「そ、そんなのインチキ!詐欺じゃないのッ」 「ぇー ( ´・ω ・) 」
十十に接触を試みた最大の理由は、初めて見た時から気になって仕方のない不格好なスイング――野球ゲームでクラウチングなどと形容される、上半身を屈めて極端に頭を突っ込んだ、外国人選手特有のバッティングフォームのせいだった。
もし彼が三本松一のように190センチ超の巨漢であったり、七井アレフトみたいにコーカソイド(白色人種と意訳)とのハーフであったりと恵まれた体躯の持ち主であれば、4番タイプとしての成長を期待して多少の欠陥には目を瞑ろう。
でも、違う。そうでは無い。
背筋群もリストも二の腕も、骨格がスラッガーと呼ばれる人間のソレには当て嵌まらない。そんな彼が猪狩守の豪速球をフェンス際まで運べたのは、ひとえに金属バットの恩恵があってこそだろう。
今でも歴代最強と謳われる暁ナンバーズ。
猪狩世代とまで呼ばれる当たり年の象徴、猪狩守。
その2つの世代が同時に目の前にいたのだから、私の趣味の1つである選手観察は、彼らだけでも十二分に満たされていた筈。
それなのに観察だけでなく育成の真似事もしてみたかった当時の私は、何を血迷ったのか十十を取り組み甲斐のありそうなサンプルだと判断した。
誰よりボールを速く、遠くに運ぶ膂力。自分の脇を擦り抜けんとする白球を捕える、瞬発力・敏捷性・スポーツビジョン――超一流と呼ばれるアスリート達が持って生まれた天賦の才。
それが無いのなら、せめて彼らと同等以上に努力して技術を磨く。誰もが及ばない程の知識を蓄え、頭を使う。バントでも代走でも守備固めでもソツなくこなす、ユーティリティプレイヤーになればいい。
要はどれだけ効率良く経験を積み重ねられるかである、とは兄の弁。だから兄は、もしもの時のスーパーサブとして野手の全ポジションをこなす事が出来る。
草野球程度ならまだしも、甲子園出場が手に届く名門校でレギュラーを目指すのなら、それ相応の身の振り方を考えるべきなのだ、と。
「もし、もしも私の納得の行くスイングが出来たら―」
噴飯物の補足にはなるが、性格やプロポーションはともかく、私の見てくれは満更でもなかったと自負している。
事実、学園祭では他校の生徒や自称OBの大学生にナンパされた事もあるし、野球部のマネージャーとして紅一点の存在であった環境も手伝って、3年の間にアプローチを仕掛けて来る部員は先輩後輩の中にも少なからず存在していた。
彼の言動から察するに堅物とは程遠い存在に見受けられたし、女っ気の無い高校球児を釣るぐらい自分にも容易い。そう踏んだ私は彼のフォームを散々貶しめた上で、自分とのデートを餌にフォーム矯正を画策したのだ。
飴と鞭を使うにしても何とも稚拙で露骨なやり方で、若気の至りにも程がある。もしも過去に戻れるのであれば首根っこを引っ掴んででも押し止め、何を考えているのかと小1時間は問い詰めてやりたい。
とりあえず自分の頭で考えさせ、可能な限り足掻かせようと1週間の猶予を与えたのだが――そんな小賢しい目論見を嘲笑うかの如く、十十はその翌日に満点回答を叩き出し、私の度肝を抜いたのだ。
「ねぇねぇ今どんなキモチ?昨日散々っぱら m9(^Д^)したばっかの奴に想定外の実力見せ付けられてイマどんな気持ち?」
――何故?どうして?
狼狽し、正常な判断を下せない状態にあった私に、十十は自身の約2年半に及ぶ野球人生をチップとした大胆なレイズを仕掛けた。自分が負ければ野球部を引退するまで私のモルモットになる、と言い放ったのだ。
彼の作るポーカー・ハンドと、私が支払うチップは全部で3通り。
1つ目は猪狩守と同じかそれよりも早く1軍昇格を果たす。実現したら指定のシチュエーションでのデート。
2つ目は1軍昇格後、直近の大会でベンチ入りを果たす。実現したらその年のクリスマス・イブまで月1回、先述の条件でデート。途中で2軍落ちしたら無効。
3つ目は公式戦でHRを打ったら、チームメイトが居る前で祝福のキスをする。地方大会であれば時と場所、キスする部位は私の指定。甲子園であれば彼の好きな時に…舌と舌を絡めて。
そして、嫌ならデートなんかしなくても良いからワンコ座りで“出来ません、お許し下さい御主人様”と媚びてみろ。それも出来ないのなら自分にはもう2度と話し掛けるな、とも。
暁大付属の選手層を鑑みれば野手である彼にはどれも実現不可能な内容ばかりに思えたし、信条的に自らのビッドにより始まったゲームをドロップするのは嫌だった。この男に屈する事自体が物凄く嫌だった。
「交渉成立ゥ。んじゃ、ネタバレ行きまーす」 「えっ」
――迂闊。
目の前で披露されたフラミンゴ打法の美しさに驚愕し、型だけじゃ何だからと開始したバッティング練習に見惚れるだけに終始した自分の愚かさが恨めしい。
どうして気付かなかったのか?詐欺だ無効だと抗議する私に彼は悪徳業者さながらにのらりくらりと詭弁を弄す。
「んー?確かデートの条件はお前さんが納得するスイングが出来れば良かった筈だょ?右打ち限定でどうにかしなきゃダメ!なんて約束はしてないょ?サービスでちゃんと打てるトコまで証明したったのに、何が不服なん?」
スイッチヒッターが云々なんて話をしてる訳じゃない、論点を逸らすな。アナタの回答は、こちらの主旨をまるっきり無視しているじゃないか!
そんな私の憤りを彼のブラフが遮った。今でもあのバッティングセンター前を通ると背筋がゾクゾクする。
「んじゃ、右でも同じ水準に出来たらナニしてくれる?弾道が4になるまで特訓に付き合ってくれるんだったら、仕切り直しでもおk」
「くっ‥‥‥もぉいいわよ!あの鼻持ちならない高慢ちきの天狗鼻がヘシ折られるのも一興だし、アナタの化けの皮が剥がれるのならソレで充分だし、どっちも楽しみにしてるんだからっ」
「うへぇ、サドっ気タップリだねー…だがそれがイイ」Σd(゚∀゚d)
一筋縄ではいかない曲者に魅入られて、私は今でも自分が幸せだったのか不幸だったのか良く判らない。
彼に出会わなければ、構わなければ、多分、今とはもう少し違った人生を歩んでいただろう――ただ救いなのは、さほど悪くも無かったと言える事だ。
後に十十が私と2人3脚で完成させた打撃フォームと吹聴し一悶着起こるのだが、それはまた別の機会に。