(ちっ……! 一体何が起こっている!?)
今目の前で何が起こっているのか分からないままシュダはただ全力でハル達の元へ駆けだす。既にハルとルシアの戦いは終わっている、いや戦いどころではなかった。突如として現れた巨大な化け物によって。この世の物とは思えないほどの大きさと不気味さ、何よりも圧倒的な存在感。その全てが規格外。あのルシアでさえこの事態を前にして固まったまま。だが怪物の出現によって星跡の洞窟は崩落を始めている。無数の岩盤が、天井が崩れ落ちて行く。このままでは生き埋めにされかねないと瞬時に判断したシュダはルシアとの戦いによって気を失い、地面に倒れ込んでいるハルを肩に担ぎ起こす。未だここに現れていないムジカ達も気になるが気にしている時間はない。自分達の身は自分で守ってもらうことに期待するしかないとシュダは切り捨てる。今のシュダがすべきことは一刻も早くこの場からハルとエリーを連れ出すこと。
「おい、何をボケっとしている!? 早く着いてこい!」
シュダはハルを担ぎその場から脱出せんと動きながらもいつまでもその場を動かずに立ち尽くしているエリーに叫ぶ。だがシュダが叫んだにもかかわらずエリーは振り返ることもない。もしや自分の声が届いていないのか、それともこの事態を前に腰を抜かしてしまったのか。そうなれば厄介極まりない事態になりかねない。ハルだけでなく、エリーも担いで崩落を避けながら脱出するのは至難の業。だがようやくシュダは気づく。エリーの様子が普段と明らかに違っていることに。その瞳はしっかりと上空を、化け物を見上げている。同時にその左腕に光の紋章が浮かび上がっている。ELIEという文字とシンフォニアの国旗の紋章が。
「こんなところに眠っていたの……? 『エンドレス』……」
今、エンドレスの目覚めと共にエリーの中の『彼女』もまた目覚めようとしていた――――
(ちくしょう……! やっぱエンドレスが復活しちまったか……!!)
目は見開き、体中冷や汗にまみれ。それでもルシアは慌ててその手にネオデカログスを拾い上げ復活したエンドレスを見上げるもその圧倒的な存在感に足がすくんでしまいかねない。知識として知っているのと実際目の当たりのするのでは天と地の差がある。今まで相対してきた中で最強の存在である四天魔王ウタですら霞んでしまうほどの出鱈目さ。その名の通り世界に終わりを告げ、同時にどんなに抗っても倒すことができない終わり亡き者『エンドレス』
だがその復活自体は既にルシアはハルとの戦いでエンドレス化を使用した時点で覚悟していた。それを覚悟してでもハルを救うことが必要だったのだから。しかし、そんなルシアであっても完全に予想外のことが二つあった。その一つが
(でも……やっぱおかしいぞ……? な、何でエンドレスがあんな姿になってんだ? しかも色までDBの紫色になっちまってるし……もしかして原作よりも成長しちまってんじゃねえのかあれ!?)
エンドレスの姿が明らかに原作よりも成長しているということ。本当ならもっと人型に近い容姿であり、大きさも小さいはずにも関わらず今のエンドレスはそれよりも大きく成長している。恐らくは原作で魔界に現れた時と同等、もしくはそれ以上。何故そんなことになっているのかルシアには知る術はない。もしかしれば自分がエンドレスの力を引き出したこと、ダークブリングマスターになってしまったことによる影響かと疑うも今それが分かったところでどうすることもできない。
『ふむ、中々姿を見せんと思っておったがこんなところで居眠りをしておったのか。流石の我も予想外だったぞ』
『ほんとよねー。半身である私達が頑張ってるっていうのに我らがこんな調子じゃ先が思いやられるわ。二万年眠ってたどっかの誰かさんといい勝負ねー』
『この場にいないからといっても油断はしない方がいいですよ、バルドル。ともかく我らが目覚めたのは行幸です。これで本当の意味で我らの悲願が達成される時が近づいたのですから』
『ほんとに待たされたわぁ……ラストフィジックスがここいれば終わってたっていうのに、本当に使えない娘ねぇ』
エンドレスを前にしても通常運転なシンクレア達にルシアは呆気にとられるしかない。まるで微笑ましげにエンドレスが目覚めたことを話しているのだから。しかも居眠り扱い。シンクレア達のやり取りを聞いているだけなら何の脅威もないように錯覚してしまいそうになるがルシアは頭を振りかぶりながら意識を切り替える。
『お、お前ら……そんなに落ち着いてていいのかよ……?』
『ん? そういえばお主は直接見るのは初めてか。あれが我らの大本、エンドレスだ。喜ぶがいい、我が主様よ。これで我らが悲願の成就は後一歩のところまでやってきたのだぞ』
『そ、そんなことはどうでもいいんだよ! エンドレスをあのまま放っておいてもいいのか!? あのまま暴れられたら俺達も危ないんじゃ……』
『成程……ですが御心配には及びません。未だ我らと一つにはなっていませんがあれは私達の半身。私達や器になり得るアキ様を傷つけることはないのでご安心を』
『そーゆーこと。全くほんとにアキはヘタレなんだから。大魔王らしくドンと構えてればいいのよ。ま、それがあなたらしいといえばあなたらしいけど』
『そ、そうか……そうだよな……』
マザー達の言葉によってルシアは何とか胸をなでおろす。よく考えれば当然のこと。まだ次元崩壊のDB『エンドレス』になってはいないものの今のエンドレスもシンクレアと役目は同じ。ならばその担い手であるルシアに害することなどあり得ない。原作でもルシアの手にヴァンパイアが渡るのを手助けしていたのだから。同時にルシアには光明が差す。そう、このまま自分がここにいればハル達がこの場を脱出する時間が稼げるのではないかと。だがそんなわずかな希望は
エンドレスがゆっくりと眼下のルシア達を見下ろし、その手に力を込め始める光景によって終わりを告げる。
『おい……気のせいか? エンドレスがこっちに向けて攻撃しようとしてるように見えるんだが……?』
『そ、そんな訳がなかろう……あれはそう、きっと準備運動じゃ! 全く……人騒がせな奴よ』
『あははー、うん。そう思いたいんだけどなんかちょっとおかしくない……? もしかしたら寝ぼけてるのかも……』
『……笑えない冗談ですよ、バルドル』
『ね、ねえ……ちょっと冗談じゃないわよぉ。もしかして本当に……』
あり得ない事態にシンクレア達が最初は油断しているもエンドレスの手に凄まじい力が集まり、その視線が自分達のいる星跡の洞窟に向けられている状況を前に流石に静まり返って行く。だがその悪夢は現実となる。それはただ単純な力の放出だった。技術も何もない無造作な力の解放。否、エンドレスにそんなものは必要ない。その力は並行成果を消滅させるための物。この世においてエンドレスの力に抗える者など存在しない。それがもう一つの誤算。エンドレスがダークブリングマスターである自分を巻き込んで攻撃してくるという悪夢だった――――
「お、おい!? ほんとにこっちに向かって攻撃してきたぞ!? ど、どうするんだこれ――――!?」
『わ、我に言われても知らん!? と、とにかくこの場から離れるのじゃ! ワープロードを使え、アキ!!』
他ならぬエンドレスの一撃が自分たちに向かって放たれたことで一瞬呆けるもののルシアは叫びを上げることしかできない。完全な不意打ち。極大の紫の光が星跡の洞窟ごとルシア達を消滅させんと迫る。洞窟どころか山脈ごと消し飛ばして余りある破壊力が込められている。マザーの言う通り、ワープロードによって瞬間移動し回避する以外に手はない。ルシアは反射的にそうせんとするも動きを止めてしまう。
(ダメだ……!! 俺だけ助かっても意味がねえ……!! 何とかハル達も一緒に……)
例えこの場から自分だけ生き延びたとしてもハル達が死んでしまえば結果は同じ。世界は滅亡してしまう。なりふり構わずハル達を救わんとするも時すでに遅し。ハル達を連れて瞬間移動する時間など残されてはいない。エンドレスに対抗する術もまたルシアにはない。いくら封印剣であってもあの規模のエンドレスの力は無効化できない。瞬間的には防げるかもしれないがかつて魔導精霊力を斬ろうとした時と同じことになるのは火を見るよりも明らか。エンドレス化も同様。大本の存在に対抗できるわけがない。水道管につながったホースからの水でダムの放流に対抗するようなもの。完全な詰み。走馬灯のように思考が巡るももはやルシアに為す術がない。絶望と共に紫の光が全てを包み込まんとした瞬間、
白い光がそれに対するようにルシア達を包み込んだ――――
瞬間、音が消え去った。音すらも聞こえなくする程の衝撃が辺りを支配する。地震のような揺れと、台風、デスストームにも匹敵するような暴風が全てを飲みこんでいく。まるで世界の終わりのような力と力のぶつかり合い。そう、今エンドレスの力は防がれていた。拮抗するもう一つの力によって。
『魔導精霊力』
この世に存在する全ての魔法の頂点。時空操作に匹敵する破壊と創造の魔法。かつてリーシャ・バレンタインのみが持っていたとされる究極の力の一端が今、解き放たれていた。
(あれは……エリー!? いやもしかして……!!)
エンドレスと魔導精霊力の衝突の余波によってその場に伏せながらもルシアは確かに目にする。エリーがその両手を掲げ、魔導精霊力をエンドレスに向かって放出している姿を。正確にはエンドレスの攻撃からその場を守っている光景を。
本来ならエリーは記憶喪失によって魔導精霊力を制御することができない。無理に使用すれば暴走し、かつてのエクスペリメントのようになってしまう。だが今のエリーは一時的とはいえ完全に魔導精霊力を制御している。否、制御しているのはエリーではなかった。
『リーシャ・バレンタイン』
かつてレイヴを生み出したことで五十年前に死んだとされる少女。今、エンドレスを前にしたことでエリーの中のリーシャが目覚めている。本来なら全てのレイヴを集めることでエリーはそれを取り戻すことができるが今この瞬間だけリーシャが表に出てきている。
ルシアもまた瞬時にそのことに気づく。原作でもエンドレスを前にしたことでエリーが同じ状態になったことを知っていたからこそ。同時にリーシャが何をしようとし、どんな状況にあるかも看破する。
「う……うぅ……!!」
リーシャはまるで両手で岩を支えているかのような感覚に声を上げるも耐えることしかできない。もし今魔導精霊力を止めてしまえばその瞬間、一帯は消し飛ばされてしまう。自分はもちろんハル達も一緒に。エンドレスが攻撃を仕掛け来たのも魔導精霊力を持つエリー、正確にはリーシャを狙ってのこと。本当ならもっと魔導精霊力の威力を上げることもできるかリーシャはそれを行うことができない。もし全力の魔導精霊力を解放してしまえば世界が崩壊してしまいかねない。全力でなかったとしてもこのイーマ大陸が消滅してしまう。目覚めたばかりだからか、本来の姿を取り戻していないからかは定かではないがエンドレスの力は完全ではないため耐えることができているがそれも時間の問題。加えてリーシャが出ていられる時間もあとわずか。ついにその拮抗が崩れ、全てが終わりを告げんとしたその時
「はあああああ――――!!」
ルシアはその手にネオ・デカログスを構えながらリーシャの前を疾走し駆け抜けて行く。リーシャはその光景に目を疑うもどうすることもできない。だがルシアが目指す先はリーシャの場所ではない。その先、魔導精霊力とエンドレスがぶつかり合っている地点。触れれば、巻き込まれれば一瞬で蒸発しかねない二つの究極の力の激突に向かってルシアは剣を振り切る。闇の封印剣と呼ばれる第四の剣によって。いかなる魔法も切り裂く魔法剣。エンドレス、魔導精霊力であってもその例外ではない。だがこの規模の戦いになればそれは一瞬。流れ出る水を一瞬だけ斬り裂く程度に過ぎない。しかしその一瞬がこの場では全てとなる。
ルシアは封印剣によってエンドレスの力を切り裂く。ルシアの狙いを察したようにリーシャは残された力をその瞬間に賭ける。ルシアの封印剣による援護は拮抗した両者の力関係を崩して余りある物。拮抗を失った力はより強い力によって押し出されていくだけ。呆気なく、それでも凄まじい力によってエンドレスは魔導精霊力によって吹き飛ばれたのだった―――
(な、何とかなったか……マジでもう終わりかと思った……)
息を切らし、ネオ・デカログスを杖代わりにしながらもルシアはその光景に溜息を吐くしかない。そこには左半身を失ってしまったエンドレスの無残な姿がある。魔導精霊力の一撃を受けてしまった代償。だが同時にルシアがエンドレスに逆らってしまった証。どう言い訳をしたものかと戦々恐々とするも
『な、何を考えておる!? お主、死ぬつもりか!? いくらエリーを守るためとはいえお主が死んでは元も子もないのだぞ!』
それは本気でルシアを心配し、激怒するマザーの言葉によってかき消されてしまった。
『あ、ああ……でもいいのか……? エンドレスがあんなことになっちまったのに……』
『……ふん、気にするでない。担い手であるお主に手を上げるなど当然の報いじゃ。そもそもあの程度の攻撃では我らにとっては何の意味もない』
『ま、そーね。でも流石は魔導精霊力ってところかしら。それにしてもほんとに攻撃しかけてくるなんて寝ぼけてるのは間違いないわねー』
『そういえばエリーが身に着けていたヴァンパイアがどこかに吹き飛ばされてしまったようですが……』
『ん? まあよかろう。死ぬわけでもなし。後で回収すればいいだけじゃ』
半ば呆れ気味のバルドルの言葉にルシアは絶句するしかない。どうやらエンドレスは魔導精霊力を感知したこともあるがそれ以上に寝ぼけて暴れているらしいという事実。だがその規模は桁外れ。くしゃみで街を凍らせるジェロどころではない。寝ぼけて大陸を消滅させるという笑い話にもならない状況だった。しかもあれだけのダメージを受けたにもかかわらず既に再生によってエンドレスは元に戻りつつある。その速度はアナスタシスを彷彿とさせるもの。原作ではメギドの攻撃を食らい一時的とはいえ行動不能になっていたにもかかわらずその様子も見られない。明らかに成長している証。このままでは一分もたたない間に復活してしまう。そんな中
「あなたは……」
エリーの声がルシアにかけられる。正確にはリーシャによって。ルシアは驚きながらもその姿に目を奪われるしかない。傍目にはエリーと姿は変わらないものの雰囲気や仕草が今のエリーとは異なる。恐らく五十年前、記憶を失う以前の状態が今のリーシャなのだと気づくもルシアはどう反応したらいいか分からない。そのままリーシャが何かを口にしようとした瞬間
「……あれ? 何であたしこんなところに……? アキ? どうかしたの?」
目をぱちくりさせながら目覚めたかのようにエリーは声を上げ辺りを見回し混乱するだけ。先程までの空気が一瞬で霧散してしまうような、気が抜けてしまうような有様。一応同一人物であるはずにも関わらず記憶喪失とこれまでの経験でここまで雰囲気が変わるものなのかと呆れてしまうほど。
「……何も覚えていないのか?」
「う、うん……でもあの怪獣何なの? もしかしてアキの仕業? ダメだよ、洞窟が壊れちゃってるじゃない」
ある意味いつも通りのエリーの反応にさっさとこの場から去りたい衝動が生まれるもまだルシアにそれは許されない。もしこのままエンドレスをこの場に放置すればまたエリーを狙って暴れかねない。エリーがいなくともこのままではイーマ大陸が、五つ目のレイヴがあるこの大陸がどうなるか分からない。
『何をしておるアキ!? さっさとエリーを捕まえて移動すればよかろう! 千載一遇のチャンスではないか!』
『まだそんなこと言ってんのか!? と、とにかくエンドレスを何とかするのが先だろうが! このままじゃまたすぐに襲いかかってくるかもしれねえだろ!』
『確かにその通りです。このままこの場にいてはアキ様の身に万が一があります。早急にこの場から離れるのがよいかと……』
『だからさっさとワープロードでエリーと共にこの場を離れればいいだけだと言っておろうが!』
『そ、それは……』
マザーの当たり前と言えば当たり前の言葉にルシアは黙りこむしかない。確かにそれが最善の策だがそうなってしまえばエリーはともかくハル達がどうなるか分からない。既にシュダとハルの姿は周囲には見当たらない。恐らくは先のエリーとエンドレスの戦いの余波によって吹き飛ばされてしまったらしい。エリーをシュダに預けるという選択肢も取れない。どちらにせよシュダ一人ではハルとエリーを同時に救出することはできない。だがそんな中、ルシアは一つの方法を思いつく。そう、エンドレスから逃げるのではなく、エンドレスをこの場から消すという選択肢を。
『お、おい! お前らの力でエンドレスを止めることはできねえのか!? それができれば……』
『何を寝ぼけたことを言っておる? それができれば苦労はない。先程死にかけたのをもう忘れたのか?』
『申し訳ありません、アキ様。エンドレスはいわば私達の大本。あちらから私達に干渉できても逆はできないのです』
『や、やっぱそうか……』
わずかな可能性が消え去ったことでルシアは声を沈ませるしかない。ある意味予想通りの答え。それでもわずかでもエンドレスの動きを止めることができれば手はあったのだがあきらめるしかない。残されたのはマザーの言うようにエリーを連れ、ハル達を身捨ててこの場を脱出することだけ。あまりにもリスクが大きい博打。だが
『うーん……仕方ないわねー。あんまりやりたくはないんだけどアキが死んじゃったら元も子もないし……あたしが力を貸してあげるわ』
『え……?』
バルドルの言葉によって最後の望みは繋がれる。ルシアは思わず声を漏らすしかない。先のマザーとアナスタシスの話とは異なる答えが返ってきたのだから。
『できるのか……? でもマザー達はできないって……』
『あたしを誰だと思ってるの? シンクレアを統べるシンクレアがあたしなのよ。もしかしたらもう忘れちゃってるのかもしれないけどあたし、結構偉いんだから! 一時的にエンドレスを止めることなら出来なくもないわ……まあできても数秒だろうけど……』
『貴様それができるのなら何故さっきやらなかった!? もう少しでアキが死ぬところだったのだぞ!?』
『そ、それは……まさかエンドレスが本当に攻撃してくるなんて思ってなかったし……それに』
『……それができることを忘れていたのですね』
『……てへ♪』
『何がてへ、だ!? ふざけておると次元崩壊で現行世界に投げ飛ばすぞ!』
『うるせえぞお前ら! とにかく数秒ならエンドレスを止められるんだな!?』
『え、ええ……でもどうする気? そんなことしても意味ないと思うんだけど……』
周りからボロクソに言われて涙目になっているバルドルを無視しながらルシアは思考する。数秒ではあるがエンドレスの動きを止められるのであれば可能性はある。だがこれは大きなリスクと隣り合わせ。失敗すれば本当にエンドレスに殺されかねない博打。しかしそれを決意した瞬間
「どうやら間に合ったようね……事情は大体分かったわ。エンドレスの動きを止めればいいのね……」
凄まじい冷気と共に氷の女王が突如ルシアの前に姿を現す。あまりにも突然の事態にルシアはもちろんシンクレア達ですら呆気にとられてしまう。まるで瞬間移動して来たかのようにその場に現れたのだから。
「ジェ、ジェロ!? 一体どうやってここに……!?」
「ゲートの力よ。エンドレスの光を見たからここまで瞬間移動してきたわ……」
さも当然のようにゲートを見せつけるジェロにルシアは戦慄する。ゲートはジェロを呼び出すことができるもののまさかその逆ができるなどルシアですら知らなかったのだから。それはすなわちジェロはいつでもルシアの元に来れるということ。新たな絶望が一つ増えた心境。
「そ、そうか……それよりジークはどうしたんだ? まさかもう……」
「ジーク……あの魔導士のことね。残念だけどまだ仕留めてはいないわ。後一歩だったのだけれど」
ジェロの無慈悲な宣言を聞きながらもルシアは九死に一生を得た気分だった。間接的とはいえエンドレスが復活したことでジークは助かったのだから。というか殺すなと命令していたにもかかわらずその気が全くないのがバレバレだった。
「それよりもいいのか……? エンドレスの足止めを頼んじまって……」
「ええ……例えエンドレスでもアキに仇為すなら容赦はしないわ……寝ぼけているようだし、いい目覚ましになるんじゃないかしら……」
『そ、そうよねー! ジェロの凍結ならきっとエンドレスも正気を取り戻すはずよ!』
『声が震えていますよ、バルドル……』
『ふん……まあよい。なら我はエリーの護衛を務めることにしよう。我をエリーの元に差しだすがよい、我が主様よ』
『は? な、何でそんなこと……』
『お主こそ何を言っておる。このままエリーを放っておけば戦いの余波でどうなるか分からん。我以外誰がエリーの身を守るというのだ』
ジェロは現れたことで結果として作戦の成功率が高まったもののマザーの予想外の提案によってルシアは目を丸くするしかない。確かに自分たちが動けばその間エリーを守る者がいなくなってしまう。ハルは気を失いシュダに連れられてこの場にはいない。ムジカ達も同様。もしこの場にエリーだけを置いて行けば洞窟の崩落にも巻き込まれかねない。ならルシアが持つシンクレアの中でも攻撃と防御を兼ね備えた空間消滅を扱えるマザーをエリーに預けるのは理にかなっている。今更マザーがエリーに仇為すなど考えづらい。だが言葉にできない不安がルシアに生まれる。このままマザーをエリーに渡してしまえば何か取り返しがつかないことが起こるのではないかと。だが
『さっさとせんかアキ! エンドレスも動き出した、このままではお主もエリーも死ぬことになるぞ! 』
マザーの叫びと共にエンドレスが完全に復活したことによってもはやルシアにはそれ以外に選択肢がなくなる。ともかくエンドレスをこの場から消さなければどうにもならない。
「エリー、こいつを持ってろ! 絶対に手放すんじゃねえぞ!」
「え? これってママさん? 何であたしに……」
ルシアは力づくで胸のネックレスからマザーを引きちぎり強引にエリーに手渡しながら闇の音速剣を手にし姿を消す。それに合わせるようにジェロもまたその場から飛び立つ。ただエンドレスの元に向かって。だがそのどちらも今のエンドレスの視界には映っていなかった。映っているのはエリー唯一人。ただ自分を倒し得る可能性がある存在を本能で感じ取ったが故の行動。同時にその両手に先とは比べ物にならない程の力が漲って行く。その全てがエリーに向かって放たれんとしたその瞬間、
『さあ、行くわよー。悪いけどアキ、あなたの力も使わせてもらうわ、後はどうにでもなーれ!』
もはややけくそ気味にバルドルからまばゆい光が放たれると同時にエンドレスの動きが完全に止まってしまう。まるで電池が切れてしまったロボットのよう。シンクレアとエンドレスを繋ぐバルドルだからこそできる芸当であり禁じ手。本来なら使うべきではない力。いかにバルドルであっても単体ではエンドレスを止めることはできない。だがその不足をアキのダークブリングマスターとしての力で補って行く。全身の力が抜けるような脱力感に襲われながらもルシアは歯を食いしばりながら耐え続ける。それでも数秒。たった数秒しかエンドレスを止めることはできない。もしルシアだけならここまで。だが今、その数秒で十分だった。
「――――そこまでよ」
空に飛翔する氷の女王にとってはその数秒で十分。瞬間、ジェロの全力の魔力と共に絶対氷結の力がエンドレスを足元から包み込んでいく。逃れようのない絶望の氷結。本来ならジェロの絶対氷結であってもエンドレスには通用しない。だが完全に動きを止められ、力を縛られているこの瞬間なら話は別。溶けることのない、時間すらも凍結させる氷がエンドレスを凍てつかせていく。山にも匹敵する巨大な体を一瞬でジェロは氷の彫像へと変えてしまう。四天魔王の名を持つ者の力。しかしそれでも凍結は数分が限度。今のエンドレスの力の前では絶対氷結であってもそこまでが限界。エンドレスを止めることなど、倒すことなど誰にもできない。しかしルシアには最初からエンドレスを倒す気など毛頭なかった。そんなことはダークブリングマスターであるルシアには不可能。そもそもエンドレスを倒すことなどシンクレア達が許すはずもない。故にルシアにできるのはたった一つ。
闇の音速剣を持ちながらルシアはエンドレスに向かって飛ぶ。無意味な特攻をかけるかのように。だがルシアには確かな勝機があった。そう、これはエンドレスを倒すための戦いではない。ただこの場からエンドレスを消すこと。その力がルシアにはある。
(――――ここだ!!)
バルドルとジェロによって作り出された絶対のタイミングでルシアはエンドレスに触れる。剣ではなく、直接手によって。瞬間、まるで蜃気楼のようにその場からエンドレスと共にルシアの姿が消え去ってしまう。まるで先のジェロのように。
ワープロードによる瞬間移動によってこの場からエンドレスを別の場所に強制移動させる。
それがルシアの策。奇しくもかつてルナールとの戦いで見せた戦法と全く同じもの。しかしエンドレスに触れることはルシアであっても不可能。その不足を埋めるためにバルドルの助力が必要だった。無論バルドルだけでは動きを止められるのは数秒であったのだがジェロの協力が得られたことでそれは盤石となった。あり得た未来。エリーが時空の杖でエンドレスを別の世界に送りこんだことと同じ。それが極限状態でルシアが選択した己と世界を救う方法だった――――
(はあ……な、何とかなったか……)
まるで数十年は寿命が縮んだのではないかと思えるほど疲れ切った姿でルシアは再びワープロードによって星跡の洞窟後に戻ってくる。そこには既にエンドレスの姿はない。エンドレスのみを置き去りにし、ルシアは単独でこの場に戻ってきたのだった。
「どうやら上手くいったようね……エンドレスはどこに?」
「……南極だ。あそこならここから離れてるし、問題ねえだろ……」
『確かにあそこなら問題ないわねー。絶対氷結も合わせていい気付けになるかも。でも何であんなところにマーキングしてあったの? 一度あそこに行ったことがあるってことでしょ?』
「……本当に聞きてえか? お前なら大体理由が分かると思うが……」
『っ!? い、いいえ遠慮しとくわ! だからあそこに飛ばすのだけは勘弁して頂戴! もう凍らされるのは御免よ!』
『あなたでなくマザー用のお仕置きだったようですが気をつけた方がいいですよ、バルドル』
バルドルとアナスタシスはルシアの言葉で全てを悟る。そのマーキングが本来マザーをお仕置きするための物であったことを。それ以外にも砂漠や海の中にも同様の物が存在する。ルシアもまさかそれが今回役に立つとは思っていなかったのだが。
(ったく……まあこれでひとまずは安心か……? 後はマザーとヴァンパイアを回収してさっさとここから退散しよう……)
げんなりしながらも今度こそこの騒動に決着がついたことにルシアは安堵する。エンドレスについてはすぐに動きだしてしまうが南極であるため人はおらず、多少暴れたとしても大きな被害はでない。楽観視はできないがひとまずはそれでよしとするしかない。ルシアはそのままエリーとマザーに話しかけようとするも動きとめてしまう。何故なら
「…………え?」
そこには誰もいなかった。エリーの姿も、マザーの影もない。エリーの魔力も、マザーの気配も残っていない。先の戦いや洞窟の崩落に巻き込まれた痕もない。まるで神隠しにあってしまったかのように二人の姿はどこにも見当たらない。ジェロもまたそのことに気づき、黙りこんだまま。
エンドレスを消したと思ったらエリーとマザーも消えていた。
それがこの星跡の洞窟の戦いの終わり。そして最後の物語の始まりだった――――