どこか優雅な音楽が流れている喫茶店の席に二人の人影がある。一人は白衣を着た少女、ごきょうや。ごきょうやはどこか慣れた様子で自分の前にあるコーヒーを口に運び、嗜んでいる。様になっている、いや絵になっていると言ってもいい。とても見た目通りの少女とは思えないような落ち着きに、優雅さに満ちた振る舞いを見せていた。
そしてそれとは対照的なのが学生服を着た少年、啓太。啓太はどこか落ち着かない様子で店内をきょろきょろ見回している。まるで落ち着きがない、小市民丸出しの姿。もしなでしこがいれば恥ずかしさで顔を真っ赤にしてしまうほどの挙動不審っぷりだった。だが無理のない話。いきなりごきょうやに誘われて場所を移したものの、まさかこんな所に連れてこられるなどとは想像だにしなかった。
ここはこの辺りではかなり有名な喫茶店。その雰囲気からマダムやOLなどが主に利用しているという啓太にとっては全く別次元の、まさに聖域と言ってもいいほどの場所。男性お断りといった雰囲気が漂う女の園。言うならば女子校に男が一人放り込まれたようなもの。いや、それならば啓太にとって喜ぶべきところなのだがともかく今、啓太はとんでもなく居心地が悪い周りからの視線と雰囲気を感じ取り、挙動不審になってしまっているのだった。
「啓太様、どうかされたのですか……?」
「い、いやなんでもねえ! それよりもどうしたんだ、急に話がしたいなんて……」
「い、いえ……こうして啓太様と二人きりでお話できる機会など滅多にないので。ご迷惑でしたか……?」
そんな啓太の胸中に気づくことなく、違う勘違いをしてしまったごきょうやがどこか申し訳なさそうな表情を見せながら啓太へと尋ねてくる。どうやら無理して連れてきてしまったかと不安にさせてしまったかのようだ。
いかんいかん、とにかく落ち着かなければ……何だか予想外の展開に振り回されてしまったがここは心を落ち着けるんだ! しっかし訳分からん状況だ。白衣を着たごきょうやと制服姿の俺。店員も俺たちを見た時にはどこか呆気取られていたが無理もない。俺もそんな客がこんな店に来たら目を丸くするに違いない。どうやらごきょうやは結構この店を利用するらしくまったく気にしていなかった。もっともそう言う視線には慣れっこなのかもしれんが……
「そ、そんなことねえさ! 確かにお前、いつもフラノとてんそうと一緒にいるし、俺もちょっと話したいこともあったからちょうどよかったぜ」
「そうですか、そう言ってもらえると助かります」
ほっと溜息をつきながらごきょうやが笑みを見せながらそう呟く。その姿に一瞬ドキッとしてしまった。うむ、やはり普段クールなごきょうやのこういう姿は何か新鮮だ。しかも一対一という普段ならあり得ないような状況。大体ごきょうやはフラノ達と行動を共にしてるし……そう考えれば貴重な時間と言えるかもしれん。何か最近すっかり忘れてしまっていたが俺って最初は薫の犬神たちとお近づきになろうとしてたはず。様々なアクシデントや、その犬神達の個性によってすっかりそんなこと忘れてしまっていたがここはいっちょ初心に帰るとしますか……
ん? でもこれって端から見たらもしかしてデートに見えるのか? いや、俺の場合、なでしこがいるからもしかしてこれって浮気になるの……?
…………い、いや! これは浮気なんかじゃ断じてない! そう! ただ偶然会った知り合いと話をするだけだ! うん! 俺は決して疾しいことはしてない……はず。
そんな一人で百面相をしている啓太の姿にごきょうやは呆気にとられたまま。しかも大体何を考えているか何となく分かってしまうあたりが啓太らしいと言えば啓太らしい。まるで我が子でも見るかのような感覚を覚えながらもごきょうやは自ら話題を振ることにする。
「そういえば啓太様、お体の方は大丈夫なのですか? 死神との戦いで負傷されたと伺っていましたが……」
「え? あ、ああ! 怪我はもう何ともねえよ。大した怪我でもなかったしな……そう言えばお前達にも礼を言っとかねえとな。ケイ達のこと。薫と一緒に守ってくれたんだろ?」
「いえ、私達は何もしていません。ですが一番啓太様のことを心配していたのはたゆねでしたから。今度会った時にはたゆねにも声をかけて差し上げて下さい」
「たゆねが……?」
「はい。必死に啓太様を助けに行こうと訴えていました。もっともはけ様となでしこがいる以上、その必要もなかったのですが……」
まじで? あのたゆねがそんなに俺のこと心配しててくれたなんてどうにも信じられん。確かにそんなことを前会った時に口走ってたがまさかそこまでとは。うむ、これがフラノ達が言っていたツンデレという奴か。思ったことをそのまま口にできないなんてなんかの罰ゲームみたいだ。これからはあいつの言葉は全部逆に捉えなきゃならんということか? いや、面倒だからそれはやめとこう。そんなことしたらどんな目に会うか分かったもんじゃない……ん? そういえばさっき、何か違和感があったような……
「あ、ああ……ん? そっか、お前はなでしこのこと知ってんだったな」
「はい。フラノはもちろんですがてんそうも知っています。恐らく薫様も気づいていらっしゃたのではないかと……」
ごきょうやはコーヒーを飲みながら自分達の状況を啓太へと伝える。本当はともはねも気づいているので四人ではなく五人になるのだが。
「まあ当たり前か。しっかしフラノの奴、むちゃくちゃな予言しやがって……分かってたんならちゃんとそう言えっつーの……」
啓太も注文したコーヒーを飲み、大きな溜息を吐きながら愚痴をこぼす。ここにはいないフラノに向かって。正確にはフラノの未来視に対して。啓太はフラノに初めて会った時に予言を受けていた。だがその内容がむちゃくちゃだった。冗談としか思えない、人をからかっているのだろうと思わざるを得ない内容だったため、啓太もそのことはまったく気に留めていなかったのだが死神の一件が終わった時にやっとその本当の意味に気づいた。結果としては確かに嘘は言っていなかったのだがどうかんがえても悪意のある、いや悪意しかない取捨選択された内容だったため啓太は怒りを通り越してあきれるしかなかったのだった。
「フラノは必ずしも未来を本人に告げるわけではないのです。伝えない方が良い場合には特に。まあ、あの時は面白そうだからというのが半分以上の理由だったようですが……」
「半分どころか百パーセントだろ、絶対……」
ごきょうやはテーブルに突っ伏している啓太の言葉に苦笑いすることしかできない。間違いなく啓太の言うとおりであるため。だがフラノのために一つ弁明するならフラノもあの出来事は啓太となでしこにとって重要な出来事であるため、伝えない方がいいと考えていたのは本当だ。その証拠にフラノは最初、啓太に予言を告げるのを躊躇っていたのだから。なんだかんだで一応空気は読めるフラノだった。もっともそれをぶち壊すことの方が圧倒的多いのは事実だが……
「じゃあなでしこのことを知ってんのはお前ら三人と薫だけなんだな?」
「はい、おそらく。私もそのことは全く知らなかったので驚きましたが……」
「ああ。ばあちゃんも知らなかったみてえだし……知ってたのははけと最長老のじいちゃんぐらいじゃねえかな……」
それはつい最近知ったこと。なでしこのことは宗家、啓太の祖母ですら知らなかったらしい。そう考えると本当になでしこは長い間やらずを貫いてきたことになる。結果的には自分のせいでそれは破られてしまったのだが。そのことに啓太の表情に陰りが見え始めた時
「ですがなでしこもこれで救われたでしょう。何よりも啓太様と結ばれたのですから」
「ぶっ!?」
ごきょうやの言葉によって啓太は思わず噴き出してしまう。それはその内容もそうだが、双子やフラノではなく、ごきょうやがそんなことを言うとは全く予想していなかったため。
「け、啓太様っ!? 大丈夫ですかっ!?」
「だ、大丈夫……でもお前もいきなり不意打ちかましてくるんじゃねえよ……」
「も、申し訳ありません。そんなつもりはなかったのですが……」
慌てながらもごきょうやが差し出してくるおしぼりで後始末をしながらも啓太はまだむせ込んだまま。加えて騒ぎのせいで他の客たちの視線も集まりまさに針のむしろ状態。穴があったら入りたい程。
ち、ちくしょう……まさかごきょうやからもそれをネタにされるとは……いや、ごきょうやの場合は双子たちとは違ってからかう意図はなかったみてえだけど……ん? ちょっと待てよ……ってことはつまり……
「……ちょっと変なこと聞くんだけど……お前からみてさ、やっぱりあれってプロポーズみたいに見えたか……?」
「……? はい。違うのですか……?」
「い、いや……」
意を決して尋ねた啓太だが全く躊躇うことないごきょうやの答えに頭を抱えることしかできない。薫の犬神の中で常識人であるごきょうやから見てもそう見えたということはもはや言い逃れはできないと言うこと。いや、言い訳をする気はないのだがそれでもまだちょっとは猶予が欲しい、心の準備が、色々と覚悟を決めたいというのが啓太の本音。特に家族計画については慎重に。もっともそんなことをごきょうやに相談するわけにはいかないが。どう考えてもセクハラになりかねない。年齢でいえば自分を遥かに上回っているがそれでも少女であることには変わらないのだから。だが
「……成る程、なでしこが舞い上がって困っているのですね……」
「え!? な、何で分かんだっ!?」
そんな啓太の悩みを全て見透かすかのような言葉が返って来る。それは間違いなく啓太の、そしてなでしこの今の状況を理解した上での言葉だった。同時にごきょうやは静かに目を閉じる。まるでここではないどこかに想いを馳せているかのように。そんなごきょうやに啓太はただ目を奪われる。その表情を、雰囲気を啓太はかつて見たことがある。それはなでしこと一緒に薫の屋敷に泊まりに行った時。そう、それは
「……私となでしこは似ています。自らの主に想いを寄せている者同士ですから」
かつてごきょうやが自分の父、川平宗太郎の犬神だったと知った時。そして啓太は悟る。ごきょうやが自分を引き留めて話しかったことがやはりそのことだったのだと。
「ごきょうや……お前……やっぱり親父のこと……」
どこか気まずそうにしながらも啓太は尋ねる。なでしこと同じ、それはつまり
「はい、私はあなたのお父様、宗太郎様のことをお慕い申し上げていました……いえ、それは今も……」
目を伏せながら、腕を抱きながらごきょうやは独白する。かつての自分、そして今の自分の気持ちを。本当なら啓太に知られたくはなかった事実を。啓太には何の関係もない、自分勝手な理由を。
「そっか……やっぱ俺って親父に似てんの……?」
「……はい、間違いなくあなたはあの方の血を引いておられます。少し怖いぐらいに。さっき本屋であなたが帰ろうとされたのを追ってしまうほどに……」
ごきょうやはどこか言いづらそうにしながらも啓太を改めて見つめる。その容姿はまさに若かりし日の宗太郎。だが容姿だけではない。その仕草も、笑い方も、雰囲気も。見れば見るほどそれが見えてくる。思わずその後を付いてしまったほどに。その懐かしさが、切なさが自分を包み込む。それを振り切って新たな主、薫様に憑いたというのにわたしは――――
「悪かったな……ごきょうや……」
「え?」
突然の言葉にごきょうやは呆気にとられた声を上げるだけ。その言葉もだがそれは温もりのせい。自分の頭に啓太の手が乗せられている。それが自分を撫でている。それは忘れることなどできない、大切な主との思い出。
「俺が言うのもヘンかもしれないけど、親父のこと。そんなに好きだった親父に捨てられたんじゃ……ずっと悲しかったし、悔しかったろ? 親父の代わりに謝らせてくれ。ごめんな」
『よくやったな、ごきょうや。お前は主人想いのよい犬神だ』
自分をほめてくれる、一緒にいてくれた、かつての宗太郎の姿だった――――
「い、いえっ!? 啓太様が謝られることなどありません! これは私の都合なのですから……ただ知られてしまった以上はきちんとお伝えしなければと……」
しばらくぼーっとしてしまったものの、ふと我に返り、ごきょうやは慌てながら告げる。そう、これは自分と宗太郎様の問題。その子供である啓太様には何の責任もない。こうなってしまうのを嫌ってずっとこのことを隠していたのだから。
「そっか、親父ってその、お袋一筋だし、お袋はすっげえ嫉妬深いから……お前みたいな犬神がいるのをきっと許せなかったんだと思う」
「はい……ですが仕方がないことでもあったのです。奥様からすればいい気持ちがするはずもありませんから……」
仕方がないと言っているごきょうやだがやはりその姿には哀愁が、寂さがある。だが当たり前かもしれない。例えるなら俺がなでしこを捨てた様なものなのだから。もっともなでしこの場合はそんなことになれば身を投げかねない。
親父の奴、ほんとにお袋一筋……って言うかべた惚れだからな。ちょっと引いちまうぐらい。加えてお袋はすっげえ嫉妬深い。きっとなでしこ以上に。そんなお袋からすればごきょうやの存在を認められなかったに違いない。お袋に逆らえない親父もきっと泣く泣くごきょうや達を手放したんだろう。それが良いか悪いかは自分には言いきれないが。
「……でもそれはもう終わったことです。今は新しい主人である薫様と新しい仲間たち、それにこうして啓太様とも出会えたのですから。ですからこれからも今までどおりに接していただければ……」
ごきょうやはどこか笑みを見せながら啓太へと告げる。先程までの姿を見せまいとするかのように。だがそれでもどこか晴れやかな、ふっ切ったような雰囲気を見せながら。どうやら少しは役に立てたらしい。
「あったり前だろ! ……よしっ! じゃあさ、何でも言ってくれよな! 俺でできることなら何でもしてやるよ!」
「け、啓太様……何もそこまで……」
「いいっていいって! 親父の代わりにはなれないけどさ、お詫び代わりってことで」
ごきょうやはテンションを上げながら迫って来る啓太の姿に圧倒されるしかない。やはりこの方はこういう姿が一番似合っている。初めて会った者や形式を重んじる者たちには受けが悪いようだがそれを知っている者からすればこの気安さは、騒がしさは何ものにも勝る味方に、救いになる。
「やはり啓太様は面白い方ですね……なでしこが選んだ理由が分かった気がします。少し羨ましくなってしまうぐらいです」
もし、あの儀式の日、自分も参加していれば。
そう思ってしまうほどに。
「お、おいおい。冗談でもなでしこの前でそんなこと言わねぇでくれよな……どうなるか分かったもんじゃねえ……」
「ふふっ、大丈夫です。そんなことは決して。ですが啓太様も気を付けなければいけませんよ。女の嫉妬は怖いですから。何でも言うことを聞くなんて軽々しく口にしないように。本気で捉えられても言い訳できませんよ」
「だ、大丈夫だって! そんなこと誰にでも言うわけねえだろ! ははは……」
まるで母親のように、嗜めるようなごきょうやの言葉に啓太はどこか冷や汗を流すことしかできない。今のごきょうやにはまるで乳母のような雰囲気を感じさせるものがある。というかその忠告が心のどこかに警鐘を鳴らす。
まったくそんなこと誰かれ構わず言うわけねえだろ……うん、多分。なんだろう……何か俺、最近同じことを誰かに言ったような気がするんだけど……うん、気のせいだよな。思い出せないんだからきっと大丈夫。そもそもそんなことを気にすることなんてない。言ってて悲しいが俺ってモテないし……それがつい最近証明されたばっかだし……女って怖いな、うん。……っとそうだ!
「その、さ……答えたくなかったらいいんだけど……お前、今でもお袋のこと……恨んだりしてんの……?」
ちょっとこれは聞いておかなくては。親父のことは話してたけどお袋のことをどう思ってんのかまだ聞いてなかった。やっぱりまだ気にしてんのかな。
ごきょうやはそんな啓太の質問に一瞬、驚くような表情を見せる物の、すぐに笑みを見せながら
「そうですね……目の前にいれば紅を放ってしまうほどには」
何でもないことのように、何だか恐ろしいことを口にした。冗談かと思ったがその目は笑っていない。心なしか空気が張り詰めているような……い、いやきっと気のせいだろう! うん、俺は何も見てない、聞いてない!
啓太はそのままその数秒間を記憶の中からなかったことにする。それはまさに防衛本能、逃避。自分の心を保つための、ごきょうや像を守るための本能だった。
「………そ、そうか……あー、その……そうだっ! お前に聞きたいことがあったんだ!」
「聞きたいことですか?」
「おう! お前って医者希望なんだろ? だったら天地開闢医局のことに詳しいんじゃねぇかと思って……」
それが啓太がごきょうやに聞いてみたかったこと。なでしこが一体何をしに天地開闢医局に行っているのか。医者希望のごきょうやならきっと何か知っているはず。そう思い、啓太は事情をごきょうやへと説明する。これでやっと長かった疑問がなくなる。そう安堵しているとふと気づく。それはごきょうやの姿。いつまでたっても返事が返ってこない。一体どうしたのだろうか。だがごきょうやはしばらく何かを考え込んだ後
「啓太様、以外とえっちなんですね」
頬を赤く染め、上目遣いのままそんなよく分からないことを口にした。
なっ!? なんだそれっ!? 一体どういうことっ!? やっぱ男が聞いちゃいけないことだったのか!? っていうかごきょうやの破壊力が半端ないんですけど!? 何これ!? 事情を知っちまったせいか何かアンモラルな、禁断の魅力があるんですけどっ!? まるで未亡人の様な(親父は死んじゃいないが)こ、これはまずい! せっかくいい感じにまとまりかけてたのにここでぶち壊しにするわけには……
「も、申し訳ありません、啓太様っ! 決して啓太様をからかっているわけでは……ごほんっ、とにかくそれはなでしこから直接お聞きしたほうが良いと思います。決して啓太様にとって良くない話ではないはずです………恐らく」
「なんだよ最後の恐らくってのはっ!? 逆に気になって仕方ねえんですけどっ!?」
「それはまあ……啓太様、どうかご自愛ください」
そんなよくわからない混乱と共に啓太達は喫茶店を後にする。既に時間も十九時を回ったところ。辺りもすっかり暗くなってしまっていた。
「おお、暗くなっちまったな。送って行こうか、ごきょうや?」
「いや、お気持ちだけでかまいません。それよりも今日はすいませんでした。こんなに遅くまで……」
「い、いや……気にすんなって。俺も楽しかったし……」
そう言いながらも啓太は冷や汗を流し始める。それは今日、早く帰るとなでしこに伝えていたことを思い出したから。なのに自分は早くどころかいつもよりも遅くなってしまっている。一体どう言い訳をしたのものか。そんな会社帰りのサラリーマンの様な切実な窮地に追い込まれてしまっていた。そんな啓太の姿に思わず
「啓太様、ではここで。早く帰らないとなでしこが……奥さんが心配されますよ」
「なっ!? ごきょうや、お前……!?」
ごきょうやがどこか悪戯をするように告げる。まるで全てお見通しだと言わんばかりに。少女でありながら悠久の時を生きている、矛盾した存在だからこそ持てる魅力を発しながら。そんなごきょうやの姿に啓太は呆気にとられるしかない。胸中は唯一つ。
『女は怖い』
それが今回の啓太が得るべき、決して忘れてはいけない教訓だった。
ごきょうやはそのまま慌てながら走り去っていく啓太の後ろ姿をじっと見つめ続ける。その姿のとなりにいないはずのなでしこの姿が見える。同時に思い出す。リボンと共に告白をされた、結ばれたなでしこと啓太の姿。犬神使いと犬神。その主従を超えて結ばれた二人。それは自分が叶えることができなかった夢。それを今、なでしこは手にすることができた。それが本当に嬉しかった。確かに羨ましいと思う気持ちもあったがそれ以上に喜びがあった。きっとあの二人なら大丈夫。色々と困難はこの先ありそうだが(特にたゆねにとっては)自分はそれを見守らせてもらおう。まるで乳母のよう。これでは以前フラノに言われたことも否定できない。そんなことを考えていると
「あ! ごきょうやちゃん、やっと見つけました♪」
「どこにいってたの?」
ぱたぱたと騒がしい音を立てながらフラノとてんそうが近づいてくる。どうやら自分が遅くなっていたので迎えに来てくれたらしい。
「ああ、すまない。偶然啓太様にお会いしてな。お茶に付き合っていただいたんだ」
「え~? 啓太様と一緒ですか? ずるいです、ごきょうやちゃん! フラノもご一緒したかったです~!」
「私も」
「すまなかった。お詫びに何か買って帰ろう。何がいい?」
「え、ほんとですか? でしたらでしたらフラノはぜひ新しくできたお店のケーキが……」
「フラノ、あんまり食べたらまた体重増えるよ」
「ひ、ひどいです、てんそうちゃん! それは内緒にしてくれる約束だったのに~」
「まったく……とにかく行くぞ。あまり遅くなりすぎるとみんな心配するからな」
「は~い♪」
「わかった」
いつも通りの賑やかさに包まれながらごきょうやは歩きだす。かけがえのない仲間と共に、大切な主の元へと。失ってしまったものは取り戻せないけれど、それでも今の自分にはあの時にはなかったものが、大事なものがある。
たまには手紙でも書いてみようか。
正直まだ胸は苦しくてたくさんは書けそうにないけれど……今の私を届けてみてもいいかもしれない。
遠い異国の地にいる私のかつてのご主人様へ―――――