冷や水を浴びせられたかのように冷静さを取り戻す。そう、ルシアは完全に失念していた。今、自分が戦おうとしている相手が誰なのか。もちろんハードナーであることは分かっている。だがさらに重要な点。それは相手もまたシンクレアを持っているのだということ。つまり今まで持ち得たDBに対する優位性もないのだということ。
『六つの盾が持っておるDBは恐らく我でいう六星DBにあたるDB。それらには我らシンクレアの加護とでも言うべき力が備わっておる』
『加護……? なんだよそれ……?』
『うむ、簡単にいえばそれがあれば他のシンクレアからの干渉を受けんということだ』
『そ、それって……つまり六つの盾のDBはお前じゃ壊せないってことか……?』
『だからそう言っておろうが。だが安心しろ。六星DBとお主の持つDBにもそれはある。アナスタシスに壊される心配は無いぞ』
『そ、そういう問題じゃねえだろうがっ!? じゃあ何か!? 俺は本当に単身でハードナ―と六つの盾を相手にしなきゃなんねえってことじゃねえか!?』
ルシアは顔面を蒼白にしながらマザーに食ってかかって行くもどうしようもない。だがそれでもルシアはマザーに食い下がる。ハードナーだけでも精一杯であろうことが予想されるにもかかわらず万全の状態のルナール達を相手にするなど自殺行為。だがそんな自らの主の混乱を見ながらもどこ吹く風。全くマザーは悪びれる様子も焦る様子も見せない。
『いい加減に覚悟を決めたらどうだ情けない。今のお主なら何の問題もないというのに……全く、いつまでたっても我がいなければなんにもできんのだからな』
『やかましいわ! 大体いつも何の役にも立ってないのはてめえの方だろうが!? 肝心な時にいつもいつも……』
『な、何だと!? よくもそんなことを抜けぬけと……我がどれだけ主のために尽くしておるか分かっておるのか!?』
『尽くす? 空飛んでる途中で頭がおかしくなったんじゃねえか? いい機会だ。今度こそどっちが上か白黒はっきりつけてやろうじゃねえか!』
『ほう……ヘタレの分際でよくぞ言った。いいだろう、我がどういう存在であるか改めてその体に教え込んでやろうではないか!』
互いが互いをののしり合いルシアとマザーは今にも仲間割れをせんばかりに騒ぎだす。そんな自分の背中の上にいる二人の姿にイグニールはどうしたものかと困惑し、いつものことだとDBたちは観戦モード。だがそんな二人の痴話喧嘩をまるで見透かしているかのようなタイミングでそれは起こった。
「…………え?」
それはサイレン。異常事態を、警戒態勢を知らせる警報。それがアルバトロスから鳴り始める。同時に無数の戦闘機が発進し、その全てがまるでルシアが見えているかのように向かってくる。偶然とは思えないような事態。
そう、間違いなくルシアたちの存在を察知しての戦闘態勢だった。
『ど、どうなってんだよ!? なんで気づかれたんだ!? イリュージョンとハイドはちゃんと力を使ってるってのに……!?』
ルシアはひとまずマザーから手を離しながらも二つのDBを確認する。イリュージョンは間違いなくその力は発動している。しかしハイドについては見つかってしまったことと戦闘に入ってしまったことで効果が無くなってしまっている。それはつまり間違いなく自分たちの存在をBGは察知したということ。あり得ない事態にルシアは混乱するしかない。
『ほう……どうやらアナスタシスの奴が気づいたようだな。流石にこの距離ではハイドでも隠し切れなんだか……』
『おい!? 何一人で納得してやがる!? 分かってたんならさっさと言えやこらあああ!』
くくく、という笑いを漏らしながらマザーはアルバトロスにいるであろうアナスタシスに目を向ける。その気配を互いに感じ取る。シンクレア同士の惹かれあっているかのように。それを頼りにここまでやってきたルシアと同じようにハードナーもまたそれを感じ取った。その力はハイドですら隠しきれない程のもの。シンクレア同士の共鳴による力。だがそんなことなど当のルシアにとってはどうでもいいこと。今はただ目の前の事態をどうにかしなければ命は無い。
そんなルシアたちの隙を見逃さんとばかりに戦闘機から、そしてアルバトロスから弾幕が発射される。既にハイドの力が使えなくなり、熱探知によって居場所を捕えられてしまっているルシアに逃げ場は無い。その弾幕の数は数えきれないほどの物。直撃を受ければ一瞬で粉みじんになってしまう規模の攻撃。
『どうした、さっさと迎撃せんと打ち落とされるぞ。その前にあのバカでかい船を落としてやったらどうだ。ハードナーも六つの盾もまとめて始末できるのではないか?』
『て、てめえ……ちょっと黙ってろ!』
『ふん、つまらん。ヘタレなのは相変わらずだな。だがどうやら役者はそろった様だぞ、我が主様よ』
『は?』
もはや力の無駄だと判断し、イリュージョンを解き、迎撃をせんとデカログスを構えんとするのと同時にあり得ないような事態が起こる。
それは風だった。どこからともなく吹き荒れる風がまるでルシアを守るかのように舞い、その攻撃を全て受け流していく。
だがそれだけではない。追撃をしかけんとした戦闘機たちに向かって幾条もの銀の閃光が突き刺さる。その数は優に五十を超える。同時にその全てが飛行能力を失い海へと墜落していく。
あり得ないような事態に恐れを為し帰還せんとする戦闘機に至ってはまるで時が止まってしまったかのように行動不能になりながらその翼を失ってしまう。
その光景にルシアは呆気にとられるだけ。それは知っていたから。目の前で起きた光景が何であるかを。
「ハーイ、ルシア♪ 楽しそうね。私達も混ぜてもらえるかしら?」
そんなルシアの胸中を知ってか知らずか聞きなれた女性の声が響き渡る。もはや見るまでもないと思いながらもルシアは首を動かしながらその光景に頭を抱えるしかない。そこには龍がいた。だがそれはルシアが乗っている物とは比べ物にならない程巨大な黒龍、ジュリア。その背中には見知った四人の仲間、いや部下がいた。
『龍使いジェガン』 『銀術師レイナ』 『氷の魔法剣士ユリウス』 『深雪の騎士ディープスノー』
六祈将軍の名を持つ三人の戦士。そしてその名を持つに相応しい一人の騎士。
金髪の悪魔と不死身の処刑人、そして六祈将軍と六つの盾。
半年前の『歴史が変わった日』 それに匹敵する、いやそれを凌駕する戦い。
新生DCとBG。
闇の覇権、そしてシンクレアを賭けた戦いの火蓋が今、切って落とされようとしていた―――――