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No.31419の一覧
[0] 【真・恋姫無双】韓浩ポジの一刀さん ~ 私は如何にして悩むのをやめ、覇王を愛するに至ったか[アハト・アハト](2016/04/19 00:28)
[1] 立身編[アハト・アハト](2012/03/02 22:06)
[2] その2[アハト・アハト](2012/03/08 23:56)
[3] その3[アハト・アハト](2012/03/09 00:00)
[4] その4[アハト・アハト](2012/03/09 00:02)
[5] その5[アハト・アハト](2012/03/09 00:08)
[6] その6[アハト・アハト](2012/03/19 21:10)
[7] その7[アハト・アハト](2012/03/02 22:06)
[8] その8[アハト・アハト](2012/03/04 01:04)
[10] その9[アハト・アハト](2012/03/04 01:05)
[11] その10[アハト・アハト](2012/03/12 18:18)
[13] その11[アハト・アハト](2012/03/19 21:02)
[14] その12[アハト・アハト](2012/03/26 17:37)
[15] その13[アハト・アハト](2012/05/08 02:18)
[16] その14[アハト・アハト](2012/05/08 02:19)
[17] その15[アハト・アハト](2012/09/26 19:05)
[18] その16[アハト・アハト](2015/02/08 22:42)
[19] その17[アハト・アハト](2016/04/19 00:26)
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[31419] その12
Name: アハト・アハト◆404ca424 ID:053f6428 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/03/26 17:37
 
 廃村での戦闘は一方的であり、そして蹂躙であった。
 賊と春蘭たちの数を比べれば賊の側がやや多いのだが所詮は賊、烏合の衆であるのに対し、厳しい訓練を乗り越えてきた兵の集団である軍は、見事な連携を見せるのだ。
 何より少しばかりの数の差であればひっくり返して余りある将、春蘭が居るのだ。
 しかも、怪力無双の小勇士たる許仲康までも加わっては、賊に勝ち目など無かった。

 集団で逃走を図るでもなく、組織的に戦うでもなく廃村の何処其処で討ち取られていく賊の有様を見て、一刀は伝令を呼んで華琳への報告を命じる。


「孟徳様へ報告を、内容 “事前想定1番となる。元譲隊第2組も、想定1番に沿って行動を開始する” だ。急げ!」


「はっ!」


 この討伐に対して文若は、己の才を見せん! とばかりに張り切って策を決めていた。
 相手の対応も幾つか想定し、それに対応する策さえも、事前に考え、各隊の隊長へと周知させていた。
 その判定をする大役を、一刀は担っていた。
 春蘭の後詰であり、前線に接しつつも戦闘の混乱に巻き込まれない立場であるが故にだった。

 馬に跨って駆け出した伝令を確認し、それから自らの隊である元譲隊第2組の面々を見る。
 皆、怯えの色は無く漲った顔をしていた。


「では諸君、我々も移動するぞっ!!」


 声を張り上げた一刀に、兵達も大声で応じる。
 想定1番とは、賊が特に積極的な行動を起こさず、組織だって動く事もなく廃村で戦闘を継続する、或いは抵抗する状況を想定したものであった。
 それ故に、一刀ら元譲第2組の仕事は単純なものであった。
 元譲とその兵への加勢、そして華琳直率部隊の動きに連動する事も要求されていた。


「何処から仕掛けますか?」


 兵を率いる上で自信の無かった一刀が、自分への助言者として引き抜いてきた珂桓々が、尋ねてくる。
 その言葉に一刀は、抜剣した刀身で寒村の一方を示した。
 陽光に煌く切っ先の先は、元は畑であったか、やや足場の悪そうな場所である。


「当初予定通りだ。拡散出来ぬ様に軟弱地の退路を潰そう。他は妙才殿の騎馬隊で抑えきれるだろうからな」


「はっ、では!」


「ああ。行くぞ!!! 元譲隊第2組、我にぃ続けぇっ!!!!」




 一刀を先頭に駆け出した元譲隊第2組。
 だが廃村の賊の側に反応は無い。
 春蘭の第1組との戦闘で手一杯なのか、或いは指揮系統が既に破壊されたかしたのだろう。
 その様は既に賊と呼べるものでは無く、唯の暴徒であった。

 だが、春蘭は降伏を呼びかけない。
 それを華琳が禁じていたからだ。
 否、禁じられていなくとも、春蘭は行わなかっただろう。
 この場に居る賊達の所業を、襲った村々で行っていた非道の数々を聞いていたから。

 生きる為に食料を奪ったのは、赦し難いが仕方が無い。
 略奪の過程で抵抗した人間を殺すのも、ある程度は刑をもって罪を償う事は出来るだろう。
 だが、その過程で婦女子を浚い陵辱の限りを尽くす様な人獣に与えるべき刑は1つしかなった。
 死罪。
 凶賊、その悉くを殺し尽し、以後への見せしめとするのだ。
 或いは、その春蘭らの決意を感じるからこそ、賊は降伏しないのかもしれなかった。


 元譲隊第2組が軟弱地を掌握した頃、離れていた華琳直率の隊が姿を見せた。
 又、秋蘭の部隊も来ている。
 ちらほらと廃村から脱出を図る賊も出るが、殆どが1人乃至や数人である為、その悉くを刈り取る事に成功する。
 と、華琳は自らの隊を廃村へと突入させた。
 戦闘が激化、否、掃討段階へと移りつつある。 


「北副長、我々も………」


 戦いたい。
 そう兵卒が声を上げるが、一刀は苦笑いを浮かべて諌める。


「諦めろ。我々は後詰だ。特にこの優勢な状況であれば、務めは賊の逃げ散るのを防ぐ事こそが重要になる」


 賊を殺し尽し、この近辺の安全を確保する事こそが主要な任務だ。
 そう応える一刀に、兵達は不満げな表情を見せる。
 一刀の言う理屈は理解できるのだろうが、感情として納得できないのだろう。
 春蘭の育てた兵達は主譲りの血の気の多い、武断な性分の人間が揃っているのだ。

 さて、何処で発散させようか。
 そう一刀が考えた時、廃村から10名近い集団が逃げ出した。
 秋蘭隊の馬を恐れてか、此方へと一塊で突っ込んでくる。
 良い発散相手が出来たものだと内心で暗い喜びを感じながら、一刀は冷静な声で命令を出す。


「よし、あの賊を討つ! 珂桓々、悪いが少しこの場の面倒を見て居てくれっ!!」


「はっ!!」


 珂桓々の返事を受け、一刀は剣を掲げて走り出す。
 戦う事への恐怖はある。
 が、兵を率いるに、特に戦闘に於いては先頭に立つ事の重要性というものを寒村の自警団時代から学んでいる一刀は、行動を迷わなかった。
 不満げな声を上げた兵の居る班を含めた20名、元譲隊第2組の半数で突撃する。

 手綱を放された兵達は、歓喜の声を上げて突撃していく。
 逃げ腰の賊を、戦意旺盛な倍近い兵で討つ。
 それは正に一方的な戦いであった。


「きぇーーーーっ!!」


 その先陣に立つ一刀の斬撃は、一撃で賊を断つ。
 続けて、隣の賊へと連続して斬りかかる。
 陳留で流通している剣の中でそれなりに吟味して選んだ剣は、一刀の剣技によく耐え、折れる事なく2度目の斬撃に耐えた。
 そして3度目にと振りかぶった際、賊は武器を捨てていた。
 凶相を怯えの色に染めて命乞いを、命だけはと叫んでいる。
 と、他の賊も武器を捨て、跪いている。

 勇将の下に弱卒無しとの格言を体現するように、夏候元譲隊の兵卒は勇壮勇士が揃っている。
 であるが故に、武器を捨てて命乞いする賊を相手に矛を武器を振るう事に躊躇してしまっていた。
 が、それは一刀とて同じであった。
 此方は、平和な時代に生まれたが故であるが、武器を捨てた人間を殺す事に躊躇を憶えるという意味では一緒であった。
 だから、1つ尋ねた。


「では問おう。お前らは命乞いをした相手に今までどうしてきた?」


 その一言がもたらした反応は、ある意味で劇的であった。
 命乞いから一変して、仕方が無かったと仕切りに弁明を口にするが、そんな、良心の呵責を憶える様な人間の顔が、凶相となる筈も無かった。
 処置無し。
 己の命だけを考える賊に、兵達は怒りの声と共に武器を振り上げた。
 悲鳴が大きな声となるが、一刀は止める事は無かった。



 返り血で真っ赤に染まった剣を見て、一刀はふと、思っていた。
 自分には儒者の言う徳なるもの、あるいは普遍的な意味での人間愛は無いのだろうな、と。

 凶悪に対し、苛烈といって良い態度を示す一刀。
 それは、ある意味で一刀の原点にある風景が理由だった。
 この世界に降り立って直ぐに賊に殺されかけた事が、そして河内郡の自警団を率いた際に見た、賊の手で陵辱の限りを尽くされ、殺された人々の姿が原因であった。
 或いは、遺族の慟哭が。

 苦味の浮かんだ表情で一刀は兵を下げ、珂桓々たちと合流する。
 掃討戦はまだ終っていないのだから。






真・恋姫無双
 韓浩ポジの一刀さん ~ 私は如何にして悩むのをやめ、覇王を愛するに至ったか

 【立身編】 その12






 最終的に、賊の掃討戦は夕方までには終った。
 これは遺体の処理まで含めてである。
 疫病の問題があるとの一刀の主張を受け、死体を放置するのではなく大きな墓穴を掘って埋めたのだ。
 総数で3桁を超える遺体、その悉くを埋める墓穴を用意するのははかなりの手間であり、春蘭などは一罰百戒で晒す方が良いのではとも言っていた。
 だが一刀が、将来的にこの廃村を再生し利用する事を考えればと重ねて提案した所、華琳が折れ、葬られる事となった。

 村の畑の外れ、水場から遠い場所を選んで掘られた墓穴に、具足などの一切を剥ぎ取られた死体が放り込まれていく。
 この、具足を剥ぎ取る事に関しては、華琳の指示だった。
 具足は、金属部品などは再利用が出来るので賊の副葬品には勿体無いと云うものがあったが、それで私腹を肥やそう等とけち臭い事を考えての事ではなかった。
 これらは、近所の村々に分配し、自衛の武器とするなり鋳潰して農具とするなり自由に、と考えていだのだ。
 ある意味で、賊の被害への補償、或いは、直接的に言えば華琳の人気取りでもあった。

 華琳は兗州を、刺史としてだけではなく、将来的には各郡太守へ自分の息の掛かった者を据える事で、より完全な形で統治したいと考えていたのだ。
 この指示を出す際、華琳は、兗州を完全に支配する為の下準備だと、露悪的と呼べる表情で笑った。
 だが一刀はそれが悪だとは、卑しい等とは思わなかった。
 兗州を望む華琳の気持ちが、即ち民の為であり、統治者としての自らの理想の為であると理解していたからだ。


 とはいえ、死体を墓穴に放り込む仕事を統括するというものは、何とも気持ちの盛り上がらないものではある。
 そして、墓穴に賊を放り込む兵達も又、些か元気が無いのは仕方が無い。

 が、そんな暗い雰囲気を気にせず一刀に声を掛ける者が居た。
 許仲康だ。


「兄ちゃん、手伝わなくて良い?」


 朗らかな声だ。
 幼いながらも、生と死が都市よりも遥かに近い農村出身ゆえにか、その神経が実に太かった。
 とはいえ、その無双の怪力に墓穴を掘るまでしてもらっているのだ。
 更に死体を放り込むまでさせては、大人の沽券に関わる。
 それが一刀のみならず、兵たちの総意であった。


「ああ、気持ちは有り難いけど、もう終るしね」


「そっかー」


「そうさ。それに許仲康にばかり頼っては、私達が仕事をしろと怒られてしまうからね」


「兄ちゃん達、すごいって思うけど?」


「有難う。だけど、だからこそ、自分の仕事をしっかりとしなければならないんだよ」


 1つの事に手を抜けば、何時かは全ての事に手を抜くことになるだろう。
 だから1つ1つ、しっかりとしなければならないのだと一刀が纏めてみせたが、許仲康は理解し兼ねるといわんばかりの表情で首を傾げていた。
 そして一言。


「良く判らないや………」


 その一言に、一刀は破顔すると、許仲康の頭を撫でた。
 子ども扱いされた事に反発するよりも受け入れてしまう辺り、この許仲康は、まだまだ子供だと言えた。
 だからこそ一刀は、判り易くまとめた。


「毎日しっかり生きましょうって事だよ」


「そうなの?」


「そうさ」


 と、兵が声を挙げた。
 いつの間にか、墓穴の埋め戻しまで終っていたのだ。
 一刀は、その事にすまんすまんと言いながら、最後に気を植える様に言う。
 山から取ってきた、ブナの若木だ。
 墓石を置く気にはなれなかったが、何らかの目印が無い事も寂しいと考えての事だった。
 賊として人を害し地へと帰ったが、死んだ後まで罪に追われのも哀れだと考えていたのだ。
 木を植えた事も、鎮魂を考えた事も、実に日本人的な行動であった。

 ブナの木に水を与えると、最後に一刀は拍手を打った。
 そして短く黙想。
 と、目を開いた一刀は、許仲康がまじまじと自分を見ている事に気付いた。


「どうした?」


「いや、兄ちゃんこそ」


 その一言で、文化の違いを思い出した一刀は、小さく笑って説明する。
 故郷の風習でね、と。


「死者の安らかな眠りを願う、そんな意味があるんだよ」


 邪気を払うとか、或いは死んだ人が生きている人間を恨まないでねとか、そんな意味もあったとは思いながらも、割と複雑な概念なので、端折って説明する。
 死ねば皆、神様 ―― とまでは言わないが、罪は死によって償われた。
 であれば後は、安らかな眠りが相応しい、と。


「死ねば、赦されるの?」


 少し納得できないという顔を見える許仲康に、一刀は無理に自分の考えを推そうとは思わなかった。
 人はそれぞれの考えがあり、そして文化の相違もあるのだから。
 差こそ、違いこそ大事では無いか、と。


「もしかしたら赦されるべきではにのかもしれない。だけどね、死んだ人間に鞭打っても、虚しいだけだよ。さぁ皆の所へ戻ろう!」


「そう言えば兄ちゃん、流琉が、今日は思いっきり気合を入れて料理をしてくれるって言ってたよ!」


「典甜馳か、料理が上手いの?」


「すっごく上手いんだ! 期待しててね!!」


「それは楽しみだね」


「うん!」










 さて、時間は少しばかり流れる。
 己悟での賊討伐を終えて陳留へと戻って、変化は3つあった。
 1つは文若が正式に華琳の軍師の座、閤下主簿となった。
 刺史が独自に登用できる属吏で、それまで空席だった最高位であり、刺史府の内務を取り仕切る事となった。
 2つ目は許仲康と典甜馳が将見習いとして軍に参加した事だろう。
 許仲康は春蘭へ、典甜馳は秋蘭に付く事となった。
 尤も、その前に行儀見習い等も大事だと云う事で、平時では秋蘭の下で心身を鍛えていた。
 春蘭に預けない辺り、華琳も2人を育てるという事を良く考えているのだなと一刀は考えていた。

 だが、一刀が暢気でいられたのはそこまでだった。
 もう1つの変化とは、一刀が夏候元譲の副官であると同時に文官としての仕事が加えられたのだ。
 それは、一刀の事を、或いは天の知識の事を文若が知った事が原因だった。
 文若は、兗州発展の為に一刀の知識、そして発想を大いに活用すべきと華琳に献策したのだ。
 具足糧秣の管理監督官時代に一刀から受けた説教への意趣返しを兼ねてこき使ってやろうとの気分が少々あるが、本質は、真剣にその知の有効性を見抜いての事だった。
 でなけば、男嫌いの文若が一刀を使おう等と思う筈も無かった。
 自分の趣味と、華琳への利を冷徹に考え、断腸の思いで下した決断であった。
 尚、当初は一刀を文官へ専念させる事すらも文若は考えていたのだが、その事には春蘭は激しく抗議し抵抗したが為、この形に落ち着いたのだった。

 そんな、二束の草鞋を履く羽目になった一刀、流石に文若に仕事量が多いと愚痴を溢すも、文若はニヤリと笑って聞き流した。
 そして “天の御遣い” にして “河内の賢人” には、華琳様の為に大いに頑張ってもらいましょう等と、しれっと言っていた。


 日の半分を、或いは一日おきに文武両官の仕事をこなしている一刀。
 文官仕事の半分は会議等に参加して献策をする、纏めるなどのお陰で何とかこなせているが、何とも忙しい話ではあった。


「無理はするなよ、一刀」


 衷心より一刀を案ずる声を出したのは、誰であろう春蘭である。
 表情はやや暗い。
 理由は、春蘭も苦手な書類仕事をする様になったのだ。
 以前もしていたが、今とは違う。
 今は、自分からする様になったのだ。

 一刀が二足の草鞋を履く事となり、書類仕事で苦労している姿を見て、又、年若い許仲康や典甜馳が頑張っている姿を見て、であれば少しは私も努力せねばと一念発起をしていたのだ。
 その手際は一刀の半分にも満たないのが現実だが、それでも諦めて放り投げずに続けている事は立派だった。

 春蘭が自分から仕事へ向き合う事は嬉しいものの、同時に一刀は、少しの寂しさも感じていた。
 そして同時に、仕事が減る事を素直に喜べない自分に、苦笑じみたものも感じていた。


「そういう春蘭こそ、ね」


 気分転換にと麦湯を用意する一刀。
 2人分を淹れて、それから席に座る。
 一寸した休憩時間だ。
 香ばしい香りが夏候元譲隊の執務室へと充満する。


「落ち着くな」


 湯飲みを手にし、その匂いを味わいながら相好を崩す春蘭。
 何時もは鋭いその目元も、優しくなっている。
 その事に面白みを感じながら、一刀は自分の湯飲みを傾ける。
 香ばしさと熱さが口腔内を占める。


「気に入って貰えたようで何より」


「うむ、気に入ってるぞ。それに隊の連中も喜んでいる」


 一刀は兵の休憩用にと、ミネラル等の豊富な麦湯を振舞う事を提案し、春蘭はそれを華琳に諮って許可を貰い、訓練や行軍時に出すようにしたのだ。
 お湯を沸騰する手間はあるが、同時に湯を起こす事で腹を下す原因などを取り除ける事も重視されての事だった。

「暑い時は、冷やして飲んでも美味しいんだよ、これが」


「あの、きかれいきゃくとか云うのか? あれは美味しいが少し面倒くさいぞ」


 試しにと、冷ました麦湯の湯飲みを水を含ませた布で包み、扇いだのだ。
 小一時間程。
 確かに、面倒であった。


「まぁ、ね」


「それに、暑い中でもゆっくりと飲めば美味しいのだ。文句を言う筋合いは無いぞ」


「仰る通り」


 陽性の笑いが生まれた。
 しばしの歓談、そして麦湯のお代わりを、と一刀が立ち上がった時、ふと、という感じで春蘭が文官の仕事を尋ねてきた。
 武官から見ても忙しそうに見えるが、何かあったのか、と。


「そうだな、以前にも言った難民対策に関して、華琳が凄い決断を下したって事かな」


「それは華琳様だ、当然だ! で、どんななのだ?」 


 その素直さこそが、華琳が春蘭を愛するゆえんなのだろうなと、そして自分から見ても好ましいと一刀は考えつつも説明する。
 それは公共事業と、廃村の農業再生を狙っての事だった。
 河内の寒村を範とした排泄物処理のシステムを陳留に作り、そして排泄物を肥料化する。
 陳留の都市構造自体を改造するのは大規模で金が掛かりすぎるので将来的な目標に留め、当座は排泄物の回収から行う。
 又、併せて衛生問題から市内での排泄物の適当な投棄を禁じる。
 豚の餌としている面もあるが、これは衛生問題から飼育許可を出す区画を限定する。
 こうして集めた排泄物は、郊外に肥料化の設備を作り、肥料とする。
 そして、肥料を消費する為の村も作る。
 廃村を再利用した官営の村であり、村人は難民を充てる。
 無論、廃村が即、豊かな村になる筈も無いので、数年は税の免除と当座の食糧支援をも行うのだ。
 これらの農業の効率化の為、農具の貸し出しも行う。


「中々に大規模だな」


「ああ。お陰で忙しいよ」


 排泄物の肥料化に関しては、河内の寒村で実績が出つつあり、そのお陰で文官の多くは納得したが、とはいえ、簡単では無い。
 反対する人たちの意見を聞き、案の問題点を削り、具体化していくのだ。
 一大事業であった。


「しかも、献策だけが仕事だと文若は言っていたが、蓋を開ければ諸官の説得もだ」


「使われているな」


「全くだ。しかも、この諸官との話し合いで出た問題点の洗い出しから、新しい事案も浮かんだりして、仕事は増える一方だ」


「ほぅ、というと?」


「治安の悪化だ」


 流入してくるのは難民だけではなく、治安の安定から商人が店を構え、又、隊商が兗州に良く訪れる様になったのだ。
 人が増えれば問題も増えるのは道理であった。


「従来の制度で対応できないのであれば、新しいものを作らねばならない、か」


「そういう事だ」


 又、陳留だけの治安回復だけではなく、難民を定着させる村への管理監察もあった。
 難民は、一度、農地を捨てた人間なのだ。
 である以上、状況が厳しくなれば再び農地を捨てるかもしれない。
 生活が出来なくてなら仕方も無いが、楽をしたいと離れられては話にならない。
 貸し出す農具を売られても困る。

 そもそも、元々が難民であり、この土地に根付いていた人間ではないので、その難民同士の諍いなども管理せねばならない。
 何とも、問題の多い事であった。


「………大変だな」


「まぁ、な」


 だが、それを言う一刀の顔は、明るい。
 否、楽しげである。
 確かに大変ではあるが、やりがいのある仕事ではあるのだ。
 人を助ける為というのが先ず楽しかった。
 その他に、多くの文官と顔を合わせて討議する事も楽しかった。
 華琳の下にいるだけはあり、諸官は仕事への情熱ある人間が揃っており、常に新しい視点や発想が入るのだ。
 楽しくない筈が無かった。

 無論、武官の仕事、体を動かす事も一刀は大好きであったが、今は何かを作り上げるという事の楽しさを満喫していた。


「しかし、そんな予算が良くあったな」


 春蘭は以前に一刀が、難民対策の策があるが、金が掛かりすぎてと言っていたのを覚えていたのだ。
 それからまだ2月も経ておらず、新しい税も得ていないのにどうすればその難問を乗り越えられたのかと、不思議に思っていた。
 それに一刀は笑って応えた。


「そこが華琳の凄い所さ。刺史府の余剰金を必要最小限を除いて全て事業へと投資する事を決断してね。その上で足りない部分は、文若を通して漢の政府へと支援の要請を出したのさ」


「なっ、出来たのか!?」


「ああ。文若は見事に予算を持ってきてくれたよ」


 以前に袁家に遣えていた頃に作った縁を最大限に利用し、又、躊躇無く賄賂等を行使して漢の国家事業、難民の再定着実験として承認させたのだ。
 漢帝国自体が棄農による難民の増大に頭を悩ませていた事もあったとはいえ、この文若の政治的手腕は、見事の一言であった。


「ほーお、中々に見事だな」


 感心する春蘭。
 朝議などの場で口喧しく叱ってくる相手で、しかも自分から一刀を取り上げようとした文若を春蘭は嫌っていた。
 だが同時に、華琳の役に立つ人間を否定する程に春蘭の器は小さく無かった。


「もし、又何がしの才を見せれば、我が真名を預けてもよいやもしれんな」


 軍師相手に、将が真名を預けるという意味は、決して小さく無い。
 真名を預ける事は、軍師が立てた策が如何なるものであれ、命を賭けてでも従うという意思表示なのだ。
 だが文若は、自分から一刀を取り上げようとした相手なのだ。
 そこが気に入らない。
 とても気に入らない。

 どうしてくれようかと腕を組んで考え込む春蘭。
 うんうんと唸っているその姿に、一刀は笑いをかみ殺しながら、新しい麦湯を淹れた湯飲みを置いた。
 と、その時に一刀を呼ぶ声が聞こえた。
 甲高い、声だ。


「噂をすれば、か」


 ことわざの持つ正しさに笑う一刀。
 呼んでいるのは文若だった。


「居ますよ!!」


 声を張り上げると、文若はずかずかと執務室へと入ってくる。
 顔には怒りの色があった。


「北元嗣! アナタ、今日は昼から華琳様との会議だってのを忘れてない!!」


「いや、元譲隊の仕事を終えて昼食でも食べたら合流しようかと思ってたんだよ」


「馬鹿じゃないの!? 会議の前に議事内容を纏めておくなんて常識でしょ!! 特に今日のはアナタの献策が元になってるのに、暢気にお茶しているんじゃないわよ!!!」

 激しい剣幕である。
 その頭巾の形と相まって、猫がプリプリと怒っている様に一刀には見えた。
 思わず失笑した一刀に、文若は更に怒りを募らせる。


「何を笑ってるのよ! 折角私が男のアナタの策を華琳様のお目汚しにならないように考えてたっていうのに、この脳筋!! 剣を振るってれば許される立場じゃないのよっ!!! 今から策の内容を再確認するからとっとと来なさい!!!!」


 そう一気呵成に言い切った文若は、その感情を表す様に足音高く執務室を出て行く。
 一刀が追ってくる、追ってこなければ許さない。
 そんな気迫が背中に溢れていた。


「また後で!」


 そして、一刀は当然のようにその背を追っていた。
 文若の名を呼び名がら。



 台風一過。
 静かになった執務室で、春蘭はゆっくりと麦湯を飲み干すと、断言した。


「やっぱり気に入らん」


 そう断言する春蘭の顔には、ひどく子供っぽい表情が浮かんでいた。
 


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