時は遡り、啓太が一人で仮名の依頼へと出ていってしまった時、場所は薫の屋敷。
一人の小さな少女がどこか不機嫌そうに、頬を膨らませながらもぱたぱたと自分の部屋へと向かっていた。それはともはね。彼女が怒っている、いや不機嫌になっているのは言うまでもなく先程の一件。啓太が一人で依頼へ行ってしまったことに関連していた。
(む~、けーた様のばか……)
ともはねは自室の戻り、部屋をあさりながら今はいない川平啓太に悪態をついてた。悪態と言っても軽い愚痴と言ったほうが正しいかもしれない。せっかく一カ月ぶりに遊べたのにそれがすぐに終わってしまったこと……もあるがそれ以上に自分を連れて行ってくれなかったことがともはねが不機嫌になっている理由。その意味では啓太ではなく仮名にこそ文句を言うべきかもしれない。だがともはねもその理由を理解していないわけではない。
最年少の、序列最下位、小さな子供の犬神。それが今の自分だということはちゃんと理解している。
他の子たちはみんな賢く、強く、そして綺麗だった。女性らしい容姿を、雰囲気を持っている。(例外もあり)それが羨ましいとずっと思っていた。でもこればかりはどうしようもない。時間の流れだけを頼りにするしかない問題。だが理解できても納得はできなかった。
その最たるものが先日の死神の一件。そこで自分はまったく役に立つことができなかった。啓太様やたゆねがやられるのを助けることができなかった。
『小さいから』
それがいつも他の子たちに言われる言葉。あたしにとっての免罪符。でも、それでも悔しかった。啓太様の力になれなかった自分が。それ以上に羨ましかった、なでしこが。あんなに強いなでしこが。啓太様に好きだと言ってもらえたなでしこが。そのことを考えるとなんだか胸がもやもやする。前からあったものだが最近はそれが強くなっているような気がする。それが何なのかは分からないけれど。
そしてともはねは作り出した。自分の趣味である薬作り。それによって自分を強くしようと言う試み。とにかく強くなれればきっと啓太様の役に立てるはず。自分を見てくれるはず。他の子たちも自分を見直すはず。そんな子供じみた発想。だがともはねにとっては本気も本気、一世一代の挑戦だった。そしてともはねはそれを取り出し、意を決して薬を飲み干す。それが何をもたらすかを知らないまま―――――
今、一つの衝撃が、奇跡が啓太達の前に姿を現していた。それを前にして誰一人言葉を発することができない。いや見惚れていた。当たり前だ。
そこにはまさしく絶世の美少女がいた。
めったにお目にかかれないレベルの、間違いなくなでしこに匹敵するレベルの美少女。そのプロポーションも冗談じみている。トップモデルも裸足で逃げ出しかねないバランスと美しさ。すらっとした足。美しい肌。ある意味なでしことは違うもう一つの女性の理想、究極形。それが今の、大人にまで成長したともはねの姿だった。
「お、お前……本当にともはねなのか……?」
「はい! そーですよ、けーた様!」
啓太の言葉にともはねは嬉しそうに、元気よく返事をする。その姿に確かにともはねの面影がある。口調も確かにともはねのもの。だがいきなりの事態に啓太はショック状態、パニック状態だった。
え? 何がどうなってんの? いきなりうちの(正確には薫の)ともはねが大きくなってるんですけど。しかも超がつくほどの美少女に。ちょっと見ない間に大きくなって……やっぱり犬神は人間と違って成長が早いんだな……って違――――うっ!? いくら何でも限度があるわっ!? いつのまにここは魔法少女の世界になったんだ!?
「お前、一体何がどうして……と、とにかく何でそんなにでかくなってんだよっ!?」
「お薬のおかげです! あたしが作った強くなるお薬を飲んだら大きくなれたんです!」
「薬って……さっき屋敷で言ってた奴か!?」
「はい! 大成功です! おかげでともはねは強くなれました!」
ともはねは大きくふんぞり返り、腰に両手を当てながら自信満々の姿をみせている。まさしく子供その物の行動。だがその容姿が美少女であるために余計に訳が分からない光景がそこにはある。
強くなれたって……大きくなっただけじゃねえか!? いや……こいつにとっては強くなることと大きくなることは同義なのかもしれんが……。しかしほんとに中身は子供のままなんだな。体が大人で中身が子供なんてどっかの名探偵とは正反対だ……っとそんなことは置いておいて
「ともはね、お前何でそんな恰好してんだ!? その服、たゆねのだろ!?」
それをとにかく聞いておかなければ。啓太はどこか慌てながらともはねに問いただす。それはともはねの服装。ホットパンツに丈の短いTシャツ。間違いなくたゆねの服だ。だがそのせいでへそは丸見え、胸元は露わになってしまっている。ボーイッシュな雰囲気を持っているたゆねならいざ知らず、今のともはねが着ているとそのエロさが、破壊力が桁外れだ。容姿と服のアンバランスがどこか背徳的ですらある。
「……? はい。服が小さくなっちゃったんでたゆねに借りたんです。何かおかしいですか?」
「い、いや……おかしくはねえんだが……その、何でたゆねの恰好なんだ?」
「それは……」
ともはねは何故か顔を赤くしている啓太を不思議に思いながらも語り始める。それは薬によって大きくなったことに気づいた時。今まで着ていた服が縮んでしまったことが原因。(正確にはともはねが大きくなってしまったせい)ともはねは今まで生きてきた中で一番の興奮状態に陥った。あわわわ!という声にならない声を上げながら。その視線が自分の胸元に、そこにある二つのふくらみに向けられていた。
そう、おっぱいに。
たゆん、たゆんとゆれる二つの物体が自分の胸元にある。しかもかなり大きい。それを何度も何度も触って、揉んで確かめた後
『やったあああ――――!!』
ともはねは歓声を上げながら走り出す。それは歓喜。今まで他の子たちが持っていて自分が持っていなかった女性である証、称号をついに手に入れることができたのだから。それがどういう意味を持つのかは知らないが啓太様がこれを好きなことは知っていた。啓太様がなでしこの胸を見ているのを何度も見たことがあったから。これがあればきっと啓太様も自分を見てくれるはず。
だがこのままではいけない。服を探さなければ、いや、その前にブラジャーを探さなくては!
『ブラジャー』
それはともはねにとっての憧れ、未知の領域だった。そこに踏み入れる喜びでともはねはまさに絶好調、テンションマックスで脱衣所へと突撃する。真っ裸のままで。もしその場に啓太がいれば間違いなく失神ものの光景だった。
だがともはねは悪戦苦闘する。それはブラジャー選び。手当たり次第に他の犬神達のブラを身につけてみるのだがどれも小さすぎて合わない。(特にいまりとさよかの物は論外だった)だがともはねはあきらめきれない。こんな機会二度とない! なんとしてもブラジャーを着てみなくては! そんな願いが通じたのかついに自分に合う物が見つかる。それはたゆねのスポーツブラだった。どうやら自分はたゆねと同じぐらいの胸の大きさらしい。それはつまり薫の犬神の中で一番大きいということ。そのことに狂喜乱舞しながらともはねはホールに蹲っているたゆねに向かってお願いをする。
『たゆね! ちょっと服貸してくれない!?』
それは服を借りるため。自分と同じ、近いスタイルを持つたゆねの服ならきっと大丈夫だろうという狙いだった。(もっともその時には屋敷にはたゆねしかいなかっただけでもあるのだが)たゆねは呆気にとられるしかない。当たり前だ。いきなり見たことのない少女が、しかも何故か自分の下着を身に付けた下着姿のままで現れたのだから。その衝撃は推して知るべし。
だがそんなたゆねの戸惑いなどなんのその。ともはねは矢継ぎ早に状況を説明するとそのままたゆねの部屋へと突撃し、服を奪った後、風のように去って行ってしまった。たゆねはそんなともはねの姿に呆気にとられ、口を開けたまま立ち尽くす。それはともはねの大きくなった姿に目を奪われたから。同じ格好をしているにもかかわらずその雰囲気は全く違っていた。いや、はっきり言えば女として何もかも負けていた。女らしさなど気にしないと豪語している彼女でさえ自分が完膚なきまでに敗北したと認めざるを得ない程の衝撃。
たゆねはしばらく立ち尽くした後、再びホールで体育座りをしたまま先程までとはまた違う意味で落ち込み続けたのだった―――――
おおよその事態を理解した啓太は改めてともはねへと視線を向ける。確かにスタイルで言えばたゆねに近い。だがその雰囲気は大きく異なる。何と言うか……女らしさ、色気がある。や、やばい……何なんだこれは!? 初めてなでしこに出会って以来の衝撃だ。これはぜひともお近づきにならなければ………
ってちょっと待て―――――!? ちょっと待て俺っ!? 俺今何考えてたっ!? お近づきになる!? 何言ってんだっ!? 相手はともはねだぞっ!? そう、あのちんちくりんの、お子様のともはねだぞっ!? いくら大人になったからってそれは変わらない! そう、これは何かの気の迷いだ! まだシリアスの病が治ってなかったに違いない!
そんな訳が分からない思考をしながらも啓太はそこに視線を奪われる。大きく広げられたともはねの胸元に。無造作に、無防備にさらされている聖域に。それは悲しい男の性だった。だがそれを感じ取ったともはねは
「そうだ、けーた様! 見てください、おっぱいもこんなに大きくなったんですよ!」
さも当然のように、Tシャツをまくりあげ、ブラの片方を外し、そのおっぱいを啓太に向かって晒した。
「……………え?」
啓太はそんな声を上げることしかできない。いや、自分が声をあげていることすら気づいていない。そんなことなど彼に意識にはこれっぽっちも残っていなかった。あるのはただ目の前にある光景。おっぱいだけだった。
美しい。その言葉でしかそれを表現することはできないだろう。それは女性の神秘、奇跡。男であるなら逃れることはできない呪いの様な物。それが今、俺の目の前にある。
大きさはなでしこには及ばない。だがその形、大きさはまさに美乳と呼ぶに相応しい。もうひとつの完成形だと言えるだろう。
その本来なら届くことのない、見ることができない奇跡が今、目の前にある。
白い肌。柔らかさを感じさせるもの。そしてその先端には桜色の――――
「……? どうしました、けーた様? 触ってみます?」
せっかく喜んでもらえると思っていたのに何の反応を示さない啓太の様子にともはねは近づきながらその胸を啓太へと差し出す。いつもなでしこやたゆねの胸をずっと見ていたので見たいのだとばかり思っていたのだが違うのだろうか? それとも触ってみたいのだろうか?
そんなともはねの疑問に気づくことなく、啓太は自分の目の前に差し出されたそれに目を奪われる。目と鼻の先にそれがある。しかもめったにお目にかかれない美乳が。それを前にして何を迷う必要がある。そう、男ならいってやれ、だ!
そのまま、まるで見えない力に引き寄せられるようにその手が、そこに向かって伸びようとしたその瞬間
なでしこの微笑みが、どこか背中にどす黒いオーラを纏った微笑みが垣間見えた。
「うおおおおおおおお――――――っ!?!?」
瞬間、啓太は絶叫をあげながら、獣のようにその場から瞬時に離脱する。それはまさに神業、死神との戦いを遥かに上回る動き。それを以て啓太は寸でのところで死地から脱出する。まさに紙一重の差だった。
あ、あぶねええええっ!? 俺今何しようとしたっ!? 死ぬつもりか俺っ!? っていうか走馬灯が見えたわっ!? 相手はともはねだぞっ!? 気をしっかり持て!? こ、このままではいかん、そ、そうあれだ! 久しく使ってなかったが身内フィルターを全開にするんだ! じゃなけりゃ俺の理性を、本能を抑えきれん!
「何で逃げるんですか、けーた様? もっと大きくないとだめですか?」
「や、やめろっ!? とにかく早くそれをしまえっ!! それは凶器だっ! それ以上見せびらかすんじゃねえ!! おい、お前らも手伝えっ!!」
尚も近づいてこようとするともはねを力づくで説得しながら啓太は何とかその場を収めようとする。だがともはねはどこか納得できないような、不機嫌そうな表情を見せている。助けを求めようとするも誰も啓太に加勢する者はいない。
仮名はどこか気まずそうに視線をそらし、背中を見せたまま。まさに紳士たる対応だった。もっとも全てを啓太に丸投げしているだけとも言えるが。
「そんな……こ、こんなことが……」
「このままじゃ……私たち……」
いまりとさよかはがっくりと、その場に座り込みながら何かに絶望している。もはや啓太達の状況など微塵も目に入っていなかった。パワーバランスが、序列が、と訳の分からない言葉をまるで夢遊病のようにぶつぶつと呟いているだけ。
「お前らあああっ!? ちょっとは手伝えっつーのっ!!」
誰の助けもない、孤立無援の状況で啓太はいろんな意味でアダルトになってしまったともはねを止めるために奮闘するのだった―――――
「ごめん、まった? けーた?」
「いや、今来たところだ。ともはねこそそんなに急いでどうしたんだ?」
「だってけーたとのデートなんだもん。遅れちゃいけないとおもって」
ともはねはどこか顔を赤くしながら啓太へと告げる。その仕草も相まって本当にデートを楽しみにしていたことが伺える。啓太はそのまま微笑みながらともはねの乱れた髪をやさしく梳く。そんな二人を照らし出すかのようにまばゆい陽の光が差す。まるで二人を包み込むかのように。
「そんなに急がなくても俺はどこにもいかないさ」
「ほんと? ほんとにどこにもいかない?」
啓太は不安そうなともはねの頬に優しく手を添えながら、囁く。嘘偽りない、自らの本音を。愛を。
「ああ……俺は……お前のことが……す……す……」
「す?」
ともはねがどこかポカンとした様子で黙りこんでしまった啓太を覗きこむ。だが啓太はそんなともはねに気づくことなく
「だあああああ―――――っ!? こんなんやってられるか――――っ!? どこの世界にこんなセリフ吐く男がいるんだっつ―――のっ!?」
叫びを上げながら、抗議を上げながら一直線にある人物の元に走って行く。そこには一人の男がいた。名は仮名史郎。だがその雰囲気はいつもとは異なる。メガホンと台本を持ち、インカムの様な物を身につけている。どっからどうみても怪しいカメラマン、いや監督だった。
「主演男優、そんなセリフはないぞ! それに役に入り込めていない! もっとともはねを見習ったらどうなんだ!」
「やかましい! こんな役に入り込めるわけねえだろ!? 演じるだけで鳥肌が止まらんわ!?」
全く動じる様子のない仮名に向かって啓太は迫って行く。それもそのはず。今、啓太達はターゲットであるヘンタイをおびき寄せるためにカップルを演じているところ。だがその内容がひどすぎた。どこの三文芝居か分からない程のベタなラブコメ。今時小学生も描かないであろう程の内容。穴があったら入りたいを実演しかねないほどの惨状だった。
「……そんなにおかしいか?」
「おかしくないところがないぐらいおかしいわ!? 一体何をしたらこんな台本作れるんだよ!?」
「いや……妹が読んでいた少女漫画を参考にしたのだが……そんなに変か?」
仮名は本気で悩むような様子を見せている。どうやら本気で、ネタでも何でもなくこの台本を作ってきたらしい。というか少女漫画にも失礼な出来だった。というか
「仮名さん……そんな趣味があったのか……」
「っ!? な、何を言っている!? 私ではなく妹が……!」
「分かった分かった。そういうことにしとくからとにかく台本何とかしてくれ」
「けーた様! 早く続きをしましょうよー!」
どもりながらも抗議の声をあげている仮名を無視している啓太に向かってともはねが嬉しそうに、上機嫌に走り寄ってくる。どうやらともはねにとっては台本の内容などどうでもいいらしい。既に主演女優になりきっている。その光景に溜息を吐くことしかできない。
ともはねを相手にしてのカップル大作戦。
それが仮名さんによって発動されたミッションだった。色々な経緯があったが見た目で言えば啓太とカップルに見えるであろうともはねが現れたことでそれは始まった。もちろん、いまりとさよかは反発した。自分達が先に来ていたのにその役を奪われること、何よりも大人になったともはねへの警戒心が一番だともろバレだった。だが監督である仮名の決定は覆らず、今、いまりとさよかはともはね用のカンペと反射板をもって雑用をこなしている。哀れすぎる。というか数年後の未来の二人の姿が見えるかのよう。
啓太はそのまま自分の目の前に入るともはねに目を向ける。いまりとさよかはその容姿にショックを受けているようだがそれだけでないことが啓太には分かる。
それは犬神使いとしての力。
それが感じ取る。信じられない程の力をともはねが持っていることを。恐らくははけを凌駕するほどの凄まじい力を。元の姿の時からともはねの潜在力が並はずれていることは何となく分かっていた(恐らくは薫も)がまさかこれほどとは。それが大人になった影響なのか、薬の力なのかはまでは分からないがなんにせよあの双子には絶望しかないだろう。序列最下位になるのがどっちになるか今から決めておいた方がいいんじゃないか?
「ちょっと啓太様! ちゃんとやって下さいよ!」
「そうそう! 早くこんなの終わらせて下さーい!」
「うるせえ! こんな恥ずかしいことできるわけねえだろっ!?」
ぶーぶーという双子からのヤジを受けながらも啓太は負けじと言い返す。ただでさえ演技なんてしたことないのにこの台本。いやがらせとしか思えない、もはや罰ゲームだった。
「えー? でも啓太様も十分恥ずかしいことやってるじゃないですかー?」
「そうそう!」
「ど……どういう意味だよ?」
「ごほんっ! 『なでしこ、俺の犬神になってくれねえ?』」
「なっ!? お、お前っ!?」
「流石でしたよ、啓太様。みんなの前であんな恥ずかしいことおっしゃるんですから♪ しかも全裸で♪」
「う、うるせえ! あ、あれはその……その場の勢いというか……その……!」
「え? 勢いでなでしこに告白したんですか? なでしこもかわいそー」
「ち、違う! お前らいい加減にしねえとマジで容赦しねえぞ!?」
「君たち、いつまでもやっていないで持ち場に戻りたまえ!」
触れられたくない、なかったことにしたい自らの一世一代の告白を馬鹿にされ、顔を真っ赤にしながら啓太は蛙の消しゴムを手に持ちながら双子を追いかけ回す。今思い返せば自分がどれだけ恥ずかしいことをしていたのか分かる分、タチが悪い! しかも恐らくはフラノにも同じようにからかわれるのが目に見えている……くそっ……あの時の俺に早まるなと警告できれば……!
と、とりあえずとっととこの三文芝居を終わらせなければ、というかほんとにこれでターゲットをおびき寄せれるのか? これで何の意味もなかったら俺たち一体何してたんだってことになる。公衆面前で恥晒してるだけじゃねえ? 普通に手でも繋いで歩いてるだけでいいんじゃ……
そんな今更の、当たり前のことに気づき声を上げようとした瞬間
「けーた様……けーた様はともはねのことどう思ってますか……?」
「………え?」
そんなどこか真剣なともはねの声が啓太に届く。啓太はどこか間抜けな声を上げながらそんなともはねの姿に目を奪われる。そこには顔を真っ赤にし、瞳を潤ませた一人の少女がいた。まるで恋する乙女のような、犯しがたい空気がそこにはあった。それに啓太はもちろん、仮名と双子も目を奪われている。そのことからともはねのセリフが、姿が演技ではないことが分かる。
え? 何? 何がどうなってんの? これって演技だよね? だとしたらすげえ。ともはねの姿はさっきまでとはまるで違う。なんか生の迫力が、凄味がある。もしかしたらほんとに女優になれるんじゃねえ?
啓太はどこか冷や汗を流しながらそう思考する。だが彼自身心のどこかで気づいていた。それが現実逃避であることを。目の前のともはねの姿が、行動が演技ではないことを。
「ともはねはけーた様のこと大好きですよ」
ともはねはどこか戸惑いを見せながらもその言葉を口にする。だがその顔は真っ赤だった。ともはねはどきどきしていた。どうして自分がこんなにどきどきしているのか分からない。ただ啓太様が好きだと、当たり前のことを言っただけなのにどうしてこんなにどきどきするのか、顔が熱くなるのわからない。なんだが頭がぼうっとしてくる。まるで熱が出ているかのよう。
今、ともはねはある感覚に囚われていた。まるで心と体が一致していないかのような、そんな感覚。それは幼いともはねの心が、精神が知らず、大人になった体に、肉体に引っ張られつつある証。
そしてともはねはゆっくりと啓太へと近づき、その腕を掴む。まるで啓太を逃がすまいとするかのように。そんなともはねの姿に啓太は目を奪われたまま、されるがまま。その胸中はたった一つ。
『可愛い』
ただそれだけだった。
な、何だ? 何だこれ? マジでヤバいんですけど? 何がヤバいって何がヤバい分からないくらいヤバいんですけど!? その視線が、うるんだ瞳が俺の何かをすっげえ刺激するんですけど!? い、いや!? お、落ち着けけ俺っ!? 目の前にいるのはともはねだ! そう、あのともはねだ! ともはねが俺を好きだって言ってくれてるだけだ! 何を焦ってるんだだ!?
そうともはねだ。ともはねともはねともはねともはねともはねともはねともはねともはねともはねともはねともはねともはねともはねともはねともはねともはねともはねともはねともはねともはねともはねともはねともはねともはねともはねともはねともはねともはねともはねとも……
啓太の中のともはねがゲシュタルト崩壊を起こしながらもその状況から啓太は逃れることができない。まさに絶世の、なでしこに匹敵する美少女が自分に迫ってきている。それは未来のともはね。今から数年後のともはねの姿。
ならいいんじゃないか。ちょっとぐらいなら。あれだ!光源氏計画みたいなもんだ! そんな煩悩が溢れださんとする。だが同時に啓太の理性が、道徳がそれを寸でのところで喰い止める。
今、自分がアンモラルな、そう例えるなら禁断の果実に手を出そうとしているのだと。もし手を出そうものなら自分は社会的に、いや物理的にも抹殺されるであろうことが目に浮かぶ。
その壮絶な争いは紙一重の差で善性に軍配が上がる。それは人としても啓太の最期の意地だった。そして啓太が何とかその場を脱出しようとするが
「……あれ?」
動かない。自分の体が。いや、違う。これは動けないのではない。捕まっているのだ。啓太はその視線を自らの両腕に向ける。そこにはともはねの手がある。それが自分の腕をしっかりと掴んでいる。まるで獲物を逃すまいとするかのように。その力はまさに人外のもの。それを振り払うことは啓太にはできない。いや、その力の前にはたゆねですら敵わないだろう。
そしてそのままともはねがゆっくりと啓太へとその顔を近づけてくる。瞳を閉じながら、その顔に向かって。啓太はそれをただ黙って見ることしかできない。もはや声を上げることもできない。
仮名たちもその光景に身動きすらできない。まるで時間が止まってしまっているかのよう。
ともはねも自分が何をしようとしているのか分かっていない。まるで発情してしまった犬のように。その本能のまま、それが為されようとした瞬間
『そこまでだ! 公序良俗に反したカップル、愚者どもよ! この露出卿、栄沢汚水が成敗してくれる!』
そんな男性の声が辺りに響き渡る。一際大きな風と共にその姿があらわになる。黒いマントに黒い頭巾で全身を覆っている人ならざる者。紛れもないヘンタイ。ヘンタイの中のヘンタイ。
その乱入によって混沌と化した公園はさらなる混乱に、ヘンタイに包まれることになるのだった―――――