エクスペリメントにあるオフェイス街。その中に一つのビルがある。表向きは何の変哲もない一企業。だがそれは偽装に過ぎない。その正体にまだ誰も気づくことはない。その名を聞けば世界に知らぬ者はないほどの悪名。悪事の限りをつくした闇の組織の頂点にあった存在。DC。表向きにはDCは半年前の歴史が変わった日に壊滅したことになっている。最高司令官であるキングの死亡、本部と六祈将軍の壊滅によって。故に人々は知らなかった。新生DCが今も身を隠し表舞台に出る機会をうかがっていることを―――――
DCの本部となっているビルの最上階にある一室。そこに一人の少年がいた。金髪とそれとは対照的な黒のスーツに身を纏った姿。だがそれに違和感は全くなく絵になっているといってもいい。青年実業家と行った方が良いかもしれない。だがもしこの場に誰かがいれば少年がただの一般人ではないことをすぐに悟るだろう。
「…………」
それは少年が纏っている空気と眼光。少年は自らの椅子に腰をかけ、手を顔の前に組んだままある一点を見つめている。ただそれだけ。だがその空気が明らかに異質だった。少年からすれば特に意識しているものではないのだが重圧とでもいうべき力が身体から発せられている。眼光もまた同じ。その視線をまともに受ければ並みの者ならそれだけで身をすくませてしまいかねない存在感がある。
それが少年『ルシア・レアグローブ』 新生DC最高司令官の力。
そしてルシアが視線を向けている先には一人の少女がいた。だがその少女もまた只者ではない。
『…………』
ルシアと対になるような金髪とスーツを身に纏った少女。だがルシアから放たれる重圧を前にしても全く動じることなくむしろ涼しげな表情を浮かべている。テーブルを間に挟んでルシアの正面の椅子に腰かけ、足を組んだまま挑発的な態度をとっている少女もまたルシアに負けず劣らずの重圧を放っている。しかしルシアとは違いその存在感はどこか虚ろなもの。だがそれは当然のこと。何故なら少女の姿は幻、仮初の物に過ぎないのだから。その本体はテーブルの上に置かれている一つの石。
『母なる闇の使者』
それが少女の正体。かつて世界を崩壊寸前にまで追い込んだシンクレア。今は五つの別れてしまっているうちの一つだった。
「…………」
『…………』
ルシアとマザー。主従であり共犯者である二人は互いに無言のまま向かい合い視線を交わす。だがその応酬は穏やかなものではない。さながら戦闘中なのではと思ってしまうほどの緊張感。ピリピリと肌をしびらせるような空気が部屋の中を支配している。そんな中にあってもなお二人には全く身動き一つせず相手をけん制し続ける。それがどれだけ続いたのか。
「……いくぜ」
『……よかろう、かかってくるがいい』
意を決したようにルシアがマザーに向かって宣戦布告をする。その瞳から不退転の覚悟が見て取れる。そんなルシアの姿を見ながらもどこか余裕を見せながらマザーは応える。それが合図となったように今まで身動きを見せなかったルシアが動き出しその手にあるものをデスクへと投げだす。そこには
五枚のトランプの姿があった。
「どうだ! ツーペアだ! これならどうしようもねえだろ!」
どこか勝ち誇った顔でルシアは己が勝利を宣言する。そこには先程までの威厳も何もあったものではない。完全に遊んでいる子供そのもの。もしその場にDCの構成員がいれば卒倒してしまうような光景。だがそんなことなど関係ないといわんばかりにルシアはマザーに向かって勝ち誇る。だが
『くくく……まだまだ甘いな我が主様よ。悪いがこの勝負は我の勝ちだ……』
「な、なに負け惜しみ言ってやがる……これを超える手なんてお前に出せるわけねえだろうが……」
『ほう……ならさっさと我の手を広げてみるがいい』
マザーは心底おかしいといわんばかりに邪悪な笑みを浮かべながらルシアへ告げる。どこか女王を感じさせる威厳とドSオーラがそこにはあった。そんなマザーの姿に冷や汗を流しながらもルシアはデスクに自分に見えないように立てられているカードをその場に広げる。だがその瞬間、ルシアの顔が絶望に染まる。
スリーカード。
それがマザーの手札の正体。そしてこの勝負の決着だった。
「ち、ちくしょう……嘘だ! こんなの嘘に決まってる! マザー、てめえイカサマしてやがんだろう!?」
『ふふっ……人聞きが悪いことを言うでない。素直に自分の負けを認めたらどうだ?』
「い、いや……あり得ねえ! お前がそんな役揃えれるわけねえだろ!」
『我もまた成長しておるということだ。今の我ならエリーにも後れは取るまい……くくく、いつぞやのリベンジを果たす日が近づいておるのかもしれんな』
マザーは上機嫌に、ルシアは落胆しながらも騒ぎたてている。完全な子供の遊び場そのもの。それが今、DC最高司令室で行われている光景。
(ちくしょう……何でこんなことになっちまってるんだ……?)
ルシアは大きな溜息を吐きながら椅子に勢いよく座り込む。その手は額にあてられ顔は天を仰ぐように天井を見上げたまま。そんな自らの主の姿を心配するどころかむしろ楽しげにマザーは見つめている。だがそれは特段珍しい光景ではない。ある意味いつも通り、日常茶飯事とも言えるもの。
何故こんなことになっているのか。それは一言で言えばルシアの息抜きのため。
ここ半年ルシアは最高司令官としての激務に追われていた。崩壊した組織の立て直しと組織の復活の隠蔽。構成員たちの勝手な行動の制限と粛清。挙げだせばきりがない程。さながら倒産寸前の会社を何とか立て直すかのごとき仕事をルシアはこなす必要があった。しかもルシアを演じながら。本当ならいつもの調子で、ノリで動きたいのだが状況がそれを許さない。素を出せるのはマザー達DBの前だけという罰ゲームのような状況。しかもそれすらもルシアにとっては苦痛でしかない。
それは修行と言う名のスパルタが行われるため。
最高司令官としての仕事が終わればルシアはワープロードによって修行場へと移動し、ネオ・デカログスとマザーを使いこなすための修行を行うことが日課もとい強制となっていた。しかも場所はこれまでとは違い砂漠のど真ん中。言うまでもなくこれまでとは修行における周囲の被害が洒落にならないレベルに達したから。もし街中で行おうものなら街が無くなってしまいかねない深刻な問題であるが故ルシアは砂漠を修行場に選ばざるを得なかった。だが日中は暑く、夜間は寒いという環境にルシアは涙を流しながらも耐えるしかない。ハルの父であるゲイルもこれに耐えていたのだと己を鼓舞しながら。(もっともゲイルとは事情も待遇も違うのだが)
だが最近になってようやく修行に置いては一段落ついたところ。マザーによる合格の判断(ルシアには結局何の合格だったのか知らされない)が出たことによってルシアは何とか恐ろしい強行軍から脱出することができた。それによって少しであるが時間の余裕ができたルシアは息抜きの代わりにこうしてDBたちと交流を計っている。もっともほとんどマザーなのだがそれはさておきその内の一つがトランプによる遊び。いくらイリュージョンによって実体化しているといっても直接何かに触ることができないマザーでもできる遊びということで選択したもの。端から見ればルシアが一人でトランプをしている寂しすぎる光景であるため仮初とはいえ幻で姿を現してくれるのは唯一の救い。ルシアとしては初めてマザーが実体化できて感謝した瞬間だった。だが結局いつもと変わっていないことに薄々気づいていながらも現実逃避しているだけではあったのだがルシアはそれを心の奥に封じたままにしている。そんな中
『さて……それでは賭けは我の勝ちだな。約束忘れてはいまい?』
「くっ……あ、ああ……男に二言はねえ……」
心底楽しみだといわんばかりの笑みを見せながらのマザーの言葉に顔を引きつかせながらもルシアはそう答えるしかない。それはポーカーを始める前の取り決め。ただ遊ぶだけでは面白みがないというマザーの提案によってあることが決められた。
それは負けた方が勝った方の言うことを何でも一つ聞くこと。
最初それに難色を示したルシアだったが結局それを承諾することになった。ただのポーカーでは確かに面白みがなかったことと自分が勝った場合のメリットを考えた結果。マザーを置いたまま自分一人で動く権利を得ること。それがルシアの狙い。たった一度でもその権利があればルシアにも行動選択の自由が広がる。具体的にはハル達に利する行為を取れる可能性が増えるこということ。そのメリットに惹かれ勝負を行ったのだが結果はこのザマ。自分が負けることで何を命じられるかまで全く考えが及んでいなかったルシアは狼狽するしかない。
「い、言っとくけどめちゃくちゃな命令は聞けねえからな! あくまでも俺ができることだ! 分かってんだろうな!?」
『くくく……そんなに怯えるでない。心配せずともお主に危害が及ぶような内容ではないぞ』
「そ、そうかよ……で、一体何だ。もったいぶってないでさっさと言いやがれ」
自分のあたふたしている姿をからかっているマザーの姿にうんざりしながらもルシアはぶっきらぼうに先を促す。もはや観念したといわんばかりのポーズを見せながらルシアはマザーの言葉を、判決を待ち続ける。ようやくそんな自らの主の姿に満足したのかマザーは告げる。
『何……簡単なことだ。お主に新しいDBを一つ使ってもらうだけだ』
ルシアにとっては想像だにしていなかった内容を。
「あ、新しいDB……? 何だそれ? これ以上俺にDBを持てって言うのかよ?」
『いや、言葉が足りなかったな。心配せずともこれ以上戦闘に使うDBを主に持たせる気は無い。今の主には邪魔になるだけだからな』
「じゃあ何のために使うんだよ。意味が分からん」
『単純な話だ。こういった戯れの時に使うのに相応しいDBがある。前々から考えておったのだがよい機会だと思っての』
「な、何だよ……そのDBって……?」
『そう警戒するでない。お主にとっても悪くない、いやむしろご褒美といってもいいものだ』
マザーはどこか邪悪な、妖艶な笑みを見せながらそのDBの名を告げようとした瞬間
「失礼します、ルシア様。お時間を頂いても宜しいでしょうか?」
静かなノックの音と共に聞き覚えのある女性の声が部屋の中に伝わってくる。レディ・ジョーカー。新生DCにおける参謀の地位に就いている女性。
「レディか……分かった、少し待て」
一瞬で空気を変え、最高司令官としての顔に戻りながらも内心焦りまくりでルシアはマザーに向かって手を振る。それはまるで犬に向かってあっちに行けと言わんばかりの姿。言うまでもなくそれはさっさと姿を消せという合図。もしマザーがいる現場を見られれでもすれば面倒なことになりかねない。だがそれを分かっているにもかかわらずマザーはくくくという笑いを漏らしながらすぐに姿を消そうとはしない。まるで悪戯をして楽しんでいる子供そのもの。だが文字通り必死な自らの主の姿にやれやれというジェスチャーと共にマザーの姿が消えて行く。その光景に安堵にしながらもルシアは改めてレディを部屋に迎え入れる。
だがルシアはその報告の内容によって愕然とするしかなかったのだった―――――
「………レディ、それは間違いないのか」
「はい。ディープスノー将軍からの情報です。間違いないかと……」
「…………そうか」
レディは緊張した面持ちで自らの王の言葉に応える。だがその緊張はいつもの比ではない。それほどに今のルシアから発せられている空気はいつもとはケタが違う。今にも爆発しかねない爆弾。それを前にしているかのような感覚。だがそれに相応しい情報を今、レディは持ちこんでいた。
先日BGの最高幹部である六つの盾の一人がレイヴマスターと思われる者によって倒されたこと。
現在レイヴマスター達の居場所は不明なこと。
そして諜報部によってBGの無線の傍受に成功し、BGの目的がレイヴマスターと行動を共にしている魔導精霊力を持つ少女、エリーの捕獲だったと判明したこと。
「…………」
「ル……ルシア様、いかがいたしましょうか。今ならBGの船のおおよその場所もつかめています。必要であれば六祈将軍に緊急招集をかけますが……」
差しでがましいことと分かりながらもレディは自らの為すべきことを考える。BGは船で移動しておりその拠点を探ることが難しい組織。一時的とはいえそれを捕えた現状はまさに千載一遇のチャンス。BGのリーダーであるハードナーはシンクレアを持っている可能性が高く、またその力は先代キングにも匹敵するとまで言われている。加えて最高幹部である六つの盾は六祈将軍にも匹敵するといわれている精鋭たち。それを相手にする可能性がある以上その招集は当然の選択。だが
「いや……その必要はねえ。それとこのことは口外するな。いいな」
ルシアの言葉はそんなレディの予想を遥かに超えたもの。およそ正気とは思えないような内容だった。
「ほ、本気ですか!? 相手はあのBGなんですよ!? いくらルシア様とはいえ単独では……」
レディは狼狽しながらも進言する。言葉遣いすら忘れてしまうほどの動揺を見せながら。それはルシアが単身でBGの元に向かうといわんばかりの態度を見せていたから。この機会はあえて見逃すという選択を取るのかとレディは思ったがそれもあり得ない。既にルシアはBGの船の位置を記した資料を持ち、しばらく留守を任せるという言葉をレディに告げているのだから。レディは必死にそんなルシアを止めんとする。いかにルシアといえども単身で、しかもハードナーだけではなくその配下まで同時に相手をしようとしているのだから。だが
「これは命令だ。分かったらさっさとここから出ていけ」
それはルシアの絶対の命令によって封じられてしまう。その目が告げている。これ以上邪魔をするなら容赦はしないと。今まで感じたことのないような殺気がそこにはあった。それを前にしてレディはこれ以上その場に留まることはできない。この場に留まることができるのは参謀の自分ではなく共に戦うことができる者だけ。
「………分かりました。出すぎた発言お許しください。では……」
頭を深く下げ退出した後、レディは息を大きく吐きながら意識を切り替え足早にその場を走り去っていく。
命令違反を犯しても構わないといわんばかりの決意に満ちた瞳を見せながら―――――
「…………」
レディが部屋を退出した後、ルシアは言葉を一言も発することなくその場に立ち尽くす。まるでねじが切れてしまったロボットのよう。それがいつまで続いたのか。まるで夢遊病のようにふらふらとルシアはそのまま自らの席に腰を下ろす。だがそこには既に先程までのDC最高司令官の威厳もなにもあったものではない。ルシアはそのまま机に突っ伏したまま動かなくなってしまう。だがそれは無理のないこと。それだけの異常事態を今、レディの口から聞かされてしまったのだから。
『くくく……どうしたのだ、我が主様よ。喜んだらどうだ。ようやく待ちに待った機会がやってきたのだぞ? 少し予定よりは早いようだがな』
笑いをこらえきれないとばかりにマザーは実体化し、突っ伏しているルシアの机に腰掛けながらからかい続ける。こうでなくては面白くない。むしろ今までは余興に過ぎないといわんばかりの喜び様。それはルシアの右往左往する姿が楽しいこともあるがそれ以上に戦いの気配がすぐ傍にまで近づいていることを感じ取ったが故のもの。
『だがBGか……確かあの閃光の主が属している組織だったか。そうなると相手はアナスタシスか……面白い。ようやくあやつと決着をつける時が来たようだな』
興奮を隠しきれないようにマザーは歓喜の表情を見せ、ルシアそっちのけでハイな状態になっている。だがそれはマザーにとっては当然のこと。何故なら今まさに起こらんとしている戦いはマザーにとって、ひいてはエンドレスにとっては待ちに待ったものなのだから。
五つのシンクレアの争奪戦。その真の主に相応しい者を決めるための戦い。蠱毒にも似た儀式。その始まりの狼煙が上がらんとしている。だがそんなマザーとは対照的にルシアの胸中は混乱と絶望に包まれていた。
(一体どうなってんだよこれ!? 何がどうなったらこうなるわけ!? 原作崩壊ってレベルじゃねえだろがあああああっ!?)
机に何度も頭をぶつけながらも何とか正気を失わずにいれるのは今まで理不尽な目にあわされてきた経験によるもの。だがそんなルシアにあってしても今の事態は自暴自棄にならざるを得ない程のもの。
BGとの戦い。原作ならまだ当分先のはずの戦いが前倒しされるという悪夢のような事態。それが今まさに起ころうとしているのだから。
(いやいやちょっと待ってくれよ!? やっぱこれって俺のせい? だ、だよな……それ以外考えられんし……ってことはやっぱあの時ルナールと戦ったのがまずかったのか……)
ルシアは混乱しながらもどこかで納得していた。それは先のルナールとの戦い。原作ではあり得なかった自分という存在によるルナールとの接触。それが直接の原因なのだと。だがそれを今更気にしたこところで意味は無い。そうしなければ魔導精霊力編に支障が出かねなかったのだから。
ルシアはそれらを切り捨てとにかく現状どうするかを考える。まずはハル達について。どうやら情報によれば六つの盾の一人であるシアンを倒したらしい。だがそれ自体は大きな問題ではない。確かにこの時点でハル達と接触することは予想外だがあり得ないことではない。加えて撃退できているのだから。だがどうしても看過できない事情があった。
『しかしエリーか……よくよく巻き込まれる運命にあるらしいな。まあ魔導精霊力を持っておるのだから当然と言えば当然か……』
「…………」
『どうした、いつかの蒼髪の魔導士と戦った時の気慨はないのか? まさかこのまま放っておくわけではなかろう?』
「うるせえな……ちょっと黙ってろ」
『ふん……そんなに気になるなら手元に置いておけばよかろうに。何だ、お主は寝取られとかいう趣味があるのか?』
「お、お前な……」
マザーの言葉に顔を引きつかせながらももはや突っ込む気力もないのかルシアは溜息を吐きながらも思考する。
それはエリーのこと。偶然ではなく、魔導精霊力を持つエリーを狙ってBGが動いている。それが最も懸念しなければならない理由。それはつまりエリーの魔力が恐らくBG側に補足されていることを意味している。ルシアが贈ったマジックディフェンダーが作動していないことは先のジークの件から分かり切っているもののルシアにはどうしようもない。わざわざ会いに行って新しいマジックディフェンダーを渡すことなどできない。もしそれをしても既にBGがエリーを狙っている以上ハル達はこれからも追われることになる。しかも恐らくは一般兵だけではなく六つの盾に。既にその招集と思われる命令も下されているらしいことからほぼ確実。
(六つの盾か……今のハル達じゃいくらなんでも分が悪すぎる……)
ルシアは頭を痛めるしかない。六つの盾は六祈将軍に対抗するために集められた集団。その実力は折り紙つき。今回の敵、シアンはどうにか退けることができたようだがこれからもそう上手く行くとは限りない。特に危険な者が三名存在する
『ルナール』 『ルカン』 『ジラフ』
ルナールは正確には六つの盾ではないがその実力は凄まじい。実際に戦闘をしたことがあるルシアはそれを身をもって知っている。間違いなくハジャに匹敵する実力の持ち主。
ルカンは六つの盾を束ねるリーダー。そしてジラフはルカンを除くメンバーの中で一番の実力者。二人とも六祈将軍の一人、ユリウスを超える実力の持ち主。
今のハル達ではどうやっても勝ち目は無い。このままでは間違いなくハルたちは全滅してしまう。ならば自分が動くしかない。だがそれを分かっていながらもルシアは決断しかねていた。それは戦いたくないこともあるがそれ以上に大きな問題があった。それは原作でBG編にあった要素がほとんど皆無であるということ。
『時空の杖』 『解放軍』 『ユーマ・アンセクト』 『ナギサ・アンセクト』 『ベルニカ』
それらが原作のBG編で重要な役割を果たしていた要素。だがその全てが今の段階では存在していない。今から状況を整えることなどルシアにはできない。いや誰であってもそんな修正はできるわけがない。中にはハル達にとって必要な出会いや経験もある。それを何とかできないものかとルシアは頭を捻るがどうしようもない。だがルシアは心のどこかで悟っていた。もうどうにもならないことを。そして自分が動かざるを得ないということを。
だがそれは一つの危険を伴う。それはシンクレアを一つ手に入れてしまうこと。つまり原作よりも早くエンドレス完成に近づいてしまうということ。ルシアにとっては最も避けなければならないリスク。だがそれを負ってでもルシアは動くしかない。他でもないハルとエリーの命がかかっているのだから。
『どうした、魔石使いよ。まさかここに至って怖気づいたわけではあるまいな?』
そんなルシアの心の内を見透かすようなタイミングで言葉が告げられる。だがそれはマザーではなかった。声は同じでもその主が違うことをルシアは知っている。これまでも何度かその存在を感じ取ってきたのだから。
『エンドレス』
DBの真の姿であり、世界の意志とでも言うべきもの。神に等しい存在。それが今、マザーを通してルシアへと話しかけてきている。二重人格とでも言うべき豹変。その証拠に実体化しているマザーからはまるで生気が感じられない。その瞳にあるのは冷酷な機械のような意志だけ。それを前にして逆らうことはルシアにはできない。それはマザーも例外ではない。
エンドレスには魔石使いも母なる闇の使者も逆らえない。絶対の真理。
『…………ん? どうしたそんなに怖い顔をして? それよりも本当に六祈将軍を招集しなくてもよかったのか? せっかく配下にしているというのに』
「そ、それは……」
いきなりいつものマザーに戻ったことと痛いところを突かれてしまったためルシアは言葉に詰まってしまう。だがそこにはルシアとマザーの根本的な意識の違いがあった。
マザーはDCを乗っ取ったのは六祈将軍を自らの配下にするためだと思っていた。事実ルシアによってそう聞かされておりマザーはそれに疑問を持っていない。だがルシアにとってはそうではなかった。
六祈将軍の行動をコントロールすること。
それがルシアがDCを乗っ取った本当の目的。ルシアがいなくなってしまえば六祈将軍がどう動くか、全く予想できない。それによって不測の事態も起きかねない。それを封じるためにルシアは最高司令官となっている。できる限り原作に近い展開、流れに誘導するために。
だからこそルシアは六祈将軍を招集するつもりは無い。相手が格下であればそれでも構わない。だが相手はBG。かつてのDCに匹敵する力を持つ組織。いかに六祈将軍とはいえ六つの盾と戦えばどうなるか分からない。そのせいで誰かが死んでしまえば取り返しがつかない。
「い、いいんだよ。それに俺とお前がいれば問題ないしな」
ルシアは頭をかきながらもそう言い訳する。もはや言い訳にすらならないような言葉。だがそれによってマザーはまるで信じられないものを見たかのように目を見開き呆然としたまま。
「な、何だ……何か文句があんのか?」
『…………いや、ヘタレの割に大きな口を叩いたと思っただけだ』
「うるせえよ……それで、文句があるのかないのかどっちなんだ?」
『くくく……そう喚くでない。文句などあるわけがなかろう。それでどうするつもりだ? ハードナーとかいう奴を倒しに行くのか?』
「いや……それだけじゃねえ。全部だ。ハードナーも六つの盾もまとめて潰す」
そんなルシアの言葉に今度こそマザーは驚愕する。マザーとしてはシンクレアを持っているハードナーを倒しさえすればいいと思っていたこと。何よりもヘタレであるルシアがまさかそんな選択をするなど思ってもいなかったこそ。
だがルシアも本当ならそんなことはしたくは無い。だがそうせざるを得ない。もしハードナーだけを上手く倒せたとしてもその配下であるルナールや六つの盾がどう動くは予想がつかない。ならば余計な事態を起こされないように完膚なきまでにBGを潰すしかない。そのための策もある。ルシアは決してBGを侮っているわけではない。だからこそルシアはマザーの力を使う気だった。空間消滅ではないもう一つの力。DBの母たるシンクレアの力によるDBの破壊。それによってハードナー以外の戦力を無力化し一気に殲滅する。それがルシアの計画。六祈将軍に比べてDBに依存度が高いBGに対して有効な策。それを使えば例え一人であってもBGに対抗できる。
『ほう……大きく出たな。よかろう、精々口だけにならないように男を見せてもらおうか。我が主様よ』
満足気に、そして高揚感を隠しきれない姿を見せながらもマザーは出陣の準備を始める自らの主の後に付き従って行く。それは自らの力、そして何よりも主の力に絶対の自信を持っているからこそ。
ルシアとマザー。二人の間には大きな認識の差があった。ルシアについては先の通り。だがマザーは違っていた。奇しくもそれは先のルシアの言葉と同じもの。
『ハードナーと六つの盾をまとめて潰す』
誇張でも何でもなくそれだけの力が今のルシアにはある。それがマザーの認識。
「行くぞ、マザー」
『くくく……では行くとしようか。半年ぶりの戦いだ。楽しませてもらう』
ルシアはその胸にマザーを掛け、甲冑を身に纏いながらその手にDBを手にする。
『ネオ・デカログス』 『イリュージョン』 『ワープロード』 『ハイド』 『ゲート』
自らの半身とでも言うべきDBたち。そして新たなマントを翻しながらルシアは姿を消す。そこには確かな称号が、DCを示すマークがあった。
ルシアとマザー。そのどちらが正しいのか。答えはまだ分からない。だがそれを示す新生DCとBGの戦いの幕が今まさに上がらんとしていた―――――