ジンの塔の最上階。そこで今、長く続いた戦いの決着がつかんとしていた。既に建物は無残に破壊されいつ崩壊してもおかしくない程の状態。それは一人の男の力、怨念によるもの。
「がアアアアアアア―――――!!」
凄まじい咆哮と共に一条の光が生まれ全てを葬り去って行く。光線のごとき力をその口から放ちながらも怪物は自らの獲物を狩らんと襲いかかる。それが今のキングの姿。既に理性は無く、身体は人間の物ではなくなってしまっている。血が流れることもない、涙を流すこともない一匹の怪物。裏DB『モンスタープリズン』の力。使用者の精神を閉じ込め、その代償と共に怪物の名に相応しい力を与える禁じられた力。ワープロードによる六祈将軍の召喚が失敗に終わってしまったキングに残された最後の手段。その力がゲイルとハル。二人の親子に襲いかかる。だが既に二人は先の戦いによって満身創痍。とても戦えるような状態ではない。だが二人は全くあきらめることなく持つ剣に力を込めながらキングに向かって行く。ハルはレイヴの騎士として。ゲイルはキングの友として。共にキングを止めるために。だが
「がっ!?」
「親父っ!?」
その力の差は歴然たるもの。いくら消耗しているとはいえ二対一。にも関わらずゲイル達の攻撃はキングの肉体を傷つけることすらできない。生身の身体で剣を受けるという信じられない強度。まさしく怪物に相応しい力。その力によってゲイルは剣ごと吹き飛ばされ地面へと倒れ込む。だがその致命的な隙を見逃さないとばかりにキングの口が大きく開かれる。
(マズい……!!)
瞬間、ゲイルは戦慄する。数秒に訪れるであろう光線による攻撃。今の自分、しかもこんな体勢では防ぐことも躱すこともできない。走馬灯にも似た感覚の中でもゲイルは決してあきらめることなく打開策を探る。今自分が死ねば身体に埋め込まれたDB『エンド・オブ・アース』によって大破壊が起こってしまう。それだけは絶対に避けなければ。そんな思考の中にあっても避けれない死の光が放たれた瞬間
「親父――――っ!!」
叫びを上げながらハルが倒れ込んだゲイルを庇わんと飛び出す。ゲイルはその光景に驚きながらも声にならない声を上げる。このままではハルが死んでしまうという戦慄。だがそれを振り払うようにハルはその剣によってキングの光線を切り裂く。
『封印の剣』
いかなる魔法も切り裂く魔法剣。それは魔法以外の力にも有効なもの。それによってハルはキングの攻撃を間一髪のところで防ぐ。だが安堵する暇すらハルには与えられなかった。
「ぐわあああっ!!」
ハルは叫びを上げながらも自分の身に何が起こったのか分からない。既に視界は暗く、あるのは体中を走る激痛だけ。そこに至ってようやくハルは消えかける意識の中で悟る。今、自分がキングの攻撃によって地面へとめり込んでいるのだと。
「アアアアアアアア――――――!!」
歓喜の声にも似た絶叫をあげながらもキングはその拳によって、爪によってハルを追い詰める。一瞬でハルとの距離を詰めながら。獲物を捉えた獣そのもの。その苛烈さは先の比ではない。ゲイルを相手にしていた時以上の怨念、怒りを以てキングはハルを殺さんと迫る。それはキングの怒りと悲しみ。既にその精神は怪物の牢獄によって捕えられている。にもかかわらず怪物はそれを奪わんとする。自分が持っていない、奪われてしまったものを。その苦しみを、絶望をゲイルにも与えるために。ハルは既に意識を失いかけながらも為す術がない。そしてついにその爪がハルを切り裂かんとした時
「キング―――――!!」
鬼気迫った気迫と表情を見せながらゲイルが自らの息子を救わんと迫る。その手にある剣に凄まじい光が灯っている。どんなものでも切り裂くことができるほどの圧倒的な力。
天空の秘剣 『空束斬』
ゲイルが持つ剣の奥義。空が見える場所でのみ使うことができる最初で最後の切り札。その秘剣を以てゲイルはキングへと斬りかかる。まさにキングに止めをささんとするために。だがそれはキングの手によって防がれる。その片手によって直接剣を掴まれることによって。片手での白羽取りという絶技。ありえないような事態に驚愕しながらもゲイルはその剣に力を込める。己の残された力の全てを込めて。
「空の力を知れ、キング―――――!!」
ゲイルは目に涙を見せながらも剣を押し込んでいく。キングの手がその力によって切り裂かれていく。だがそれでも圧倒的な強度と再生力によってキングはそれに耐え続ける。だが徐々にだが確実にその剣がキングへ向かって進んでいく。凄まじい咆哮を上げながらも抵抗するキングの姿を見ながらもゲイルの中にはただ在りし日の光景だけがあった。
かつてのキングとの、親友との日々。初めて出会い、惹かれあい、語り合い、共に駆け抜けた日々。決して色あせることは無い記憶。
憎み合い、殺し合う今になっても。自らの妻であるサクラを殺されたとしても。ゲイルは心からキングを憎むができなかった。例えどれだけの闇に落ちようと、怪物に身を落としたとしても、ゲイル・グローリーにとってゲイル・レアグローブはかけがえのない親友なのだから。
その全ての想いを乗せた一撃が、ついにキングに届かんとした時、それは起こった。
「なっ――――!?」
ゲイルは一瞬、何が起こったのかは分からず声を上げることしかできない。だがすぐに気づく。自分の剣がキングを切り裂いたことに。だがその一撃はキングを止めるだけのものではない。同時にキングの右腕が地面へと落ちる。ゲイルの空束斬によって。それは囮。自らの右腕を捨てることによってゲイルの隙を生み出すための。考えもしなかった、常軌を逸したキングの策にゲイルが怯んだ一瞬の隙を突き、キングの拳がゲイルに突き刺さる。ゲイルはそのまま信じられないような力によってその場から吹き飛ばされてしまう。
「―――――」
痛みによって悶絶しながらもゲイルは何とかその場に膝を突きながらもキングに向かい合う。既にいつ倒れてもおかしくない状況。だがキングも右腕を失ってしまっている。勝機はまだ失われていない。ゲイルはそう考えていた。だがそれがすぐに間違いだったと悟る。ゲイルはそのままその光景に目を奪われる。既に声を出すことすらできない。ゲイルは絶望する。自分が敗北以上になしてはいけない間違いを犯してしまったのだと。ゲイルが呆然としている先。そこには
倒れ伏しているハルに向かって止めを刺さんとしているキングの姿があった。
「いやああああああ!!」
目を閉じながら、涙を流しながらのエリーの絶叫がジンの塔に響き渡る。その悲鳴が全てを現していた。もうどうしようもないことを。
ゲイルは駆ける。キングを止めるために。息子を救うために。だが間に合わない。ゲイルがその距離を駆けるよりも早く、その爪がハルに向かって振り下ろされる。
かつての絶望がゲイルに襲いかかる。自分が犯してしまった間違い。それによって失ってしまった友。そして愛した妻の姿。もう二度と同じ間違いを犯さないために。全てを終わらせるためにここまでやってきたというのに。それが今、終わろうとしている。
ハルの死という最悪の結末によって。
「うあああああああ―――――!!」
ゲイルの絶叫が、悲鳴が全ての終わり告げようとした瞬間、それは起きた。
「…………え?」
エリーは知らず声を上げながらも顔を上げる。涙によって濡れた瞳で、それでもエリーはその光景に言葉を失う。
そこにはハルに向かって爪を振り上げているキングの姿がある。だがそこでキングは止まってしまっている。まるで時間が止まってしまっているかのように。いつまでたってもその凶刃は振り下ろされることはない。信じられない、理解できない状況にエリーは呆然とするしかない。それはゲイルも同じ。彼もまた突然の事態にただ目を奪われているだけ。そんな中
白い何かがジンの塔に向かって降り注ぐ。
エリーはその光景にただ圧倒される。白い光が次々にジンの塔に降り注いでくる。視界の全てを覆い尽くしてしまうのではないかと思ってしまうほどの光景。知らずエリーはその手を伸ばす。記憶を失ってしまっているエリーも知っていた。その正体を。
「雪……?」
まるで吹雪のような、深い雪が全てを包み込んでいく。だがそれはあり得ない。この季節に、こんな場所で雪が降るなど。空には雲も見られない。だが動ずることなくエリーは導かれるようにその雪に手を伸ばす。だがそれは手を通り過ぎてしまう。溶けたのではなくまるで手をすり抜けてしまったかのように。その証拠に雪は降り続けながらも地面に積もることは無い。まるで夢の中のよう。だがエリーは知っていた。それが一体何なのか。
『幻想』
幻の名を持つ少女のDB。その力によって今、ジンの塔が包まれているのだと。
それはキングが持つDB達から託された願いと、自らの主から聞き及んだ事情を悟ったイリュージョンの贈り物。自らの意志を持ち、その力を振るうことができる魔石使いの持つ魔石だから起こせる奇跡だった。
「――――――」
その光景にただキングは目を奪われていた。既に理性は失われただ戦うだけの怪物になってしまったはずなのに。それでもその光景が、雪がキングの中の記憶を呼び起こす。十年以上前。自分が息子と妻、全てを失ってしまった頃。そこであった出会い。
生まれたばかりの赤ん坊。人とは違う生まれ方をした男の子。その姿に死んだ息子の面影を見た。
自分は名付けた、その子供に。だがその名が思い出せない。忘れてはいけない、大切な名前だったはずなのに。
記憶が巡る。成長していく――――の姿。同時に得られた確かな救い。人よりも早く成長する身体を持っていながらも無邪気に振る舞い続ける――――の姿。それを覚えている。
『ねえキング。明日、僕の誕生日なんだよね?』
――――がそんなことを聞いてくる。それにそうだと答える。既にプレゼントは用意している。新たな遊具。吹雪によって外で遊ぶことができない日でも遊べるようにと思って用意した物。だが――――はどこか言いづらそうに尋ねてくる。
『それって……物じゃなくてお願いじゃあダメかな……?』
そんな予想もしていなかった言葉。だがすぐにキングは悟る。――――が一体何をそんなに言いづらそうにしているのか。自分に何をお願いしたいのか。これまでも何度か見たことがある光景。自分を呼ぶ時にキングではなく、違う呼び方をしようとしながらもできないでいる――――の姿。
それに答える。それでいいと。誕生日にそのお願いを聞いてやると。――――は喜んだ。たったそれだけのことで。
だがそれは叶えられることはなかった。
誕生日によって起こった出来事によって。人とは違う力を持つ、DBをその身に宿した生物兵器としての力を――――が見せたその時に。
自分は見せてしまった。その姿を、表情を。――――を恐れるその顔を。
それ以来――――は自分をキング以外の言葉で呼ぼうとすることはなくなった。子供だからこそ感じ取ったに違いない。自分の表情の意味を。
それでも――――の自分への忠誠は薄れることは無かった。以前のように触れ合う機会が少なくなってもなおそれは変わらない。
そうか……そうだった……オレには…………
知らずキングの目から涙が流れ落ちる。それは証。怪物から人間の心を取り戻した証。
キングは思い出す。息子を、妻を失ってからの地獄の日々。ただ復讐を誓った日々。だがその中でも得た物があったことを。自分が決して孤独ではなかったことを。
『深い雪』という名のもう一人の息子が自分を想っていてくれたことに―――――
ここに一人の王の物語は終わる。人の心を取り戻した王は自らの手でその幕を引く。大破壊をDC本部で起こすことによって。贖罪と感謝を親友であるゲイル・グローリーに告げることによって。
キングはその生涯を閉じる。親友の腕に抱かれながら。自らの二人の息子のことを想いながら。
それがこの戦いの結末。二つの風の争いの終わり。同時にまたもう一つに風もまた力を失うことになりながら。
自らの息子を救うためにゲイル・グローリーもまた命を落とす。まるで定めのように。だがそれはゲイルの意志。何よりも大切なものを守るための選択。
ゲイルとキング。二つの風はその命を以て争いに決着をつける。それが『歴史が変わった日』の終わり。
だが人々は知らなかった。それは新たな争いの始まり。闇の派閥争い、そしてもう一つのシンフォニアとレアグローブの血の争いの始まりにすぎないことに。
男はその瞳に野望を宿す。漆黒に包まれた闇の中で。光の世界を全て闇によって、夜によって塗り替えるために。自らの絶対王権を造り上げるために。それだけの力をその男は持っている。
『パンプキン・ドリュー』
夜の支配者。そして魔王の名を持つ存在。かつて人を信じ、そして裏切られた男。その首には闇の頂きがある。
『ヴァンパイア』
持つ者に引力を操る力を与えるシンクレア。ドリューは動き出す。王たるものの力を示すために。
男はその欲望のままに笑い続ける。深い海の底、禁じられた力を持つ船の中で。自らの欲望を満たすためだけに。最強の種族である鬼の力を以て。それを為し得る力を男は持っている。
『オウガ』
鬼の中の王。金属の中の王、金を操る力を持つ絶対的強者。その首には力の証明がある。
『ラストフィジックス』
持つ者に無敵の肉体を与えるシンクレア。オウガは動き出す。その力によって全てを手に入れるために。
男は不敵に笑う。空の中、自らの翼たる巨大な船の中で。失くしてしまった過去を消し去るために。その満たされない欲望を消し去るために。狂気とも言える執念を以て。
『ハードナー』
全てを奪う空賊の王。処刑人の名を持つ断罪者。自らすらも裁かんとする男。その胸にはその意志を示す証がある。
『アナスタシス』
持つ者に不死身の力を与えるシンクレア。ハードナーは動き出す。奪われてしまった過去を消し去るために。
新たな王たちが動き出す。キングという強大な王がいなくなったことによって。自らがその座を奪わんと。だが彼らはまだ知らなかった。もう一人、キングの血を受けつぐ、DCの力を受け継いだ王がいることに。だがその少年すら知らないことがあった。
それは五つ目のシンクレアがある場所。魔界。その中の一人の王、獄炎のメギドの城の中。そこに一人の来訪者があった。
「邪魔するわよ、メギド」
四天魔王の一人、絶望のジェロ。氷の女王がいつもと変わらず無表情のままメギドがいる玉座へと近づいて行く。その後には凄まじい冷気が渦巻いている。獄炎の名を冠するメギドの城の中であっても拮抗する冷気の力。それがジェロが魔王である証。
「ジェロか。一体どうしたのだ。今日は特に会合などは予定されていなかったはずだが……」
突然のジェロの来訪に驚きながらも全くそれを感じさせることなくメギドはジェロを迎え入れる。本来なら勝手に城の中に入ってくるなど無礼極まりないもの。例え四天魔王とはいえ許されるものではないのだがメギドは全く気にすることなくジェロに向かって尋ねる。もっともジェロを含め他の二人もおよそそういった礼儀とはかけ離れた者たちであることを知っているからこそ。だがそんなメギドでも何故ジェロがこの場にやってきたのか全く見当がつかないでいた。それを知ってか知らずか
「ええ。今日は一つ、お願いをしにきたの。メギド、これからアキを迎えに行ってくるからその間、魔界をお願いするわ」
ジェロは何でもないことのように淡々と自らの要件を告げる。だがその内容にさしものメギドも表情を変える。
「アキ……大魔王の器をか? だがまだ約束の期限ではないはずだが……」
メギドはあごに手を当てながらもジェロに問いただす。アキ、大魔王の器を迎えに行くのは一年後、今からではおよそ半年後のはず。しかもそれはジェロ自身が申し出たものだったはず。にも関わらずそれを前倒して迎えに行く理由などメギドには見当がつかない。その間の魔界の統治については既にメギドはあきらめているため特に口を出すこともない。
「そうね。心配しなくても期限は守るわ。その間、眠っている間に魔界や人間界がどう変わったのか見て回るつもりよ」
「ふむ……確かに二万年の間に魔界も人間界も大きく変わったが……」
メギドはそう相槌をつきながらもジェロの姿を改めて見定める。その姿はいつもとなんら変わらない。冷酷な、無慈悲な雰囲気と力を放っている。だがメギドは気づいていた。どこかジェロがいつもと違うことに。他の者では気づかない程の微かな変化。だがメギドは感じ取っていた。どこかジェロが浮足立っていることに。普段のジェロならば考えられないような状況。それまるで
「それにただ迎えに行くだけでは芸がないしね。一つ、手土産を持って行くつもりよ」
ジェロはそう言い残したまま踵を返しメギドの元から去っていく。もう伝えることは伝えたといわんばかりの後ろ姿。メギドはそんなジェロに向かって声を掛けようとするもそれを飲みこむ。
それは迎えに行くのなら自らの足を使わなくともアキが持っている『ゲート』の力を使えばいいのではないかということ。
だがそれに気づかないほどジェロは愚かではない。ならば自らの足を使いながらでも半年早くアキを迎えに行くという行為こそジェロの目的なのだということ。
(ふむ……まさかとは思うが……まあどちらでも構わぬか。問題があるわけでもなし。あるとすればウタの方か……)
メギドはジェロのこと以上にウタのことを気にしていた。あれ以来ウタは待ちきれないのかいつも以上に血をたぎらせ修行を積んでいる。そのせいでウタの領地では魔界人達がこぞって他の領地に逃げ出し混乱しておりそれを抑えるのがこの半年でもメギドの大きな頭痛の種だった。そして今回のジェロの行動。それを知ればウタのモチベーションが今以上に上がるのは火を見るよりも明らか。結局やってくる時期は変わらないにもかかわらず。
メギドはただ待ち続ける。半年後、新たな大魔王の器がやってくるのを。
本人の与り知らぬところでダークブリングマスターの憂鬱はまだまだ続くことになるのだった―――――