橙の渦。ナイト兵の数を削り続ける戦士を一言で形容するならば、そんなところだった。紫コンボのような圧倒的戦力がある訳でも無く、かと言って赤コンボのような華やかさも無い。だが、ただ己の手足で戦うだけの土色の戦士は、順調かつ堅実にナイト兵を刈り取っていた。ナイト兵が叩きつけた長剣は、亀の甲羅を模した戦士の腕に弾かれてその長さを失って。彼の人への足払いを試みれば、鰐を模した脚部の鋸のような刃によってセルメダルへと還される。死角から攻撃しようにも、オーズの頭より伸びた蛇に食い付かれ、やはり二進も三進も行かない。尚、オーズの体力が無限となった事が発覚した時点で民間の人々には撤退して頂いている。稀に観戦者らの方向へとナイト兵が目をつければ、そちらに合流していた徳田氏や美樹さやかが処理するといった具合である。さらに、その場の誰もが、気付いていた。先程まで無尽蔵に現れていた筈のナイト兵達が、その数を失い始めているということに。すなわち、錬金術師の手下の底が見え始めたという事である。「成敗ッ!」そして……徳田新之助が声を入れるタイミングもまた、完璧も完璧であった。残り少ないナイト兵を前にオーズが何かを企んでいるという事を敏感に察知して、敵兵の殲滅を命じたのである。徳田の持ち込んだ古代の硬貨へと謎の円盤を翳している、橙色の戦士へと。『スキャニングチャージ』かくして、オーズドライバーへと収められたコアメダルが、踊り上がる。ベルトの溝から飛び出さんばかりに、その力を解き放つ。亀の甲羅を地面に滑らせ、まるで這うように進みながら。時折頭部より伸びた蛇の長身によって体勢を整え、地面を滑進する。その中で、何よりも特徴的な部位は……スライディングの要領で突き出された、脚部であった。ベルトより伸びた循環器の一部から半透明なワニの頭部が実体化し、敵を噛み砕くための牙を為しているのだ。「セイヤァッ!!」地面を撫でて移動し、時に跳ね上がり、時に土を抉って。一瞬ごとにナイト兵を噛み砕き続ける獰猛な狩りの形が、そこには出来上がっていた。最期の一体のナイト兵をセルメダルへと還した、ちょうどその時。火野映司には、確かに聞こえた。何処からともなくあがり始めた、歓声が、それはナイト兵を倒し切ったオーズへの賞賛でもあり、また共に戦った人々が労い合う声でもあった。未来人も過去民も隔てなく、手を叩き、腕を組んで喜び合う交流。そんな光景を視界に収めながら、映司は思う。……もし21世紀に帰れなかったとしても、この人達なら何とか協力して暮らしていけるだろう、と。実のところとして、火野映司という男が江戸と東京の住人らを和解させた理由の一つが、それだったりする。映司としてはガラを見過ごす事は出来ないので現代に帰らねばと考えているが、ソレとコレとは別問題なのである。最悪の事態として帰還の手段が見つからなくても、巻き込まれた人々が生きていければ良い、と考えたのだ。変身を解いて、困り顔の駿少年と合流しながら。映司の頬が少しだけ綻んだ理由を理解出来た人間は……どれほど、居たのだろうか。『その欲望を開放して魔法少女になってよ』第九十二話:時代劇の中で会った、ような……仮面ライダーバースこと伊達明がバイクを起動した……ちょうど、その時だった。「ところで……後藤ちゃんの後ろに居る変な生物は何だ?」「まさか! まだ魔女が!?」伊達と後藤が魔女空間から脱出した地点の直ぐ傍に、恰幅の良い灰色の怪人が立ち尽くしていたのである。小振りながらも力強さを見せつけている角が印象的な、全体としては2メートルを超える長身を誇る巨人。それが、後藤のすぐ後ろに存在していたのだ。素早く振り返りつつ銃を構えた後藤慎太郎だったが……次の瞬間には、その状況の不自然さに気が付いても居た。その怪人は灰色のメダルのグリードであるガメルに違いないのだが、コイツは何故後藤を襲わなかったのか、と。というか、先程から仁王立ちを続けているだけのガメルの様子を見るに、ガメルが後藤の背後に回り込んだのではなく、後藤がガメルの正面に出現したというのが正解らしい。「……」「……」なんと声をかけるべきか。敵意を向けるにも、微妙に間を逃してしまっていた。というよりも、今更殺伐とした殺し合いを始められるようなシリアスが匂って来なかったのである。銃口を向けられたガメルも、後藤のことを脅威とは思っていないらしく、戦闘が始まる気配は感じられない。そして、後藤がガメルを攻撃する気になれない最大の原因は……ガメルの巨腕に抱えられた、人間の少女の姿であった。意識が無い様子だが、外傷があるようにも見えない。人質なのか、はたまた食料なのか。ガメルのトボけた雰囲気からして、XXX板的な意味での獲物では無いと思いたいところだが……はたして?「んん? そっちの子は……もしかして、水使いのグリードちゃんか?」ところがどっこい、この二人の関係は異種族恋愛では無く、純愛系だったらしい。グリードが人間態を模れるという事を情報としては知っていた後藤だったが、メズールの人間態を見るのは初めてだったために判別出来なかったのである。伊達明は、一度メズールの人間態と鉢合わせて冷水を被せられた事があるために、一発で判別出来たようだが。どうやら、ガメルには後藤や伊達に危害を加える気は無いらしい。だが、だとするならば何故ガメルは魔女空間の出口で待っていたというのか。出待ち芸にしては、反応が遅すぎる。「……このあたりに、みどりのこあ、ひっぱられてた。なん、で?」そして、反応に困っていた後藤達にかけられたのは……あまり要領を得ない、問いだった。まず、ガメルとメズールは青と灰色のグリードの筈なのに、何故緑のコアの話題が出て来たのだろうか。その答えは、メズールがカザリに唆されて緑のコアを取り込んでいたから、という経緯によるものなのだが、そんな事を人間達が予想できたはずも無い。「魔女と何か関係があったのかもしれないな」「まぁ、ここに魔女が居た訳だし、魔女が何かしたんだろうなぁ」……何気なく、大正解を導き出している二人。トーリが緑のコアを抱えていたせいで鳥籠の魔女に吸い寄せられたように、メズールも鳥籠の魔女の引力に影響されていたのである。もっとも、グリードの中で最強の腕力を誇るガメルがメズールの身を抱えていたのだから、易々とメズールが拉致されることも無かったわけだが。これが、メズール様とトーリの女子力の差というヤツなのだろうか。「そう、か」後藤と伊達の言葉を聞いたガメルの行動は……迅速であった。否、ガメルは元々あまり動きが機敏で無いので、飽く迄普段に比べて速いというレベルでしか無かったが。ガメルが自身の巨大な腕でメズールの腹部をゆっくりと撫でるように動かし、ガメルの腕がメズールから離れた時……そこには、緑色のコアメダルが摘出されていたのだ。つまり、ガメルがメズールから緑コアを摘出したのである。そして、次の瞬間には甲高い音が、その空間に響き渡っていて。後藤は目の前の光景を、にわかには信じることが出来なかった。何故なら、そのガメルの行動は、人間がグリードに抱くイメージと真っ向から矛盾していたのだから。「どういう事だ……?」ガメルは、放り捨てたのである。緑のコアメダルを。無造作に、何の価値も無いものを零すように。この時後藤の耳には、風力発電で有名な隣町の博物館の名物館長の高笑いが、空耳として届いたような気がしたのだという。……ハッハッハ! 見ろ! ウヴァのコアがゴミのようだッ!!「これで、めずーる、あんしん」満足気な声を漏らしているグリードの姿に、後藤は驚愕を禁じ得なかった。ガメルとしては、メズールの身の安全が最優先事項であるため、当然の行動をとったまでの事なのだが。緑のコアがメズールへ危険を招くならば、それを排除するのは当たり前である。かくして、のそのそと歩み去っていくガメルの背を……男二人は見送ることとなったのだった。「まぁ、今は相手をしている場合じゃないので、放っておきましょう」「そうだなぁ、無理に戦う必要も無いか。火野のヤツに手土産も出来たし」かつてアンクからカザリへと強奪され、メズールに託されていた昆虫類のメダルが、ようやく人間の側へと回ってきたのである。その柄は、カマキリ。一枚はカザリが、もう一枚はガラが握っているという、死に札となっていた筈の一枚であった。ガメルの捨てて行った緑のコアメダルをそそくさと拾いに行く辺り、伊達さんもちゃっかりしていると言うべきか。もっとも、後藤も伊達と話しながらノートPCによる情報収集を始めている辺りは、伊達と似た物同士なのかもしれないが。「それと、今のグリードをガラの兵隊が大群で襲い始めたという目撃情報が入りましたけど……」「……無理に戦う必要は無いが、助けてやる義理も無いし、放っとこうぜ」ですね、と当然のように返して来る後藤の言葉を待たずに、伊達はライドベンダーのエンジンを吹かし始めていた。伊達が足を止めているうちに、また女道化師の契約者が出ないとも限らないのだから……美樹さやかは……独り、竹林の少しだけ奥の地に足を踏み入れていた。特にその場所に目的の物があった訳でも無いが、映司を英雄のように祀り上げる人間を見て居られなかったというべきか。何となく、人気の少ない林の奥へと避難してしまったのだ。それに、映司が一瞬の迷いも無く橙色のコンボを使用した事にも、地味に納得が出来ていなかったりする。徳田さんの発言からブラカワニの特性を予想していたのだろうが、それにしてもハズれていたら映司の命が尽きていた賭けの筈なのに。「……あたし、何やってんだろ」結局のところ、自分を粗末にしないで欲しいという美樹さやかの叫びは、火野映司には届かなかったのではないか。そう、思えてしまうのだ。もちろん、プトティラコンボが終了してからの時間に映司を守り切ったのは紛れも無く美樹さやかの功績だと、頭では理解できている。だがそれも、町人たちが少し速く到着していれば要らなかった、という程度のものでしかないのだ。簡単に言えば、『正義の味方』を続けていく自信が、イベントを経るごとに下がり続けているのである。……そして、そんな状態だからこそ、その背後から近づいていた人影に気付く筈も無かった。「どうした? 浮かない顔をして」「っ!?」別に、その人物が気配を消して忍び寄っていた訳では無かった。ただ自然体で近付いて来られたせいで、逆に気付く切っ掛けが無かったというべきか。「えーと、徳田さんだっけ? さっきはありがとう……ございました」一応、敬語を使ってみる美樹さやか。各種メディアおいては、本当に敬語を使えるのかという疑問さえ付きまとう彼女だが、空気を読んだのだろう。おそらく。「やはり、余の正体に気付いていないか……。いや、良い」余の顔に見覚えは無いか、と言いたげな徳田さんだったが、さやか達が江戸の民でないことを思い出してくれたらしい。というか、さやかの記憶によれば徳田さんの一人称は『俺』であった筈なのだが、なぜ『余』になったのだろう。そんな些細な疑問を抱く美樹さやかの思考を見透かしたように、徳田さんは言葉を継ぎ足してくれた。まるで、『余の正体』と言いかけた内容が、どうでも良い事であったかのように。「何か、思い詰めているように見えた。俺で良ければ聞かせてくれないか」また一人称が『俺』に戻った……?ぶっちゃけ、美樹さやかでなければ気付いた筈である。目の前の男の正体に。さやかとて勘は悪く無いが、流石に日本史という学業要素が絡めば勘云々の問題では無いのだ。「パン……アイツが、自分の命を投げ出してまで戦ってるのが、気に入らないんだ」パンツマンという呼称を飲み込んで、三人称に挿げ替えながら。美樹さやかは自然と、胸の内を吐露していた。それは……徳田さんの人徳によるものでもあったのだろう。大人の余裕というべきか、貫禄というか、ともかくこの御仁にならば相談の甲斐があると思わせる雰囲気を纏っているのである。「そうか。さやかは映司に死んで欲しくないのだな」徳田さんがさやかの名前を知っているのは……昨日、火野映司から聞いたからだろうか。そんな事はともかく、徳田新之助の指摘は、ある意味において美樹さやかの意表を突いたものであった。「『あたしが』……?」さやかは今まで、火野映司の自己犠牲に対して自分の抱いている反感を、正義の味方としての姿勢に由来するものだと思っていた節があるのだ。上条恭介に盛大にフラれた後に、魔法少女になったこと自体を後悔して人助けにも疑問を感じるようになって、その延長として『正義の味方』である火野映司に反発しているのだ、と。だがしかし、徳田さんに言われてみると、単純にさやかが火野映司に死んで欲しくないと考えている……というのも、理由としては存在しているように思えるのだ。……もっとも、だからと言って『正義の味方』への不信感が消えた訳でも無いが。「それもあるかもしれないけど。あたしは、アイツみたいに他人のために自分の命を懸けられない。それであたしは、アイツを妬んでる……の、かな」結局のところ、さやかの抱く正義の味方の理想像として、火野映司が枠にハマり過ぎているのだ。巴マミもそれに近い像を形成しているが、現在のところとしては身近な火野映司が大きく見えてしまうのである。そして、さやかは思ってしまっていた。今の火野映司のようになるのが怖い、と。それは、潜在意識のうちでは美樹さやかも理解しているからなのかもしれない。追い詰められれば、さやか自身が自己犠牲によってしか正義を自認できない存在になっていくという未来を、無意識のうちに予期していたのだろう。もちろん、流石にそれを自覚出来るところまで自己分析は進んでいないが。「命を懸けて映司が守りたい者達は、特別な身分では無い、普通の町人であろう? この江戸の人間も、大半はそうだ」そんなさやかに対して諭すように掛けられた言葉は……至極当たり前の、それであった。話題として挙げられたのは、いわゆる一般人のことである。「……?」きっと世の中の大半の人間は、他人のために命を懸けることを躊躇う。それが正常な、普通の人間の在り方なのだ。そして、映司達が行動する前提には、そうした普通の人々の存在がある事は間違いが無い。「その大半の人々がおくる普通の営みとて尊いものだと、俺は思う。お前自身は……そんな守られる側に居ては不満か?」徳田さんの問いを認識した時、まずさやかの頭に浮かび上がったのは……否定の一言であった。だがしかし、考えてみれば、何故守られる側に回るのが嫌なのか、理由が思いつかない。それこそ、さやかの親友の鹿目まどかのように、凡百の一のままに生きていくのもアリだと理解できているハズなのに。「うーん……。最後にはそこに落ち着くかもしれないけど、今は、何となくヤダ……って思った」……正義の味方を、魔法少女を辞めるのが、嫌だ。その答えが自分の胸の内から出てきたことに、美樹さやかは静かに驚いていたりして。考えてもなかった事だが、徳田さんの誘導が上手かったのだろうか。しかし、その気持ちは自分の本心だ、とさやかは不思議と思えていた。消極的だろうが何だろうが、正義の魔法少女を続けることが美樹さやかのアイデンティティの支えになっていると、自覚出来たのである。「ならば、気の済むまでやっておけ。心底嫌になったら、その時にまた考えれば良い」「……あたし、一度痛い目見たはずなのに、なんでこんな風に思っちゃったかなぁ」信じていたマミさんが倒れて、パンツマンも悪いところが見え出して。魔法少女の魂の在処を知らされて、それでも正義の味方を捨てきれない自分自身が、さやかは分からずに居た。自分のことを自分で理解できていない、そんなお年頃なのかもしれない。かといって、他人の方が当人の事を理解できているかと言われれば、そうとも言い切れないが。「人間、良くも悪くも変わる事は難しい。今の将軍も、口煩い家臣を怒らせながら、中々放浪癖が治らなかったと聞く程だからな」「偉い人の悪口言うと、『斬り捨てゴメンッ!』ってなるんじゃないの?」美樹さやかにしては歴史知識があると見るべきなのか、所詮美樹さやかと笑うべきなのだろうか。基本的には将軍が直々に町人を斬ることは有り得ないのだが、そんなことは美樹さやかの知ったことでは無かったらしい。いわゆる時代劇の戦いにおいては、峰打ちが多用されているものなのだが。「それを言うなら、切腹だ」苦笑いを交えながら間違いを正してやる徳田さんの真意に、美樹さやかは気付いているだろうか。ちなみに、将軍が直々に切り殺さない理由は単純。将軍に斬られることは、名誉となってしまうためだ。現代で言うところの『我々の業界ではご褒美です』というヤツである。なお、将軍自身の安全を確保できない場合などの一部の例外においては、この限りでは無いらしい。……そんなことは、ともかく。「まぁとにかく、嫌になるまでやってみるよ! ありがとう、徳田さん!」じゃぁ、また!そう言い残して走り去って行く美樹さやかの背を見送る徳田新之助の表情は……相変わらず、穏やかなままで。その視線には、悩む若者への期待が確かに添えられていた。さやかや映司達が未来から来たという情報は俄かには信じられなかったが、徳田新之助はようやく、その疑念を払拭するに至っていたのだ。「あやつ……結局最後まで余の正体に気付かなかったか……」既に背中を小さく見せている美樹さやかが、最後まで気付いた素振りさえ見せなかったのだから。この江戸において、『余』という一人称を使う人間は限られる。加えて、刀や羽織に施された紋章を目の当たりにすれば、徳田新之助の正体には気付いて当然の筈なのだ。にもかかわらず気付かなかったのだとすれば、別の時代から来たのだという話にも説得力が増すというものである。まぁ、徳田さんが会話を交わした人物が人並みに歴史知識を持っていれば気付けただろう。……もっとも、さやかの態度によって徳田さんの納得度合が増したのなら、一応双方にとって得だったという事にしておこうではないか。何となく、徳田に昨日説明を施した火野映司という男は、あの時点で既に気付いていたようにも思えたが。「映司にも伝えてくれ! 『お前たちの国を守り切って見せろ』とな!」最後に徳田が張り上げた声は……不思議と、竹藪の中を綺麗に通り抜けて。それに対して帰ってきた「おっけー!」という言葉の正確な意味こそ分からなくとも、徳田には不思議と思えていたのだ。国や時代がどんなに違っても、変わらずに共有されるものもある、と。少なくとも、悩む美樹さやかの姿や、協力して戦う人々の影に。徳田は確かに、若者達の未来を観たのだった……・今回のNG大賞「つかぬことを聞くが、さやかはオノコか? それとも、もしや……」「ちくしょーっ!! グレてやるっ! 抜き身の小太刀持って、盗んだ馬で走り出してやるぅーッ!!」※徳田さんには現代人の服装の基準が分からなかったようです。ついでに、さやかは実は身長が160cmあるらしいので、何気に江戸時代の平均成人男性よりデカかったり……・公開プロットシリーズNo.92→徳田さん、お疲れ様でした。