母校を4大会連続で甲子園に導き、絶対王者の金看板を一身に背負う帝王実業のエース・山口賢。
その帝王実業を下し、春夏連覇を果たした暁大付属の黄金左腕・猪狩守。
前人未到の高校通算90ホーマー待った無しと言われる青龍高校の大器・滝本太郎。
当代の“高校BIG3”と言えば、この3人の名が挙げられよう。そもそも私は高校通算〇ホーマーなんぞには参考記録程度の価値しか見い出せないのクチなのだが、滝本君には4番打者としての高い素養を感じ取れた。彼の勝負所で見せる集中力と、状況に応じた対応力はバット・球場・相手投手の複合的要因に由るアマの世界なればこそ、のスラッガータイプとは一味も二味も違う凄味が有る。
山口君にはハマの守護神・伊達団吉に勝るとも劣らないフォークもさることながら、地道な走り込みで培われたスタミナの評価をしたい。キャンプまでサボらずトレーニングを続ければルーキーイヤーから先発ローテの一角を任せられると太鼓判を押せるし、チーム状況によってはリリーフとして使ってみるのも面白いかも知れない。あの村田超治を彷彿とさせる“マサカリ”と相手打者を力で捩じ伏せるマウンド捌きは、いずれナインの士気を大いに盛り立てる精神的支柱となるだろう。
だがスター候補生とスーパースターの違いと言うべきか、投打の活躍において彼らを凌ぎ、興行的な側面でも突出した人気を兼ね備えた甲子園のアイドルを前にしてはその煌きも些か霞んでしまう。惜しくらむは意中の球団と相思相愛の猪狩君が、夢破れれば暁大への進学を臭わせている哀しき現実。正しく手の届かない星の如き存在なのだ。
まぁ、それだけなら何も今に始まった話では無い。盤石の根回しをして一本釣りを狙うのは金満球団の特権として耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぼうじゃないか?イチ個人としては球界の隆盛に寄与する若武者の活躍は慶賀の至りと存する。問題なのは天下の悪法たる逆指名制度を利用し、本来であれば間違い無くドラ1候補足る大学・社会人選手まで2位指名でキープしようとしているジャイアニズム全開の“球界の盟主”側に他ならない。
“みすみす時代の寵児を献上し、ドラフト制度を形骸化させてはならない。ならば公正を期す為にも、球界全体でNoを突き付けようではないか!”
困った事に、NPBと言う伏魔殿では本当にこうした風潮が高まりつつ有るのだ。そうする事で強行指名の果てに“息子の夢と人生を強奪した”との逆恨みを一身に浴びるリスクも軽減されるだろうし、世論を味方に付ける事も出来る!と。確かに頷ける部分が無くも無いが、そんな欺瞞に満ちた正義の為に貴重な戦力補強の手段をドブに捨てるなんてトンデモナイ話だ。不幸にしてその哀れな人身御供になった時の事を、本気で考えているのだろうか?
『暁大學附属学園の栄誉を称え、校歌を斉唱し、校旗の掲揚を行います…』
出場機会の無いままセンバツを終えた十十を見て、私は密かにほくそ笑んだ。世間の注目は兄弟バッテリーでセンバツを制した猪狩兄弟一色に染まり、ベンチを温め続けた彼の存在は僅か数ヶ月でスッカリ色褪せつつある。
顔見知りのブン屋に怪我の情報をやや誇張気味にリークしてやったところ効果覿面。リハビリのつもりか何かは知らないが、たまたま本人が大会前からズッと素人レベルの打撃マシン相手に汗を流していたのも良質のスパイスとなり、ロクに真偽も確かめずに再起不能のレッテルを貼る無能者まで現れるのだから笑いが止まらない。
何にせよ千石君がまんまと私の口ぐー…ゴホン!アドバイスに賛同し、無理をさせない方針を貫いてくれたのも大きい。ナニ、おたくでは生徒に一晩中リハビリに励むよう指導しているのですか?と聖夜に女子マネとホテル街を仲睦まじく歩く写真を1枚提供したに過ぎないのだが。彼と言い、神童君の時と言い、私としては千石監督様々だ。
「十十君ー…だね?私は」
キミの唯一にして最大の理解者だ、そんな顔をしてターゲットに接触を図る。最も多感な青春時代、直向きに野球へ情熱を捧げる若者が相応の実力を持ちながらベンチで干されていれば、腐らない方がおかしい。挙句の果てにチームは自分抜きで頂点を極めているのだから、その口惜しさは一入だろう。
私はキミの実力を高く評価している、我が球団にはキミみたいな将来有望の若手が必要だ、その言葉に嘘偽りは無い。なるべくコストを掛けずに優秀な選手を囲い込みたいのは事実なのだから、コチラも必死なのだよ。あのホテル街を抜ければ、その先にあるバッティングセンターへの近道なのは百も承知だ。
将来的なビジョンの欠片も無いお偉方は、何度ミーティングを開こうとも猪狩守の強行指名を連呼するばかりで全く以てお話しにならない。彼の目にはあの栄光と伝統で塗り固められた巨人軍のユニフォームしか映らないと、あと何回ご説明差し上げればご理解願えるのか?嫌がらせでは無く本気で獲得を目指すなら、タテジマを横縞に変えるレベルの覚悟では到底足りないのだ。
球団名をジャイアンツに変え、背番号18をエースから強奪してまで献上し、優勝してMVP獲ったら無償トレードを取り付けます、と確約してようやく土俵に乗るかどうかの世界だろう。高卒ルーキー相手に本気で5億出せるのならヨソの看板選手を強奪しろとは言わん、せめて生え抜きの流出を食い止めろ。彼の生家は現役メジャーリーガーを球団ごと買い叩けるんだ、金じゃ動くまい。
まかり間違って奇跡を起こせたのならば、かのご高名な御父君は倅達に無益な兄弟喧嘩をさせてはなるまじとウチを買収し、猪狩コンツェルンズにでもして下さるかも知れない。そうなれば占めたモノ、長男坊をプレイングマネージャーにでも祭り上げてしまえば球団の永久欠番に猪狩守の名を刻めるぞ?その時は私も一緒に万歳三唱をしようではないか。
「影山秀路さんっスよね、チワーっス」
なんだ知っているのかと思いつつ、私は名刺を彼に手渡した。考えてみれば当り前か、直接声を掛けるのは初めてでも先輩連中とは何度も顔を合わせているし、上から可愛がられるタイプだから栄養費の一部からご相伴に預かる機会も多かっただろう。正直まだ時期尚早ではないかとの迷いは有ったが、計算違いが起こったのだから仕方が無い。
センバツを制した為に、春季大会を回避していた暁が関東地区高校野球大会の出場基準(選抜大会ベスト4進出)を満してしまったのだ。関東高野連の推薦に対し、千石君はもう禊は済んだとばかりにベストメンバーを組んでこれに臨まんとしている。当然、彼の出番も有るだろう。
「今、時間あるかね?立ち話もなんだし小腹が減ってちゃ頭も回らんだろう、ファミレスにでも行かないか?」
だがソレじゃ困る、復調振りをアピールされては台無しだ。本音としては隠し玉としてドラ6以下に滑り込ませてやりたいのだが、最悪4位辺りで手を打とう。
私は初球を打ち洩らすと寿命が縮む呪いでも懸けられてるのかと勘繰りたくなるほど早打ちをする一方で、イザ追い込まれれば驚異的な粘りを発揮するバットコントロールに魅せられた。逆境を切り開き、大一番に強いクソ度胸に惚れ込んだ。目を見張るほどの速さは無いが、勝機を手繰り寄せる巧みで貪欲な走塁姿勢には大いに好感を持った。
守備でも左投げのクセに専らセカンドを守る異端児は話題性だけのイロモノとは異なり、充分に客からカネの取れるだけのプレーを披露する。抜群の打球反応と正確無比な送球技術は、心臓病のハンデにより獲得を断念した六本木優希に匹敵するだろう。
別にハズレ1位でも惜しくは無い。しかしながら、それでは若干面白味に欠ける。獲るからには、多少卑怯な手を使ってでも徹底的にライバル共を出し抜いてやるのがスカウトの手腕であり醍醐味なのだ。
「びゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛」
全自動ナントカ風ダシ巻き卵に舌鼓を打つ十君との歓談は、実にスムーズに進んだ。彼は原則12球団OKの稀有な存在で、指名順位に対する拘わりも無い。近いうちにご両親との面談をするアポも取れ、今のところ私の他に粉を掛ける輩も皆無。今のところ取引にも素直に応じてくれている。
毎月栄養費を支給する見返りに、試合に出ても目立った活躍は極力控える。ポジションもファーストに就くなど、以前と比べれば明らかに動けないフリをして貰う。他球団のスカウトが現れたら必ず条件提示を引き出し、その報告をした上で擦り合せを行う等々。
「何か質問はあるかね?」
後は保護者と指導者を丸め込めば一丁上がり。これは久々に良い仕事が出来そうだと浮かれ気味の私は、ついつい気を緩めて煙草に火を付けてしまった。未来ある青少年の前で美味そうにニコチンを吹かし、ウッカリ興味を持たれたりでもしたら商品価値が下落してしまうからな。慎まねばなるまい。
「チョッチュネー…お前さんは何かあんの?」
色々と。そう言いながら私の目の前に現れた女子高生の瞳は、静かに、だが確実に怒りに燃えていた。