公孫賛と袁紹による汜水関包囲が始まる三日前、連合軍の陣地に二百人程度の騎馬の一団が到着した。掲げる旗は“公孫”。つまりは公孫賛の配下という事になる。その一団を迎えに公孫賛が出張っていた。態々、トップが直々に出迎えに、だ。目端の利く諸侯は当然の様に注目した。増援にしては規模が小さい、兵糧の輸送と考えれば意味が無い程規模が小さ過ぎる。
「良く来た!!!絵羽!!!」
挨拶もそこそこで一団を率いてきた人間に抱き着く公孫賛。彼女に百合の気は無いが、涙ぐんで紅潮した頬で美女に抱き着いているので百合っ気が溢れてしまっている。公孫賛が抱き着いている美女の名は郝萌、公孫軍最強の将にして大隊最強十傑衆第一位だ。そして、大隊の中でも最も真っ当な人物の一人である。公孫賛が抱き着いたのも心労を大幅に軽減してくれる彼女の来訪が嬉しくて仕方が無いのだ。
「絵羽・・・・愛している」
「はいはい、私も愛していますよ」
そして、それは李信も同じだ。告白するくらいには郝萌に依存している。統制を取る為に必要な暴力を担保するのが彼女なのだ。郝萌無くして大隊は成り立たない。そうした理由を知るから李信の告白を何時もの事と華麗に流す郝萌。無論来たのは郝萌だけでは無い。幽州に残していた大隊の隊員も残らず連れて来ている。洛陽で賊軍認定が現実味を帯びている事を認識した李信は、手持ちの最大戦力を運用する事を決めた。残しておいても害にしかならないのだから。
「到着そうそうこんな事は言いたくないんだが、絵羽、覚悟しておいてくれ」
恐らく最悪の戦いになる、言葉に含まれた意を正確に汲んだ郝萌は顔を引き締める。そして郝萌到着から三日後、李信らは汜水関の前に陣取っていた。その遥右手には袁紹軍、そしてその後ろには後詰として曹操、袁術、陶兼、その後ろにその他諸侯が並ぶ。袁紹のやる気が反映しているのか袁紹軍の動きはキビキビとした物だ。そしてその様子は汜水関からも見て取れた。その光景に董卓軍を采配する賈詡は苦々しげに見ていた。
「恋、如何?」
「ん」
茫洋とした瞳で関の前に展開する連合軍を見つめる呂布。そして、右に陣取る軍を指差す。
「アレ、一番強い」
茫洋から一転して鋭く細められた眼は公孫軍を指していた。指差された方角の軍を見て賈詡は歪んだ顔を更に歪める。賈詡は軍師だ、その軍略は全て理詰で行う。勘といった不確実な事象は極力排する。そんな彼女でも頼る人物がいる。それが呂布だ。同じ軍の華雄、張遼、徐栄等の勘は頼らないが、呂布の勘だけは賈詡は頼った。的中率が半端じゃないのだ。それこそ、斥候からの報告情報並に信憑性が高い。
「恋、勝てる?」
「・・・・・・・・・・・・判らない」
常ならば、大丈夫、と帰ってくるはずの返事。それが曖昧なだけで賈詡は不安で仕方なくなる。自軍最強の呂布にして勝利が不明瞭などシャレにならない。
「そんなに強いの?」
賈詡の問い掛けにフルフルと頭を振る呂布。
「違う、怖い」
否定の後の呂布の答えは意外なモノだった。怖い、あの呂布から発せられた言葉とは思えない。呂布自身も初めて自分が感じる感情に戸惑っているのか表情が硬い。その様子を見た賈詡は内心頭を抱える。これから一斉攻勢、この戦いで全ての決着を着ける心算の賈詡として看過できない事態だ。本来なら洛陽にいるべき賈詡が何故最前線の汜水関に居るのか。実は居るのは賈詡だけでは無い。呂布とて元は虎牢関詰だ。今、此処汜水関には董卓軍の主力、否、董卓軍そのものが集っていた。主君の董卓も例外無くだ。洛陽での李信の会談後、賈詡は博打を討つ事を決めた。この戦で敵対諸侯全てを滅ぼしてしまう事を。例え、諸侯を失った地方が荒れようとも許容しようと。出し惜しみはしない、切り札も全てこの戦いで使い切る。乾坤一擲、後先考えない総力戦だ。
呂布の判断を元に戦略を再構築する。まずは如何いう訳か最重要目標の袁紹が前に出て来ていた。討ち取るのは比較的容易い。これは朗報にあたる。確認した所、連合軍を構成する諸侯は一人も減っていない。
(てっきり、李信が情報を流したと思ったけどこれは嬉しい誤算ね)
賈詡が内心恐れていた事は李信経由で賊軍認定の情報が漏れる事だ。ここで撤退されれば諸侯の殲滅が難しくなる。地の利のあるここで仕留めたいというのが賈詡の思惑だ。もしも、賊軍認定の話を連合が知っているのなら少なくない諸侯が帰還する筈だ。
(問題はそれを洩らさなかった李信の意図。一体何を考えているのかしら。もしも、連合を組む諸侯が全て兵からの信望を集めているとでも思っているのなら楽なのだけど)
そう考えつつも賈詡は本気で李信がそんな考えをしているとは思っていない。少なくともその様な阿呆では無いと賈詡は判断していた。
(問題はその李信、公孫賛の軍に誰を当てるかね。一応は霞を当てる予定だったけど恋の勘を加味すると拙い。順当にいけば恋かあの変態共だけどどちらを向けるべきか。突破力の恋と殲滅力の変態、難しいわね。戦力的に余裕が無いし、何よりも“怖い”って表現が気になる。あんな反応する恋なんて初めてだし)
賈詡は悩む。最大の懸案である公孫軍へ誰を当てるかが決まらなかった。呂布が恐れる以上生半可な戦力では浪費になってしまう。結局の所、呂布か変態の二者択一。悩む、悩む、悩む、悩み、そして決めた。
(恋で、最も信頼できる恋で行く)
かくして、恋姫世界最強と最狂がぶつかる事が確定した。
三千二百名の兵士が居並びたった一人の男を注視している。六千の視線を浴びても男は微動だしない。その視線は様々なモノを含んでいる。畏怖、敬意、好意、情欲、羨望、期待、渇望、狂気等々本当に様々な感情が注がれている。その全ての視線に返す様に男は兵士達を見る。
「さてと、諸君、戦争の時間だ。大馬鹿者共、思うが儘に満たせ、喰らえ、貪れ、滅ぼせ。そして・・・・・・・・・・・親愛なる凡夫諸君、哀しい事に殺し合いの時間だ。私から諸君に伝える言葉は何も変わらない。誰の為でもない、己の為に戦え。帰りを待つ者の為に、未来を共に歩む者の為に、そして己が生きるべき未来の為に戦え。私の為に、そして我が主君公孫伯珪の為に死ねとは言わない。唯、幽州の、諸君らが生きるべき場所の為に死ね」
男は、李信はそう言って言葉を切る。言葉は三千百人の兵士達に染みわたっていく。
「恐れても良い、怨んでも良い、憎んでも良い、しかし、逃げるな、決して逃げるな。死に際に諸君等を死地に送り込んだ私を怨め。断末魔は私への怨嗟で構わない。けれど、逃げるな。世界は、逃げる者に容赦はしない。逃避による安息等この世界には存在しない。生きる事は戦いだ!!!」
熱を帯びて行く李信の言葉。その熱は確かに伝導していく。
「天に祈るな!!!心挫ける!!!過去を思うな!!敵は前に在り!!!天は助けを請う者を助けたりしない、慈悲を請う者を救ったりしない!!!戦え!!!生きる為に戦え!!!戦いとは祈りそのもの!!!呆れ返る程の祈りの果てに平和は訪れる!!!私が!!!私達が齎す!!!この手で!!!」
熱は灼熱に変わり狂気は伝染する。公孫軍を構成するのは遼西の兵士、ここにいる全員が李信の勇姿を知っている。自らに訴える青年が己を殺し、自分達の為に命を賭けた事を知っている。自分達と同じく脆くちっぽけな存在であると知っている。誰よりも自分達を知っている事を知っている。そして、疑い無く此処にいる全員が、彼が命を預けるに足る将であると知っている。李信はどす黒く変色した旗を掲げた。
「諸君等の死は無駄にしない。諸君等の血が浸み込んだこの鮮血旗、諸君等の命は既に私と共にある!!私だけでは無い、この旗に血を浸み込ませた者は全て掛け替えのない同志戦友だ!!!例え、我々が全員討ち果たされようともこの旗がある限り、意志は、願いは、祈りは受け継がれる!!!私の背中を、命を諸君等に預ける!!!そして、諸君等の命を私にくれ!!!!」
李信の言葉が終わると同時に大気が爆発した。怒号、三千の人間が吼える、吼える、吼える。隣の人間に負けないとばかり一人一人が声を張り上げねずみ算式に士気が膨れ上がる。大気を揺るがす兵士達の戦気を受けて公孫賛は知らず身震いする。これ程の士気の高まりを彼女は生まれて初めて受けたのだ。その意志の奔流に圧倒された。それは隣に居る鍾会も同様で目を見開いて震えている。
「勝利の栄光を!!!!」
〆とばかりに李信は鮮血旗を高々と掲げる。それに合わせて兵士達は一糸乱れずに己の武器を掲げ唱和する。
『君に!!!!!!!!!』
李信達の鼓舞が終わると同時に汜水関が開始される。主力は袁紹軍、その潤沢な財源を活かした攻城兵器群で汜水関の破壊を目論む。二十基という桁違いの数の投石機を動員した事からも袁紹の本気具合が伺える。李信達はというと、助攻として汜水関の両脇に聳える崖に進軍布陣して董卓軍を牽制する役目を担った。崖の上から矢を射掛ける事でプレッシャーを与える、という名目だが李信も公孫賛もそんな事をする心算はサラサラない。
「なあ、幸平、誰が来ると思う?」
馬上で公孫賛は併走する李信に問い掛ける。迂回し崖に展開する自分達に董卓軍がどの武将を差し向けるか。
「そうですね。地の利があるとは言え、山では自慢の涼州騎馬隊は大きく制約されます。そう考えると張遼はまず抜けますね。残るは華雄、徐栄、樊調、そして呂布辺りでしょうか。賈文和は我々を侮ってはいませんでした。それを前提に考えると半端な戦力を送る事はしないでしょう。軍師共はそう考えています。問題は彼女が我々をどの程度であると評価しているか、そして何時切り札を切るかです」
李信の懸念は董卓達の切り札である賊軍勅許を何時賈詡達が切ってくるかだ。勅許の話を聞いた途端に公孫賛が挙動不審になる。仮に勅許が出された時、幽州の民草は自分に着いてきてくれるか、自信が無いのだ。
「まあ、幽州は問題無いでしょう。白蓮様の治政に何ら問題はありません。確実に良くなる補償が無い限り民が離反する事はありませんよ。漢王朝の正当性で生活が良くなると考える目出度い頭の人間は居ないですから、不安になる必要はありません」
李信の言葉は本音だ。彼には幽州の民が裏切らないという確信があった。
「そうはいってもな」
それでも公孫賛の顔は晴れない。根本的に自分に自信が無いのだ。その様子を見て溜息を吐く李信。一々そうやって気弱な処を晒していては部下に舐められる。現に鍾会は侮りの視線を向けている。李信個人としては自信過剰よりもマシなのだが、それを表に出す出さないは別問題だ。
「別に不安になる事は無いでしょう。仮に誰かしらが白蓮様の地位を奪ったとして何だというのです?そんなモノは力尽くで排除すれば良い。貴方は唯命じるだけでいい」
何かあれば自分が解決する、そう言い切る李信に公孫賛は瞳を潤ませる。淡々と投槍にすら感じられる様に伝えられたその言葉はだからこそ公孫賛の心に響いた。何の感情も差し挟まない、当たり前の事として簒奪者を処分する。当たり前の様に自分に忠義してくれる。そのことが嬉しくて仕方が無いのだ。
「何で泣くんです?!!」
「う、うるしゃい」
李信の驚きに気恥ずかしいので顔を背ける公孫賛。その心中を無駄に敏感に察知した一部のデバ亀根性溢れる変態はニヤニヤと二人を見遣る。敵地目前を行軍しているのにも関らず弛緩した雰囲気が軍内に漂った。その弛緩も一人の変態の警告により一瞬で砕け散る。
「見られてる」
簡潔な報告、それの意味する処は自分達が敵に捕捉されたという事。不慮の遭遇を避ける為に公孫賛達も当然の様に斥候は出していた。その警戒網を掻い潜られて接敵されたのだ。
「勘付かれるな、大隊各員に通達後に各伍長にも通達しろ。白蓮様、敵に捕捉されました」
李信の言葉に公孫賛は表情を引き締める。事態を正確に理解した。先手を取られた、一方的に自分達だけが捕捉されている状況。
「取敢えずは暫くこのまま行軍だな。私達の斥候から未だ発見の報告が無い以上は至近には敵はいないだろう」
「はい、事前に我々もこの地の地形は把握していますが、有効な進軍路までは把握しておりません。敵の展開速度が判らない以上油断は禁物かと」
思わしく無い。主導権を握られかねない流れだ。また不利な戦か、と李信が内心辟易していると凍てつく波動が彼の体を駆け巡った。急速に李信の思考が、精神が、肉体が臨戦態勢に入る。死の恐怖が、殺意が、彼を戦う事へ特化させる。李信は普段は抑え込んでいる、正確には自己暗示によって認識しない様にしている忌まわしい感覚を解放する。
(つっ――――――――――――――――――――――――――――――)
解放と同時に雪崩れ込んで来る雑多な意志の奔流。
(殺したい、犯したい、食べたい、殺したい、殺したい、食べたい、犯したい、苛めたい、虐めたい、嬲りたい、泣かしたい、哭かせたい、鳴かせたい、虐めて貰いたい、犯られたい、戦いたい、満たしたい、強姦したい、褒められたい、褒めて、舐めて、殺す、舐めて、挿れて、挿れて、満たされたい、愛して、愛して、見つめて、振り向いて、抱いて、脱ぎたい、脱ぎたい、脱ぎたい、キモチイィ)
全て己の業に忠実な大隊の変態共の“声”だ。絶え間無く流れ込んでくる薄汚い欲望の中から異物を探り出す。そして見つける。流れ込んでくる“声”の中に、欲望の中に確かな殺意が紛れ込んでいた。
「おおおおおおおおおおお」
殺意の出所を察知する同時に標的を理解した李信は限界を超える。隣にいる公孫賛の腕を掴むと力の限り己の方に引き寄せつつ、自分の腕で射線を塞ぐ。引き寄せると同時に飛来した矢が李信の腕を抉り、公孫賛の頬を斬り裂き李信の乗馬の後脚へ突き刺さる。
「幸平様!!!」
「伯桂様!!!」
思わぬ攻撃に驚き浮足立つ隊員と公孫兵達。主君が狙われたという事実で頭が真っ白になったのだ。
「龍子!!左方三十!!!」
対応しない兵に対して怒鳴る李信。彼に名を呼ばれに気を持ち直した太史亨は即座に対処する。
「弓兵!!!左方三十、制圧三射!!!!」
近くの弓を持つ兵から引っ手繰ると率先して矢を放ち、後続の弓兵に方向を指し示す。絶対に逃さないとばかりに放たれる矢。何人居ようと殲滅するとでも言いたげな制圧射だった。
「次構え!!!李正、筍角、金斗、金羽、特攻して下手人を捕えてきなさい!!!」
「うぇ~」
「いいから逝きなさい!!!」
不平を漏らす変態の尻を蹴り射手の確保を命じる太史亨。許し難い失態、即応すべき状況で動きを止めてしまった事に対して激しく後悔していた。汚名返上の為にも何としても射手の確保が必要だった。
「幸平!!大丈夫か!!!」
「はっ、右腕を抉られただけです。大事在りません。一応毒を警戒して白蓮様も血を抜いて下さい」
毒矢である事を警戒し李信は傷口を抉り瀉血する。李信の感じた殺意は一つ、単独行動からの狙撃であるから暗殺者だと推測した。暗殺に毒は常套手段の一つだ。感じた殺意の感覚は暗殺者のソレでは無かったが、警戒して損は無い。
「それにしても敵は随分攻撃的な様です。単独で頭を獲りに来るとは思いませなんだ」
「単独?敵は一人か?何でそんな事が解るんだ?」
「殺意が一人でした。もし集団であれば一矢というのは有り得ないでしょう。確実さを求めて少なくとも十は有る筈、それが一矢ですから」
腕も相当良い。頭蓋を砕いて即死させる軌道だった。面積の大きい胴よりも頭蓋を狙う辺り自信があるに相違ない。李信はそう判断した。一方その射手だが彼女は逃走の真っ最中だった。降り注ぐ矢を剣で打ち払い逃げ続ける。赤紫の髪と触角を揺らしながら山道を駆け抜ける。射手の名は呂布、なんと直々に単身殺しに出張ってきていたのだ。彼女が単身襲撃を目論んだのは他でもない、己の敵を見定める為だ。その結論は最悪。自分の勘が間違っていなかった事が恨めしかった。呂布はこの時点で大隊の本質を理解していた。前例の無いにも関らずその頭抜けた戦闘本能で理解してのけたのだ。アレは、あの集団は、群でありながら一己の生物であると。そして、その生物に自身一人では勝ち目がないと。
呂布は逃げる事を一端止める。彼女の直感が敵意を感じて足を止めさせたのだ。彼女はゆっくりと周囲を見回しながらも殺気を振りまく。一切の加減の無い本気の殺気だ。中華最強の武の化身の放つ殺気は大気が震えていると錯覚する程に圧倒的だ。如何に常軌を逸した変態といえども堪えるのは並大抵の事では無い。
「出てこい」
呂布は静かな声音だが、しかし有無を言わせぬ強制力を持って潜む敵に命じる。それに応えるかのように四人の影が飛び出る。前後左右四方を塞ぐように立ちはだかったのは、太史亨より下手人の拿捕の命を受けた四人の変態。李正、筍角、金斗、金羽の四人だった。
「お前さんが襲撃者か?何者だい?」
四人を代表して筍角が呂布へ問い掛ける。対して呂布は無言で剣を引き抜き構える。愛器である方天画戟は弓を持つ為に置いてきていた。慣れた武器では無いが、天下無双の彼女が振るえばそれは等しく死神の鎌だ。
「おいおいおいおい、無視だよ、この娘。名前だけ聞いて帰れば良いって考えてたのに。これじゃ、死体にして持って帰らんとあかんやん」
「太史亨殿の命令は捕縛、或いは抹殺です。そもそも、白昼に堂々と単身狙撃する様な剛の者が諾々と降る筈が無いでしょう」
筍角のボヤキに金斗が冷静に評価を述べる。彼らは呂布の容姿は知らないが、発せられる殺気から化け物である事は当たりが付いていた。
「つーか、さ。コイツ呂布じゃね?殺気半端無いんだけど。御大将のマジ切れ時並みの殺気って冗談じゃないぜ。俺、帰りたいんだけど」
「そりゃー無理だぎゃ。おい達でしばけつーわれたぎゃ。できなきゃおい達がしばかれるぎゃ」
呂布の力を理解した金羽は完全にヤル気零発言、李正も渋々と言った風で気乗りはしていない。
「囲んでフクロにするしかないわな。何時も通りだ」
筍角の言葉を皮切りに四人は得物を構える。20センチ程の巨大な釘の様な鉄器、大隊で使われる投擲武器の一つ不安煉だ。
「逝け、不安煉」
「イケよぉ、不安煉!!!」
「不安煉!!!」
「不安煉だぎゃ!!!」
四方向からそれぞれ時間差と狙いをずらした投擲、その数24本。物理的に突破不可能な全方位攻撃、防御し様とも確実に何処かしらに突き刺さる。そう、防御不能の飽和攻撃の筈だった。
「・・・・・・・シッ」
決して弱く無いその投擲を呂布は剣風だけで逸らし全て捌ききった。その理不尽に四人の変態は呆然としてしまう。そして、その隙を見逃す程呂布は甘い人間では無かった。
「死ね」
神速の踏み込みから振るわれる剣閃。その閃きは逸脱した変態をしても視認する事が困難だった。一刀の下に首を刎ね飛ばされる筍角。
「一人」
死のカウントが始まる。変態達は包囲し動き回りながら投擲と接敵を繰り返して呂布の消耗をはかる。
「この、この、この、この」
不安煉を投げる、投げる、投げる、投げる、投げる、投げる、拾う、投げる、拾う、拾う、拾う、投げる、投げる、拾う、投げる、拾う、投げる、投げる、拾う、投げる。間断無い波状攻撃。それを呂布は、避ける、避ける、躱す、捌く、弾く、弾く、躱す、避ける、弾く、躱す、弾く、掴む、弾く、投げ返す、掴む、掴む、投げ返す、弾く、躱す。千日手の様相を呈する両者の戦い。呂布にとって時間は敵だ。彼女としては速やかに変態共を殲滅して帰路に着きたい。
誰一人として生かして帰す訳にはいかない。彼女はその類稀な戦闘本能で察していた。何一つとして情報を敵に与えてはならないと。現状は自分達が有利、だが、情報が敵に渡れば主導権を奪われると。だから、何としても変態は皆殺しにしなければならない。しかし、それが難しい。変態共は只管時間稼ぎに終始して近付いてこない。柄にも無く焦りを感じる呂布。僅かな気の揺らぎ、それを敏感に金羽は感じ取った。実の所、変態達も焦っていた。既に、彼らの裡では敵が呂布である事は確信していた。問題は状況が拮抗している事、そして呂布が自分達を生かして帰す気がない事だ。彼らは呂布が自分達を生かして帰す気がない事も察していた、そして彼女と同様に彼らも敵の増援を恐れていた。敵が文字通りの単騎である事など常識的に有り得ない。当然の様に他にも敵がいると想定していた。
だから、彼らは撤退の機会を伺っていた。そしてその機会は来た。呂布の揺らぎを察した金羽が己の切り札を持って呂布を討ちに出た。
「ゲリャァァァア」
裂帛の気合いと共に金羽が呂布へ吶喊する。脳のリミッターを解除し逸脱した身体機能を更に外れさせる。筋繊維が断裂する音を無視し、呂布の眼前へ肉薄する。彼が呂布を間合いに捉えた時には既に彼女は迎撃の体勢を取っていた。殺れる、呂布は自分の勝利を確信した。金羽を討ち取れば均衡は崩れ呂布に傾く。
「フン!!!!」
しかし、その確信は揺らがされた。呂布の眼前であろう事か金羽は脱衣した。それこそ、呂布の認識限界を突破した早業を持って全裸になった。彼女が目の前の異常を認識したと同時に金羽はブリッジした。見せびらかす様にその逸物を晒しながらの見事なブリッジを作る。そして、同じ様に彼女の認識と同時にブリッチを解除し、そのままジャックナイフを決行する。呂布の頭の高さまで垂直跳び、その視界を己の股間で埋め尽くす。これが金羽の切り札。
――――――――保身無き零距離脱衣
――――――――全裸ブリッジ
――――――――眼前ジャックナイフ
極上の変態機動の三連コンボ。公孫軍最強の武将郝萌すら模擬戦で仕留めた必殺技だ。極上の連続変態機動によって強制的に意識を停止させ絶対的な隙を生み出す外道技。簡単に言えば、連続して人間の処理できる限界を超えた情報を叩き込む事で意識をフリーズさせる。
「ハァ!!!」
その生み出した隙を容赦無く突き敵を殺す。一撃で仕留める為に金羽は頭蓋を砕かんと不安煉を握ったまま振るう。通常の武将であれば、常識と良識を兼ね備えた武将であれば確実に死んでいた。しかし、呂布は通常の武将では無い、彼女は最強であり、ある種彼ら変態と同じく化け物の類だ。その逸脱した戦闘本能は理性によって生じた隙を見事にカバーしてのけた。腕を犠牲に金羽の不安煉を防ぐ。
「何ィ!!!!」
文字通りの必殺、なまじ自信があっただけに防がれた金羽は動揺して動きを止めてしまう。皮肉な事に自分が仕掛けた筈の状況に自分が嵌ってしまっていた。逸脱した変態にして恐れさせる郝萌すら仕留めた技、それが防がれたのだ。意識は完全にフリーズしてしまっている。そして、それは金羽だけでなく残る二人、李正と金斗も同じだ。その決定的な隙を逃す呂布では無い。瞬時に目の前の金羽を切伏せると最も近い李正に肉薄する。流れ出る腕の血を李正の顔面に振り掛け目潰し行う。そして、一撃目で彼の武器を叩き落とし返す刀で頸を刎ねる。正に瞬殺だった。一対一で残る金斗に勝算は無い。例え片腕であろうとも呂布にとっては十分過ぎる。
「ひゃうまいあぁぁぁ」
奇声を上げて逃げようとする金斗。呂布は追い縋り蹴り飛ばす。
「ヒギャ」
情けない声を上げて地面を転がる金斗。そして、その背後から横一文字に剣を振るう呂布。深々と斬り裂かれた首からは血が溢れ大地を染める。死を確認すると呂布一目散に撤退する。変態達の骸が李信達に確認されたのはそれから凡そ二時間後。一向に帰還しない変態達を探しに出た斥候が憐れな骸を見つけたのだった。
袁紹・公孫賛先頭の汜水関攻め一日目の夜。夜天に輝くのは上弦の半月、所々に雲が浮かぶ。董卓軍からの夜襲を警戒して諸侯の警戒は事の他厳しい。篝火の数は常時の三倍、歩哨は四倍の数を警戒に回している。これだけ警戒していれば流石の董卓軍も夜襲は不可能、全ての諸侯がそう考えていた、かの曹操ですら警戒しつつも有り得ないだろうと考えていた。普通の感性をしていればそう考えるだろう、普通の感性をしていればだ。此処に至っても連合諸侯は敵の本質に気付いていなかった。敵は異常であるという事を、常識等軽く無視してのける輩であると。
そう、異常に警戒しているその連合陣地へロリコン共は接敵していた。汜水関の城壁上で統括役の軍師李儒は連合の警戒振りを眺めながら嗤う。灯りを増やして闇を払い、人を増やして闇を見据えれば防げると考えている。余りに短慮で浅慮の極み、戦いを、闘争を知らない賊退治しかした事の無い張子の軍勢。
(匪賊殺し悦に入り、武を誇る程度の武将擬共が格の違いを教えてやる。軍略を齧った程度で戦争を知った気になっている軍師擬共、本当の軍略を魂魄に刻み冥途の土産にするが良い)
ロリコン共が接近したのは目前の袁紹軍では無く、後方の後詰の諸侯軍。今まで全ての夜襲は最前線にいる諸侯に限られていた。後詰の諸侯軍の兵の大半は自分達が襲撃対象になっているとは思っていなかった。正確には思いたくなかった。諸侯軍は全てロリコンの襲撃を受けている。その暴威を知っている。だからこそ、各諸侯は警戒を厳にする様に兵士達に言い渡していた。当然の判断、軍略以前のレベル、常識の範疇だ。だが、諸侯は知らない。一見万全に見える厳戒態勢に思わぬ落とし穴がある事を。
厳重な警戒態勢、煌々と輝く篝火は各陣地を浮かび上がらせる程だ。これだけ厳重に警戒していれば流石の董卓軍も近付けまい、兵士達は誰もがそう思っていた。闇を払う光に兵士達は安心した。それは当然の心理だ。そもそも、過剰なまでの篝火もそういった心理効果を狙っているのだから。夜襲の恐怖を逓減させる篝火で士気の減退を防ぐ。内と外に効果を発揮する策、深い思慮に基づいた見事なモノだ。これを提案したのは諸葛亮、臥龍の名は偽り無し、と言った処だ。
しかし、この策には穴があった。小さな小さな穴が存在した。兵士達の士気の減退を防ぐ為の篝火、これは確かに効果を上げていた。兵士達は煌々と燈る光に安心していた。そう、安心してしまったのだ。警戒すべきこの時に、緊張すべき夜に、精神を弛緩させてしまったのだ。慢心、油断、戦場で命取りになる一位と二位の条件を自ら呼び込んでしまっていた。成程、常識的に軍略的に見れば今夜襲をかける事はリスキーだ。だが、兵の心理状態を予想できる者ならば逆に最高のチャンスになる。李儒はそれができる人物だった。そして、どんな警戒網にも必ず穴がある。ロリコン共はそれを見破れる人間達だった。
結果として全ての策は裏目にでてしまう。強襲である夜襲が奇襲に様変わりしてしまった。敵の襲撃を強力にしてしまう皮肉な結末。その混乱は初撃の袁術軍によっていきなりクライマックスになった。襲撃された袁術軍の兵士が方々の諸侯の陣に流入した事で混乱が一気に拡大。同士討ちが多発し味方か敵かが判別付かない大乱戦に発展してしまう。士気云々以前の状況だ。そんな大乱戦の中で統制を保つ軍もあった。原作キャラが率いる軍勢たちだ。
「かまわん!!敵味方関係無く刃を向ける者は斬り捨てよ!!!」
割り切った命令を下す周瑜。統制の回復を第一に考え自分達の周囲を固める手堅い判断。孫策を中心に敵を掃討しつつ味方を回収していく。
「アアアアアアア!!!!」
剣閃が瞬く度に人が死んで逝く。怒り狂った小覇王の武の前にモブ共は命を差し出す以外に選択肢は無い。心なしか袁術軍の兵が偏って斬られているように見えるのは気のせいだ。
「姉様!!突出しすぎです!!!」
無双する姉を諌めんと声を張り上げる孫権。しかし、その声は虚しく喧騒に呑み込まれる。
「蓮華様!!!私は雪蓮を連れ戻してきますのでその間に指揮を執ってください」
「解った!!冥凛頼む」
お守役の周瑜が暴れ狂う孫策を回収しに飛び出す。
「孫呉の兵よ、聞け!!!これより円陣にて防御陣を敷く!!!諸将は四方にて要を担え!!!動ける兵はその脇を塞ぎ負傷者を円陣の中へ!!!」
矢継ぎ早に指示を下していく孫権。武勇は兎も角指揮能力という点では彼女は見事なモノだ。
「オラオラオラオラオラ」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄」
西涼連合も統制を護っていた。馬超と鳳徳の二人の圧倒的な暴力によって同士討ちどころでは無い。流入してくる兵を全て敵として斬り捨てて、内側に敵を入れないという大雑把な対策で統制を保っていた。周瑜よりも割り切りが酷い。だが、それによって西涼連合は既に軍として纏り出していた。
「皆いくよー!!蒲公英に着いてきてー!!!!」
馬岱が立ち直った騎馬隊を駆使して円陣を展開する。円状に駆けながら敵味方容赦無く蹂躙していく。夜間に騎馬隊を躊躇い無く運用する辺り涼州軍閥の練度が伺える。余程自信が無いとこの様な芸当はできない。比較的順調な原作キャラ陣営だが酷い状況に陥っている者達もいる、曹操軍だ。不運な事に彼女達は連合軍の中で最も手ごわいと勘付かれてしまっていた。よって最も効果の高いこの奇襲で全滅させんと戦力を集中されてしまっていた。
「いい気になるなー!!!!!!!!!!」
そんな不幸な曹操軍だが一人だけそれを不幸と捉えていない人物もいた。夏候元譲、夏候惇である。前回は良い様にやられ屈辱の極みを味わった彼女。その屈辱を雪がんと狙っていただけにこの夜襲は望む処だった。不幸中の幸いというのだろうか、彼女は周囲が安心する中で一人だけ気を張っていた。彼女は夜襲があると考えていた、正確にはあってくれ、と願っていた。御馬鹿な彼女は何時しか願望と現実をごっちゃにして夜襲があるモノと、勝手に自己完結していた。だからこそ、彼女はロリコン共の夜襲に即応できた。周囲の陣地が慌ただしくなり現状把握に奔走していた時点で夜襲への備えを行なえた。
単なる偶然だがこれはある種の必然だったのかも知れない。彼女は原作キャラであり仕えるのは覇王曹孟徳、そんな重要人物をロリコン如きに討ち取られる等許される筈が無い。
「前の様にいくと思ったか???!!舐めるな!!!」
七星餓狼が薄闇の中激しく瞬きロリコンと所属不明の兵を片っ端から斬り伏せていく。
「前の分も含めて貴様等全て華琳様への首級にしてくれるわ!!!」
気炎を上げる夏候惇、その気迫に刺激されて配下の兵達も士気を高める。
「このっ、糞年増がぁぁぁぁ」
対して目論見が外れたロリコン達は焦ったふりをしながら夏候惇に襲い掛かる。そう、振り、欺瞞だ。襲撃者たるロリコン達は曹操軍の素早い対応を理解した瞬間に方針を変更した。内部浸透による首級狩では無く、包囲拘束へ切り替えたのだ。各諸侯の首級を取る事は最優先課題だが、別に曹操という個人の首級を取る事は最優先課題では無い。曹操に拘泥するよりも他の混乱している諸侯を狩った方が効率的だ。例え、今回の夜襲で曹操の首が獲れなくても、野戦で真っ向から獲ればいいだけなのだから。だからこそ、曹操軍は統制を維持できている。仮にロリコン共が本気で首を獲りに来れば今頃曹操の首は飛んでいる。単純な戦力比は彼らの方が圧倒的に上なのだから。
「がぁ!!」
「御主人様!!!!」
その包囲の一角で曹操軍に属する一刀は襤褸雑巾にされていた。ロリコンの一人に手も足も出ずに地を舐めていた。
「雛里うぉ・・・・・離せぇ!!!」
彼は屈する事無く勝算無き特攻を繰り返す。彼が無謀な特攻を決行し続ける理由は、ロリコンに仲間である鳳統が組み敷かれているからだ。ロリコンの下半身は既に露出しており最早猶予は無い。攻勢を、特攻を緩めれば無惨に鳳統は蹂躙されるだろう。それを理解しているが故に一刀は退かないし退けない。例え、勝てないにしても自身が居る限り、特攻し続ける限り彼女は護られる。
「雛里にぃ触れるな!!!」
己の逸物で愛した少女が蹂躙されるのを座視するなど彼のプライドが許さない。剣を構え数えるのも忘れた特攻を敢行する。一刀の渾身の一撃をロリコンは虫を払うかのように片手で弾き、突進の勢いを利用して左右交叉ぎみの肘鉄を鳩尾に叩き込む。
「ガハァ」
カウンターで入ったために激痛通り越して意識が遠退いて行く。呼吸困難で全身が痙攣しだらしなく口から涎を垂らす。
「ひゃはははははは」
ロリコンの勝ち誇った哄笑が上がる。もう、堪えられないとばかりにそそり立つ逸物が鳳統を蹂躙し様と狙いを定める。鳳統は身を竦ませその巨大な砲身を見つめる事しかできない。しかし、撃鉄が落ちる事は無かった。代わりに落ちたのはロリコンの首だった。噴水の様に吹き出す血飛沫が組み敷かれた鳳統を汚す。
「へえ、単なる種馬かと思えば、中々気骨があるじゃない」
ロリコンの首を刎ね飛ばしたであろう人物が感心した、とでも言いたげな声音で蹲る一刀を見下ろしていた。頭部の殆どを布で巻いている為にその容姿性別は不明だ。躰も小柄で高い声で少女にも少年の様にも思える。突如現れた怪しい人物に鳳統は恐怖が抜けきらず、一刀は未だに呼吸が回復せず対応できない。
「その女への執着は嫌いじゃないよ。副長が毛嫌いしていたからどんな屑かと思ったら見れるじゃないか」
そこへ何とか気を持ち直した鳳統が不審者に話しかける。
「あ、あの、貴方は一体」
「問題は君が種馬か否かではない。あの大将が警戒するだけの可能性、それに興味があるんだ、北郷一刀君」
鳳統を完全に無視して一刀の顔を除く不審者。
「君の裡にある可能性の獣を見せて貰いたいな」
そう言いながら不審者は覆面を取り去る。覆面の下から出て来たのは少年とも少女とも取れる中性的な面貌。
「名乗らせて貰おう、魯迅、字は正伝、公孫賛所属・李信配下“最初の大隊”の隊員だ」
そう言い覆面の人物は不敵に微笑んだ。
あとがき
転生人語第十話如何でしたでしょうか。
今回は激突への前哨戦、呂布さんによるまさかの威力偵察兼狙撃が実行されました。幸平君と呂布さんの初邂逅は幸平君の黒星。幸平君は右腕を負傷し変態五人を損失、一方的な敗北を喫しました。主導権は現在呂布さんの手元、果たして挽回できるか。
ロリコン共は性懲りも無く夜襲を敢行。盲点を突いての夜襲は大成功を収めました。しかし、肝心な面子の討伐はならず、この見逃しが戦局にどう響くのか。