雲ひとつない晴天。太陽の日差しが容赦なく照りつけている中全くそれを気にしないかのように歩いている一人の少年がいる。この島、ガラージュ島では一人しかいない銀髪に鍛えられた無駄のない肉体。首にはその髪に合わせたかのような小さなシルバーアクセが掛けられている。それが今年で十六歳、少年から大人になろうかというハル・グローリーの姿だった。
「邪魔するぜ、ゲンマ」
ハルは慣れた様子で挨拶をしながら店の中へと入って行く。ここは島の中にある喫茶店。昔からのなじみであるゲンマという男が経営している店だった。
「お、誰かと思ったらハルじゃねえか。珍しいな一人でここに来るなんて」
「姉ちゃんから頼まれたんだよ。ほらこれ。多く作りすぎたからって」
「そうか、ありがてえ。いつもすまねえってカトレアにも言っといてくれ」
ゲンマはでひゃでひゃと笑いながらハルから袋に包まれたものを受け取る。それはカトレアが作った料理のおすそわけ。ゲンマは歳で言えばハル達の父と近いのだがまだ結婚していない独身。そのためそれを気遣っていつもカトレアが料理をおすそ分けしている。今回はその配達にハルが駆り出されたのだった。
「分かった。でも姉ちゃんも言ってたぞ。早く結婚すればいいのにって」
「でひゃひゃひゃ! こいつは一本取られたな……でもそいつはカトレアも同じじゃねえか。確かもう二十歳になったはずだろ?」
「っ!? い、いいんだよ姉ちゃんは結婚なんてしなくても! 彼氏ができてもオレがぶっ飛ばしてやる!」
「おーおーおっかねえ……そういやお前の方はどうなんだハル? 彼女の一人ぐらいできたのか?」
「オ、オレのことなんてどうだっていいだろ!?」
「その様子じゃあまだみてえだな。あんまり姉ちゃん姉ちゃん言ってるといつまで経っても彼女ができねえぞ」
ゲンマのからかいにハルはムスッとしたままそっぽを向いてしまう。どうしてもゲンマを相手にするとからかわれてばかり。結局自分が笑い者にされてしまうのがハルがあまりこの店を一人で訪れない理由だった。そんなハルの姿を見てひとしきり笑った後、ゲンマは少し真面目な雰囲気を纏いながら話題を変えてきた。
「そういえばお前ももう十六か……ちょっと前まではこんなに小さかったのにな」
「オレは虫か? いきなり何の話だよ?」
「いや……ゲイルやアキからはまだ何の連絡も来てないのか?」
「………ああ、何もない」
ハルはそれきり黙りこんでしまう。だがその表情から複雑な心境を抱いていることが伺える。下を向き拳を握りこんだまま。その姿にゲンマは溜息を吐くことしかできない。ハルの父であるゲイルが姿をくらませてから十五年、アキが島からいなくなってから四年が過ぎようとしている。二人ともハルにとっては大切な家族。特にアキは兄弟同然の関係だった。父のことはまだ幼かったハルは覚えていないがアキに関しては四年前、そして目の前でいなくなってしまったためハルにとってはやり切れない思いがあるのだろう。
「そうか……アキも騒がしい奴だったからな。どっかで元気にやってるさ。そのうちひょっこり戻って来るかもな」
「……関係ないさ。親父やアキがいなくたってオレが姉ちゃんを守って見せる!」
ゲンマの言葉を振り切る様にハルはそう宣言したままあっという間に店を出て行ってしまう。だがその後ろ姿にはどこか無理をしているような、そんな気配があった。ゲンマはそれを見送りながら思いを馳せる。
『レイヴを探しに行く』
そう言い残し島を去って行った友であるゲイル・グローリーと金髪の悪魔と呼ばれていた少年、アキ。二人が無事に戻ってくれることを――――
(ったく……姉ちゃんもゲンマもみんなしてオレのこと子供扱いして……オレだってもう十六、大人なんだぞ)
ゲンマの店から一直線に家に向かって帰っている中でもまだハルは難しそうな、不機嫌そうな表情を浮かべたまま。もっともそれがまだハルが子供である証拠でもあった。だがいつまでもこのままではいけない。こんな顔を見られればまたカトレアに心配をかけてしまう。自宅を目の前にしてハルが大きな深呼吸と共に気分を切り替えようとしていると
「おや、どうしたんですかハル坊ちゃん。そんな辛気臭そうな顔をして」
いきなり背後から男の声が掛けられる。思わず身体を震わせながらも振り返るとそこには壁に張り付いている花のような存在、家族の一人であるナカジマがいた。どうやら今までずっと自分のことを見られてしまっていたらしい。
「っ!? ナ、ナカジマか……びっくりさせるなよ」
「失礼な。わたしはいつもここで坊ちゃん達の家を守っているんですよ。もっと讃えてくれてもいいくらいです」
「単にそこから動けないだけだろ……」
んふーという鼻息と共に何故か得意気なナカジマの姿にすっかり毒気を抜かれてしまったハルは大きく肩を落とす。自分が生まれる前からいたナカジマだが未だに分からないことだらけ。もっとも詳しく知りたいとも思えないのだが。
「それにしてもどうされたんですか。まるでいつかのアキ坊ちゃんのような顔をしてらっしゃいますが」
「お前もか……何か今日はその話ばっかりだな……」
「何ですか、またアキ坊ちゃんの心配をされてたんですか。心配いりませんよ。きっとどこかで毒舌を吐いているに決まってます」
「お前……まだアキに別れの挨拶を言ってもらえなかったこと根に持ってるのか……」
「っ!? な、何をおっしゃってるんですか!? そんなこと全く気にしていません! ええ、忘れられていたなんてこれっぽっちも思っていませんとも!」
そうは言いながらも気にしていることは丸わかりだった。カトレアには別れの挨拶の伝言があったのに自分にはないと知った時のナカジマの落ち込みようは凄まじかった。あのまま枯れてしまうのではないかと本気で心配したほど。きっとアキは本気で忘れていたに違いない。もっとも自分も同じ状況でナカジマに別れの挨拶を言伝できるかどうかは怪しいが。そんなことを考えながらもハルは改めてナカジマに話しかける。
「なあナカジマ……やっぱりDBってのは悪いものなのか?」
それはアキがいなくなってから何度もしてきた質問。答えが出ないと分かり切っていても聞かずにはいられない疑問だった。
「またその話ですか。そうですね……以前お話しした通りDBというのは兵器の一種で邪悪なモノだと言われています。その証拠にDCと呼ばれる悪の組織がそれを使って悪さを行っています」
「あの時村を襲った奴らもDCだって言ってたもんな……でも、どうしてアキがそんなものを……」
「わたしはその場にはいなかったのでアキ坊ちゃんが使っていたのがDBなのかは分かりませんが……どうして今更そんなことを? アキ坊ちゃんを探しにでも行かれるつもりですかな?」
「ち、違うさ。ただあの時のアキ、何だか変だったような気がしてさ。それにオレが出て行ったら姉ちゃんが一人きりになっちまう。オレは親父やアキみたいにいなくなったりしねえ!」
「んふー、それでこそハル坊ちゃんです。それにDBなんて危ないものには近づかないに越したことはありません。最近はDBに対抗するための兵器がまた現れたなんて噂も流れてますが……」
「DBに対抗する兵器? そんな物があるのか?」
「はい。レイヴと呼ばれる石です。何でも五十年前の王国戦争でその使い手であるレイヴマスターと呼ばれる人物が活躍したとか。まああくまで噂ですが……」
「レイヴか……」
自分の想像も及び付かない話にハルが頭をかいていると突然家の中から何かが割れるような音が響き渡った。ハルは驚きながらも家の中へと入って行く。そこにはどこか心ここに非ずと言った風にその場に立ち尽くしている姉であるカトレアの姿があった。その足元には割れてしまった皿の破片が飛び散っている。どうやら皿を落として割ってしまったらしい。
「姉ちゃん!? どうしたんだ!? 怪我は!?」
「え? ああ、大丈夫よ……ちょっとぼーっとしちゃっただけで……」
「オレ掃除道具持ってくるから姉ちゃんはそこを動かないでじっとしてて!」
「わ、分かった、ごめんねハル……」
ようやく我に返ったように慌てているカトレアを見ながらもハルは大急ぎで掃除道具を取りに走り去っていく。シスコンであるところは十六歳になっても全く変わっていない。ある意味ハルらしさと言えるものだった。そんな弟の姿を見ながらもカトレアは窓際へと目を向ける。そこには二つの写真が飾られていた。
一つは幼い自分とハルを間に挟んでいる父と母の写真。今はもうこの世にはいない母と行方が分からない父と一緒に映っている数少ない写真。
『レイヴ』
それを探すと言ったきり戻ってこない父。その言葉を聞いたせいで皿を落とすなんてドジをしてしまった自分に呆れるしかない。いや、きっとそれだけではない。先程のやり取り。そしてここ最近のハルの様子。それが意味するもの。それが分かっているからこそ自分は心のどこかで動揺しているのだろう。
カトレアは静かにもう一つの写真に目を向ける。自分を挟むように写真に写っているハルともうここにはいない幼いアキの姿。何故か写真に映ることを嫌っていたアキが映っている数少ない写真。血はつながってはいないけれど大切なもう一人の家族、弟。
(アキ……元気にしているのかしら……)
寂しげな、悲しげな表情を見せながらもカトレアはハル同様大きくなっているであろうアキに思いを馳せるのだった―――――
「はっくしゅんっ!」
一際大きなくしゃみをしながらもアキは目的地へと辿り着き顔を上げる。そこは世界各地にあるDCの支部の一つ。今日アキはそこでDBを渡すことになっていた。だが今日はいつもとは少し事情が違っていた。何故なら今日この場所を指定してきたのは六祈将軍であるレイナだったからだ。
とりあえずここであってるはずだが……うん、間違ってないよな? 名前を言ったら通してもらえたし大丈夫なはず。きっとレイナから話が通ってたんだろう。しっかしレイナの方から受け渡しを申し出てくるなんて珍しい。前回のは俺を驚かせようとした気まぐれだったみたいだし……なら今回は何なんだ? ホワイトキスの調子でも悪くなったのかね……まあ六祈将軍の中では唯一といってもいい常識人だしまだマシか。これがハジャとかからの呼び出しだったら洒落にならん。もうワープロードで世界の裏側まで逃げおおせるしかない。
それにしても俺、完全にDCの一員になっちゃってる感じだな。ま、まあほとんど間違いではないのだが……本意ではないとしても。あれだよ、ジークみたいなもんだよ。わざとDCに潜り込んでるんです。もっともジークみたいにキングを狙うなんて度胸は無いわけだが……というか狙う意味もほとんどないし。むしろ死亡フラグの塊に手を出す方がどうかしている。後一年もすれば否応なく表舞台に立たざるを得なくなるのに今からそんなのはごめんだっつーの……そういえばジークと言えばハイドを作ってから一度も襲ってきてないな。やっぱり気配を絶ったのは正解だったらしい。しかもこっちはワープロードで世界各地を移動している。いかなジークといえども捉えきれなくなっているのだろう。油断は禁物だが。もっともそのせいでエリーにはまったく危機感がない。どうしたものか……まあもうすぐ原作が始まる時期なんであとはハルに任せることにしよう。
俺も十六歳、すなわちハルも同様の年齢になったはず。そろそろ現レイヴマスターであるシバ・ローゼスがガラージュ島にやってくる。そこから物語が始まるわけだ。二代目レイヴマスターであるハルが行動を開始すればDCからその情報が得られるはず。だがどうしてもその最初の部分だけは自分の目で確かめるしかない。何故ならエリーをハルに引き合わせる必要があるから。原作で出会った街でエリーを置き去りにし、ハルと引き合わせるという何か自分でもよく分からない役目を果たさなければならん……あ、そういえばマザーにエリーがいなくなった時の言い訳を考えるのを忘れてた。ど、どうしたもんか……うーん、やっぱ振られたとか愛想を尽かされたとかが一番無難か。な、何か知らない間に告白して振られたみたいで情けないことこの上ないが仕方ない。
そういえば状況を確認しに本当に何年かぶりにガラージュ島に帰ったがみんな元気そうだったな。ハルはしっかり成長して男らしくなってたし、カトレア姉さんはますますお美しくなっていた。ナカジマは何も変わってなかった……っていうか変わってたら逆に怖すぎる。でも……そうだよな……俺、四年前まであの平和な生活してたんだよな……今じゃマザーに、エリーに振り回され、地獄のような修行でボロボロになりDCの接触に、ジークに命を狙われながら戦々恐々する日々。あれ……何か目から涙が流れてきた……もうこのまま何もかも投げ出してあの家に帰りたいんだけどダメですか? やっぱダメですよね……そんなことしたらどうなるか想像したくもない。
ごほんっ! 落ち着け俺! 気をしっかり持て! ここまで何とかやってきたんだ! 後はやりきるだけ、そうすればあの平穏な日常に戻れるんだ! ん? 何? さっさと中に入らないのかって? う、うっせーなちゃんと分かってるっつーの! お前こそ変なことしたらすぐにアジトに送り返すからな! ったく……ほんとに分かってんのか……?
アキはそのまま自らに懐に隠してあるマザーに目を向ける。いつもなら留守番なのだが流石に我慢の限界だったのか今回は仕方なく連れてくる形になってしまっていたのだった。何だが犬を散歩に連れて行っているのではないかという錯覚に陥りながらもアキが改めて建物の中に入ろうとしたその時、凄まじい風がどこからともなく吹き荒れた。
「っ!? な、何だっ!?」
いきなりの事態に驚きながらもアキはそのまま風が巻き起こっている方向へと目を向ける。だがその瞬間アキの顔は驚愕に染まってしまう。そこには龍がいた。人間が何人も背中に乗れる程巨大な黒い龍。そしてその背中から一人の男が降りてくる。
顔に入れ墨のようなものをしたどこか暗い、近寄りがたい雰囲気を纏った男。その手にはデカログスに匹敵するような巨大な黒い剣が握られている。アキはその男が何者であるかを知っていた。
六祈将軍の一人。龍使いジェガン。それがその男の名前だった。
え……? 何でこんなところにジェガンがいるの? そんな話俺聞いてないんだけど? ど、どどどどういうことっ!? レイナが受け取りに来るんじゃなかったのかよっ!? い、いやとにかく落ち着け! 深呼吸深呼吸……とりあえず冷静にならなければ……別に何かDCにバレて不味いことをしたわけじゃないんだし……今のところはだけど……
アキが内心予想外の事態におろおろしていることなど露知らずジェガンは龍をその場に待機させた後ゆっくりとアキの元へと近づいてくる。もっともアキの存在に気づいたのは建物に入る直前だったのだが。
「………アキか」
「あ、ああ……久しぶりだな、ジェガン。元気だったのか?」
「………」
アキは平静を装いながら挨拶するもジェガンは無言のまま歩き始める。アキも仕方なくそれに続くように建物の中へと入って行くしかなかった。
「そういえば龍も元気そうだな。確か……ジュリアさんだっけ?」
「……ああ」
「そっか……ところで今日は何の用でここに来たんだ? 俺はレイナに呼ばれたんだけど」
「………」
だんまりですか。そうですか。まあ分かり切ってたことだけどね。ちゃんと龍の話題だけには反応してくれるのだけが救いだな。まあ他の問いかけにも雰囲気で肯定かそうでないかは何となく分かるのだが無口なのは変わらん。最初に六星DBを渡してからだからかれこれ三年ぶりぐらいか? 名前覚えてもらえてただけも喜ぶべきか……いや、覚えてくれてない方がいいのかもしれんが。まあでも六祈将軍の中ではやりやすい方だな。黙ってればいいわけだし案外気は合うかもしれん。
あ、ジュリアにさんづけしてるのは何となく。ジェガンの前で呼び捨てにするのもあれだし何よりあの性格だしな。姉御って感じだ。もっとも人間の姿に戻るまではもっとお淑やかなキャラかと思っていたがあれはレットの記憶の美化が進んでいたに違いない。そう考えるとレットとジェガンはやっぱり似た者同士なのかもしれん。二人ともMなのだろうか……ま、まあジュリア関係については関わる気はないのでスル―させてもらう。あくまでレットとジェガンの問題だろうし……と、そう言えば挨拶してなかったな。
久しぶりだなユグドラシル。元気にしてたか? そうか、なら何より。え? マザーに挨拶したいって? ちょ、ちょっと今は表には出せないんで俺から宜しく伝えとくわ。ふう、やっぱり六星DBたちは貫録があるな。どっかの誰かにも見習わせたいくらいだ。主に俺の懐に隠れてる奴とかに。
「アキ! アキじゃないか!」
アキがジェガンの隣を歩きながらもレイナを探さなくてはと考えているとどこか陽気な、大きな声が廊下に響き渡る。もはやそれが誰であるか声を聞いただけで悟ったもののアキはフードの中で頭を抱えながらその声の主に振り向く。そこには男がいた。どこか豪華な服を着た黒髪の美男子……なのだが一目見ただけでバカっぽさが、ナルシストっぶりが滲みでている。
六祈将軍の一人。ユリウス・レイフィールドその人だった。
「おお、わが友よ! こんなところで会えるなんて思ってもいなかった! 最近連絡しても返事がないから心配していたんだよ!」
「そうか……ちょっと忙しくてな。それよりもいつ俺がお前と友達になったんだ?」
「はははっ、何を今更! 僕と最も美しいDBアマ・デトワールを引き合わせてくれた君は僕の親友も同然さ」
「そ、そうか……」
「………」
完璧に自分の世界に入り込んでいるバカ、じゃなかったユリウスに辟易するもののジェガンは全く気にした風もなくそのまま歩いて行ってしまう。流石は同じ六祈将軍。扱い方を分かっているような無駄のない動き。もしかしたらただ単に無視しているだけなのかもしれんが。
大変そうだな……アマ・デトワール……え? 楽しくお仕えさせてもらってるって? そうか、あんまり無理はするなよ。つらかったら俺からユリウスに言ってやるから……と、それはともかくこれってどういうことだ? ジェガンだけならまだしもユリウスまで……これでレイナまでいるとすれば六祈将軍の半分がここに集まっていることになる。一体何が
「あら、もう私以外全員集まってるの? 思ったより早かったわね」
そんなアキの疑問を読んでいたかのようなタイミングで六祈将軍の一人、レイナが現れる。どうやら自分よりも先に建物中で待っていたらしい。だがアキは違和感に気づく。それは私以外全員という言葉。それはまるで自分と一緒にいるジェガンとユリウスも含んでいるかのよう。
「おい、レイナ一体どういう」
「まあいいわ。とにかくアキも一緒に着いてきて頂戴。きっと驚いてくれると思うわ♪」
アキの言葉をあしらうかのようにレイナは三人を先導していく。どうやらどこかの部屋に案内する気のようだ。だがその瞬間、アキはある感覚に襲われる。それは寒気。いや本能が感じ取っているかのような感覚。自分が踏み入れてはいけない場所に踏み入ろうとしているのではないかという直感。それを示すかのようにどこかレイナは楽しげな笑みを浮かべている。まるで悪戯をしようとする小悪魔のような笑み。
「そう言えば他の六祈将軍たちは来ないのかい?」
「ええ。ハジャは解放軍の相手で動けないし、べリアルとジークハルトは連絡が付かなかったわ。全く、連絡を取る私の身にもなりなさいよね」
「………」
「そうか、残念だよ。ジークと美の戦いができると楽しみにしていたのに」
黙りこんでいるアキをよそにレイナ達は会話をしながら進んでいく。だがその会話の内容は既にアキの頭の中にはこれっぽちも入ってきてはいなかった。あるのは滝のように流れる汗だけ。というか既にまともな思考ができない状態になりつつあった。それは自分が置かれている状況、そしてこれから起こるであろう事態を予知していたからに他ならない。
あ、あの……き、気のせいかな……? 俺、このままついていったらすっごくヤバいことになりそうな気がするんですけど? うん、分かりやすく言うとジークに命を狙われるのと同じぐらい、いやそれ以上の死亡フラグがすぐそこまで迫ってる気がする。え? でもここってDCの支部だよね? 本部の間違いじゃないよね? そ、そんなはずは……でもこの状況……こいつらの会話の流れってどう考えても……っておい!? マザーてめえなんでそんなに楽しそうにしてんだよ!? は!? 何か面白いことが始まりそうだから? て、てめえ他人事だと思ってふざけたことぬかしてんじゃねえぞっ!? 何? いざとなったら自分が何とかしてやる? それお前が暴れたいだけだろうがっ!?
「さあ、着いたわよ♪」
そんなやりとりをマザーとしている間にアキたちはその部屋に辿り着いてしまう。何とかこの場から脱出しようとしていたのだがアキは完璧にその機を逃してしまった。強引にイリュージョンかワープロードで脱出する手もあったがそれももはや手遅れ。そんなことを今この場ですれば間違いなくDCを敵に回すことになる。何故なら今自分たちがいる薄暗い部屋の奥には一人の男がいるのだから。
部屋の暗さのせいではっきりとは見えないにも関わらず全く衰えることない圧倒的存在感。並みの者なら目の前に立つことすらできない程の威圧感。
黒い甲冑にそれとは対照的な金髪。そして身の丈ほどもあるのではないかと思えるような大剣が携えられている。もはや言葉は必要ないほどの王者の風格。
「よくぞ来た我が同志たちよ。楽にしていいぞ」
DC最高司令官 『キング』 レアグローブの血を受け継ぐゲイル・レアグローブがそこにはいた。
どうしよう……これ……
楽しそうに騒いでいるマザーの声をよそにアキは自身にとっての最大とも言っていい死亡フラグと向き合うことになるのだった―――――