抉れて。溢れて。零れる。そんな、古代から変わらない音色が、深い森の中に反響する。欲望の結晶たるセルメダルが擦れ合いながら地面に落下する音が。「まだだ……まだ……ッ!」「浅かった……!?」渾身の力を込めてのトラバサミ式ライダーキックを至近距離から叩き込まれた、ハズなのに。ガラが振りかぶった片腕に振り解かれて、難なく着地したオーズが確認したガラの姿は……満身創痍には違いがなかった。体表を右肩から胴にかけて切り裂かれ、あからさまに戦闘能力が削れている様子のガラだが、それでも戦意は失っていないらしい。一方、オーズは抉られた胸部の傷をブラカワニの回復能力によって塞いでいて。憑代を失ったガラとは、随分と戦力差が縮まったように思える。そんな中、火野映司の口から毀れ出た一言は、「ガラ。世界を滅ぼすなんて、もう止めるんだ。お前だって元は……俺達と同じ人間だったんじゃないのか」停戦の、提案であった。思い起こしてみれば、錬金術師ガラはここで殺されなければならない程の罪を犯している訳では無い、と。女道化師を使って結んできたちょんまげ契約は、確かに詐欺紛いではあった。一時的に江戸と東京の土地を入れ替える事による混乱も引き起こされた。鵺ヤミーによってトーリや美樹さやかが危害を加えられた。だが……ちょんまげ契約は飽く迄『詐欺紛い』に過ぎず、土地の交換も具体的に誰かを傷つけた訳では無い。もちろん、若葉五月を憑代として使った件と、魔法少女らを傷つけた鵺ヤミーの行動は許されない。それでも、ガラに競り勝てるオーズの存在を前提に鞘を納めてくれるならば、映司とて嬉々としてガラを処刑することは有り得ないのだ。特に、相手が言葉の通じる人間であれば。「人間だと? 我が人間なものか! そんなものは疾うに捨てたわ! 錬金術師になると同時になぁッ!!」「…………分かった」しかし、錬金術師は折れなかった。世界を滅ぼす意向に変更は無い、と言い切ったのである。既にその強気は虚勢にも似て、それでも尚、意思を貫き通す覚悟がある、と。そして、自分を曲げるつもりが無いのは、オーズも同じであった。だからこそ二人は、向き合う事を止めないのだ。……そんな、時だった。オーズが、錬金術師ガラから目を離してしまったのは。橙の仮面に浮かぶ紫の瞳が、ガラの背後の何者かを追っていたのである。この時、ガラの頭の中において、瞬く間に二つの思考が鬩ぎ合いを繰り広げた。一つは、オーズが気を散らしてしまう程の珍妙な何者かが、ガラの背後に存在するという可能性。もう一つは、それがオーズによるフェイクで、後ろを振り向いた瞬間にオーズからの攻撃を受けるという未来である。刹那の憂慮の末に背後を振り向いたガラが見た、モノ。それは……まさにその瞬間に、不時着音と共に生み出されたクレーターであった。オーズとガラが睨み合っていた地点より僅か10メートル程の場所にて、腐葉土の地面に大穴が広がっていたのである。そして高温によって焼け爛れた土の匂いに紛れて、その中に蠢く、白いナニカ。土煙が去っていく中に、ヒトの形に近い乱入者の姿は、ようやく日の目を見ることとなった。……赤く煌めく眼部を主張しながら、そいつは、「話は聞かせてもらった! 助太刀するぜ! オーズッ!!」離れていたガラやオーズへと届くほどに威勢の良い声を、響かせたのだった。流線型に尖った頭部を地面に突き刺して、天地が逆転したままに……。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第九十六話:友・達・野・朗鴻上会長と里中エリカを連れて、トーリが無事に地面へと辿りついた、ちょうどその時であった。「トーリっ! 良かった……っ!」ぜぇぜぇと息を切らした美樹さやかが、その場へと駆けつけたのは。会長達を降ろして一休みしていたトーリの反応も待たずに、一目散にトーリへと直進したのだ。そして、そんな鬼気迫る様子の美樹さやかが力一杯に抱きしめてきた事に対して、トーリは何を言うべきか、少しだけ言葉に詰まっていた。余程の速さで走って来たのか、全身汗だくの匂いからは、その焦りが垣間見えて。「さやかさん……ただいま、戻りました」「ごめんっ……あたし、あんたの事を守るって言ったのに、こんなことになって……!」トーリからは、さやかの表情を覗う事が出来なかった。強く抱き締められ、首が交差する形となってしまったからである。だがしかし、何となくトーリは、思う。さやかが泣いているのかもしれない、と。「心配には及ばないよッ! 美樹さやか君ッ!!」そして、何を口にするべきか悩んでしまった蝙蝠娘に代わって口を開いたのは……いつもの、喧しい会長だった。むしろ、さやかとトーリの再会シーンのために、よく今まで静かにしてくれたと誉めるべきなのかもしれないが。ともかく、さやかに若干の苛立ちを与えつつ、会長は言葉を継いでいた。「ガラの部屋から、江戸の映像が見えていてね! 大嫌いな火野映司君に頼んでまでトーリ君を救おうとした君の欲望は、確かに私達に伝わったよッ! 実に素晴らしいッ!!」「……なに、偉そうにしてんのよ」自分の思いを『欲望』などという汎用単語に集約されたのが、決め手だったのだろうか。トーリから静かに手を放した美樹さやかが視線を向けた相手は……野太い声をあげていた、鴻上光生であった。さやかの視線に含まれるものは、殺意とまでは言えないものの、怒気や拒絶の念を多分に含んだそれで。もしその視線を向けられた者がトーリであったなら瞬時に逃亡を考え始める程度の威圧感を、放っていたのだ。もちろん、そんなものに動じる鴻上会長など有り得ないのだが。「アンタが余計な事しなきゃ、錬金術師は復活しなかったんでしょ? オーズが襲われる事だって、トーリが危険に遭う事だって無かった! 全部、アンタのせいだっ!!」いつの間にか抜き放った剣の切先を、鴻上光生へと向けながら。抑え切れない怒りを剥き出しにして、美樹さやかは糾弾せずには居られなかった。昨日は、鴻上会長を助けたいという映司の意見に反論できなかった美樹さやかだが、今この場には火野映司は存在しないのだ。従って、さやかの抱く疑念が再燃したのである。即ち、諸悪の根源である鴻上光生という男を成敗しなくて良いのか、と。「なにも錬金術師の復活は、悪い事ばかりでは無いよッ! 東京の人間達が江戸の民との絆を得たようにッ! 君とて、徳田新之助から学んだものもあるだろうッ!?」「それなら、トーリは何を得たっての!? ただ危険な目に遭っただけじゃない!!?」鴻上光生のいう事も尤もなようで、美樹さやかの言っている事も理に適っているように思える。トーリには、どちらも間違っていないように、思えていた。だがしかし、トーリがこの事件から得る筈の物は……結局、得られていない。地盤転移から始まった一連の事件にグリード復活の手掛かりを求めていたトーリだが、その一番の目的は達成できなかったのだから。「君という、心強い守護者を得ただろう! 新しい美樹さやか君の誕生だよ! ハッピー・バースデイッ!!」「っ……! 騙されないわよ! 流石に危険と釣り合って無い!」一瞬、言葉に詰まった美樹さやかだが、何とか喰らい付いて見せた。鴻上会長の言葉は、一見おだてているようにも見えるが、そんな事で木に登るほど美樹さやかの楽観は強く無かったらしい。もしくは、キュゥべえに煮え湯を飲まされた経験が、さやかを少しだけ疑り深く育てたのかもしれない。……『この美樹さやかはボクが育てた』なんて寝言が聞こえて来ようものなら、白い宇宙人は瞬く間に八つ裂きにされてしまうだろうが。一方のトーリは、思考を巡らせていた。このまま鴻上を見捨てた場合の損得の勘定に関して。別に、さやかが鴻上を斬り捨てたとしても、トーリには良心の呵責は無い……ハズだ。おそらく。尚、その場合には鴻上会長の護衛として立塞がる里中エリカを、そもそも美樹さやかが打倒できるのかという問題も生じる訳だが、それはともかく。逆に、鴻上光生を活かしておくメリットは?そう考えてトーリは、直ぐに気付いた。以前に火野映司と共に鴻上財団本拠地を訪れた際に、疑問に思った事柄があったことを。「会長さんは、以前に会った時は曖昧な言い方をしていましたが……コアメダルを、持っていますよね?」「……?」殺気立っている美樹さやかと、未だ余裕を崩さない鴻上光生の間に割り込んで、トーリは少しだけ強気に出てみる事に決めていた。正直なところ、会長がコアメダルを隠し持っているかどうか、確証があった訳では無かった。だが、もし持っているのなら、出来れば奪取しておきたいという思いも強い訳で。もっとも、さやかはトーリが何を言いたいのか分かりかねているようだが。「灰色のグリードには2枚、緑色のグリードには1枚、行方不明のコアメダルが存在します。もしそれを鴻上会長が持っているなら、ワタシ達に譲ってください」そうして頂ければ、ワタシは今回の件について何も言いません、と。トーリは恐れながら進言したのである。もちろん、臆病なトーリがここまで強気に出られるのは、今にも鴻上光生を殺さんとしている美樹さやかが隣に居るからだ。そうでなければ、鴻上会長の得体の知れない圧力に怖気づいて、トーリは口を噤んでいたに違いない。ちなみに、トーリは黄色のメダルにも不明分がある事を知っているのだが、それはオフレコである。グリードであるカザリの所持コア事情を知っていたら怪しまれてしまうだろう、という判断によるものであった。もっとも、本音を言ってしまえばトーリにとって、緑以外のコアなどどうでも良い。しかし灰色と緑色は、グリード爆砕の直後に構成メダルをトーリが預かったことがあるので、緑色だけを強請ると逆に不自然に思われる可能性がある。従って、その二色のチョイスという訳だ。「トーリ……そんなんで良いの? なんか、コイツを殺さずに済むための理由を考えてんじゃない?」一方、傍から聞いていたさやかは……コアメダルこそがトーリの目的物であるという事実を知らないのだ。だからこそ、原因と結果が逆になってしまっていた。トーリはコアメダルを得るために鴻上を庇ったのだが、さやかの目にはそれが逆に映ってしまったらしい。「今は、戦力は多い方が良さそうですから」「……まぁ、トーリがそう言うなら……。で、どうなのよ? コアメダル持ってんの?」「良いだろうッ! 君たちのその欲望に免じて、それら三枚のメダルを託すよッ!」あっさり、と。予想外に呆気なく、鴻上光生は折れて見せてくれた。トーリ達に見えない何かを既に見通して判断したのか、若しくは何も考えていないのか。この得体の知れないオッサンは、その思考を中々読み取らせてくれない。会長の隣で隙無く構えていた里中さんの方が、まだ人間味があるという具合である。だがしかし、行方不明だったウヴァさんのバッタコアが返ってくると分かれば、トーリも嬉しいには違いない。結局ガラからはグリード復活の方法を得られそうに無いが、それに準じるレベルの収穫と言えるだろう。ちなみに、ガメルの分の残りのコアは、ゴリラとゾウが各一枚ずつである。「では、本社ビルまで行こう! トーリ君ッ!」「了解です」「あたしは……どうしよ」不明瞭な返事を見せたのは……さやかであった。鴻上財団にトーリを一人で行かせるのは若干不安だ、と思いつつ、オーズの加勢に行った方が良いという気もするのだ。簡単にオーズが殺られる訳が無いとは思っていても、やはりガラの脅威は強大なのである。「さやかさんは、一応ワタシが今持っているコアメダルを映司さんに届けてください」そこですかさず、さやかの掌へと手持ちのコアメダルを握らせるトーリ。万が一、鴻上財団でコアメダルを強奪されそうになった場合のための備えである。トーリがコアメダルを持っている事はどの道バレるので、その時に周囲からの不自然を嗅ぎ取られては困るという理由もあったりするが。「あれ? ガラに取られなかったの?」「トーリ君が身体を張って奪い返したのだよッ! 中々の欲望だったね! 実に素晴らしいッ!!」「そ、それほどでも……?」誉められているのやら、貶されているのやら。微妙に会長からトーリへの評価が上がっているような気もするが、この人も味方とは限らないのだから油断は出来そうに無い。「あんた……弱っちいんだから、あんまり無茶しちゃダメだよ」「……ですよねぇ。少し、柄じゃなかったかもしれません」ハシャイジャッテ☆……少しばかり、ガラの戦闘能力を読み違えたというべきか。というか、ガラの戦闘能力を把握できていたなら、もっと素直に映司へとベルトを返還していただろうが。鴻上会長をぶら下げて飛んで行くトーリの背中を見送りつつ、美樹さやかは戦場へと足を戻すことを決めたのだった。尚、トーリの可載重量にあぶれた里中秘書は、何処からともなくライドベンダーを調達して走り出していたのだとか。実は彼女こそ、最も謎の多いヒトなのかもしれない……。地面より引き抜いた鋭い形状の頭部を、撫でるように拭って付着土を落とす、白い乱入者。それが……オーズとガラの一騎打ちに割り込んだ、不審人物の姿であった。「宇宙飛行士……?」そしてオーズの呟いた一言は、新たな登場人物の存在を形容するための、適切なそれに違いが無かった。なぜなら、真っ白な身体に黒い網目が張り付いたそれは、素人目にも宇宙服を連想させる質感を帯びていたのだから。後頭部より伸びた二枚の小さな翼は、ロケットの意匠だろうか。更に彼の腰部には、多様なスイッチを内包したベルトがその存在を主張していた。「仮面ライダーだ。『仮面ライダーフォーゼ』! ダチのピンチに駆け付けたぜッ!」「ダチって……初対面でしょ? というか、首は大丈夫……?」フォーゼと名乗った白服への警戒を怠らないガラと、その人間性を早くも捕捉し始めたオーズ。咄嗟に聞き返してみたものの、人間の機微に敏い映司には何となく、分かっていた。多分この若者は、『ダチになるのに、時間は関係ねぇ!』と言えるタイプの仮面ライダーなのだろう、と。もしくは、頭から落下した事による後遺症で言語に異常が出ている可能性も否めない。人間の頭骨というものは、意外にも1メートル程度の高さから落下しただけでも砕けることがあるのを、映司は知っていた。ライダー装備の防御性能に期待したいところだが、このまま会話が成立しない場合には病院に送るべきに違いない。もっとも、この白い仮面ライダーは元来……少しばかり、火野映司の常識から外れた思考を持っているだが。「いいや! 俺は、全ての仮面ライダーと友達になる男だからなッ!!」オーズを指差してみたかと思えば、今度は拳を天に掲げて持論を力説する珍客……もとい、フォーゼ。勢いだけで喋っているのか、何か考えがあるのか。その喜び顔の仮面の下にある感情を、映司は正確に読み取ることが出来ずに居た。声の調子と仰々しい身振り手振りからして、フォーゼが陽気な状態である事は間違いが無さそうだが、逆にそれしか情報が無いとも言える。本当に頭に異常は出ていないのか。映司としては悩ましいところである。「シィッ!」……そして、そんなフォーゼの名乗りに応答するように、長く伸びた腕が横薙ぎに振るわれた。言わずもがな、鋭い爪を伴ったガラの一撃である。言葉無く攻撃を実行する辺りは、何だかんだで殺意満々であった。空気を切る音を頭の後ろに聞きながら、オーズは地に這ってその一撃を回避していた。……オーズ『は』ではなく、オーズ『だけは』というのが、より正確な言い回しであったかもしれない。何故なら、地に伏したオーズの付近には、フォーゼの姿は見られなかったのだから。直撃を喰らって弾き飛ばされたのかと思って左右を見回すも、やはりフォーゼの姿は見当たらない。ヤツは一体何者だったのか。というか、そもそも奴は何を為しに来たのか。真相はダークネビュラの中に違いない。若しくは、強くて頼りになる校長が呑み込んで去って行ったのだろう。冗談はさておき、邪魔な白いライダーを排除したと判断してオーズに向き合うガラの姿を目の当たりにしつつ、映司も大体の事は把握できている訳だが。何故なら……ヘビの能力を模した頭部に秘められたピット器官が、付近の熱源物質を感知することによって、状況を映司へと伝えているのだから。直後、ガラは体験することとなる。思わぬ方角からの、衝撃を。「ライダー・ロケット・パンチッ!!」「がああっ!!?」斜め上方から滑り降りるように迫っていたフォーゼの右腕が、ガラの胴体へと吸い込まれるように的中していたのだ。その右腕にはオレンジ色の、全長1メートル程のロケットが腕を覆うように具現化されており、裾の広がった尾部からは周囲の空気を歪ませる程の熱と推進力が生み出されていた。オーズの熱探知器官が見つけたものも、回避のために上空へ飛び上がっていたフォーゼのロケット推進エネルギーだったという訳である。一方、セルメダルを撒き散らしているガラは、確かにダメージを受けているようだが、「この程度……ッ!!」「うおっ……?」踏み止まり、ロケットの腹を殴り上げる事でフォーゼを空中へと押し上げ直して見せた。更に、長い腕を鞭のように撓らせて、フォーゼが空中で姿勢を立て直す隙を与えずに地面へと叩き落とすという荒業を熟して見せた辺りは、流石というべきだろう。そして本日二度目の、頭部からの着地を余儀なくされるフォーゼ……。映司はそんなフォーゼの周囲に、『ドシャア!!』という謎の擬音を聞いた気がしたのだとか。90分前の世界に今年から住み始めたオトモダチの影響なのか、そもそも星座繋がりで素質があったのか。フォーゼの某製作スタッフが『蟹座のイメージを払拭したい』と熱く語ったことに関係があるのかどうかは、定かでは無い。もちろんこの聖闘士な落下様式には、どんなに落ち方が悪く見えてもメイン級のキャラは決して死なないというお約束があるので、安心安全である事は言うまでもない。不思議なことだが、言うなれば、まさに小宇宙の神秘というヤツなのだろう。流石は、宇宙を掴む男である。そんなフォーゼの無事を横目に確認しながら、拳を構えたオーズがガラへと迫った。フォーゼへと二連撃をかました事によってガラに生まれた隙を、映司は見逃すつもりなど無いのだ。『スキャニングチャージ』「セイ、ヤァッ!!」しかも、スキャナを起動して再び必殺技を発動している辺り、こちらも殺意満々であった。カメの甲羅を地面に滑らせて、蛇行しながら。ガラへとダメ押しのライダーキックを見舞おうとするオーズ。だが、しかし……「二度も喰らうものかッ!」衝撃は……地を這うブラカワニよりも、更に下からオーズへと襲い来る。それは、一瞬のうちに地中へと潜り込んでいた、ガラの片腕によるものであった。地を滑って進んでいたオーズの勢いを削ぐには……腐葉土の地中からの攻撃は、理に適っていたのだ。そして、体勢を崩されたオーズへと、攻撃に使われた左腕が絡み付く。オーズの動きを……封じるために。「まさか……」「貴様が回復するならば、まずは回復手段を奪えば良いッ!」ガラのその判断は、間違っては居なかった。空いた右手を伸ばし来るガラの拘束から、オーズは抜け出すことが出来ずに居たのだから。もっとも、この場に存在する戦力は、オーズだけでは無いのだが。「させるか!」予想外の早さにて戦線に復帰してくるフォーゼには、あまりダメージは見られなかった。映司からはよく見えなかったが、ひょっとすると空中で姿勢を少しだけ変えてダメージを軽減したのかもしれない。『マジックハンド オン』右手に具現していたロケット巨腕を収め、フォーゼが何処からともなく取り出したものは、スイッチの付いた小さな小箱で。新たなそれをベルトの右端に収まった同型の小箱と入れ替え、スイッチを入れると共に現れたものは……朱色の補助腕であった。二つの関節を持った、全長5メートルにも及ぶロボットアームが、フォーゼの右腕から新たに具現化していたのだ。フォーゼはガラの長腕に倣ってマジックハンドに遠心力を加えつつ、オーズに施された拘束を解こうと企んでいるらしい。しかしガラも、その試みを黙って見ている筈が無い。長い腕同士が、交わり、削り合い、絡み合う。互いを振り払い、次の瞬間には組み付きながら。いつしか、息衝く暇も無く互いが互いの動きを封じあう、一本の縄のように捻じれた緒がフォーゼとガラを結んでいたのだ。「ぐぬぬぬ……ッ!」「ぬおおお……っ!」似たような呻き声をあげながら、引き合い、押し合って互いのバランスを崩そうと画策している両者。その口から毀れた唸り声が似ているのは……意外に、頭の出来が同じぐらいなのかもしれない。引き相撲という競技を思わせる押し合い引き合いが、特大スケールにおいて再現されていたのだ。フォーゼは空いた左手を含む全身にてバランスを取っているために行動が全くとれず、当然ガラも同じ状態であった。そして、均衡を破ったのは、案の定フォーゼでもガラでも無くて。「……ハァッ!」「何ッ!?」オーズが、自力でガラの拘束を抜け出したのである。それも、自身の身体の中から紫色のコアメダルを射出するという荒業を用いて、ガラの拘束腕を弾き飛ばしたのだ。……と同時にガラの重心がブレたのを、フォーゼは見逃さなかった。『マジックハンド リミットブレイク』「横Gは宇宙飛行士の基本だぜ!」咄嗟に右腰のレバーへと左手を伸ばし、マジックハンドの出力の箍を外したのである。オーズによって均衡が崩された事に加え、突然出力を増したマジックハンドの腕力は……ようやく、両者の力比べに終止符を打っていた。ガラの身体が宙に浮かされ、ロボットアームが力任せにその重石を振り回していたのだ。「ライダー・マジックハンド・スイングバイッ!!」技名を今咄嗟に考えついただろう、などという野暮な突っ込みを入れてはいけない。自らの両足が腐葉土に沈むことも顧みず、フォーゼはガラを、空高く放り上げた。先程空中へと打ち上げられた意趣返しだと言わんばかりに。横Gと宣言した割に最後に縦方向のベクトルを加えたのは……御愛嬌である。このフォーゼという男は、しばしば自身の理解できていない言葉を語感だけで使おうとするモノなのだから。多人数の集団に喧嘩を売りながら『タイマン張らせてもらうぜ!』と平然と叫べる人間なのである。コイツは。そして、映司は当然に気付いていた。役割を終えた筈のマジックハンドをオーズへ差し向けてきたフォーゼの、意図も。「打ち上げならお手のモンだ! トドメは譲るぜ、オーズ!」「やっぱり、そういうことね」朱色の機械腕が緩やかな放物線を描いたのと、同時であった。マジックハンドの根元へとオーズが飛び乗ったのは。『ドリル オン』『スキャニングチャージ』それぞれのベルトの操作に伴う機械音声が、変化を告げてくれる。黄色の眩しいドリルを左足に出現させたフォーゼは、ドリルをそのまま回転させて足場を固めに入った。そして、オーズはブラカワニの必殺技の予備動作として……滑り始めていた。地面では無く、空へと伸びたマジックハンドの折線の上を、なぞりながら。カメの甲羅を模したシールドによって摩擦を抑え、軌道をフォーゼに任せながら、かくしてオーズは天へと打ち上げられる事となった。先程投げ出されたガラが落下してくる放物線上へ交わるように、高速の弾丸として橙色のオーズが発射されたのである。「ハァァッ!」錐揉み回転を続けるガラへと、横殴りの衝撃が容赦なく襲い掛かった。廻り続ける視界が正常に戻る頃には……すべてが、手遅れとなっていたのだ。ガラの身体を挟み込んだオーズの両足には、エネルギー循環器官より溢れ出したワニの顎が具現化して、ガラの両腕を切断したうえで胴体へと鋭い牙を突き立てていたのだから。「離せェッ!?」そして、本来の『ワーニングライド』では有り得なかった最後の一撃が、ガラを待っていた。空中にて食い付かれたまま身動きが取れないガラを地球の方向へと固定したまま、オーズは速度を再び増し始めていたのである。その方向が地表である事は、説明するまでも無い。「セイヤァァッ!!」「グ……ギャアアアアアッ!!?」二人分の重量と落下速度によって彩られた、フィニッシュを飾る一撃。地面へと叩きつけられたガラの身体が……崩れ、零れる。森の中を駆け抜けたその音は、確かにガラの身体が壊れる音色に違いが無かった。そんな中、セルメダルの山へと還って行くガラの姿は、既に人間のそれでは無くて。結局のところ、ガラは人間を捨てる事が出来ていたのか。それは、誰にも分からない。少なくとも、ガラが崩れ落ちた一角には……有機的な響きは、残ってはいなかった。宙に浮かんでいた巨大な円盤のうち、二枚が既に元あった場所へと還っていて。現在宙に残っている一枚もやがて地表へと収まり、映司達の戦っていた独国の森も、じきに再反転を始めることだろう…………回転舞台の上の役者達は、気付かない。彼らの動向を遥か遠方から観察しながら微笑む、白い魔法少女の存在に。そして、この戦いの場へと飛び入りのゲストが訪れたことの意味もそれらはきっと、仮面舞踏会の演者等が決して知り得ない知識なのだろう。未来を見通すことでも、出来ない限りは……。・今回のNG大賞「タイマン張らせてもらうぜッ! みんなの絆で宇宙を掴むッ!!」「まさか、頭を強打した後遺症で言語野に異常が……?」この時、火野映司はまさか、思いもしなかったのだった。約半年後のMOVIE大戦MEGAMAXにて、自身が全く同じ車田落ちを体験することになることなど……・公開プロットシリーズNo.96→ライダーは助け合いでしょ。