どこか陽気な昼下がり、休日であるために人が多く行きかう商店街の一角に二人の人影がある。ラフな格好をした少年、そして割烹着にエプロンドレスをした少女。二人はきょろきょろとあたりを見渡している。まるで何かを探しているかのように。
「待ち合わせ場所はここであってんだよな?」
「はい、仮名様からはそう聞いてますが……」
啓太はそう改めてなでしこに確認した後、再び辺りを見渡し目当ての人物たちを探し続けている。だがその姿はどこか楽しげ、興奮しているのが伺える。だがそれは無理のないこと。何故なら今日、啓太達は薫の犬神達と会うことになっていたから。いや、正確にはその内の三人、三匹とだが。
ふふ……ついにこの時が来たか……この日をどれだけ心待ちにしたことか。それはともはねと出会ってからずっと。ともはねを除けば八人の美少女達。そんな女の子たちとお近づきになれるチャンスを逃すことなどできない。まあ、といっても今回は仮名さんの依頼を一緒にこなすことが本来の目的なのだが……。あの一件以来、どこか身の危険を感じた俺は依頼を断り続けていたのだが家計が苦しくなってきたこと、そして今回の依頼に薫の犬神達が参加すると聞き、仕方なく俺はその依頼を受けることにした。決してお金に目がくらんだわけでも、女に釣られたわけでもない。これはお世話になっている仮名さんへの感謝の気持ちだ!
と、それはおいといて、どうやら本当は薫が仮名さんと一緒にこの依頼をこなす予定だったらしいがどうしてもそれが難しくなり、代わりに俺が呼ばれたらしい。まったく薫の奴、面倒事を押しつけやがって……まあ、今回のところは仕方ないか。でもあいつも妙なやつだな……普通、自分の犬神を他の奴に預けるか? ともはねはまだ子供だから分かるにしても……といっても来る頻度がちょっと多すぎるような気もするが。それを一度ともはねに聞いたことがあるがどうやら薫はともはねが俺のところに遊びに行くことを喜んでいるらしい。訳が分からん……あいつ寝取られの属性までもってたのか?
そんなよく分からないことを考えている啓太の視界に三人の少女の姿が映る。啓太はそれが間違いなく薫の犬神達だと悟る。どこか人間離れした雰囲気を感じれたから。なでしこも同じようにその三人に目を奪われているから間違いないだろう。
一人は何故か巫女姿をした小柄な少女。だがどこか大人びた美貌を持ち、紫色のリップと星型の髪飾りがどこか不思議な雰囲気を作り出している。その表情はにこにこと笑っており、どこか楽しそうだ。
二人目は背の高いどこかひょろっとした少女。何よりも特徴的なのがその前髪。その長さのせいで目がほとんど見えず隠れてしまっている。何というか……巫女姿の子とは違った不思議な雰囲気がある。
そして最後の一人が小柄なショートヘアの少女。巫女姿の子が可愛らしいという印象を受けるとすれば、この少女からはどこかクールな印象を受ける。その服装もカーディガンの上から白衣の様な物を羽織るというよく分からない物。
何だろう……なでしこの割烹着といい、犬神は何か特別な、変な格好をしなけばいけないルールでもあるのか……? まあ、なでしこの前では言えないことだが。言えばきっと涙目になるのは間違いないし……それはともかく、確かにともはねの言ったことに嘘はなかった! 目元が見えない少女はよく分からないが、巫女姿と白衣の少女は間違いなくめったに出会えない程の美少女だ! だがすぐにがっつくほど俺は子供ではない。そんな地点は既に俺は通過している。断じて隣にいるなでしこが怖いからではない。そう、これは紳士の嗜みだ。決して隣にいるなでしこが怖いからではない。この時の為に俺は様々な布石を打ってきた。
それはともはねを通して俺のことを薫の犬神達に伝えてもらうこと。恐らく以前の儀式のことや噂のせいで俺の印象は彼女たちの中では悪くなってしまっているはず……それを払しょくするために俺はともはねに俺のことを上手く伝えてくれるように頼んできた。それが今、実を結ぶはず!
「よう、お前らが薫のところの犬神か?」
「はい、お初にお目にかかります、啓太様。薫様の序列四位、ごきょうやと申します。以後、お見知りおきを」
「同じく、序列六位のフラノです~♪ 宜しくお願いします~」
「……序列五位、てんそうです……」
「ごきょうやに、フラノ、てんそうね……」
俺の言葉に三人は合わせるように挨拶を返してくる。だがそれだけで三人の人となりが何となく分かる。白衣の少女、ごきょうやはともかく、後の二人は何と言うか……濃そうだ。キャラが。というか最初の第一声でそれを感じさせるなんてよっぽどじゃねえか? そんな俺の戸惑いを感じ取ったのか、隣にいるなでしこもどこか苦笑いをしている。
「そういえばともはねは一緒じゃねえのか? 姿が見えねえけど?」
ふと、そのことに気づき、尋ねる。確かに依頼自体はこの三人がこなす予定だったがあのともはねのこと。無理にでも付いてくるだろうと思っていたのだが姿が見当たらない。何かあったのだろうか。
「いえ、ともはねは今日は屋敷の掃除当番だったため留守番です。それでも付いてこようとして大変だったのですが……」
「なるほどね……」
ごきょうやがどこか困った表情を見せながら俺の質問に応えてくれる。だがそれだけで十分だった。涙目になりながら必死になって掃除をしているともはねの姿が目に浮かぶようだ。まあ、たまには犬神らしく働かなきゃな。いくら子供だといっても。そんなことを考えていると
「なるほど……やはり啓太様はお聞きしていた通り、ろりこんだったんですね♪」
「…………は?」
そんなヨクワカラナイ言葉をフラノが口にする。その瞬間、空気が凍りつく。もっとも凍ったのは俺となでしこ、ごきょうやだけだったが。
「フ、フラノ、失礼だぞ! 口を慎め!」
「な……何で俺がロリコンってことになってんだ……?」
「え……違うんですか? ともはねが言ってましたよ? お金をもらって家に連れていかれて遊んでもらったって」
「おまっ……何でよりによってそこだけ切り取ってんだよ!? もっとほかにも色々あんだろうが!?」
「? ろりこん以外にも何かあるんですか?」
「………ぺど?」
「ふざけんな―――!! 俺はロリコンでもペドでもねえええっ!!」
「け、啓太さんっ! あ、あんまり大声を出さないでください……!」
「……はっ!?」
謂れのない言葉によって激高し、大声を上げていた啓太はなでしこの制止の言葉によってふと我に返る。そこにはどこかひそひそ話をしながら俺達、正確には俺から距離を取りながらその場を去って行く通行人の姿がある。まるで蜘蛛の子を散らすように人が俺の周りからいなくなっていく。その光景に啓太は冷や汗を流しながらも何とか心を落ち着ける。このままではこの商店街でヘンタイ扱いされてしまう。それだけは何としても防がなければ。もっともそう思っているのは啓太だけで既に商店街の中ではそのことは周知になっているのだが。
何とか落ち着きを取り戻した啓太の代わりになでしこが事情をフラノ達に説明してくれる。ふう、やっぱりこういうときにはなでしこが一番俺の力になってくれる。しかしともはねの奴、一体どういう伝え方をしたんだ? もしかしたらフラノたちの受け止め方がおかしかったのかもしれないが……もしかして俺ってロリコンだって思われるぐらい評価低いわけ?
「それにしても久しぶりだな、なでしこ。元気にやっているのか?」
「ええ、あなたたちも元気そうね」
「え? みんな知り合いなの?」
「はい、同じ犬神同士、狭い山の中ですから」
どこか楽しそうになでしこはそう口にする。そうだったのか、まああの山の中だし、なでしこはかなりの歳らしいから知ってて当たり前か……っと歳のことは触れないようにしないと。二度とトラウマは御免だ。
「そうですよ~。でもなでしこちゃんがいなくなってからフラノはあのご飯が食べれなくなって残念だったんです~」
「……わたしも」
「それなら今日依頼が終わった後、家で食べて行ったらどうだ? せっかく久しぶりに会えたんだし」
「いいんですか、啓太さん?」
「ああ、たまにはいいんじゃねえか?」
その言葉によってなでしこはもちろんフラノとてんそう(恐らく)も嬉しそうな反応を見せている。ごきょうやもどこか苦笑いしながらも満更ではなさそうだ。まあたまにはいいだろう。なでしこの知り合いが家に来ることなんてめったにないし。まあともはねは例外として。そんなことを考えていると
じ~っという擬音が聞こえてきそうなほどじっと俺を見つめているフラノの姿があった。
「な、何だよ。いきなり?」
「……いえ、啓太様は面白い運命をお持ちなのですね~♪」
「う、運命……?」
いきなり訳が分からないことを言い出すフラノにどうしたらいいのか分からず立ち尽くすことしかできない。運命……? 一体何を言ってるんだ? 確かに天然、電波っぽいとは思っていたがまさか本物なのか? だとすれば早く近くの病院に、いや天地開闢医局に連れて行った方が……
「啓太様、フラノは未来視という力を持っていまして……視た人の未来を予言することができるのです」
「え……まじで?」
「はい♪ しかも百発百中ですよ~♪」
フラノはどこか楽しそうに体をくねくねと動かしながら告げる。全く信用ならないが隣にいるごきょうやの様子からどうやら嘘ではないらしい。だとすればそれって結構すげえんじゃ……たとえば宝くじを当てて億万長者とか。
「ですが残念ながらその視た人の未来を変えることはできません。できれば素晴らしかったのですか……」
「なので宝くじや競馬を当てることはできないのです~。残念でしたね、啓太様~」
「だ、誰もそんなこと言ってねえだろ!?」
まるで俺が考えていたことを見抜かれたようなフラノの言葉に思わず慌ててしまう。く……くそ、何故かこいつを前にするとペースが乱される。ともはねとはまた違うやりづらさだ。と、とにかく……
「それで、俺のどんな未来が見えたんだよ?」
とりあえずそれは聞いておかなくては。だが
「え……本当に知りたいんですか……?」
「ま、まあな……」
フラノはどこか引き気味に、躊躇するような態度を見せる。そんな予想外の反応に俺もどこか身構えてしまう。
え? 何? そんな言い辛いものが見えたの? もしかして何か病気になったり、事故したりするような……? そ、それなら聞かない方が……
そんな葛藤をしている啓太に全く気付くことなく
「そうですね~啓太様は近い未来、はけ様に愛の告白をして、全裸でなでしこちゃんを抱きしめることになります♪」
そんな予想の斜め上どこか一周回ってさらに裏返るような予言を口にする。その予言に啓太はもちろん、なでしこも呆気にとられるしかない。当たり前だ。一体どうなればそんな状況になるのか。
「ふざけんなあああ! 何で俺がそんな訳の分からんことせにゃならんのだっ!?」
「お気に召しませんでしたか?」
「あ、当たり前だ! 冗談にしても限度があるぞ!」
「そういわれましても~視えてしまったものは仕方ありませんので~。あ、あとこれは回避不可能ですので♪」
「余計たちが悪いわっ!!」
俺の必死の抗議も空しく、フラノはへらへらと笑っているだけ。なでしこは顔を赤くし、ごきょうやはどこか同情の目で見ている。
な、何なんだ!? こいつらは俺をおちょくりに来たのか!? 何で俺がはけに告白なんてするんだ!? 男の上にばあちゃんの犬神だぞ……ハードル高すぎるわ! しかも全裸でなでしこを抱きしめるだと……抱きしめるのは大いに構わないが何故全裸!? ヘンタイどころかドヘンタイじゃねえか! もう留置場じゃすまねえレベルなんですけどっ!?
そんな混乱の中、啓太は気づく。それは何かを書いているかのような音。それが耳に届いてくる。不思議に思い振り返ったそこには、どこから取り出したのか分からない大きなスケッチブックに何かを一心不乱に書いているてんそうの姿があった。
「お前、このどさくさにまぎれて何やってんの!?」
「………」
だが啓太の突っ込みに何の反応も示さないままてんそうはじっと啓太を見つめながらその手にあるペンでスケッチブックに絵を描いて行く。その速さと正確さは絵に詳しくない啓太でも分かるほど。
「てんそうは絵が得意なのです。きっと啓太様の似顔絵を描いてくれてるんですよ~」
「あっそ……」
どうやら目の前のてんそうは絵描きでもあるらしい。まあそれはいいのだがあの状況で、しかも本人の許可も得ずに描くのはどうなんだ? というか薫のところの犬神はみんなこんな奴らばっかなのか? 最初の期待してた、初心な俺の心を返してくれ……
そんな心の涙を流している間に似顔絵ができたらしい。そしてその出来に俺はもちろん、なでしこも感嘆の声を漏らす。そこに紛うことなき俺の顔があった。心なしか二割以上美化されていうような気もするが……
だがふと、啓太は気づく。それは
「おい、何で俺の上半身が裸になってんだよっ!?」
何故か上半身が裸になってしまっていた。まだ脱いでもいないのに。いや、脱ぐ予定があるわけではないのだが。
「それは……いぐさの資料にするため……」
「いぐさって誰だよっ!? っていうか何の資料っ!?」
「てんそう、フラノ、いい加減にしろ! 啓太様が困ってらっしゃるだろうが!」
「え~ごきょうやちゃん、姑みたいです~怖いです~」
「ふ、ふざけるな! わたしはそんなに歳は取っていない!」
「み、皆さん、落ち着いて! とにかく家に行きましょう、仮名様も来られるはずですから……!」
なでしこの必死の訴えのおかげで何とか落ち着きを取り戻した俺たちは貴重な時間を浪費したうえでそのままぞろぞろと歩き始めるのだった―――――
その道中も本当に賑やかなものだった。といってもほとんどフラノが騒いでいるだけだったのだが。でもこいつらで本当に依頼大丈夫なのか? 言っちゃ悪いが俺一人の方がいいんじゃ……まあ、フラノとてんそうはともかくごきょうやはまだ大丈夫そうだな。あの三人の中ではまだ話が通じそうだし……
そう思いながら何となしに後ろを付いてきているごきょうやに視線を向ける。だがその瞬間、ちょうど俺を見ていたらしいごきょうやと目が合う。
「……っ!」
「……?」
だがごきょうやは何故か慌てながらその視線をそらす。まるで何かを誤魔化すように。
何だ? 俺何かしたっけ? そういえば最初に会った時から何か変な視線を俺に向けてたな。一応初めて会ったはずなんだけど。まあ儀式の時にごきょうやの方から見られていたのかもしれないが。
「もう、ごきょうやちゃんったらだめですよ! ちゃんと啓太様にお話しなくちゃ!」
「? 話?」
「はい♪ 実はごきょうやちゃんは」
「や、やめろフラノ! 余計なことをするな!」
何かを言いかけたフラノをどこか慌てながらごきょうやが羽交い締めにし、口を塞ごうとしている。そんなごきょうやにもみくちゃにされながらもフラノも負けじと応戦し、てんそうはどこかんぼーっと空を眺めている。何が何だか分からないめちゃくちゃな状況。それに呆れかえっていると、どこか体が震えるような、冷たい空気が一瞬啓太を襲う。啓太は驚きながら振り返る。そこにはいつもと変わらない笑みを浮かべているなでしこの姿がある。
「……なでしこ?」
「はい、どうかしましたか、啓太さん?」
「いや……何でもない……」
啓太はそのまま何事もなかったかのように歩きだす。そうだ、きっと何かの気のせいだろう。うん、そうだ。俺は何も感じなかった。
そんなこんなでやっと啓太達一行はアパートまでたどり着く。ここに来るまでで既にそうとう疲れてしまったような気がするが……そして啓太がその手をドアノブに掛けた瞬間気づく。
何故かドアの鍵が開いていることに。
あれ……何だこの感じ。俺、これと同じことをつい最近体験したような気がするんですけど……そう、まるでデジャブの様な……
啓太は嫌な既視感を覚えながら部屋の中へと入って行く。だが心のどこかで確信していた。この状況。それが何を意味しているのかを。その証拠に、どこか異様な雰囲気が既に部屋から漂っている。
そのまま部屋から去りたい気持ちを何とか抑えながら啓太は恐る恐る部屋に足を踏み入れる。そしてそこには
白目をむき、仰向けに床に倒れている仮名史郎の死体があった―――――