〇ワールド3-1暁大付属×
球春。第69回選抜高等学校野球大会、準決勝第2試合。
順当に選出が決まった暁大學附属学園は紫紺の優勝旗を母校へ持ち帰るべく、行く手を阻む満腹・流星・さわやかなみのり高校を次々と撃破する快進撃を続けたのだが、出場選手全員が外国籍と思しきワールド高校の圧倒的なパワーとスピードに阻まれ、準決勝にて無念の涙を呑んだ。
「むむむ、1回戦を突破すりゃ決勝までトントン拍子に勝ち上がれるってワケでも無いのか」
「もー…そんなの当たり前でしょ?何がムムムよ莫迦」
試合終了後、途中出場ながら自分自身の仕事に満足してか十十は“1回戦敗退がデフォな状況から前進したった”と暢気に語り、別段敗戦の悔しさを滲ませる風でもなく、ベンチで悠然とスポーツドリンクを飲み干す。
「土は要らんのかヨコター!後で分けろと言ってもやらんぞぉー!」
「また今度の機会にしまーっス」
この大会には同じ東京都の代表として秋季大会準優勝のそよ風工業も選出されており、初戦で湯けむり高校との投手戦を僅差で制すと、分校としては史上初の快挙となるセンバツ出場を果たした鬼が島分校を、更には優勝候補の一角と言われた青龍高校までも下し、同じくベスト4まで進出していた。
昇り調子のそよ工は午前中の第1試合にて故障によりエース山口賢を欠いた帝王実業から大金星挙げ、コチラも史上初となるか?と一時話題になっていた東京都決戦が、その先にある悲願の全国制覇が現実味を帯びたが故に、そのプレッシャーに押し潰された格好ね。
ちなみに出場校のうち青竜・滝本 太郎内野手、満腹・飯田 太志捕手、さわやかなみのり・丘 夕日内野手、湯けむり・有馬 紅葉投手、流星・阿久津 赤光投手(2年目に野手転向)は後日プロ入りを果たした猪狩世代を代表する逸材で、甲子園だけでは無く、その先の舞台でも数々の名勝負を繰り広げている。
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センバツでのレギュラー選考も兼ねた1軍昇降試験。
後に暁をモデルにした高校野球のゲームソフトが発売され、それをプレイした人間からよく質問されるのだけど…本当に10球投げて、打って、その結果が全て――なんて極端な代物では無い。
試験自体は当落線上の選手を選別するのが本旨であって、キャプテンやエースが偶々その日に結果が出なかったから、と一々2軍へ落としたしたら戦力的なデメリットが大き過ぎるでしょう?
実際の内容は1-2からのカウントで3打席…あぁ、そう言えばこの年のセンバツからBSO方式が取り入れられたのだから2ボール1ストライクと表現すべきだったかしら?とにかく野手だったら実戦形式で監督に指定された投手と勝負する。
同じピッチャーと3打席続けての時もあるし、3人に対して1打席ずつの場合もあったわ。
「十、キミがどれだけ成長したか楽しみだ(中略)よ」 「はいはい、ワロスワロス」
明確な線引きがあった訳では無さそうだけど概ねレギュラー陣には当落線上か2軍の有望株をぶつけるパターンが多く、エース格との対戦だけを指示される者はその結果如何に因って降格の危機が迫っているのを意味していた。
「よし!(省略)1軍に残っていいぞ!」 「あざーす」
ただ、十十に限っては初回以降の昇格試験には必ず猪狩守との勝負が組まれており――この日は2度の対戦を行い、1打席目はストレートをセンター前に打ち返し、2打席目はカーブをスタンドに叩き込んで1軍残留を通達されている。
「ココで親愛なるマネージャー殿に重大なお知らせがあるとです」
「なっ、何よ改まって…気持ち悪いわね」
その翌日には背番号の発表があり、部活終了後に帰宅しようとした所を十十に呼び止められた。
スタメンこそ逃したけれど再びベンチ入りの公約は果たしたし、てっきりセンバツの準備で忙しくなる前に何処かへ遊びに行く算段なのかと思っていたのに、少々異なる様相を呈していたの。
「実はお前さんとの賭けは去年の12月24日で満了してる件」
「えっ――!? 」
十十の指摘でようやく気付いたのだけど、彼と約束したのは“大会でベンチ入りを果たしたら、1軍在籍中に限りその年のクリスマス・イヴまで月1回デート”であって、彼の指定した暮れ以降の映画鑑賞は…付き合う義務が無い。
拡大解釈をしてもセンバツでのベンチ入りが確定した今月からクリスマスまでが有効期間であって、私は嫌なら行かなければ良いのに“また映画鑑賞?最近ソレばっかり…”などと不平不満を述べていた事になる。
「なんか当たり前のよーに遊んでくれてたケド、今年のX’masまで延長ってコトでおk?」
「っっ…どうしてこのタイミングなの?理由を聞かせて頂戴」
本当はあの日、25日以降を希望すれば私から期限切れを指摘されるだろうから、そのまま契約更改へ持ち込むつもりだった…と。でもスンナリ受理されてしまったので指摘しようと思ったが、私の態度が急変したので妹の一時帰宅にかこつけ誤魔化した、とも。
そして彼は私がどういうつもりで年が明けてもデートの誘いを受けていたのか、真意を知りたいので現状維持の条件を満たした上で確認している、と切り出したの。
「そ、それはその…ただ、何となくで…意味なんか別に無いわよっ」
十十の真摯な問い掛けに、卑怯者の私は正直に答えられなかった。
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9回表――1アウトランナー無し、3点差。
この後に及んでも暁サイドはアレックス=キャブレラ投手攻略の糸口すら掴めていなかった。七井アレフトを始め、数多くの野球特待生を抱えるウチがとやかく言えた義理では無いのだけれど、それにしても身体能力的なハンデが大き過ぎる。
決勝では実績的に劣るそよ風工業が彼らを完膚なきまでに叩き潰し、溜飲を下げてくれたのがせめてもの救いね。
「待って。このまま零封じゃ、あまりにも情けないから…」 「ぬぉ ∑(OД O )」
破れかぶれになった九十九宇宙が普段お遊び程度でしか立たない左打席で悪戦苦闘しているが、恐らく次のバッターが最後の1人になるだろう。その六本木優希の代打としてネクストバッターズサークルへ向かおうとする十十を呼び止め、招き寄せる。
イチ記録員の思いがけない行動に千石監督や兄を含め、ベンチ内の皆が何か秘策でも浮かんだのかと注視する中――私は大きく息を吐いて覚悟を決めると“景気付けに”と彼に報酬の前払いをした。
遅ればせながら卑怯者なりに、精一杯の答えを出したつもりで。
「さ、せめて一泡吹かせてらっしゃい」 「フハハハ、精々頑張るんだな!‥‥‥オレ」
ライナー性の特大アーチは“あと1人コール”の大合唱が鳴り響くレフトスタンド中段に突き刺さった。本人曰く、終盤ビハインドでランナー無しの場面にもう1回代打に送られれば再現可能と豪語していた。根拠は不明。
ただ、この一撃が“暁大付属に十十在り”と球界に広く知らしめるキッカケとなった。