「何なんだ、その格好は!? 何故そんな格好をしている!?」
もう突っ込まない。
そう心に誓ったはずなのに、突っ込まずには居られなかった。
だってどう見ても魔法少女のコスプレだぞ?
突っ込むなと言う方が無理だ。
そもそも何だこの展開は?
さっきまで割とシリアスな雰囲気になってきていたはずなのに、何故パロディモードに突入している?
「何故って、趣味かな」
しれっと告げるコスプレ幼女。
趣味か、なら仕方がない。とでも言うと本気で思っているのか?
確かに日本製のアニメや特撮は質が高く、ブリタニア貴族の中にもファンは居た。もしかしたら皇族の中にも居たのかも知れない。
かく言う俺も外交上の人質として日本へ送られ、受け入れ先──つまりはスザクの生家である枢木神社だが──で日曜朝の特撮番組に触れ、不覚にも変身ヒーローに憧れた過去を持つ。
ヒーローの仮面を自作し、そのセンスをスザクに否定されたのは忘れたい過去の一つだが、今にして思えばそれがゼロのコスチュームに影響を与えた可能性も否定できない。恐ろしいモノだな、日本の特撮というものは……。
ならば年不相応に感じる目の前の幼女の実年齢的には、アニメの登場人物に憧れを抱き、真似しようと考えても何もおかしい事ではない。むしろ子供らしい純真さを失っていないことは喜ばしいことではないか。
「あとはこういう格好をしていた方が、キミが油断してくれるかもと思ったりもしたけど」
そう言って猫耳をピコピコ動かし、ドレスの下に隠れていた尻尾をクネクネさせるリリーシャ。
前言撤回だ。こいつに限ってギャップ萌えなど存在しない。
きっと純真さの純の字もなく、初期に抱いたイメージ通り腹黒で間違いないと確信する。
「こんな愛らしい女の子に腹黒はないんじゃないかな?」
っ、何故俺の心が読める?
まさかマオのギアスと同じ読心系能力保持者なのか?
それともこの空間がこいつの支配下にあるのか?
「気にするだけ無駄だよ。それより話を進めようじゃないか」
「ああ、確かにそうだな」
仮にこの空間がリリーシャの支配下であり、思考さえ知覚できるなら、この状況で打開策を考えるだけ時間の無駄。読心能力の厄介さ、相性の悪さはマオとの一件で痛感させられた。
相手の目的が分からない以上、今後リリーシャを演じ続ける為にも、少しでも多くの情報を得ることを優先すべきだ。
「どうして今まで存在を隠していた? ここに来るまでに接触の機会はいくらでもあったはずだ」
「キミが慌てふためいている姿がとても滑稽だったから、しばらく眺めていようかと。実に楽しませてもらったよ。
というのは冗談……でもないんだけど、私だって今回のこの事態は初体験だったからね。ご、強引に私の中に男が入ってくるなんて……、出来ればもう少し優しくして欲しかったよ……ぽっ」
何故そこで頬を染めて意味深に内股をモジモジさせる?
そもそもぽって何だ? 効果音か? 効果音なのか? 何故自分で口にする?
駄目だ、余計な事を考えるんじゃない。これ以上相手のペースに乗せられてどうする。そう、スルーだ。スルーしよう。スルーできれば良いが……。
「つまり俺の狼狽する姿を鑑賞するために敢えて放置したと?」
「うん、そうなるね。特にギャルゲー理論の件は面白かったよ」
「くっ!?」
平然と認めやがりますか。
やばい、精神的ダメージが慙死レベルだ。
取り敢えず殴って記憶を消すことは出来ないか?
「さて、親睦を深めたところで改めて自己紹介をしようか。
もう既に知っているとは思うけど、私の名前はリリーシャ・ヴィ・ブリタニア、つまり今のキミだね。もちろん性別は女、これも確認済みだよね? ゾウさんが好きです、でも麒麟さんの方がもっと好きですなお年頃だよ」
どんな年頃だ?
そもそも実在する象と空想生物である麒麟を比較する感性が理解できない。
しかも明らかにサバを読んでるだろ? その発言が許されるのはもう少し年齢が低いはず……。というか似合わなすぎだ。ああ、ナナリーなら似合うな。
「好きなモノは他人の不幸、嫌いなモノは他人の幸福。性格は極めて自己中心的。座右の銘は見敵必殺ってところかな」
「最悪だな」
これが事実なら侍従やナナリーの態度も頷ける。
自分から近付きたいと思う相手ではない。
「褒め言葉として受け取っておくよ。
さて次はキミの番だけど、実は必要としていないって言ったら怒るかな?」
リリーシャが戯けたように問い掛けてくる。
「どういう意味だ?」
「既にキミの記憶は見させてもらったよ、キミが滑稽な姿を晒している間に。悪いとは思ったんだけど、好奇心には勝てないお年頃だから仕方なよね?
それに私はキミに肉体の支配権を譲っているんだ。その対価として記憶を覗くことぐらい許して欲しいと思うのだけど駄目かな? ま、駄目と言われたところで既に手遅れだけどね」
「なっ!?」
さすがに言葉を失った。
もしそれが事実ならプライバシーの侵害どころの話ではない。
「なかなか興味深い物語だったよ。特にこの世界の理を逸脱する超常の力の存在には、この将来有望な胸が熱くなったね。
ただ結末には色々と思うところがあるんだけど、長くなりそうだから今は触れないでおくことにするよ」
楽しげにリリーシャは笑う。
その言葉が事実なら、こいつはゼロレクイエムまでの記憶を覗き、俺が保持していた全ての情報を労せず手にしたことになる。コードやギアス、Cの世界を始めとしたこの世界の常識を覆し、根幹を揺るがす、秘匿すべき情報を含めて……。
「さて、今回の本題に入ろうか」
あまりの事態に呆然とする俺をよそに、リリーシャは巨大な錫杖を宙に浮かべると、その柄に腰を下ろして言葉を続けた。
「繰り返しになるけどもう一度言うよ。私はナナリーの事が嫌いだ。別に彼女の幸せを否定するまでではないけど、別段望んでもいない」
「何故だ、お前にとっても唯一同腹の妹のはず!?」
紛れもない嫌悪をナナリーに抱くリリーシャの言葉に、思わず俺は感情的に叫んでいた。
「おかしな事を言うね。血の繋がりを理由に無条件に他人を愛する義務はない。もしあるなら近親憎悪はこの世からなくなっているよ。
そもそも現にキミだって、血の繋がった実の父親を快く思って居なかったじゃないか」
何を今さらと言いたげなリリーシャの視線。
確かに第五后妃暗殺事件が起こる前から、あの男との親子関係が良好かと聞かれれば、そうとは言えなかった。もちろん相手は専制君主国家の頂点に君臨する皇帝であり、一般的な家庭事情とは比較出来ない。俺達の元を訪れる頻度は他の后妃達と比べれば多かったと聞き、母さんの事を本当に愛していた事実は窺い知れた。が、それでも世間一般の父親という概念からは懸け離れた存在。故に当時の自分はあの男の事を愛すべき家族ではなく、血縁関係者の一人程度にしか思えなかった。
「だけど敢えて理由を挙げるとすれば、無知であり無垢であることが、どうにも私の琴線を刺激するからと言ったところかな。それに彼女には無償の愛を与えてくれる存在が居る。
もしかすれば心のどこかで嫉妬しているのも知れないね」
自嘲気味な笑みを浮かべた彼女の言葉に俺は違和感を感じた。
無知である事は子供の特権であり、無垢であることもまた同じだ。成長するに従い知識を学び、知恵を身に着け、その過程でいずれは負の感情を知る。
ならば現時点でのナナリーの年齢や、生活環境を考えれば無知であり無垢である事は当然と言えるだろう。
それは本来、十歳にも満たないリリーシャも同様であるはずだ。
しかし彼女の口から発せられた嫉妬という言葉。それが羨望の裏返しを意味しているとしたら、彼女は無知な子供では居られない環境に置かれている事になる。
そして無償の愛を与えてくれる存在が居ないのは、その愛が偽りだと知ってしまったからと考える事も出来る。確かに当時の自分は母親に愛されていると信じていた。それが幻想だとあの時、Cの世界で気付かされたのは苦い経験だ。
「おっと、さっそく話が逸ているじゃないか。私の事は良いんだよ、今はキミの話をしているんだから。そんな同情するような視線は不快だから止めてくれないかな」
「自分から語っておいて、俺を責めるのは筋違いじゃないか」
「……そうだね、私としたことがいけないいけない。話を戻すとしよう。
私とは対照的にキミの行動理念には常に他者──彼女の存在があった。弱者である彼女が安心して暮らせる世界の構築、彼女から母親を奪った仇に対する復讐、彼女を一方的に切り捨てた父親への怒り、彼女が再び手に入れた笑みを曇らせたブリタニアに対する反逆。そして最後はフレイヤ投下を容認し、自国民を虐殺した彼女の罪を肩代わり。自分の命まで捧げるなんていやはや。
麗しい兄妹愛? 違うね。そんな綺麗なモノとは程遠い、互いに依存する歪な関係。キミだけに関して言えばもはや執着の域だよ。
そしてそれは死を経験し、こうして新しい明日を手に入れた今現在も変わっていないようだね。一度は世界の為、人類の明日の為だと自分に嘘を吐き、己を偽り、悪逆皇帝の仮面の下に押し隠した。けれど本質は変わることなく、この世界のナナリーという同位存在を前にすれば、その仮面は意図も容易く砕け散る。だから簡単に愛だとか優しい世界だとか、過去の未練が溢れ出す」
錫杖から降りたリリーシャが、自身が座っていたその柄に手を掛ける。
「私はね、危惧しているんだよ。キミがまた同じ過ちを繰り返し、彼女の為に今度は『私』の命まで消費してしまうんじゃないのかって。
もしそれが図星なら、こう言わなければならないね」
半瞬、俺の視界から彼女の姿が消えた。
「冗談ではないよ」
背後から聞こえてくる冷たい声。
殺気と共に、首に押し当てられた刃。
俺は動けなかった。知覚速度を凌駕するという、何とも人間の枠組みから大きく外れた動きだが、もはやその程度では驚きはしない。仮にスザクレベルの身体能力があれば、少しは反応することが可能だったかも知れないが、生憎と俺にそんな超人的身体能力はなかった。
「俺を殺すつもりか?」
答えの分かりきった問いを投げかける。
自分の中に突如として現れた別人の精神。それも肉体への干渉可能、つまり生殺与奪権を左右できる不純物に恐怖や嫌悪感を抱き、排除しようとする行為は当然の反応だと言える。
ただ、もし仮に精神的な死を齎す事が可能であり、相手にその気があるのなら、無意味に言葉など交わさず、この世界に俺を引きずり込んだ瞬間に殺害していたはずだ。防ぐ手段を持たない俺は意図も容易く再び死を与えられていた事だろう。
しかし俺は生きている。
いや、彼女の意思によって生かされていると言ったところか。
「安心して良いよ、今すぐにどうこうしようなんて思っていないから。
あれだね、今回は忠告。私はまだ死にたくないからね。望まぬ自殺とかはごめんだってことを言いたかったんだよ」
そう言ってリリーシャは殺気を消し、俺の首から刃を退けると、いつの間にか大鎌と化していた錫杖をくるくる回しながら笑みを浮かべる。
今は見逃すが、今後自ら生命を危険に晒すことになれば容赦はしないという事か。
肉体の生殺与奪権は俺が握っているが、精神の生殺与奪権は相手が握っていると考えて間違いない。
だとすればリリーシャの目的は何だ?
俺を生かし、自由を許し、肉体の支配権を与え続ける事に一体どんなメリットがある?
「狙いは何だ?」
「さあ、何だろうね。まさか聞けば答えが返ってくるなんて思ってないよね? そこまで無能だったら私も考えを改めないといけないかな」
「っ、そうだな。だが今ここで俺を殺さなかったことを後悔しても、文句は受け付けないからそのつもりでいろ」
簡単に消されるつもりはない。
お前には悪いが、逆にこちらが精神の生殺与奪権を握る方法も手に入れてみせる。
その時は後悔し無様に泣くといい。
ふふっ、ふはははははッ!
「大丈夫だよ、死以外はある程度容認するつもりだから。死を望まないなら、その身体はキミの自由に使ってもらって構わない。例え誰かを好きになって、その誰かに抱かれ、子供を孕んだとしても気に病むことはないから、ね?」
「なっ!?」
幼女から告げられた抱かれて孕むという単語と、またその行為の容認発言に戸惑いを抱かずには居られなかった。
何より出来れば想像すらしたくなかったピンク色の光景が脳裏を掠め、TS最大の懸念に俺は悶絶するしかない。
いや、待て。何故そこでスザクやシュナイゼルが出てくるッ!? あり得ないから! なに、よくあるカップリング? 絶対あり得ないから! え、精神が肉体に引っ張られるとか王道? 認めない! そんなの認めない!
「ふふっ、今回は挨拶程度だからこの辺で消えるとするよ。次に会うのはいつかな? 妊娠報告の時だったりして。ま、たまに声を掛けさせてもらうかも知れないけど、その時はよろしく。
じゃあ、またね、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアくん。私=リリーシャ・ヴィ・ブリタニアとしての二度目の人生を楽しんでくれたまえ」
対するリリーシャはしたり顔で告げ、可愛く手を振り、悶絶する俺を残して闇に溶け込むように消えていく。
刹那、俺の視界は光を取り戻した。
宿主との初対面は最悪の気分のまま終了する。
かなり気力も奪われた。
これはナナリーを愛でて回復しなければ。ということで目の前のナナリーを熱く見つめる。
「ひっ」
短く悲鳴を上げるナナリー。
どうやら獲物を前にした肉食獣のような視線になっていたのかも知れない。危ない危ない、獲物を前に舌なめずりするのは三流のやることだ。
でも脅えるナナリーも可愛い。
ナナリー萌え~。
ああ、男に抱かれる未来は出来るだけ考えたくないが、このまま禁断の扉をフレイヤで消し飛ばす勢いで粉砕するのも悪くない。
「……リリーねえさま、お顔が怖いです」
本能的に身の危険を感じ取ったのか、気圧されるように後ずさるナナリー。
「大丈夫、怖くない、怖くないから♪」
キツネリスだって懐柔できそうな微笑みを浮かべ、ナナリーへと向かい一歩踏み出した次の瞬間────
「ナナリーをいじめるな、リリーシャ!」
背後から放たれる語気の強い声。
ちっ、誰だ。ナナリーとの触れ合いの時間を邪魔する無粋な奴は!?
「お兄様!」
脅えた表情が瞬く間に破顔一笑し、俺が声に気を取られた僅かな隙を見逃すことなくナナリーは逃げ出した。
ナナリーに逃げられたのは残念だけど、少し落ち着こうじゃないか。
今ナナリーは何て言った?
お兄様?
うん、確かにそう言ったぞ。ナナリーの言葉を聞き漏らす俺じゃない。一言一句全て記憶している。
「大丈夫かい、ナナリー? 僕が来たからには、ナナリーには指一本触れさせはしないよ」
ナナリーを気遣う声には強い意志が込められていた。
ここで声の主について考えてみよう。
声変わりしていない少女のような声音から、声の主が幼い少年であることが窺い知れる。
ここはヴィ家が暮らしているアリエスの離宮だ。
リリーシャがナナリーには無償の愛を与えてくれる存在が居ると言っていた。
そもそもナナリーが真に兄と慕う人間は一人しかいない。それはとても嬉しく誇れる事なのだが、何故だろう認めたくない自分が居る。
それらの情報を総合して導き出される答えは一つしかない。
さて、答え合わせをしようか。
俺は錆び付いたブリキ人形の如く、ぎこちない動きでゆっくりと首を回し、背後へと視線を向ける。
視界に映り込んだのは、ナナリーを背に庇うかのように立つ一人の少年の姿。彼の服をギュッと握り締め、怖々とこちらの様子を窺うナナリーの仕草がグッとくる事を付け加えておこう。
艶やかな黒髪、アメジスト色の澄んだ瞳、母親譲りであろう整った顔立ち。白い肌に華奢な体付きの幼い少年が、明確な敵意がこれでもかと込められた視線を向けてくる。
もう見覚えがあるどころの話ではなかった。
もはや認めるしかないと一目見た瞬間に理解する。
ドッペルゲンガーの類でないのなら、目の前に居るのは幼き日の自分。そう、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ。
……なるほど双子か。そういう可能性の世界なのか、この世界は。
うん、あれだ。全然その可能性には思い至らなかった。
そうかそうか、双子ね。
完全にこの世界のルルーシュ=リリーシャだとばかり思い込んでいた。
もっと思考を柔軟にしないと駄目だな。
何れにしろこれから宜しく頼むよ、ルルーシュ。
って、えええええぇぇぇぇぇぇ…………。