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No.29961の一覧
[0] 東方界境輪舞 (東方Project 鍵山雛の現代入り、完結)[ピステリカ](2012/04/12 16:58)
[1] 第一話[ピステリカ](2012/04/12 16:58)
[2] 第二話[ピステリカ](2012/04/12 16:58)
[3] 第三話[ピステリカ](2012/04/12 16:58)
[4] 番外編:上[ピステリカ](2012/04/12 16:58)
[5] 番外編:中[ピステリカ](2012/04/12 16:59)
[6] 番外編:下(前)[ピステリカ](2012/04/12 16:59)
[7] 番外編:下(後)[ピステリカ](2012/04/12 16:59)
[8] 第四話[ピステリカ](2012/04/12 17:00)
[9] 第五話[ピステリカ](2012/04/12 17:00)
[10] 第六話[ピステリカ](2012/04/12 17:00)
[11] 第七話[ピステリカ](2012/04/12 17:00)
[12] 第八話[ピステリカ](2012/04/12 17:00)
[13] 第九話[ピステリカ](2012/04/12 17:01)
[14] 第十話[ピステリカ](2012/04/12 17:01)
[15] 第十一話[ピステリカ](2012/04/12 17:01)
[16] 第十二話[ピステリカ](2012/04/12 17:01)
[17] 第十三話[ピステリカ](2012/04/12 17:02)
[18] 第十四話[ピステリカ](2012/04/12 17:02)
[19] 第十五話[ピステリカ](2012/04/12 17:02)
[20] 第十六話[ピステリカ](2012/04/12 17:02)
[21] 第十七話[ピステリカ](2012/04/12 17:03)
[22] 第十八話[ピステリカ](2012/04/15 00:21)
[23] 最終話[ピステリカ](2012/04/12 17:04)
[24] エピローグ[ピステリカ](2011/10/22 22:08)
[25] 番外掌編:終わりの合間に[ピステリカ](2012/04/12 16:57)
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[29961] 東方界境輪舞 (東方Project 鍵山雛の現代入り、完結)
Name: ピステリカ◆8a182754 ID:6fcf319e 次を表示する
Date: 2012/04/12 16:58
<まえがき>
本作は東方Projectの二次創作であり、オリジナルの設定やキャラクター等が多々登場しますのでご注意ください。

※別名義で小説家になろう様等、他所でも投稿しておりますが同一人物です。いろんな人の意見を聞きたくて行ったことでしたが、もしも混乱させてしまいましたら申し訳ありません。

それでは、以下本文です。






「教授。岡崎教授」
「……ぅ、んぁ?」
「んぁ、じゃないですよ。最近データ集めで忙しいのはわかってますが、だからってこんなところで寝ないでください。折角奥に仮眠室もあるんだから」
「あぁ……」

 のっそりと突っ伏していた机から起き上がり、ポリポリと頭を掻きながら奥へと引っ込んでいく赤毛の女性の姿を見送ると、青年――門倉甲斐(かどくらかい)は苦笑いを浮かべ、ついでに出てきた欠伸を噛み殺した。

「ふぎゃ!? ちょ、ちょっと教授、いきなり上にのしかかってこないでくれよっ。こっちのベッドはアタシが使ってるんだから教授はそっちの方に……ってだからそのまま寝るな! 重いってば!」

 かくいう自分も徹夜で作業をしていたことだし、もう今日は家に帰って寝ることにしよう。そう思った甲斐が荷物をまとめて帰る準備をしていると、教授の引っ込んでいった奥の方から何やらバタバタと騒がしい声が聞こえてきた。大方寝ぼけた岡崎教授が、先に仮眠をとっていた助手の北白河ちゆりの寝ているベッドに入っていったのだろう。これはこの研究室では割とよくみられる光景なので 甲斐は特に気にせずそのままその騒ぎに背を向け、襲い来る眠気に多少気だるげな顔をしながらも研究室から出ていった。
 ほとんど早朝といってもいいような時間の、閑静な廊下にかつかつと甲斐の足音だけが響いていく。そうして機械によってちょうどいい気温に調整されていた大学構内から外へと出ていくと、すぐにうだるような暑さが身に直撃した。
 季節は夏。道路を一人歩いていれば、アスファルトが溶けて靴の跡を残し、目を凝らせばそこには陽炎がみられる。一昔前には世間でよく温暖化だ環境問題だとメディアで騒がれていたが、そう言いたくなるのも分かるような……そんな冗談のように暑い真夏日だった。
 徹夜明けの体には、まだ完全に昇りきっていないとはいえ今日の陽射しは少々辛い。甲斐はふっと立ち止まりその場で数秒間目を閉じ沈黙した後、おもむろに重い瞼を無理やり開いて再び足を動かし帰宅の途へと着くことにした。

「ふぅ……」

 大学を出てから、十数分ほど経った頃。甲斐は歩きながらもほとんど無意識に溜息めいた吐息を漏らし、グイッと額に浮いた汗を拭った。
 日本の首都がかつての東京から京都へと移されて、もう暫く経つ。都市機能も次第に移されていき、一部地域に高層ビルのような高い建物が増えたことも、この暑さの一端を担っているのかもしれない。これは京の都の景観を損ねるか、それともそこで過ごす人間の快適さを損ねるか。そんな択一の選択肢だったのだろう。
 まあ、個人的にはどちらでも構わない。全ては時代の、世界の流れのままに。その中に生きる一人の人間として、受け入れながら生きて行くだけなのだから。……そんな事を考えて、なんとなく甲斐は苦笑しながら意味もなく空を見上げてしまう。そこに浮かぶのは、こちらをジッと見下ろしながらジリジリと照りつける太陽の姿。どうにも暑さに頭がやられて、思考が変な方向に向かっているようだ。睡眠不足真っ盛りなのも、原因の一つかもしれない。
 そうして甲斐がその、眠気とあさっての方へと向いてしまった思考を振り払うべく頭を振って、

(さっさと家に戻って、み~こと謹製のアイスでも食べてから一眠りしよう)

 などとその甘さと冷たさを思い浮かべながら再び前を向いて歩き出した、その時だった。

「ん?」

 ふと視界の端に妙なものを見つけて、無意識に小さく声を漏らしつつ不意にその場に立ち止まってしまう。そんな甲斐の視線の先にあったものは……歩道の隅っこに広がる、黒ずんだ陽炎のような何か。

(……なんだ、あれ?)

 大きさはだいたい、人間大くらい。あえて無理に言葉にして表現するのなら、『立体映像で作った黒い寝袋』と言ったところだろうか。

(――って、流石にそれは無理がありすぎるか。我ながら語彙が貧困というか、表現力がないというか)

 ついつい内心で自嘲気味に苦笑しながらも、少し近づいたり遠ざかったりしてそれを観察する。普通に考えて目の錯覚のたぐいなら距離で見え方に変化の一つもあるはずだが、それはないようだ。
 となると後は、寝不足が行き過ぎて幻覚を見ているとか、そんなものくらいしか候補に残らないのだが……

(まさか一日徹夜したくらいで、そんなことになるとは思えんのだけど……)

 まあこのまま一人でうだうだと考えていても埒があかないだろうし、この際だからもっと近づいて、可能ならば触ってみるとしよう。それが何かの現象――幻覚含む――ならば手で触れることはできないだろうが、何か一つくらいは分かることがあるかもしれない。
 といったところで思考を打ち切り、甲斐があと一歩でそれに触れる距離にまで届くというところまで近づいたところで――

「……お待ちなさい。それ以上、私に近づいてはいけないわ」

 どこか息絶え絶えな、だけどしなやかさは損なわれない……そんな不思議に綺麗な声が、甲斐の鼓膜を震わせた。それに甲斐は反射的に足を止めて、辺りに視線を巡らせる。
 直後、この声の主は何処に……という疑問は、足元にあった不思議な陽炎"だった"ものに視線を向けた時に、氷解した。
 その時甲斐の瞳に映っていたものは、地面に倒れ伏し、顔だけをこちらに向けている緑髪の少女の姿。そこに人などいなかったはずなのに、確かに声は彼女が発したものだったのだ。

(まさか、地毛ではないよな?)

 染めたにしては、やけに自然で鮮やかな美しい艶と色。それが染料によるものなら、さぞやその筋には人気のものだろう。服装もやけにゴスロリチックだし、もしかしてバンドでもやっているのか、それともコスプレが趣味なのか。
 やはり徹夜明けということもあり、思考が大分鈍っていたのだろう。甲斐が彼女のその姿を目にしてはじめに抱いたものは、今の状況にはいまいちそぐわない、そんなどこかずれた感想だった。

(それにしても……)

 普段なら、今のように人が倒れていれば取り敢えず声をかけて場合によっては救急車、といったところだろうが……どうにも妙だ。
 少しして、段々と事態を飲み込めてきた甲斐が次にしたことは、そのまま倒れている少女の言葉に返答もせず、一度距離を取ることだった。そしてもう一度近づいて同じ位置に立ち止まると、右の肘に左手を添えてそっと顎を撫でる。

(なんか、変だな。最初に声をかけられるまで気づけなかったことといい、こりゃあどういうことだ?)

 今しがたの行動で、分かったことは二つ。距離が離れると先ほどの黒い陽炎のようなものに見えて、近づくと今のように少女の姿に見えるということ。
 それらを頭の中で確認すると、次に甲斐はその間にふらふらと起き出して立ち上がっていた少女の正面まで近づき、

「ちょっと失礼」

 と声をかけて、今度はぽんとその細い肩を軽く叩いてみた。

「……?」

 彼女は初め、最初の言の通り己に近づくのをよしとしないのか眉を潜めていたが、その行動の意味が理解出来ずに今は訝しげに首をかしげて甲斐を見ていた。しかし甲斐はその怪訝そうな視線に気づかぬまま思考に没頭して、更に頭の回転を早めていく。

(問題なく触れる、か。これで夢幻のたぐいであることは、否定されたな)

 まあそれには自分の頭がまともであるのなら、という条件はつくが……己の正気を自分で疑っても仕方が無いことなので、それは今は考えない。
 予想。仮定。想像。可能性。様々な考えが甲斐の頭の中を巡っていく。そのどれもが、目の前にいるこの少女の正体に対するものだったが――

「あ、ぅ……」

 その思考は、彼女がふと漏らした小さなうめき声に遮られた。と同時に甲斐が顔を上げてもう一度そちらを見ると、そこには再び地面に倒れようとしている緑髪の少女の姿が。

「え、あっ、おい!?」

 それに慌てた甲斐は、すぐに考えることに夢中になりすぎていたことを内心で反省しながら、その華奢な体をなんとか地面に倒れ込んでしまうギリギリのところで抱きとめた。

「……これは、どうしたもんかな」

 相手が普通の人間なら熱射病か何かかと思うところだが、どうにもこの少女は普通ではなさそうだ。となれば果たして、このまま普通の対応――軽度なら水分補給をして木陰などへ、重度なら病院へ連れて行く――をしてもいいものか。

 一度体勢を立てなおして少女を背中に背負った甲斐は色々と考えた末に、取り敢えず自分の家で寝かせて、それで目を覚ましたら本人に確認しようという結論を出す。
 幸いなことに、家は一軒家だ。仮に何かがあったとしても、近所の人に迷惑がかかるということは早々あるまい。

「そうと決まれば善は急げ、だな」

 このまま日光降りしきるこの場にとどまり続けるのは、少女にも自分にもあまりいいことではないだろう。そう考えた甲斐はもう一度背負い直して落ちないように気をつけると、家路を急いで足を早めた。



◇◆◇◆◇◆



「ここ、は……?」

 倒れていた緑髪の少女――鍵山雛(かぎやまひな)は掠れた声を漏らしながら、ゆっくりと体を起こした。そしてぼやける視界にもどかしさを感じて目を擦りながら、静かに視線を巡らせる。
 畳の部屋。しかれた布団。横たわっていた自分。なぜか部屋の隅のタンスの上にポツリと置かれている、何かの動物のぬいぐるみ。
 ここはどこなのか。自分はどうなったのか。……何故、自分は存在できているのか。

「う……」

 頭が重くて、考えがまとまらない。頭痛もするし、体が酷くだるかった。人間の病気には経験がないが、重度の風邪を引いたとしたらもしかしたらこんな感じなのかもしれない。
 雛が額に手を添えながらそんな事を考えていると、かたりとその時戸の開く音が。その音のした方へと視線を向けると、そこには水差しとコップを載せたお盆を持っている、倒れる直前に話をしたあのよく分からない男の姿があった。

「あ、起きたのか」

 その男――甲斐はお盆を布団の脇に置くと、自分も床に腰を下ろした。そしてその後雛の顔を覗くようにして、

「やっぱり調子が悪そうだな。さっきは病院に連れていっていいものか分からなかったから取り敢えず家に連れてきたけど……どうする?」
「え? どうする、って……?」

 未だ血の気の引いた青白い顔色のまま、甲斐の問いに質問を返す雛。

「病院に行くんならこれからでも連れて行くし、それが嫌ならそのまま寝ててもいい。なにか欲しいもんがあるようなら持ってくる。ま、あんまり無茶言われても困るけどな」
「いえ……」

 雛は一度目を瞑って間を取ると、軽く首を横に振って甲斐の目を見た。

「必要ないわ。これは人間の医者のところに行ってどうなるものでもないもの」
「そか。それで、欲しい物は?」
「それも、いい」

 再度首を横に振った雛を見て、甲斐は「分かった」とだけ短く相槌を打った。
 何も聞いてこないし、疑問を挟んでくるわけでもない。雛はその、いっそおかしいくらいの物分りの良さに疑問を抱くも、しかしそれは内心に留めて立ち上がろうとするが――

「あ……」

 すぐに目眩を起こし、再び布団に倒れこんでしまった。

「おいおい、無茶するなよ」
「だめっ」

 その様子を見て、甲斐は何も聞かずにもう一度布団をかけ直し寝かせようと手を伸ばすが……同時、雛はその手から逃げるように身を引いて強い拒否反応を見せた。

「あ、悪い。そりゃそんな状態で見知らぬ男の部屋に連れ込まれちゃ、警戒もするよな。少し配慮が足らなかった」

 雛はその、まるで気にした様子もなく真摯に謝ってくる甲斐に小さな罪悪感を覚えるが、それは胸の内に仕舞い込むとすぐにそうではないと首を横に振った。

「違うわ。アナタが悪いわけじゃないの。私は……」

 そこまで話して続きを一向に口にししようとしない雛に、甲斐は訝しげに首を傾げて頭の上に疑問符を浮かべる。

「? 私は?」
「……いえ、なんでもないわ。それよりも、私は行かないと。助けてくれたことには感謝するけども、あまり長居するわけには……」

 そう言って雛は懲りずに再度立ち上がろうとするが、しかしその言葉に込められた意志の強さとは裏腹に体には全く力が入らないようで、今度は布団から抜け出すことにすら苦労する始末。その様子を鑑みるに、どうやらただごとではない事情があるのであろうことは察するに余りあるが……とは言えいくらどんな事情があろうとも、流石にこんな弱った状態ではいそうですかと放っておくわけにもいくまいと、甲斐は困ったように眉を潜めて再び口を開いた。

「……で、また行き倒れるつもりか?」
「そんなつもりはないわ」
「残念ながら、全くもって説得力の欠片もないな」

 苦笑いを浮かべ、甲斐は思わずといった様子で肩をすくめた。

「アンタが元気なら、別に止める理由はなかったんだけど」
「どうしてそこまで……、いえ、そもそもあなたは、何故私を助けたの? 最初はなにか邪な考えでもあるのかと思ったけど、そういうわけでもなさそうだし……」

 雛のその言葉を聞いて、そんなに不思議がられることかなと甲斐は首を傾げる。

「何故と言われても、そんな大した理由は必要かねえ? 普通助けるだろ、目の前で誰かに倒れられたら」
「……それは私が、人間じゃなかったとしても?」

 その、こいつは何を言っているんだとそう思われることも覚悟で口にした雛の言葉は、

「アンタが人じゃなかったとしても」

 思った以上に、効果を発揮しなかった。

「なっ……!?」
「そこまで驚くことか? あれをみりゃあ、アンタが普通じゃないってことくらいはさすがに分かるさ」

 絶句している雛を前にして、甲斐は事もなげに言い切った。

「ま、だからどうしたって話ではあるけどな。ほらほらそういうことだから、とりあえず布団に戻って。そんな今にも倒れそうな顔して無理に動こうとしない。分かったか?」
「え、あ、うん……」

 なんだか彼のその勢いに押されて、ついつい素直に頷いてしまう。そうして雛が大人しく布団の中に収まると、

「それじゃ、俺は晩飯の買い物に行ってくるけど、アンタは何がいい? リクエストが無いようなら、お粥かなんかにするつもりだったんだけど」
「え? あ、いえ。私は別に、」
「いらない、っていうのはナシな」
「でも……」
「でももカカシもなにもない。俺が気にするの。んじゃ、お粥で決定だな。オーケー?」
「……う、うん」

 おずおずと布団をかぶりながら頷いた雛に、甲斐はふっと柔らかに笑い返すと、

「よし。じゃあみ~ことと一緒に行ってくるかな。一応言っておくけど、ちゃんと大人しく寝てるんだぞ?」

 と言って立ち上がり、部屋から出ていってしまった。
 そんな甲斐の反応に、なんだか途中から自分が我がままを言っている子どもになってしまったような気がしてしまい、胸の内に気恥ずかしさが残ってしまう。

「変な、人間……」

 事故で外の世界に来てしまって、力は減る一方。信仰もなければ自分が見える人間すらいなくて、その上『現実』の強力な否定にさらされて……もう消えるのを待つばかりなのだと、そう思っていたのに。後はどうやって厄を振りまかずに、人知れず消えようかと悩んでいたはずなのに、こんな事になってしまうとは思いもよらなかった。

(そういえば……)

 そこまで考えて、あることに思い当たる。こちらの世界に来てからむこう、ずっとさらされていた存在の否定が、この家に来てからは全くないのだ。
 外の世界では、自分のような幻想の存在は否定され時間と共に消えさってしまう。だからこそ、妖怪や自分たち神々は『幻想郷』へと渡っていったというのに、これは一体どうしたことなのだろうか。
 この家の中は、許容に満ちている。現実の冷たい否定ではなく、ただ温かいだけでもない、優しい許容に。それはきっと……

(あの人間が、そうだから?)

 彼が戻ってきたら、自分のことを話してみるのもいいかもしれない。住んでいる家の雰囲気を形作るのは、当然そこに住む者だ。こんな許容に満ちた空間を作ることのできる人間なら、否定せず聞いてくれるかもしれない。

(……違う、だめよ。なにを考えているのかしら、私)

 とそこで、雛はまるでそれまでの考えを否定するかのように小さく首を横に振った。
 話すことはいい。きっと彼は事情を話さなければ、自分がすぐに離れることを納得してはくれないだろうから。だけどそれは、受け入れてもらうためにではない。いなくなるためだ。
 自分の存在は、彼に不幸をもたらす。本当なら今すぐにでも、ここから離れなければならないのだ。

(ああ、でも……)

 今は、今少しだけはこの居心地のいい空間に、身を浸していたい。現実の冷たさに凍えてしまっていた心が、そう訴えていた。
 きっとこのまま勝手に出ていってしまったら、あの様子なら彼は探しに出てしまうだろう。だから帰って来て事情を話し納得してもらうまでは、自分が出ていく訳にはいかないのだ。
 そんな拙い、理論武装。それが免罪符にすらならないであろうことは自覚していながら、雛は次第に襲ってくる睡魔に負けて、優しい微睡みの世界に身を沈めていった。



 休まずに、走り続けられる者はいない。休まずに、飛び続けられる鳥はいない。休まずに、泳ぎ続けられる魚はいない。しかし家がなければ、人は休むことができない。巣がなければ、鳥は羽を休めることはできない。住処がなければ、魚は休むことができない。
 そこはきっと、人のために生き続けた神……『厄神』鍵山雛にとって初めて得ることの出来た、心休まる空間だったのかもしれない。


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