「くっ……!」
苦悶の声を漏らしながらも銀髪の少年、ハルはその手に大剣、TCMを構えながら一直線にある方向に向かって行く。その先には一人の女性の姿がある。だがその姿はハルとは対照的だった。ハルの体には無数の傷があり、息も絶え絶え。対して女性、レイナは息一つ乱さず無傷。どこか余裕の笑みを浮かべ腕を組んだまま向かってくるハルを見据えている。それは余裕。自らの力への自信とハルの実力を既に見抜いているが故のもの。
「はあああっ!」
そんなレイナの姿を見ながらもハルはあきらめることなくその手にあるTCMに力を込める。瞬間、その形態が大きく変わる。爆発の剣。斬ったものを爆発させる第二の剣。相手を殺さずに倒すことができるためハルが多用しているもの。ハルはそれをレイナに向かって接近しながら振り下ろす。レイナはそれを前にしても全く動く様子を見せない。まるっきり無防備に映る姿。あまりにも不用意に思えるもの。だが
「無駄よ」
レイナは呟いた瞬間、それは起こった。それは銀。レイナの右腕にある銀色の蛇がまるで意志があるかのように動きハルの攻撃を防いでしまう。瞬間、剣の力によって爆発が起こるもそれはレイナに届くことは無い。ハルはそのまま自らの起こした爆発の衝撃によってその場から吹き飛ばされてしまう。しかしそれだけではない。そんなハルに追い縋るように銀の蛇が縦横無尽に、変幻自在に動きと形を変えながらハルに向かって襲いかかって来る。その読むことができない攻撃にハルは為す術がなく身体に新たな傷が刻まれていく。
「……っ! 音速の剣!」
このままでは捌ききれないと判断したハルは新たな形態へと剣を変化させる。瞬間、ハルはまるで風のような速さを纏い銀の蛇の攻撃を躱しながら一気にレイナとの距離を詰める。それがハルが持つ音速の剣の力。持つ者に速さを与える第三の剣。ハルはそのままレイナに向かって斬りかかる。それは超高速の七連撃。その速さは見た者が一撃だと思ってしまうほどの速さ。だが
「残念♪」
その攻撃は一つもレイナに届くことなく銀によって防がれてしまう。まるで全ての攻撃が見切られてしまっているかのように。ハルは自分の持つ最速の攻撃がこともなげに防がれてしまったことに驚愕するしかない。そんな隙を見逃さないとばかりに剣を防いでいた銀の蛇が再びハルに向かってその矛先を向ける。ハルはそれを咄嗟に防御するもそのまま大きく吹き飛ばされてしまう。音速の剣の力によって体の重さが軽くなってしまっていることも相まってハルはそのまま地面に転がりながらも剣を地面に突き立てることで何とか踏みとどまる。だが度重なるダメージによってハルはそのまま剣を支えにしながらも膝を突いてしまう。それが先程から繰り返されているハルとレイナの戦闘。もっともそれは戦闘と呼べるものではない。一方的なレイナの蹂躙だった。
「どうしたのハル君、これで終わり? 私まだDB使ってないんだけど?」
レイナはくすくすと笑いながらハルに向かって告げる。ハルはその言葉に戦慄する。目の前の女、レイナがまだ恐らくは半分の力も出していないことに。その証拠にレイナはまだ戦闘が始まってからその場から一歩も動いていない。それはすなわちあれだけの攻撃を繰り出しても自分は相手を動かすことすらできていないということ。そしてそのDBすらも。普通の人間ならレイナが持つ銀の蛇がDBの力なのかと思うだろう。だがそれがDBの力でないことをハルは知っていた。何故なら
「お前……銀術師なのか?」
それと同じ力持つ者を知っていたから。
「あら、よく分かったわね? その通り。私は銀術師よ」
一瞬驚いたような表情を見せながらもレイナは楽しげに答える。
『銀術師』
その名の通り銀を操り様々な武器、形をもって変幻自在に戦うことができる存在。そしてその中でもレイナは最高位にあたる力を持つ術師。その力はDBに頼らなくとも並みの者など相手にならない程のもの。その前には今のハルでは全く歯が立たない。それが六祈将軍。キングに選ばれし六人の戦士の力だった。
「さて、種明かしも済んだところでそろそろおしまいにしましょうか。もう少し楽しめるかと思ったんだけど……シュダも大したことなかったのね」
「……っ! 違う!シュダはすげえ奴だったさ!」
「あらそう。敵の肩持つなんて変なこと言うのね。男同士の何とかってやつ? でも口先だけの男はモテないわよ、ハル君?」
「…………」
ハルはレイナの言葉に何一つ言い返すことができない。何故ならレイナの言葉は全て正しいのだから。現に自分はレイナに全く歯が立たない。ハルは感じ取っていた。覆すことができない歴然たる力の差。それが今の自分とレイナの間にはあると。それは認めたくはないがかつてシュダに感じた以上の差。だがそれでもあきらめるわけにはいかない。自分にあきらめるなという言葉を遺してくれたシュダに報いるために。何よりも一刻も早くエリーを助けに行くために。レイナの言葉が真実なら今この時もエリーに危機が迫っているはず。
ハルは一度大きな深呼吸をしながら頭を冷やす。先程までは一刻も早くエリーの元に行かなければいけないこと、そして想像を超えるレイナの強さに冷静さを欠いてしまっていた。ハルは改めて己の為すべきことを悟る。それはエリーの元に駆けつけること。なら今はそれだけを考えなければ。
ハルは立ち上がりながらも再び剣を構える。その手には爆発の剣。だがそれはレイナには通用しない。それはハルとて分かっている。故にハルはそれを別の手段として選んだ。
「へえ……まだやる気なんだ。その根性だけは認めてあげるわ♪」
レイナはまだ戦う意志を見せているハルに称賛を贈りながらもその力を以て迎え撃たんとする。それは最初から変わらない姿。腕を組んだまま悠然と相手を待ち構えているもの。そこにこそハルが付け入る隙があった。ハルはそのまま剣を振り下ろす。レイナにではなく自らの足元に向かって。
「爆煙!」
瞬間、凄まじい爆煙が辺りを包み込む。まさにそれは煙幕。レイナはハルの予想外の行動に一瞬驚くもののすぐに辺りの気配を探る。それはハルの奇襲を警戒してのもの。煙幕、目くらましによってこちらの視界を封じ不意打ちを狙う。それがハルの狙いだと判断してのもの。確かに煙幕は厄介だがその程度で易々と不意打ちをくらうほど六祈将軍は甘くは無い。レイナは自信を見せながらハルを迎撃せんとする。だがいつまでたってもそれは訪れない。瞬間、レイナは悟る。ハルの狙いが自分を奇襲するためではないことに。
(待ってろよ……エリー、今行く……!)
ハルは全速力で音速の剣によってその場から離脱せんとする。それこそがハルの狙い。煙幕によってめくらましを行いその隙にその場を離脱しエリーの元に向かうこと。レイナが自分を待ち構えていること、そしてレイナを倒すことが難しいと判断してのもの。それは正しい。確かにその作戦は成功していただろう。
「ひどいのね、こんないい女を放って逃げ出すなんて」
相手が六祈将軍でなかったのなら。
「なっ!?」
ハルは自らに起こった事態に混乱し声を上げる。それは右手首。そこに銀がまるで手錠のように巻きついている。それだけではない。ハルはそのままその銀の手錠によって凄まじい力で引き寄せられ地面に叩きつけられてしまう。痛みによって悶絶するものの何とか意識を繋ぎ止めながら起き上がるもそこは先程自分がいた場所。レイナと目と鼻の先。ハルはようやく気づく。自分が捕まりここまで連れ戻されてしまったのだと。
だがハルは驚きを隠しきれない。それは自らの手に巻きついている銀。ハルは煙幕による目くらましと同時にその場を離れた。いかにレイナといえども追いつけるような距離ではなかったはず。まるで何もない場所から銀が襲いかかって来たかのよう。
「一本取られたわ。まさか逃げ出すなんてね。おかげで思わずDBを使っちゃったわ」
「DB……!? 一体何をしたんだ!?」
「ふふっ……秘密よ♪ それにエリーっていう娘を助けに行っても無駄よ。ジークも私と同じぐらいの強さなんだから君が行ってもどうしようもないわ」
レイナの言葉にハルは絶望する。この場から脱出することができないこと。何よりもエリーを狙っている敵も目の前にいるレイナと同格の相手だということに。
「……せえ……」
「……? どうしたの、もう観念したのかしら?」
ハルはそのまま俯きながらもその手に持つTCMに力を込める。瞬間、レイヴに光が灯る。それはハルの力、心にレイヴが反応している証。今のハルにあるたったひとつの想い。それは
「うるせえ……そこをどけええええっ!!」
エリーを、好きな娘を守りたいという想いだった。
「――――っ!?」
瞬間、レイナの表情に初めて焦りが浮かぶ。それは直感。レイナは自らの最速で、最大の防御を展開する。それは先程までのハルの攻撃では傷一つ付けられないような硬度の防御。だがハルの一撃はその鉄壁の防御を打ち破る。先程までとは比べ物にならない程の規模の、威力の爆発の剣撃がレイナを襲う。
レイナはそのまま爆風によって吹き飛ばされるも受け身を取りながら着地する。ダメージ自体は全く受けていない。だがレイナの表情には既に先程までの余裕はない。それはレイナの本気の顔。自らの防御を破られてしまったこと。何よりも地に膝を着いているという状況。レイナにとっては許せない屈辱だった。
(こいつ……どこにこんな力が……?)
レイナは立ち上がりながら改めてハルを見据える。そこには肩で息をしながらも凄まじい形相で自らを睨みつけているハルの姿がある。だが先の一撃で力を使いきってしまったのか既に立っているのがやっとといった風。だがレイナは感じ取っていた。それはハルの底力。そしてその成長の可能性。それこそがシュダを倒せた理由、シュダがハルを気に掛けていた理由なのだと。だがレイナにはそれはない。わざわざ危険因子を野放しにするような理由は無い。今はまだ追い詰められてやっとだがこれから成長すればDCにとって脅威になりうる可能性を目の前の少年は秘めている。
「いいわ……本気で相手をしてあげる」
レイナはそのまま両手を天に向ける。今まで何の構えも取らなかったレイナが構えたことでハルは息を切らせながらも剣を構える。その瞳はその腕にある銀の蛇に向けられている。それこそがレイナの攻撃の起点。ならばそこから再び攻撃を仕掛けてくるはず。そうハルは考えていた。だがそれは間違い。確かにそれはレイナにとっては攻撃の起点だった。つい先ほどまでは。
「――――っ!?」
ハルは戦慄する。それは秒にも満たない刹那。まさに本能。それが感じ取る。それは自らの周り。その空間。何もないはずの空間に次々にそれが生まれてくる。それは銀。まるで突然そこに現れたかのように銀の塊がハルの周囲に無数に生まれてくる。あり得ない事態にハルは身動きすら取れない。いや、例え動けたとしても今のハルには為す術は無い。
それこそがレイナの持つDB『ホワイトキス』の力。無から物を造る空気の六星DB。
銀術師であるレイナの銀術と組み合わせることで真価を発揮するもの。それによってレイナは自らから離れた場所にいる敵に対して死角も含めた全方位から攻撃を加えることができる。それこそがレイナの本気。
「さよなら、レイヴマスター君。最後はちょっと驚かされたわ」
レイナは最後の言葉を告げながらその力を解き放つ。瞬間、ハルの周囲に生まれた銀が形を変えながら襲いかかって来る。それはまさに槍の雨。初見であればまず避けれないような隙のない攻撃。ましてや今のハルは満身創痍。ハルは悟る。もはやどうしようもないのだと。それでもまだあきらめるわけにはいかない。絶望を前にしながらも活路を見出さんとするも無慈悲な槍の雨がそのままハルを串刺しにしようとしたその瞬間、
雨はまるでハルを避けるように軌道を変え地面へと突き刺さって行く。見えない力がハルを守ったかのように。
「なっ!?」
それは果たしてどちらの声だったのか。一つはハルのもの。それは自らを貫くはずだった攻撃が逸れてしまったことに対する驚き。だがレイナの驚きはその比ではなかった。何故なら先程の攻撃は自らの必殺の攻撃。絶対に避けれない数とタイミングを狙ったもの。それが避けられるなどあり得ない。いや、まだ避けられたのなら分かる。だがそうではないことをレイナは感じ取っていた。それは銀術師としての感覚。先の瞬間、自分の銀が誰かによって操られてしまったのだと。
「ったく……こんなところで何やってんだ」
混乱するハルとレイナの間に割って入るように、ハルを庇うかのように一人の青年が姿を現す。黒い短髪に左額にピアス。首から銀のドクロを掛けている新たな乱入者。奇しくもレイナと同じ力を、因縁を持つ存在。
「ナンパならオレもまぜろっつーの。文句はねえな、ハル?」
『銀術師ムジカ』
新たな乱入者によって事態はさらなる混乱に陥ろうとしていた―――――
「……ここでいいだろう。ここなら余計な邪魔は入らない」
夜の街の光が辺りを照らしている中、大きな広場に二つの人影があった。一つは背の高い蒼髪のコートを羽織った青年。その顔には印象的なタトゥーが刻まれている。彼の名はジークハルト。時の番人の二つ名を持つ魔導士。
「…………」
もう一つが金髪の少女、エリー。だがエリーはどこか警戒した様子でジークを睨みつけている。何故ならエリーにとってジークは探していた男であり、同時に命を狙われている相手なのだから。
『雷の男』
それはエリーが男を呼ぶ時に使っていた呼び名。その名の通り雷を操り実際にエリーは殺されかけたことがあるため。しかしそんな男に着いてきたのは理由がある。それはエリーが自らの記憶を、過去を取り戻したいからこそ。アキ以外に自分のことを知っている可能性がある唯一の人物。エリーはつい数分前雷の男、ジークを見つけることができた。いや正確にはジークに見つかったという方が正しい。瞬間、エリーは戸惑った。それは逃げるか否か。エリーはアキによって雷の男が自分の命を狙っているということを何度も聞かされていた。そのためエリーが外出する際には必ずアキが護衛と言う形で着いてきていた。だが今はアキはおらず、いつもは行動を共にしているハルやムジカもこの場にはいない。危険な状況。だがそれでもエリーは逃げることなくジークに詰め寄った。
それは記憶というかけがえのない探し物を見つけたい、取り戻したいという願い。その誘惑に負けエリーはそのままジークに言われるがままに場所を変えることになった。出会った場所が人ごみであったため。エリーは息を飲みながらもそれに従うことにした。決して油断しているわけではないが二年間、言葉では警告されてきても実際にジークに襲われることがなかったエリーは心のどこかで甘く見ていた。ジークの危険性を、その覚悟を。
「……どうした、何か聞きたいことがあったのではないのか」
「……! そうよ! あんたに聞きたかったの! ずっと探してたんだから!」
「探す……? お前がオレを? 何故だ?」
「決まってるじゃない! あたしのことを教えてもらうためよ! 教えてよ、あたしは誰なの!? あんたと何の関係があるの!?」
エリーは抑えが利かなくなったかのように鬼気迫る姿でジークを問い詰めようとする。自分の過去を、記憶を知っているかもしれない人物が目の前にいる。もしかしたらアキが教えてくれなかったことを知っているかもしれない。エリーは内心の動揺を隠すことなく声を上げる。
そして対照的にジークはそんなエリーの姿を冷静に見つめていた。ジークがエリーの話を聞いているのは情け。これから死ぬべき定めにある少女に対するせめてもの情け。同時に何故これまでエリーを見つけることができなかったのか、その理由を確かめるためのもの。だがジークはエリーの予想外に質問を聞きながらも理解する。エリーの状態を。恐らくは記憶喪失に近い状態になっているのだと。だからこそ命を狙われていると分かっているにも関わらず逃げ出すことなく自分に着いてきたのだと。
「いいだろう……全てを知った上で死ぬがいい」
ジークは一度目を閉じた後、語り始める。自らの正体とその使命を。
時を狂わすもの、狂わす恐れがあるものを消滅、破壊することが時の番人であるジークの使命であること。
その中でも最も危険な力を持つものが魔導精霊力でありそれはリーシャ・バレンタインの死によって失われたはずだった。だがその力を研究し生み出そうとする者たちがいた。その研究所を破壊して行くこと、そして魔導精霊力を持つ可能性がある者を抹殺することがジークの任務。その際に研究所にいたのがエリーであったこと。
話が進むにつれてエリーは今にも倒れてしまいそうな感覚に襲われる。リーシャ、魔導精霊力、様々な言葉がまるで自分の記憶の何かを刺激するように頭痛を引き起こす。同時に思い出す。それは王国戦争博物館で見たリーシャの肖像。自分と瓜二つの姿。そして魔導精霊力という言葉。あまりにもできすぎた話。とても偶然とは思えないような共通点。何よりもエリーを恐怖させているのが研究所という言葉。それが意味すること。
「お前は魔導精霊力計画の実験台の一人。サンプルナンバー3173だ」
自分の正体が普通の人間ではなかったということ。
「ウソよ! そんなの違う! あたしはそんなものじゃない!」
エリーは後ずさりをしながらも慟哭する。ただ否定の言葉を口にすることしかできない。そうしなければ自分がなくなってしまうような、消えてしまうような恐怖感がエリーを支配し始める。それに抗うようにエリーはただ叫び続けるしかない。子供のように、ただがむしゃらに。
「あたしはエリーなの! だってそうアキが言ってくれたもん! 今もパパやママがあたしの帰りを待ってるの! でたらめなこと言わないで!」
エリーは泣きじゃくりながら必死に訴える。自分はエリーだと。自分の左腕に残っていたたった一つの手掛かり。そしてアキが自分を呼んでくれた名前。決して自分はサンプルナンバー3173などではないと。実験台などではないと。だがそんなエリーの望みを打ち砕くようにジークの指先から炎が生まれエリーの左腕を掠めて行く。その熱さに悲鳴を上げるもエリーは目にする。それはもう消えてしまった痕。それが再び浮かび上がっている。『ELIE』という文字。
「おそらく研究員が逆さにナンバリングしたのだろう。ELIEではなく3173が正しい読み方だ」
ジークの宣告にエリーは言葉を失う。これまで自分が信じてきた物が全て失くなってしまうような喪失感と恐怖。同時に思い当たる。もしそれが真実だとしたら納得がいくことがある。
それはアキが決して自分の記憶、過去を教えてくれなかったこと。お人好しのアキが何度お願いしても教えてくれなかった理由。それがジークの言う通りだからだとしたら――――
エリーは知らず自らの左腕にある腕輪に手を添える。それはアキが贈ってくれたブレスレット。金属を操ることができるムジカに無理を言って直してもらった物
「なるほど……マジックディフェンダー。それで魔力を隠していたわけか」
ジークはその左腕の腕輪を見ながらも納得する。それを付けていたからこそ自分がエリーを捕捉できずにいたのだと。見た目とは違い中身は壊れてしまっているようだが間違いないと。だがジークは訝しむしかない。それはエリーの様子。それはまるでジークが何を言っているのか分からないといったもの。
「何それ……? マジック何とかって……この腕輪のこと?」
「何を言っている? オレから逃げるためにそれを付けていたのではないのか?」
ジークの疑問など知らないかのようにエリーは困惑しながら腕輪に目を向けることしかできない。エリーはようやく悟る。アキがこの腕輪を自分に贈ってくれた本当の理由を。それが自分がジークに狙われないようにするためだったのだと。そしてそれはつまりアキが初めて会った時から自分が特別な力を、魔導精霊力を持っていることを知っていたということ。一体どうなっているのか、理解できない事態の連続にエリーはその場に立ち尽くすことしかできない。だがそれを許さない存在が今、エリーの目の前にいた。
「もう充分だろう……安心しろ。今すぐ殺してやる」
一度神に祈るような仕草を見せた後、ジークは指を振るう。まるで指揮者のように。だがそれは死刑の執行人、死神そのもの。瞬間、凄まじい魔力が巻き起こり、ある現象を引き起こす。それは雷鳴。同時に目がくらむほどの光が、雷が落とされる。目の前にいるエリーに向かって。無慈悲に、そして正確に。エリーが悲鳴を上げる間もなく。後には破壊された地面と倒れ伏しているエリーの姿。
(終わったか……)
ジークはそれを見ながらも表情一つ変えることは無い。何故ならこれはジークにとっての使命。時を守るための必要な犠牲なのだから。だがジークは心どこかで拭えない違和感を感じていた。それはまるで罪悪感。まるで自分が過ちを犯してしまっているのではないかという感覚。だがジークは一度頭を振るいながらそれを振り払う。それは雑念、気の迷いだと。時を守るためにはどんな犠牲も恐れてはならない。それが時の民の掟。ジークがそのままエリーに近づこうとした瞬間
「ガハッ! ゴホッ……ゴホッ!」
まるで息を吹き返したかのようにエリーの身体が震え動き出す。その光景にジークは戦慄する。先程の一撃は二年前とは比較にならない程強力なもの。それを受けてなお生きているなど考えられない。ジークは感じ取る。それは魔力。それがエリーの身体から発せられている。魔導精霊力の覚醒の前兆。それによってエリーは普通では考えられない程に魔法に対する耐性が増しているのだと。
「……っ!」
瞬間、エリーは走り出す。ジークが気を取られている一瞬の隙を狙って。形振りかまずに、ただがむしゃらに。今のエリーにはもはや自分の記憶のことも頭にはなかった。
怖い。
ただそれだけ。死ぬことが、殺されることが怖い。体中の痛みがエリーを襲う。今にも倒れてしまいそうな激痛。どうして自分が生きているのか分からない中エリーはただこの場から逃げ出さんとする。だが
「えっ!? な、何これ……どうなってるの!?」
それは広場と街の境目で終わりを告げる。それは傍目には何もないように見えるような場所。だがその境をエリーは超えることができない。まるで見えない壁がそこにあるかのように。
「ハアッ……ハアッ……!!」
エリーは必死に走り続ける。その手をかざしながら。この広場から、死地から脱出するために。既に顔が涙でぐちゃぐちゃだった。告げられた自分の過去。魔導精霊力という力。そして今、命を狙われている、殺されかけているという状況。今すぐ膝を着いて泣き出したいのを必死に抑えながらエリーはただ抗い続ける。自らの運命に。
それがどれだけ続いたのか。もしかしたら数分だったのかもしれない。もしかしたらもっと長い時間だったのかもしれない。時間の感覚すら失われてしまっている中
「……無駄だ。ここには結界が張ってある。どうやっても逃げることはできん」
一歩一歩、まるで噛みしめるように歩きながら死神、ジークが現れる。エリーはそれを前にして金縛りにあったように動けなくなってしまう。それは本能。もう自分には逃げ場はないのだという。そしてジークの姿も先程とは違っていた。
その目には先程までとは違い光が見られない。まるで機械のような冷たい瞳。それがすぐにでもエリーを追いかけることができたにもすぐにジークがそうしなかった理由。それは覚悟。再びエリーの、少女の命を奪うことへの。考え付く限りで最も残酷な方法で。ジーク自身使いたくは無かった非道の魔法。
「少々酷だが……許せ……」
ジークがゆっくりとその手をエリーに向かってかざす。その手には先程とは違う魔力が込められていた。それは毒のエレメント。その名の通り使用したものを毒に陥れ毒殺する魔法。その力によって血を吐き、激痛に襲われながら絶命する残酷な殺し方。魔導精霊力によって雷のような外側からの攻撃が通じない以上、内側からの攻撃によって対象を抹殺するという判断。自らの心を殺したままジークはその魔法を解き放たんとする。
それを見ながらもエリーはどうすることもできない。動くことも、声を上げることも。
それでも声にならない声で、心の中で叫びを、自分を助けてくれる誰かの名前を叫びを上げようとした瞬間、それは現れた。
「――――っ!?」
ジークは咄嗟に魔法を中断しながらその場から距離を取る。それは直感に近いもの。同時に一つの人影がエリーとジークの間に割って入る。まるで風のような勢いで。ジークは体勢を立て直しながらもその表情は驚愕に満ちていた。
それは結界。それは並みの魔導士ではやぶることができないもの。にもかかわらずそれをこともなげに破壊しながらこの場にその男が現れたこと。
そしてもう一つ。ジークはもちろん、エリーもその人物を知っていたこと。
黒い短髪に黒い甲冑とマント。その手には身の丈ほどもあるのではないかと思えるような黒い大剣。その首には小さなDBが掛けられている。
「…………アキ?」
まるで信じられないかのように、呆然としながらもエリーはその名を告げる。
『ダークブリングマスターアキ』と『時の番人ジークハルト』
四年前から続いてきた因縁。それに決着をつける最初で最後の戦いの火蓋が切って落とされようとしていた――――