「お安い御用でやんす!あの頃のパワ高を語らせたら、オイラの右に出る者はいないでやんすよ!」
副音声ながら久々に頂いた解説のお仕事の為、猪狩ドームへと足を運んだオイラはこれまたお久し振りとなる影山秀路氏とお会いしたでやんす。影サンと最後にお会いしたのは現役引退を表明したシーズン終盤、クライマックスシリーズに向けて調整を行なっていた頃まで遡るくらいご無沙汰だったモンで本当に懐かしくー…オイラにとっちゃ今でも足を向けて寝れない大恩人でやんす。
何せ“西の阿久津に東の矢部”とまで謳われた猪狩世代屈指のスピードスターだったオイラも、当時は野に埋もれた無名の球児。そんなオイラを見出してくれた、名スカウトでやんすからね。この方の目に止まらなければ、矢部明雄はプロ野球選手では無く週末に草野球を楽しむサラリーマン人生を送っていた筈でやんす。
「さぁ~先ずはオイラ達が入部ー…え?戸井君が旅から戻って来た辺りからで良い?ズイブン端折るんでやんすねぇ?…それでは旅立ちの経緯からダイジェストでお送りするでやんす!」
あれは高2の夏でやんした。当時のパワ高は中の上くらいのチームで、巡り合わせにも依るでやんすが大体べスト16程度の実力は有ったでやんす。でもエースだったダッチャマンがー…あぁ、前年の暮れに親御さんの都合で開幕片反高に転校した花崎カヲル君のコトでやんす。
彼の抜けた穴を塞ぐべく名乗りを上げた戸井君の力投も虚しく、例年通り暁大附属にボッコボコにやられちまったでやんすよー…最後の夏には甲子園にも出場していたダッチャマン程では無いにしろ、戸井君だってそれ相応の実力者だったのは間違いないと思うんでやんす。
でも、あの試合を境に戸井君がマウンドに登るコトは2度と無かったでやんす。あの敗戦はオイラ達にとってムチャクチャ苦ぁ~い経験だったのと同時に、野球人生の転機となる試合でやんした。
『仕方が無いー…じゃあ矢部、引き受けてくれるな?』
その後、オイラ達はパワ高野球部の恒例行事と化している夏合宿を敢行したんでやんすが、なななナント、戸井君が主将就任を辞退した上に、その場でピッチャーを廃業して武者修行の旅に出ると休部宣言をしたんでやんす!
何しろ尾崎主将の熱血スピリットを受け継ぐのは戸井君ただ1人と誰もが信じて疑わなかったでやんすから、その場に居た人間は全員ビックリ仰天。皆挙って引き留めたんでやんすが、戸井君のガッチガチに硬ぁ~い決意は誰にも曲げられなかったでやんす。
普通ならチームの士気がガタガタになってもおかしく無い異常事態でやんしたが、それをアッサリ収めた鮫島先輩の影番としてのカリスマは尋常じゃあ無いでやんす。そんな経緯でオイラにお鉢が回ってキタんでやんすけど、あの時の周囲の落胆っぷりは正直トラウマ物でやんすねー
でも、あの一大決心が無ければ戸井君は打者として大成していたかどうか疑問でやんすし、エースで4番のままチームを引っ張っていたとなると鮫島先輩が松倉を説き伏せずに引退してたかも知れないでやんす。
まぁ実際オイラがしたのは定期的に監督が挙げた候補の中からひたすらボディー&ボディーのスローガンをチョイスしてたぐらいで、初陣となる秋季都大会に至っては阿畑2世に軽く捻られ、まさかの1回戦敗退で終わってるでやんす。
んで、学期末テスト前々日に諸国漫遊ホームランの旅から帰って来た戸井君は3度のメシよりホームランが好きなホームラニストになってたでやんす!その野球狂っぷりは女子マネとロマンスが生まれる隙なんざ微塵も感じさせ無かったでやんすよ。
それからのパワ高は、ホームランくんと渾名される戸井君が親の仇みたいに相手ピッチャーを叩き潰してくれたお陰で春季東京大会優勝、春季関東大会準優勝と大躍進。影サン以外の球団スカウトもチラホラ視察に訪れる程の強豪校として15年振りに脚光を浴びる様になったでやんす。
『捕るなッ!』
最後の公式戦になった西東京大会決勝は因縁の巡り合わせとなる暁大付属戦で、勝機は“いのかりバッティングセンター”状態の戸井君の前に、どれだけランナーを貯められるか?に掛かってたでやんす。ぁ、戸井君はずぅ~~っとイノカリって呼んでいて、猪狩君はそれに対してマジギレしてるんでやんす。2人が永遠のライバル状態に有る所以の1つでやんすね。
さて、話しが少し逸れたでやんすが肝心のパワ高ナインはアフロヘアーで颯爽とマウンドに登る猪狩君相手にキリキリ舞い。実に情けない話でやんすが戸井君以外は手も足も四死球も出ない有り様でやんした。
3番最強説を提唱するオイラの意見がオーダーに反映されていれば、猪狩君対策として考案したオイラの十八番・ボールはトモダチ作戦(右打者をホームベス寄りギリギリに立たせてスライダーを待ち、死球による出塁狙い)を浸透させられていれば、最後の夏だって違う結果になっていたかも知れないでやんしょうにー…それでも最終打席を迎えてようやく努力が実を結んだでやんす。
1点差で迎えた9回表、先頭打者となったオイラの献身により無死1塁。更に決死のスチールを成功させたんでやんすが、駒坂が進塁打を打ち損ねたばっかりに3塁憤死。続く松倉が3球三振に倒れ、2死1塁となったでやんす。
『4番。ファースト、戸井君…』
覚醒後のマウンドの貴公子を最も苦しめた一戦として名を残した名勝負は、最後の最後で球界屈指の千両役者が相見える展開でやんした。この試合も3打席連続本塁打とカモられていた以上、常識的に考えれば敬遠で次に控える香本勝負の一択だった筈でやんす。
でも、監督もバッテリーもソレを善しとはしなったでやんす。初球がアウトコースに外れた時には見せ掛けだけの勝負にも思えたんでやんすが、2球目を豪快に空振ってニヤリと笑った戸井君と猪狩君の顔といったらー…嗚呼、コレはガチなんだなぁと悟ったでやんすよ。
続く3球目。ミート寸前にホップしたライジングショットを僅かに掠めた打球は、バックネット方向に飛びやんした。
神宮の杜に沸き起こった悲鳴と歓声。ファールフライへ果敢に追い縋り、進君が白球目掛けてダイビングキャッチを試みようとした瞬間。周囲の雑音を掻き消す、雷鳴の如き大喝がマウンド上で轟いたでやんす。
キャッチャーミットに収まればジ・エンド。でも、ボールはミットを弾いて転々と転がったでやんす。アレが故意だったかどうかなんて聞くだけ野暮でモンでやんすよ?…でもまぁ、絶対に逆らう事の出来ない姉を持つ身としては、進君の立場は良ぉぉぉく理解出来るでやんす。
『ファール!』
ワンツーからの4球目はボール。続く5球目のカーブはファールラインを割る大飛球がスタンドに飛び込み、溜め息がスタジアムを包んだでやんす。6球目のフォークを見送りフルカウントになると、塁上の駒坂は勝負に水は差さないとばかりに1塁ベースに突っ立ち、実際に7・8球目をファールで粘った時にもスタートを切らんかったでやんす。
最後の1球となった9球目、鋭く振り抜いた打球は弾丸ライナーはバックスクリーン一直線に飛びー…フェンス上段にブチ当るツーベースヒットになりやんした。
オイラ似のイケメン外人がレーザービーム持ちじゃ無ければ試合の流れはどうなっていたか?あの時3塁コーチャーが止めていれば、もしかすればー…なんて言っちゃあイケナイでやんすね。
タラレバ話をするんだったら、あの日オイラが喜連杉君のノートのコピーを戸井君に渡してれば、歴史は全然違ったかも知れないでやんす。お目当ての戸井君がドラフト対象外になったお陰で影山さんがオイラを推してくれたんだから、本当に感謝してもしきれないでやんすよ。人生はホント万事塞翁がウマーでやんすね~