3年生の引退により多数の2軍部員達が繰り上げ昇格をして間もなくの頃、その日の私は九十九宇宙に託り十十を連れ戻すべく、彼らが頻繁にサボタージュに使う小高い丘へと足を運んでいた。
チームはキャプテンが投打無双の完璧超人から調整型の兄へと引き継がれる世代交代の過渡期にあり、次代の背番号1を担う猪狩守はバッテリーを組む二宮瑞穂と反目し合いながら互いの投球論をぶつけ合い、いつも最後は実戦形式で決着を付けていたわ。
その一方で打線の主軸を担う4番の座は空位。理由は西東京大会中でのホームラン数勝負を挑み、僅か1本差で一ノ瀬塔哉から禅譲を受けた七井アレフトが、肝心の甲子園で無安打0打点に終わったのを恥として一旦返上した為で、そのライバルである三本松一と鬼気迫る形相でバットを振り込んでいる。
戦力の底上げは着実に進んでいたけれど、明るいニュースと言えば六本木優希の復帰ぐらいかしら?残念だけど十十と猪狩守の2人を除けば、我が校に流石は猪狩世代!と唸らせる程の人材は皆無だったから。
「白い素肌に喰い込むブルーのコントラストが個人的にツボだなぁ、と思いますた」
「だっ、誰も感想なんか聞いてないんだから口に出さないでッ」
甲子園の敗戦以来、十十は表向きは今まで通り愛想を振り撒きながらも苛立ちを隠し切れずにいて、私に対するサディスティックな行為はエスカレート傾向にあった。
「…ふぅ。正直、堪りません」 (*´ Д`)
「~~~っっ」
前の月に引き続いて連れて行かれた海でもソレは遺憾無く発揮され、買い与えられたワンピース型の水着は濡れるとウッスラ透けて見える仕様になっていて、それはそれは恥ずかしい思いさせられたものだ。
部室で行われた、あの日の権利行使もそう。不文律や漢字の理解に乏しい闖入者の登場が無ければ、私は彼の暴走した加虐心の赴くまま欲望の捌け口にされていたかもしれない…或る意味、ファーストキスは一生忘れ得ぬ想い出となっている。
気勢の殺がれた十十が部室を去った後にすぐさま号令が掛かると、千石監督の脇には兄の他に件のガイジンとクラスメイトの男子が立っていた。
「全員集合っー…監督、お願いします」
「あー既知の通り今年度より我が校は交換留学制度を導入し、その第1期生にウチの‥‥‥けいしょう、せんしゅ?も選出される事が決まった。また、正式には新学期からの入学となるが、その留学生も野球部への入部を希望している。2人共、挨拶しろ」
「ハロー、エブリワン!オイーラはヤーベン=ディヤンスで――」
季節外れの新入部員は白人でも珍しい完璧な金髪碧眼で、ソバカスだらけの顔には独特のセンスを醸す眼鏡が一際異彩を放っていた。
ガンダーロボは極東日本が生み出した人類の至宝であり、頑多堂本社の有るサイレントヒルこそ我が心の聖地と豪語する新日家は、日常会話程度なら充分こなせるとの触れ込みであったものの監督の配慮により七井アレフトと同室となった。
正直、初邂逅がアレなだけに余計なサポートの心配が無用となり、恩師が下した裁定の中でも最高峰の英断であったと称賛したい。
特異な見てくれや狂言回しとしか思えない語り口調でも、その実力は一応本場の経験者。そこのお前と名前すら碌に覚えられていない凡庸な2軍投手と比べればソコソコ戦力になる可能性を秘めていて、昇格試験ではハードルの低さも手伝いアッサリ1軍入りを果たしている。
「…見つけたわ」
行き着いた先は九十九宇宙がなるべく他人には教えたくないベストプレイスと大言するだけあって、丘の上からの眺望は絵心の無い私にも絵筆を取らせたくなる程の絶景だった。あの頃の携帯電話にカメラ機能が付いて無かったのが本当に悔やまれるわね。
「‥‥‥。」
「そろそろオシマイにしときなさい、師匠が邪念が籠もってるってオカンムリなんだから」
雑念だらけでコレっぽっちも身が入っていない!と酷評されていたが、私には一心不乱に瞑想に打ち込んでいるように見えるのだから、彼らの定義は本当に理解出来ない。
ただ、留学生の来日以降、十十の雰囲気が一変していた。
誰とでも仲良くやれる人だから取り分け不審には思わなかったのだけれど、余っ程ウマが合ったのか十十とヤーベン=Dの交友はまるで気心の知れた親友同士かと思わせる友誼を結んでいて、部活の時以外にも…それこそ寝食を共にするぐらいの仲だった。
「don't worry スミカ。ニッポン之忍ブ恋、オイーラはバッチリ appreciate でヤンスヨー…アァ、初登校ガ待チ遠Cでヤンース。早ク食パン咥エタ大和撫子ト貝ぁゎ、ノーノー、鉢合ワセ~」
「…えーっと私、急いでるから」
単に私との密会を口外されるのを恐れ、媚を売っていただけとは到底思えないし、そもそもそんな玉でも無いだろう。何と言うか、平凡な日常を打破しようとする思春期特有のギラついた焦燥感と、閉塞した状況に全てを諦観しているかの様なチグハグさが薄れて行ったのだ。
その晩に行った夜祭りでも、どんな目に遭わされるのかと不安だったのに…意外なほど優しかった。初めて普通にデートをした気がする。
古例に則り浴衣の下には肌襦袢しか身に付けていなかったので、いつもの彼ならお尻のラインや…履き慣れない下駄履きのせいで足を挫いてしまった私を負ぶう、意外と逞しい背中にワイヤーの当たりが無い事に触れないなんて、絶対に考えられないもの。
それまでの十十であれば、間違い無くこんな風 ( ゚∀゚)o彡゚ であったろうに。
「邪念とかヒデェwww これでも凡庸なる左投げ内野手が巨人にドラフト1位指名されるには?とか真剣に考えてんのにー」
「…それ、瞑想って言うのかしら」
「別に悟りなんぞ開かぬモン。それにお義兄さんも限られた時間は有効に活用すべきだと仰ってるじゃないのょ」
「そ。名案が浮かんだのなら後学の為にも是非聞かせて欲しいものね」
「そーねー…千葉マリンから福岡ドームに到着するまで打ったホームランの飛距離分だけ移動する球場巡り、とか?」
「凄い。アナタの言ってる意味が全然判らないわ」
「モフフフフフ…」ω・)+
全く以て付き合い切れない。時間の無駄。妄言は一切無視しよう。
現実と部活に連れ戻すべく彼の手を掴むと、その掌は暖かい岩なんて表現がピッタリ当て嵌るぐらいゴツゴツしていて、指先にまで肉刺が出来ていた――