多くの人々が行き交い活気に満ちている露店街を一人もくもくと歩いている男がいた。だがその姿は普通ではない。両手に荷物を持ち、何故か頭からフードを被っている。しかしそんな男の姿に人々は特に気を取られることもなく買い物を楽しんでいる。何故ならここはRAVEの世界。剣と魔法が存在しているファンタジー。現実ではコスプレと間違えられてもおかしくないような格好の人々が当然のように往来を歩いている。そんな中ではフードを被っているくらいでは皆何の疑問も感じることはなかった。そんなこんなで男、アキは大通りを外れ人気がない路地に辿り着くと一度周りを確認した後大きな溜息を吐きながら懐から一つの魔石を、DBを取り出した。
『この辺でいいか……悪いなワープロード、いつも付き合ってもらっちまって』
『いえ、お気になさらずに。これが私の役目ですので』
アキの言葉にどこか若い男のような声が返ってくる。だが辺りにはアキ以外には人影は見られない。そしてその声も普通の声ではない。もしこの場に誰か他の人間がいてもアキとその若い男の声は聞こえないだろう。何故ならアキと話しているのはDB、ワープロードなのだから。
どうもアキです。ダークブリングマスターです。今俺はアジトから少し離れた露店街にいます。理由は言うまでもなく食料やその他もろもろの調達のため。いくらダークブリングマスターとはいえ人間。食うもん食わなきゃ死んでしまうので定期的にこうして買い物に出かける必要があるわけだ。もっとも今は一人食いぶちが増えたので荷物が増えてしまっているのだが……ま、まあ仕方ない。その食いぶち、じゃなかったエリーは今家で留守番をしています。一緒に暮らし始めてはや三カ月。流石というべきかなんというかエリーは既に家に溶け込んでしまっている。元々の明るさや気質もあるだろうがそれ以上にDBたちと話せるようになってしまったのが原因だ。他でもないマザーの仕業によって。DBの声が聞こえるDBをマザーからもらったエリーはあっという間に俺のDBたちと仲良くなってしまった。ジークに狙われているため外に出ることができないから余計にそうなってしまっているのだが……うーん、どうしたものか……このままじゃあまずいよな。あれだ、ハルの所にエリーを渡す時にはDBを取り上げるのを忘れないようにしなければ。DBと意志疎通ができるなんてハル達に知られたらどんな影響があるか分からんし……
『どうかされましたかマスター?』
『っ!? い、いや何でもねえ……そういえば今日はイリュージョンとシークは何で留守番してんだ?』
『どうやらエリー様と一緒に何かを企んでおられたようです。何でもマスターをびっくりさせるのだとか……』
『なんだそりゃ……エリーの奴珍しく付いてこないと思ったらまた訳の分からんことを……』
礼儀正しいまるで執事のようなワープロードの声にどこか心地よさを感じながらも頭をかくことしかできない。ったく……また何かめんどくさいことを企んでやがんのか。いつもなら買い物に着いてくるのに来ないと思ったらそれですか。っていうか勝手に他人のDBを持って行かないでくれません? そのおかげで俺今日はフードを着ながら移動しなきゃならなかったんだけど。イリュージョンがいなけりゃ顔の傷が隠せないし、シークがいなけりゃ気配がジークに探知されちまうかもしれんのに……あれ、おかしいな? 俺DBマスターだよね? 何か最近エリーの方がそれっぽくなってきてない? いや、別にエリーがDBを使ってるわけじゃないのだから考えすぎかもしれんが……とにかく帰ったら絶対に他のDBを使わないように言っとかなければ。流石にそれは不味すぎる。色々な意味で。
あ、あと言い忘れてたけど今俺とワープロードはテレパシー、念話のようなもので会話しています。ある程度の距離なら離れても話すことができるし何よりも他の人間には聞こえないのが最大の利点だ。だがつい癖や、興奮した時は声が出てしまうことがあるので気を付けなければならん。実際そのせいでエリーにばれちまったわけだし。端から見れば石に話しかけてる危ない人そのもの。エリー以外に見られていればどうなっていたか考えるだけで恐ろしい。背筋が寒くなるな……ま、まあそれはともかく
『じゃあ帰るとすっか。頼むわ、ワープロード』
『承知しました。マイマスター』
ワープロードの返事と共にアキは目に見えない力に包まれる。そして次の瞬間には目の前の風景が変わっていた。ここはアジトのすぐ傍の空き地。それが瞬間移動のDBであるワープロードの力だった。
うむ、やっぱワープロードは流石だな。こいつのおかげで移動にかかる時間や体力を度外視できる。ジークに襲われていた時期にはマジでこいつがいなかったら詰んでいただろう。あらためてそのチートぶりに感慨を覚えずにはいられん。そしてその力を百パーセント発揮させることができるのが俺のDBマスターとしての能力。DBと意志疎通し、互いに信頼することで能力を進化させDB側からもサポートを得ること。DBを道具としてでなく共に戦う仲間として扱うことで可能になる境地。原作風で言えばDBを持つ者たちはその力の半分も出せていなかったって所か……あれ? なんかおかしくねえ……? 何で俺DBたちと信頼関係で結ばれてるわけ? こいつらDBですよ!? 悪の存在だろうが!? っていうか絆で力が強まるとかまるっきり正義側の論理じゃねえ!? ふう……とにかく落ち着け俺……ひとまずは家に帰って風呂でも入って頭を冷やすことにしよう。うん? この場合は頭を温めるになるのか? まあどうでもいいか。
あ、言い忘れたけど家に直接瞬間移動しないのにも理由があります。理由は簡単。何故か風呂場に瞬間移動してしまったから。言うまでもなくエリーが入浴中の風呂場に。ワープロード曰く俺の煩悩が原因の一つらしい。あれだ、のび太がどこでもドアを使うと何故かしずかちゃんの風呂場に出てしまうのと同じいわゆるお約束という奴だ。もっともその代償はのび太の比ではなかったのだが……まあいいもの見せてもらったので仕方ないか。
「ただいまー」
そんなこんなでアキは両手に荷物を持ちながら我が家へと戻って行く。今日の晩ご飯をさっさと作って風呂に入ろうというまるっきり主婦、いや主夫のようなことを考えていると
『あ、おかえりなさい。マスター』
のほほんとした優しい声で自分を出迎えてくれる小さな小学生ぐらいの美少女がいた。
「………」
アキは固まったまま目の前にいる少女を凝視する。それは見たことのない少女だった。栗色のウェーブがかかった髪、そしてどこかの学校の制服のような格好。歳は十歳程だろうか。そんな少女が玄関で自分を出迎えてくれるというあり得ない状況にアキはまるで石化の魔法にかかってしまったかのように身動き一つすることができない。
え? 何この状況? 何で俺の家にこんな小さな女の子がいるわけ? っていうかここ俺の家だよね? うん、間違いない。ここは俺の家だ。なら一体この状況は何な訳? あれ、俺この女の子どこかで見たことあるような気がするんだけど……どこだったかな? 思い出せそうで思い出せん……ん? そういえばこの子、さっき俺のことマスターって……?
「お、お前……もしかしてイリュージョンか……?」
『はい。そうですよ、マスター』
息も絶え絶えな俺の言葉に目の前の少女、イリュージョンは柔らかい笑みを浮かべながら応えてくれる。その可愛らしさに思わず目を奪われながらも確信する。間違いなくこの声はイリュージョンだ。だがその姿は一旦何なのか。もしかして俺は夢でも見ているのか。最近疲れがたまってんのかな、俺……
「やったね、イーちゃん! 作戦大成功だよ!」
アキが混乱によってフリーズしている中騒がしい声をあげながらやってくる人影がある。それはエリー。エリーはどこか悪戯が成功した子供のような笑みを見せながらアキの近くへとやってくる。アキはその姿に瞬時に悟る。この事態の元凶が間違いなく目の前のエリーであることを。
「エリーっ!? これはお前の仕業かっ!?」
「よく分かったね、アキ。驚いたでしょ? あたしずっとやってみたかったんだ♪」
「やってみたかったって何のことだ!?」
「見ての通り、イーちゃんの力で実体化してもらったの。やっぱりちゃんと人の姿をしてた方が話しやすいし何より可愛いでしょ?」
「なんじゃそりゃ!? お前俺のDBを勝手に使ったのか!?」
「大丈夫、あたしはそんなことしてないよ。だってイーちゃんアキがいなくても力を使えるようになったって言ってたでしょ? ちゃんとママさんにも許可をもらったんだから!」
「ふざけんな! 一番肝心な俺の許可を得てねえじゃねえか!?」
アキの必死の抗議もなんのその。エリーは悪戯が、ドッキリが成功したことに喜びながら家の中を逃げ回り続けアキはそれを追いかけるも捉えきれず振り回されっぱなし。ある意味いつも通りの二人の日常だった。
ち、ちくしょう……どうしてもこいつが相手だとペースが乱される。天然というかなんというか掴みどころがない。単に子供なだけなのかもしれんが……あれ、そうなるとそれと戯れてる俺も同レベルってこと? ま、まあそれは置いておいてまさかこんな悪戯を仕掛けてくるとは。完璧に予想外だ。確かにイリュージョンの力を使えば実体化することは可能だろう。というかそんなこと考えこともなかったわ。イリュージョンに関しては習熟度も高くその力も完璧に使うことができるようになっているのでイリュージョン側からも力の行使が可能になっている。まさかこんなことに使われるとは思ってもいなかったが。
『ご、ごめんなさいマスター。勝手なことしちゃって……』
「ん? あ、ああ……まあ確かにビビったけど怒っちゃいねえよ。気にすんな」
「あ、ひどいアキ! あたしと対応が違う!」
「うるせえ! お前はちょっとは反省しろ! ったく……そういえばイリュージョン、その姿は一体何なんだ? お前のイメージか何かなのか?」
『はい。この姿はマスターの中にあるあたしのイメージを実体化させてもらったんです』
「え……? 俺の……?」
俺の中のイメージ……? よく考えればそうか。イリュージョンは俺と契約してるわけだし俺の中のイメージ何かを知っててもおかしくない……ってちょっと待てよ。待ってください。何か嫌な予感が……だって俺の中のイリュージョンのイメージってことはまさか……
アキはよく分からない汗を背中に滲ませながら目の前に入る少女、イリュージョンの姿を見つめる。そこでようやく気づく。そう、自分は知っている。目の前の少女の姿を。いや正確にはその架空の姿、存在を。
それは間違いなくカードキャプターさくらの主人公、木之本桜の姿だった―――――
「へえ、これがアキの中のイーちゃんのイメージなんだ。アキ、こんな妹さんとかがいたの?」
「い、いや……そういうわけじゃねえんだが……」
「……? よく分かんないけど可愛いからいいじゃん。イーちゃんよく似合ってるよ!」
『あ、ありがとうございます。エリーさん』
エリーの言葉にしどろもどろになりながらもアキは何とかその場をやり過ごさんとする。それを不思議がっていたもののエリーは特に気にした風もなくイリュージョンと戯れ始める。恥ずかしがりながらもイリュージョンも楽しそうだ。それを見ながらアキは内心安堵のため息を吐く。
ふう……どうやらイリュージョンはその姿がアニメの、漫画のキャラクターのイメージだとまでは分からなかったらしい。まあバレたところでどうこうなるわけではないのだが何となく。しかしこうして見ると凄まじいものがある。確かに声が似ていることと雰囲気でさくらの姿をイメージしていたのだがいざ目の前にするとマッチしすぎてて怖いぐらいだ。本当にそこにいるみたいだ。まあ幻なので触ったりはできないのだがそれでも石の姿に話しかけるのとは雲泥の差……ん?
ふとアキは気づく。それは耳の様な物。ウサギの耳のような物体が部屋の隅の壁からぴょこんとはみ出ている。何度かそこを覗いてみようするのだがそのたびに耳のような物は引っ込んでしまう。まるでかくれんぼをしているかのように。不思議に思いそこに向かって近づこうとするのだが逃げられてしまう。だがその姿がちらちらとみえる。それは小さな少女。長い髪をまるでうさぎのように結んでいる小柄な女の子。イリュージョンとはまた違った制服を身に纏っているその姿にアキは呆気にとられるしかない。それはその姿が何の姿か悟ったから。イリュージョンの姿に比べればその姿は特徴的。見間違えるはずもない。それは
「もうハーちゃん、恥ずかしがってたらだめだよ。ちゃんとアキに見てもらわなきゃ!」
「……はい」
間違いなくマブラヴというゲームに出てくる社霞と呼ばれる少女の姿をしたDB、ハイドだった――――
「その声……お前ハイドなのかっ!?」
「もうアキそんな大きい声出したらシーちゃんが怖がっちゃうじゃない」
「あ、ああ……悪い。でも何でハイドまで……」
『……わたしもイリュージョンの力で実体化させてもらったんです。ごめんなさい……』
「そ、そうか……」
「でもイーちゃんもハーちゃんも可愛いよ。やっぱり姉妹なんだね!」
『………ありがとうございます』
どこかおどおどしながらもハイドもエリーたちと所へと集まり楽しそうにおしゃべりを始めてしまう。次々から襲いかかる理解を超えた事態にアキは混乱しながらも何とか事態を把握する。どうやらイリュージョンの力でハイドも実体化してしまったらしい。
ま、まさか自分以外のDBも実体化させられるとは……イリュージョン万能すぎんだろ!? ま、まあ修行のためにシバたちを実体化できるぐらいだからできても不思議ないのかもしれんが……っていうか今度は霞ですか!? 何か自分の趣味が駄々漏れになっていってる気がして悲しくなってくる。ま、まあ声はもちろん無口な少女ということでイメージしていたのだが……あ、そう言えばハイドのことを話してなかったっけ。
ハイドは最近生まれた俺の五番目のDB。イリュージョンと同じく俺の意向で生み出されたオリジナルのDBだ。そう言った意味ではイリュージョンの妹にあたるDBでもある。その能力は単純なもの。持ち主の気配を完全に絶つというものだ。戦闘には使用できない完全な補助専用の能力。言うまでもなくこれはジーク対策のために生み出したDBだ。ジークが俺の何かしらの気配を追っていることはこれまでの経緯から明らか。ならばそれらすべてを完全に絶つことができればいかにジークといえども追ってはこれないはず。そしてそれは成功した。ハイドを使い始めてからはまだ一度もジークは襲ってきてはいない。これまでの襲撃の間隔から考えてもジークは俺を捉えられなくなってしまったことは間違いない。まだ油断は禁物だが一安心といったところだ。
そしてハイドの能力は結果的言えば偶然から生まれたものではあるが恐らくはこれからお世話になることになるだろう。何故なら原作が始まれば俺は少なくともハル達の動向を知る必要があるから。エリーに関しては俺が余計な事をしたせいで状況が原作とは異なるのでそのフォローが必要になるかもしれん。その際にはハイドの気配を消せる能力が生きてくる。さらに姉であるイリュージョンの力で風景と同化すればまさに無敵。H×Hに出てくるカメレオンの能力、神の共犯者の真似事が可能になるのだ! もっとも触られればバレるし、戦闘をしようと、相手に危害を加えようとするとハイドの能力はなくなってしまうのだが。流石に制限はあるようだ。まあそれができたら反則にも程があるし仕方ない。よっぽど近づかない限り絶対にバレないだけでも十分すぎる。結局ストーキングに使うみたいで情けないが……あとハイドの名前の由来はハイドアンドシーク、かくれんぼからとったもの。合わせて使うことで力を増すことからイリュージョンとは本当の意味で姉妹のような関係。いまもあんなに楽しそうにしている。もっともまだ俺には慣れていないのかあまり話せていないのが目下の課題ではあるのだが……
『何辛気臭い顔してんだ、マスター?』
「いや……ちょっとマスターとしての自信がなくなってきて……ん?」
アキはふと顔を上げる。一体今自分は誰に声を掛けられたのか。イリュージョン達ではない。間違えようもない男の、しかも渋い声。アキはその姿に絶句する。そこには大男がいた。自分の倍はあるのではないかと思ってしまうような体躯。黒い髪。禍々しい鎧。何よりも歴戦の戦士を感じさせるような圧倒な威風と佇まい。
ベルセルクという漫画の主人公であるガッツ。その姿をした自らのDB、デカログスがそこにはいた――――
「し、師匠っ!? 師匠なんですかっ!?」
『俺以外の誰に見えるってんだ? お前の中の俺のイメージなんだろうが』
「そ、そうですけど……やっぱ目の前にするとちょっと……」
『このぐらいでビビってちゃあこの先やってけねえぜ。もっとマスターらしく堂々としてな。お前は俺のマスターなんだからな』
さ、流石師匠……全く動じていない。というか貫録が半端ないんですけどっ!? 何この歴戦の戦士!? ヤバすぎだって!? あなたなら四天魔王ぐらい軽く倒せるんじゃないですか!? というか下手するとエンドレスすら倒しかねん。そう思えるほどの圧倒的存在感。声だけでも十分だったそれが姿が実体化したことで臨界点を突破しちまってるぞ!? あ、あの……僕の代わりにDBマスターになってくれません? きっと師匠ならデカログスが似合うと思います。もうこれ以上なく。その間俺、隠居させてもらうんで。ていうかほんとに俺がマスターなんかでいいんですか? むしろ俺の方が従わせていただきたいんですけど……
『そうですよ。アキ様はあたしたちのマスター、ご主人様なんですから。ね、ハーちゃん?』
『……はい』
「だって。よかったね、アキ♪」
お、お前ら……何ていい奴らなんだ(エリー除く)俺にはもったいないくらいのDBだよ、全く。っていうかご主人様っていうのはやめてくれません? その姿で言われると何かヤバい、犯罪チックな雰囲気がするから。まあ聞こえるのは俺とエリーだけだから問題はないかもしれんが……エリーはそういうことには疎そうだし
『全く……オタオタしおって情けない。それでも私の主か』
そんなどこか高圧的な女性の声が聞こえてくる。だがその程度では俺はもう動じない。むしろ登場が遅かったと思うほどだ。この状況でこいつが出てきていない方がおかしい。しかし残念だったな。イリュージョン達の度重なる衝撃によって俺はもうちょっとやそっとじゃ驚くことはない。むしろその姿を鼻で笑ってやろう。そう決意を新たに振りむいたそこには
何故かここにはいないはず憧れの女性、カトレアの姿があった――――
『……? どうした、何か反応せんか。せっかく戯れに参加してやったというのに』
「ふ、ふざけんなあああっ!? お、お前、何でそんな姿になってんだよ!?」
『気に入らなかったか? せっかくカトレアの姿をしてやったというのに』
アキの反応が気に入らなかったのかカトレア、いやカトレアの姿をしたマザーはどこか不機嫌そうに自らの姿を見直している。だがその姿はカトレアとは違う部分があった。一つは髪の色。それが黒ではなく金色、金髪になっている。そしてもう一つが服装。どこか豪華さを感じさせるような黒のドレスを身に纏っている。マザーの声と相まって本物のカトレアにはないどこか女王気質を、雰囲気を纏っていた。
「当たり前だろうが!? 何でお前だけそんな姿になってんだよ!?」
『仕方あるまい。お主の中に私のはっきりとしたイメージがなかったのだ。だからお主の中の理想の女性像を使わせてもらった。ああ、髪の色と服は私の趣味だ。気にするな』
「んなこたあどうでもいいからさっさと何とかしろ!? っていうか勝手に俺のプライバシーを覗き見てんじゃねえ!?」
『そんなに照れることもなかろう。私とお主は一心同体。そうであろう、我が主?』
くくくという笑い声をこらえながらマザーが俺に向かって笑みを向けてくる。ちくしょう……こいつ、間違いない。こいつがエリーを焚きつけたに違いない。恐らくはいつも家に留守番させていたことに対する意趣返しだろう。確かにカトレア姉さんの姿をしているがその雰囲気がオーラが全く違う。間違いなくこいつはドSだ。しかも最近はそれが酷くなってきている気がする。
会った当初はマザーは機械的に、片言でしかしゃべらず必要なこと以外は口にしなかったのだが段々とそれが変わってきた。俺と接していたからなのか、ガラージュ島での生活が原因なのかは分からないがマザーは次第に人間に近い形でしゃべるようになっていった。だが劇的に変化が見られてきたのがここの二カ月ほど。そう、エリーと接触するようになってからだった。家で留守番をする同士マザーとエリーの交流は必然的に増えていった。一体何を話しているのかまでは分からないが間違いなくその影響だろう。特にその声が変わったのが最近での変化だった。今までは機械音声のような声だったモノが恐らくは二十代の女性の声へと変わっていたのだ。もちろんその時は歳を考えろと言ったのだが頭痛によるお仕置きを受け結局そのまま。そして極めつけがこれだった。
俺の反応がお気に召したのかマザーはそのまま他のDBたちと談笑を始めてしまう。大男と金髪の女性、二人の少女が談笑しているという訳が分からない異次元空間がそこにはあった。あれ……おかしいな。あいつらDBだったよな? うん、間違いない。というかこのままじゃマジで取り返しのつかんことになりかねん! 俺の中の常識が、DB観がおかしくなってしまう! 何としてもこれ以上は阻止しなければ!
「お前らいい加減に……」
アキが自身の常識とマスターとしての威信をかけてこの状況を打破せんとした瞬間
「そっかあ……あたしもママさんみたいに髪を伸ばしてみようかな……」
エリーの何気ない言葉によってそれは打ち砕かれてしまった。
「な、何でそんなことすんだ……?」
「え? だってママさんの髪綺麗だもん。だからあたしも」
「や、やめろって! そんなことしたら」
「……? どうしてあたしが髪を伸ばしちゃいけないの? 別にいいじゃない」
「そ、それは……」
それじゃただのリーシャじゃねえか!
そう叫びたいのを必死に抑えながらもアキは何とかエリーを説得しようとするもそれは全く逆効果にしかならない。エリーがその理由を問いかけるもアキは応えることができずしどろもどろになるだけ。短い方が似合っているとでも言えばいいものをそれが咄嗟に出てこない程アキは混乱してしまっている。もっともそれを言ったところでマザーの姿がアキの女性の理想像だと暴露されてしまった時点で何を言っても墓穴を掘るだけだったのだが。
その後アキはマスター権(あってないようなもの)を行使しこれ以降イリュージョンによるDBの擬人化、実体化を禁止したのだが結局エリーの着せ替えごっこ(幻であるためお金がかからない遊び)の際には実体化したマザー達の姿がちらほらみられることになるもアキはあえてそれを見なかったことにすることで自身の精神の安定(現実逃避)を図ることになった。
余談だがアキが一番恐怖しているのがエリーが髪を伸ばし始めてしまったこと。
そんなこんなでアキとその魔石、そして記憶喪失の少女の奇妙な共同生活はしばらくの間続くことになるのだった―――――