第79回全国高校野球選手権西東京大会、聖マリアンヌ恋恋学院戦。
暁大付属 301500005
恋恋学院 00000069×
歴代最強と謳われる程の体制で臨んだ暁大付属に対し、男女共学化2年目を迎える元お嬢様学校は今大会が初出場。そこはかとなく寄せ集め感の漂うチームで、敵将は4ヶ月前までお世話になっていた加藤理香養護教諭と云う始末だった。
千差万別、十人十色。全国の野球部全てが甲子園を目指してる訳じゃないし、情操教育の一環である部活動なのだから、ディフェンディングチャンピオンに胸を借りるのも良い経験だとは思うけれど――
『フレーェ、フレーッ! あ か つ き ! 』
ベンチ入り出来なかった1軍半や、毎日練習だけで野球そのものをする機会も無い2軍部員で編成された自前の応援団と、甲子園で演奏すべく早晩練習を重ねる吹奏楽部合同の大声援で後押しする暁大付属。
対して恋恋は学業優先らしく、観客席を見渡しても彼等の同胞を認める事は出来なかった。控えがたった1名しか居ない選手層、お飾りの素人監督、他に見た記憶の無いピンク色のユニフォームを纏う球児達に、私は憐憫の情すら憶えたわ。
「早川様ー、キャプテぇ~ん、ファイトれーすぅ♪ 」
「えーっと、初めての共同作業しっかりー!」
それでもナインが守備に就いた後のベンチでは、深窓の令嬢なんて表現がピッタリな亜麻色の髪の乙女と、少女漫画でしか見た覚えのない金髪縦ロールが懸命に声援を送っていて、その姿を例えるのなら2輪の花と言った所かしら?
双方ともにジャージとユニフォーム姿が全然板に付いてなかったけど、私なんかとは比べ物にならない華やかな美人さん。あんな可愛い子達に鼓舞されれば、世の男性諸氏はさぞかしヤル気が高まるんでしょうね…
「やるのぅ七井。だが飛距離では負けんぞ!」
「三本松、オマエは4番なんだから打点に拘れヨ」
プレイボールから僅か10分足らずで三本松一の先制2ラン、2者連続となる七井アレフトのアベックアーチが飛び出すと、その後もライバル同士お互い一歩も譲らぬホームランダービーが幕を開ける。
2人の競演は圧巻の一言に尽き、当時の日本プロフェッショナル野球協約第82条の壁※が無ければアメリカ国籍を理由に七井アレフトの指名が見送られる事も無かっただろう。
彼の後日談では“他球団に指名された場合、ソレを蹴って球団側が用意したスポーツ専門学校に進学すれば2年後に必ず指名する”なんて空手形を切ったスカウトも居たらしい。だが結果としてどの球団からも指名は無く、いつの間にかその話自体も有耶無耶になっていた、とも。
本人は元々指名が無ければ三本松一と共に首都体育大へ進学するつもりであったから構わなかったそうだが、私にはこの1件こそが彼からNPB入りの情熱を失わせるに至らせた遠因ではないかと思えてならない。
※日本国籍を持たない高校生は日本に5年以上居住し3年以上在学していない場合、ドラフト会議を経て入団しても外国人選手扱いになる。現行は3年以上の在学のみ。
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「こっからが本番だ、気合入れてこーぜぃ!」 『おーぅ!』
7回裏、恋恋学院側の攻撃。この日初めて円陣を組んだ恋恋ナインが喊声を上げるが、本番も何も事実上の最終回を迎えていた。
1~6番まで兄のデータベースにも無い選手ばかりがスターティングメンバーに名を連ねていた新規参入校は、初めての対外試合とは思えない程ソツ無く守備をこなす一方、高校野球らしい足やバントと言った小技を使うでも無く、淡々とゼロ行進を続けるだけ。
残りの下位打線3人のうち1年生の2人(手塚隆文投手・円谷一義内野手)は地元ではソコソコの選手で、あくまでソコソコの評価でしか無い。特筆すべきはスポーツ紙の3面記事を飾った先発投手・早川あおいの存在だろう。
「ストレート待ちからのカーブ対応余裕ですた。ゴチ」(∀`*)ゞ
女だてらにボーイズリーグで活躍するピッチャーとしてその名は聞き及んではいたものの実像を目にしたのは初めてで、彼女のサブマリンは男性には無い独特のしなやかなさが有った。
この日は2回0/3を投げて4失点1奪三振と今一つの内容に終わったが、何処までも沈み込む様なシンカーのキレと常時130km/h前後を計測する真っ直ぐのコンビネーション、そして低めに集められる制球力は短いイニングであればプロでも充分通用しそうな可能性を垣間見せている。
「…9対6?」
スコアボードを観て、私は我が目を疑ったわ。
早川あおいの後を受けたソコソコの2番手は、その回には見事な火消しをやってのけたものの翌4回には自ら満塁の危機を招き、三本松一のグランドスラムでアッサリK.O されて9点差。もはや筋書きの無いドラマを織り込む余地も無い、取るに足らない試合であったハズなのに。
円陣の中央に居た恋恋キャプテン・海野八七から始まった攻撃は6者連続本塁打と云う悪夢としか形容しようのないホームラン攻勢により、無四球完封ペースだった猪狩守をマウンドから引き摺り降ろしたのだ。
「チッ、俺達が実質創部1年目の女子校モドキに?冗談じゃねェぞ…」
失意のエースよりその横でリード面の猛省を促されている二宮瑞穂の方が茫然する中で、8回には再び打者一巡の猛攻により遂には逆王手が掛かるまで追い込まれて9対15。
すると、何のつもりか9回のマウンドには1度炎上しながらも人数の都合上によりファーストの守備に就いていたソコソコの2番手が再び登板の準備を開始した。ディフェンディングチャンピオンが聞いて呆れるわよね?
「6人ー…じゃねぇ、6点差か。面白ぇ、オラわくわくすっぞ?」
3回表には三本松を超える場外弾を放った十十が虚勢を張るが、点差が縮まれば再びあの金髪縦ロール・新庄玖遠の出番が待っているだろう。
試合開始時にはベンチでマネージャーと共に声援を送っていた才色兼備の秘密兵器は、ランナーを背負ってもワインドアップポジションのまま投げ続けたり、常時150km/hオーバーの豪速球と90km/h台のスローカーブを駆使して4回途中から8回まで、全て奪三振で牛耳る出鱈目なピッチングを披露。
そんな状況でも肝心の指揮官は何の策も講じようとせず、千石監督がこの試合で指示を出したのは、8回途中にスタメンから外れていた兄にマスクを被れと命じただけ。死に物狂いでの追撃にも一切の差配を兄に委ね、万事休すその瞬間も全く動じる素振りを見せなかった。
「15対14で恋恋学院の勝― 「待って下さい」
歓喜に湧く恋恋ナインを正面に顔面蒼白になっている者、人目を憚らずに嗚咽を漏らす者が並び立つ中で、兄が主審に異議を申し立てた。
「何か?」
「1つ確認を。本日登板した早川さんと新庄さんは“女子生徒”じゃありませんか?僕の記憶では―」
高野連の大会参加資格規定第5条(1)には“その学校に在学する男子生徒で、当該都道府県高等学校野球連盟に登録されている部員のうち、学校長が身体、学業及び人物について選手として適当と認めたもの”とある。
「…恋恋学院キャプテン、どうなのか?暁側の指摘通りならフォーフィッテッドゲームを宣告せねばならない」
同じ女性としては何とも歯痒い気持ちがしなくはないが、ルールはルール。
「今ココで答えなくても構わない。このルールは試合中でも、試合終了後であっても変わりは無いからねー…ただ、違反校の勝利を取り消す場合、遡及するのは最後に試合を行った対戦校になされるから、2回戦が始まってからでは遅過ぎるんだ」
「ええ、ウチのエースは正真正銘オンナですよ。俺はバイでもゲイでも無いんでね、間違いありませんともー…記録にゃ残らんでも、俺達の記憶には今日の勝利を残しても構わんのでしょう?選抜ベスト4(笑) の主将さん」
つまり、暁大付属は野球規則に則る正当な勝利を得て、緒戦を突破したのだ。
西東京大会1回戦(昭嶋市民球場)
〇暁大付属9-0恋恋学院×(没収試合)