2世代前と同程度。これが猪狩世代入部時に千石監督が下した、彼らへの評価だった。
つまり、一ノ瀬塔哉を除けば軒並み小粒だった3年生らと特段代わり映えがせず、後は指導者の腕の見せ所であったと言うべきか。
チームの完成度は当時の段階で既に芸術の域まで達そうとしていて、むしろ野手レギュラー陣が揃って最高学年となる、翌年にこそ円熟期が控えている。順当に成長してくれるのならば、後は適時軌道修正すれば良いだけ。
指導者としては、さぞ僥倖な日々を送っていたことでしょうね?
名将・千石忠は厳粛な指導をする反面、案に相違して画一的な選手育成より、一芸特化のスペシャリストを好む節が多々見受けられた。
だからこそ十十みたいな選手が一塁や外野に固定されずに喃々と野球を出来た訳なのだが、あの頃の話をすると決まって“俺みたいな器用貧乏が一番苦労したんだよなぁ~”などと兄がボヤくのだ。
こうした状況の中、甲子園優勝を目指す一方で千石監督の目は既に2年後――後釜として充分計算出来る、猪狩守を柱としたチーム作りへと向けられている。
僅か2ヶ月足らずの在籍で2軍の星として送り出された十十の1軍昇格には、こうした事情も少なからず介在していたのであろう。ライバルとして、相棒として切磋琢磨する人材を求めての青田買い。ただ、指揮官の期待した化学反応は片方にだけ劇的に作用した。
本来ならば1軍昇格が許された唯一無二の新入部員。中学時代に築き上げた輝かしい実績は幾許の陰りも無く、評判通りの実力を見せ付け、親がどうのと陰口を叩く隙なぞ微塵も与えない。
それなのに、自分よりも遥かに劣る存在が対等の立場にいる。有り得ない。そんな奴を許せる訳が無い。絶対に蹴落としてやる!…これが当時の彼の行動原理だろう。
天才の思考と問題解決へのモチベーションは、常人のそれと一線を画するらしい。
「莫迦なっ…」
「いぇーい☆」(ゝω・)v
「お前ら遊んでないでサッサと練習に戻れっ」
「ミズくん怖ーぃ」
「いい度胸だヨコタ。オメーちっとツラ貸せ」
「Oh…どうしてこうなった?」
そのせいか、十十が先輩達と練習に励む⇒猪狩守が因縁をつける⇒決闘となるのが毎度お決まりの流れ。
彼らが1軍昇格を果たして数週間が経過した頃には止める人間は誰も居なくなり、中には賭けの対象にするなど好んでギャラリーに徹する者も増えていた。
無論、喧嘩の類いではなく入部試験から続く1打席限定の真剣勝負で決着を付けている。不思議な話だが、何度やっても猪狩守は十十に勝てなかった。
可愛い後輩と憎たらしい後輩が争い、可愛い方が勝つ。実に解りやすい勧善懲悪で、見ている者はさぞ胸のすく思いであったろう。
猪狩本人にも気付かない弱点でもあるのかと幾度か問い質してみたもものの、
「アイツの配球パターンは4年前に見切った。絶好調のアフロ野郎にでもならない限り、奴に勝ち目など無い」
と、いつも無駄に凛々しい顔で言い切るだけだった。その間に猪狩守はストレートを磨き、フォークを習得し、打者心理を掴もうと打撃練習にも励む。
努力する超天才・猪狩守の原点は十十憎しの上に成り立っていたと言っても過言では無いわ。
「次に会う時まで精々腕を磨いておくんだね、ハーッハッハッハ…」
そんな中でのウサ晴らしか実戦経験の一環か、ロードワーク中の河原で他校の野球部員を挑発し、そのまま辻勝負に引き込む様子を何度も目撃している。
誤解を招きかねないので先に断っておくけれど、別に彼を意識していた訳じゃない。可哀想な捨て犬が居て週に5・6回だけ様子を見に行ってたら、たまたま視界に入っただけなのだ。
猪狩守が陰で着々と努力を積み重ねていた頃、そのライバルは中の下程度の実力しか無いクセに臆せず三本松一と七井アレフトの脳筋合戦に飛び込んでみたり、
「ハァハァ 》6さぁーん…チッ、今日も空振りかよ。体育館裏にも居ないとなるとソロソロかねぇ?ぁー優希たんペロペロしてぇぇぇ!」
女でも軽く嫉妬する美貌の遊撃手、六本木優希の尻を延々追い回していた。
「ぅゎぁぁぁ (/// )」
「おぉ?バッティングセンターっスかご両人?お供させて下さいヨ~今日こそ俺の金剛が火を吹くっス~」
十十を追っているとホモセクシャルないしバイセクシャルではないかと疑わしい言動が散見し、約束の手前もあって私は休養日を迎える度に、憂鬱な日々を過ごしていた。
恐れていたXデーはレギュラー発表を間近に控えた土曜日。梅雨入りし連日の雨にぬかるむグラウンドを翌日の練習試合に備えて休ませる為、急遽休みとなった午前に訪れた。
「ハイ、四条ですがー…何の御用かしら?」
「ぐっもーにんぐ!流石に今回のベンチ入りは厳しそうだから今のうちに権利の行使をと思いましてぇ♪ 」
我が家に電話すると言う事は両親は元より、絶対の上下関係にある兄が出る可能性も高い。その辺を考慮してか馬鹿に丁寧な物腰での語り口調だったのが私だと判った途端、態度が一変した。
「フン、どうすれば良いの?」
「ジャージ着用の上、駅前集合でヨロ」
「何よソレ。記念公園でピクニックでもする気?まぁ最初で最後になるでしょうし、お弁当でも御用意して差し上げましょうか?」
「ハハ、参ったねコリャ…せっかくの手料理だけど今日んトコは遠慮しとく。んじゃ、待ってるょ」ノシ
電話を切ると、子供じみてはいるが案外普通のデートプランに内心ホッとしていた。
意表を突くにしても一風変わったレジャースポットに行く程度で、大袈裟な事態にはなるまい。男の子と2人で遊びに行くぐらい、誰だって遅かれ早かれするだろう。
私の場合、たまたまそれが今日だっただけに過ぎない――そんな風に高を括った私が馬鹿だった。
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「…なんでフツーの格好してるの」
「流石に休日の立河駅界隈を歩くのにユニフォーム姿じゃ恥ずいし」
多くの人出で賑わう駅前コンコース。1人場違いな格好で憤慨する私を目の前にして、十十がシレっと言って退けた。
「じゃあなんで私にジャージなんか着させてるのよっ、頭オカシイんじゃないの?!」
授業中ですらユニフォーム姿を常とする彼の私服姿を見たのは、その時が初めてだった。
まだ一目で野球部員と判るヘアスタイルを除けばどこにでも居る10代の少年で、時折垣間見せる異様な威圧感は無い。
「うん、とりあえずこの店でコンタクトにしよう。買わなくてもお試しの1dayタイプがあるから大丈夫」
「こっ、コンタクトなんか付けたコト無いし、なんでそんな…」
「ぇー今日はお前さんを俺色に染めます」
「は?アナタが何を言ってるのかサッパリ理解出来なー…離してっ」
私の抗議を聞き流すと何の断りも無く人の手を握り、強引に店内に連れ込むと勝手に店員を充てがう。
根負けした私がこんなコトで気が済むのなら、と悪戦苦闘の末、どうにか装着し終えると…十十は買ったばかりのサングラスを装着し、頭にはバンダナを巻いていた。
一瞥で彼と見抜くのは遠目には難しいだろう、そう思うと少しだけ安心出来た。
曰く、今日の私は同級生の野球部マネージャーではなく、彼の妹である十なぎさ。なぎさちゃんは小学6年生の女の子で、これから兄妹仲良くショッピングをするらしい。
約束だから仕方ないと厭々ながらに同行した私は、せっかくのオフを彼の下らないゴッコ遊びに費やす仕儀と相成った。