「あーおもしろかった♪」
すっかり暗くなり、街の光が辺りを照らし出しているカジノ街。そんな中を一人の少女が歩いていた。ラフな格好をした十代の少女。とてもこんな場所にいるのは場違いなだと思わざるを得ないような容姿。すれ違う人々、そしてそれを見送るカジノの店員もそんな少女の姿に好奇の目を向けている。だがそれはこんな時間に少女がカジノ街を歩いているからではない。それはこのヒップホップタウンのカジノ街でその少女はちょっとした有名人だったから。
「今日も絶好調だったしこれでアキもちょっとは喜んでくれるよ。ね、ママさん?」
少女、エリーは満足気な笑みを浮かべながらそう宣言する。先程までエリーはカジノで軍資金と言う名の生活費を稼ぐために奮闘していたところ。結果は大勝。それは既にこの数日間日常になりつつある光景。まさに天性のギャンブラーとでも言うべき幸運、勝負運をエリーは持っていた。そのためエリーはその容姿も相まってちょっとした有名人となりつつあった。エリーが訪れるお店には多くの観客ができるほど。店側としてはたまったものではないのだが不正はしていないこと、そしてエリーのおかげで多くの客も集まり、結果的には店の利益になっているためエリーはトラブルに巻き込まれることなく済んでいる。もっとも何か手を出そうものならエリーによって店側の方がとんでもない目に会わされてしまうのだがそれは割愛。
エリーは上機嫌に今日の成果を話しかけるもののそれに応える者はいない。何故ならエリーは一人で歩いているのだから。だがエリーはまるでそこに誰かがいるように話し続けている。周りの人間から見ればまるで独り言をつぶやいているように見えるだろう。だがそれは決して独り言ではなかった。それはただ単にエリー以外にその声が聞こえないだけ。
「もう、いつまで拗ねてるの? ちゃんとママさんの負け分は取り返したんだから」
『……拗ねてなどおらん』
その声の主はエリーの胸元。ネックレスからのもの。だがそれはただのネックレスではない。母なる闇の使者。それがその正体。かつて世界を崩壊させかけたシンクレアの一つだった。その声はダークブリングマスターにしか聞き取ることはできない。だがエリーはマザーからもらったイヤリングに模したDBによってそれを聞きとることができる。もっとも話しかける際にはアキとは違い声を出さないといけないため人から見れば独り言を言っているように見えるのだがエリーはそれを全く気にすることなく往来を歩いている。天然だといってもやりすぎな行動によって違う意味でもエリーはこの街の有名人になりつつあった。
今、エリーはマザーと共にカジノを終え家に帰ろうとしているところ。本来の持ち主であるアキはここにはいない。アキは何故か大急ぎでエリーにマザーを預けた後どこかに行ってしまった。どうしたものかと少し悩んだもののエリーはそのままマザーを連れたままカジノへと特攻することにした。まだまだ遊び足りないこともあったがそれ以上に不機嫌なマザーの気分転換になればいいというエリーなりの心遣い(半分以上自分の趣味)だった。だが結局マザーは不機嫌なまま。むしろ悪化しているのではないかと思えるほど。イリュージョンによって姿を現しているわけでもないのにそれが分かるほどの不機嫌オーラが出ている。
「そんなこと言ってもバレバレだよ。ママさんもギャンブル弱かったんだねー」
『途中までは良かったのだ……あの時余計なことをしなければ……』
マザーはぶつぶつと独り言のように文句を言っている。エリーはそんなマザーの姿に苦笑いするしかない。最初の内はエリーがカジノをやっているのを眺めているだけだったのだが興味が出てきたのか、途中からマザーもカジノに参加することになった(もちろん指示はマザーがするものの実際にするのはエリー)。初めの内は順調だったのだが一度負け、その後それを取り戻そうと泥沼にはまり結局マザーは大敗。どこかの主と同じ結果になってしまったのだった。
「でもやっぱりアキと似てるんだね。言い訳もそっくりだし」
『ふん……あやつと一緒にするでない……』
エリーの言葉によってマザーはますます不機嫌になってしまう。それはアキという言葉のせい。それがマザーが朝からずっと機嫌が悪い原因。置いてきぼりを食らってしまったことに対する不満だった。エリーはそんなマザーの姿を見ながらもどこか微笑ましい気分だった。声は自分よりも年上の女性なのだが精神年齢と言う点では子供のようなもの。その口調も子供が背伸びをしているようなものといえなくもない。
「もう……でもママさんも悪いんでしょ? またアキを怒らせちゃったみたいだし」
『……私は何も悪くない。あの程度のことで根を上げるあやつが悪い』
事情を一瞬で看破したエリーの言葉に一瞬詰まるもののマザーは自分の非を認めることなく不貞腐れてしまう。あの程度のこととは先のジェロとの模擬戦のこと。マザーにとってはあの程度で済まされてしまう出来事だったらしい。もっともマザーからすればアキのためを思ってしたことなのだがその気持ちは一ミリもアキには届いてはいなかった。
「あんまり意地悪ばっかりしたら嫌われちゃうよ、ママさん。ちょっとは優しくしてあげなきゃ」
『ふん……余計な御世話だ。そういうお前の方はどうなんだ?』
「え? あたし?」
『アキのことだ。お前も色々思うところがあるのではないか?』
エリーはマザーが何を言っているのか分からず一瞬呆けてしまうもののすぐにそれが何を意味しているのか気づく。要するに自分がアキのことをどう思っているのか。それをマザーは聞きたいらしい。そして同時にどこかおかしくて笑ってしまう。それはマザーの様子。必死に平静を装うとしているが気になっているのがバレバレだった。そしてマザーがアキのことをどう思っているのかも。そんなことはエリーはもう一年以上前から気づいている。きっかけはイリュージョンによってマザーが姿をとった時。自分のイメージがアキの中になかったとはいえアキの中の理想の女性像(カトレア)を選んだ辺りから既にバレバレ。気づかない方が無理と言う話。マザーの無理難題、好き放題の命令も好きな子に悪戯をしてしまうようなもの。もっとも一歩間違えば死ぬレベルの悪戯をされるアキからすればたまったものではないのだが。ある意味重すぎる愛だった。
エリーは思い返す。これまでの生活と自分のアキへの想い。生活については『楽しかった』その一言に尽きる。最初の内はどうなるかとおもったがDBたちとしゃべれるように、仲良くなってからは賑やかになり毎日が楽しいものだった。行動が制限されるのは不便ではあったが生活の心配もなく、時々は外出もできるため特に不満もなし。唯一あるとすれば記憶については全く教えてくれなかったこと。それを聞くとアキは黙りこんでしまう。どこか申し訳ないような表情を見せながら。それ以上無理に聞き出すこともできず今に至っている。だがあそこまで迫っても教えてくれないと言うことは何か理由があるのだろうということぐらいは悟れる。最近はちょっと意地悪をする意味で冗談交じりに記憶のことを聞くようになっている(アキからすればその度焦りと罪悪感でストレスをためているのだが)。このままアキやDBと一緒に楽しく暮らしていくの悪くないと思うほどにはエリーはなじみつつある。だがそれでもやはり自分の記憶を取り戻したい、本当の自分を知りたいという気持ちもある。そんなジレンマ。ひとまずは自分のことを知っているであろうアキと行動を共にすることを継続するというのがエリーの選択。
そしてアキへの気持ち。マザーが知りたいと思っているのはこっちの方だろう。一言でいえば『よく分からない』それが答え。もちろんアキのことは好きだ。一緒にいれば面白いし、何だかんだで自分のことを気にかけてくれているのはこの二年間でずっと感じていた。何となくマザーの姿(カトレア)に対抗して髪を伸ばしたりしているのもその証拠。アキが自分に惚れているということを知ったからというのもあるかもしれない。でもその割にはそういったアプローチをかけてこない辺りよく分からないためエリーとしては首を傾げるしかない。気になる存在ではあるがその感情が男女の恋愛感情なのかどうかは分からない。そんなところ。だがアキがエリーに惚れていると知っているマザーからすれば気になって仕方がないのだろう。それを知った上で
「うーん……秘密かな♪」
エリーは楽しげな笑みを見せながら答える。もっとも答えにすらなっていない答えではあったのだが。
『……何だそれは?』
「だから秘密。それにあたしだけじゃ不公平だもん。ちゃんとママさんのことも聞かせてもらわないとね」
『……もういい。それよりもそろそろ着くぞ。まったく、あやつはどこで油を売っているのか……』
「うーん、でもアキやママさんっていつも忙しそうにしてるよね。一体何してるの?」
『……色々だ。最近は少しはまともになってきたがまだまだ強さが足りん。もう少しペースを上げるか。実戦も済んだことだし……』
「ふーん、よくわからないけどお手柔らかにね、ママさん。じゃないとまた怒られちゃうよ」
『……善処しておく』
そんないつも通りのやり取りをしながらもエリーとマザーは家へとたどり着く。何だかんだで一緒にいる時間が長い者同士、勝手知ったるといった雰囲気。知る人が見れば卒倒してしまうような二人組。
魔導精霊力を持つ少女、エリーと母なる闇の使者。
アキ曰く世界滅亡コンビはそのまま家の主が帰って来るのを騒がしく待ち続けるのだった―――――
凄まじい熱が支配している世界。今にも噴火してしまうのではないかと思えるような巨大な火山。そこはウルブールグと呼ばれる場所。だが世界の地図のどこにもその名は記されてしない。何故ならそこは人間の住む世界ではなかったから。魔界。それがその世界の名前。人ではない者たち、亜人や魔人が住むもう一つの世界。その中でもここ、ウルブールグは特別な場所だった。その理由。それは一人の王が君臨する場所だからこそ。火山の上というおよそ考えられないような場所にその城はあった。その中の玉座に一人の王が君臨している。獅子の貌を持つ巨大な漢。だが何よりも際立つのがその圧倒的な存在感。ただそこにいるだけで空気が燃え尽きてしまうのではないかと思うほどの力。滲みでる力だけで並みの者なら立っていることすらできない力を持つ頂きにある者。
『獄炎のメギド』
それがこの炎の世界を支配する、魔界を統治する四人の王の一人。四天魔王の姿だった。
メギドはおおよその雑務を終えた後、自らの玉座に座り大きく息を吐く。魔界を統治する王。その力はまさに世界を支配にするに相応しいもの。だがそんなメギドであっても魔界を統治することは生半可なことではない。魔界は広くまだ開拓できていない場所もある。また暮らしている民族、種族も多種多様。中には知性が低く、力に任せて暴れまわる者もいる。もっともそれはごく少数に過ぎないのだがそれでも混乱や争いは絶えることは無い。いうならば人間界となんら変わりはないということ。それはつまり強い者。圧倒的強者のみがそれを収める資格を持っているということ。魔界においては人間界よりもそれがさらに顕著。その証拠に魔界を収める四人の王、四天魔王はそれぞれが誰も敵わないような力を持っている。弱肉強食。ある意味で世界の摂理。その理の上に成り立っている世界。それが魔界だった。
(これでしばらくは大人しくなるであろう……)
メギドは配下が差しだしてきた飲み物を口にしながらも安堵する。先程までメギドは民族同士のいざこざを仲裁してきたところ。もっとも仲裁といってもメギドが現れた時点で争っていた者たちはすぐにひれ伏し争いを収めてしまった。四天魔王に逆らう、楯突くことができるものなどこの魔界に存在しないのだから。だがそうはいっても争いは絶えない。メギドはそれを否定する気はないがそれでも必要以上に混乱や争いの種を撒く者たちを自分の領地にのさばらせておくわけにはいかない。そのためそれを諫めるためにメギドはこうして足を様々な場所に運びながら魔界を統治していた。もっともいくら魔王とはいえ身体は一つ。時には想像以上に動かねばならない場合もある。特にこの二万年ほどはそれが顕著だ。何故なら今、魔界は本来の四人ではなく三人によって統治されているから。その不足をカバーするためにメギドは自らの領地以上の範囲をカバーしていた。自分以外の二人は実力はあるのだが統治という点においてはあまり優れているとは言い難い者たちであるのもその理由。そしてその席を外している人物のことをメギドが考えようとした時
「メ、メギド様! た、大変でございます……!」
そんな慌てた配下の声がメギドに向かって掛けられる。だがそれは尋常ではない慌てようだった。王の前で走りながら声を荒げるなどその場で断罪されてもおかしくない愚かな行為。だがそれすらも些事だと言わんばかりに配下は混乱した様子でメギドの元へと走り寄り首を垂れる。
「どうした、騒々しい。また争いごとか?」
「い、いえ……そうではないのですが……その、メギド様にお会いしたいとおっしゃる方が……」
「我に……? 何者だ?」
メギドは訝しみながらも続きを促す。だが違和感を覚えずにはいられなかった。それは配下の態度、言葉遣い。王であるメギドに拝謁したいという輩は後を絶たない。王に取り入るため、また王の命を狙うため、様々な思惑を持つ者がメギドの元にはやってくる。そのためその面会者の選定も配下達、そして最終的にはメギド自身によって決められる。だが今日はその類の公務は無かったはず。いきなりやってきても門前払いされるのが関の山。にもかかわらず目の前の配下は慌てながら自分に報告を上げてきている。そしてその言葉。まるでその相手がメギドと同等だと言わんばかりの畏怖が、忠誠がそこにはあった。そして
「邪魔するわよ」
そんな女性の声と共に王室の扉が開かれる。無造作に、まるで開かれるのが当然だと言わんばかりに。瞬間、冷気が流れ込んでくる。だがそれはあり得ない。ここは火山地帯。獄炎のメギドの城。熱気が溢れてくることはあれど冷気が流れ込んでくるなどあり得ない。だがそれを為し得る力がその来客者にはあった。
「久しぶりね、メギド。相変わらず蒸し暑い所に城を置いているのね。」
四天魔王『絶望のジェロ』 メギドに匹敵する氷の女王の姿がそこにはあった。
「ジェロ……? 貴公いつ目覚めたのだ? 器が見つかるまで眠りについていたはず……」
メギドは驚き表情を見せながらもジェロに問いただす。何故ならジェロとはおよそ二万年ぶりの再会であったのだから。それだけではない。ジェロは自らを氷漬けにし、眠りについていた。大魔王の器を持つ者が見つかるまで。それに相応しい者が現れるまでその眠りは解かれることがなかったはず。それはつまり
「そうね……でも起こされてしまったの。器の資格を持つ者にね」
大魔王の器。四天魔王が永年追い求めている魔界を統べるに相応しい者が現れたことを意味していた。
「まことか? それほどの力を持つ者が現れたのなら我も気づかぬはずはないのだが……」
「仕方ないわ。人間界にいたのだもの……」
「人間界? するとその者は人間か?」
「ええ……でも人であって人でない者。魔になりつつある者ね。母なる闇の使者も認めていたし、間違いないわ。それを今日は伝えに来たの」
「そうか……貴公がそう言うのであれば間違いないのだろう」
メギドは思いもしなかったジェロとの再会、そしてその報告に驚きながらも納得するしかなかった。それはジェロの言葉。その節々からジェロ自身が器となるものを見定めたと悟ったから。ジェロは四天魔王の中でも特に冷酷な面が強い。自分が認めた者に対しては慈悲深い面もみせるのだがそれ以外に対してはまさに絶望の二つ名が表す通り無慈悲な女王となる。そのジェロが認めていると言うのなら間違いはないだろう。
「それで、その者はどこにいるのだ? 姿は見えぬが……」
「連れてきてはいないわ。まだ未熟、卵のようなものだしね……」
「ふむ、そうか。我もその者の器を見定めてみたかったのだが……」
「満たされるにはもう少し時間がかかるわね。そうね……あと一年程といったところかしら」
メギドはあごに手を当てながら思案する。メギド個人としても器に会ってみたかったのだがどうやらまだその時期ではないと知らされたため様子を見るしかないと判断する。凶暴な容姿とは裏腹に思慮深い一面を持つメギドらしい判断。そんな中
「ホム」
どこからともなくそんな声が聞こえてくる。メギドの配下、そして警備兵たちは突然の侵入者かと思い警戒しながら辺りを見渡すもどこにも侵入者と思える者の姿は見えない。だがメギドとジェロはまるで動じることなく視線を向ける。それはメギドとジェロのちょうど間。そこに先程までいなかったはずの人物が存在していた。いや、それは人ではなかった。道化のような衣装にまるで老人のような小柄な体。だがなによりも異様なのはその雰囲気。まるで生気が感じられない無機質なもの。本当に生きているのか分からない人形のような気配。
「あなたも相変わらずのようね、アスラ」
「うむ。だが我が城に入って来る時は入り口から来るように以前言ったはずだが……」
「ホム?」
老人はきょろきょろと二人を見比べ、身体を震わせながらもそれに頷く。
それが四天魔王『漆黒のアスラ』 生きたDBと呼ばれる者の姿だった。誰にも気づかれることなく二人の前に現れたのもその力。およそ能力の数と言う点においては右に出る者はいない存在だった。そしてその首には一つの小さな石、DBが下げられている。だがそれはただのDBではない。
「ホム」
「そう……なら一度器はここに連れて来るわ。そのためにそのシンクレアはあなたのところに留まっているわけだし」
「なるほど、そうだな。だがどうする? シンクレアを渡すには我らの誰かと戦い力を示してもらう必要があるのだが」
ジェロはアスラの、そしてアスラが持つシンクレアの声を聞き取り事情を察する。
『バルドル』
それがアスラが持つシンクレアの名前。いや、持つというのは語弊がある。シンクレアがそこに留まっていると言った方が正しい。他の四つのシンクレアは既に自らに相応しい主の元へと渡っているがこのバルドルは役目が異なる。それはいわば最終試験。最高位の力を持つ四天魔王、それを打ち倒す力を持つ者のみがバルドルを手にすることができる。最も手に入れることが困難なシンクレアと言っても過言ではないものだった。
そして器の力を試す、もちろん先のジェロのような手加減をするような甘いものではない儀式を誰が行うかに話題が移ろうとした瞬間
「ならその役目、オレが果たそう」
凄まじい何かが地面に落ちるような轟音と地震のような揺れと共に新たな来訪者が姿を現す。とてもこの世の物とは思えないような超巨大な剣を城の外に置きながら一人の男が悠然と歩いてくる。
四天魔王『永遠のウタ』 戦王とまで呼ばれる力を持つ男。四天魔王の中でも一番の実力者と言われる者。
「貴公まで現れるとは……四人揃うのは何万年振りだろうか」
「ホム、ホム」
「そうね……私が眠る前だから少なくとも二万年振り以上かしら。でもよくここが分かったわね」
「久しい冷気を感じてな。だが寄ってみて正解だったようだ。その器の腕試し、オレに任せろ。退屈していたところだったからな」
四天魔王全てが一同に会するという光景に配下達は既に倒れてしまう寸前だった。その場にいるだけで精一杯。それが魔界の王たる者たちの力。
「うむ……我は異論はないが」
「ホム」
「私も構わないわ。もう一度私が相手をしてもいいのだけれど……あなたの眼鏡に敵えば間違いないでしょう。ただもう少し先になるけれどそれでもいいかしら?」
「構わん。久しぶりに戦を楽しめる機会だ。せいぜい楽しみに待たせてもらう」
心底楽しみだと言わんばかりの笑みを見せた後、ウタはその剣を持ちながら去っていく。同時にアスラもいつの間にか姿を消していた。残ったのはジェロとメギドだけ。そんな中メギドは気づく。それはジェロの気配。
「ジェロ……貴公、誰かと契約したのか?」
「ええ。器、アキと契約を結んだわ。もっともあちらからの呼び出しに私が応じる形だけどね」
その事実に少なからずメギドは驚いていた。契約。それは自分が認めた者にしか結ばぬ術式。しかもそれをジェロが行っている。どうやら思っていた以上にジェロ自身、その器に入れ込んでいるらしい。
「アキ……それが器の名か」
メギドはそう呟きながらも知らず期待していた。永くの間探し求めてきた大魔王の器。その者と相見える時が来ることを―――――
多くの人々によって賑やかさに包まれている街、パンクストリート。だが人々は知らなかった。つい数日前その全てが氷漬けにされてしまったことを。誰一人それを覚えてはいない。もし覚えていたとしても夢だと思うのが普通だろう。だがそれを知る者たちがいた。
「やっぱり違うよ。これは魔導精霊力じゃない。ウン」
小さな機械のようなものを手に持ちながら呟いている人影がある。だがその姿はローブによって伺うことはできない。分かるのはその身体がまるで小さな子供のように小柄なことだけ。
「なんでえ。せっかくここまで来たって言うのに外れかよ。その機械、壊れてんじゃねえのか?」
そんな不満げな声をあげているのが大きな身体をもったもう一人の男。ローブを被ってはいるもののその巨体は隠しきれるものではない。まさに対照的な組み合わせの二人組だった。
「そんなことないよ、ウン。ここで凄い魔力が使われたのは間違いない。でも魔導精霊力じゃなかったってこと、ウン」
「どっちだって一緒じゃねえか。その魔導精霊力だって本当に持ってる奴がいるかどうかも分かんねえんだろ?」
「ウン。でもいる可能性は高いと思う。研究所は一杯あったし、それを壊して回ってる奴もいる。きっと成功体がいるんだよ、ウン」
「そーは言うけどよー、手掛かり少なすぎるぜ。このローブもまどろっこしいし。DCの支配域だからってここまでしなきゃなんねえのか?」
大男は不満げにローブをいじりながら愚痴をこぼす。どうやら身を隠さなければならないことに思うところがあるらしい。だが
「我慢しろ。DCを甘く見るな。事を構えるにはまだ早い」
そんな女性の声が二人の後ろから掛けられる。二人は驚きながらも振り返る。そこには自分たち同様ローブを被った人影があった。だがまるで気配を感じなかったため二人は焦るしかない。まるで突然そこに現れたかのような現象。だがそれを為し得るのがローブの少女の力だった。
「わ、分かってるさ。ちょっと愚痴っただけだよ。それにしても何で船長は魔導精霊力なんて欲しがってんだろうな。今でも十分無敵なのによ」
「ウン。船長ならキングにでも勝てると思う。でもまだ六つの盾が完全じゃないからじゃないかな、ウン」
「そういうことだ。我々の力は強大だがDCを甘く見ることはできん。それに私たちはただの駒。全てはハードナー様のご意志次第。余計なことは考える必要はない」
少女の言葉に従うかのように二人組はその後を付いて行く。与えられた任務。魔導精霊力を持つ者の発見のために。
それぞれの事情、思惑が絡み合いながらも次の段階へと物語は進もうとしていた―――――