東イーマ大陸にある隠された洞窟。蒼天四戦士が眠る墓地であり、最後の五つ目のレイヴが守護されていた聖域。その中で二代目レイヴマスター、ハル・グローリーは最後の試練に挑むことになった。
初代レイヴマスターであるシバ・ローゼスとの決闘。
ハルが二代目レイヴマスターとして認められるか否かの真剣勝負。真実のレイヴを賭けた避けることができないもの。シバもまた自らの命を賭してハルへと挑んできた。残りの命と引き換えに若さを得ることができる禁断の薬。それによって全盛期の姿と力を取り戻した剣聖。ハルが戦って中でも間違いなく最強の相手。こと剣技という点ではルシアすら凌駕しかねない剣士。だが戦いの中でハルは徐々にそれに近づいて行くことになる。まるで自身の力を引き出されていくかのように。
そして死闘の末にハルは二つの物を手にする。
一つが剣聖としての剣技。この世界における世界最強の剣士である証。シバとの戦いによってハルはそれを己が物とする。
もう一つが想いの剣。誰かのために剣を振るうこと、想いを剣に乗せることで剣に重みを与える剣のもう一つの到達点。同時にレイヴマスターとしての根幹を為すもの。
『エリーのために』
それがハルの根幹であり戦う理由。答えを得たことによってハルはシバを超え、真のレイヴマスターへと至った。シバもまた、長い人生を終えることになる。長い旅路を終えたかのように。だがその終着は決して救いがない物ではなかった。
リーシャの胸の中というシバの始まりの場所に辿り着いた。それがシバの五十年の旅の終わりだった――――
静まり返った洞窟の中でハルは自分の手の中にある真実のレイヴに目を向ける。追い求めていた最後のレイヴ。ついに五つのレイヴ全てがハル達の元に集った。同時にハルは確かに感じ取る。その力が増していることに。だがそれだけではない。シバから託された想いが今確かに自分に受け継がれた。剣聖と想いの剣。レイヴマスターとしての、そして一人の男としての贈りもの。
(ありがとう……シバ。後はオレ達に任せてくれ……)
ハルは滲む涙を抑えながら立ち上がる。既に涙は必要ない。自分にできるのはこの戦いを終わらせること。それが本当の意味でシバの想いに応えることになるのだから。そのための力はここに揃った。
五つのレイヴと聖剣レイヴェルト。ムジカが創り上げたハルのための剣。破魔の力を持つ第十の剣であり世界の剣。もしレイヴェルトがなければシバの試練を超えることができなかったかもしれないと感じてしまうほど、凄まじい力を持つ切り札。ルシアが持つネオ・デカログスに匹敵する、対極の剣。
自らが持ち得る最高の装備を手に入れ、ハルはようやくルシアと戦える力を手にしたのだった――――
だが喜んでいる時間はハル達にはのこされてはいなかった。儀式が終わり、シバの葬儀が済んでからハル達は蒼天四戦士の唯一の生き残りであるアルパインからこの世界の真実とエンドレスの正体を明かされる。
並行世界と現行世界。
エンドレスがDBであり、DBがエンドレスであること。
文字通り自分達の戦いが世界の命運をかけたものであることに改めてハル達は圧倒されるも決意を新たにする。
「なるほどのう……じゃがワシらがすることは変わらん。敵がどんなに強大だとしてもじゃ」
「そーいうこと。お姉さんも力になってあげるわ。乗りかかった船だしね」
「レット、ジュリア……ありがとな」
敵の強大さに場の空気が暗くなり始める前に、レットとジュリアは己が意志を示す。ある意味分かりやすい意志表示。レットは当然だとしてもジュリアもまたそれに劣らない覚悟を見せる。むしろここにいる誰よりもやる気に満ちているかのような姿。力を持て余しているかのような一抹の不安を感じたレットが冷や汗を流すほど。
「右に同じってね……今更聞くまでもねえことだぜ、ハル。だけど本当にいいのか、レイナ? お前は別に無理して戦うことは……」
「あら、心配してくれるの? でも余計なお世話よ。これでも元六祈将軍、甘く見ないで頂戴、ボウヤ♪」
どこかやりづらそうな雰囲気を纏いながらムジカが忠告するも女性は全く気にするそぶりをみせない。元六祈将軍のレイナ。パンクストリートで再会してから何故か同行してきた彼女であったがこの期に及んで裏切るなどとはムジカは露とも思っていないが流石にこれからの戦いにまで着いてくるとなれば疑問は尽きなかった。
「何だってそこまで着いてくるんだ……? 借りならもうパンクストリートで返してもらったはずだぜ」
「ええ。だからこれは私の個人的な用件よ。ルシアに不当解雇された腹いせね」
「何だそりゃ? もしかしてお前……ルシアと何かあったのか?」
「あら、もしかして妬いてるの? 心配してなくとも色恋沙汰の話じゃないわ。ただやっぱりあのまま放っておくのは目覚めが悪いと思ったのよ。借りはやっぱり返さないとね」
自分の一挙一動に右往左往しているムジカに楽しげな反応を示しながらもレイナは自身の戦う理由を明かす。もっともムジカ達からすれば何を言っているのか分からない内容。本当なら戦いから見逃された自分はあのまま退場していた方がよかったのかもしれないがやはり借りを作ったままなのは彼女の性ではない。ムジカ達よりも遥かに近い場所からルシアと接していたレイナにしか分からない戦う理由。
「とにかく仲間が増えるのは助かりますよ! ルシアだけじゃなくてあの四天魔王って人達もいるんですから! 何より美しい女性なんですから私は構いません!」
「そう、ありがと。グリフさん」
「ったく……それよりもこれからどうするんだ? ルシアのところに殴り込みをかけるにしても急いだ方がいいぜ。あっちもシンクレアは残り一つなんだからな」
「うむ、ジークが守っているとはいえ油断は禁物じゃ。こちらが揃った今なら先に動くに越したことはなかろう」
とりあえずはレイナの加入については認められた形。相手が相手で以上、戦力が多いに越したことはない。問題はこれからの行動。五つ目のレイヴを手に入れた以上、数ではこちらが優位に立った。ならばルシアが五つ揃える前に挑むべき。だがそんな狙いは
「……残念だがそれはもう無理だ。ルシアも五つ目のシンクレアを手に入れた。ついさっきな……」
苦渋に満ちた、同時に己の無力さを呪うようなシュダの声によって無意味となる。ハル達は突然のシュダの声に驚きを隠せない。何故ならシュダは五つ目のレイヴポイントに到着したことをジークに伝えるために別行動をしていたから。しかもまだそれから時間は経っていない。とてもミルディアンから往復できるような時間はなかった。だがそんなことすらどうでもいい光景がハル達の目に飛び込んでくる。
「ジークっ!? どうしたんだ、その傷は……!?」
「……すまない、ハル。シンクレアを守ることができなかった……オレのミスだ……」
それはシュダに肩を支えてもらいながらようやく立っているジークの姿。満身創痍。特に右腕の負傷が深い。シュダもまた浅くない傷を負ってしまっている。同時にその場にいる者達は悟る。恐らくはルシアの手に最後のシンクレアが渡ってしまったのだと。奇しくも最後のレイヴを手に入れた直後。計ったかのようなタイミング。こうなることが決まっていたかのような偶然。だがそれが必然であることを知る者がこの場にはいた。
「お前は……」
「…………」
ハル達はただ言葉を失う。シュダとジークの後ろからもう一人の人物が姿を現す。レイナ以上のイレギュラーであり、幾度となくハル達の窮地を救っては姿をくらませていた存在。
『覆面の男』
いつかと変わらず無言のまま自分達の前に現れた覆面の男に驚きながらもすぐさまハル達はエリクシルによって二人を治療する。同時にジークの口からこれまでの経緯が明かされていく。
ルシアがミルディアンを襲撃し、シンクレアを狙って来たこと。
応戦するも敵わず、シュダの救援もあったが追い詰められてしまったこと。
絶体絶命であったが間一髪のところで覆面の男によって救われたこと。
そのままミルディアンを脱出し、空間転移によってこの場に来たこと。
五つのシンクレアが揃ったことで次元崩壊のDB『エンドレス』が完成したこと。
ハル達にとっては最悪に近い展開。先程アルパインに聞かされた内容もあわせればルシアの手にはエンドレスの力がそのまま渡ってしまったことになるのだから。
(……まだだ、こっちだってレイヴがある。まだアキを止めることができるはずだ!)
焦る気持ちを抑えながらハルは自身を鼓舞する。そう、まだ終わったわけではない。最悪ではない。シンクレアが揃ったように、レイヴも揃った。ならばこれから本当正念場。最後のチャンス。いつかの約束を果たすことができるはず。だがそんなハルの決意は唐突に終わりを告げる。それは
「……エリー? どうして、泣いてるんだ……?」
「…………え?」
エリーが突然その目から涙を流していたから。つい先ほどまではそんなことはなかったはずなのに。確かにアルパインの話を聞いた時から一言もしゃべっていないのは気に掛けていたものの、涙を見せるなど普通ではない。同時にエリーが泣くような事態が起こったとは思えない。確かに次元崩壊のDB『エンドレス』が完成したことは恐るべきことであり、アキのことも気にかかるがハルはそれを抜きにしても今のエリーの姿は普通ではなかった。
「……ううん、何でもない。うん……ハル、あたし、行きたいところがあるの」
エリーはその手で涙をぬぐいながらハルへと視線を向ける。そこにはもう先程までのエリーの姿はない。あるのは何かを決意したかのような、迷いない瞳を持ったエリーがいるだけ。今まで見たことのない力が満ちているかのよう。
「シンフォニア……リーシャの墓へ。あたしがするべきことが、知らなきゃいけないことがそこにあるはずだから」
エリーは宣言する。自らの記憶を知る最後の手掛かり。その扉を開くことを。かつて星跡の洞窟ではできなかったこと。だが今のエリーにはそれができる。
五つのレイヴが揃ったこと。そしてその覚悟ができたこと。
記憶を取り戻し、魔導精霊力の完全制御を習得する。それがエリーの役目を果たすため、願いを叶えるために必要不可欠の条件だった。その覚悟と気迫に押されるものの、ハル達が答えようとした瞬間
「……ならオレが案内しよう」
聞いたことのない声が真っ先にエリーに応える。ハル達はもちろん、エリーも驚愕するしかない。何故ならその声の主は今まで一度もしゃべったことのない覆面の男だったのだから。だがその声はどこかくぐもったもの。マスクのせいか、何かの手段で声を変えているのかは分からないがそのままの声でないことは確か。それでも覆面の男が口を開いたということだけで十分だった。
「……いいの?」
「ああ……ただし、連れて行くのはお前とハル、それとジークハルトだけだ」
「オレとジークを……? どうして……」
「…………」
ハルはただ困惑するしかない。シンフォニアに連れて行ってくれることはありがたいが何故が全員ではなく自分とジークだけ。エリーは当然としてどうしてそんなことを言うのかハルには全く意味が分からない。ムジカ達も同様。だが
「……分かった。行くぞ、ハル、エリー。今は一刻でも時間が惜しい。今はこの男の言う通りにするしかない」
ジークは迷いなくその提案を受け入れる。自分達の中でも最も思慮深いと言ってもいいジークが承諾したことで話はまとまり、ハル達は覆面の男の力によってシンフォニアへと飛ぶ。空間転移という大魔法。距離をゼロにすることによってハル達は一瞬でシンフォニアへ、ELIE3173へと辿り着く。
何もない荒野。大破壊の爪痕。いつか訪れた時と変わらない死の大地。だがそれは覆面の男が地面に杖を突き立てた瞬間に世界を変える。
森の中にあるリーシャの墓。空間を切り取る結界魔法。大魔道であっても不可能な長高等魔法を覆面の男はこともなげに披露する。いつかと同じ展開。しかもその後も全く同じだった。
気づけば覆面の男は再び姿を消していた。まるで結界を解くことだけが役目だったかのように。いくら探しても姿は愚か気配すらない。気にかかりながらもエリー達は自分たちだけで記憶を蘇らせることにする。
五つのレイヴを手にすること、リーシャの墓の前に訪れたことによってその時が訪れる。レイヴと魔導勢力の共鳴。それによる膨大な魔力による時空の歪み。人智を超えた力によってエリー達は飲み込まれ、目にすることになった。
五十年年前のシンフォニア。大破壊が、王国戦争が起こる前の世界。タイムスリップ、時間を超えるという奇跡。そこには全てがあった。
ハルは知ることになる。
シバが自分の名を知っていた理由。
自分の父がエリーを知っていた、探していた理由。
王国戦争の真実。
自分が二代目レイヴマスターに選ばれた意味を。
エリーは知ることになる。
自らの正体がリーシャ・バレンタインであることを。
魔導精霊力を使うことによって記憶を失うことを。
カーム、シンフォニア国王との協力によってエンドレスを倒すために時間を超えたことを。
そのために全ての人を騙し、死を装ったことを。
レイヴを生み出し、シバに惹かれ託したことを。
記憶を失い、約束を果たすことができなかったこと。
シバが五十年、その時の想いを貫き通して死んでいったことを。
全てはエンドレスを倒すため。未来を守るためのもの。だがそのためにエリーは全てを捨ててきた。
名前も、友も、想い人も。それが正しかったのかエリーには分からない。多くの人が自分のために犠牲になってきた。五十年の時を超えること。それは一度死ぬことと変わらない。
だからこそエリーは名前とその髪を捨てた。エリーとして生きるために。その使命を果たすために。だがこの瞬間だけはエリーはただの少女だった。
シバを前にして声をかけることも、会うことも許されない。ただ一言謝ることすらできない。エリーはただ雨の中、ハルに抱かれながらなく続けることしかできない。五十年前、泣くことができなかった分を取り戻すかのように。ジークもまたそんなエリーを見守っているだけ。時の番人の二つ名のように、それが己の使命であるかのように。
そしてついにその時が訪れる。
九月九日。時の交わる日。リーシャの墓が立てられる場所。そこで凄まじい時空の歪みが発生する。時の亀裂と呼ばれる現象。
様々な時代に繋がっている時の狭間。これで自分達の時代に戻れるとハルとエリーは喜ぶもジークによってそれは否定されてしまう。時の亀裂は現在過去未来。全ての時につながっているもの。そこに飛び込めばどの時代に飛ばされてもおかしくない。数百年前か、数百年後か。現代に戻れる確率はゼロに等しい。その事実にハルとエリーは絶望するしかない。このままでは元の世界に戻ることができない。エリーが記憶を取り戻したことも意味がなくなってしまう。完全な詰み。だがあきらめるわけにはいかない。二人が他に方法がないか考えを巡らせようとしたその瞬間
ジークは両手でエリーとハルを時の亀裂へと押し込んだ。
「えっ!?」
「な、何するんだ、ジーク!?」
エリーとハルは一体何が起こったのか分からないままただ翻弄されるしかない。だが時の亀裂に落ちたことによって体の自由が利かず、流されていく。まるで暴風に巻き込まれたかのよう。何故ジークがそんなことをしたのか尋ねるよりも早く、ジークは答える。
「オレが外から時を操る。そうすればお前達が現代に戻ることができる。それだけだ」
ジークは淀みなく、ただ事実を二人へと告げる。確かに時の亀裂に落ちればどの時代に飛ばされるかは分からない。だが外から第三者が時を操ればその限りではない。ジークが時を操ればエリーとハルは現代に戻ることができる。しかしそれは
「お前はどうするんだ!? このままじゃお前は……!!」
「ここに残る。それしか方法はない。オレ以外の誰が時を操れる?」
ジークはこの場に、五十年前に取り残されてしまうということ。元も時代に戻れないことを意味していた。
「や、やめてジーク!! いやっ! やだよそんなの……!!」
エリーは涙を流し、叫びながらジークを止めんとする。エリーには誰よりも分かっていた。ジークが今何をしようとしているのか。
それは五十年前、リーシャだった自分がした選択と同じ。世界のために、エンドレスを倒すために自身を犠牲にする行為。
違うのはその方向性。エリーが自らを未来へと送り込んだのとは違い、ジークは未来から過去へその身を置こうとしている。
過去と未来。どちらに残されるのが辛いのかエリーには分からない。それでも変わらない事実。誰も自分を知らない世界に旅立つということ。
エリーは忘れていない。思い出した。愛する者たちと二度と会えないと覚悟したこと。それでも一人、未来へと旅立った悲しみを。
それと同じことをジークはしようとしている。自分達のために。エリーは必死に泣きじゃくりながら手を伸ばすも届かない。時の流れに逆らうことができないかのようにその手は届くことはない。
「ふざけるなよジーク……!! 約束したじゃねえか……一緒にアキを止めるって……!! 剣と魔法は一つになるって……!! あれは嘘だったのかよ!?」
封印剣を振り回しながらハルは抗うもどうすることもできない。封印剣であっても時間を斬ることはできない。エリー同様ハルもまた打つ手がない。できるのは声を上げることだけ。
いつかの誓い。共にアキを止めるという誓い。剣と魔法。相容れないもの同士が一つになる時が来るという約束。シンフォニアの地で誓った男の約束。
「心配するな……オレ達はまた会える、必ずな」
確かな笑みを浮かべながらジークはハルの言葉に応える。だがハルとエリーにはそんなジークの姿がひどく儚く見える。まるで消えようとしている蝋燭の火。それを示すように次第に時の亀裂の力が増し、ジークが見えなくなっていく。川の流れに流されていくかのようにジークが遠くなっていく。
「ジイ――――ク!!」
「いやああああ―――――!!」
叫びが木霊する。涙と共に声すらも時に飲み込まれていく。今生の別れ。時間という絶対の壁によってハル達は引き裂かれていく。ジークはただ最後まで眼を逸らすことなく二人を見送って行く。自らの感情を、想いを押し殺したまま。だがそれでも最後の瞬間に、己の本心を告げる。
「エリー……何も心配しなくていい。全てのものから守ってやる」
『エリーを守る』
ハルと同じ、ジークの戦う理由。同時に一生明かさないであろうジークのエリーへの想い。
永遠の誓いと共に時の番人は己の使命を全うしたのだった――――
「っ!? ここは……!? シンフォニア……!?」
「帰って来たの……?」
一瞬意識を失いながらもハルとエリーは時の亀裂から凄まじい力で投げ出され、地面へと転がって行く。だが痛みすら二人にはどうでもよかった。ここがどこなのか。二人は当たりを見渡すもそこには何もない荒野だけ。間違いなく先までいたシンフォニアの大地。現代の光景だった。同時にそれはジークが間違いなく自分たちを現代へと送り届けてくれた証でもあった。
「ジークは!? あいつはどこにいったんだ!?」
ハルは必死の形相でジークの名を叫びながらその姿を探す。間違いなくさっきまで一緒にいた筈の大切な仲間。だがその姿はどこにもない。何も荒野が一層のその現実を突きつける。
「ジーク…どこに行ったんだ!? せっかく、せっかく戻ってこれたのに……お前がいなくてどうするんだよ!!」
「うっ……うぅ、ぐすっ! ジーク……どうして……どうしてなの……」
現実が認められないようにハルはただ喚き散らすしかない。エリーは既に悟っていた。時間移動がどういう結果を生むのか。五十年後のこの場にジークがいない。それが何を意味するのか。できるのはただ涙をながし、嗚咽を漏らすことだけ。自分の記憶を取り戻すためにジークを失う。こんなことになると知っていたなら、そんな後悔と絶望。そんな中
「……どうやら無事戻ってきたようだな」
淡々とした声が二人に向かって掛けられる。そこにはいつかと変わらない覆面の男の姿があった。違うのは喋っていることだけ。いつのまにこの場に戻ってきたのかと不思議に思うもハル達にとって驚くべきことはそこではない。それは
「何言ってるんだ!? あいつが、ジークが……戻ってきてねえんだぞ!!」
覆面の男が全くジークのことを気に掛けるそぶりを見せていないこと。まるでいないことが当然だとばかりの冷たい態度にハルは激昂し掴みかかって行く。やり場のない怒りをぶつけるかのように。
「当然だ。それは決まっていたことだ……時の番人としてな」
そんなハルの心情を知ってか知らずか覆面の男は告げる。それは運命だと。決まっていたことだと。傍観者のような言葉。
「っ!! てめえ!!」
「やめてハル!! あなたもそんなことを言うのはやめて! ジークはあたし達のため……に……?」
あまりな冷酷さにハルはその拳に力込めながら限りかかって行くも寸でのところでエリーによって止められる。だが覆面の男の言動にエリーも怒りを覚えていた。ジークが一体何のために犠牲になったのか。その想いを言葉にしようとした瞬間、まるで時間が止まってしまったかのようにエリーは動きを止めてしまう。
「…………え?」
ハルもそれは同じだった。まるで頭に上った血が一気に下がって行くようにハルは呆然と覆面の男に釘づけになる。エリーもまたそれは同じ。二人は奇しくも同時にある事実に気づいた。
声。覆面の男の声が先とは異なっている。くぐもったものではなく、確かな肉声。だが問題はそこではない。声色。ハルとエリーは知っていた。いや、聞き覚えがあった。気気間違うはずがない。何故なら先程まで、同じ声の主と一緒にいたのだから。
驚愕の表情と共にハルとエリーは声を上げようとするも声が出ない。ただ口を動かすことだけ。その姿に合わせるようにゆっくりと覆面の男は自らの帽子とマスクを外していく。
蒼い髪。凛々しさの中に優しさを感じさせる表情。見間違えるはずのない命紋と呼ばれる刺青。
「すまない……待たせてしまった。久しぶりだな、ハル、エリー……」
時の番人ジークハルト。ハル達の知る姿と全く変わらないジークが笑みを浮かべながら二人の目の前に確かにいた。
「ジ、ジーク……? 本当にジーク……なのか……?」
「ああ、正真正銘オレ自身だ。お前達と一緒にいた頃より一年以上は歳をとってはいるがな」
「な、ならあの覆面の人は何だったの!? 途中で入れ替わったの!? そ、それよりもどうやってここに戻ってきたの!?」
「それは……」
まるで幽霊に会ってしまったかのように驚愕し、矢継ぎ早に質問をしてくるエリーに苦笑いしながらジークは全てを明かす。
ハル達を送り届けた後、リーシャの墓ができるまで待ちその空間を結界魔法で切り取ったこと。同時にジークもその中に入り、ある魔法を使用した。
『絶対氷結』
絶望のジェロが得意とする禁呪。一度見た魔法を習得する術に長けたジークは絶対氷結を扱うことができた。もちろんジークが使ったのは本物ではなく、擬似的なもの。自らの命を落とすことなく使える範囲での絶対氷結の劣化版。それでも使用した者の時間を凍結することができるほどの力を持った魔法でジークは自分を氷漬けにした。理由は唯一つ。
コールドスリープによる時間移動。奇しくもエリーが行った五十年後へ移動した手段と同じ方法。だがそれはエリーの持つ魔導精霊力というとてつもない魔力があったからこそ可能な芸当。ジークであれそれは不可能であったはずだった。しかし今のジークにはそれを可能にする力がある。
『クロノス』
この世で唯一魔導精霊力に匹敵する魔力を持つと言われる超魔法。加えて超魔導の域まで到達したことができたジークであるからこそできた奇跡。
シャクマによってエリーの正体と時を超えた方法を知ったこと。覆面の男の存在。ジェロと戦い絶対氷結を目にしたこと。様々な偶然と言うべき必然が導いた、本来あり得なかった結末だった。
だがそんなことはハル達にとってはどうでもよかった。ただジークが生きていてくれた。もう一度会うことができた。それだけで十分だった。
「ジ、ジーク……どうして生きてたなら言ってくれなかったんだ……? そうと分かってればオレ達……」
「すまない……言うことができなかったんだ。もしオレの存在を明かせば未来が変わってしまうかもしれない。いや……そもそもそれはできなかったんだ。オレが未来のオレの正体を知らなかった以上な……」
「そうか……よく分かんねえけどいいさ!!こうしてまた会えたんだから!!」
「ああ……言っただろう、また会えるとな」
ハルは泣きながら満面の笑みを浮かべる。ジークもまたそれに応える。共にした男の約束を果たすために。そして
「……おかえりなさい、ジーク」
自らが誓った誓いを守るために。
「……ああ、ただいま。エリー……」
今ここに五十年の時を超え、時の番人がハル達の元に戻ってきたのだった――――
「……そういえばジークもう一つ聞いてもいい?」
「何だ。もう時間移動の方法は説明したはずだが……」
ジークはようやくいつもの調子に戻ったエリーの改まった質問に首を傾げるしかない。大方今回の事態に関する説明は済んでおり、ハルもまたエリーが何を聞こうとしているのか分からない。少しの間の後、エリーはついに口にする。シンフォニアで見た時から聞きたくて聞きたくて仕方なかったこと。それは
「どうしてそんな変な格好をしてるの……?」
ジークが何故そんなおかしな格好をしていたのか。ただそれだけ。正体を隠すためとはいえ帽子とマスクのセンスに加え、包帯を巻いた体にマント、極めつけが背中に無数に担いでいる杖。エリーだけでなく、他の仲間達もあえて触れることのなかったタブー。
「…………」
ジークはまるで覆面の男に戻ってしまったように黙りこむ。体中に変な汗をかきながら。とてもその真相を語ることはできない。
正体を隠すためだけでなく、この恰好がかっこいいと思って気に入っていたという真実を。
それがジークが十年以上遅れてきた中二病から目を覚ました瞬間だった――――