休日ということでいつもより多い人通りの中を騒がしく歩いている集団がいた。それは十人ほどの女性の集団。だがその集団はまるでアイドルグループのような注目を周囲の人々から集めていた。それは彼女たちの容姿のせい。一人ひとりが間違いなくアイドルに間違われてもおかしくない程の美貌の持ち主。それが十人近く。しかもその服装も普通ではない。まるで貴族のようなドレスを着た女性もいれば、白衣、巫女服など多種多様。コスプレと思われてもおかしくないようなラインナップ。これで人目を集めない方がおかしいと思えるようなおかしな集団。それがせんだんをリーダーとする川平薫の犬神達、序列隊の姿だった。
「見てください、新しいお店がまたできてますよごきょうやちゃん! これはぜひとも潜入してみなくては!」
「これで何度目だフラノ。いい加減少し落ち着いたらどうなんだ」
「フラノにそれは無理。できるのならとうの昔にやってる」
「てんそうちゃんの言うとおりですよごきょうやちゃん♪ という訳でフラノは一足先に」
「それとこれとは話が別だ、フラノ」
「あ~ん、ひどいです~!」
自分達がそんな周囲の視線を釘づけにしていることなど露知らず巫女姿の少女、フラノが楽しそうにしながら通りを行ったり来たりしている。まるで興奮した子供のよう。もしかしたら子供の方がまだ大人しくしているのではないかと思えるほどのはしゃぎっぷり。それを見ながらもどこか慣れた様子で対処しているのが白衣を着た少女、ごきょうや。てんそうとともに暴走がちのフラノをコントロールすることが序列隊におけるごきょうやの大きな役割の一つだった。ごきょうやは慣れた手つきでフラノの服の襟元を掴みながら引きずり、てんそうはぼーっとしながらその後に続く。家の中でも外でも変わらない光景がそこにはあった。
「まったく相変わらずフラノは騒がしいよねー」
「ほんとほんと。ちょっとは私たちみたいに落ち着きを持ってほしいよねー」
そんなごきょうや達の姿を見ながらどこか優越感を、余裕をみせている二人の少女がいる。彼女たちは双子の犬神いまりとさよか。二人は小さい胸を張りながら自分達の方が上だと言わんばかりに騒いでいるフラノの様子を眺めている。もっとも序列で言えばフラノよりも下、年齢はともかく容姿では完全に中学生、下手すれば小学生にしか見えない二人の姿は端から見れば微笑ましいものでしかないだろう。少なくとも端から見ている分には。
「そう……じゃあその手に持っている物はなんなのかしら……?」
双子の背後からそんなどこか怒りが滲み出ているような、震えるような声が響き渡る。瞬間、いまりとさよかの背筋がびくんっと動く。それはまるで条件反射。おすわりを命じられてしまった犬そのもの。恐る恐る振り返ったそこには笑みを浮かべながらも背後に鬼を背負っている序列一位、リーダーせんだんの姿があった。
「せ、せんだん……これは、そのー」
「そう、あれだよ! お店の人がどうしてもって言うから仕方なく……」
しどろもどろになりながら弁解しようとするも既に手遅れ。双子は咄嗟に手に持っていたものを背後に隠そうとするが無駄な抵抗だった。そこにはいつのまに買ったのか大きなパフェが握られていた。しかもご丁寧に口元にはクリームが残っているというおまけ付き。ある意味フラノ以上に厄介なトラブルメイカーだった。
「嘘おっしゃい! まったく油断も隙もない……もっと真剣になりなさい。これは薫様からの指令なのよ」
好き勝手をやっている双子を叱責しながらもせんだんは改めて自分達の役目、任務を伝える。今、せんだんたちが揃って街中を歩いているのは何も休日を楽しむためではない。
街中の見回りと有事の際の対処。それがせんだんたちが今日と明日の二日間に渡って命じられた指令。そのためせんだんたちは休日の人ごみの中、パトロールと言う名の見回りを行っていたのだった。もっとも既にフラノや双子たちは飽きてきたのか好き勝手し始めてしまっていたのだが。
「ぶー、分かってるって。でもしょうがないじゃん。暇なんだもん」
「そーそー。もう長い間見回りしてるけど霊も妖怪も全然いないじゃん。何で見回りなんかが必要なのかな?」
「で、でも……きっと薫様の仰ることだから何か訳があると思うんだけど……」
せんだんもいぐさの言葉を聞きながらも考える。
確かにいまりとさよかが言うことにも一理ある。何よりも今回の任務には具体性がなさすぎる。討伐、もしくは対処する相手も目的も不明。場所も街中と曖昧なもの。そして二日間という時間の制約。いつも正確で無駄のない計画を立てる自らの主、川平薫らしからぬもの。だがその理由を尋ねようにも薫はこの場にはいない。今日明日共に薫は仮名と共に特別任務に入っている。その間の指揮、統率は自分に一任されている。ならばその責務を果たすことが自分の役割。いぐさの言う通り何か理由があるに違いない。もっともそれが何であるかは見当がつかないままだった。
「いぐさは真面目だねー。ま、そこがいぐいぐのいいところなんだけどさ」
「薫様も一緒に来て下されば良かったのになー。ほら、あそこに出来たお店。カップル専用のメニューがおいしいって評判なんだって。今度薫様に連れて行ってほしいなー」
「お、いいね。今度のお休みにお願いしてみよっか?」
「あ、あなたたち……」
あまりにも緊張感がないお気楽な双子の様子にせんだんは頭を痛めることしかできない。もはや怒る気すら失せてくるほど。確かにせんだんは几帳面であり堅物すぎるところが欠点でもあったが双子の自由奔放さには敵わない。とにもかくにもまだ任務の初日。初めから飛ばしすぎれば体が持たないと判断しせんだんは溜息を吐きながらも先頭で先導しながら見回りを続けて行く。いぐさはそんなせんだんに苦笑いをしながらも付いて行き、ぶーぶー文句を言いながらも双子もその後に続く。何だかんだ言いながらも長い間共に生活してきた者同士といったところ。だがそんな中、一言も言葉を発するとことなくあるお店をずっと見つめている少女がいた。
(カ、カップル専用か……)
それはボーイッシュな格好をした少女、たゆね。たゆねは騒がしい仲間たちの様子に気づくことなくじっとその店を見続けている。その胸中はあることで一杯だった。
それは啓太との約束。何でも好きな食べ物を奢ってもらうという約束だった。
(ど、どうしようかな……何でもいいって言ってたしならあれでも……い、いやこれは決してカップルになりたいからじゃなくてあくまで美味しいっていう料理を食べるためなんだから……!)
誰も突っ込んでいないにも関わらずたゆねは脳内で言い訳をしながら妄想にふけっていた。まさにツンデレの鑑のような姿。ある意味さよかたち以上に単純な、そして実は誰よりも女の子らしいたゆねの姿だった。
「どしたのたゆね? さっきからずっと黙りこんじゃって?」
「え!? な、なんでもない。ちょっと考え事を……」
だがあまりにも静かなたゆねの姿を不思議に思ったいまりが話しかけてくるも一人妄想世界に浸っていたたゆねは咄嗟に反応できずにおたおたとするだけ。だがもはやそれだけで十分だった。目は口程に物を言うというがもはやそんなレベルではない。いまりとさよかはどこか楽しそうな、それでいて邪悪な笑みを浮かべながら
「ほほう、それはもしかして愛しの啓太様のことですかな?」
たゆねの心の中を一直線に貫いた。あまりにも直球な内容、そしてビンゴな言葉にたゆねは言葉に詰まり赤面するしかない。顔から火が出ているのではないかと言うほどの赤面ぶりだった。
「なっ、何でそこで啓太様の話が出てくるんだよっ!? か、関係ないだろっ!」
「ふっふっふっ……私たちが何も知らないと思っていたのかな、たゆね君? 知ってるんだよ、たゆねが啓太様の学校に行く道にジョギングコースを変えてるってこと」
「なっ!? そ、それは……!」
「もうたゆねったら分かりやすいんだから。これはもうなでしこに報告するしかないかもねー」
「お、お前達! い、いい加減にしないと本気で怒るぞ!」
涙目になりながら追いかけてくるたゆねをからかいながら双子は縦横無尽に駆け回り鬼ごっこが始まる。いつもならたゆね突撃を使って追い詰めるのだが今は公衆面前であるためそれができずたゆねは二人を捕まえることができない。双子もそれが分かっているからこそたゆねをいつも以上にからかい楽しんでいる。もはや任務などなんのその。いつも屋敷にいる時と変わらない調子だった。
「あななたち、ここは街中なのよ! もっとお淑やかになさい!」
「あ、あの……せんだん。いつの間にかともはねがいなくなってるんだけど……」
「なんですって? 一体いつから?」
「すまない。少し目を離している間にどこかに遊びに行ってしまったようだ」
「ダメですよごきょうやちゃん。ちゃんと面倒見てあげないと」
「どうやら本当に私の検診を受けたいようだな、フラノ……」
次々と起こる好き勝手な事態に苦慮しながらも序列隊(ともはね除く)は当てもなく街中を歩き続けるのだった―――――
「それでね、けーた様はまたりゅーちじょーってところに連れて行かれちゃったの!」
「ふーん……」
狭いアパートの一室で二人の犬神がちゃぶ台を間に挟みながらおしゃべりをしている。一人はともはね。ともはねは興奮しているのか身振り手振りを加えながら一生懸命に話し続けている。まるで楽しかったことを必死に伝えようとする子供のよう。そしてそれを黙って聞いているのがようこ。明らかにアンバランスな、でこぼこな二人組だった。
何故こんな状況になってしまったのか。ようこは内心溜息を吐きながら思い返す。それは数時間前。ともはねが突然訪ねてきたことから始まった。どうやらともはねは啓太と知り合いらしくよく遊んでもらっていたらしい。最近はそれができていなかったため他の犬神たちの目を盗んで遊びに来た、というのがおおよその事情。もっともお目当ての啓太は学校の補習に出かけてしまっているため留守。ようことしては追い返してもよかったのだが意気消沈しているともはねの姿に仕方なく家に上げることにしたのだった。
だがようこはどこか飽き始めているかのような態度を見せながらともはねの話を聞いていた。もっとも最初からこうだったわけではない。初めは自分が知らない啓太の話を聞くことができ興味深くはあったのだが次第にそれに飽きてきてしまった。それはともはねの話が長いこと、要領を得ないこともあったのだがそれ以上にあることに気づいてしまったから。
それはともはねが話している内容は全て自分が知らない間の出来事。つまり啓太となでしこが一緒にいた時間の出来事であるということに。
話の中に出てくるのはなでしこと一緒にいる啓太の姿。
自分が知らない、知ることができなかった啓太の姿。
それを見せつけられているような、そんな心がざわつくような感覚がようこの中に生まれてくるもののようこはそれを何とか表に見せないようにしながらともはねの話を聞き続ける。啓太もまだ帰ってくる気配はない。この際なでしこでも構わない。なでしこにともはねの相手を任せて外に遊びに行こうと考えていると
「でもいいなーようこ。けーた様の犬神になったんでしょ?」
ともはねが思い出したかのようにようこに向かって問いかけてくる。一通り啓太の話をし終えて興味が別のことに移ったかのよう。ともはねは興味深々、目を輝かせながら身を乗り出してくる。
「まあね。でもあんたも誰だっけ……何とかって人の犬神になったんでしょ?」
それに圧倒されながらもようこはそれに応えることにする。もっともまだ見習い、本当の犬神になったわけではないのだがちょっとした見栄だった。同時にようこは思い出す。それはともはねの主。確か多くの犬神が憑いた犬神使い。山の中でちょっとした噂になっていた人物だったはず。
「薫様だよ!」
「そう、そのカオルって人の犬神になったんだから別に羨ましがることないんじゃない?」
「それはそうだけど……うーん、やっぱりいーなー……けーた様と一緒にいると楽しいから!」
「あっそ。でも確かあんた、ケイタのこと嫌ってなかったっけ?」
ようこは少し驚きながらともはねに聞き返す。それは啓太のこと。確か啓太は犬神達に相当嫌われていたはず。儀式のときもなでしこ含めて二人啓太に憑こうとしていたがそれ以外の犬神は見向きもせず落ちこぼれだのなんだの好きたい放題言っていた。そんな啓太に憑くのだからけなされたり馬鹿にされることはあっても羨ましがられることになるなどようこは全く想像していなかった。もしかしたら小さな子供のともはねだからなのだろうか。
「え……? そういえばそうだっけ? でもたゆね達は最近までずっとけーた様のこと嫌ってたよ。今はみんなけーた様のこと悪く言わなくなったけど」
「………」
きょとんとした姿を見せながらもともはねはそう答える。自分が啓太のことを悪く思っていたことなど既に覚えていないかのよう。
どうやら本当に啓太は薫の犬神達からは今は忌避されていないらしい。自分が山に閉じ込められている間に何かあったのだろう。そう、自分が知らない間に。
まただ。
また自分が知らないことが出てくる。まるで浦島太郎になってしまったかのよう。
自分だけが、自分に一人だけが取り残されてしまっているかのような感覚。
そう、まるで―――――
「ところでさ、ケイタとなでしこって普段どんな感じなの?」
そんな想いを振り払うかのようにようこは話題を変えることにする。だがようこ自身無意識に気づいていた。それが何であるかを。でもそれと向き合うことをようこは恐れていた。それに気づけばきっと自分はここにはいられなくなってしまう。そんな予感。
ようこはそれを頭の隅に必死に追いやりながらともはねに尋ねてみることにする。それは啓太となでしこの様子。一緒に暮らし始めて六日になるがやはり啓太となでしこは自分に遠慮しているのかそこが今一つ分からない。第三者であるともはねならきっと知っているだろうという狙いだった。
「けーた様となでしこ? うん、すっごく仲が良いの! 何かお父さんとお母さんみたいな感じがする!」
「お父さんとお母さんね……」
言い得て妙かもしれないとようこは納得する。確かになでしこは歳も歳で乳母のような雰囲気がある。加えてともはねのように小さな子供から見ればそう言う風に見えてもおかしくないだろう。だがあまり参考になる情報ではない。
「あとけーた様はいつもなでしこの胸を見てるの。けーた様はなでしこのおっぱいが好きみたい」
「う……お、おっぱいね……」
たじろぐような様子を見せながらもようこは何とか踏みとどまる。どうやら啓太は胸に関しては大きい方がいいようだ。というかともはねにもバレているなんてどんだけ見ていたのだろう。きっとなでしこも気づいているに違いない。誤魔化そうとしても男性が胸を見ているかどうかなんて女性から見ればバレバレなのだから。
だがとにかく胸についてはやはり一歩譲るしかない。あの巨乳には流石に敵わない。だが自分も決して小さいわけではない。これから成長する余地も十分残っている。絶望的な戦力差ではないはず。
「でもケイタは大変なんじゃない? 依頼を一人でしなきゃいけないんだから。なでしこは戦えないし、犬神としては致命的よね」
ごほんっと空気を変える意味で咳ばらいをした後ようこはどこか自慢げに宣言する。それは自分がなでしこと比べて勝っている点。犬神としての本分。破邪顕正。主と共に戦うことができるというアドバンテージ。ちょっと大人げないと思いながらもその長所をともはねに向かって告げるもののそれは
「え? なでしこはもう戦えるようになってるよ?」
ともはねの予想外の言葉によって粉々に砕かれてしまった。
ようこは息を飲みながらともはねに視線を向ける。まるで信じられないことを聞いたかのように。
当たり前だ。
『やらず』『いかず』のなでしこ。
それがなでしこの二つ名。
いかずではなくなったもののやらずであることは変わっていないはず。何故ならそれはなでしこが三百年以上前、大妖狐と戦った時から一度も破られたことのない戒め。なでしこにとってそれがどれだけの意味を持つかをようこは誰よりも知っている。なのに、それなのに―――――
「なでしこが……? いつから……?」
知らず、声が低くなりながらようこはともはねに問いただす。だがともはねはそんなようこの様子の変化に気づくことなく、隠すことなく自らの知ることを吐露していく。
「えっと……確か一カ月くらい前かな? その時すっごく強い死神とけーた様がはけ様と一緒に戦ったの。でも負けちゃってそこをなでしこが助けたんだって……あ! これ言っちゃいけないだった……ど、どうしよう!? よ、ようこ……みんなには内緒にしててくれる!? バレたらごきょうや達に怒られちゃうの!」
子供の無邪気さそのままに。それがようこにとってどれだけ残酷なことか解さぬまま。
「……ようこ?」
だがいつまでたっても返事を、反応を示さないようこの姿にようやくともはねは気づき話しかける。だがようこはそれが聞こえていないかのように黙り込んだまま。どこか俯きかげんに。その前髪によって表情を伺い知ることはできない。
「……なんでもない。それよりもあんたのご主人様……カオルって人のこと教えてよ。確か天才って騒がれてたけど」
「うん! 薫様はすっごく頭がいいの。それに優しいしみんな薫様のことが大好きなんだ!」
ようこが不自然に、強引に話題を変えたことに気づかないままともはねは気を取り直しながら楽しそうに答える。自らの大好きな主の話題。喜ばない理由などあるわけもない。
「みんな……? そう言えばカオルには何人犬神が憑いたんだっけ?」
「あたしを入れて九人だよ」
「九人? そんなに憑いてたんだ……それじゃあ色々めんどくさそうね……」
「そんなことないよ! みんな仲良しだし、薫様もみんなと遊んでくれてプレゼントもちゃんと全員にくれるもん! ほら、みてみて! この指輪がけーやくの指輪! あたしのは親指なんだ!」
「そ、そう……よかったわね……」
興奮しながら契約の証である指輪を見せびらかせてくるともはねにようこは圧倒されるしかない。すっかり毒気を抜かれてしまうほど。だが九人も憑いていたとは思っていなかった。流石に誰が誰に憑いたかまで全て把握しているわけではないので驚くしかない。ようこの中の薫像が凄まじいことになっていく中ふと気づく。
それは契約の証というフレーズ。
犬神使いと犬神の契約の証であり繋がり。
自分も啓太の犬神になればそれがもらえるのだろうか。
でもなでしこは既にそれを持っているはず。一体何をもらったんだろう。
ようこは思い返す。それは今のなでしこの姿。その中で自分が知っている、山の中にいた時の姿との違いを。ようこの頭の中に真っ先に浮かんだもの。それは
髪を結んでいる真っ白なリボンだった。
それが思い浮かんだのは見た目で目立つからだけではない。
いつか自分が外から帰った時になでしこがリボンを大切そうにしていたのを偶然見たことがあったから。
「そっか……そういえばなでしこがいつもしてる白いリボンがケイタとの契約の証なのね」
自分が持っていない物を持っているなでしこへの嫉妬を抱きながらもようこはそうぽつりと言葉を漏らす。
だがそれでも構わない。まだ自分がなでしこに追いつけないことは分かり切ってる。
時間の差。それを埋めることは容易ではない。啓太となでしこの間にある信頼関係、絆とでも言うべきもの。それをこの六日間でようこは身を以て味わっていた。
でもまだこれから。これからもっと頑張って、啓太に認めてもらえればきっと―――――
「ん? 違うよ。なでしこのけーやくの証はあの蛙のネックレスだよ?」
そんなようこの思考を断ち切るようにともはねが告げる。
告げるべきではないこと。
告げることによって全てが終わってしまう事実を。
「そうなの? じゃああの白いリボンは……?」
ようこは問う。
問うべきではないことを。
知るべきではない、それでも知らなくてはいけない残酷な事実。
「あれはけーた様がなでしこにぷろぽーずした時にプレゼントした奴だよ」
今までの、そしてこれからの自分を壊してしまう真実を。
「ようこ……?」
ともはねはどこか心ここに非ずと言った風にようこに向かって話しかける。それは感じ取ったから。小さな子供であるともはねですら感じ取れるほど今のようこの様子はおかしかった。まるで永遠にも思えるような時間の後
「それ……どういうこと……?」
その瞳にぞっとするほどの狂気の炎を秘めたようこが顔を上げる。既に空気が凍てついてしまったかのような霊力が、力が溢れている。その意味を、理由をようやくともはねは悟る。自分が犯してしまった間違いに。
今、四年前から定められていた運命の時へのカウントダウンが終わりを告げようとしていた―――――