青天の霹靂。
私の薄っぺらい辞書をひっくり返しても、この時の心情を表すのにこれ以上相応しい語彙は他に出て来なかったわ。
「なぎさのぉ願い、叶えてくれる?」
「ハイ、喜んでー!」
彼女の“お願い”とは世間を騒がす球界再編問題最後の1ピースになるであろう、横浜キャットハンズ買収を意味している。それが如何に困難な命題であるのかを、この兄妹はどの程度まで理解しているのだろうか?
明日をも知れぬ病床の少女だったのも、今は昔。
私と十十が将来を誓い合った翌日、突如として行方を晦ました担当ナースが凄い救急箱を遺していた。驚くべき事に、中に入っていたナオールXとタフナルXなる新薬を服用した十なぎさの病状はたちまち快方に向かい、今では念願だった学生生活を謳歌している。
担当医も首を捻るばかりの摩訶不思議な奇跡体験と言えるだろう。
「なぎさもフツーに学校行って勉強して部活して友達と遊んだり彼氏と恋愛したりしたいの。将来は球団社長の秘書になったり― 」
彼女が望む夢の1つである、球団社長の秘書。ソレを現役女子高生のまま実現する方法など他には無いだろう。無いだろうが、推定売却価格が100億円規模の途方も無く高価なおねだりである。
では不可能か?と問われれば、それは相手の出方次第と言ったトコロ。
暁大學進学後、私は野球部のマネージャーにはならなかった。その理由は懸命のリハビリに励むフィアンセのアシストと、十兄妹とのやり取りに着想を得た携帯電話用アプリケーションソフトの開発に専念する為で。
知人の協力を仰ぎ、試行錯誤を積み重ねながら1年余りで完成の日の目を見た“もっと頑張れベイスターズ(通称:モガベー)”は万年最下位のお荷物球団の再建を任されたプレイヤーが球団社長となり、日本一のチームを作り上げて行くプロ野球ゲーム。
基本的に難しい操作は一切不要で、打撃オーダーと先発ローテーションを組み、作戦を設定し、選手育成や状況に応じてトレード等の補強策を講じて結果を待つだけ。育てたチームで全国のプレイヤー達とペナントを競わせる事も出来る。
それだけでは盛り上がりに欠けるから、と母校がモデルの硬式野球部を舞台に新人選手を作成して送り込める“暁の軌跡”モードを搭載したのだが、コレが想定外の好評を博した。
販売流通の為に名義を借りた有限会社は瞬く間に巨万の富を得、その後も順調にヒットを重ね続けた。今ではインターネットショッピングを中心とした事業展開が大成功し、株式上場も果たしている。
ライバル企業とのマネーゲームにならなければ、決して出せない額では無い。それでも、社運を賭けた一大プロジェクトとなるのは必定だった。
「DJB、きっとウチの筆頭株主サマが何とかしてくれるっしょ!」°(´∇`*)
「・・・・・・いい加減、マモール=テンサーイ氏頼みの経営体制から脱却したら?」
自ら切り開いて行く意識に乏しく、誰かの掌の上で踊らされている様な、フワフワとした感覚。
結局、他に名乗りを上げたのは住宅設備機器総合商社・陸汁1社のみ。資本力に雲泥の差が有る筈の一騎打ちに、何故か勝利を収めてしまった我々は横浜の地に作世(さくせ)州オールスターズを誕生させたのである。
「初めまして、球団代表を務める四条澄香です」
時間との戦いとなった為、売店経営・広告物掲出・放映権等あらゆる権利の無い本拠地。そんな理不尽なリスクを回避し切れなかったのが痛恨の極みであり、甚だ遺憾だった。
『横浜から出て行け。ホームレスになれば良い― 』
球場運営会社との確執は非常に根深く、それは前身のキャットハンズがプレイングマネージャーとして招聘を検討していたFA市場の目玉・武蔵雷蔵選手との契約交渉が白紙となり、同ポジションに十十就任確定の報道に対して寄せられた、運営代表のコメントにも良く現れている。
最終的には入場料収入の25%を球場使用料として支払う従前の契約内容を10%まで圧縮し、球場設備の全面改修費用を負担させるのを条件に合意に達したが、本拠地移転は既に秒読みの情勢だった。
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『第1回選択希望選手ー…第1巡目、西東京カイザースー…友沢亮。18歳、内野手、帝王実業高校』
栄養費問題で一躍渦中の人となったスーパールーキーは、一時はプロ入りを断念し帝王大進学も、と懸念されていたがカイザースの一本釣りで決着。会見時には一体どのような声明がなされるか?と、その動向に注目が集まっていた。
「来年の目標は新人王のタイトルを獲り、1億円プレイヤーになる事です」
彼の爽やかなルックスとは裏腹に、後ろめたさを微塵も感じさせない堂々とした物言いは早速物議を醸し、生い立ちから入寮時に持ち込んだ私物の詳細に至るまで、執拗に報道される存在となっている。
ストーブリーグの主役として連日話題を提供し続けるカイザース。ホームタウンの地理上と球団誕生の背景から、世間一般的にレオポンズの後継球団と目されがちだが、球団側は公式に完全否定する姿勢を貫いていた。
その徹頭徹尾の方針により首脳陣にレオポンズOBの姿は誰1人として無く、優先保有権を得ていた生え抜き選手も不均衡なトレードにより一掃されている。
象徴的な事例がワイルドブルズとの間で取り交わされた神童裕二郎・猪狩進選手と酉口史也・一文字大悟・小松稼頭央・亜力士=キャブレラ選手の超大型トレード※であろう。
※更にWB-プリンスラビッツ間で合意に達し、酉口史也・一文字大悟←→番堂長児・半田小鉄・堂城川一朗の三角トレードへと発展。
猪狩進は猪狩茂オーナーの実子であり、獲得が至上命令だったのは心情的に理解出来るが、エース・神童は前年に表明していたポスティングによる海外移籍を球団側に拒絶され、海外FAが確実視されていた存在。
高潔な人物として知られ、金銭で引き留められるとは到底思われなかったのだが、見事に複数年での契約を取り付けている。
監督にはレッドエンジェルスの大エースとして名を馳せた野球解説者・神下怜斗氏が就任し、UBLの現役スーパースター・テリー=マイルマン投手とボーマン=バンガード外野手の獲得も報じられた。
本拠地も自らの主導で球都市モノレール線を延長した西部ドームを2軍専用とし、立河駅北口に新本拠地・猪狩ドームを建設。ユニフォームのベースカラーにレオポンズ・ブルーの痕跡が僅かに残る程度となっている。
翻って我が球団に目を向ければ野々村カツノリ氏以来、実に28年振りとなる選手兼任監督が、優勝請負人から7年前に甲子園で活躍した社会人ルーキーにグレードダウンする最悪の滑り出し。
本拠地問題はどうにか解決させたものの保有選手の厳しい予算上限から、日本球界を代表するクローザーである俺様・伊達団吉選手を筆頭に黒船・T=レックス選手ら主力クラスの流出を食い止められなかった。
唯一の救いは大学時代にもプロ入りの機を逸した十十が、自らの慰みとして設立した社会人野球クラブチームに所属していた選手達の、優先交渉権(2005年7月末日迄)が与えられた点だろう。
休日の趣味程度で参加していた暁大付属OBのうち、体育教師であった三本松一と七井=アレフトの入団交渉は困難を極めたが、暁の韋駄天・八嶋中がいの一番に快諾。更には猪狩守の陰で燻り続けていた永遠の2番手・麻生真嗣の説得にも成功した。
プロの世界では所詮ルーキー達と侮られていたのだが、誰もが想像だにしない奇跡が起こった。
「ぉ兄ちゃん偉ぃ☆大大大だぁ~ぃ好き!ご褒美にキッスしてアゲルね♪ 」
交通事故以来、6年間低迷し続けたままだった十十の大覚醒である。