「ぉ女市、じゃなくって社長!守クンからメぇルでぇす」(」・ω・)」
「マモール氏って呼んであげなさい」
採用から早数ヶ月が経過している個人秘書が、ぇ゛~とが不満げな声を上げる。いくら社長室に居るのが雇用主である私と2人きりとは言え、一般常識的には有り得ない言動だ。
例え未成年で時給制のアルバイト社員であろうとも、対外的にはそんな言い訳が通用しない以上、業務のイロハのみならず社会人としてのマナーも教え込まなくてはならない。
有用性云々で言えば余計な仕事が増えるだけだったけど、相手は遠からず義妹となる存在。今のうちにイザと言う時のバックアップを育てておいて損は無いだろう。
「大人の事情、よ。十さんも優秀な秘書なら察してあげないと」
「は=ぃ。ぁ、なぎさのコトゎ苗字ぢゃなくてシ者クンって呼んで☆そのほ=が秘書っぽぃし♪」(/・ω・)/
・・・・・・産休とか、有るかもだし。
「でも自分だけぢゃなくて、家族のチームもぁるのに優勝厳命!とかマゾなの?テンサーイって天災?」
あながち間違いでは無いのかな、と思えてしまうのが恐ろしい。全力で立ち向かって来い、返り討ちにしてやる。多分そう言いたいんだろう。3年以内だのプレーオフ進出云々でお茶を濁さない辺りは本当に彼らしいな、とも思う。
新生セントラルリーグは対9カード15回戦の合計135試合1シーズン制によるペナントレースを行い、シーズン終了後に従来の日本選手権シリーズに代ってアジア球界の頂点を決める、亜細亜倶楽部チャンピオンシップ(通称:アジアシリーズ)の開催を決定。
台湾・朝鮮のプロリーグ優勝球団及びアマチュア最強と呼ばれる赤の軍団・キューバ代表チームを招聘し、優勝球団とプレーオフ(シーズン2位VS3位球団)勝者に対して賞金総額5億円となる同大会出場権を与えると発表していた。
「久々に血が騒ぐぞ‥‥‥ワクワクを百倍にしてパーティの主役になろう!」
「意気込みは結構ですけど、このままじゃ確実に主菜になりそうね」
FA権を持つ選手は皆こぞって横浜を出る喜びを口にし、残ったのはその機を得ない若手か、引退間近のベテラン揃い。
先発ローテーションにホエールズが指名した最後のドラ1選手・松崎トミオ(大漁水産高)と、特例となるドラフト外・麻生真嗣(元・暁大)のルーキー2名が有力候補として数えられ、海外FAで渡米した伊達団吉に代わる新守護神筆頭にテスト生・ジョー=クルゥンゲキが挙げられる脆弱な投手陣。
攻撃面では、やはりドラフト外となる八嶋中(元・暁大)にリードオフマンとしての期待が掛かり、現場はT=レックスの抜けた穴をフロントに丸投げ。全ては新戦力任せの貧打ぶりに、マシンガン打線と謳われた栄光の面影は微塵も無い。前身が手放したくなる理由が、何となく理解出来た。
「ホントにただ座ってりゃあ良いのかい?スーツなんざ着心地が悪くって落ち着かねーぜ」
「お似合いですよお義父さん、同席して下さるだけで充分心強いです」
ゼネラルマゼージャー職も兼務する私に課された責務は大きく、保有枠を空けたまま交渉期限ギリギリまで先輩達の回答を待つつもりだったけど、まさか手前味噌で補強完了と言う訳にもいかない。
国内外のFA選手や代理人からアプローチは引っ切り無しだったが、どれも補強が急務の素人球団と侮り、法外な契約条件を吹っ掛けて来た。
何せ私自身が20代半ばの未熟者。舐められまいと強面の名誉オーナーを交渉の席に引っ張り出したり、ヨソの球団幹部との会合に未来のお姑さんが経営するラウンジを貸切ったりと、体裁を取り繕うのに必死だった。
「それが、アメリカダ!」
最終的に助っ人として絞り込んだのは内外野を守れるユーティリティプレイヤーと、大型扇風機と紙一重の長距離砲。でもミッキー=バーミリオンはカイザースとのマネーゲームに敗れ、オリバー=ドリトンはメディカルチェックまで進みながら後発のギガンテスに既で攫われてしまう。
思えば詰めの段階で急に代理人の動きが鈍くなったり、何度も話し合った筈のインセンティブに見直しを求められたりと、変調の兆しは確かに有った。この世界に浸かっていると金銭感覚がおかしくなるし、契約書こそが絶対正義と化すらしい。
裏切りが発覚した時には愕然として涙が出る程悔しかったけど、そんな惨めな姿を晒すのも癪だし失態を露呈する訳にも行かないので、私はさも当然の如く振舞うしかなかったわ。
「ぐらん、ふぁにーにょデス。私トいっぽんイットキマショウ」
思い余った末に獲得したのはシュアなバッティングが売りの陽気なドミニカンとの触れ込みも、実際に来日したのはプルヒッターの陰気なプエルトリカン。掴まされたと臍を噛んだが後の祭りで、エージェント会社は倒産のアナウンスを繰り返すのみ。担当者もその日を境に音信不通となった。
・・・・・・こうなるともう、笑うしかないわね。
「オイーラはY― 」
そして最後は補強と呼ぶのもおこがましい、御為倒しに走った。
日本の野球に馴染みの有る若手で、内外野を守れるマイナーリーガーを獲得する事で体裁を取り繕う。分の悪い賭けなのは今に始まった事では無いと開き直り、ヤーベン=Dと十十の相乗効果に一縷の望みを託したの。
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「ふぇぇぇっ、1ヶ月も離れ離れになってしまうん?!」(´;ω;`)
「球団代表がキャンプ地に張り付いていられるワケ無いじゃない。お姫様のキスで目が覚めたんでしょ?私なんか居なくても問題無いわ」
球団運営もあるが、根幹となる本業だって疎かには出来ない。
現場は高校時代に暁大付属と対戦経験も有るBB高出身・中島火暴に任せておけば問題無いが、経営となれば話は別。こんな時に頼れる身内が居れば申し分無いのだけれど、アニマル大を卒業し、念願の獣医となる予定の兄には言い出し辛かった。
「運命を牛耳る我侭女神とお前さんのを一緒にすんな、視察に来てくれないんなら1ヶ月分まとめてしちゃうぞ?」( ゚ε ゚ )
「フン、勝手にしなさいよ馬っー…莫迦」
キャンプインからオープン戦まで時間は瞬く間に流れ去り、慌しく駆けずり回っているうちに私は本当に視察に赴く暇も無いまま、経営者としての業務に没頭している。
キャンプ地の選定から帯同メンバーの仕分け、1クールの日数まで口煩くしゃしゃり出て来た小娘が肝心のキャンプでは首脳陣から提出されたレポートに対し、幾つか注文を付ける程度なんだからさぞかし拍子抜けだったでしょうね。
我が社と違い、取引先企業の大半が開幕直後の3月末が決算日。オールスターズばかりに感けてばかりはいられないのだ。それでもドコからかこの窮状を聞き付けたヘッドコーチが経営と野球にも精通した人材を紹介してくれたお陰で、どうにか目鼻が付いた。
用意されたオープン戦DVDを観ながら、各コーチ宛に指導プランを作成するゆとりを得られたのは大きい。
「ど=でしたかネ土長、今日のぉ兄?ホレ直しちゃった?ねぇねぇユー正直に言っちゃいなYO!」
「そうね、貴女のお陰でだいぶイメージアップが図れたと思うわ」
「ぶぅ!面白くなぁ~~~ぃ」
「来月分からの時給、期待してて頂戴」
一時ながら甲子園でも活躍した、若きプレイングマネージャー。
多少なりとも野球を聞き齧った者なら鼻で笑う存在だが、世の中そんな人間ばかりでは無い。話題先行でマスコミの注目を集める中、専属広報的な役割も兼ねていた十なぎさのフォローも抜群の効果を発揮して、巷ではソコソコの人気を集めていた。
『キャンプの出来?そーですねぇ~百点満点で― 』
・・・・・・当社比でイケメン度30%増ってトコかしら?モニター越しに彼の姿を観ていると、少しだけ遠い存在になった気がしたわ。