1番センター八嶋中、2番セカンド四条賢二、3番キャッチャー二宮瑞穂、4番ファースト三本松一、5番レフト七井アレフト、6番サード五十嵐権三、7番ライト九十九宇宙、8番ショート六本木優希、9番ピッチャー猪狩守。
今でもソラで読み上げられる、暁大付属のベストオーダーに終止符が打たれた。
「お前達に言う事は無いー…以上だ」
怒り心頭の千石監督はその一言だけで球場を去り、試合後に毎回行われる総括ミーティングは、僅か数秒で打ち切りとなった。私の知り得る限りでは、最短最速での解散になるわね。
残された部員達は鎮痛な面持ちのまま帰路に就き、その惨めな有り様は、さながら死者の行軍と言えなくもない。
試合に勝って勝負に負けたとは正にこの事で、これなら誰かが戦犯に祭り上げられて罵倒されていた方が大分マシだったと思う。
――ただ、暁大在学時に文化祭の講演会に招かれた恩師は壇上で“監督業の中で最も辛かった出来事”として当時に触れ“武士の情けと最後まで試合をした挙句、教え子と対戦校に要らぬ恥をかかせた”と、自身の詰めの甘さを悔いていたわ。
「糸色望した!最愛の女性に捧げた大輪の花を華麗にスルーされる現実に絶望したァァァ orz」
「…オカシイわね、今日の試合のドコにアナタの活躍が存在するのかしら?」
1回戦終了後、私は西東京大会で十十がどんな活躍を魅せようとも、何ら見返りが無い旨を通告した。
「大会ルールに救われただけに過ぎない敗者復活校が、本来の勝者の分まで勝ち進むのは当然のコトじゃないかしら?」
――その代わり、アナタの活躍で深紅の大優勝旗を持ち帰れたら、付録としてどんな要望でも1回だけ叶えてアゲルと約束してみたの。
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「よめ っ□」 「誓約書でも持って来たの?今まで散々口約束を順守させたクセに、随分と疑り深ー…えっ?!」
それから暫くの間は、会話1つを取っても本当にぎこちない関係になった。何しろ明くる日、妙にぶっきらぼうに手渡されたA3用紙を見開くと、表題部には“婚姻届”の文字が躍っていたんですもの。
貞操を捧げるくらいの覚悟は出来ていたけど、まさか人生丸ごと要求されるとは夢にも思わなかったわ。
「粉砕ッ!玉砕ッ!大喝采ぃぃぃ!」 「\(^ o ^)/」
記録に残らない敗戦の責を負う形で、四条賢二は翌試合から自らのスタメン降格を申し出た。監督には出過ぎた真似をするなと一蹴されたらしいけど、兄はケジメを付ける必要が有ると言って断固として譲らなかった、と。
なお、その際の進言によりリードオフマンには十十が。主砲には猪狩守が抜擢されている。
その効果は如実に現れており、プロ入り後も“最強の2番打者”の代名詞となった二宮瑞穂、そして4番の前後を固める七井アレフトと三本松一の新生クリーンナップトリオの誕生により、暁は爆発的に得点を積み重ねて行った。
西東京大会2回戦(火之玉市一本杉球場)
〇暁大付属 18-0 バス停前×(規定により5回コールドゲーム)
寸評 : 前回登板の雪辱を誓う猪狩守の先発。5イニング15個のアウトカウントを全て奪三振でマーク。
西東京大会3回戦(明治神宮第2球場)
〇暁大付属 12-2 極亜久商×(規定により6回コールドゲーム)
寸評 : 5回2アウトの場面で死球によるランナーを出したところで外藤侠一に2ランを浴び、一旦コールド勝ちを逃したものの6回に代打・五十嵐権三がサヨナラヒットを放ちコールド成立。
西東京大会準々決勝(明治神宮球場)
〇暁大付属 15-0 白鳥学園×(規定により5回コールドゲーム)
寸評 : 参考記録ながら完全試合を達成。自称“最凶のナックルボーラー”冬野枯男との投げ合いで始まるも1回0/3で降板。
西東京大会準決勝(明治神宮球場)
〇暁大附属 11-0 BB高校×(規定により7回コールドゲーム)
寸評 : 十十、NPBでも存在しない4試合連続先頭打者ホームランを記録。参考記録ながら猪狩守が再び完全試合を達成。
西東京大会決勝戦(明治神宮球場)
〇暁大付属 21-3 パワフル×(暁大付属優勝。4年連続5回目)
寸評 : 2回裏、戸井鉄男の同点ソロにて3回戦途中から続いた猪狩守の連続無安打無四球記録が14イニングで途切れる。9回裏に鮫島粂太郎が意地の一振りを搾り出すも追撃はそこまで。控え投手を使い切り、急造でマウンドに上がった1年の松倉宗光が予想外の好投。
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「以上が明日の先発が予想される山口賢選手の全投球パターンです。次に、打線についてですが…」
チームの勢いは舞台を甲子園に移した後も良好なままで、泣いても笑っても四条キャプテンによる対戦校のデータ解説はその晩がラストとなった。仮に国体に出場したとしても、チームの方針で3年生は出場しないからだ。
「フーム、四条のご高説もこれで聞き納めか。そう思うと少し淋しいな」
「ふふふ、煽てても何もでないぞ三本松?」
彼は当時のレギュラーメンバーの中では数少ない一般入部上がりの人間で、昔語りが始まれば理路整然とした物言いと、その根拠となる参考例の物量、指摘した事項を解り易く体現して見せるその才には、誰しも一目置いたと聞き及ぶ。
「いや、割とマジに感謝してるんだぜ?オメーのお陰で打撃とリードに専念出来たんだからな」
「そう言って貰えると嬉しいよ二宮、明日も頼むぞ」
緒戦の湯けむり高校戦では“球仙人”を使った仮想・有馬紅葉投手攻略練習により易々と大勝を収める事に成功。公式戦初出場から一気にベスト8まで駆け上がった超新星・大東亜学園戦ではエース・鋼毅の弱点を突く的確な助言でチームを勝利に導いた。
また、準決勝のワールド高校戦でも終盤の守備固めからの出場ながらセンバツの雪辱を果たす一助となっており、暁の頭脳としてだけでは無く、プレイヤーとしても遺憾なくその才を発揮している。
――本当に、私の自慢の兄だ。
「なーなーなー、最後ぐらいオイラ達にもホームラン打ったらご褒美のチューはしてくれないのか?」
「なななッ?! 」
「おう、そりゃ一生の思い出になってエエわ。乗った!」
「乗るな莫迦。人の妹を勝手に賞品にするんじゃない」
「そうだよ、僕じゃフェンスに当てるのすら絶対に無理だもん。だけど僕だけタイムリーヒットにオマケしてくれるんだったら…」
「ろろろ、ろっぽんぎせんぱいまでなにをおっしゃってるんですかっっ」
「そら優希かて健全なる青少年やで?暁のマドンナとムチュ~と出来るんやったらラッキーゾーン辺りまでならカッ飛ばすわ」
「アハハ、冗談だから心配すんなょヨコター…あれれ?四条妹の顔が真っ赤っ赤だぞ?逃げろぉ~♪」
「もぉ、八嶋先輩も九十九先輩も怒りますよ!」
全国4093校の頂点まで、あと1勝。彼らには不思議なくらい気負いが無かった。